ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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勇者サイドです。


幕間 帝国と勇者達

 蓮弥が顔の差でロート・シュピーネを両断した頃。

 

 

 勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。彼らが今いるところは人類未到達の領域である。当然一から手探りで攻略しなければならず攻略速度は落ちていた。魔物達も強くなってきており、一旦体制を立て直すべきとの結論が出たのだ。雫と香織はいい顔をしなかったが。

 

 

 もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。だがヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来ることになったとなれば、王宮に帰って来ざるを得なかったのだ。

 

 

 もともと帝国は勇者達の存在を認めてはいなかった。当然であろう。帝国は一人の名を馳せた傭兵が建国した国であり、そのため国是として完全実力主義を掲げているのだ。そんな自分達を差し置いて人類代表だと認められるわけないのは明白だった。

 

 

 だが、勇者一行が迷宮攻略にて前人未到の領域に踏み込んだことで興味が出てきたから会いたいときたのである。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そんなわけで王宮に戻った光輝達。そんな彼等に近づく影があった。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。

 

「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

 どうやらランデル殿下は香織以外目に入っていないらしい。

 実は香織は召喚された翌日からランデル殿下にアプローチをかけられていた。最初はかわいい弟のように対応していたが例の事件もあり、かつ最近その行動が煩わしく感じてきた光輝と雰囲気が似ているので香織としてはあまり会いたい相手ではなくなっていた。

 

「お久しぶりでございます。ランデル殿下」

 

 相手は王族、失礼の無いように意図的に固い態度で香織は挨拶する。

 臣下にやられるような態度を取られて一瞬ひるんだランデル殿下だったが挫けず、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

「お気持ちだけ受け取らせていただきます」

 

 今もなお、香織以外に労いの言葉もないランデルの姿に、光輝の姿を重ねてしまいそうな自分を香織は諌める。相手は十歳の子供、この世界で生きてるなら十分成長可能だ。

 

 

 その香織の必要最低限の会話にまたランデル殿下がひるみそうになるがランデル殿下は負けなかった。

 

「なあ香織! 香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「はぁ……」

 

 戦わせるために呼び出した側が何を言っているのだろうか。思わず声が出てしまったが香織は話を聞くことにする。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

「いえ、私の天職は治癒師ですので」

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

 ランデル殿下は香織と離れたくない一心で精一杯のアプローチをする。だが香織はハジメが待っている大迷宮に行くなといっているようなものだと感じ、だんだん煩わしくなってくる。

 

「結構です。前線以外に興味はありませんから……」

 

 取りつく島もない、香織の態度は頑なだった。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

 その言葉をきっかけになにやら光輝にランデル殿下が敵意を持ち始めたが、興味が全くない香織はランデル殿下の関心が光輝に移った時点で後ろに引っ込んだ。となりの雫は香織に同情の眼差しを向けた。

 

 

 そこへ涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? 光輝さんにもご迷惑ですよ」

「あ、姉上!? ……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

 逃げるように去っていく殿下。どうやら姉には敵わないらしい。ハイリヒ王国王女リリアーナはため息をついた。

 

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

 彼女の謝罪と共にこの場は無事に収められた。

 これから数日間、帝国の使者が来るまで足止めされる。

 香織は正直早く大迷宮に戻りたくて仕方がなかった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 それから三日後、遂に帝国の使者が訪れた。

 

 現在、光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢揃いし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

 そうして彼が前に出る。一応彼が勇者だからだ。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 疑いの目を持つ使者にあの時の説明をしなければならないのかと光輝は珍しく戸惑いをみせる。

 

 

 あの日、雫と香織がベヒモス相手に戦闘を始めた時、彼らはなにもできず、ただ呆然と見ているしかなかった。雫の動きは光輝の目からしても追いきれないものであり、そのベヒモスを翻弄する動きに、光輝達はどう動いていいかわからなかったのだ。

 

 

 挙句の果てには、香織が使った例の魔法である。その時はなにをしたのかわからなかったが、突然ベヒモスが尋常じゃないほど苦しみだしたことで、どうやら香織がとんでもないことをしたのは皆にもわかった。こちらまで届いてくる肉の腐敗臭がその魔法のおぞましさを伝えるようであり、そんなエグい魔法を使ったにも関わらず香織が平然としていることは生徒達にとって衝撃的だったのだ。

 

 

 あとでメルド団長になにをしたのか説明するように言われた際、香織が笑顔でそのエグい魔法の仕組みを話し、それを聞いたクラスメイトが引いたのは言うまでもない。

 

 

 その幼馴染達の所業をどう説明しようと光輝が悩んでいるのを見て使者の一人が提案した。

 

「いや、ここは手っ取り早く進めましょう。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 

 イシュタルを伺う光輝、イシュタルは勇者を認めさせるチャンスだと思ったのか快く許可を出す。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

「待ってください」

 

 だが、そこで待ったをかける者がいた。雫である。

 

「申し訳ありませんがその模擬戦、私がやってもよろしいでしょうか」

「なに……?」

 

 その言葉に使者は面をくらった。

「……私は勇者の力が見たいのですが」

「私達がどれほどのものか知りたいのでしょう。光輝は()()()私を上回っています。ですがこの場では()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に光輝が反発した。どうやら負けると思われていると思ったのだろう。

 

「なにをいっているんだ雫。心配しなくても俺は負けない。雫は俺を信じて後ろで待っていてくれたらいいんだ」

「悪いけど光輝……今回は私に任せて」

 

 そして今度は使者と護衛に向き直った。

 

「お願いします。けして落胆はさせませんので」

 

 その言葉を聞き使者は少し悩んだようだが、雫の提案に了承する。

 かくして雫と帝国の護衛との模擬戦が決定した。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 雫の対戦相手は、何とも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 

 

 刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。()()()構えらしい構えもとっていなかった。

 

 

 光輝は幼馴染が舐められていると思い怒りを覚えていたが、雫は全く油断していなかった。そして自分の懸念が当たっていたことを知る。

 

 

 雫とて本来こんなことをしたくはない。普段だったら光輝に任せていただろう。だが雫は一刻も早く大迷宮に戻りたかった。雫の懸念通りなら、おそらく光輝は負ける。もしここで光輝が負けたら聖教教会の威光がどうだので大迷宮攻略に支障が出るかもしれない。だからこそこんな面倒なことを引き受けたのだ。

 

 

 雫は馴染みになった魔力操作による強化を済ませたあと、合図も宣言もなく相手に対して切りかかった。

 

 

 そのことに光輝達は面食らうがどうやら対戦相手の心配は不要らしい。

 その迷いなく振り切る一撃に護衛は感心したように雫を見た後、雫の攻撃を余裕をもっていなす。

 

 

 そこから雫の攻撃は続く。その勇者パーティ随一の速度でもって連続で斬りかかるが、相手はそれを巧みに避け続ける。

 

「なるほど……並みの戦士なら相手にならない身体能力、技の冴えも上々、覚悟も決まっているが……少し動きに違和感があるな、ふむ……得物が合ってないのか」

 

 雫は内心舌打ちした。僅か数合の打ち合いでこちらの現状解決できない問題を指摘された。それだけで目の前の相手がどれだけ手練れかがわかる。

 

「なるほど、攻めはわかった。……なら守りはどうかな? そら……今度はこちらから行くぞ」

 

 そして、護衛から殺気が放たれる。

 

 一瞬で間合いを詰めると雫に剣で斬りかかった。

 それを危なげなく躱した雫だが反撃はできなかった。相手の不規則で軌道を読みづらいムチのような攻撃に防勢に立たされていたからだ。

 

 

 だが雫に焦りはなかった。もともと実戦経験では遥か格上の相手。想定していたことだと攻撃を受け流しながら雫は静かに機を待つ。

 

 

 その雫の姿勢に護衛はニヤリと笑うと、もう一手踏み込むことに決める。

 

「穿て、“風撃”」

 

 呟くような声で唱えられた詠唱は小さな風の礫を発生させ、雫の足場を打ち据えた。

 

「っ!!」

 

 雫は思わずできた窪みに足を引っ掛け体勢を崩す。仮に自分に向けられたものだったら反応できていただろう。だからこそ、それを見越した護衛が足元を崩したのだ。

 

 

 その瞬間、冷徹な眼光で雫を見据える護衛の剣が途轍もない圧力を持って振り下ろされた。

 

 

 光輝はその様子に飛び出す寸前だった。途中から護衛の攻撃に殺気が混ざっていると気づいたのだ。

 

 

 光輝は周りの都合など気にせず雫を助けようとするがその必要はなかった。体勢を崩した段階で雫は()()()体勢を正さなかった。必勝を確信したものには油断が生まれる。雫が待ち望んだ好機だった。

 

 護衛の視界から目の前の雫が消えた。

 

「!!」

 

 流石に度肝を抜かれたのか一瞬行動が止まる。

 

 八重樫流早馳風(はやち)

 

 相手の油断とこちらが放った剣気と殺気を利用し、雫は護衛の死角に入り込んだのである。

 

 

 雫は容赦なく護衛に向かって剣を振り下ろす。

 

 それを護衛は……かなり無茶な動きで避けた。

 

 護衛にとってこれは完全な賭けだった。護衛の持つ膨大な戦歴と鍛え抜かれた感覚を総動員してギリギリ躱したのである。

 

 

 そして、雫と護衛は距離を取り再び対峙する。仕切り直しの形だ。

 

「今のは肝が冷えたぞ……一体どうやった?」

「申し訳ありませんが教えることはできません。……そろそろご満足していただけましたか? ……()()()()()()()()

 

 雫の言葉に光輝達は疑問を浮かべる。

 

 

 だがその言葉を聞いた護衛は一瞬虚をつかれた顔をした後、突然高笑いを始めた。そして剣を収め、右の耳にしていたイヤリングを取った。

 

 

 すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

 

 

 四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

 その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

 そうこの男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの事態に周りが騒がしくなる中、ガハルドはくっくっくと笑いながら雫に問いかける。

 

「一つ聞きたい……一体いつ気がついた?」

 

 その問いに対し雫は剣を収めながら言った。

 

「気づいていたわけではありませんよ……ヘルシャー帝国は完全実力至上主義の国だと聞いています……その皇帝は帝国最強の実力の持ち主だとも。そんな人なら話題の勇者を人伝ではなく直接見に来るんじゃないかと思いました。あとはあなたの実力を体験してカマをかけただけです」

 

「なるほどなるほど。武技だけでなく、頭も回るか……ますます気に入った。……ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、お前の言う通りどうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

 謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。

 

 

 光輝達はわけがわからなかった。完全な置いてけぼりである。

 

 

 そしてガハルドは再び雫に振り返り言った。

 

「其方、名は何という?」

「……雫。八重樫雫です」

 

「そうか……雫、此度の試合、実に見事だった。もし勇者全員がお前と同じ境地にあるのなら、こちらもお前たちを人類の代表だと認めざるを得ないであろう。もっとも……お前がわざわざ出てきたということは()()()()()()()()()()()()()

 

 ちらりと光輝を見るガハルド。どうやら雫の目論見はお見通しらしい。

 そして、再び雫に向き直った。

 

「勇者と戦えなかったのは残念だが、お前と会えたことが一番の収穫よ。……雫よ、単刀直入に言う……お前のことが気に入った、俺の愛人になれ!」

 

 突然の告白に観戦していた生徒が驚愕する。特に女子は興味深げに雫とガハルドを交互に見ていた。

 だが雫はきっぱり言う。

 

「お断りします。あいにく今私は、一人の男のことで頭がいっぱいで他に目移りしている余裕なんてないんですよ」

 

 その言葉を聞きガハルドは再び光輝を見るが、しばらくして、ないなと結論づけた。

 

「……そいつは強いのか」

「誰よりも強くなって帰ってくる……そう信じています」

 

 迷いない雫のその言葉にガハルドは笑みを浮かべる。

 

「なるほど、なら此度は引いてやる。だが諦めたわけではない。もしその気になったらいつでも帝国にくるがいい。お前ならいつでも歓迎する」

 

 そう言って翻す帝国皇帝。流石に皇帝だけあって余裕のある立ち振る舞いだった。そしてガハルドは通りすがりに光輝を見て鼻で笑ったことで光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、暫く不機嫌だった。

 

 雫は久しぶりにため息をついた。




香織の塩対応と雫の割り込みでした。

次回から第2章が始まります。

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