ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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前回と比べたら早めの更新です。

今回はトータス編におけるユエ単体での最後の強化イベント。

例によって独自設定増し増しで、そろそろ違和感が出てくるかもしれないのでもし変だと思ったらこっそり教えてください。


真祖の吸血鬼

 そもそも吸血鬼とはなにか。

 

 この質問に対し、明確な定義を持っている人間は意外と少ないのではないだろうか。

 

 なぜなら吸血鬼という架空の生物は、それに関する神話や伝承、もしくは創作物が多数存在するが故に、その印象もまた多岐に渡るからだ。

 

 夜の闇に紛れ、人を襲い生き血を吸うという設定が基本だが、太陽の光や十字架など多数の弱点がある吸血鬼がいる一方で、それらの弱点がほとんど存在しない吸血鬼も存在する。

 死者が蘇った結果、生まれたアンデッド系のモンスターであることもあれば、生まれつき吸血鬼という名の亜人種だったということもある。吸血鬼を題材とした物語は世界に数多あり、その数だけ吸血鬼は存在していると言っていい。

 

 

 では、この物語における吸血鬼とは一体どのような存在か。

 

 現時点において、この物語の登場人物で吸血鬼を名乗る者は、奈落の底に封印された悲劇の女王、ユエ=アレーティアだけである。

 

 では彼女は生物学的観点から見て一体どのような生物なのか。

 

 まず血を吸うことができる。しかも血を生薬として接種している人間寄りの存在ではなく、血さえあれば人間の食料がなくても生きていけるというタイプだ。吸血は吸血鬼の由来ともなる基本的な技能だが、稀に吸血を忌避する吸血鬼も存在するため、彼女はスタンダードなタイプの吸血鬼だと言えるだろう。

 

 次に不死身度。

 

 これに関しては創作物によってその強度は分かれる。核兵器の直撃を受けても死なない吸血鬼もいれば、前述した弱点に触れるだけであっさり死ぬような弱い吸血鬼も存在する。

 そして彼女の場合は、間違いなく一級品の不死身度だと言えた。当初限界だと思われてた塵芥をあっさり超え、魔力さえ残っていれば、細胞片一つ残らず消滅しても復活できることがわかっている。

 

 後は優れた魔力を持ち、太陽の下を平然と歩き、今のところニンニクや十字架と言った弱点も見当たらない。現状わかっていることだけでもユエは、数多の創作物の吸血鬼の中でも強い方に分類されるのは間違いない。

 

 だが……

 

 

 果たして、本当にそれだけなのだろうか。

 

 ユナとの修行を行うまで、自身の不死身度が灰すら残らずとも復活できるレベルだと知らなかったユエが、自身の種族について、ひいては自身について全てを知っていると言えるだろうか。

 

 ここで長々と語っても仕方がない。それは物語が進めばおのずとわかることだろう。

 

 ただあえて一つだけ言えることがあるとすれば……

 

 数多の創作物において吸血鬼とは、世界中で知られる怪物の中でも飛び抜けた力を持ち、その絶大な魔力で持って人々に畏怖の念を抱かせた結果、『魔王』とすら呼ばれることもある、怪物の王として描かれているということだけだ。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 目の前に現れたディンリードを前に、ユエは信じられない気持ちでいっぱいだった。

 

「そんな……叔父様はもう……死んでるはず」

「混乱するのは当然のことだ。順番に説明するからまずはこれを飲んで落ち着きなさい。それとも運んであげようか?」

「……いい、自分で行ける」

 

 入れたてのローズティーを持ってこようとするディンリードの申し出をユエは断る。ユエの身体は回復魔法で治療を施されても、ますます重くなっていく一方だが、甘えるわけにはいかない。

 

 目の前に現れた叔父ディンリードは、吸血鬼の寿命を考えればとっくに死んでいるはずの人物だ。

 

 確かにユエは最後の大迷宮にて、己の過去の真実を知った。叔父や家臣達が自分を裏切ったわけではないのだと、感情ではなく、当時の状況を客観的に捉え、論理的に考えて納得もしている。恨みの感情も最後の大迷宮に散々叩かれた後だと湧き上がるものも湧き上がらない。

 

 だが、それでも彼を信頼しきることは簡単ではない。隙を見せないよう精一杯虚勢を張るように、ユエは重い身体をなんとか動かしてディンリードの向かいの席に座る。

 

「実は密かに庭で血染花を育てていてね。それがちょうど綺麗に咲いたものだからこうして一部を摘んでローズティーにしてみたんだ」

 

 ユエの目の前で湯気を立てているローズティーを前に、ユエは少し逡巡するも、少しずつ口を付ける。

 

「…………おいしい」

 

 それは、かつてユエが飲んでいた叔父のローズティーそのものだった。ふわりと香る血染花の香りがとても懐かしいと感じてしまった。

 

「そうか、良かった……今日はちゃんと話をするつもりで来たから、焦らずゆっくり飲みなさい」

 

 そしてディンリードの言葉がかつて仲違いする前の叔父のものと同じ優しい調子だったから、敵地にてずっと一人で心細かったユエは、駄目だとわかっていても思わず涙が浮かんでくる。ユエが涙目になりながら、ローズティーを少しずつ口に付けている時、ディンリードは何も言わず、ただ静かにユエが落ち着くのを待ち続けた。

 

 

 そして……ユエが飲み終えたと同じタイミングで、ディンリードはユエに対して口を開く。

 

「さて、アレーティア。積もる話はいくらでもあるが、まずは君が一体どこまで把握しているのか聞かせてほしい。私の予想ではもっと罵倒されることを覚悟していたから少々以外でね」

「その……叔父様……私は……」

 

 そしてユエはこれまであったことをゆっくりと語り始めた。

 

 300年の封印の果てに、奈落の底に落ちたハジメによって救出されたこと。

 

 オルクス大迷宮を攻略することで、神の正体を知ったこと。

 

 残り6つの大迷宮を巡る旅をする過程で、大切な仲間ができたこと。

 

 旅の中で、自分が想像もしていなかった脅威が世界中に存在したこと。

 

 そして……自分の行動がキッカケで、恋人や親友との関係に亀裂を入れたこと。

 

 シュネー大迷宮で己の心の影に追い詰められたこと。

 

 その際に自分が封印された日の夜の真実を知ったこと。

 

 そして親友との激闘の末に、失われかけた数多の絆と想いを取り戻したが、その代償に力の全てを失ったこと。

 

 少しずつ話をするユエに対して、ディンリードは静かに彼女の話を聞いていた。まるで会えなかった期間の二人の溝を埋めていくかのように。

 

「そうか……君は今に至るまでに、本当にいい出会いに恵まれたようだ。あの日、君に真実を話すべきか否か、私は直前まで迷っていた。だが真実を知った優しい君が、いつか解放され自由になれるその時まで、ずっと罪の意識に苛まれる可能性を考えると、話すことができなかった。それなら私が恨まれた方がいいと思ったんだ」

 

 あの日、ディンリードはアレーティアに何も告げることなくアレーティアを封印した。どちらが良かったのか、ユエには正直判断がつかない。だがシュネー大迷宮の最後の試練を思い返せば、真実を知った自分が罪の意識に押し潰されなかったとは言えない。

 

「もうそれはいい。それはもう過ぎたことで、これから私が乗り越えていかなきゃいけないことだから。だからディン叔父様、教えてください。あの時、世界に何が起きていたのか」

「……そうだね。君は知る権利がある。まずはあの日……いや、全ては神の思惑を知った日から始まった」

 

「私はシュネーの大迷宮を攻略した際、神エヒトの正体を知ると同時に、君のステータスプレートに記載されていた神子という天職に隠された運命と神の思惑を知ることになった」

 

 それからディンリードはアレーティアと距離を取りつつ、水面下で神エヒトへの対抗策を練っていった。信用できる仲間を集め、いざという時に隠れることのできる場所を確保し、準備は順調に進んでいるかに見えた。

 

「だが、腐っても神ということなのだろう。地上に集められていく敵の勢力は圧倒的であり、到底私達では敵わないと認めざるを得なかった。エヒトは、それほど君という器の誕生を心待ちにしていたのだ」

 

 どう計算をしても圧倒的な力で押し潰され、アレーティアを奪われる未来しか見えなかったディンリードは、吸血鬼族の一部の王族にしか伝えられないある伝説に希望を見出した。

 

「君はエヒト降臨以前の世界は、今とは違う秩序が存在したことを知っているかな?」

「それは聞いたことがあります。竜人族の神、龍神紅蓮様によって教えられました。トータス創世記以前の世界には5つの種族が世界を支配していたと」

「その通りだ。人族、竜人族、森人族、海人族、そして魔族。この5つの知ある種族が地上を支配していた太古の時代。その中で南の大陸を支配していた闇の一族である魔族、それこそが我等吸血鬼の先祖なのだ。そして同時に、我等こそが魔族の最後の生き残りとも言える」

 

 魔族。その言葉は龍神紅蓮によって教えられたユエだったが、自分のことだとは思っていなかった。ディンリードはユエの疑問を読み取りながら話を続ける。

 

「そして最後の魔族である我等には代々、血の封印にて封じ続けてきたものがある。その封印が解けし時、光の時代は終焉を迎え、世界は闇に染め上げられるとまで言われる世界に存在した七つの脅威の一つがね」

「…………大災害、魔王『淵魔』」

 

 ディンリードの言葉を聞き、ユエが思い返したのは四つの脅威。

 

 西の海で出会った海の大怪異、悪食。

 

 ライセン大峡谷にて発生した現象、群体。

 

 大火山の下で眠り続ける大いなる龍、紅蓮

 

 森にて復活しかけ、全人類を喰い尽くそうとした脅威、樹樹。

 

 どれ一つとってしても、人知を超えた存在であり、容易く世界を滅ぼすことのできる脅威だった。

 

 そして叔父の言葉が正しければ、自分達吸血鬼含む魔族は、それらの一体を代々封印してきたのだと言う。

 

「そんな話……初めて聞きました」

「アレーティアが大人になったら聞かせる話だった。もっとも、神の監視があったがゆえに話すことはなかったが。そう、そして神に対抗するために私が選んだ手段が、その魔王の力を手に入れることだった」

 

 自分の手ではアレーティアを守り切ることはできない。そんなディンリードが取った最後の手段は一歩間違えれば世界を壊してしまう選択だった。

 

「その力で神の使徒を退けることはできたが、やはり私には荷が重い力だったようだ。力を使った代償に私は一時的に仮死状態に陥ることになってしまった」

「仮死? けど叔父様は魔王として活動を……それに魔王というのは魔人族にとって、自分達の王であり神として扱われると聞きました」

 

 それはユエが魔国ガーランドに囚われてから聞くことになった情報だった。直接聞いたわけではない。フリード・バグアーの演説からその話を知ることになった。

 

 今まで邪神と信じてきたエヒトを唯一神だと魔人族に認めさせるためには、そもそも自分達が信じてきた神が、エヒトの眷属神であったことを伝えなくてはならなかったからだ。その演説曰く、神エヒトの唯一の眷属神であるアルヴは神エヒトの神命により、何千年も前から魔国を従えてきたという。

 

「神アルヴは、魔国ガーランドを支配してきた魔王と同一存在という認識は、確かに間違ってはいない。だが歴代の魔王は常に同一人物であったわけでもない」

「それは…………もしかしてアルヴも身体がない?」

「その通りだよ、アレーティア。歴代の魔王とは、神アルヴを肉体に降霊させるための人柱のことを指す。アルヴはエヒトの被造物である魔人族を支配下に置くために、時代ごとにその器を変えてきた。おそらく、解放者の時代には別の魔王が神アルヴの器になっていたはずだ」

「叔父様は、アルヴに選ばれたのですか?」

「アルヴにとって、仮死状態になった私の肉体は極めて良質の依り代だったのだろうな。狂喜を浮かべながら私に取りついてきたので……逆にその魂を支配して取り込んでやった」

「へ?」

 

 ユエは思わず変な声を出してしまう。話の流れからディンリードは神アルヴに肉体を乗っ取られ、自分の身体を300年間支配されていたのだと想像してしまったからだ。

 

「おや? 心外だなアレーティア。エヒト本人ならともかく、たかが神の眷属ごときに後れを取るほど私は弱くはない。私の身体を楽に乗っ取れると思ったのか、あまりに無防備に侵入してきたのでね。少々時間はかかったが、逆にアルヴの魂を支配して、その技能も知識も全て簒奪してやった。はははッ」

「それは…………流石です」

 

 笑いながらなんでもないことのように言う叔父に対して、ユエはアレーティア時代の過去を思い出す。

 

 

 この叔父はアヴァタール王国の歴史でも類を見ないような逸材として自国はもちろん、他国にさえ知れ渡っていた。

 とにかく何でもできる叔父は、時に周りが引くような難易度のことも容易くやってしまうことがある。本人は「ほら、簡単だよ」と天然交じりに言うのだが、それに賛同するものはユエ含めて誰もいなかった。

 

 

 今回のこともそうだ。身体を乗っ取ろうとする神の眷属を、逆に取り込んで支配するなど簡単にできるはずがない。間違いなくエヒトにとっても大誤算だったはずだ。

 

「そしてアルヴから得た知識と力を持って、表では魔王をやりつつ、裏で準備を進めてきた。全ては君が目覚めた時、全てを終わらせるために」

「そうだったのですね、色々納得できました」

 

 ユエには叔父の話が一応筋が通っているように感じた。300年間神の手下の振りをしていたのなら、自分に会いに行く余裕もなかったであろうと。

 

 だがディンリードの言葉を全て信じようとする態度を示すユエに対して、ディンリードは疑問に思った。

 

「……いけないな、アレーティア。かつて交渉術を教えた際にも言っただろう。相手の言葉は疑ってかかるべきだと。疑うことで、相手を知ろうとすることが大切なのだと。今の君はあまりに無防備すぎる。こう言っては何だが、私が言っていることが全て嘘だとは考えないのかな?」

 

 極端な話。ディンリードの話は彼の身体を乗っ取ったアルヴの虚言である可能性もある。そのことを仄めかすもユエの考えは変わらない。

 

「交渉術とは、対等以上の相手に対し、自分の立場を有利にするためにあるもの。そう教えてくれたのはディン叔父様です。だからこそ、自分より圧倒的に弱い相手にこのような遠回しの交渉など不要です……なぜなら今の私には、抵抗する力など何もないのだから」

 

 魔力のない自分など、碌に抵抗することもできない小娘に過ぎないのだと、つい先程思い知らされたばかりだった。

 

 あの程度の相手にさえ、一方的に嬲られるしかなかったのだ。目の前の叔父が本物であれ、偽物であれ、ユエに言うことを聞かせたいのなら、回りくどいことをせずに、力づくでことを行えばいいのだ。魔力抵抗を失ったユエは、魂魄魔法による洗脳だって容易く効いてしまうことは想像に容易い。

 

 それに……

 

「かつての私は……叔父様を疑ったことで、失敗してしまいました。もし、叔父様を最後まで信じて、私の方からもっとアプローチを掛けていれば、王国は滅びなくても済んだかもしれないのに」

 

 力を失ったこと自体には後悔はない。他に方法がないのであれば、シアを助けるためにユエは何度でも同じ行動を取るだろうと確信できる。だが、先程感じた無力感、そして現れた過去の罪を前にすれば、やはり消極的な気持ちになるのは避けられない。だからこそ、今度は叔父を信じたいとユエは思った。どうせ何を選んでも抵抗できないのなら、自分の心が命じるままに選択しようと。

 

「……君が気に病む必要はない、アレーティア。こう言っては何だが、あの当時の君が真実を知っていたとしても、できることは何もなかった」

「それは……」

「あれは全て私のエゴだったのだよ。最悪、全てを失っても君さえ無事ならそれでいいと考えてしまった。その時点で私は、王国の宰相としては失格だったのだ。君だけが思い悩む必要はない」

「ッ……叔父様……これから世界はどうなるんですか?」

 

 このまま暗い気持ちで過去のことを考えるより、未来のことを考えていた方が建設的だと判断したユエが話をこれからのことに切り替えた。

 

「あの魔人族達は、異世界の勇者を依代に神が復活すると言っていました」

「それは事実だよ。今も異世界から来た勇者を依代にするための準備が行われている。そもそも異世界召喚自体が、君の代わりになる器を見つけ出すために行われたものだということがアルヴの知識からわかった。君が魔力を失ったことで、その役割が異世界の勇者に代わったということだ。それに関しては、私個人としては良かったと思うがね」

 

 それは皮肉にも、魔力を失ったことでユエが神の依代としての適正を失ったから出た言葉だとすぐにわかった。だが、このままでは邪神がこの世界に復活してしまうことに変わりない。

 

「さて、そろそろ本題に移りたいと思う。これから私が提示するのは……君への選択肢だ。エヒトの降臨準備を終えるまであと一日ほどかかるが、その前に君の仲間は君を取り戻すためにこちらに攻め入ってくるだろう。すでにこちらに向けて飛空艇が出されたと情報が入っている」

「それはッ!」

 

 それは、ユエにとってハジメ達を信じていたとしてもなお、喜びを表に出すに相応しい朗報だった。

 

「一つはこのまま何もしない道。魔人族の中にも私が個人的に信頼を置いているものがいる。あのメイドもその一人なのだがね。今度は戦えるものを側に置いておこう。君に決して手出しはさせない。君の仲間が攻撃してくると同時に私も反逆し、この盤面をひっくり返す。そして全てが終わった後、君は彼らの元に帰るといい」

 

 ハジメ達が助けに来てくれる。そうすれば自分はまたハジメの元に帰れる。

 

 もしかしたら神エヒトも倒せるかもしれない。そしたら自分はハジメ達と共にハジメの故郷へ……

 

 そこまで考えて、それが不可能になった現実を思い出す。

 

「叔父様……私は……」

「何に悩んでいるのかは想像が付く。今の君には力がない。だから残念だが今の君にできることは何もないと言ってもいいし、無茶なことは許すことはできない。神の器ではなくなったとはいえ、神にとって他の使い道がないとは言い切れないのだからね。だから……もう一つ選択肢を用意する」

 

 ディンリードがユエの考えを読み、ユエが今一番望んでいるものを提示する。

 

「君が力を失った原因については調査が済んでいる。その上で結論を述べよう。私は……君が力を取り戻す、おそらく唯一の方法を知っている」

「ッ!? 本当ですか!?」

 

 ユエが思わず立ち上がって叔父に身体を突き出す。それほど今のユエにとって心から渇望していること、それを叔父が提示してきたのだ。ユエは衝動的に動かざるを得ない。

 

「力を復活させるためには、危険を伴うことになる。大迷宮攻略に匹敵するか、それ以上のな。それでも君はその可能性に……全てを賭けられるか?」

 

 ユエの選択肢は二つ。このまま囚われのお姫様として全てが終わるまで傍観者でいる選択。一つは危険を冒して、かつての力を取り戻す選択。

 

 この二つの選択を前に、ユエが選ぶ選択など一つしかなかった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 空間転移を行うから少し目を瞑りなさい。

 

 そう言われて目を閉じ、ディンリードの空間転移によってどこかに移動したユエは階段を上っていた。

 

「叔父様……これからどこへ」

「ついてきたらわかる」

 

 ディンリードの言葉は少ない。まるでここから先は自分の目で確かめろと言っているかのように寡黙だ。

 

 

 そして階段を上り切った先にあった紋章にディンリードが手を翳すと、天井が開きその先への道を開く。

 

「アレーティア……ここから先は、少し君には酷かもしれないが、頑張ってついてきてほしい」

 

 先に上がったディンリードがユエに手を伸ばしながら忠告し、ユエは手を握り返すことで答えた。

 

 そこに広がっていた光景は……廃墟だった。

 

 出てきた場所はおそらく大広場、そこの中心に位置していた朽ちた彫像の下にこの通路は存在していたらしい。

 

 ユエが周りを見渡す。

 

 恐らく遥かな昔に朽ち果てた町なのだろう。一部風化して読めなくなっている看板や店らしき建造物の残骸がそこら中にある。誰かが住んでいた気配は既になく、滅びてから誰も手を加えることなくそのまま放置されていることがすぐにわかるような光景。

 

 

「あ……あ……あ」

 

 そんな場所に対し、ユエは……見覚えがあった。

 

 初めて見る光景、なのにその場所には心当たりがありすぎた。

 

 あの朽ちた店は……美味しいパンを焼いている店だった。

 

 あの店の果物屋のおじさまは気前がよく、自分が下町に降りてくるといつも果物を一つくれた。

 

 この広場だって、元は大勢の子供が遊びに使い、花園に植えられた季節ごとの美しい花が綺麗に咲いているような穏やかな場所だったのだ。

 

 

 そう、この場所はユエにとってよく知った場所。仮にハジメの持つアーティファクト、羅針盤でこの座標を調べた時、300年前ならこう表示されただろう。

 

 アヴァタール王国首都、アヴァターラだと。

 

 かつての美しかった景色など見る影もない。徹底的に破壊されたその場所には人っ子一人存在しない。それどころか、野生の獣すら存在しないのだ。

 

 あるのは朽ち果てた建物と淀んだ空気。この街はもう……死んでいる。

 

「叔父様……ここは、そんな……」

 

 わかっていたつもりだった。自分の国は300年も昔に滅びたのだと。だが知識で知っているのと、実際に見て聞いて体験するのでは全く違う。自分が愛した国の成れの果てを前にして、ユエはショックが隠せない。

 

「時々隙を見て訪れてはいるのだがね。当然復興などできはしない。いずれ……全てが終われば、ここで散っていった者達の鎮魂もしてやりたいものだ」

 

 ディンリードの声にも、悲しみが宿っているようにユエは感じていた。そう感じることで、ユエは少し心が楽になる。少なくとも自分と想いを共有できる人がここにいるのだから。

 

 ディンリードが足を向けたのはアヴァターラの中心にあった旧王城だった。他の建物と違い、ユエの知識とほとんど違いがないのはその建物の強度ゆえだろうか。

 

「さあ、この先に、私達が望むものがある」

 

 足を運んだ先にあったものは、街と同じく朽ちた玉座だった。

 

 ここは玉座の間。かつてユエも座っていた場所であり、ユエが最後に過ごした場所でもある。

 

 玉座に何の用があるのかと思っていたユエだが、ディンリードは玉座を通り過ぎ、その背後の壁に手を付く。その掌には自ら切ったのか、血が滲んでいるのがわかった。

 

 そしてユエは、叔父が聞いたことのない何節かの詠唱を行った際に、壁の一部が叔父の血を吸い、脈動するのを感じた。魔力を失ったユエでも感じる異様な気配。壁に広がる魔法陣が何を示しているのか、ユエは看破する。

 

「これは……血と魔力と魂を使った封印術式……そんな、玉座の間にこんな仕掛けがあったなんて……」

「知らなくても無理はない。これは我等にとって秘中の秘。本来は国王、亡き兄上のみに相伝されていたものなのだからな。私もこの場所を探り当て、封印を解く方法を見つけるのに随分時間をかけてしまった」

 

 魔法陣の展開を終えた壁が左右に開いていく。その先にあったのは地下の闇に続く階段。

 

「アレーティア……覚悟はいいね?」

 

 ディンリードの声がユエに覚悟を促してくる。

 

「……覚悟はできている」

 

 この先どんな試練が待っているかわからない。もしかしたらかつての大迷宮の試練より恐ろしい目に合うかもしれない。だがそれでも、今の無力な自分のままではいたくはなかった。

 

「わかった。この先は通常とは違う魔素で満ちている。だから私の側から離れないように気をつけてくれ」

 

 そこからユエとディンリードは螺旋状になっている階段を下りていく。そこには灯りの類はほどんどなく、かろうじて緑光石が少しあるくらいの光度だった。

 

 だが魔力を失ったからと言ってユエが吸血鬼であることには変わりはない。少なくとも今のユエにも夜目が利く程度の能力があるのはわかった。

 

「ここから底に到達するには少し時間がかかる。それまでに魔族という種族について、話しておかなければならないな」

 

 無言だったディンリードはユエの手を引きつつ、自らの属する魔族という種族について語り始める。

 

「かつてエヒトがこの地に降り立つ以前より、南大陸は魔族が支配する土地だった。我等吸血鬼はその魔族の一つの部族に過ぎない。満月の夜に無双の力を発揮する人狼族。見た者を石に変える魔力を持った蛇人(メデューサ)族。他にも突出した筋力を持っていた牛鬼族、死体を操ることに特化していた不死人族、そして死神と呼ばれる堕神など様々な種族が存在したらしい」

 

 ユエにはその生物がどのような生物なのかあまりピンと来ていないが、もしかしたらハジメなら何かわかるのかもしれないとユエは思う。不思議なことに、異世界人であるハジメは吸血鬼という種族について詳細に知っている。ハジメにとって吸血鬼は空想上の生物らしいが、その生物像はほとんど外していなかった。

 

「今に至るまで色々あってな。現在は我等吸血鬼だけが、唯一生き残っているのだが、それは置いておこう。重要なのは、そんな多種多様な種族が、全て一人の絶対者によって支配されていたことにある」

「それが、魔王」

「そう、魔王は絶大な魔力で持って数多の魔族を従え、北の種族達を支配せんと行動していた。数万年前、エヒトがこの地に降臨した後、彼とその仲間6人と激しい戦いの末、魔王は封印されることになった」

「そういえば……どうして魔王は私達の血で封印されてたのですか? あれだと魔族が……」

 

 魔王を封印していたのは魔族による血の封印。つまり魔族が起点となっている。つまり自分達の王様を自分達が封印する手伝いをしていることになるが、それが意味することはつまり……

 

「その当時何があったのかは流石にわからない。だが、おそらく魔王は……仲間であるはずの魔族に裏切られたのだろう」

「それは……」

 

 魔王がどんな人物かわからないので何とも言えないが、ずっと裏切られたと思って生きてきたユエにとっては少し同情してしまう出来事だった。

 

「もしかしたら我等以外の魔族が滅びたのは、魔王の呪いが原因の一つかもしれないね。だからこそ、魔族が滅び、魔王の封印が解けることを恐れたエヒトは、魔人族という魔族のレプリカを作り出し、管理するようになった」

 

 そこで初めてユエは原初の5種族以外の知的生命体が生まれた理由を知ることになる。

 

 エヒトの実験により生まれた魔族のレプリカである魔人族。その過程で生まれた失敗作であるシアのような亜人族。現在この地上で生きる生物の一部はエヒトが生み出したものなのだと。

 

「少し話が逸れてしまったね。重要なのは、魔王は絶大な力を持っていて、それを時に魔族に分け与えていたということだ」

 

 言葉の終わりと共に、ユエは階段の終わりに差し掛かった。その先にあるのは石でできた扉。

 

 再びディンリードが掌に血を滲ませ、その扉に手を付くと、扉はゆっくり開いていく。

 

「うっ……」

 

 そこでユエが感じたのは臭気。それも慣れ親しんでいるようで全く違うもの。

 

 扉の奥からむせ返るような濃い血の匂いが漂ってきていた。

 

「かつて魔王は、自分の力を分け与える際に、自らの血を触媒に使用したらしい。その血をその身に取り込んだ魔族は既存の魔族を大きく超える力を手にしていた。ここは、その儀式が行われていた場所であり、魔王の魂が封印されていた場所でもある」

 

 ユエが臭気に耐えながら、奥に進んだ先に見たものは、紅い血溜まりだった。否、血溜まりと呼ぶにはあまりに規模が大きすぎる。ユエの視界いっぱいに広がる血の量は、血の池と言っていいほどの量だった。

 

「ここで魔王の力の一部を手に入れた魔族はさらに高次元の魔族、『真祖』として生まれ変わることができる。我等吸血鬼なら、『真祖の吸血鬼』と呼ぶべき存在に」

 

 魔王の力を取り込むことによって至る存在、『真祖』。それこそが、ユエの魔力を取り戻す唯一の方法なのだろうか。ユエは半信半疑で叔父を見る。

 

「血を媒介にした儀式を行うということは、魔王は元々吸血鬼なのかもしれないな。今となっては推測することしかできないが……」

「叔父様!」

 

 ユエは慌てて叔父の言葉を遮る。

 

「もしかして、この池に浸かれと言うんですか!」

「…………そうだ」

 

 正直違っていて欲しかった予想が当たったユエは、改めて血の池を見る。

 

 種族の性質上、血に嫌悪感など抱かないはずのユエでさえ、この血の池に入るのに抵抗を感じていた。それほど目の前の光景は異様なものだったのだ。

 

「真祖の吸血鬼となることで、君は力を取り戻すことができる。それに間違いはない」

「…………」

「躊躇する理由はわからなくもないが、覚悟を決めてもらうしかない」

 

 そう言われて、ユエは己が何のためにここに来たのか思い出す。

 

 そうだ、自分は力を取り戻すために、ここに来たのだ。それを思い返したユエは一歩一歩、血の池まで近づいていく。

 

 そして、一歩手前まで来た時、ユエはふと思う。

 

 

 叔父様はここに魔王の魂が封印()()()()()と言った。

 

 

 そう、過去形で話している。魂魄魔法を使えなくなっている自分には判断できないが、もしこの血の池に本当に魔王の魂が存在しないと言うのなら。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そのふとした疑問を解決するために、ユエが振り返り……

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、アレーティア。私にはもう……時間がないのだ」

 

 

 

 

 ドンっと胸を押される感触。

 

 空中に浮かぶ身体。

 

 そして目に映る悲しみを宿した叔父の瞳。

 

 それらを眺めながら、ユエは血の池に落ちていく。

 

 

 全身が血の池に沈んですぐに、それは始まった。

 

 

(何コレ……身体ガ、熱イ!)

 

 まるで全身に火が付いたような感覚。肉体に染み渡るすさまじい力の奔流。

 

 今までとは濃度から違うとわかる力の塊に晒されて、魔力耐性の無いユエの身体は限界を迎える。

 

 

 

 染み渡っていく魔王の力に耐えられなかったユエの身体は……

 

 

 

 血の池の中に静かに溶けていった。




>吸血鬼という種族について。

皆さんは吸血鬼と言えば、何を思い浮かべますか? 有名どころで言うなら某笑顔が素敵な眼鏡たちが楽しそうにしているHELLSINGのアーカード。型月の原点の一つであり、いよいよ8月26日に発売される月姫Rのメインヒロイン、アルクェイド・ブリュンスタッド。ラノベで言うならストライク・ザ・ブラッドの第四真祖、暁古城辺りが思い浮かんできますし、漫画だったらやっぱりジョースターの宿敵、DIOが原点かなと思います。

そして神座万象シリーズで言うなら非モテ代表のこの方、聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ中尉が吸血鬼になります(正確に言えばちょっと違いますが)

各作品ごとに魅力的な吸血鬼が描かれていますが、そこでありふれのことを考えた際に一つ作者は不満を覚えます。

ユエの吸血鬼要素薄くない? と

ユエも吸血鬼なのですが、ありふれ原作では特に吸血鬼らしい行動をユエはほとんど取りません。思い出したようにハジメの血を吸うくらいで、自動再生も基本主人公側が強いためほとんど利用されていない印象(本作では正田卿ロリの法則に従ってバリバリ使ってますが)

これでは古の伝説の魔法使い(人間)が封印されていたという設定でも本編が進んでしまいそうですし、何より勿体ない。

なので本作ではありふれでの吸血鬼という種族をもっと掘り下げたい、ユエをもっと吸血鬼らしくしたいと考えました。実は前回の更新が遅くなったのは自分なりに吸血鬼ものを漁って情報収集していたせいでもあります。

そして本作のユエが今後どうなるかについては、抽象的なイメージで例えるなら原作のユエがエヒトに乗っ取られたことで神の力を簒奪して光の進化を遂げたのなら、本作ユエは自身のルーツにどっぷり浸かることによる闇の進化に舵をとっていく形になる予定です。
闇の眷属としての真価を発揮したユエがどうなるのかは今後にご期待ください。

真祖とは何か、魔王とは何か、そしてディンリードの真の目的とは何か。その他気になることはいっぱいありそうですが、しばらくお預けになり、次回からは視点を蓮弥周辺に戻していよいよ神話大戦開戦です。


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