ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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黒白のアヴェスター完結とゲーム化。そしてアーディティア連載決定おめでとう。
まだまだ神座万象シリーズは終わりませんね。これからも楽しみです。

こちらも負けじと頑張って投稿したいところ。

では、いよいよ神話大戦の開幕です。


大戦の始まり

「よう、久しぶり。思ってたより元気そうで何よりだ」

 

 ────ッ? 

 

「ん? どうしてここがわかったか? ああ、旅の最中で羅針盤というアーティファクトを手に入れてな。簡単に言えば探し物がすぐ見つかる道具だ。後は近くまで転移して徒歩でここまできたんだよ」

 

 ────! 

 

「なんの用ってお前。同胞の様子を見に来たに決まってるだろ。……先生はずっとお前のことを気にしてたからな。本当は羅針盤を手に入れた時点ですぐにでも使いたかったんだろうけど、どうやらこれには回数制限があるらしい。大方俺達が命懸けで手に入れたものを、何も危険を冒してない自分が使いたいとは言いだせなかったんだろうな。遠慮しなくてもいいのに」

 

 ────ッッ

 

「今更会わせる顔がない? ……まぁお前の気持ちは察するがそう思い詰めるなよ。お前が悪くないとは言わないが、あの日の出来事の元凶は間違いなくあの堕天使だしな。それに思い返してみれば、あの時はむしろ俺が暴走した際に起こした被害の方が大きかった気が……」

 

 ────

 

「すぐに返事する必要はない。まだ時間は少しあるからな。それとこれは選別だ。ハジメ大先生謹製の結界展開用アーティファクトだ。これだけでかつての王都の結界より強力な結界を張れる。小型版だから範囲は狭いけど、この村を覆うことは余裕でできる筈だ」

 

 ────ッ

 

「感謝はいらない。俺が勝手にやっただけだからな。それとも……俺が近づいても微動だにしない、所定の位置で静かに待機し続けてる、この軍用犬のように躾けられた魔物達がいるなら余計なお世話だったか」

 

 ────

 

「実際大したものだよ。下手すると並の奈落の魔物より強いやつもいるんじゃないか。少なくとも魔人族が従えてた魔物よりかは強力に見える。これでレギオンの余波なんかの被害を防いでいたわけだ。中々どうして、この村では立派な勇者じゃないか」

 

 ────ッ! 

 

「いや、その女神の剣というのは俺が名乗ったわけじゃなくてだな……とにかく、これからこの世界の命運をかけた戦いが始まる。それが全て終わった時、今度は先生を連れてもう一度ここを訪れるから、その時にどうしたいのか改めて聞かせて欲しい」

 

 ──、──ッ! 

 

「その言葉は先生に直接伝えろよ。きっと先生なら、お前が思ってるような悪いことにはならないと思うしさ。じゃあまたな、●●──”天空神移”」

 

 

──大戦開始数日前、北の辺境の村での会話

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 カオスに終わった人類の未来を決める会議から翌日。ついにその時がやってきた。

 

「蓮弥、俺はな。ずっと気になってたことがある」

「どうしたんだよ、いきなり……」

 

 出陣式もほどほどに、魔族領に突入するメンバーと見送るメンバーは現在、王都の側に急遽用意された飛行場まで歩いていた。

 

「俺ってさ。この世界に来た当初は無能扱いされてたよな」

「そうだな。俺と先生は例外として、お前だけが非戦闘職だという理由でな」

 

 蓮弥はハジメの言葉を受け、ずいぶん昔のことのようにこの世界に来た時のことを思い出す。あの日は天職は不明なれど、技能が剣士寄りだった蓮弥はそれなりに優遇され、ただ一人非戦闘職であったハジメは、王国騎士にも教会の人間にも落胆されていた。

 

「俺の常識からしたらそもそもあの反応はおかしいんだよ。なんで錬成師だったら無能扱いなんだ?」

「それは……我が王国は戦闘職を優遇するような環境になっているからです。もちろん錬成師が悪いというわけではありませんし、我が国でも国家錬成師は産業の要を担うとあって育成を行っていますが……」

「何しろこの世界は何百年も魔人族と戦争しているからな、おのずと戦闘職が優遇されるようになってんだよ」

 

 ハジメの疑問に対して、見送りに来たリリィとガハルドが答える。

 

 この世界は常時戦時下にあると言ってよく、そうなると日常に役立つ非戦闘職より前線に立って戦える戦闘職の方が必要になってくるパターンが多い。もちろん非戦闘職だって重要な人材ではあるし、どこの国も不遇にしていることはないはずなのだが、中には戦闘職だからと非戦闘職にマウントを取る浅慮な輩も少なからず存在する。

 

「つまり錬成師って天職はかなり下に見られてる天職ってことだ。けどな……」

 

 そこでハジメはニヤリと笑う。気が付けば飛行場に繋がるシャッターの前まで来ていた。

 

「この光景を見れば……この世界のあらゆる国が錬成師の奪い合いを始めるだろうぜ」

 

 笑みをあげたまま、ハジメがシャッターの扉を開く。そこで待っていた光景は、この世界の常識を超えるような光景だった。

 

「これは……」

「マジかッ!」

 

 そこに広がっていたのは、無数の飛空艇の姿。一定の距離を保ちながら整列している飛空艇の姿はまさに圧巻だった。その光景を見ただけでフェルニルを欲しがってたガハルドのテンションは爆上がりしていく。

 

 そしてその中でも、一際異彩を放つのが新たに改良を加えられたフェルニル本艦だった。

 

 以前と姿形が大きく変わるわけではないが、王都を旅立ったころにはなかったパーツなどが取り付けられているのがわかる。

 

 一機の本艦に複数の副艦隊。これが魔王城に攻め込むためにハジメが用意できる現状の最高戦力だった。

 

「おい、おい南雲ハジメッ! 言い値を払う! だから一隻俺に寄越せ!」

「馬鹿か、これから戦場に一隻残らず持っていくんだ。渡せるわけないだろ」

「そんなけち臭いこと言うなよ。俺とお前の仲じゃねぇか」

「だったらなおさら渡せねぇな。いつから俺とあんたは友人になったんだよ」

「今だ!」

「おい……」

 

 興奮気味に、必ず一隻帝国に持ち帰ると意気揚々とハジメに交渉を仕掛けるガハルドに対し、ハジメは呆れたような態度で返す。

 

「だけどハジメ。飛空艇を多数用意したのは良いんだが、誰が操縦するんだ?」

「決まってるだろ。自動制御だよ。ある程度は本艦であるフェルニルで遠隔操作できるけど基本は備え付けられたAIによる自動制御だな」

「それにしても……これ南雲君一人で作ったの?」

 

 蓮弥の隣を歩いていた雫が疑問の声を上げるが、それは誰しもが考えることだった。ハジメはこれ以外にも様々な新アーティファクトを作成しており、とてもじゃないがこの数の艦隊を作っている暇があったようには見えないからだ。

 

「そんなわけないだろ。いくら大量生産プロセスを確立したとしても、限界はある。いつの時代だって結局最後に必要になるのはマンパワーなんだよ。機械を使ってもそれを動かす人間がいなきゃ意味ないからな。だから……」

 

 ハジメが顔を向けた先からぞろぞろと人が歩いてくる。

 

 ざっと数えても百人以上は確実にいるその集団の中で、蓮弥にも見おぼえのある人物が複数混じっているのに気づいた。

 

 気難しい職人のような印象を覚える中年はウォルペンという国家錬成師であることを蓮弥は記憶している。

 

 その他にも彼の弟子が数人いるが、後はわからない。

 

「南雲さん、彼らは南雲さんに要請されて急遽募集することになった人達ですよね?」

「ああ、姫さんに集めてもらった錬成師という天職を持っている人達だ。10人に1人いる非戦闘職とはいえ、よくこんなに集まってくれたものだ」

「それは色々演説したりなんだりして勧誘を……って、そうじゃありません。確かに彼らは全員錬成師の天職を持っている方達ですが、必ずしも錬成魔法の熟練者ではありません。こう言っては何ですが、彼らが戦力になったとはとても……」

 

 天職が錬成師だからといって、全員が錬成魔法を使って生計を立てられるわけじゃない。

 

 例えば身分。貴族階級の生まれであるのなら工房で働くより家督を継ぐことを求められる人もいるし、逆に貧困層の生まれなら、習熟にある程度の修練が必要な錬成を使って生計を立てる余裕がないかもしれない。

 

 同じ錬成師の天職を持っていてもその才能は個人差があるし、なんなら年齢の差、性別の差だってあるだろう。

 

 だから闇雲に錬成師の天職を持つ人間を集めたからといって人類の命運をかけた戦いに必要になるアーティファクトの作成などできるはずがなかった。

 

 だが、ハジメ達はその常識を変化させたのだ。

 

「科学の定義は主に三つだ。問題に対する仮説が観察・実験等により検討できること。同一条件のもとでは同一の結果が得られること。導出した結論が事実に基づき客観的に認められること。それぞれ実証性、再現性、客観性というんだが、今回重要なのは再現性。つまり誰がやっても同じ物が作れなくては科学足り得ない。そこで俺は錬成を科学にするためのアーティファクトを作成した」

 

 それがこれだと、ハジメは一つの携帯端末のようなものを取り出す。

 

「錬成師専用端末型アーティファクト、その名を『錬金術師の英知(アゾート)』。これを使えば俺の賢者の石(エリクシル)と接続することで、俺の錬成技能を他の錬成師が使うことができるようになる。簡単に言えば……錬成師は皆俺と同じ精度の錬成が可能になるんだ」

 

 ハジメがこのアーティファクトの製作を考えたキッカケは、レギオンとの戦いだった。あの時、自身の錬成技能をフルに活用しても封印用アーティファクトを作成できないとわかった時、ハジメは一人で活動することの限界を知った。

 

 個人的趣味の範疇でモノ作りを楽しむならともかく、工業レベルの生産ともなれば、多くの人の手が必要になるのは当然のことだ。

 

 最初は自分のAIでも作ろうかと思っていたハジメだが、流石にそれは難解だった上に、冷静に考えて自分のAIなど作ってもろくなことが起きないと悟ったので断念した。

 

 そこで考えたのが、他の錬成師達のレベルアップだ。

 

「後はヘファイストスで計算して正確に作った魔法陣(設計図)と錬成を発動する魔力さえあれば、俺以外の錬成師でもこんな風に飛空艇の量産が可能になるということだ」

 

 南雲ハジメは、錬成魔法こそが、この世界最強のチート魔法だと確信している。

 

 この世界の人間にとって錬成魔法とは単に鉱物の形を変える魔法という認識しかなかったのだろうが、原子論を知っているハジメからしたらそれは違うと断言する。

 

 錬成魔法とは物質の構成や形を変えて別の物に作り変える技術であり、地球でいう化学に相当するものなのだ。

 そして地球の化学と大きく違う点。それは正しい錬成式と材料、そしてその魔法を行使するのに必要な魔力さえあれば、途中の過程を無視して結果を齎すことができるというところにある。

 

 だからこそ、わずか数日で船を百隻作るという地球でも不可能な無茶を行うことができる。

 

 これをチートと言わず何というのだろう。

 

 

 ハジメの語る言葉が何を意味するのか悟った権力者たちは、ハジメではなく、後ろにいる多くの錬成師達に視点を向け始めていた。

 

「さて、皇帝陛下。あんたが今手に入れるべきは、たった一隻の飛空艇か? それとも……」

 

 そしてハジメが言い終わる前に、さっそく行動に移そうとするものが殺到した。

 

「おいお前ら! この戦いが終わったら全員帝国にこい! 今まで考えられなかったような好待遇で迎え入れてやるぞ!」

「馬鹿言わないでください! 彼らは全員ハイリヒ王国民ですよ! 当然我がハイリヒ王国が雇用するに決まってるではありませんか!」

「なんだとこの腹黒王女。お前はこれだけの人材達を独占するってのか!」

「確かにそれはどうかと……我がアンカジ公国にも数人派遣してもらいたいのですが……」

「いいや、彼らの力は商業都市フューレンでこそ活かされる。彼らがいれば、産業に革命が起きるぞ!」

 

 早速始まった各国代表達による錬成師達の取り合いに対し、ハジメは機嫌が良さそうにその光景を眺めていた。

 

「おいハジメ、いいのか? なんか大事になってるみたいだが」

「問題ねぇよ。実を言うと錬金術師の英知(アゾート)には使用期限が設けてある。昔よくやった手口でな。俺達が公開したフリーソフトにあえて期限を設けることで一部世論の阿鼻叫喚の声を眺めて楽しんだもんだ」

「私達が開発したソフトの逆コンパイルに多額の資金を投入すると発表した企業もいたわね。まぁ、結局解析できずに傷が浅い内に撤退したみたいだけど」

 

 ハジメと真央が過去を懐かしむかのように話をするが、蓮弥は少しトータスの未来が心配になるのだった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 今回、魔人族領まで攻め込むのは、南雲ハジメパーティー、先生を除く藤澤蓮弥パーティー。そして空中戦になることを想定して連れて行く竜人族達、そしてミレディ・ライセンだ。

 

 その他のメンバーや各国の主力部隊は、南からの攻撃を警戒して待機することになる。

 

「くそ、俺達にも飛空艇を分けてくれりゃ、最前線まで行ったのによぉ」

「無茶言うなよ皇帝陛下。飛空艇に乗れたとしても、始まるのは人族史上前代未聞の大規模空中戦だ。そうなると帝国兵だろうと新兵と変わらない」

 

 蓮弥達は既に南大陸上空に夥しいほどの神の使徒が浮かんでいるのを感知している。いっそ清々しいほど魔人族との関係を隠さなくなったエヒトの使徒に対し、むしろ人類連合軍達は覚悟が決まったようにすら見えるのはいい意味で誤算だったかもしれない。

 

「それに、俺達がいなくなった後、ほぼ確実にあいつらの一部は北大陸を攻撃してくる。俺達の動揺を誘うためにな。そうなった時は存分に暴れてくれればいい」

「おう、だからお前らはきっちりやることやってこいや」

 

 国に大きな傷を受けたというのに不敵な態度が変わらないガハルドに対し、蓮弥は苦笑を返すしかない。

 

 

「話はこれで終わりだ。お前らッ、順番に乗り込め!」

 

 ハジメが手を翳すとフェルニルのハッチが開き、中へ続く道ができる。

 

 一足早く乗り込んだ技術者の真央を筆頭に、ハジメが選出した一部のスタッフ、そして竜人族達が順番に乗り込んでいく。

 

「蓮弥さん」

 

 そして蓮弥も乗り込もうとした時、蓮弥を引き留めるリリィの声が広がる。

 

「……ご武運を。私もこの国の王女として、成すべきことを果たすつもりです」

「ああ、リリィもあまり無理はするなよ。なんかあんたはほっとくと延々と仕事してそうなイメージがあってな」

「あら? それじゃあ蓮弥さんが、私が無茶しないようにずっと側にいてくださいますか?」

「ぐっ、藪蛇か……それは困る」

「ふふ、冗談です」

 

 蓮弥とリリィ。二人の関係はどちらかというと蓮弥がイニシアチブを取る形で始まっている。色々ありすぎたこともあり、蓮弥のからかう態度にいつも翻弄されてきたリリィだったが、本調子になった本来の彼女は、強かでちょっぴり腹黒のお姫様なのだ。

 

「蓮弥さんッ!」

 

 話は終わったとばかりに後ろを向いた蓮弥に対し、リリィが蓮弥の背中にしなだれる。

 

 突然の女の声に何事かと周囲は蓮弥とその背中にしなだれかかっているリリアーナに注目する。

 

「ほんの少し……雫やユナさんに向けているもの内の少しでいいので、私のことも想ってほしい。どうか……どうか、あなたの勝利と無事を祈る女が、ここにいることを忘れないでください!」

 

 妙に熱を帯びた声とその態度でこの場に集まった人物達がにわかに色めき立つ。各国で美姫だと伝わっているリリアーナ姫に起こったまさかのスキャンダラスなできごとに、皆興味津々と言った体を隠さない。

 

 だが、その興味の中心にいる蓮弥はたまったものではない。ましてや……

 

「なぁ、リリィ……あんた今……すごい悪い顔してるだろ」

「あ、バレました?」

 

 本人があっさり認めるように、件のお姫様当人がこの調子ではなおさらだ。位置的に蓮弥からはうかがえないが、きっと今のリリアーナは”計画通り”と言わんばかりの表情をみんなに見えないように浮かべていたに違いない。

 

「けど言った言葉は本心ですよ」

「それは……」

 

 今度は周りに聞こえないように配慮された小声で振り返った蓮弥を待っていたのは、真剣な目をしたリリアーナの姿。その姿に蓮弥も困ったように頭を掻き……

 

「まぁ、なんだ……その……もう少し大きくなってからな」

 

 強引にリリアーナの頭をガシガシしながらお茶を濁すという、少し酷い対応を取った。

 

「は……はぁ!? 蓮弥さん、あなたこの期におよんで、まだ私を子供扱いするんですか!?」

「だって事実だろ?」

「言っておきますけどあなたと私はたった3つしか年の違いがありません! つい最近10歳以上年上と婚約していた私からしたら差なんてないも同然です!」

「あのなぁ、あんただってわかってるだろ。これでも配慮しているつもりなんだが……」

 

 周りには世界各国の重鎮が勢ぞろいしている状況なのだ。受け入れられるならともかく、そうでない以上、ばっさり切るとリリアーナに恥をかかせることになってしまう。だからこそ後でヘタレだの空気読めないと言われようと蓮弥が悪役になってお茶を濁そうとしたのだが、それを知ってか知らずかリリアーナがかぷんぷん怒り始める。

 

「いいですよぉ。どうせ蓮弥さんはスタイル抜群の美女にしか興味がないんですよねぇ。けど今に見ていなさい。きっと目に物をみせて差し上げますわ」

 

 言うだけ言って満足したのか足早にさっていくリリアーナを見送る蓮弥。

 

「それで……大きくなったらどうすのかしら?」

 

 そして当然、恋人の片割れである雫からジト目を向けられることになる。

 

「いや、だから断るための方便だよ。大衆の面前で大国のお姫様をばっさり振って、恥をかかせるわけにはいかないだろ」

「どうだか。少なくともリリィは絶対狙ってやってただろうし……実際将来色々な意味で大きくなることを知ってるから困るのよ」

「あの人……夢ではトップアイドルになったり巨大宗教の教祖になったりする人だしねぇ。南雲の方に行ってたなら気にしなくてもいいんだけどさ」

 

 雫と優花だけにしかわからない会話を行い、二人が警戒心を高めたようだった。

 

 そんなことをしている間に出発の準備が整い、決戦の地に向かう時が来た。

 

「皆さん。お願いですから、全員無事に帰ってきてください!」

「わかってるよ、先生」

「先生も気を付けてください。ある意味一番大変な場所にいるんだから」

 

 必死に声を上げる愛子に対して、蓮弥と雫がエールを送る。

 

「じゃあ行くか。大事なもんを全部取り返すために」

『応!』

 

 そして最後にハジメが締めくくり、蓮弥達は決戦の舞台に向けて旅立っていった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そしてフェルニルにて空を旅すること数時間、ライセン大峡谷目前の地点まであと少しのところまで近づいてきた。

 

『警告:ライセン大峡谷上空にて敵性反応多数感知。この速度を維持した場合100秒後に接触。推奨:空中戦準備』

 

 フェルニルの警告に対して、乗り込んでいた全ての人物が行動を開始する。

 

「来たな。お前ら、予定通りの配置に付け。神の木偶人形どもを蹴散らすぞ」

「ハジメ殿、我らはいかに?」

「竜人族達は本格的に空中戦が始まった後に竜化して船を守ってくれ」

 

 ハジメが、仲間に対して指示を飛ばし、配置に付ける。そして中央のモニターにライセン大峡谷上空の様子が映し出された。

 

「うわぁ、これ……」

「いくら美人でも、あんなのはごめんだぜ」

 

 鈴と龍太郎がドン引きするように、ライセン大峡谷の上空は異常な光景が広がっていた。

 

 見渡す限りの神の使徒で満ち溢れている異形の空。同じ顔が無表情のまま無数に空に浮かぶ様は、幻想を通り越してもはやホラーの域だった。

 

「フェルニル、火器管制システム起動。全兵装を待機状態から戦時状態に移行!」

『了解。全システム空中戦仕様で展開、待機状態から戦時状態に切り替えます』

「南雲、こっちの準備はOKよ!」

 

 真央の言葉にハジメは開戦の狼煙を上げるべく、念話を飛ばす。

 

「そういうことだ。敵は南方上空全域。いくらでも選び放題だ。だからまっすぐ突っ込んで奴らの大軍に風穴を開けてこい……ティオ!」

「了解したのじゃ!」

 

 そして、フェルニルの看板から一人の竜人族が竜化状態で飛び立ち、一足先に神の使徒の大軍へと突っ込んでいく。

 

 見渡す限り飛んでいるのは間違いなくトータスを灰塵に帰す戦力。だがその神の軍勢を前に、ティオは微塵も臆していない。

 

 "愚かなる邪神の使徒よ。いくら数を揃えても真なる竜の前では塵芥と同じであることを身をもって知るがいい! "

 

 音速の二十倍まで加速するティオ。それだけでも十分な破壊力を見込めるが、注視すべきはティオの頭部に生やされたツノ。膨大な魔力を纏い、空気の壁を切り裂きながら強度を上げていくそのツノはあらゆる盾や障壁を貫通する最強の矛になりうるだろう。

 

 だがそんなティオの進撃に対して、当然神の軍勢も黙ってはいない。自軍に超高速で接近する物体を観測した側から対物理、対魔力障壁を幾重にも重ねがけして展開する。

 

 何百層にも展開された障壁。おなじ魔力波長の神の使徒が展開することによって、魔力相剋が起きることなく純粋に強度を増していくその障壁はまさに鉄壁。無策で身体ごと突っ込めば身体ごと消滅する無敵の盾になりうるだろう。

 

 最強の矛と無敵の盾。この世に矛盾という概念がある以上、一方が勝ち一方が負けるという運命は避けられない。

 

「吉野。全速前進だ! ティオは必ず中央を突破する」

「了解!」

 

 だがハジメは微塵もティオの勝利を疑わない。そのままフェルニルと副艦隊全機をまっすぐ進ませる。

 

 そしてその数秒後、矛と盾は激しく激突した。

 

 ティオのツノと障壁が激しく激突し、火花を散らす。

 

 "むむ、中々やりおる。じゃが──禁域解放っ! このまま、貫くのじゃーッ! "

 

 神の使徒の本気の抵抗に対して、ティオは昇華魔法『禁域解放』を用いることで制限を一つ外す。一歩、龍のそれに近づいた『竜の心臓』が唸りを上げて魔力を生成する。それにより推進力と強度を増したティオの竜体が障壁にめり込んでいき……

 

 ──見事障壁を貫いた。

 

『──ッッ!』

 

 最強の障壁を突破された神の使徒は、超音速で迫るティオに抵抗する術など持たず蹂躙されていく。

 

 ティオが突入した場所にいた数百体の神の使徒が跡形もなく消滅した。

 

『おおおお──ッッ!!』

 

 彼らの姫の勇姿に対し、乗り込んでいた竜人族が雄叫びを上げる。中にはティオの力に、憎き怨敵を蹂躙する姿に感動するあまり、涙目になっているものすらいる。

 

「全艦、ティオが開けた穴に突入。そのまま奴らの防衛網を突破する。さぁお前らここからが本番だ。ここから始まるのはトータス史上初の……」

 

 ──大規模空中戦だ! 

 

 

 これより始まるのは世界の命運をかけた神話の戦いその前哨戦。

 

 この世界にてもっとも長い1日が、ついに始まった。

 




錬金術師の英知(アゾート)
錬成師専用の錬成技能補助ツール。主な機能は二つ、
①錬成師という天職を持つ者を対象に、魂魄魔法にてハジメがサーバーとなり、ハジメの錬成技能を他の錬成師が使えるようにする。
②錬成魔法に必要な魔法陣を作成するための簡易作成ツール。より直感的に錬成陣を作成することができるようになり、詠唱もこのアーティファクトがやってくれるので詠唱すらいらなくなる。

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