そしてこちらもお待たせしました。まずは神話大戦の前哨戦をお楽しみください。
ティオが一番槍を務めることから始まった大規模空中戦。敵の中心に見事な風穴を開けたティオは、今もなお神の使徒を蹴散らしながら真っ直ぐ飛んでいく。
そして当然。敵の布陣が崩れたこの隙を見逃す手はない。
「フェルニル! 副艦隊の武装全門展開。目標、神の使徒。
真央がコンソールを操作によって副艦隊の砲門が開き、トータスに潤沢に存在する魔素をエネルギー源に発射されるミサイルを始めとした質量兵器の照準が合わせられる。
「
そして、真央がトリガーを引くことにより、副艦隊に備え付けられた火砲が一斉に火を吹いた。
ティオの突撃により布陣を崩された神の使徒は、間髪入れずに襲いかかってくる火砲の嵐に対応できずに、空中から次々と撃ち落とされていく。
だが当然神の使徒もただやられているわけではない。
彼女達には個体差がない。だからこそか、普通の軍隊なら必ず起こりうる上から下への命令伝達による体勢の立て直しという過程が必要ないのだろう。火砲の嵐を乗り越えた者から順番にこちらに対して魔法陣を展開していく。
その銀色の魔力光からなる魔法陣の術式は彼女達の固有魔法でもある分解。あらゆる物質、魔力を分解するこの能力は、最強の矛であり最強の盾だ。この能力を突破する術がないまま彼女達と敵対した場合、いかなる攻撃も通じない上に、いかなる攻撃も防げない。
まして数千、数万の神の使徒が放つ分解砲撃が直撃すれば、その砲撃の通り道には何も残らないだろう。
だが……
「お前達のその能力に、俺が対処してねぇわけねぇだろ! フェルニル!」
『分解能力の発現を確認。即座に対抗魔法”対分解防御”を展開開始。3秒……2秒……1秒……展開完了!』
フェルニルが本艦と副艦隊に障壁を展開した直後、神の使徒による銀色の砲撃が開始された。
あらゆる防御を突破するその銀色の砲撃、弾丸、もしくはマジックブレードの類は、障壁に触れた途端消滅する。
『……ッッ!!』
戦場の声は聞こえないが、一部の神の使徒が僅かに顔を歪める姿が目に入る。その光景を確認したハジメがニヤリと笑みを浮かべる。
「王都襲撃で蓮弥と八重樫が殺しまくった神の使徒の死体が大量にあったんだ。当然お前らの性能は全て解析済みだ!」
”対分解防御”とは、文字通り神の使徒の分解能力に対抗するために生み出された防御結界であり、その結界内の魔素の結合を強化する効果がある。あらゆるものを分解する能力に対し、結合強化能力を備えた障壁で守るという単純な構造ではあるが、効果は見た通りだ。フェルニル本艦と副艦隊は銀色の砲撃を意に介さず全速前進を続けた。
「ここまでは順調ね。だけど敵もバカじゃないだろうから。すぐに別の魔法に切り替えてくるわよ」
コンソールを操作しながら真央が言うように、一部の神の使徒が分解砲撃による攻撃に見切りをつけて、通常の属性魔法攻撃に切り替え始めた。そして全てが同一個体である神の使徒は一部が切り替われば全体に影響に出るのが速い。
「さて、ここからが本番だ! 見ての通り進軍は順調ではあるが、まだ油断できる状態じゃねぇ。敵はまだまだいるし、他にも切り札の一つや二つは出てくることを想定するべきだ。だから……こちらも次のフェーズへと移るぞ!」
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フェルニルの外。つまり地上から数千メートル上空は副艦隊から発せられるミサイルや砲弾などの質量兵器と神の使徒が発するあらゆる属性の魔法が飛び交う地獄の戦場だった。
長いトータスの歴史でもここまでの火力が戦場を行き来することなどなかったはずであり、ここが空中でなければ余波だけで周辺の土地が何もない不毛の大地へと変わっていたかもしれない。
そんな砲撃飛び交う戦場の真っただ中で戦う神の使徒は、トータス史上初の戦場の流れを理解しつつあった。
神の使徒には高い学習能力がある。それは彼女達が経験値を共有しているからこそできることであり、それゆえに敵の副艦隊には弱点があることを突き止めた。
副艦隊は人員の確保の問題で無人化している船だが、その操作はAIによる自動制御に頼っている。そしていくらハジメと真央が優秀でも、この短期間で対空中戦用の高度な軍事用人工知能などは作れなかった。
ゆえにその攻撃パターンは限られ、その隙を突けば攻略は難しくはない。そのことを理解し始めた神の使徒が、未だに動きが読めないかつ他より桁外れに頑丈な本艦ではなく、まずは副艦隊の攻略に乗り出したのだ。
「船の動きがわかれば、我ら神の使徒の敵ではありませんね」
神の使徒の一体がそう呟く間にも、数体の神の使徒が副艦隊を攻略していた。AIの動きを読みながら"銀翼"にて副艦隊に接近、そして至近距離にて対分解防御を超えるために直接分解攻撃を行う。
一隻、また一隻。神の使徒の手にかかり、火を上げながら落ちていく副艦隊。
こうやって一隻ずつ本艦を囲っている副艦を落としていく。そして丸裸になった本艦に対し、神の使徒の総攻撃を行うことで神の反逆者共を抹殺する。
単純だが、量産使徒という圧倒的物量があるからこそ取れる戦法。
そしてまた一隻、副艦隊の一部を撃ち落とそうと十数体の神の使徒が接近し……
──目の前で全使徒が爆発四散した。
「何!?」
奇怪な現象はそれで終わらない。
他の船を襲っていた神の使徒達が次々と墜落していく。
「何を……何をされているのです!?」
全体を俯瞰していた神の使徒は神により与えられたスペックを最大限発揮し、状況を見極めようとする。
──閃光が見えた。
神の使徒の動体視力でも辛うじて見えるというレベルの信じられない速度だが、確かに閃光のような線が神の使徒の胸部を貫通し、その後神の使徒が墜落ないし爆発している。
「まさか……我らの核を狙った遠距離攻撃だと!?」
その攻撃の射線を読み、その方向を注視する神の使徒。射線の道を辿ってみれば、存在するのは数多の神の使徒に襲撃されながらも一切寄せ付けない魔法障壁を展開している敵の本艦。そして、その異常は船の甲板にあった。
ドパンッ!
その音が聞こえてきた時には、既に終わっていた。
その神の使徒はゆっくりと自分の胸部を確認する。
そこにあったのは、心臓付近を丸ごと抉り取る巨大な大穴。
「ごふッ!」
神の使徒は自身の最後に、自身が見たものを同一個体と共有する。
全ての個体が攻撃を停止し、敵本艦の甲板を見る。
そこにいたのは……巨大な兵器と思わしきものを背負った、この世界最弱の種族であるはずの一人の兎人族だった。
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「ハジメさんッ、副艦隊に纏わりついていた奴等は全部撃墜しました」
『よくやった、シア。それで……新装備の調子はどうだ?』
「はいっ、絶好調ですぅ。これであいつらを根こそぎ撃ち落としてやりますよ!」
ハジメの宣言を受け、フェルニルの甲板に姿を現したシアは、ハジメが作成した新たな兵器を背負って登場した。
両肩横にそれぞれ背負うのは超大型弾倉。そこから伸びる二つの
ハンマーヘッドから銃口が覗くこの兵装は、今回の戦い用にハジメによって魔改造されたドリュッケンの新たな姿だった。
対広域制圧用30mmセミオートレールカノン『ドリュッケンMK-2』
一発辺りの火力が高いシュラーゲンと、連射力に優れたメツェライの長所を組み合わせようとした結果、反動が強すぎてハジメでも扱えないモンスターとなったシアの相棒の新たな姿だ。
『どうやら向こうもこちらに気付いたみてぇだな。ここからが本番だ。準備はいいな、シア』
「いつでもOKですッ!」
シアは細胞極化を発動。それにより強化された膂力を使い、総重量400㎏を超える二門の火砲を空に浮かぶ神の使徒に向けて構える。
『目標ッ、空に浮かぶ木偶人形共ッ、より取り見取り食い放題だ。避けることも防ぐこともできない圧倒的な火力で蹂躙しろ! 砲打撃戦用意──ッ』
こちらに気付いた神の使徒が警戒態勢に入ることを確認するが、それを把握しつつも操縦席にいるハジメはシアに命令を下す。
『──放て!!』
「くらいやがれですぅぅ──ッッ!!」
シアの叫びと同時に火を吹いた二門の火砲は、神の使徒に対して死の雨を齎した。
電磁加速機構に昇華魔法を加えることで増したローレンツ力、それにより加速された炸裂徹甲弾が神の使徒の核に向けて連射狙撃される。攻撃されているとわかっていても速すぎて避けられない弾丸は次々と神の使徒の核を撃ち抜き、撃墜していく。
「ならばッ!」
この距離では躱せないと判断した神の使徒が障壁を展開することで防御しようとするが、まるで紙の装甲だと言わんばかりに貫通して爆発していく。
ハジメによって採算度外視で作られた炸裂徹甲弾には敵のお株を奪うかのように分解魔法が付与されている。弾丸自体の威力もあり、この弾丸は魔法では防げない。こいつを喰らって無事なのは単純に強度で優るしかありえない。
「多少の犠牲は構わず、数で圧殺する!」
一人の神の使徒の意思が、全ての神の使徒の意思に伝達される。
神の使徒が選んだのは、物量で押し切るというもの。
シアの火砲は強力だが、基本的に直線的な攻撃しかできない。シアはその膂力にて動きながら連射するが、包囲すればいずれ対処できなくなる。
フェルニルには多数の魔法障壁と金属装甲による防御があるが、シアにはそのような物はない。だから超重量武器を抱えるシアはいずれ追い込まれることになると神の使徒は考える。
もっとも、それはこの場にいるのがシアだけならの話だが……
──周囲に旋回する神の使徒に対し、無数の虹色の光が襲いかかった。
「ッッ!!」
自身らの周囲に旋回して襲い掛かっているものがあることに気付き、再び攻撃の手を止めることになった神の使徒。その間も無数の虹は光の尾を引きながら襲い掛かる。
速度はシアの火砲ほどではない。だがそれでも決して遅くはないし、それになによりこの攻撃は無秩序に曲線を描いて襲い掛かってくるので、避けにくいという性質を持っている。
「シア、止まったわ。撃ち落としなさい」
「了解です。優花さん!」
フェルニルの甲板に出ていたもう一人の人物、園部優花はシアの攻撃する隙を作る。
周囲を超高速で旋回する虹の光……七耀に妨害されて身動きが取れなくなった神の使徒に襲い掛かるドリュッケンMK-2の集中砲火。それにより空中で爆発四散する神の使徒。
かといってシアの火砲に意識を向ければどこからともなく現れた七耀により核を刺し貫かれる、首を斬り落とされるなどして神の使徒が打ち倒されていく。
「くッ、どうして我々がこうも容易くッ」
「悪いわね。あいにくだけど……あんたらの動きは上位互換に至るまで把握済みだから」
夢の中で神の使徒の身体を乗っ取り、そのスペック以上の力を振るっていた仲間の治癒師のことを良く知っている優花は、今更量産型に手間取ったりはしない。
「まだまだ投げるナイフは山ほど残ってるから、覚悟しなさいよね!」
「破段・顕象」
優花の解号と共に、上空の空間が歪み、その歪みから短剣の切先が神の使徒相手に向けられる。
十、二十、百と段々増えていく七耀。
優花の破段は射法使いとしてはスタンダードなもの。すなわち空間転移能力を発現している。
それにより、三次元軌道どころか、空間跳躍して襲い掛かってくる防御透過能力付与されたナイフの群れを神の使徒は躱さなくてはならない。
「さぁ、行くわよ!」
優花の号令により、一斉に放たれる数百の短剣群。
シアの火砲と優花の短剣。それの組み合わせにより、超高速で移動中のフェルニル本艦を守り続けた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「さて、ここまではほぼ想定内だな」
フェルニルのメインデッキにて、ハジメが冷静に現状を確認する。
「ああ、このまま順調にいけば、俺の出番はなさそうだな」
このエヒトとの前哨戦とも言える戦いにて、蓮弥は最初から出撃する予定に入っていなかった。
蓮弥は現状このパーティーでの最高戦力であるが、もちろん無限に戦えるわけではない。
さらに言うなら敵の到達者。堕天使フレイヤと堕ちた黒い勇者光輝の相手をできるのは蓮弥だけなのだ。
そんな蓮弥をこの序盤で酷使するわけにはいかない。
「けどシアと優花ちゃんが頑張ってくれてるけど本当に数が減らないね。どうにかして全滅させる方法とか考えないと……」
蓮弥と同じく今回後方支援に徹する予定の香織が、外の景色を見てそう感想を述べる。
シアの火砲と優花の七耀は確かに空中に浮かぶ神の使徒を撃ち落としているが、空間の揺らぎと共にどこからともなく現れる神の使徒に際限がない。
無限を思わせる物量に対抗するために、こちらも延々と迎撃を続けるというのはあまり賢い選択だとは言えない。
”ご主人様よ! 待たせたな。魔王城までのルートを確保したのじゃ! ”
「ッ! ようやくか。ティオは隠れて待機だ! 吉野、これで……」
「ええっ! フェルニルの
先行していたティオは一番槍としての役割だけでなく、魔王城までの道を作るという役割も持っていた。
マッハ20で通過した場所のティオの残留魔力は、神の使徒の耐久を突破し焼き焦がす。つまりティオが通った場所はしばらくフェルニルが通るための空路になるのだ。
「
神エヒトの手札は神の使徒だけではない。
エヒトの命令に忠実で、人の世に紛れられる容姿と高度な知能を持っているのが神の使徒だというだけで、ただ暴れて周囲に破壊をもたらすだけの存在なら他にもいる。
神の使徒ではこの船団を止められないと業を煮やしたのか、神はその居住地の扉を開き、そこに住まう神獣の一体を解き放つ。
それの出現と共に、フェルニル本艦が突如大きな揺れに襲われた。
「な、何!? 何が起きたの!?」
突然起きた揺れに対し、体勢を崩した鈴は、側にいた龍太郎に支えられつつも疑問を呈する。
「どうやらエヒトも本気出してきたみたいだな」
『ハジメさんッ、聞こえますか?』
「シアか。ああ聞こえてる! 何があった!?」
『それが……』
『いきなり怪獣が出てきたのよ。姿は……巨大な蛇か龍かな?』
シアと優花が神の使徒を迎撃を行っている真っ最中。側の空間が急激に揺らぎ始め、側にいた神の使徒もろとも巻き込む形で、フェルニル本艦に体当たりを仕掛けたのだ。
その姿は東洋龍の一種である蛟を思わせる全長300m以上の巨体。その身から魔素を吐き出しながら空中を優雅に泳ぐ姿は、まさに神話に登場する神の使いと言われても納得のいく存在感だった。
そんな神獣『蛟』がフェルニルの魔法障壁の上から巻き付き、前に進もうとするフェルニルを力技で押さえつけ始めた。
「こいつッ、まさかその巨体で魔法障壁ごとフェルニルを落とす気!?」
「そうはさせないですぅ!」
皮肉にも、神獣『蛟』の登場の際に、神の使徒が軒並み吹き飛んだおかげで、シアと優花は現在フリーだ。シアはそのままドリュッケンMK-2の火砲を連続で叩き込むが……
「こいつッ、滅茶苦茶硬い!」
「こいつ私が知らない奴ね。私の七耀も……これの前じゃ、つまようじね」
シアの火砲と優花の七耀を弾き返す鱗の強靭な防御力を確認後、優花は”解法”の目で神獣『蛟』を見る。
「こいつは……物理攻撃に強いみたい。私とシアじゃ、ちょっと相性悪いかも……南雲ッ!」
『聞こえてる! シアと園部は一旦フェルニルに入って補給だ!』
「「了解!」」
ハジメも副艦隊の射撃が効いていないことから、敵の特性に対して当たりを付けたことで、シアと優花を一時撤退させる。
「南雲君。私の方も解析したんだけど、物理より魔法で攻撃したほうが有効みたい。けど魔法耐性も半端じゃないから生半可な火力なら効かないわよ」
「となると……」
「我らの出番ですかな」
雫の解析結果を聞き、ハジメが思案に入る前に、竜人族の長アドゥルが前に出る。
「そうだな……フェルニルが高速移動状態に入るまでまだ時間がかかる。それまで何とかあいつを引き剥がして欲しい。頼めるか?」
「無論。何やらあれも竜の端くれのようだが、本物の竜の力を見せてやろうぞ」
『応!!』
ハジメの要請を受け、既に準備を整えていた竜人族の戦士達が意気揚々と甲板へのハッチ前に集まる。
「行く前にお前ら……渡したもん
「もちろん……さあ皆の者ッ、出陣だ!!」
『おお──ッッ!!』
族長の掛け声と共に、口にあるものを含んだ竜人族達はハッチから続々と飛び出し、竜化を開始。神獣『蛟』に対して各々得意属性によるブレス攻撃を開始する。
炎で、氷で、雷で、風で。
数多の属性が宿ったブレスを浴びせられた神獣『蛟』は、一旦フェルニルから離れ、竜人族達を敵とみなした。
「キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
その咆哮にすら魔力が宿り、周囲の空間を揺らして空を飛ぶ竜の戦士を威嚇する。その大きさもあり、まるで竜人族が己が上位存在である龍に対し、反旗を翻しているかのような光景。
”ふん。確かに中々の威圧と力だが……我らが龍神には及びもせんわ! ”
この威圧が初見なら、竜人族の何人かは怯んだかもしれない。だが彼らは既に、自らの上に立つ真の超越者の威圧を知っている。かの紅の龍神の末裔として、この程度の敵に負けてはいられない。
”それに……彼から渡されたこの紙……”
”半信半疑だったが、これなら行ける! ”
この最後の戦いにおいて、残念ながら前線に立つには力不足である戦士達がいる。
クラスメイト達も魔力操作の習得から、それを用いた戦術の確立により、当初より大幅に強化され、一部パーティーならオルクス大迷宮最深部の攻略の目途が立つほどになったが、それでも神の使徒相手にはいささか心もとないものも多い。
そして残念ながら伝説の竜人族達もその中の一組。もちろん怨敵である神の使徒に早々負けるつもりでいるものはいないし、そのために備えてはいるが、ティオの仲間としてハジメが安心できるレベルの力は持っていなかった。
そこでハジメは、治癒師であり、既にいくつかの薬の調合すら行っている香織と相談し、一つのアーティファクトを生成した。
それが瞬時身体能力強化用アーティファクト『
見た目は黒い紙きれに見えるが、香織が調合した薬を染み込ませた上に昇華魔法で効能を強化されたこれは、紙切れ一枚舌に乗せるだけで、魔力含むステータスが劇的に向上する上に、思考加速や一部技能の精度向上まで見られるほどの性能を誇る。そして常飲でもしない限りは、身体への負担も少ないという優れもの。
その恩恵を受けた竜人族がその強化された力で神獣『蛟』の周囲を旋回し、魔法やブレスを浴びせていく。
「キシャァアアアアアアアアア──ッ!!」
周囲を飛び回る竜人族に対し、神獣『蛟』もブレスで応戦してくる。
だがその攻撃も、竜人族は互いをカバーし合い、防いでいく。単純な力さえ見合ったものになれば、竜人族ほど様々な意味で経験値を積んだ種族はいない。それは空中で踊るかような見事な連携だった。
だが、ここで神獣『蛟』も戦い方を変えてくる。
身体を覆う鱗の一部が剥がれ落ち、それが姿形を変え、小さい蛟になったのだ。
小さいとは言っても元の蛟と比較してであり、子蛟も体長10メートルは下らない。そんな子蛟が次々と剥がれ落ちる鱗の数だけどんどん増えていく。
その戦いをフェルニルのメインデッキにて見ていたハジメは、思わず舌打ちをしたくなる。
「流石にこの数は竜人族だけじゃ対処しきれねぇか。副艦隊の集中砲火も効いてねぇ」
この場面で神エヒトが繰り出してきた神獣だ。弱いはずがないとは思っていたが、想像より厄介だった。
その上でどのカードを切るか。一番確実なのは蓮弥を出すことだが、この場面で、到達者である蓮弥を消耗させるのが敵の狙いだとしたら、その思惑に乗ってしまうことになる。
敵は物理攻撃が効き難い敵だ。そして現在ここにいるメンバーのほとんどは物理攻撃方面に特化している者達であり、それは質量兵器をベースとしたアーティファクトを使用するハジメも変わらない。
そう、本来ならこの場面。今まで通りのハジメパーティーなら、迷わずユエが魔法で敵を殲滅するパターンなのだが……当然ユエはこの場にいない。
「仕方ない。ここは俺が出る」
竜人族達は善戦しているし、時間をかければ倒せるかもしれない。だがこの場にいる敵は神獣『蛟』だけではないのだ。時間が経てば、再び神の使徒が体勢を整えて、怒涛の勢いで攻めてくるのは想像に容易い。だからこそ、蓮弥はこの状況を冷静に分析し、この場で動けなくなる方が危険だと判断した。
ハジメも仕方ないと蓮弥に出撃命令を出そうとしたその時、ハジメの意識の外から声がかかった。
「よっし。大体わかったよ~。ここはミレディさんにまかせなさいな」
そう言って前に出てきたのはミレディだった。
「ミレディ? お前……ここで戦って大丈夫なのか?」
蓮弥がミレディを心配し、声をかけるが、心配無用と言わんばかりにどや顔を浮かべる。
「う~ん。心配してくれるのはありがたいけど~。練炭知らないんだねぇ。これでもミレディさんは……」
──旧時代最強の魔法使いだったんだよ。
「"
フェルニルの中という魔法障壁の内側から外側に行使された一つの魔法。その魔法が発動した瞬間。戦いは大きく様相を変えた。
「これは……敵が全部……止まった?」
空に浮かぶ敵。鱗から剥がれ落ちた子蛟や、再集結しつつあった神の使徒。そして巨大な神獣である蛟本体すらも、まるで巨大な力に全方向から押しつぶされるかのような状態で封じられていた。
「さて、これはあくまで事前準備。ここからが……ミレディさんの本領発揮だよ!」
ミレディが己の魂を燃料に、膨大な魔力を生成していく。
巨大な魔力を身に纏いながら、ミレディがモニター越しに見える外に向けて手を伸ばす。
その行為の先にあるものとは……敵の上空に集められた周囲一帯全ての雨雲だった。
「君達はもう知ってると思うけど、神代魔法には通常のソレとは一線を画す深奥領域が存在する。そして私が得意とする重力魔法の深奥は自然エネルギーへの干渉。ちっぽけな人だけではどうしたって限界がある力の上限を突破する力。それを極めれば……自然環境すら容易く変えることが可能になる」
巨大な重力に引かれるように周囲の雲が集まり、黒々とした巨大なスフィアを形成する。
そのスフィアの外円部に漏れているのは自然現象の雷であり、それだけでも凄まじいエネルギーを放っているのは見れば明らかだ。だとしたら中心の黒いスフィアには一体どれほどのエネルギーが蓄えられているのか。
「白髪君。あのでかいのとついでにクソ虫どもを葬るために、ミレディさんちょっと本気出すから魔法障壁よろしくね〜。出来るだけ被害が出ないようにはするけどさぁ!」
ミレディの言葉と、上空に出現したバカでかいエネルギーの塊を感知したハジメはすぐに行動を起こした。
『竜人族達に伝達! これから対軍殲滅魔法の行使が行われるから、今から空間転移でフェルニル内部に回収する!』
”了解! ”
竜人族達も上空に現れた黒いスフィアは見えている。だからこそハジメの通信が行われるより早く、一か所に纏まっていたおかげでフェルニル内部への収容は速やかに行われた。
「フェルニルッ、魔法障壁強化、急いで!」
『了解、
そして同時に、真央の命令によりフェルニルの魔法障壁がさらに強化される。
「ミレディ! こっちの準備はできたぞ! 大見得切ったんだから解放者の真の力ってやつを見せてみろ!」
「もちろん! 見てなよ~、今から度肝を抜いちゃうゾ♪」
力強い返事と共に、ミレディは一瞬でトランス状態に入り、大魔法を完成させる最後の追加詠唱を行う。
「天空に雷鳴轟く混沌の時、空を束ねし黒き怒りは、有象無象の区別なく、あらゆるものを屠る力となる」
かつてミレディが見た古い文献。そこに記された世界の脅威。神エヒトに対抗する術を探していた解放者達がそれを探すのは当然であり、結果的に大した情報は得られなかったが、その中の一柱が起こした文字通りの災害の情報をミレディは入手した。
曰く空を束ねたような邪悪な雲が轟く時、都市の一つが消え去るという。
ミレディが開発したのは、そんな大災害の名を冠する大魔法。
「"雷轟"!! 」
かくして、その大魔法は遥か天空にて轟音と閃光を伴い発動した。蓄えられた雷エネルギーが周囲に解放され、余波だけで神の使徒数千体がなす術なく消滅する。そして余波から転じて、本震とも言える力が神獣『蛟』に炸裂する。
「ァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
大魔法の直撃を受けることになった神獣『蛟』は、己が生み出した分身ごと全身を巨大な雷で焼かれ、天より墜落することとなった。
「すげぇ」
ハジメは素直に感心していた。それは威力だけじゃない。あれほどの高エネルギー体が至近距離で爆発したにも関わらず、自軍への被害は想像より遥かに少なかったからだ。
現状のハジメの超兵器では味方を巻き込まずにこの成果を出すことはできないし、こんな精密な魔法構成はユエ以外にできないと思っていた。そして周囲一帯の敵を丸ごと消し飛ばした張本人は、皆の前で高らかに笑い始める。
「はっはっはっはっー。気持ちイィ、最高ぅ。やーいやーい、どうだ思い知ったか。見ろ、神のクソ虫どもがまるで本当にゴミのようじゃないか。ぷーくすくす、ザマァ」
「……残心という言葉を知らねぇ目に余る態度だが、まじめにやってれば頼もしさMAXだな」
そのハジメの呆れながらも、ミレディを認める言葉に対し、艦内の誰も、基本ミレディアンチのシアですら反論はなかった。
そんな中、蓮弥一人だけはミレディのことを心配する。
「おい、ミレディ。まだ序盤であんな大技かまして大丈夫か。今のあんたがこんな大魔法を使えるのは、魂魄を形成して魂から直接力を引き出してるからだけど、それは同時に魔法を使うたびに、自分の魂を削って……」
「野暮なことは言いっこ無しだぜ、練炭」
蓮弥と違ってミレディは外部から魂を補給する術を持たない。だからこそ心配する蓮弥に対して、ミレディは明るい表情を返す。
「私はこの瞬間をずっと待ってたんだよ。長い長い、気の遠くなる時間の中でね。そんな私が練炭達のおかげでやっと望んだ戦場に立てるんだ……古い時代の人間である私が、ここでケチってどうするよ?」
ここで蓮弥はミレディの覚悟を悟る。ミレディはこの戦いで……全てを燃やし尽くすつもりだと。
「それに練炭が教えてくれたんじゃないか。人の魂は、人の強い想いは、大いなる大自然や世界を支配する神をも凌駕するって。だからミレディさんはまだまだ大丈夫さ」
そして、ミレディの活躍により周囲一帯から敵性反応は消えた。だが、それは一時的であり、再び多数の空間の揺らぎから、神の使徒が再び出現を始める。
「マジで無限湧きかよ。鬱陶しすぎるだろ」
無限に湧き出てくる神の使徒を、かつて森でひどい目にあわされたG生物のような目で見るハジメパーティー。
「いいえ。アレとはもう戦わない。準備……完了よ。皆ッ、席に付いて!」
真央の言葉の意味を瞬時に悟った一同は、各自決められていた座席に付き、竜人族達は対衝撃処置が施された部屋へ移動する。
「フェルニル。加速転移門展開!」
『了解、転移門展開します』
フェルニル本艦の前方、丁度ティオが魔力の残滓にて道を作った場所に複数の光の輪が展開される。
「あばよ、神の使徒共。こいつはおまけだ。是非受け取ってくれ」
「行くわよーッ!
真央の言葉と共に、フェルニルと残った副艦隊は高速移動体勢に突入。光の輪を潜るたびに加速していき、ついには空間転移と見まごう速度に達し、その場を後にする。
かくして、神の軍勢と蓮弥達の戦いの初戦は、最後の最後にハジメの置き土産に巻き込まれ消滅する神の使徒の撃墜を加え、蓮弥達の大勝で幕を閉じたのだった。
>対広域制圧用30mmセミオートレールカノン『ドリュッケンMK-2』
シアのドリュッケンが魔改造されたすがた(ポケモン風)
イメージはセラスのやりすぎたあれ。
ちなみに今回の優花の七耀のイメージは対空戦無双したリップバーンのあれ。
>悪魔への片道切符《デビル・チケット》
香織が数えきれない食材と薬草と魔法薬を精密なバランスで配合し、特殊な味付けを施して七日七晩かけて煮込んで完成させた、滋養と栄養と魔力が満点の特殊なドーピングなんちゃらスープに、ハジメが錬成した食べられる紙を一晩漬け込んだ上で乾かし、その後で昇華魔法をかけて効果を数倍に高めて完成した
紙切れ一枚舌に乗せるだけで魔力含むステータスが劇的に向上する上に、思考加速や一部技能の精度向上まで見られる。ハジメに違法薬物を疑われたが、製作者の香織は合法なものしか使っていないと主張する。元々は奈落の底に落ちたハジメ(と蓮弥)が衰弱している可能性を見越して香織がコツコツ作ってきたものを応用したもの。
原作のチートメイトの代わり。
次回は決戦、魔王城! の予定