ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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お待たせしました。

堕ちた勇者との戦い。ここで決着。

あとがきにお知らせがあるので是非最後まで読んでください。


唯一の天敵

 蓮弥が自身の切り札を切るか否か迷っていた頃。

 

 この戦いを見ることしかできない龍太郎はいい加減に我慢の限界だった。

 

 戦闘自体は辛うじて目で追えている。龍太郎が準備期間中に手に入れた新たなる力を用いれば、おそらく光輝とも戦いにはなるだろう。

 

 ステータスだけ見るのであればそれは事実だったが、この戦いで重視されるのは目に見えるステータスではないのだ。

 

 龍太郎とて到達者同士の戦いを見たのはこれが初めてではない。龍太郎は王都での蓮弥とフレイヤの戦いを目撃している者の一人だ。

 

 あの時は見ていることしかできなかったからこそ、あれから龍太郎は必死に己を鍛え、あの時とは次元違いの力を手に入れたと自他共に認めるところまで来た。

 

 だが、それでも壁はある。

 

 そしてその壁の向こうにいる存在の片割れは、幼少の頃からずっと共に過ごしてきた幼馴染なのだ。

 

 理屈では今の自分にできることはないとわかる。だが同時に龍太郎の野生の勘とも言えるものがこのままでは駄目だとも告げている。

 

 

 ──このままだと光輝は取り返しのつかないことになる。

 

 その想いが、龍太郎の口から先日恋人になった少女に漏れ出した。

 

「…………なぁ、鈴。ちょっと今からアレに参加するって言ったら……無謀だっていうか?」

 

 龍太郎の言葉に対し、鈴は龍太郎の横顔を眺めながら、静かにため息を吐く。

 

「……どうせもう答えは決まってるんでしょ。そのくらい顔を見ればわかるよ。……行くんでしょ?」

 

 本当はもう答えなんて決まっている。だがいまいち決心がつかない恋人の背中を押すために、鈴は努めて明るく応える。

 

「龍君はさ、特攻した後で考えるくらいでちょうどいいよ。むしろ、うじうじ悩んで後悔してほしくないかな。私みたいにさ」

「鈴……」

「表情から察せられるんだよ。我慢できないって」

「ああ、馬鹿だなんだと言われても、やっぱり俺は……」

 

 そうだ。ここで死闘の中に乱入する理由など龍太郎の中では一つしかないのだ。

 

 見せつけてやらなければならない。親友に今の坂上龍太郎の姿を。

 

「なら行ってきなよ。だけど一つだけ約束して……必ず生きて帰ってくるって」

「ああ! 約束する!」

「なら、行って幼馴染を取り返してこい!」

 

 その言葉を皮切りに、鈴は自身の周辺を覆っていた結界を解除する。

 

 途端に発生する大嵐の真っただ中のような暴風。瓦礫も無数に飛んでおり、一般人ならそれだけで跡形も残らないであろう戦場。

 

「行ってくる!!」

 

 鈴の激励を受けた龍太郎が呼吸を戦場に合わせ、今にも蓮弥に魔剣を振り下ろそうとしている光輝目掛けて、特攻した。

 

 

 

 

「いい加減に俺を無視してんじゃねぇぞ。この馬鹿野郎──ッッ!!」

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 

 今の光輝と龍太郎の力の差を思えば、龍太郎の特攻は勇気ではなく蛮勇、無謀でしかない特攻であろう。

 

 ステータスの差だけなら龍太郎が手に入れた新たな力を使えば近いところまで迫ることはできるが、到達者とそうでない者の差はステータスの差だけではない。

 

 ──概念防御

 

 蓮弥達が主に大災害相手に苦しめられてきた概念だが、要は自身の格よりも低い神秘による攻撃を全て無効化する防御だ。

 

 蓮弥の持つ霊的装甲よりも上の防御機構であり、自身を強化する求道型の概念を展開するものならば、その力は覇道型の概念を持つものより非常に強固なものになる傾向にある。もちろん光輝もその例に漏れることはない。無敵のヒーローは悪に負けてはならないのだから。

 

 光輝と敵対した時点で、龍太郎も光輝の『絶対正義』の概念魔法の領域に入るはずであり、それならば龍太郎の渾身の一撃は光輝の概念防御に阻まれ、代わりに光輝からの手痛い一撃を龍太郎は受けることになる。

 

 

 そう、誰もが予想していたが……

 

 

 ──大方の予想を裏切り、龍太郎の拳は直接光輝の顔面に吸い込まれ、光輝は盛大に明後日の方に吹き飛ばされた。

 

「なっ……」

「嘘……」

『……これは』

 

 想像とは違う戦果を出した龍太郎に対し、蓮弥と雫は思わず龍太郎を注視し、どこからか見ているダニエル神父は何か考えるような気配を放つ。

 

 龍太郎から思わぬ攻撃を受けることになった光輝は、流石にすぐさま立ち上がったものの、頭から流血し、ダメージのためか少しふらついているように見えた。

 

 

「これ……血? えっ……なぜだ? 龍太郎……お前、俺に一体何をした?」

「知らねぇよ、馬鹿野郎。いつまでも俺を無視してるからだろ」

 

 

 絶対無敵の力を手に入れたはずの自分が負った思わぬダメージに動揺する光輝の前で、龍太郎が再び拳を握りしめ、一歩前に出る。

 

 

「俺はよ。頭がいい方じゃねぇし、口が回るわけでもねぇ。だからお前を口で説得できるとは思ってねぇ。だからよ……俺の流儀でやらせてもらうぜ」

 

 

 気合も闘気も十分。そんな龍太郎が光輝に対し、挑発的な笑みを浮かべる。

 

 

「思えば長い付き合いなのによぉ。お前とこういうことはしなかったよな」

 

 幼馴染として長い時を過ごす中、龍太郎はいつだって光輝の隣にいた。

 

 光輝が呼び込んでくるトラブルを解決するため、二人揃って問題解決のために並んで駆け回ったことは数多あるが、こうやって真正面から対峙する機会は此処に来るまでこなかった。

 

「藤澤も雫も……手は出さねぇでくれ……こっから先は……」

 

 そして、だからこそ今、一番大事な時に、龍太郎は光輝の前に立ちはだかるのだ。

 

「──俺の喧嘩だ!!」

 

 龍太郎が拳を構え、親友に対して構えた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 龍太郎と光輝の戦いが始まる。

 

「そうか……龍太郎、お前も悪の道に走ると言うんだな。だったら容赦はしない。正義を執行する。大人しく断罪の剣を受けてくれ、龍太郎!」

 

 光輝が龍太郎に対して魔剣を構えて全力で魔力放出を行いながらまっすぐ龍太郎に突撃する。

 

 悪党は弱いから卑怯な手段で善なる者を追い詰める。

 

 だから正義に小細工などいらない。正々堂々と真っ正面から悪を打ち砕き、世の道理と正義を証明する。

 

「大丈夫! 龍太郎が正義の心を思い出してくれるまで、俺は何度でもお前を止めてがぺぇ!?」

「話がなげぇんだよ!!」

 

 光輝の全力の一撃を見切った龍太郎は光輝の魔剣をかわし、光輝にカウンターを叩き込む。

 

「正義も悪もねぇ。俺はお前と喧嘩してんだ。ほら、こっちから行くぞ!」

 

 龍太郎が拳を握り光輝に迫る。空手やこの世界での戦闘経験によって磨かれた龍太郎の拳は素手に限るならシアに次ぐ実力者だ。

 

 だが、それでも光輝の視点から見て、その拳は速すぎたし重すぎた。

 

「がふぅ!?」

 

 光輝が歯を食いしばりながら放った剣はかわされ、ガラ空きのボディに鋭い一撃が突き刺さる。

 

「どうして、どうして避けられない……どうして攻撃が当たらない?」

 

 それからの龍太郎との攻防は光輝にとって何ひとつ理解できるものはなかった。

 

 光輝の概念魔法、光輝なる絶対聖剣(アブソルートゥス・アストライアー)はかなり強力な概念魔法だ。

 

【絶対正義】という概念は光輝にとって最強の矛であり盾。最強の矛は如何なる悪が相手であろうと必ず倒す無双の力を光輝に与えるし、最強の盾は悪の攻撃を必ず防ぐ。

 

 具体的に言えば絶対の正義である光輝に敵対した悪に対して、光輝は必ず相手を上回る力を発揮できる。

 

 例え途中で敵が強くなったとしてもその瞬間光輝はさらなる覚醒を得て、相手を上回る力を発揮するし、敵対しているのが複数である場合は相手を纏めて倒せる力を発揮できる。およそ真っ向勝負において、この概念魔法を超えることは非常に難しい。

 

 ならば光輝と同じ志を持っている善なる者ならどうか。

 

 光輝の概念魔法の理屈に則ってみれば、光輝が認める心が清らかな人間であれば、光輝に対抗できると考えられるだろう。

 

 だが……光輝にとっての絶対正義とは、光輝の価値観によってのみ決定されている。

 

 例えばどう考えても悪意のない無垢な子供であったとしても、どれほど正しい思想を持った人物であろうとも、光輝が悪だと認めればその瞬間その人物は光輝にとって許されざる悪となるのだ。

 

 もちろん一定の基準というものは存在しているが、その基準をクリアーすることは戦闘中には非常に厳しい。

 

 それを念頭においた上で今の状況を語るとするならば、龍太郎が光輝に対して優位に戦闘を行い、光輝が劣勢に追い込まれるというのは紛れもない異常事態。絶対正義を誇る光輝の聖なる魔剣が、まるで龍太郎に対し本領を発揮していない。

 

『……光輝の概念は絶対正義という概念の元に、悪に対して断罪を与えるという思想が根底にあります。それゆえに前提として相手が光輝にとって断罪すべき悪である必要があります。蓮弥の力が所謂普通の人には効果が薄いように、自分が悪だと認識できない者に対して、光輝はその本領を発揮できない』

 

 光輝が悪だとする定義は単純だ。自分と敵対するかしないか、これに尽きる。自分は絶対正義と謳うのだから、自分に対し敵意や悪意や殺意を持って相反する者は全て悪になる。実にシンプルな仕組みだろう。

 

 

「けどユナ。それだとどうして龍太郎はこの戦いを優勢に進められるのかしら?」

『きっとそれは……』

 

 

 

 

 

「おらぁぁ、どうした光輝! お前の力ってのはこんなもんかよ!!」

「ぐッ、がはぁ…………バカな、どうして、どうして!!」

 

 そこで光輝は、相手が素手なのに自分だけ武器を使っていることで、自分の中の正義に揺らぎが生じていることが原因かもしれないと考え、光輝は剣を捨てて素手で龍太郎と対峙する。

 

 だが……結果は変わらない。

 

 光輝は無双の力とは程遠い出力しか出せず、拳は空回りするばかり。たまに命中しても……

 

 

 ──坂上龍太郎は止まらない。

 

「……なんて様だよ光輝。今のお前の拳からは、何も熱いものを感じねぇ。いくら拳を喰らっても、何も響いてこねぇ! そんな拳じゃ何百発当てても俺は倒れねぇぞ!!」

 

 光輝の拳が空回りしたところにすかさず叩き込まれる龍太郎のカウンター。それをもろにボディーに受けた光輝は悶絶しながら吹き飛ぶ。

 

「なんでだ……龍太郎は南雲達に洗脳されている悪の手下のはずだ。なのにどうして……絶対正義であるはずの俺はッ」

「だから、正義だの悪だの言ってるのが根本から間違ってんだよ!!」

「がはぁッ!」

 

 

 再び龍太郎の拳を受ける光輝。その際光輝は魂魄魔法を使用する。

 

 触れた拳から、龍太郎の意思を読み取ろうとしたのだ。

 

 触れた拳から、悪意を感じ取ることができれば、龍太郎の自分に対する敵意を見つければ、光輝は再び無敵のヒーローに戻れる。そう思ったから。

 

 だが、魂魄魔法まで使って読み取った龍太郎の拳には、光輝に対する悪感情など何もなかった。

 

 悪意も、敵意も殺意も。ましてや拳を振るっているにもかかわらず微塵の害意すら籠ってはいなかった。

 

(なんだ……これ)

 

 相手の想いを見透かして、自らの力に変えるはずだった。今の自分に拳を向けるということは龍太郎は悪であるはずで、自分が龍太郎の悪意に気付けていないだけだと思っていた。だが、龍太郎は……光輝の知る頃の龍太郎のままで……

 

「なぁ、光輝。俺さ……お前をどこか遠い奴だと思ってたんだ」

 

 龍太郎は肩で息をしながら、シュネー大迷宮の試練を思い出していた。

 

 

 

『お前は結局、光輝が主人公の物語の脇役でしかない』

 

 

『そんな光輝の弱いところが見えて、やっと出番が来た、勇者を助ける相棒としてスポットライトが当たると張り切ってみれば、光輝を真の意味で救ったのはこの世界で出会って間もないメルド団長だった』

 

 

『そして今、一皮も二皮も剥けた光輝は一段と存在感が増して、真っすぐ確実に大きく成長している。お前を置いてな』

 

 

『光輝はもっともっと成長する。いずれ南雲や藤澤と並ぶほどに。そうなった時に光輝を助けるのは、同格の南雲や藤澤であってお前じゃない』

 

 

『なぁ、そんな情けない脇役に、鈴は振り向いてくれるとでも思ってるのかよ』

 

 

 龍太郎の影は龍太郎の弱さを露呈した。

 

「きっと心のどこかで思ってたんだろうな、俺じゃあ光輝に並べないって」

 

 昔からそうだった。

 

 光輝といつもトラブルに巻き込まれていた龍太郎は、光輝と共に数多の問題に挑んでいった。時には追い詰められていた女を助けるという男冥利に尽きるような展開があった。

 

 だが、その時にいつも決まって感謝されるのは光輝だった。

 

 硬派な龍太郎がたまに魅力的だと思った女もだいたいが光輝目当てだった。

 

 だがそんなことがあっても、光輝と龍太郎は一度も殴り合い以上の喧嘩をしたことがない。

 

 光輝がいつも正しくて、それでいて良い奴だったこともある。幼い頃から空手をやっていた都合上、大義無しに拳を振るうなと教わってきたこともある。

 

 だが、実際は龍太郎が心のどこかで光輝には敵わないと思っていたということ。

 

「お前は俺がいなくても、勝手に成長して、勝手に強くなって、勝手に偉業を成し遂げる奴だと思って……お前のことを見てなかったんだ。お前と比べると嫌でも俺が劣っているところが見えてくる。それを突きつけられるのが怖かったんだ」

「…………」

 

 光輝は無言で龍太郎を見つめる。それは龍太郎に負わされた傷を回復するための時間を稼いでいるようにも見えるし、ただ龍太郎の言葉に聞き入っているようにも見える。

 

「だけどよ。そんな俺からはもう卒業したんだ。いつか、立派になったお前と並べるように努力しようって決意した。それであの大迷宮の試練は攻略することができたけど…………俺の試練は……まだ続いてたんだ」

 

 立派な勇者として成長を遂げた光輝に並び立てる男になろう。一歩踏み出そう。そう決意した龍太郎は確かに成長した。きっと光輝と共に並び立って歩める日も遠い話だったわけじゃないだろう。

 

 だが、その肝心の光輝は偽物だった。そして本物の光輝は龍太郎が想像もしていない方向に転げ落ちて、今……龍太郎の目の前で対峙している。

 

「俺は、お前と対等な男になりたい!! そのためなら、どんな努力も惜しまねぇし、どんな敵だろうと逃げずに立ち向かってやる! ……例えそれが、お前だったとしてもッ!」

 

 光輝の上に立ちたいでもなく、光輝の役に立ちたいでもない。光輝と対等に歩めるような自分になりたい。その想いこそが、今の龍太郎の行動を支える柱。

 

「~~~~~~龍太郎!!」

 

 そして、ここにきて光輝の拳の勢いが増す。龍太郎の拳を紙一重でかわしてその顔面にカウンターの拳を叩きこんだ

 

「がはっ……へっ、今のは良い拳だったぜ。流石光輝だな!!」

「うるさい。さっきから俺を一方的に殴りやがって、今度はこっちの番だ!!」

 

 

 いつの間にか死闘は青春の一ページのような光景に変わる。

 

 光輝が一撃入れたら、龍太郎も一撃を返す。龍太郎が鋭い攻撃を繰り出したら、光輝も鋭い攻撃で返す。速度域こそ常人のものではないが、その光景は不良の喧嘩と変わらなかった。

 

 

 

「なるほどね。龍太郎が今の光輝に対して優位に立てる理由はわかったわ。けどなんで私は駄目なのかしら。私だって光輝に対して悪感情なんてないつもりなんだけど……」

 

 元々雫の中に光輝に関する悪感情などない。光輝の未来の可能性を知ったらなおのことだ。だが雫にはわからないみたいだが、蓮弥にはなぜ雫では駄目なのか理解できていた。

 

「それは雫が女で天之河が男だからだろうな」

 

 別に男尊女卑という意味ではない。男にしかわからない矜持の問題だ。

 

 例えどんな時代、どんな世界であろうとも、男は女を守るために戦わなくてはならない。

 

 それは魔力という力があるおかげで、男女の間で身体能力の差が少ないこの世界も変わらない。

 

 要は天之河光輝にとって八重樫雫や白崎香織は、どれだけ彼女達が強くても男として守らなくてはならないというプライドがあるのだ。だからこそ、彼女達では光輝を止められない。

 

 そんな想いを抱く光輝を唯一止められる存在とは誰か。それは幼少の頃から共に過ごしてきた龍太郎だけだ。

 

「なんだかんだ。天之河にとっても坂上は得難い親友だったんだよ」

 

 自分の世界に閉じこもっていようとも、いやむしろ閉じこもっているからこそ、龍太郎の存在を無視することができない。

 

 そう、彼こそが無敵の正義のヒーローとなった天之河光輝にとって唯一の……

 

 

 

 そして、戦いは僅差で光輝が膝をついたところで決着した。

 

 概念魔法を維持することができなくなった今の光輝からは超然とした威圧を感じなくなっている。

 

 力を出せなくなり、肩で息をする光輝に対し、龍太郎が歯を見せて笑い、光輝に向かって手を伸ばした。

 

「待たせちまったな光輝。一緒に……帰ろうぜ」

 

 光輝は子供を卒業し、大人への一歩を踏み出した龍太郎をまぶしそうに見る。

 

「龍太郎……俺は……」

 

 そろそろと、光輝の手が龍太郎へと伸びる。まるで尊いものに触れるかのような慎重な手で。

 

 

 光輝が止まったのは龍太郎との友情が生んだ奇跡であろう。こればっかりは蓮弥でもハジメでも、ここにいる他の誰であっても駄目だった。

 

 坂上龍太郎の決死の覚悟が、自分の世界に引き籠り、都合のいい理想に酔い切っていた光輝を素面に戻した。

 

 

 

 

「おやおや、そうきましたか。では私も空気を読むべきなのでしょうね」

 

 

 

 

 そう、全ては……この男の思惑通りに。

 

 

 

 

 

 

 虚空から響く声を聞いた光輝の様子が……一瞬で変化する。

 

「光輝……?」

「あ……ああ……あああ」

 

 

 

 龍太郎の目の前にいる光輝は、全身をガタガタ震わせ、己の身体を抱きしめながら怯えていた。

 

 

「ッッ──てめぇクソ神父ッッ!! 光輝に何をしやがった──ッッ!!」

 

 突如豹変した光輝の様子を見た龍太郎が、神父の仕業だと確信し、空に向かって吼える。ここにきて状況が変わったことを察した蓮弥達もすぐさま警戒態勢に移行した。

 

『何を言っているのですか、あなたが思い出させてしまったのですよ、かつての光輝さんをね』

 

 突如聞こえてくる神父の声。それはあまりにも自然に、龍太郎の側に現れた。

 

「──ッッ!!」

 

(音も気配も、魂すら感知できなかった。一体いつからここにいやがった!?)

 

 

 

 突如現れた神父に対して警戒を露わにする蓮弥達だが、そんな蓮弥達の警戒もどこ吹く風な神父は真っすぐに光輝の側に歩み寄る。

 

「光輝さん。どうやらあなたの親友は、無敵のヒーローになったあなたがお気に召さないようだ。私も先ほどの親友同士の熱いやり取りに胸を打たれてしまった。ならば……彼の望む通りに……あなたから預かっていたものを全て……あなたにお返ししましょう」

 

 あまりに自然に行動する神父に蓮弥達は反応が遅れた。

 

 蓮弥達や側にいた龍太郎が行動に移す前に、神父は光輝の頭に手を翳し……

 

 

 ──奪っていた記憶や、気づいてはならない真実を、光輝へと余すことなく返却した。

 

 

 ドクン

 

 

 その瞬間、光輝が纏う雰囲気が変わったことに全員が気が付く。

 

「……だ」

 

 わなわなと震えている光輝は、今までと同じようで違う、危険な気配を発し始めていた。

 

 再び空間が歪み、魔力が迸る。それはまるで、光輝の感情につられて世界が悲鳴を上げ始めているようで……

 

「──嘘だ、有り得ない。こんなのおかしい。絶対、間違ってる。だって俺は正しいんだ。俺は正義だ。俺は正しいッ、正しいッッ、正しいんだッッ!!」

「光輝! おい、しっかりしろ! 光輝!!」

 

 先程まで通じていた龍太郎の声すら今の光輝には届いていない。

 

「だって、だってだってだってだってだって。もし俺が正義じゃないなら……()()()()()()()()()が悪でないというのなら……俺は……俺は……ああああああああああああああ」

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 頭を掻きむしりながら、壊れたラジオのように短音を発し続ける光輝に対し、神父は不気味なほど静かな声で語り掛ける。

 

 

「ええ、そうです。あなたは絶対の正義のヒーローなんかじゃなかった。ならばあなたがその手にかけた村人や、あの恵まれない孤児達は、許されざる悪人でも悪魔の使いでもなんでもなかったのでしょう。だからあなたにはもう……坂上さんの手を取る資格などすでにない。そんな血まみれの手で一体何を掴もうと言うのか……」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「今のあなたが一体何者なのか。私があなたに教えてあげましょう」

 

 

 

──ありもしない正義に酔いしれ、大勢の罪なき者を殺めた…………勇者を騙るただの人殺しだ

 

 

 光輝を知り尽くし、光輝の基準で明確に悪でありながら、ただ一人光輝の概念魔法の例外になることが収まった、光輝にとって()()()()()。その天敵の言葉を受けた光輝は目を見開き、蓮弥達の方を見る。

 

 

 無数の目が光輝を見る。夢から覚め、現実に放り出された光輝をただ見つめている。

 

 

 その瞳が語っている。

 

 香織が、雫が、龍太郎が、鈴が。

 

 蓮弥が、ユナが、シアが、ティオが。

 

 かつての仲間達が自分のことをこう言っている。

 

 

 

──この、人殺し──

 

 

 素面に戻され、正気になってしまった光輝の中で、魂が音を立てて崩壊した。

 

 

「ひぃあああああああああああああああああ──ッッ!!」

 

 魂が壊れた光輝の絶望を彩る絶叫が響くと同時に、光輝から今までよりも遥かに強大な魔力が途轍もない勢いで噴き出した。轟々とうねりを上げて天を衝く魔力の螺旋。

 

「光輝ッ、っ!!」

 

 

 凄まじい輝きとプレッシャーを放つ魔力の嵐を前に、龍太郎は吹き飛ばされ、蓮弥達すらもそのプレッシャーに近づくことさえできない。

 

 ただ一人、神父を除いて。

 

「てめぇぇぇぇぇ──ッッ。クソ神父ぅぅぅぅぅ──ッッ!!」

 

 

 龍太郎が全身全霊の闘気を籠めて必死に神父に突撃しようとするが、側にいる光輝の魔力の奔流が強すぎて近づくこともできない。

 

「……本当はね。もっと時間をかけてじっくり彼を壊していく予定だったのですよ。正義に憧れる少年に、徐々に罪なき者を殺めるという矛盾を突きつけ、魂を少しずつ壊していくつもりだった。だが、坂上さんとのやり取りでかつての自分を思い出した光輝さんは大幅に予定を短縮して壊れてくれた。感謝しますよ坂上さん。これで光輝さんの魂は保護された肉体だけを残して跡形もなく消滅する」

「なッ……皆、あの人の言ってることは本当だよ! これ、魂の力の爆発みたいなもので、このままだと光輝君がッ、光輝君がッッ!!」

 

 香織の言葉から光輝が吐き出しているものが、決して人間が気軽に手を出してはいけない自滅を誘発する力だと知って、龍太郎は必死に声をかけ、手を伸ばす。

 

「頼むッッ、光輝ぃ! 俺の、俺の手をッッ!!」

「もう遅いですよ。元々彼の魂にはさほど用はないのです。必要だったのは……到達に至り、絶大な力を受け入れられるようになった空の器だ。さぁ、皆さん。いよいよだ。いよいよ彼が……この地に再び降臨する!」

 

 最後のセリフに恍惚とした感情を滲ませながら、神父が光に包まれる光輝に対し頭を垂れるように跪く。

 

「──ああああああああはははは」

 

 そして、光輝の声に被さるように、別人の声が混ざる。

 

「はーはっはっはっはっは──あーはっはっはっはー」

 

 それは天に轟くような、或いは地の底に沈みこむような、そんな音色。

 

 光輝の暴走していた力が急速に光輝の身体に集束されていく。

 

 完全に制御された力は光輪となり、光輝の後ろに回る。

 

 そして再び開かれた光輝の瞳は……輝くような黄金色をしていた。

 

 

「ふふふ、ふはははは。すばらしい……現界したのは一体、いつぶりだろうか……」

 

 光輝じゃない光輝が喋る。そこに浮かべるのは、光輝には到底似合わない愉悦の表情。

 

「本来なら正式な作法があるのですが、ここでは作法を省略することをお許しください。あなたの復活を心よりお喜び致します」

 

 

 

「おかえりなさいませ、我が主……創世神エヒトルジュエ様」

 

 

 

 神父にエヒトルジュエと呼ばれた光輝はその声に応えるように。

 

 

 光輝の姿をしながら邪悪に微笑んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 魔王城付近を飛行中のフェルニルのある一室。

 

 そこは所謂物資を保管したり、武器を保管したりする場所であり、神代魔法を厳重にかけて頑丈にしてある特別な部屋だった。

 

 そこに安置されていた一本の聖剣。

 

 光輝の偽物が倒れた際、まるで用済みだと放置されたものだ。

 

 光輝に放置されて以降、まるで口を閉ざすかのように何の魔力反応も示さなかったそれが今……まるで主の異変を感知したかのように……

 

 

 薄く……光を放ち始めた。




>大天使龍太郎
将来の毛根を対価に龍太郎がやってくれました。原作だと雫にボコボコにされてた光輝でしたが、やっぱりここは龍太郎に任せるほうがいいだろうと作者は思うわけです。この辺りは正田卿の作風にも影響されていますね。強い女を否定しないが、やっぱり男が強い方がかっこいいのだと言う感じです。

ただ、ひたすら殴り合いを書いてたら切りがなくなったので、ちょうどいいくらいに纏めたつもりです。

>光輝の概念魔法の弱点
敵意や悪意や殺意を持つ相手を悪とするなら、敵意や悪意や殺意無しで攻撃すればいいのです。ただし、これは光輝にとって親友であった龍太郎だから上手くいったのであって、他の人物だと失敗します。メルドさんなら辛うじて例外になりえるかもしれませんが、彼の場合自力の差で積む。

>天敵の正体
龍太郎は敵足り得ない。ならば天敵とは、光輝を導くふりをして魔道に落とした彼こそがふさわしい。

こういうキャラがいると男同士の殴り合いは上手く転びません。元祖大天使も悪魔に邪魔されてますし、男同士の殴り合い後のベイとクラウディアなんてメルクリウスに殺意を覚えるレベル。

次回復活した神との決戦。


ここでおしらせです。

実は以前から感想欄やらあとがき、活動報告で示唆していたありふれた職業で世界最強と魔王学院の不適合者のクロスオーバー作品を我慢できずに投稿しました。

本作のように主人公の活躍の機会を捻出するのにいちいち頭を捻らないといけない作風とは違い、シンプルにアノス最強ものにする予定です。

まずは第一章、オルクス大迷宮編までは随時投稿するので興味のある方は是非、一度下記リンク先まで。

ありふれない不適合者が世界最強
https://syosetu.org/novel/274575/

では、また次回。

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