ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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Frohe Weihnachten(フローエ・ヴァイナハテン)

なんとか……なんとか間に合ったぞ。

今日でこの作品も無事三周年を迎えました。

これも皆様の応援のおかげです。

そして来月からいよいよありふれアニメ二期が開始されます。放送範囲は本作でいうなら第五章になるのでしょうか。今からハジメ達が山より巨大で海そのものな悪食や大峡谷を埋め尽くす魔物群と戦うのが楽しみです(違う)

それとクリスマスということでR-元服な話も同時更新しているので興味のある方はぜひ。


エヒト降臨

「おかえりなさいませ、我が主……創世神エヒトルジュエ様」

 

 そう光輝に対する神父の言葉によって、光輝の身体から莫大な神気が噴き出す。

 

 ──創世神エヒトルジュエ

 

 神父が呼んだその名は蓮弥にも既知のものだった。この世界を支配する神の名であり、この場で現れるはずのない存在。

 

「エヒトの名において命ずる──〝跪け〝!」

 

 突然の状況に行動をとれなかった蓮弥達にその言葉が放たれた瞬間、重力魔法とは違う重圧が身体を襲う。

 

「あぐっ」

「ぐっ」

「これは……」

 

 仲間達が目の前の存在の言葉通りに膝をつき始める。

 

「効くかそんなもん!」

 

 蓮弥はすぐさま言葉の鎖を力ずくで破壊したが、これに対処できたメンバーはあまり多くない。

 

「これは……高度な魂魄魔法の類いじゃな。対策はしておったつもりじゃが……」

「このっ……」

 

 ティオとシアは敵の魔法に対して対抗しようとするも、魂魄魔法にあまり適性のない二人は倒れないようにするだけで精一杯の様子だ。

 

「みんな、無事!?」

 

 香織は魂魄魔法が使えないメンバーに覆いかぶさるように般若さんを展開し、その魂を守る。

 

「優花……大丈夫?」

「うん、けど……夢で体験したやつより随分強力だよね。これは依代が違うからなのかな?」

 

 邯鄲の夢にて雫と優花は防御したようだが、それでも万全にはいかないようだ。

 

 そんな俺達を眺めながら、光輝の姿をした神エヒトは口を開く。

 

「ほう、我が神言に抗うものがこれほどいるとは。これは敵を褒めるべきか、それともこの身体の出来を疑うべきなのか。どう思う神父?」

「ここは敵を褒めるべきかと。いくらその器があなた様に合わせて調整されていようとも、完全に馴染むまでには僅かばかりの時間がかかりましょう。もっとも、現時点でもあの吸血鬼を器にした時以上の力を出せると自負しておりますが」

「まぁよい。余興を始めるのに誰もおらぬのではつまらないからな」

 

 蓮弥は神父の話を聞き、目を用いて光輝の身体に宿る魂を見た時、自分達が嵌められたことに気付いた。

 

「ユエは……囮か」

「おや、ようやく気付きましたか。その通り、本命の器はこちらだったというわけですよ」

 

 蓮弥の言葉にたいして、たいしてことでもないと言わんばかりの態度で答える神父。

 

「七つの神代魔法を手にした南雲さんは数少ない我が主に対抗できる戦力です。たとえ囮の可能性を考えていてもあの吸血鬼をちらつかせればそちらに行ってくれると思っていました。それにより、あなた達の戦力を分断した状態で我が主は復活の時を迎えたのですよ」

 

 神父、そして肉体をエヒトに乗っ取られた光輝の姿を見て、改めて状況を俯瞰する。

 

 現在、戦闘可能なメンバーは少ない。エヒトの神言はそれほど強力だった。

 

 腐っても神ということだろう。神の力が混じった文字通りの神言は、魂魄魔法……もっと言うなら魂の力以外では防げないようになっているらしい。

 

 蓮弥以外だと、魂魄魔法の極致の一つである邯鄲の夢を使える雫と優花は戦えそうだが、素の状態では魂の力を上手く使えないティオとシアは厳しそうだ。香織は魂魄魔法を使えない龍太郎と鈴を守るので精一杯。

 

 そこまで考えて……蓮弥と同じくエヒトの神言を意に介さず、前に歩み出る者がいた。

 

「そうか…………お前が……そうなんだね」

 

 蓮弥より前に出たミレディは、一歩歩むごとに身に纏う魔力を大きくし、光輝の姿をしたエヒトに近づいていく。

 

「長かった……本当に、ここまでくるのに……気が遠くなる想いだった……お前が……全ての元凶」

 

 

 

「やっと会えたなッ、クソ野郎!!」

 

 

 ミレディの叫び。

 

 

 それに伴いミレディから発生した魔力震により、幸運にも仲間達にかけられていた神言の縛りが消し飛んだ。

 

 

 数千年前は戦うことすらできなかった。

 

 彼女達の戦いが終わってから始まった、絶望と……そしてただ一人で来るかもわからない継承者を待ち続ける地獄のような孤独の日々

 

 ただひたすら待ち続け、耐え忍ぶ日々。

 

 それらを乗り越え、数多の出会いと多くの幸運に恵まれて……

 

 

 ──ミレディ・ライセンは今、数千年越しに宿敵と相まみえる。

 

 

 そんなミレディの反応に対し、エヒトはミレディの顔をしげしげと眺め、まるで過去のちょっとした出来事を思い出すかのような態度を取った。

 

「ほう、貴様は確か……そうだ、思い出したぞ。あの時の反逆者の一人ではないか。まさかまだ生きているとは思わなかったぞ」

「どうやら主の目の及ばない遥か地下に大迷宮を拵え、今の今まで潜伏していたようですね」

「ははは、なんだモグラの真似事でもしていたのか。確かにあの時の見世物は中々面白かった。小さき人間共が束になってあそこまで大規模の反乱を企てたことなど今までなかったからな」

 

 その時の世界の混乱を思い出しているのか、光輝では絶対に取りえないような愉悦の表情を浮かべるエヒト。

 

 だが、それでもミレディは激昂したりしない。静かに魔力が高まっていくだけだ。

 

「確かに……私達はかつて失敗した。お前の悪意の底を見誤って……戦うことすらできなかった」

 

 かつて、ミレディ達解放者はエヒトの言う通り、神に抗う者としては過去最高規模の勢力を集めて見せた。

 

 神代魔法使いを集める旅の果てに、結んだ友好により、お互い神敵だと排斥し合う立場だったあらゆる種族が一つになったのだ。

 

 それはまさに奇跡の光景だった。必ず勝てる。そう信じて疑わなかった。だが神の悪意は、ミレディ達の想像を超えていた。

 

 

『自由な意思とやらは、何を選ぶ?』

 

 

 神の使徒や神の狂信者と戦っている最中、神の一声で参戦したのは、ミレディ達が神に縛られずに生きてほしいと願ってやまなかったはずの一般の民達だった。

 

 神は人々を巧みに操り、彼ら解放者こそが、世界に破滅を齎す反逆者だと刷り込んで、ミレディ達の前に立たせたのだ。

 

 例えこの戦いで解放者が潰えても、神の支配がなくなった新たな時代に生きる人々が自由の意思の元で生きられたらそれでいい。そんなミレディ達の覚悟を神エヒトはあざ笑った。

 

 まるでトータスの民は、自由な意思とやらは、依然変わらぬ神エヒトの治世を選んだのだと言わんばかりの光景を前に、解放者達は成す術がなかった。

 

 

 だが……

 

 戦い敗れた彼らが残した希望は、今日この日まで絶えずに繋がり、今ここまで来た。

 

 

「私に全てを託してくれた仲間のためにも、私はお前に負けるわけにはいかない。この世界はお前のものじゃない」

「ならばどうする? こうして肉体を取り戻した我に対し、一体何ができるというのだ反逆者よ」

 

 未だに自分の優位を疑っていない神エヒトに対し、蓮弥の渇望も高まっていく。

 

 神殺しは神相手でこそ真価を発揮する。天之河光輝が相手では真の力を発揮できなかった蓮弥も今なら全力で戦える。

 

 

 話の最中だろうと関係ないと言わんばかりに蓮弥が一歩踏み出した瞬間。

 

 

「いけませんね、藤澤さん。ここは空気を読むところでしょう──”敵を見失う”」

「なッ、くそッ!」

 

 突如介入した神父により、攻撃が強制的にキャンセルされた。

 

 

「我が主よ。神殺しは私が引き留めておきます。なので今のうちに新しい身体の調整を行なってはどうか?」

「ほう……」

 

 どうやらエヒトも乗り気になったらしい。気炎を上げ続けるミレディをにやにやと笑いながら見つめている。

 

「そんなもの、好きにさせるわけないですぅ!」

「貴様に恨みがあるのは、我らとて同じじゃ!」

 

 神言の縛りを解き、自由になったシアとティオが参戦を宣言する。さっきは不意打ちを喰らったようなものなので対処できなかったが、事前に神言対策をしていなかったわけではない。今度は無様な姿は見せないと気合を入れる。だが……

 

「気持ちは嬉しいけど……ここは私一人でやらせてもらえるかな?」

 

 シアとティオの参戦をミレディが否定する。

 

「ミレディ……ここは私怨を優先するべき場面じゃないぞ」

「もちろんさ練炭。確かに恨みがないとは言えないけど……流石にこいつ相手に油断はしないよ。私が一人にしてほしいって言ったのは……ミレディさんの本気に巻き込まないためだよ」

 

 ミレディの纏う魔力が性質を変え、力強さを増していく。

 

「よかろう。この身体と湧き上がる力を持て余していたところだ。是非とも貴様には楽しませてもらいたいものよな、あの時のように!」

「民衆を盾にするしかできない臆病者が……私達を舐めるな!!」

 

「”極大・黒玉”!!」

「”光輪・極光”!!」

 

 戦いの火蓋はミレディがエヒトに向けて放った超重力の塊を撃ち込むことで始まった。

 

 

 あらゆるものを破壊する重力の塊は真っすぐエヒトに向かっていくものの、同時に発動したエヒトの背後に浮かぶ光輪から発せられたレーザーで撃ち落とされる。

 

「どうした? この程度では準備運動にすらならんぞ。”光輪・極乱光”」

 

 エヒトの魔法の発動と共に、背中に浮かぶ光輪が回転を始め、ミレディに向かっておびただしい数の白金の光が、まるで幾何学模様でも描いているかのように飛び出してくる。ある種の芸術性すら感じさせる光の流星群。球体状のものもあれば、刃のように曲線を描くものや、ブーメランのように回転しながら迫ってくるものもある。

 

 だがその多種多様の魔法をミレディは……

 

「その程度で……私が倒せると思ってるの?」

 

 ──重力魔法、禍天により全て押し潰す。

 

「ここじゃ狭いね。だから……空までぶっ飛べ──”積乱・雷光”!!」

 

 集束された雷の砲撃をまともに受けたエヒトは魔王城の屋上から野外に吹き飛ばされる。だがミレディの大魔法を直撃したにも関わらず、その身体に傷はない。

 

「いいぞ。素晴らしい肉体強度だ。これならば完全に馴染む前でも多少の無茶は効くだろう」

 

 あえて魔法を受け、その肉体の強度を確かめたエヒトが満足そうに頷く。そして光輝が持っていた聖遺物である魔剣が新たな主に合わせて姿を変える。

 

 

 その姿は神の使徒が持っていたのと同じ形状の二振りの大剣。

 

「神の使徒が使う剣技は元々我の物でな、どれ、久しぶりに軽く振るってみるとしようか──”天翔十字衝”!」

 

 二振りの剣から放たれる天翔閃という二刀流を行う者にとっては基本技と言っていい物だが、今の光輝エヒトが放つ剣圧の巨大さは優に大陸を両断してもおかしくない規模を誇る。

 

 魔王城目掛けて放たれたその攻撃は……城に届く前に前触れもなく消滅する。

 

「なに?」

「だから……舐めんなつってんだよ」

 

 そして……二振りの大剣を構えたエヒトが……不可視の何かに吹き飛ばされた。

 

 

 

「練炭……」

「どうした?」

 

 ミレディの戦いの余波から仲間を庇っていた蓮弥はミレディの言葉を聞き、側まで飛び上がる。

 

「こっから先はちょっと加減が効かないから……巻き込まれたくなかったら私の前には出ないで」

「ミレディ、何をする気だ?」

「準備は整ったってこと。ここからが私の全力。……できるだけ配慮はしてあげたいけど、こうなった以上……器になった子に関しては最悪の想定もしておいて……」

 

 そう言ったミレディは自身の奥深く……重力魔法の極致である深奥への扉を開いた。

 

「重力魔法深淵接続……自然との同化を開始……」

 

 ミレディの身体を光が覆っていく。それは火であり水であり土であり風。太古の時代には世界を構成すると言われていた四代元素がミレディの高まる魔力に引かれるように活性化していく。

 

星よ、森羅万象を司る四大の元素よ。ミレディ・ライセンの名のもとに……今こそ我は、汝ら全てを掌握する──重力魔法深奥……”自分だけの空想(パーソナル・ファンタズム)

 

 そして……ミレディを覆っていた光はミレディの元に集束する。

 

 現れたミレディは、色鮮やかなドレスを纏っていた。纏う衣自体が超圧縮された魔力で出来ているのはもちろん、何よりの特徴は……ミレディ自身が魔素を吐き出していること。

 

 今ミレディに起きている現象に、蓮弥は心当たりがあった。

 

「これは……ユエの神ノ律法(デウス・マギア)?」

『確かに似ていますが、それとは似て非なるものでしょう。そして魔法の完成度は……彼女の方が高い』

 

 

 ミレディの準備が整った段階で、あらぬ方向に飛んでいたエヒトが魔王城の宙域に帰還する。

 

「まさか……それはッ!」

「言っとくけど……これから先は、私のワンサイドゲームだ!」

 

 

 

「ミレディ・ライセンが汝に告げる……これよりエヒト周辺の大気は……消滅する! 

 

 

 その後起きた現象は単純明快であり、本当にエヒト周辺の大気が消滅した。

 

「くっ…………」

 

 光輝の肉体が真空に晒されることにより、空気を排出しながら血液が沸騰し始める。こうなれば肉体の強度など関係がない。エヒトは長い時の間に忘却していた苦痛という概念を思い出す。

 

「”天在”」

 

 その苦痛から逃れるために、ゲートを使わない空間転移魔法、天在を使用する。

 

 だが……

 

「言ったよね。あんたの周りからは大気が消えるって」

 

 天在にて転移した先でも状況は変わらない。全身が真空で切り刻まれ、血液の沸騰により身体の中から燃やされる苦痛はそのままだ。それを知ったエヒトは魔力にて肉体を補強しながらミレディにて時間短縮魔法、神速で迫る。

 

 

 大気消滅はエヒトの身体から少なくとも数十メートル規模で発生しているのがわかる。だからこそ、近接戦闘ならこの状態を解除しなければミレディ自身も巻き込まれるのだ。ミレディは真空を解除するが、超音速で迫るエヒト相手に余裕の笑みを浮かべる。

 

「あれあれ~? 偉そうに神様気取りしてる癖にそんなに空気を吸いたかったの~~プークスクス、ださーい。……そんなに空気が吸いたいんなら、今からたらふく吸わせてやるよ──大気は……真上から落ちてくる! 

「ッ!?」

 

 ミレディの言葉は再び環境そのものを変化させ、エヒトの上空にて超大規模ダウンバーストが発生する。

 

 

 いきなり現れた巨大積乱雲から発せられたダウンバーストの直撃を受けたエヒトはそのまま魔人領の大地に叩きつけられた。

 

大地は罅割れ……

 

 だがミレディの攻撃は終わらない。叩きつけられた大地が大地震を起こしながら罅割れ、エヒトを峡谷に飲み込んでいく。

 

 それを眺めていたミレディは両手を前に出し、パンと手を叩いた。

 

閉じる! 

 

 再び発生する地震と共に、エヒトが大陸と大陸に挟まれた。だが、それでもミレディの攻撃は終わらない。

 

大気は……ミレディ・ライセンの千倍の大きさで圧縮され、固まる! 

 

 遥か上空に飛び上がったミレディの周辺に大気が超圧縮される。

 

 そして、推定数百億トン以上の質量の大気を纏ったミレディは、重力操作を加えて加速しながら……

 

アルティメットォォォォ……

 

 地中に拘束しているエヒト目掛けて流星のように落下した。

 

ミレディィィィ──キィィック!! 

 

 

 超質量の大気の鎧を纏ったミレディが地面に激突し、轟音を上げながら文字通り、大陸の一部がまるごと吹き飛んだ。

 

「これは……何ともすさまじい。重力魔法の深奥が星のエネルギーに干渉する魔法であることは把握していましたが、あれはまさにその極致。今の彼女はこの星の自然と一体化し、自然の化身そのものと化している。だからこそ、魔法式もなく思念だけで自然環境を意のままに操れる。私の知る限り重力魔法だけではああはならないはずですが……なるほど、魂の力を使っているのですか。人間のエゴは大自然すらも支配下に置くというところでしょうか。正直感服しました。長生きはするものです。実にいいものを見せてもらった」

 

 神父、ダニエル・アルベルトがミレディとエヒトの戦いを観察しながら、心のままに感想を述べる。自分の主であるはずのエヒトがやられているにもかかわらず、そこは気にしていないようだ。

 

 それは主である神エヒトがこの程度でやられるわけがないという自信か、それともそれ以外に理由があるのか。

 

「あなたはどう思いますか? 藤澤さん」

 

 蓮弥の前に立ちはだかる神父は柔和な笑みを浮かべながら蓮弥に語る。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ミレディとエヒトの自然災害そのものと言える戦いが始まったのと同時に、蓮弥達の戦いも始まっていた。

 

「エーアスト。あなたは藤澤さん以外の者を相手しなさい。主が肉体を取り戻した以上、あなた達も真の力を発揮できるはずだ」

「あなたに言われるまでもありません。我が主に逆らう愚者は、全て滅ぼすのみ」

 

 エーアストと呼ばれた神の使徒の個体の他にも、今までどこに隠れていたのか、無数の神の使徒が出現する。

 

「気をつけて。彼女達はエヒト復活の影響を受けて強化されているわ!」

 

 雫が村雨を抜きながら、神の使徒を見ながら香織達に警告した。

 

 蓮弥の目で見ても、神の使徒一体一体の力が大幅に上昇しているのが見て取れる。だが……

 

「雫……あいつらは任せるぞ」

「了解……だから蓮弥はあの神父をお願い」

 

 ──雫達なら勝てる。そう信じた蓮弥は今この場で一番警戒しなければならない人物へと視線を向ける。

 

「おや、彼女達の加勢をしなくても良いのですか?」

「冗談だろ。この場であんたを見逃す馬鹿がどこにいるってんだ」

 

 つい先程エヒト復活を神父の策略によって成し遂げられたばかりなのだ。今までのこともあり、この神父をほんの僅かにも自由に行動させるのは危険だ。

 

「悪いがさっさと終わらせてもらうぞ!」

 

 この敵を相手に喋る隙を与えるのは愚策。そう思い、問答無用で神父を斬り捨てるべく、聖遺物の使徒のスペックをフルに発揮して神父を斬ろうとする蓮弥。

 

 だが……

 

「『私を見失う』」

「ッまたこれか!?」

 

 蓮弥の視界から突如神父が消える。攻撃対象を失った蓮弥はまたもや攻撃をキャンセルせざるを得ない。

 

「怖い怖い。問答無用で斬りかかるとは中々どうして私を過大評価しすぎですよ。私ではあなたには勝てない。力、能力、全てにおいて私があなたに勝てる道理はない。だが……勝てずとも負けないための戦いはできる。知っていますよ。あなたの概念魔法は剣で斬らなければ効果は発揮されないと。いかなる魔法もあなたの剣が届くのであれば通じない。ならばどうするか、答えは一つ。形のないものをぶつければいい。形の無い言葉はその剣では切れません──『視界は閉ざされる』」

 

 その言葉と共に今度は蓮弥の視界が闇に染まる。

 

 神父が使っているのは魂魄魔法を高度に利用した言霊の魔法『神言』。相手の精神に作用して、幻を現実に見せたり、意識を誘導したりすることのできる魔法だ。

 

 蓮弥自身も警戒していたつもりだったが、神父の神言は今の蓮弥にも通じるほどの強力な物らしい。

 

 

 だが、蓮弥は一人じゃないし、その魔法は以前使っている。対策していないはずがない。

 

聖術(マギア)9章5節(9 : 5)……"咒解闇輝"

 

 すぐさま状態異常解呪用聖術をユナが行使し、蓮弥の視界は自由になる。

 

「『姿を見失う』」

「もうそれは効かないッ、このまま倒れろ!」

 

 ユナの聖術が機能している間、蓮弥には神言が効かない。唯一の武器を失った神父はそのまま蓮弥の剣で真っ二つに斬られる。

 

 

 

 

「なるほど。流石に神言の対策はしていますか。ならば次だ」

「なッ!」

 

 

 斬られたはずの神父が宣言した瞬間、蓮弥の視界が変わる。空間転移の類に巻き込まれたとわかった蓮弥は、すぐさま地面に浮かび上がりかけていた魔法陣を破壊する。

 

「発動していれば、聖遺物由来の呪詛の大波が来る術式だったのですがねぇ、よろしい、ならば次だ」

 

 今度は周囲の空間自体が変わり、蓮弥の周りに人型の敵が現れる。

 

 

 その姿は……全てクラスメイトの姿をしていた。

 

「見た目が似てるからって躊躇するとでも思ったかよ!」

 

 蓮弥が雫に似た人型の敵を斬り捨てる。

 

「ぎゃああああああ──ッッ。痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃ──ッッ!!」

「ッッ」

 

 雫に似た人型は斬られた途端痛みに泣き叫び始めた。それを前に流石に一瞬硬直する蓮弥。

 

「彼女達は見た目こそあなたの仲間に似せていますが、元は普通の村人です。もちろん痛みはありますし、自由はありませんが意識もあります。彼女達にあなたを害する手段はないので大人しくしてはいかがか?」

「タ、タスケテ……」

「……趣味が悪い」

聖術(マギア)9章6節(9 : 6)……"悪鬼甲縛"

 

 ユナは蓮弥に対して助けを求めるクラスメイトに似た人型に対して、拘束の聖術を使う。だが……

 

 

「流石にお優しい。だが、そう来ると思っていました」

 

 拘束された彼女達の胸から光が溢れ出す。

 

 自爆用アーティファクト「最後の忠誠」。

 

 かつてメルドがオルクス大迷宮にて使いかけたものだが、神父の改造により、自らの魂を自爆させ大爆発を起こすという魂の力を利用した兵器へと改造されている。

 

『ッッ 聖術(マギア)10章6節(10 : 6)……"四天封印"

 

 このままでは彼女達の魂ごと粉々になると判断したユナが、禁術を用いて、彼女達が自爆する前に彼女達の時間を凍結封印する。

 

「おや、空間凍結、もしくは時間凍結ですか。そんな魔法も使えるとは……では、次だ」

 

 そしてそれからも神父はあの手この手を使って翻弄し続け、ミレディとエヒトの戦いが佳境を迎えたのだ。

 

 

「あなたはその力を手にした後ずっと思ってきたのではありませんか。戦いづらいと」

 

 

 散々罠に嵌められたことで、常時周囲を警戒しなければならない蓮弥に対して、神父が静かに語り始める。

 

「あなたは強い。概念魔法の領域まで到達したフレイヤを倒した時点で十分強かったのですが、大災害を筆頭とした数々の試練を乗り越えた貴方は益々強くなっている。今のあなたが悪食と戦えばその勝敗は変わるかもしれませんね」

 

 蓮弥の力は今も強くなり続けている。確かに今の蓮弥なら再び悪食と戦えば違った結果を出すことは不可能ではないだろう。だがそれは、蓮弥が十全に戦えたらの話だ。

 

「私があなた達に神エヒトの復活日時や場所をわざわざ伝えたのは、あなた達が力を蓄えるためだとでも思っていたのですか? 私達があなた達の力を甘く見て、上からマウントを取っていると本気で信じていたと? 当然そんなわけはありません。この日に至るまでのわずかな時間であなた方が力を蓄えたように、我々も研鑽を積んできている。成長するのは正義の味方の専売特許ではない」

 

 場所を指定したのは、蓮弥達の行動を限定し、次の行動の予測を立てやすくするため。日時を指定したのは力を蓄えるのと同時に、魔王城周辺の月の満ち欠けや星の位置といった魔法儀式を行う際にちょうどふさわしい環境に合わせるため。

 

 その間に神父はユエの身代わり人形を生成し、光輝をエヒトの器に調整し、魔王との交渉によって敵戦力の分断工作を行った。そして今もなお神父は、敵の最大戦力である蓮弥をいかに自由に戦わせないかだけに全力を尽くしている。

 

「そしてほら……そうこうしている内に……戦いは終わったようですよ」

 

 そして……神父の指し示す方向に人影が舞い降りた。

 

「ふむ。まぁ、こんなものだろう。我が現界すれば全ては塵芥と同じということだ。もっとも、この優秀な肉体がなければ、力の行使などままならなかっただろうがな」

 

 そう言ってエヒトが引きずってきたのは……

 

「ミレディッ!!」

 

 ──魂魄具現化が解け、ゴーレムの姿に戻ってしまったミレディ・ライセンの姿だった。




神父「次のアクションまでの日数をわざわざ指定するのに、特に何も行動しなかったり、敵を甘く見て上からマウントで慢心するのは三流の悪役がするものですよ。それで負けたら……ちょっとした笑い話ですよねww」
原作エヒト「…………」

本作の神父は原作ありふれにはいない頭が良い狡猾なキャラなので当たり前のように主人公サイドの対策を取ってきます。一つ破れたら次の策を、また破れたら次の策を、それも破れたらまた次をというタイプなので神父の土俵に立っている間に神父を倒すのは難しいです。彼を倒したいのなら彼の意表を突くか、逃げられない状況に持ち込んだ上で規格外の力で押しつぶすか。

>超本気モードミレディ
ミレディとて蓮弥と出会ってから何もしていなかったわけではなく、かつては自然の力を借りて自身の力をブーストしていましたが、魂の力の本質を知り、自然から力を借りるのでなく人間のエゴで自然を支配する力を会得しました。元ネタは型月の空想具現化ですが、戦い方は最近の作品に影響を受けたかもしれません。神代魔法使いとしては極みにいる彼女ですが……。次で詳細は書くつもりですが、まだ死んでないのでご安心を。

次回、驚愕の展開に突入か!?


今年ももう終わりですが、昨年と比べて蝸牛のごときのろまな進捗になってしまい誠に申し訳ありません。それでもエタるつもりはなく少しずつですが書いていくつもりなので見捨てずについてきていただけると嬉しいです。短文でも感想を頂けると励みになります。

では皆様、良いお年を。来年も本作をよろしくお願いします。

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