ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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第2章始まります。


第2章
大峡谷とかわいそウサギ


 オルクス大迷宮の脱出用魔法陣の光に包まれる蓮弥達。

 

 光が収まる。そこには、蓮弥達は数ヶ月、ユエは三百年、そしてユナにとっては初めての地上の空が…………広がっていなかった。

 

「なんでやねん」

 

 隣のハジメが思わず関西弁でツッコミを入れていた。

 

「いや、反逆者の部屋への直通ルートが隠されてないわけないだろ」

「た、確かに。それもそうか」

 

 どうやら期待で頭が回っていないらしい。まあ何だかんだ相当楽しみにしていただろうから仕方ないのかもしれないが。

 

 

 気を落ち着かせた蓮弥達は改めて前へ進む。トラップもあったようだが、蓮弥達が付けているオルクスの指輪のおかげか問題なく進めていた。

 

 

 ちなみにオルクスの指輪と宝物庫は蓮弥にも与えられていた。多分オスカーの部屋の前の怪物を倒したパーティ単位で与えられているのだろう。初回に入った人にしか証が行き渡らないなら後続に意志が伝わらない。そう考えると当たり前だった。宝物庫は単純にボス攻略の報酬というわけだ。

 

 

 順調に進んでいると、光を見つけた。ここにいる誰もが求めた光だ。万感の想いを抱いているのか、ハジメとユエが見つめ合い、ニッと笑い、駆け出した。まるで遊園地に我先にと駆け込んで行く子供みたいだ。

 

 

 蓮弥はやれやれと若干親のような境地で彼らを見送る。そして少し後に、自分もユナと共に光の中に飛び込んだ。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

【ライセン大峡谷】

 地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だった。断崖の下は魔力が拡散するせいでろくに魔法が使えず、その上多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。そこに落とされた罪人に、生き残る術はない。

 

 

 そんな地獄の谷底にある洞窟の入口に、蓮弥達は立っていた。そこは例え地獄の底だと言われる場所であろうと、確かに地上だった。青い空と白い雲が浮かび、燦々と地上を太陽が照らしている。その光景には、流石の蓮弥でも感じるものがあった。

 

「出られたんだよな……俺達……」

「ああ……」

 

 ハジメは空を見上げながらポツリと呟く。

 蓮弥はそれに頷くように答える。

 

「……戻って来たんだな……」

「……んっ」

 

 今度はユエが答える。そのことにだんだん実感が湧いてきたのか。ハジメとユエは太陽に手を伸ばすように叫んだ。

 

「よっしゃぁああ──!! 戻ってきたぞぉぉぉぉっ!!」

「んっ──!!」

 

 ハジメとユエが抱き合いながらくるくる回る。そこには明るい笑い声が響いていた。

 

 

「知りませんでした。……異世界でも空は……青いのですね」

 

 隣にいるユナの顔にほのかな微笑みが浮かぶ。記憶を失っているはずだがなんらかの感慨を受けているようだった。記憶は無くとも体は覚えているというやつかもしれない。そんなユナの表情を見て蓮弥がそっと微笑んだ。

 

 

 しばらく笑い合っているハジメ達を見守っていたが、この状況に無粋な横槍を入れる者たちが現れた。魔物が集まってきたのである。

 

「全く無粋だな」

 

 蓮弥がやれやれと肩を竦める。普段はリア充死ねと思っている蓮弥だったが、流石にここでは空気を読む。もう少し彼らを自分の世界に浸らせてあげてもいいだろう。

 

「ユナ……行けるか」

「……はい」

 

 その答えとともにユナが薄く光り、蓮弥の右手に戻っていく。迫りくる魔物に対して右手を構え、詠唱と共に武器を顕現させる。

 

「──Yetzirah(形成)──」

 

 右手から溢れるようにして出現した十字架の剣を握りしめる。永劫破壊(エイヴィヒカイト)の武装形態でいうなら一見武装具現型みたいだが、おそらく人器融合型だろう。武装具現型なら素体の聖遺物が形成されるはずだが、これは剣の形をしている。おそらくシュライバーみたいに一見武装具現型に見えるタイプなのだろう。普段は右手と融合しているので間違いないだろう。

 

 

 武器を構え、止まりそうなほど遅いテンポで襲いかかってくる魔物を一刀のもと斬り捨てる。抵抗なく切り裂かれ絶命した魔物を放置して、背後から迫る魔物を蹴り上げて頭を粉砕する。形成位階に到達したことで身体能力はもちろん。五感も以前とは比較にならないほど鋭くなった。目は遥か彼方を見通し、耳はどんな小さな音も聞き逃さない。

 

 

 薄々察してはいたが、どうやらここの魔物は奈落の底の魔物より弱いらしい、正直言ってこのレベルなら、例え大群で襲いかかってきても蓮弥一人で余裕で対処できるだろう。蓮弥はハジメ達を庇うように魔物を静かに殲滅していった。

 

 

 しばらく魔物相手に身体能力を試していたが、感覚がおかしいところはどこにもない。問題なしといって大丈夫そうだった。

 

 

 そこで蓮弥は次に魔法攻撃を試そうと考え、ここが魔力が拡散してしまうライセン大峡谷であることを思い出す。もしかしたら影響が出るかもしれない。

 

「ユナ……術式補助頼めるか?」

 

 蓮弥からの問いに対し、ユナは詠唱でもって答えた。

 

聖術(マギア) 4章1節(4:1)……"雷光"

 

 雷を纏った刀身を振りかぶり、蓮弥は襲い掛かる魔物に対して雷を叩きつけた。

 

 轟音と共に打ち出された雷は複数の魔物を巻き込み焼き払う。見た目オルクスで試し撃ちした時と威力が変わっていないように思う。どうやら問題なく使用できているようだ。

 

 ユナが宿る聖遺物『罰姫・逆神の十字架(ゴルゴタ・プロドスィア)』。ユナの経歴からしてその由来となったものは、相当な代物だろう。おそらく聖槍とギロチンに格で負けてはいない。

 

 

 その聖遺物に宿るユナだが、記憶はないものの、聖術(マギア)と呼ばれるここトータスとは違う体系の魔法の知識を持っていた。ユナ曰く聖術とは、もともと悪魔などを払う力であり、本来魔法という呼び方は適さないらしい。だが神の奇跡の具現であるかと言われると少し違うらしく、人々の祈りによって育まれた人類の意思の結晶だという。

 

 

 当然ユナも知識はあれど、使った記憶はないためオルクスにて色々試した結果、戦闘中に蓮弥を術的にサポートできるようになった。最初できなかったあたり、ひょっとしたら赤蜘蛛の時、蓮弥をサポートしてくれたのは記憶を無くしていないユナだったのかもしれない。となるとなぜ今記憶がないのか不明だが、旅の中で明らかにしていきたい。

 

 

 あとはユナ自身を形成している際に、彼女だけでも聖術が使えることを確認した。Dies_iraeで言う活動と形成の余技みたいなものだろうと蓮弥は考えている。ユナを形成している間は活動で戦うことになるので蓮弥自身の戦闘力が下がる欠点があるが、場合によって使い分ければいいだろう。

 

 

 そうして蓮弥が自身の戦闘スペックを確認しながら戦っているうちに、周辺の魔物が全滅していた。辺りは斬り裂かれたり、丸焼けになった魔物の死体に塗れていた。

 

 

 蓮弥は再びユナを形成しなおし、ハジメの方を見てみると、なんとまだイチャイチャしていた。

 

 

 流石にイラッときた蓮弥はそろそろ正気に戻ってもらうことにする。

 

「いい加減にしろ、このバカップルども」

 

 容赦なくハジメに拳骨を落とす。

 

「痛ッ、何しやがる」

 

 スペックが化物クラスになったハジメも蓮弥からの攻撃は普通に痛いらしく文句を言ってくるが、蓮弥は無言で魔物の死体の山を指差す。ハジメは沈黙した。本当に気がついていなかったようだ。恋は盲目というやつかもしれない。流石に蓮弥がいなければ対処しただろうとは思う。それくらい信頼してくれていると思うようにした。

 

 ハジメは気を取り直して今後の方針を決める。

 

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

「……なぜ、樹海側?」

「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし」

「……確かに」

「それとも……」

 

 ハジメが蓮弥に振り返る。

 

「二組で別れて探索するって手もあるが、どうする蓮弥?」

 ハジメが聞いてくる。たしかに二組で別れることのメリットはある。大迷宮は全部で7つあり、世界中に散らばって存在している。順番に攻略しようとするとどれだけ時間がかかるかわからない。二組に別れれば単純に攻略の効率は倍になるかもしれないが……

 

「いや、やめとこう。いくら俺たちが強くなったとはいえ、まだ異世界トータスは未知数。まして挑むのは大迷宮。わざわざ数を減らす必要はない。二兎を追う者は一兎をも得ずともいうしな」

 

 逆に言えば、まとまって行動するならそれだけ堅実に大迷宮を攻略できるかも知れないということだ。オルクス大迷宮深部で分断されたように試練の内容次第では意味がないかもしれないし、単純に数がいればいいというものでもないが、頼れる人が多いということはそれだけ生存率も上がる。どうしてもそうする必要があるなら別だが、逆に明確に別れる理由がないなら別れなくてもいいだろう。

 

 

 ハジメも納得したようで、バイクの準備を始める。

 

「ユナはどうする?」

 

 後ろに乗るか、それとも蓮弥の中に戻るか聞いてみるが、ユナは即答する。

 

「私、乗ってみたいです」

 

 まあ、ハジメが作っている時も興味津々で見ていたからわかってはいたが。ユナを形成してる状態だと武装にするのに少し手間が発生するが、それくらい許容範囲だと思い直す。ユナみたいな美少女を後ろに乗せて走るのは悪い気分ではない。

 

 

 ちなみにハジメが二輪と同時に作成した四輪で移動するという案もあったのだが、蓮弥が却下した。この広い世界を元の世界の道路交通法やら警察やらを気にせず、自由に走れるという魅力に抗えなかったからだ。

 

 

 蓮弥は例の事情によって遠くに行く手段を欲しており、その為に高校生でも取れるバイクの免許を高校生になってすぐに取ったわけだが、すっかりバイクでの旅に魅了されていた。暇を見つけてはバイクで気ままに旅をするといやなことを忘れられたし、バイク特有の風を切る爽快感がたまらなかった。ちなみに買い物に行く際、無理やり雫が後ろに乗ってくるということが度々発生していたので、ヘルメットは二つ用意していた。

 

 

 蓮弥はハジメのバイク作成の手伝いも行った。ハジメも魔力駆動であるが故に備わっていないエンジン音などを、わざわざ再現しようとするロマンは持ち合わせていたらしく、蓮弥がバイク知識を提供し、試行錯誤の末、駆動音をオンオフ機能付きで再現した時は思わずがっしり握手をかわした。

 

 

 バイクで並走しながらもハジメは、たまに現れる魔物相手に改良した新ドンナーと義手を手に入れたことで扱えるようになった新装備シュラークの性能テストをしていた。魔力で駆動する義手を持っているため動作に支障があるんじゃないかと心配したが無用な心配だったようだ。

 

 

 ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖である。そのため脇道などはほとんどなく、道なりに進めば迷うことなく樹海に到着するだろう。迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快にバイクを走らせていく。ハジメが組み込んだ車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適である。正直地球に持って帰りたいくらいだ。

 

 

 暫くバイクを走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。突き出した崖を回り込むと双頭のティラノサウルスと形容するべき魔物が足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女を追いかけていた。

 

「……何だあれ?」

「……兎人族?」

 

 どうやら兎人族の少女であるらしい。でもなんでこんなところにいるのか。ハジメはバイクを止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見ている。

 

「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」

「いや、たしか普通にハルツィナ樹海に住んでいる種族だったはずだが……」

 

 ハジメの疑問に蓮弥は以前王国の図書館で調べた情報を思い出す。

 

「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 確か昔の処刑の方法としてあったよな?」

「……悪ウサギ?」

 

 大昔にはこのライセン大峡谷に罪人を突き落とすという処刑方法がとられていたらしいが……

 

 

 色々言いつつもハジメはさほど興味がないらしい。どう見ても見捨てる気満々だった。

 

 

 そんな呑気な蓮弥達をウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、必死に四つん這いになりながら逃げ出し、その格好のままハジメの方を凝視している。

 

 そして蓮弥達の方向に向かってくると必死に泣き叫んだ。

 

()()()()()()()()()〜〜だずげでぐだざ〜い」

 

 びぇぇぇんと泣きながらウサミミ少女がこちらに向かってくる。

 

「やっとみつけた?」

 

 蓮弥はその言葉に疑問を浮かべた。まるで蓮弥達がここに来ることがわかっていたようなセリフだ。

 

 だがしかし、ハジメはやっぱり動じない。そのまま見捨てようとバイクのエンジンを動かす。

 

 そのハジメの様子に助ける気がないことを悟ったのかウサミミ少女がさらに必死に泣き叫ぶ。

 

「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い! おねがいですぅ~!!」

 

 その言葉に蓮弥はやれやれと動きだす。蓮弥達がここにくることがわかっていたようなセリフに少し警戒していた蓮弥だったが、流石に見た目は愛らしいウサミミ少女が目の前で恐竜に喰われるところを見るのは精神衛生上良くなかった。

 

「……」

 

 だが蓮弥が動く前に後ろの席に座っていたユナが動いた。どうやら当たり前の感性で可哀想だと思ったらしい。間違いなくこのパーティで一番の良心は彼女だった。それに魔法主体で肉弾戦はできないが強力な聖術を操るユナは能力的にユエに負けていない。

 

 

 ユナが"雷光"を発動し、恐竜もどきの頭上に雷が降り注ぐ。

 

 そのまま恐竜もどきに直撃し、一撃で絶命させる。そしてその余波はそのままウサミミ少女まで広がり……

 

「あ……」

 

 余波の雷がウサミミ少女に直撃した。

 

「あばばばばばばばば!?」

 

 余波で弱まっているとはいえ感電したようで、恐竜もどきが倒れた後、こちらに吹き飛んできた。ぴくぴくしているので生きていはいるようだ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 皆一斉にユナを無言で見つめる。ユナはその惨状を目にし……

 

「……失敗しました」

 

 とポツリとこぼすのだった。

 

 

 なんともしまらない結果に終わったが、問題は解決した。そう判断したのだろう。ハジメはバイクを動かして移動する準備に入る。蓮弥から見ても、清々しいほどガン無視だった。

 

 

 そんな中がばっとウサミミ少女が起き上がり、一番近くにいたハジメの足にすがりついた。まるで「逃がすかぁ~!」と言わんばかりの勢いできつく抱きしめるウサミミ少女。電撃を食らったにも関わらずなかなかの打たれ強さだ。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいます!! 取り敢えず私の仲間も助けあばばばばば!?」

 

 突然抱きつき、突然なにか意味のわからないことを言い出したウサギに対し、ハジメは無言でウサミミ少女にとって、本日二発目の電撃を容赦なく浴びせる。

 

 

 蓮弥は面倒なことに巻き込まれそうだと感じていた。




シア登場。まさかのユナからの一撃で既に大ダメージです。打たれ強いので復活しますが。

次回、蓮弥童貞卒業(怪士的な意味で)

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