ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

ありふれた職業で世界最強 零。ついに完結。

そして一応言っておくと、本作はありふれ零が完結する前に執筆したものであり、本作では原作ありふれ零の結末とは違う道を辿っていることをご承知ください。
というわけで前半は本作でいう『ありふれた日常へ永劫破壊 零』がどのような結末を迎えたかをダイジェストにてお送りしたいと思います。


求めよ、さらば与えられん

 ミレディ・ライセンはあの日々のことを一度だって忘れたことがない。

 

 七つの神代魔法の使い手が揃い、数多の種族が一つとなり発令された解放者最終計画"変革の鐘"。

 

 当時の世界を支配していた聖光教会の威光に異を唱え、この世界に生きる全ての人々は、神の遊戯の駒であるという事実を知ってもらい、今一度人々に自由の意思の下、自らの未来を決めてもらう、そんな戦いだった。

 

 

 勝てるはずだった。神の使徒を蹴散らし、当時の教会の歪みを世界に知らしめ、後は失った信仰を取り戻すために降りてこざるを得ないエヒトを倒すだけだった。

 

 

 だが、エヒトの悪意はミレディ達の想像の上を行ったのだ。

 

 

 ミレディ達は誤解していた。この世界の人々を駒扱いしているエヒトは、駒の全滅だけは許容しないと思い込んでいた。だからまさか民衆を狂信させ、文明を一度リセットさせようとするとは思わなかったのだ。

 

 

 ミレディ達は順番を間違えた。

 

 

 もし、教会に戦いを挑む前に竜の国や吸血鬼の国へ赴き、概念魔法の存在を知っていたとしたら、大勢の仲間や罪なき民が死ぬ前に、エヒトに戦いを挑めたのではないか。もし先に大災害の存在を知っていれば、エヒトが少なくとも竜人族や魔人族の絶滅を行うわけがないと気づいていたかもしれない。

 

 

 だが、現実は厳しかった。概念魔法を手に入れた時には大勢の犠牲が出た後であり、エヒトに戦いを挑むチャンスは、ほんの少しの迷いによって無為と化す。

 

 

 戦いの果てに、神域に行く手段を失ったミレディ達は、世界が滅びる光景をただ見ることしかできないはずだった。

 だが、そこで解放者達はおろか、神エヒトすら予想もしていなかった異常事態が発生する。

 

 大峡谷の地中にて埋まっていた、ただの死骸であったはずの『大災害獄蛇』が息を吹き返したのだ。

 

 ライセン大峡谷と同等の長さを誇るその大蛇の復活は、世界に多大な影響を与えた。魔素を唯一の栄養源とする獄蛇は、世界中の魔力リソースを吸い上げ始めたのだ。

 

 それはエヒトの住まう神域すら例外ではなく、むしろ世界最大の魔力リソースであるが故に真っ先に狙われた。当然エヒトとて抵抗したが、神の使徒ごときでは獄蛇に傷一つつけることは叶わず、獄蛇の周囲ではあらゆる魔法が使えなくなることもあり、神エヒトは突然前振りもなく追い詰められた形になる。

 

 

 ここでもう一度解放者達は選択を迫られた。ここで大災害を放置すれば、神エヒトは神域を失い、この地に引きずり下ろされる。だが、神域を喰らった獄蛇は完全復活を遂げ、世界から命の源である魔力を喰らい尽くし、世界は恵みが枯れた不毛の大地と化す。

 

 

 大災害の巨大さや力を知る当時の竜人族や吸血鬼族は、狂った神ではなく、大災害にて滅びるならそれも運命と受け入れるものもいたが、当然解放者達にとって受け入れられる話ではなかった。解放者達は平和を望んだのだ。遥か古の怪物に世界を滅ぼされては意味がない。

 

 

 そして、全ての魔素を喰らう獄蛇に対抗できるのはただ一人。かつて獄蛇を討伐し、その権能を奪い取ったエヒトの同胞である光の使徒の一人、その直系の子孫であるライセン最後の生き残りであるミレディ・ライセンだけだった。彼女だけが獄蛇の世界規模での魔素吸収能力の影響を受けないのだ。

 

 そして、ミレディは世界の命運を背負い、半覚醒状態の大災害獄蛇に挑み、死闘の末、それを討伐。ミレディは世界を救うことに成功した。

 

 

 

 ──己の命と引き換えに。

 

 

 

 そう、ここで一度ミレディ・ライセンは死亡したのだ。膨大な魔力を引き出した代償に肉体ごと消滅するというどうしようもない形で。

 

 大災害獄蛇は討伐されたが、エヒトは神域をボロボロにされつつもまだ健在。そしてミレディが欠けた以上、もう概念魔法は作れない。

 

 解放者の間に絶望が広がるが、ここで最後の介入者が現れた。

 

 

 

 その少し前、ミレディが魂だけの状態で生と死の狭間を揺蕩う中、ミレディはもう二度と会えないと思っていた恩人、ベルタ・リエーブル……ベルと再会する。

 

 感動の再会を本家本元のウザムーブで台無しにされつつもミレディはベルから問われる。

 

 まだ、戦う必要はあるのかと。

 

 ミレディは十分良くやってくれた。エヒトも今回の戦いで無傷ではいられなかった。なら後は後世に託して、もう楽になっていいのではないか。そう聞いてくるベルに、ミレディは答えたのだ。

 

 自分の生き方はもう決めていると。

 

 その答えを聞いたベルは、エヒトの現状をミレディに説明する。

 

 エヒトが地上に降りてこないのはエヒトが受肉するための器がないからであり、自身が唯一存在できる神域を獄蛇に壊されかけて実は相当焦ってること。

 だが、だからこそエヒトは、神域が完全に修復できるまでの間、徹底的に守勢に回るつもりであること。

 エヒトが籠城中は地上の被害は無くなるが、間違いなくミレディ達が生きている間、エヒトは概念魔法を使って隠れ続けること。

 

 つまりミレディ達が存命中にエヒト打倒は叶わなくなったことを念頭にベルは、今度はミレディの現状について説明する。

 

 ミレディは現在完全には死んでおらず、地上に残された仲間の力を使えば仮の器を媒体に蘇生できること。とはいえ魂を大幅に摩耗したミレディでは魂が回復するまでは、特殊な霊地でしか活動できないことを告げる。

 

 その霊地をライセンの地である大峡谷に定めるように進言しつつ、ベルは他の六人の仲間達といずれ来るエヒトとの再戦に備える方法を教えた。

 

 

 エヒトが地上に構う余裕がない間に、神代魔法使いという強固な魂の持ち主が人柱になることで、地上に神が観測、干渉できない領域を構築できること。

 神の不干渉領域に、ミレディ達神代魔法使いが七つの大迷宮を構築し、試練を乗り越えた者に神代魔法を継承するシステムを構築すること。

 他の六人はともかく、大迷宮のシステムを維持するために、ミレディだけは後継者が現れるその時まで、魂をシステム維持のための燃料にしながら生き続けなくてはいけないこと。

 魂を燃料にするということは、常に苦痛が側にある状態であり、その状態でいつ来るかもわからない後継者を待つことになること。

 

 

 それでもミレディは、未来のために頑張れるか。

 

 

 そのベルの言葉に、ミレディは頷き……

 

 

 ──ミレディの長きに渡る戦いは、本当の意味で始まりを迎えたのだ。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

大地は真上に……爆ぜる! 

 

 ミレディがそう宣言するだけで、平地であるはずの広大な大地は活火山と見まごう程の大噴火を起こした。

 

 地下に流れていた溶岩を巻き込んで吹き上がる岩石群は、それだけで大都市一つを跡形もなく飲み込むだけの力を持つ。当然それに巻き込まれて上空に打ち上げられたエヒトもただでは済まない……はずだった。

 

 

「どうした? 段々息が上がってきたようだが?」

「黙れ! 雨は凍らない! 

 

 ミレディが環境を操作し、今度はエヒトに向かって集中豪雨が発生し、同時に極限まで冷やされた大気によって氷点下百度まで下がる。

 

 固体になるはずの水が液体のまま大波のように襲い、エヒトの体内ごと凍らせようとした。

 

 

「いい加減それも飽きてきたな。”聖龍剣”!!」

 

 

 エヒトの持つ魔剣が聖なる光を放ち、空の雨雲を蒸発させる。

 

「くっ!」

「わかっていよう。貴様と我の……決して超えられぬ差が!」

 

 空想を具現化し、周囲の環境を自在に操るミレディはこの世界の大精霊と言っていい。つまりこの世界の理に属する立場の存在であり、世界の枠の中で言えば頂点の力なのだろう。

 

 だが、理に属する力は、それを超える力には敵わない。

 

「それ……器になった子の……」

「そうだ。中々使い心地が良いのでな。我の物として使ってやっているのだ」

 

 そう、エヒトはかつて光輝が纏っていたのと同じ性質の光を纏っている。

 

 あらゆる状況に適合し、敵対している者を必ず上回ることのできる概念魔法を。

 

「神代魔法と概念魔法……それらには決して超えられぬ壁が存在する。いわば二次元と三次元の違いよ。いくら紙に燃え盛る炎を書こうとも人は燃やせぬ。だが、人は容易く紙を破り捨てることができる。……このようにな!」

 

 光輝の光輝なる絶対聖剣(アブソルートゥス・アストライアー)は神エヒトが使うことによってその性質を変えている。

 

 つまり……この世界の絶対者である神エヒトに逆らうものは全て悪。この我こそが全ての法であり秩序だと傲慢に宣言しているのだ。

 

 その概念防御を突破しない限りミレディに勝機はない。

 

「クソッ、どうして……」

 

 ミレディはエヒトと戦っている最中にも何度も概念魔法の発動を試していた。

 

 かつて七つの神代魔法を操る七人の解放者の手によって概念魔法は再現されたのだが、あの時発動した概念魔法が本来のものとは程遠いものだと言うのはミレディにも理解できている。

 

 蓮弥から伝わった魂の力の本質、概念魔法の真の力。

 

 七つの神代魔法を持って、世界を歪めるほどの渇望を抱く。これによりこの世界の理を超えた力を手に入れることができる。

 

 かつてのミレディは生来的に持っていた重力魔法以外の神代魔法を操ることができなかったが、皮肉にも肉体を失い、ゴーレムの姿になることでその条件はクリアーされていた。ミレディの仮初の身体にはミレディの仲間の神代魔法が全て搭載されていたのだ。そのことを知り、当然七つの神代魔法を使いこなす努力は欠かさなかった。

 

 なので後は極限の意思……つまり渇望で以て概念魔法の域に達することができる。そのはずだが、ミレディの元に一向に奇跡は舞い降りない。

 

 身体が馴染むにつれて出力を上げ、ミレディの環境操作すら力技で破りつつあるエヒトがミレディを嘲笑する。

 

「所詮貴様はその程度だ。我を興じさせるだけの力はあったが……容易く我の境地に至れるなどと思い上がるな」

「このぉぉぉぉ──ッッ!」

 

 ミレディは祈る。この神の討滅の果てに広がる自由なる世界を。

 

 己の魂を犠牲にしてでも叶えたい願いがある。ミレディはその渇望で持って”到達”一歩手前まで来ている。だが……その一歩が果てしなく遠い。

 

 藤澤蓮弥は至った。

 

 神の使徒であるフレイヤも至った。

 

 エヒトの依代にされた勇者天之河光輝も至った。

 

 なのになぜミレディは至れないのか。

 

(どうして? 私に一体何が足りないの? 教えてよ……ベル!)

 

 ミレディに向かって希望はあるのだと彼女は言った。世界はまだ零であり、始めに至っていないのだともベルは言ったのだ。なのに自分からは新たな世界を作る概念は生まれない。

 

 神を倒し、新たな世界を作る。その祈りではダメなのか。

 

 そう思い至ってしまった瞬間。ミレディは"自分だけの空想"の発動限界を迎えた。

 

「ッ!?」

『動くな!』

「あぐっ!」

 

 魂魄具現化すら解けて、素体のゴーレム状態に戻ってしまったミレディにエヒトの神言に抗う術はない。こちらに薄ら笑いを向けながら歩み寄る姿を睨みつけることしかできない。

 

「準備運動にはなったな。いやいや、中々楽しませてもらったぞ反逆者。お礼に貴様には特等席で見せてやろう。……貴様が守りたかった世界が、何もかも壊れて消える瞬間をな!」

 

 物を扱うような形で引き摺られるミレディは、屈辱に耐えるしかなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 蓮弥は放り捨てられたミレディが無事であることを確認した後、神エヒトになってしまった光輝を見る。

 

 神エヒトが光輝の概念魔法を使っていることはすぐにわかった。本来概念魔法は一人につき一つであり、複数使うことはできない。

 

 トータスでいう極限の意思というものを用いるのだから、アレもコレもと願いが重複していてはいけないのだ。そしてその理屈で言えば他人の概念魔法を使うなどもっての他だ。

 

 だが蓮弥には他人の概念魔法……渇望を使う方法に覚えがあった。

 

「腐っても神ってことか」

 

 己の中に魂を取り込み、その生涯を十分に理解し、その渇望を引き出すことができれば理屈では他人の渇望を使うことができる。

 

 蓮弥が知る『黄金』のような真似ができるとは思えないが、それでも光輝の渇望を使えているのは間違いない。

 

『蓮弥……もしかしたら……光輝を取り戻せるかもしれません』

 

 エヒトが何やら神父と話している間にユナが蓮弥に語りかけるのは、この現状を変えるかもしれない一手だった。

 

『光輝の概念魔法を使っている以上、光輝の魂がまだ無事であることは明白。そして私が直接エヒトを見た所感ですが、思っていた以上に魂が不安定です。その隙をついて光輝の魂を抽出することができれば……』

「天之河を救えるということか」

『少しだけ私に時間を。すぐに光輝を救うための術式を用意します』

 

 今蓮弥が神エヒトを倒すことに躊躇しているのは光輝を救えなくなるという一点があるからだ。

 

 魂が無事なら身体はいくらでも用意できる。だからこそ、神エヒトから光輝の魂を解放することができれば……

 

 ──蓮弥がエヒトに神殺しを振るう際の憂いはない。

 

 

 そのことを知ってか知らずか、神父は蓮弥から視線をそらし、エヒトは大きな動きを見せないでいた。

 

「ふむ、良い身体だ。こやつの概念魔法も中々使い勝手がよい。気に入ったぞ」

「お褒めに預かり光栄です。まもなく貴方の魂は肉体に馴染み、貴方の持つ真なる神の力をこの地に齎すことができましょう」

「そうだ。この身体を完全に掌握したのち、この世界における最後の遊戯を始めよう。我が真の力を振るえさえすれば、残りの大災害どもへの対策もできるからな」

「それで我が神よ……この場で言うのは躊躇われるのですが……」

 

 ここにきて神父が畏まった態度を取り始める。目上の者に向ける視線ではあるのだが、その瞳には隠せない欲望のような物も見えていた。

 

「今こそ、今こそッ、どうか我が願いを叶えていただきたいのです!」

 

 今までこの世界の情勢を裏から操り、暗躍してきた謎の神父、ダニエル・アルベルトの望み。それがあまりにも突然に明かされようとしている現状に、蓮弥は時間稼ぎを兼ねて聞き入る。ここに神父攻略の糸口があるかもしれない。そう思えば直接斬りかかるより有意義だと思ったのだ。

 

 

 神父の声を聞き届けたエヒトは、神父の方を見てニヤリと笑う。

 

「なるほど。確かに貴様にはこの身体を捧げた褒美を与えねばならぬな。いいだろう。貴様の願いを叶えてやろう」

「ッ! それは真でございますか!?」

「もちろんだ。ただし……あとひとつ、あとひとつだけ……我の望みを聞いてほしいのだ」

「何なりとご命令を、我が君」

 

 神父が神エヒトの命令を待つ。それはまるで仕える王から褒章を貰う臣下の図。

 

 長年仕えてきた重臣に対し、恩賞を与えるために、神父に近づく神エヒト。

 

 神が齎す奇跡をその身に受けんと無防備に待ち続ける神父。

 

 そしてエヒトは神父に近づきその手を伸ばし……

 

 

 

 ──出現させた光の剣を突き刺した。

 

 

 

 

「………………えっ?」

「最後に…………その絶望を以て我を楽しませよ」

 

 

 

 それこそが、神が神父に告げた……最後の命令だった。

 

 

 

「あ、ああ、ああああ。あああああああ──ッッ」

 

 最初は理解できないというような顔で呆けていた神父も、腹部に突き刺さる光の刃と流れ出る自らの血を見て徐々に状況を理解していき……声を荒げて取り乱す。

 

「何故? 何故なのですか!? 私はあなたの忠実な部下だったはずだ! この千年、私は誰よりも誰よりも誰よりも! あなたを楽しませてきたはずだ!!」

「そうだ。その通り。貴様は実に忠実で有能な駒だった。こうして復活できたのも貴様のおかげだと認めてやろう。だがな……貴様は少々賢しすぎる。貴様の用意する舞台は面白かったが、貴様の生の感情は感じられなかった。だからこそ最後に見せてほしいのだ。その絶望の顔を。んん?」

 

 

 必死に手を伸ばす神父を笑いながら見下ろすエヒト。その姿に神聖さなど欠片もない。ただ自分以外の人間が不幸になることを楽しむ狂った神の姿があるだけだった。

 

「どうだ。長年の悲願があと一歩で叶う直前に、全てを奪われる気分は? そうだ、我は貴様のその顔が見たかったのだ。貼り付けたような笑みの下にある素顔が、絶望に変わる瞬間を!」

 

 もう答える力も残っていない神父は最後にエヒトに向かって震える手を伸ばすが……

 

 そのまま力尽きて自らの血の海に倒れ伏した。

 

 

「ふむ。絶望に染まる顔は中々愉快であったが、死に様はあっけないな。これならもっと趣向を凝らしたほうが良かったやもしれぬ。なあ、貴様はどう思う? アンノウン」

 

 神父を殺害したエヒトが蓮弥の方を向く。もう絶命した神父には興味がないらしい。

 

「どんな感想を抱けって言うんだ。ただゴミ屑がゴミ屑を斬り捨てただけの話だろ」

 

 蓮弥としても神父があっけなく死んだことに気にかかる点がないわけではないが、どの道やることは変わらない。

 

「お前を殺してこの世界の歌劇は幕切れだ!」

「やってみるがいい。本当の神の力というものを見せてやろう!」

 

 これ以上言葉はいらない。結局のところ、目の前の存在を倒せばそれで話は終わりだ。

 

 そんな共通の認識を持って二人は激突する。

 

「ふははははは! いいぞ、どんどん力が湧き上がってくる! ああ、この力、実に素晴らしい。長年の屈辱に耐えてきた甲斐があったというものだ!」

 

 神速を繰り返しながら高笑いを浮かべ、蓮弥に向けて二振りの魔剣を振るうエヒト。その言葉の通り、エヒトの力は一秒ごとに増していく。

 

(わかりやすいくらいに調子に乗ってるな。だが好都合だ!)

 

 一秒ごとに力を増しているエヒトは既にかつての光輝以上の力を引き出している。

 

 音速の数十倍の速度で振るわれる剣はあらゆるものを両断し、光輪から放たれる魔法の雨は既に数百を超える。再生魔法らしきものを応用して行われる超高速移動とゲートを使わない空間転移の組み合わせ。そして光輝の概念魔法によりエヒトと敵対している蓮弥に合わせて出力が上昇するという理不尽。

 

 エヒトが高笑いを浮かべながら傲慢な態度を示すに相応しい力だと言える。光輝と対峙していた時の蓮弥であればとっくに倒されているだろう。

 

 だが、それは相手が光輝だった時の話だ。

 

「悪いがお前相手に配慮する必要はない。ここで死ね!」

 

 相手は人間ではなく理不尽を押し付ける神なのだ。ならばこそ、蓮弥の創造はエヒト相手にその真価を発揮する。

 

 エヒトが力を増せば蓮弥も力を増す。超高速の斬撃に対して同じく超高速の斬撃で対応する。

 

 膨大な数の魔法を差し向けられようと関係ない。エヒトの魔法という概念そのものを破壊してしまえばそれで終わりだ。

 

 今蓮弥がエヒトを倒さないのはユナの詠唱待ちなのだ。そのことにエヒトは気づいていない。蓮弥とユナの策に気付きそうな神父は自らの手で殺した。

 

「ははははは、あーはははははは!」

 

 そんなことは露知らずエヒトは際限なく湧き出してくる力に身を任せて攻撃してくるだけだ。攻撃も単調。まるで戦術というものを取っていない。

 

そこで蓮弥は、エヒトの魂が不安定だというユナの言葉の意味を理解する。

 

「…………そうか、お前……()()()()()()()()

 

 幾たびも剣を合わせている内に、蓮弥はエヒトの本質に気付き始めていた。

 

 ずっと疑問だったこと。

 

 どうしてエヒトは今まで肉体を手に入れられなかったのか。本当にユエと光輝以外に相応しい器はいなかったのか。神を名乗るくせにどうして身体の一つや二つ作れなかったのか。

 

 なんのことはない。特殊な器が無くてはならない理由、それは原因が器にあるのではなくて……

 

『蓮弥、準備が整いました。光輝の魂に干渉して抽出します』

「わかった!」

 

 そしてとうとうユナの術式が完成する。

 

『魂魄聖術……御霊ノ禊』

 

 魂魄魔法と聖術を組み合わせた術式が蓮弥の手に宿る。

 

「これで……終わりだ!」

 

 数多の魔法と剣戟を掻い潜った蓮弥の手は、エヒトの胸を貫く。

 

「なッ!?」

 

 干渉する。エヒトの内側にある、もう一つの魂へと。

 

 エヒトの中に収められている中で最も強大な魂に……

 

 ──蓮弥の術式が触れた。

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう、藤澤さん。

きっとあなたならそうすると信じていた

 

 

 

 

 

 エヒトの中に潜んでいた強大な魂が……侵食を開始する。

 

 

「ぐぉ……がはッ……なんだ、何だこれは!?」

 

 エヒトの身体の中心から発せられる光、それによって後方に弾き飛ばされる蓮弥。そして同時に展開される未知の魔法式。

 

 

『ゆっくり中から侵食していくという手段でも良かったのですがね。やはり外部からの干渉があった方がやりやすい。光輝さんの魂の残滓を偽装すれば、必ず救出に動くと信じていた』

「なっ、貴様ダニエル・アルベルトッ! なぜ、なぜ我の中にいる!?」

『それは……』

 

 

「こういうことですよ。我が主」

『なッ、これは……ッ!?』

 

 会話の最中に肉体の主導権が入れ替わる。神エヒトの物から神父のものへと変成が進む。

 

 だが、どうしたことだろう。主導権が神父に変わってなお、その身に宿る力は減衰する兆しを見せない。むしろどんどん力が引き出されていく。

 

「これは……おおおお、素晴らしい。この湧き出る力、まさに人知を超えた神の力だ!」

『どういうことだ、我の中から……力が抜けていく。貴様ッ! 一体何をした!!』

 

 蓮弥の目にはエヒトの言う通り、神エヒトの魂から神父へと力が流れているのが見える。まるで神父がエヒトの力を吸収しているかのようだ。

 

「私が一体何のために大災害を解き放ったと思っているのです? まさか本当に彼らの足止めのためだとでも思っていたのですか? 私にとって大災害自体はさほど重要ではなかった。私にとって必要だったのは、大災害そのものではなく、大災害の封印ですよ」

『封印だと!?』

 

 そう神父にとって重要だったのは大災害そのものではなく、かつて存在した到達者達が作った現代とは次元の違う高次元の理論の元組み立てられた神の封印の方だった。その術式を解析するためだけに、神父は幾度もこの世界を危機にさらしていた。

 

「ええ、かつて太古の時代から存在した超越種を封印するのだ。そのまま封印しているとは思っていなかった。私が欲しかった術式はこの封印の中にあると踏んでいました。そして……私の想像通り、それは存在した。魂と力を分離するための術式がね」

『まさか貴様ッ、最初からこれが狙いで!』

「その通り。千年という月日は本当に気が遠くなるような日々だった。あなたにバレれば終わり。あなたに飽きられれば終わり。その綱渡りを私は今日にいたるまで渡り切った。あなたは気づいていないようですがね。あなたの魂にも千年がかりで細工を施しているのですよ。一度だけ私との契約を必ず守るというね。そこであなたの魂から分離した力の全てを私に譲渡する契約を構築させていただきました」

『馬鹿な。我の力を貴様が使えるわけがない!』

「それでは証明しましょうか。あなたの危機を察知してちょうどいい被検体が来てくれた」

 

 神父が見上げると、エヒトの危機を察して雫達との戦闘を中断した神の使徒の集団がこちらに迫っていた。

 

「おのれ、神父貴様ぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 先頭を飛行するエーアストは、本気の殺意を纏わせながら光輝の身体とエヒトの力を持つ神父に向けて両手の大剣を振り下ろす。

 

「神エヒトルジュエの名において命ずる──〝機能を停止せよ〟」

 

「ぁ──」

 

 だが、大剣が振り下ろされる前に放たれた神父の命令により、エーアストとその他神の使徒の瞳から光が消えた。まるで唯の人形になってしまったかのように。神父が行ったのは神の使徒の緊急停止命令の行使。神の使徒の創造主のみが持つ特権だ。

 

「これでおわかりですかね。もうあなたは神エヒトではない。今日からその名は私が受け継ぎましょう。安心してください。あなたの魂は神域にて大切に安置させていただく。これからも信仰を集めて私に献上していただかねばなりませんからね。これからも神としての役割を全うされるがよろしい。もっとも、力は全て私がもらい受けるのであなたは搾りかす同然の存在になるのですが……」

『き、貴様……ッ!』

「そうそう、最後に聞いておかなければならないことがありました」

 

 

 

「どうですか? 長年の悲願があと一歩で叶う直前に、全てを奪われる気分は?」

「ッッ!!」

「今まで散々奪い続けてきたのだ。案外、一度奪われる側に立ってみるというのも、あなたの退屈な生におけるいい刺激になるかもしれませんよ。では、元神エヒト様。あなたには神域に戻っていただきましょう。……では、あなたのこれからの息災を祈って、ごきげんよう」

『おのれぇぇ、おのれぇぇぇぇ──ッッ!!』

 

 もはや力関係は逆転した。今のエヒトはほぼ全ての力を神父に奪われたことで抵抗することすらできない。そしてこれからも、力を集めては神父に搾取されるという日々を送り続けるのだ。

 

 その運命に抗う方法もなく、エヒトは怨嗟の叫びを上げながら光の柱の先に消えていった。

 

 

 そして……

 

「では、皆さん。ここでもう一度自己紹介といきましょうか」

 

 

 この瞬間を持って事態は一変する。

 

 神エヒトが描いた神話大戦の第一幕は幕を閉じ、神父が己の願いを叶えるために用意した第二幕の舞台が開く。

 

 その始まりは神の力を簒奪し、新たなトータスの神になった男の宣誓により……

 

「今日から私がッ、神、エヒトルジュエだ!!」

 

 ──幕を開いたのだ。




>ありふれた日常へ永劫破壊 零
ラスボスは大災害獄蛇。ミレディはかつてのエヒトの仲間の一人である重力魔法の使い手(神の使徒のオリジナルではない)の直系の子孫。
原作との違いは獄蛇が現れたことで、エヒトも手傷を負い、戦いは両者痛み分けの延長戦になったこと。なお、なぜ獄蛇が復活したのかはミレディにもエヒトにもわからなかった。

>ベルタ・リエーブル
神託を受ける巫女
エヒトは見えすぎる駒と彼女のことを呼んでいたがその真実は……

>ありふれ二期、放送開始!
アニメ二期……始まってしまった。おかしい。アニメ始まる前に更新する予定だったのに。とりあえず雫ちゃんが思った以上に喋ったり揺れたりしてたので満足。あと他のクラスメイトいたんですね。

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