ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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投稿が遅くなり申し訳ありません。

神話大戦第二幕は彼女達の物語から始まります。


死霊を纏いし者

 幼少の頃の谷口鈴は今とは違いほとんど笑わない子供だった。

 

 両親は一年のほとんどを仕事に費やし、鈴の世話はお手伝いさんに任せる。

 

 そんな関係ではあったが、鈴の両親は決して愛情がない人間ではなかったし、鈴とて何不自由ない生活を送れていたと思っている。だが、それでも幼少の頃の鈴は愛情に飢えていた人間であった。そんな鈴が今のようなあり方になったのはお手伝いさんの一言が原因だった。

 

 

 ”とりあえず、笑っときなさいな”

 

 

 その言葉を鈴は言葉通り忠実に実行した。

 

 例え本当は楽しいことなんて特に何もなくても、常にニコニコと笑顔を浮かべるようにする日々。

 

 笑顔という名のペルソナを被った鈴の日々は鈴が想像している以上に上手くいったと言えるだろう。

 

 両親は鈴が笑えば幸せそうな顔をするようになった。

 

 常に笑顔の鈴の周りには大勢の人が集うようになった。

 

 

 だが、それは本当に救いたい人を救うことには繋がらないのだ。広く浅い関係を築くことは容易であっても、本当に心を通わせたい人には届かない。

 

 それを鈴はシュネー大迷宮にて理解した。中村恵里を救うには本音でぶつからないといけないとわかったのだ。

 

 だからこそ、鈴はその時に備えて修練を積んだ。

 

 できることは十全にやった。戦闘能力という意味では見違えるほどに成長した。基準の世界と比べれば雲泥の差だと言えるだろう。

 

 

 だがここで残酷な事実を告げなくてはならない。

 

 

 

 ──谷口鈴では、中村恵里を救えない。

 

 

 

 どれだけ鈴が本音を、力をぶつけても、恵里の芯に響くことはない。

 

 確かに鈴も恵里も、偽りの仮面を被り日常生活を送っていた。それに関しては確かに似ている二人だと言えるかもしれない。

 

 だが、鈴と恵里ではそもそも背負っているものの重さが違う。

 

 例え一抹の寂しさを覚えようと、両親からの愛情を一身に受けて、何不自由ない生活を送ってきた鈴と五歳の頃より何もかも歯車が狂ってしまった恵里。これを対等だというのはいささか無理があると言えるだろう。

 

 だが、それでも、それでも谷口鈴が中村恵里を救いたいというのなら……自分の全てを賭けてもなお、手が届かないと言うのなら……

 

 ──谷口鈴は代償を払わなくてはならない。

 

 

 何かを得るためには、何かを払わなくてはならない。それはこの世の原則だ。己の身以外に払えるものが何もないのなら、己の身を切り売りするしかない。

 

 さて、少女よ。君は死霊の女王と化した親友を救うために……

 

 

 ──何を代償として支払う? 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 神話大戦の最前線。

 

 

 連合軍の内、王国軍と帝国軍が集中して防衛している場所にて、彼らにとっての最終決戦は既に幕を開けていた。

 

 

「撃てぇ!! 遠慮容赦一切無用だっ! 使い尽くすつもりで撃ちまくれぇ!!」

 

 

 拡声された号令が連合軍に響き渡り、同時に間断なき弾幕が全連合軍兵士から放たれる。

 

 準備期間を一切無駄なく使い切ったハジメによって作成されたライフル銃や機関銃が火を噴き、空に浮かぶ神の使徒を、地上に迫る魔物の群れをまとめて薙ぎ払っていく。

 

 電磁加速されたフルメタルジャケットが神の使徒の脳天を貫き、要塞や塹壕に配備されたガトリングレールガンが地上の魔物を屍に変えていく様は、今までの戦争の常識が変わる光景だった。

 

「これはすごいですね。神の使徒のアーティファクト。まさかここまでとは……」

「まったくだ。これがあれば戦争事情が一変するぞ。彼が頑なに技術を教会に渡さなかったわけだ」

 

 王国指揮官と帝国指揮官の一人が部下が振るうアーティファクトの威力を見て、戦慄を覚える。

 

 本来は、手も足も出ないほど力の差がある神の使徒に対して、一般兵士が善戦できている状況は喜ばしいことこの上ない。

 

 もしハジメの協力がなければ、この戦争でどれだけの犠牲者が出ていたか想像することすら恐ろしい。

 

 とはいえまだ油断はできない。何しろ数が全く減らない。

 

 赤に染まった空に出現した亀裂から同じ顔をした無表情の神の使徒が次々に落ちてきて人類を攻撃する光景は、おぞましさ以外感じない。

 

 幾重にも撃ち落とされてなお気にせず人類を攻撃する神の使徒と、地上に落ちてきた神の使徒を踏みつぶして行進する魔物群の勢いもまた止まらない。

 

「さて、じゃあ俺もそろそろ動くとするか!」

 

 敵の勢いが増していく中、最前線にて指揮を執りながら魔物と神の使徒の殲滅を行っていたガハルド・D・ヘルシャ―が戦況を見て動き出す事を決意する。

 

 戦場こそが生きる場所。それを信念に数多の戦いを乗り越え、今や帝国歴代最強とまで言われるようになった覇王がその力を戦う者達に解放した。

 

「”禁域解放”──そして、行くぞお前ら!! ──”王軍”!!」

 

 自身に昇華魔法、禁域解放を行使した後、自らの配下に対して昇華魔法”王軍”を発動し、ガハルドから発せられた光が今戦っている兵士達に注がれる。

 

「多くの兵を失ってなお、帝国は依然、人族最強!」

「それを今から見せてやる!」

「おおおおおおおお──ッッ!!」

 

 ガハルドから力を授かった兵士達の動きが各段によくなり、神の使徒や魔物を次々に葬っていく。

 

 ──昇華魔法”王軍”

 

 自分だけでなく自分に付き従うものにもその恩恵を与える強化魔法だ。

 

 以前帝都にて民の士気向上として使われた強化魔法は、今や十全に連合の兵士に力を与えるレベルの出力を出せていた。

 

 あれからガハルドも自分なりに試行錯誤したが、短い間で手に入れた昇華魔法を実戦レベルの精度に仕上げた秘密はガハルドの舌の上に乗る黒い紙、悪魔への切符(デビル・チケット)だ。

 

 これがあるが故に士気高揚以上の効果がなかった魔法が戦術級魔法として機能している。

 

「は、舐めんな神の木偶」

「今日の俺達は、マジで強えぞ!」

 

 そして王の加護を受けた連合の兵士達が気勢を上げながら、魔物や神の使徒に対抗を開始した。

 

 その勢いはガハルドの魔法発動でさらに勢いを増していく。

 

「”王軍・覇王”!!」

 

 今度はガハルドが力を与えた戦士達から光が溢れ出し、ガハルド一人に注がれ、それにより万全の神の使徒が見失うほどの速度で動いたガハルドが神の使徒の首を通り越しざまに斬り落とす。

 

「へっ、これでも藤澤蓮弥や南雲ハジメに及ばねぇってんだから、全く世界ってやつは広いな!」

 

 王軍という昇華魔法は二段構えの仕様になっている。

 

 まずは自身の覇王の資質により、自らの元で戦う戦士達を勇者に変え、次にその勇者達から力を分け与えられて自身の力にする。

 

 これにより、ガハルドの元で戦うものが多くなればなるほど、彼自身も強くなっていく。悪魔への切符ありきとはいえ、今の彼は神の使徒相手でも負けないだけの力を発揮できていた。

 

「連合軍の全勇者に告げるッ!! この世界の支配者を気取る邪神の使徒にっ、俺達の強さを見せてやれッッ!!!」

『了解!!』

 

 ガハルドが強くなることで配下も負けじと強くなり、そんな配下の奮闘が王であるガハルドを強くする。

 

 連合軍は理想的な好循環により力を増していく。

 

 これこそが、人の力。最初からスペックが決まっており、限界突破という概念が存在し得ない神の使徒にはないもの。

 

 形勢は覆る。数の差も何のその。総員が一騎当千の精鋭と化した連合軍は神の使徒を押し返しつつあった。

 

 

 だが、人の想いの強さは味方だけのものではない。なぜなら敵は心無き使徒だけではないのだから。

 

 

 最前線の戦場に……死が舞い降りる。

 

 

 

『ああ恋人よ。いつまでもいつまでも、あなただけが美しい』

 

 

 戦線のど真ん中にて、突如空間の歪みが発生し出現したのは、鎧の騎士。

 

 その姿に生気はなく、おぞましい魔力を纏いながら生きている者全てに殺意を向けた。

 

 かつて王都での戦いにおいて、多くの犠牲者を出した不死者の軍隊、機甲魔装兵の登場である。

 

 空間魔法により次々送り込まれる機甲魔装兵は各自銃火器を構え、神の使徒や魔物達に奮戦を続ける連合軍の戦士達にその牙を向いた。

 

 だが……

 

「対物理結界起動!」

 

 数多の銃火器から発せられる蹂躙の弾丸は、連合軍に届く前に塞き止められることになった。

 

 総司令であるリリアーナの号令と共に起動した対質量兵器用結界によって味方側以外の銃火器による攻撃は届く前に遮断される。

 

「あれが恵里の機甲魔装兵……ですが、南雲さんはとっくに対策済みです! 総員、構えなさい!」

 

 死者は痛みも死も恐れない。その身体の中には血液の代わりに可燃性物質が満たされており、行動不能になれば動ける死者が即席手榴弾として使うことも可能だという無駄のない構造をしている。

 

 だが対処法がないわけではない。

 

 相手が自爆すら厭わない不死身の軍勢であること察した一部の連合戦士がハジメが彼ら用にと対策した武装を構え、発射する。

 

 ランチャー型の銃器から飛び出した弾丸は真っすぐ機甲魔装兵に向かい、ぶつかる直前で開いて機甲魔装兵を包み込んだ。

 

「相手が倒してはいけないのなら……倒さず制するまで。総員、砲撃を続けなさい」

『了解!!』

 

 ハジメが対機甲魔装兵用に開発したのは、相手を倒すための武器ではなく、相手を行動不能にする武装。

 

 キッカケはライセン大迷宮で使われていた鳥もち弾であり、包み込む相手の行動を封じるだけでなく、魔力放出を抑制する効果もある。

 

 この状態で自爆しても大したことがないうえに、手榴弾として使用しようとすると粘着して周りを巻き添えにする。

 

 極めてシンプルな対策だが、案外こういうシンプルなものこそ嵌れば絶大な効果を発揮するものだ。

 

 ハジメが考案した対機甲魔装兵用アーティファクトは高い効果を発揮し、次々に死兵を無力化していく。

 

 それによって勢いづく連合軍。

 

 

『別に構わないけどね。そいつらは歩兵。いくらでも替えが効く量産品だし』

 

 

 だが、当然そんな都合よくいくほどこの戦場は甘くはない。

 

 確かに連合はハジメによって齎されたアーティファクトによって強化されている。だが成長するのは正義の味方だけの専売特許ではない。

 

 機甲魔装兵の中から突出した個体が現れ始めた。

 

「な、こいつら速い!」

 

 拘束用アーティファクトによる射撃の弾幕を避け、連合に食い込んでくるのは、人と魔物を合成して誕生した狂戦士集団──屍獣兵。

 

 歩兵である機甲魔装兵は数と現代兵器による面制圧に特化している反面、ある一定レベル以上の力を持つ相手には通じない。

 

 よってより強力な個体を求めるのは当然の帰結と言えた。

 

 拘束弾だけでなくガトリングレールガンによる一斉掃射による弾丸の雨すら躱し、ついに屍獣兵は連合軍達に肉薄する。

 

「いぎぃ……」

「ぐあぁぁぁ!!」

「ちッ、させるか!!」

 

 ガハルドが王軍の出力を上げ、それに応えた兵士達が屍獣兵に対抗した。

 

 だが屍獣兵の勢いは止まらない。獣のような風貌とは似合わない連携を見せて、連合軍を食い破っていく。

 

 屍獣兵のその動きを見て、ガハルドは一つ確信した。

 

「おい、お前ら!! この中に指揮官に相当する奴が潜んでいる。そいつを探せ!!」

 

 意思なき死体の軍団にしては統率が取れすぎている。最初は中村恵里が指揮しているのかと思ったが、ガハルドは勘でそれを否定する。

 

 中村恵里は脅威だが、軍団指揮の経験があるとは思えない。つまりいるのだ。この中に指揮官が。

 

 混戦と化した戦場内で

 

 この中に、軍団を指揮している司令塔が存在する。

 

 ガハルド自身も戦場を闊歩し、それを探す。

 

 そして、ガハルドだからこそ……それを見つけた。

 

「てめぇ、グリッドォォォォッッ!!」

 

 その名を呼びながらガハルドは一人の屍獣兵に斬りかかる。

 

 グリッドと呼ばれた屍獣兵は顔だけ元に戻しながら、顔を歪に歪めた。

 

「ひひ、よくわかったなぁ皇帝陛下よぉぉ」

「顔が変わったからって剣の癖までは変わらねぇ。これでも皇帝だからな。部下のことは忘れねぇよ。……その分だとどうやら操られてるってわけじゃねぇみたいだな」

 

 グリッド・ハーフ。帝国第三連隊隊長であり、シア達ハウリアとも因縁深い部隊を率いていた男。性格は極めて横暴で野心家。それゆえにガハルドが留守にしている間に起こったクーデターに参加していた際、恵里に殺された者だった。

 

「最初はどうなるかと思ったけどよぉ。まったく恵里様のおかげだぜ。これからいくらでも好きなだけぶっ殺し放題犯し放題奪い放題なんてなぁ!!」

 

 彼は恵里にその死体と魂を回収された際、その能力の高さを買われ、通常の縛魂ではなく真・縛魂にて蘇生を果たした。もちろん恵里に絶対遵守ではあるが、恵里は彼をこの戦いにおいてほとんど自由にしていた。

 

 つまり自由にしていながら、彼は世界の敵になることを選んだということ。

 

「王国も帝国も、そしてフェアベルゲンの亜人奴隷も、全て俺のものにしてやるんだよぉ!」

「馬鹿が! 超えちゃならねぇ一線を超えやがって!」

「関係ねぇ。強ければ全て許される。それが帝国だ!」

 

 ガハルドとグリッドがぶつかり合う。共に少し前とはスケールの桁が違う力で持って戦う。

 

 だが、力が拮抗しているというのなら、戦闘経験値が多い方が勝つのが道理。数百の小競り合いの果てに、ガハルドの刃がグリッドを切り裂く。

 

「ぐぁぁ!」

「じゃあな。一足先に地獄に行ってろ」

 

 剣戟一閃。

 

 ガハルドの剣がグリッドの首を切り落とす。

 

 指揮官が消えた以上、屍獣兵は烏合の衆に代わる。ならこの機を流す機会はない。そう考えたガハルドは反射的に振り返った。

 

「なっ!」

「きひひ、忘れたんじゃねぇか。俺はもう死んでるって」

 

 それは首がないにもかかわらず動くグリッド。剣でガハルドに切りかかった後、自ら首を拾い上げ、直接くっつける。

 

「いや、これ以上死にようがねぇから実質上不死身か。ひひひ、最高だぜ。さあ、不死身の俺たち相手にどこまで持つかな?」

 

 戦場にて倒された屍獣兵が次々と立ち上がる光景を目にしたガハルドは激戦の予感を嫌というほど感じていた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「へぇ、意外と粘るねぇ。南雲の奴が手を貸したとしても、もう少し早く潰せるかと思ったんだけど」

 

 戦場上空にて中村恵里は空中に浮かびながら戦況を眺めていた。

 

 現在恵里の眼下の戦場は拮抗していると言っていい。

 

 拮抗している理由は最前線にて指揮官グリッドと対峙しつつも周りに的確な指示を出し続けるガハルドと、全体を俯瞰して戦場の流れをなんとか掌握しようと手を尽くしているリリアーナの存在が大きいのは間違いない。その様子を見た恵里は珍しく素直に敵を称賛する。

 

「ま、それも意味ないんだけど」

 

 それでも恵里の余裕は崩れない。何故なら恵里の手駒はまだまだ存在しているから。

 

「機工魔装兵、屍獣兵の性能テストは終了。ならそろそろこいつを投入しようかな」

 

 恵里が指に付けている宝物庫に魔力を通すと、空中にいくつものゲートが開く。

 

 そこから出てくるのは灰色の翼と各種獣の特性が入り混じった神の使徒。

 

 ──灰屍徒

 

 神父がエヒトに秘密で生成していた神の使徒のサンプルを媒体に各種魔物の特性を追加した屍兵器。

 

 従来の神の使徒から意思疎通などの無駄な機能を省いた分、戦闘力はオリジナルの神の使徒を上回り、少なくとも眼下で展開されている銃弾やミサイル程度では傷一つつけられない恵里の手駒の中でもハイエンドモデルな代物。

 

 それらが二百体ほど戦場の上空に出現する。

 

「さて、それじゃあパーティの始まりといこうか。この戦場全ての人間を取り込めれば、目標に一歩近づく」

 

 これでこの戦場は終わり。拮抗は崩れて恵里の死兵が何もかも蹂躙する。

 

 

 

聖界(エリア)──座標固定──"万魔牢"ッ」

 

 この戦場に介入者が現れなければ。

 

「ん?」

 

 恵里が気づいた時には既に見覚えのある橙色の結界に包まれており、その結界の内側にいる二百体全ての灰屍徒は結界の檻に封じ込められていた。

 

 そして……

 

「──"爆結"!」

 

 その言葉と共に、全ての灰屍徒がミクロサイズまで圧縮された空間に押しつぶされて消滅した。

 

 全ての灰屍徒が破壊されたことを察した恵里は、間髪入れずに再び宝物庫を開き、展開された結界の中心に位置する術者に向けて灰屍徒を放つ。

 

 亜音速で目標に向かう灰屍徒。だがその目標に到達する前に、立ちはだかる者がいる。

 

「オラァ!!」

 

 鐵甲の一撃を叩きこまれた灰屍徒は何も抵抗することができず、空の彼方へと消え去った。

 

 

 そして、恵里の初撃を対処した二人は、恵里のすぐ近くに現れる。

 

「ふーん。また来たんだ。君も案外しつこいんだね」

 

 今まで眼中にすら入れていなかったが、ここまで来ると流石に無視することはできない。中村恵里は、自身に対し明確に牙を剥いた二人の同級生……

 

 

 ──谷口鈴と坂上龍太郎の方を向いた。

 

 

 

 

「なんだか随分久しぶりに会う気がする。で、久しぶりに会ったわけだけど、どうしたのさ鈴。ほら、いつも通りに浮かべなよ……」

 

 鈴の方を見た恵里は、口の両端に指を当て、釣り上げる。そうして浮かび上がるのは、まるで仮面のような不気味な表情。

 

「あの……気持ちの悪い笑顔をさ!」

「あいにくだけど……今はヘラヘラ笑う時じゃないかな。今は……本気で戦う時だよ!」

 

 恵里の挑発に対して、鈴は気勢で持って返してきた。その鈴の様子を恵里は魂ごと観察を始める。

 

 恵里にとって鈴とは天真爛漫でありながら、浅慮で御しやすい人物だった。だが今恵里の目の前にいる人物は恵里の知っている鈴ではない。

 

 魂を見れば一目瞭然だ。恵里の知っている鈴の魂は、これほどの輝きを放ってはいなかったのだから。

 

「なるほど、どうやら少しは変わったみたいだ。これで一人称が鈴だったら笑うけど……それで? 一体何の用なのかな。僕も暇じゃないんだ。要件は手身近に頼みたいんだけど」

 

 鈴の魂の輝きを認めた恵里だがそれでもさほど興味は惹かれない。億劫な感情を隠しもせずに鈴と相対する。

 

「……私がここに来たのは、恵里を知るためだよ」

 

 そう、鈴の目的は最初から一つだった。

 

 恵里を知りたい。ずっと親友を名乗りながら何一つ踏み込んでこなかった自分を恥じるからこそ、厳しい修練を己に課し、大迷宮の試練を乗り越えてここまで来た。

 

 だけど……

 

「けどその前にやることがあるよね。恵里……今すぐ下の死兵を止めて」

 

 そう、今は戦場の最中だ。こうして話している今も眼下では連合軍と死兵の軍団が熾烈な争いを行っている。私情を優先して今やらなければならないことの優先順位を鈴は見誤らない。

 

「それは聞けない相談だね。僕にも目的があるからさ。ああ、僕のことを知りたいんなら今からガールズトークでもやる? 今なら鈴の聞きたかったことをなんでも答えてあげるけど?」

「ッ……」

 

 恵里は空中に腰掛けるように体勢を変え、ニヤニヤ笑いながら鈴を見る。恵里からしたらこうして時間を稼ぐだけでも十分だ。灰屍徒を鈴に破壊された以上、戦場は未だに拮抗している。だが、殺しても死なない不死身の軍団と殺したら死ぬ連合軍では時間をかければどちらが勝つかは明白だ。

 

「ほらほら。こんなチャンスもうないかもしれないよ。僕のことを知りたいんだろ? だったら今から話をしようよ。何が聞きたい? 僕が鈴をどう思ってたか? それともこの世界で僕が何をしてきて何が目的なのか知りたいのかな?」

「私は……」

 

 鈴の表情には誘惑が見て取れる。今まで恵里から無視されてまともに話をすることすら出来なかったのだ。当然くだらないことから重要なことまで聞きたいことはたくさんあるのだ。己の望みが叶うチャンスに惹かれてしまうのはどうしようも無い。

 

「鈴ッ! 何ぼーっとしてんだ!」

 

 もっともそれは鈴が単身ここにいればの話だ。鈴の内心を悟ったように、今まで傍観していた龍太郎が鈴に声をかける。そこで鈴ははっと正気に戻った。

 

「あらら、あっさり解けちゃった。やっぱりなんか対策してるっぽいな」

「なッ、恵里!」

「そんなに怒るなよ。ちょっと自分の欲を優先するように暗示をかけただけだよ」

 

 鈴の心の誘惑を知り尽くしたかのように魂魄魔法で意識誘導を行う恵里。もしハジメが用意した神言対策のアーティファクトがなければ、鈴は恵里の魔の手に囚われていたかもしれない。中村恵里の魂魄魔法の適正はこの世界でも最高レベルの相性だ。アーティファクト頼りでは痛い目を見るのは明らか。鈴が再度警戒に入った事を知った恵里は今度はこの場にいるもう一人に意識を移した。

 

「てかさ……ずっと気になってたんだけど。なんでお前がここにいるの、坂上?」

 

 鈴がいる理由は恵里にも察しがつく。地球にいた頃から縁があるし、魔王城まで乗り込んできた時点で鈴がここまで追ってくるのは恵里にとっても想定の内だ。

 

 だが、ここに坂上龍太郎がいる理由が恵里にはさっぱり見当がつかない。

 

「もしかして馬鹿すぎて気づいてないのかもしれないけどさ。今光輝君の身体は神父様に好き放題されてるんだよ。いいの? 光輝君の方は放っておいて?」

「光輝のことは藤澤と雫に託す。悔しいけど俺は光輝に大したことはしてやれねぇ。けど俺には俺にしかできないことがある。今はそれを全うするだけだ!」

 

 恵里は今度は龍太郎の魂を見る。

 

 かつては光輝の光に当てられて光るだけの魂だったが、いつの間にか自ら光を放っているのがわかる。どうやら龍太郎もまた、恵里の知る龍太郎ではないらしい。

 

「へぇ、つまり坂上には光輝君を救うことより重要なことがあるってこと? 随分薄情な友情だね」

「そうだな。今の俺は鈴の恋人として、鈴を守ることが一番だ」

「…………は?」

 

 

 そして恵里は龍太郎の発した言葉に対して、思わず素で間抜けな声を出してしまう。

 

 思わず鈴と龍太郎を何度も繰り返し見比べる恵里。

 

「ちょ、龍太郎くん!」

 

 脳筋の戯言かと思いきや、恥ずかしがりつつも鈴は龍太郎の言葉を否定しない。

 

 

 そんな驚愕の光景を恵里なりに悩みながら解釈した結果、恵里は取り出した眼鏡をスチャと装着し、今の恵里からしたら驚くほど優しい言葉をかける。

 

「鈴……きっと疲れてるんだよ。ほらあるよね。心が弱ってるところに優しくされると、どんなゴリラ……もとい類人猿……もとい脳筋でもカッコよく見えることが。ほら、私でよければ相談に乗るからなんでも言って?」

「余計なお世話だよッ! 大体心を弱らせてる張本人に言われたくないしッ! てか私の彼氏に対して失礼すぎない!? 龍太郎君には恵里の知らない良いところがたくさんあるんだから! というかなんで私がツッコミを入れてるんだよ!?」

 

 ガッとなって捲し立てる鈴に対して、恵里は眼鏡を外して再び空気を変え始めた。

 

 そう、ここまでは様子見、鈴や龍太郎の魂を観察し、その質を確かめるための時間稼ぎに過ぎない。

 

 鈴と龍太郎も場の空気が変わったことを察したのか一瞬で気を引き締めた。

 

「ま、茶番はこのくらいにして……要は鈴も坂上も僕を力ずくで止めにきたんだろ? 結局力ずくで事を行うつもりなら速攻でするべきだよ。僕も以前嵌められたんだけど、相手によっては追い詰められるだけだからさ」

「随分余裕だな中村。お前の手駒は全部潰したってのによ」

「ああ、灰屍徒のこと? あいつらは下にうようよいる神の使徒をベースに作っただけあって中々の出来だったんだけど……僕の持つ駒のクイーンじゃない」

 

 恵里は再び宝物庫を展開する。

 

 どす黒い瘴気が漂う空間の奥から、歩み出してくるのは一体のみ。

 

「さて、せっかくだからこいつの相手をしてもらおうか。威勢よく啖呵を切ったんだから、失望させるなよ」

 

 そして、此度の戦いにおける恵里が用意した最強の死兵が姿を現す。

 

「呼ンダカ? 我ガ主?」

 

 その姿は光を吸収するような黒一色だった。

 

 大きさは二メートルを超え、片言で喋る姿はこの存在に知性があることを証明する。筋肉質な肉体はステータスの高さをわかりやすく伝えるし、纏う魔力量は、それだけで今まで恵里が使役してきた死兵とは一線を画することがわかるほど。

 

闇の探究者(ダーク・シーカー)、命令してあげる。まずはそこの男を殺せ」

「手加減無用デイイカ?」

「ああ、けどできれば死体が残ればいいな。脳筋なだけあっていい素体になりそうだ」

「了解シタ」

 

 その言葉と共に、闇の探究者(ダーク・シーカー)と呼ばれた兵器は、目にも止まらぬ速さで坂上龍太郎を地上へ向けて殴り飛ばしていた。

 

「龍太郎君!!」

 

 鈴は慌てて龍太郎の援護に回ろうとする。だが……

 

「必要ねぇ!! こいつは俺が片付ける! だから鈴は、自分のやるべきことをやれ!!」

 

 龍太郎の啖呵を受けた鈴は、一瞬だけ迷った後、未だに空中に腰掛けるようにして浮かんでいる恵里の方を向く。

 

「いいの? 闇の探究者(ダーク・シーカー)は僕の死兵の中でも一線を画する力を持つ。あいつ死ぬよ」

「死なないよ。龍太郎君はこんなところで死なない。それに……私が死なせない!」

 

 鈴は両手に持っている鉄扇を開き、恵里に相対する。その目には迷いはない。

 

「へぇ、つまり鈴が僕を倒すってことか。大きく出たね」

「それくらいできないと。まず始められないから」

「まだ言ってるのかよ。それとも僕相手なら簡単に勝てるとでも思ってる? 僕は死兵さえなければ無力だと? そいつは……」

 

 

 ──そいつは勘違いだ。

 

 

 恵里は死体を操り、戦わせることでこの世界を混乱に導いてきた。

 

 恵里の操る死兵は強力無比。死も痛みも恐れない軍隊が近代兵器で武装し、自爆による道連れを踏まえて攻撃してくる様は生きている戦士からしたら恐ろしい脅威だろう。

 

 さらにこの戦場にて見せた屍獣兵は戦場にて大きな脅威となって連合を襲っている。

 

 真・縛魂によって産み出された死体は蓮弥パーティーやハジメパーティーでも容易に見破れない。恵里の死兵が紛れ込んでいるんじゃないかという疑念は彼らの精神に少なくないダメージを与えている。

 

 今までの功績とも罪科とも言える所業を振り返り、ここで改めて中村恵里の天職を確認する。

 

 中村恵里の天職とは……降霊術師。

 

 トータスにおいて降霊術とは死者の残留思念に作用して死体を操る魔法と定義されているが、地球においてはまた別の定義が存在する。

 

 それこそが心霊操術。文字通り霊魂を操る術である。

 

 これまで見せてきたのは器である肉体を操る術だとしたら。

 

 王国で直接殺した人間。

 

 帝国で直接殺した人間。

 

 それらの魂はどこへ行ったのか。

 

 

魂魄魔法深奥──心霊操術

 

 

──修羅変生・暗黒舞踏

 

 

 

 その魔法の完成と共に、恵里の周囲に渦巻いていた膨大な魂が形を成す。

 

 数多くの霊魂が無数の悲鳴と数多の嘆きを漏らしながら一人の少女に支配される。その姿はまさに死霊の女王。

 

 藤澤蓮弥のエイヴィヒカイトから発想を得、神父の協力の元、完成した魂魄魔法の最終奥義。

 

 

「さあ、鈴。始めようか。僕を止められるものなら止めてみろよ!」

 

 

 中村恵里は自身の背後に現れた膨大な魔力を纏う、見上げるほどの巨体を持つ灰色の髑髏を従え、自らの幼馴染に牙を剥いた。




>王軍
ガハルドの昇華魔法。簡単に言えば部下の数が多ければ多いほど出力が強化倍率が上がる魔法。性質上数人で使用しても大した力を発揮しないが数千人規模の人員を統率できるならそれなりの戦力を得られる。

闇の探究者(ダーク・シーカー)
現状恵里が使う死兵の中でもっとも強力な力を持つ個体。会話できる知能がある。

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