ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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お待たせしました

鈴と恵里の戦い、決着です。


伸ばしたその手は──

 戦いが始まり既に数十分、鈴と恵里の戦いはさらに激しさを増していった。

 

「”蒼天” ”嵐帝”」

 

 炎術師の天職持ちと風術師の天職持ちの魂を憑依させることで実現する最上級合成魔法。生まれた炎の巨大竜巻が街を火の海に変えつつ、鈴を飲み込もうと迫る。

 

「"聖界(エリア)”──”封魔宮(パッケージ)”──”封滅”!!」

 

 対する鈴は巨大な箱の結界を竜巻を覆うようにして展開し、そのまま魔法を空間の狭間に放逐して消滅させた。

 

「あは、このまま押しつぶされちゃえッ、”金属化””土流波”」

 

 流体金属化した地面の土がまるで津波のように鈴に襲い掛かるが、先ほどよりも範囲は大きい故に結界で防ぐことはできないと鈴はすぐに判断する。

 

「"聖界(エリア)”──界移(イレカエ)

 

 飲み込まれる寸前、鈴は何とか効果範囲から逃れるものの、ピンチは依然変わらない。これまでの攻防は常に恵里が攻めて、鈴が守りに入るというパターンで行われている。

 戦闘自体は拮抗しているように見えるが、現状のやり方では鈴は恵里には勝てないということを意味していた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 肩で息をする鈴に対して、恵里にはまだまだ余裕があるように見える。両者ともダメージは負っていないが、どちらが優勢なのかは火を見るより明らかだ。

 

「……いい加減しつこいんだけど。もう勝ち目はないってなんでわからないかな」

 

 けれど、どれだけ力の差を見せつけようと、鈴の目の光は消えない。その事実に対し、恵里は煩わしそうに顔を歪めた。

 

 今の恵里の力では、対象の魂を喰らい隷属させるには一度心を折る必要がある。それを踏まえても、もっと簡単に質の良い魂を手に入れられると考えていた恵里は、未だに戦意を衰えさせない鈴の心をいかに折るかに思考をシフトさせていく。

 

 恵里はずっと、地球にいた頃から人間観察を行い続けた。他人の顔色を伺わないと生きていけない環境のせいで始めたことではあったが、そのおかげで恵里は理解はできずとも、人の心がどのようにして動くのかをよく知っている。

 

 恵里のよく知る鈴の人柄を考慮し、鈴がなぜ諦めないのか考え、そして思いつく。

 

「ねぇ、鈴。もしかしてさ。僕がおかしくなったのはあの神父さんが何かしたからだと考えてない? 善良だった僕はこの世界に来て早々神父さんに目をつれられて、魔法で洗脳されて、無理矢理こんなことをさせられてるって」

 

 恵里は考えた。鈴の目が死なないのは、まだ自分が鈴の知ってる頃の恵里に戻れる可能性があると考えているからだと。

 

「神父さんを藤澤が倒せば、僕にかけられた洗脳は解けて、また元の私に戻ってくれるんじゃないかって。そう考えてるんじゃない?」

 

 鈴は何も言わないが、恵里が魂魄魔法を使って魂を見れば、恵里が戻ってくれる可能性を捨て切れていないのは明白だ。

 

 だから、そこを崩せばいい。恵里はそう考え、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「馬鹿だよねぇ。僕はこの世界に来る前からこうだった。お前と仲良くなったのも光輝君の側にいるのに都合が良かったからだ。お前が馬鹿丸出して気持ち悪い笑みを浮かべ続けてくれたから、僕は目立たずに済んだ。そう……最初は光輝君さえ、側に居てくれればそれで良かった。だけどさぁ……くふふ、あははは!」

 

 狂相を浮かべる恵里を未だに鈴は黙して見ている。恵里の表情や声を受け止められるように。

 

「それさえ、光輝君への想いさえ、僕の中には存在しなかった。たしかに、言われてみれば納得だよ。光輝君に群がる雑魚女なんてどうとでもできたし、雫や香織はそもそも他の男に夢中で光輝君を見ていなかった。そんなこと気づいていたはずなのに、やろうと思えば光輝君を孤立させて()に依存させることもできたはずなのに」

 

 光輝を本気で手に入れるつもりでいるのなら、地球にいた頃からやれることはいくらでもあった。

 元々何重にも仮面を被っていたのだ。今更「光輝に恋する乙女」の仮面を被って鈴や香織や雫の協力を得るのは難しくなかった。危ういところがある光輝を合法的に追い込んで、自分に依存させるのは決して不可能ではなかっただろう。

 

 それでも恵里はそうしなかった。

 

 真の望みが、地球ではどうしても許されず、理解されないものだったから。

 

「神父さん曰く、僕は死体以外愛せないそうだよ。誰かを死体にして、操って、初めて想いを向けられるんだってさ」

 

 愛するために、まずは殺す。そんな愛など地球で……否、人の営みで受け入れられるわけがない。

 

 暗にこう言っている。鈴とも分かり合えないと。

 

「だから……僕はお前の知っている私にはなれない。お前の親友とやらは、二度と戻ってこないんだよ!!」

 

 恵里は鈴の魂を観察する。

 

 この世に自分を受け入れられるものなどいない。その確信があるからこそ、恵里は静かに機を待つ。必ず鈴は動揺し、その魂は乱れる筈だと。その魂が絶望した時こそが、その魂を喰らい尽くす。

 

 だが……

 

「本当に……私は恵里のこと、何も知らなかったんだなぁ」

 

 その自嘲する言葉とは裏腹に、鈴の目は……

 

「……は?」

 

 ──微塵も曇ってはいなかった。

 

「ずっとそんなことを考えてたんだね。そうやってずっと……一人で苦しんでたんだ」

「……何を言ってるの?」

「誰にも理解されなくて、誰にも話せなくて。今日に至るまでずっと抱え続けてきたんだよね」

「…………」

「私、嬉しいよ。今日は今までよりずっと、恵里のことを知ることができた」

 

 鈴の透き通った目に嘘偽りない言葉。鈴の透き通った目に、あるいは乱れない魂を前に……

 

「…………なにそれ」

 

 嘲笑を浮かべていた恵里の表情が消えた。

 

 自分の本質を知った母親は離れていった。南雲ハジメ達も自分を得体の知れない狂人のように見た。自分はそういう存在であるはずだ。なのに、鈴の目だけが依然と恵里を真っ直ぐに見つめ続ける。

 

 理解できない。理解できないが、なんとなく鈴が危険な存在だと思い始めた恵里は、鈴を排除することに決めた。

 

「もういいや。お前はいらない。さっさと魂ごと叩き潰してあげる」

 

 能面のような無表情になった恵里の魔力が高まり、背後の大怨霊が亡者の呪怨を響かせる。

 

 そんな恵里に対して、鈴は強気な目を曇らせることはない。

 

「叩き潰してあげる、か。もう勝ったつもりなんだね。私はまだ切り札を出してないのに」

 

 鈴とてただ防戦一方になっていたわけではない。逃げ回りつつも、切り札の発動のために準備をおこなってきたのだ。

 

「恵里の心は見せてもらったから、次は私の番だね」

 

 今度は自分の番だと宣言し、鈴は逃げ回りつつも、廃墟に準備した仕掛けを発動させた。

 

「”四点結界”──起動ッ!」

 

 街の四方向に刻まれた魔法陣が起動し、結界を展開する。恵里が何かするより早く、町一つを覆い尽くすように展開された結界を恵里は注意深く観察するが、出た結論は鈴の気勢とは真逆のもの。

 

「……何これ? 何か仕掛けていたのはわかったけど、こんなものが切り札? 何の力も感じないんだけど?」

「そりゃそうだよ。これは何の属性も能力も籠っていない、言ってみればただの無色の箱だから。意外と難しいんだよ、無属性でなんの効力もない結界を作るのってさ」

 

 技能欄に何らかの属性適正がある者は、意図しなくても自然にその属性の魔力が練り込まれている場合が多い。例えば鈴の場合は、光属性に適性があるゆえに、普段から無意識のうちに魔力に光属性が混ざってしまう。

 そして今回はそれではいけない。鈴がこれからやろうとしていることに、余分な色は不要。この結界は真っ白なキャンパスでなければならないのだから。

 

「準備は整ったよ。恵里……これが今の私の全力」

 

 

 

 真っ白なキャンパスは準備された。だから後は空間魔法の深奥にて、己の世界と外の世界の境界を……

 

 

 

創造展開! 

 

 

 

 ──崩すだけだ。

 

 

 鈴を中心に、世界が丸ごと塗り潰されていく。崩れかけた廃墟を塗り潰し、新たな世界が上書きされる。

 

 広がるのは紅白の綾模様で彩られた世界。

 

 広く、高く、世界が広がる可能性こそ感じるが、何もない静かな場所へ変化する。

 

 

 

──"紅白流転聖界"

 

 

 

 それこそが鈴の心象領域を現実世界に雪崩込ませることで完成した異世界だった。

 

 

 空間魔法の本質とは”境界に干渉する魔法”であると定義されており、あらゆる物に存在する境界を崩すことで攪拌したり、逆に境界を作ることで分断したりすることができる。そして空間魔法を世界と自分の内界に対して行使することで可能になる奥義、それがこの世界で”創造展開”と呼ばれている最高難易度の異能であり、文字通り自分の世界を創造し、世界に向けて展開する深奥の力だ。

 

 

「これ……そういえば神父さんが言ってたな。空間魔法を極めると、自分の心を映すことで異世界を構築できるようになるって。なるほどつまり、ここが鈴の心の世界なわけだ。……なんだ、ずいぶん殺風景なところじゃないか」

 

 

 恵里の皮肉混じりの嘲笑に対して、鈴は表情を消して素直に受け止める。

 

「そうだね。この何もない殺風景な世界が私の世界。常に笑顔を向けるだけで、自分の領域に誰も踏み込ませなかったし、他人の領域に踏み込もうとしなかったから、この世界には何もない」

 

 なにしろ一番の親友だと思っていた恵里との関係さえ、こんなことになっているのだ。日常の出来事のほぼ全てに対して楽しいと感じなかったほどの不感症だった鈴の内面は、普段みんなに見せている表情ほど豊かではない。

 

 だが、この世界を構築するのが黒と白といった明暗ではなく、赤と白という色合いになっていることが、鈴の内面が変わり始めている証。

 

「わたしはあなたを……絶対に諦めない。これはそのための力だよ。行くよ恵里ッ、これが今の私の……全力だよ!」

 

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 その瞬間、恵里は何もない空中に投げ出されていた。

 

(強制転移ッ、しかも今までと違って予兆無しかよッ)

 

 恵里はすぐさま空中戦用の天職に切り替えるため、大怨霊から魂を引っ張ってこようとして……

 

「”震天”!」

 

 ──なにもないはずの空間の圧力で吹き飛ばされた。

 

「ッッ」

 

 すぐに体勢を整えようとするが、恵里の視点が今度は地表近くに変わる。

 

 

 空中から地面へいきなり飛ばされた恵里は瞬時に周囲を把握しようとするも、その前に自分に向けて落ちてこようとしている家屋に気付く。

 

(何もないと思ってたけど、見えなくしていただけのフェイクかッ)

 

 大怨霊がすぐさま頭上の家屋を拳で粉砕するも、また恵里の視点が変わる。

 

「ッ、今度は!?」

 

 考えている暇などない。なぜなら恵里の眼前にはこの街に流れていた川の水がまとめて圧縮された状態で津波のように襲い掛かってきていたのだから。

 

「”氷獄”ッ」

 

 すぐさま氷属性最上級魔法にて大津波を凍らせた恵里だったが、また視点が変わる。今度は何も見えない。

 

「ちッ、鬱陶しいな」

 

 どこかに埋もれていると判断した恵里は魔力放出で周囲を丸ごと吹き飛ばし脱出する。そして赤と白の綾模様へと変化した空を見て、鈴の”創造展開”の能力を把握した。

 

 すなわち、”物質の無制限転移”

 

 この結界内にあるあらゆるものを鈴は自由自在に移動させることができる。それは敵対する相手や取り込んだ世界の器物もどこにでも出現させられるということ。

 

 この能力で厄介なのは敵自身をほぼノータイムで転移できることだ。先程から恵里は転移した先の情報を把握するという工程を挟むせいで、常に鈴に先手を取られ続けている。

 

 誰しもいきなり視界が変わればその状態を把握せずにはいられない。反面この世界の主である鈴はこの世界の物質の配置を自由自在に変えられるので迷うことなどあり得ない。

 

 

 鈴の能力から恵里が逃れる方法は主に二つ。

 

 

 一つはこの世界から脱出すること。

 

 だがこの選択肢を恵里は真っ先に捨てた。この世界を自由自在に操れる鈴が素直に出してくれるとは思えないし、壊せるかわからない結界の破壊に力を注ぐのは無駄が多い。

 

 ならば恵里が取れるもう一つの手段。

 

 

 恵里の背後の大怨霊が大きく口を開けて、主であるはずの恵里を丸のみする。

 

 

 その光景を離れた位置で見ていた鈴は思わず動揺しそうになるが、構わず恵里の位置を移動させようとして……

 

 

 ──動かせなくなっていることに気付く。

 

 

「大怨霊は巨大な魔力の塊。そしてこの内部はいわば僕の固有空間と言ってもいい場所だ。生命規模が重いものは移動させ難いのは当然の理屈だろ」

 

 大怨霊の腹が透け、その内部に浮かぶ恵里は自分の思惑が当たったことで笑みを浮かべる。

 

 

 もう一つの対抗方法は、魔法で防御することだ。

 

 魔法は魔法で相殺できる。それはこの世界の常識ではあるが、それはこのレベルの戦いでも同じと言えた。

 

 鈴の創造展開は空間魔法の奥義だが、恵里の大怨霊とて魂魄魔法の奥義なのだ。同じ位階の魔法同士であるのならその効果を中和できるのが道理と言う物だろう。

 

 これで無制限転移対策が出来た恵里は、どこかに隠れているであろう鈴に向けて対策に集中することができるようになった。

 

 

世界よ……その姿を歪め、捻じれろ──”転界”

 

 

 だがその言葉と共に、文字通り世界が捻じれ、()()()()()()()()()()()()()()ことで、鈴の力をまだ甘く見ていたことに恵里は気づくことになる。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 鈴の創造展開である"紅白流転聖界"は未完成の力だ。

 

 まずこの世界を展開するために、四方に起点となる結界を展開しなければ自身の内界を外部に展開できない。それだけで多大な事前準備が必要という欠点を抱える魔法なのだが、一番問題なのは、この世界には()()()()()ということだ。

 

 鈴の力は蓮弥の理屈で言うところの”覇道”に分類される力である。

 

 蓮弥の理屈で”覇道”と呼ばれる力とは、狭い空間内を己だけの常識で染め上げ、敵味方関係なくこの世界に存在するものを暴力的に支配することで初めて本領を発揮するが、だからこそ本来ならこの世界に踏み入った時点で、この世界は恵里に対して何らかの影響を与えていないといけないのだ。

 

 

 例えば、射程距離無限のエナジードレイン。

 

 例えば、回避不可能の焦熱地獄。

 

 例えば、時間の停滞という形の無間地獄。

 

 

 影の使い魔と自身の覇道を融合させて使うことにより、必中という利便性を捨てる代わりに、他の魔術を並列して使えるという応用力を得た例もあるが、基本的にこの覇道の能力は、敵を自身の領域に引っ張り籠めさせすれば、同格未満の敵に対して必中必殺を約束する力であると言ってもいい。

 

 

 だがしかし、今の鈴の世界にはそのような暴力的な法則など何もない。蓮弥の理屈でいう”渇望”がまだ到達点に達していないのだ。

 

 そしてそれはこの短い時間で補えるものではないと鈴はユナから事前に伝えられている。

 

 だからこそ鈴は、この世界に色を付けるのを諦め、この世界そのものを操作することに特化させることにしたのだ。

 

 ”覇道”はその術者の意向で、内界の姿を変えることができる。新月の夜に紅い月を出現させたり、砲身に見立てた円柱状の空間に変化させることもできるのだ。

 

 そして鈴の天職は結界師。この世界の人々にとってその天職は強固な防御魔法が使える戦闘職という意味を持つが、その本質とは、世界と世界を区切る者のことを言う。

 

 地球の宗教においては聖域と俗世を分けることでその神秘性を保持する役割を持つのが結界であり、結界術そのものが覇道という能力においてこの上ない適正を持つ術理であると言える。

 

 ならばこそ、自らの色で染められずとも、世界の構成を比較的自由に捩じることくらいはできるのだ。

 

 

 

 重力は下を向くという常識を歪めた鈴は、聳え立つ地面に沿うようにして落ち続ける建造物の上から恵里を見定める。

 

 この世界では鈴は通常より遥かに強大な力を使える反面。その魔力の消耗は多大なのだ。ユナから分け与えられていた魔力を全て使っての切り札だからこそ、この結界が展開されている今が鈴の唯一の勝機だ。

 

「”震天”」

 

 世界をループして永遠に横に向けて落ち続ける建造物を避ける恵里に再び圧縮空間の衝撃波を放つ。

 

 本来は空間魔法でも高難易度の魔法である震天だが、創造展開を使っている鈴は、簡易に使うことができる。

 

「オオオオオオオオ──」

 

 鈴が放った衝撃波は、恵里を内包した大怨霊が放った呪念と言うべき物で相殺される。

 

 恵里を内包した大怨霊は魂魄魔法の奥義に値する物であるせいか、あの中にいる恵里に鈴は直接干渉できなくなってしまった。だが……

 

(最初に比べたら魔力が減衰してる。あの力だって無限に使えるわけじゃない!)

 

 恵里自身が言っていた。あの大怨霊をあのレベルで使用すると内包する魂が擦り減るのだと。だったら今鈴がすべきことは、息を付かせる暇もないほどの弾幕攻撃。

 

操杖(タクト)!」

 

 鈴は自由落下し続ける周囲の建造物を操り、恵里に向けて撃ち放つ。

 

 放たれた質量兵器に対して、恵里が取った行動は大怨霊で打ち砕くことだった。

 

「オオオオオオオオオオ──!!」

 

 大怨霊の腕が四本、六本と増えていき、十八本まで増えた時点で周囲全てを攻撃し始める。

 

 三百六十度全てを攻撃することを想定したその暴威は、迫る建造物をまとめて薙ぎ払っていく。

 

 この空間の魔素は全て鈴が支配している。必然魔素を利用した属性魔法は使えないか、威力が大幅に減衰する。それは大波を凍らせた段階で恵里も気づいたのだろう。

 

 そして空間も重力も滅茶苦茶な場所で活躍できる天職もそう在りはしない。だからこそ恵里は大怨霊を主体にして戦わなければならない。

 

 今までの戦いで大怨霊は全て殴ることでの近接戦闘しかしていなかった。だからこそ、距離をとって鈴は戦っているわけだが、恵里とてやられているばかりではない。

 

「グオオオオオオ──ッッ!」

 

 周りの建造物を一通り破壊した大怨霊がその腕の一部を剥離させ、一本の槍に替える。

 

「天職……槍術師(プラス)投術師(プラス)重戦士」

 

 大怨霊が槍術にて怨霊の槍を構え、投術師で狙いを定め、重戦士の剛力にて放つ一撃。

 

「”呪槍・禍因”!」

 

 監視者の天職を用いて、捕捉していた鈴に向けて放たれる槍は、空間を捩じり切り、あらゆるものを粉砕して真っすぐ鈴の元に迫る。

 

 

「ッッ──”界移(イレカエ)”」

 

 間一髪転移が間に合ったが、鈴は軽く肝を冷やす。

 

 絶対優位空間であろうと恵里の力は未だに絶大。

 

 気を抜いていいわけじゃない。

 

「”転界”!」

 

 再び重力の向きを変える。

 

 ひっくり返る世界の中を縦横無尽に飛び回りながら鈴と恵里の攻防は続く。

 

 無数の魔法と建造物が乱れ舞う空間を鈴と恵里は踊り舞う。

 

 それはある意味、出会って初めて行った親友同士の初めての対話だったのかもしれない。

 

 

「”爆結・大閃華”ッ!」

「”連魂装甲”ッ!」

 

 鈴が恵里の周囲に張り巡らせた空間破砕の大波を恵里が魂の装甲で防ぎ切り……

 

 

「”亡者の戯れ”!」

「”次元断層”」

 

 鈴や周囲に向けて放たれる亡者の姿をしたエネルギーを放つ恵里に対し、鈴は世界と自分を隔離することで回避する。

 

 

 両者は譲ることなく、相手を制するため、力と力をぶつけ合う。

 

 

(もう少し、もう少しで!)

 

 鈴は歯を食い縛って耐える。

 

 魔力が身体の中から勢いよく出ていくのを鈴は感じていた。このままだと長くは心象領域を展開していられない。

 

 それまでになんとか、見極める必要がある。

 

 恵里を見つめ続ける鈴の前に……

 

 

 

 

 にぃぃ……

 

 

 

 

 口を弧にし、笑みを浮かべる恵里が写る。

 

 先に王手をかけたのは、恵里。

 

 

「見つけた。ぶち壊せ!」

 

 

 その瞬間、鈴の"紅白流転聖界"を維持していた四点結界が同時に破壊される。

 

 

 鈴の魔力消費の負担が、激増した。

 

「ッッ……ぐうッ!」

「さっき放った亡者共はお前を攻撃するものじゃない。鈴はあの箱になっている結界がないとこの世界を維持できないんだろ? これで……この鬱陶しい世界がようやく消える!」

 

 創造領域の要になっていた無属性の結界が破壊され、鈴の展開した世界に容赦なく世界による修正力が襲い掛かり、展開された鈴の心象領域はこのまま崩れ去る。

 

 

「”極天解放”ッ!!」

 

 

 だからこそ、その時が訪れるその前に、鈴は昇華魔法”禁域解放”の上位互換魔法”極天解放”を発動した。

 

 

 ”極天解放”により、自身に齎された膨大な魔力を用いて、崩れかけていた領域を強引に固定する。

 

「無駄だよ。その様子だともって数十秒だろ。この鬱陶しい世界が壊れた瞬間、お前を跡形もなく消し去ってやるよ!」

「それは……無理だよ。だって……」

 

 

 ──捕まえたのは、私も同じだから。

 

 

 昇華魔法”情報看破”

 

 これは対象の情報を見る高難易度魔法であり、その魔法を使ってある物を探していた。

 

 雫ほど見極める能力に長けているわけではないので時間がかかってしまったが確かに捉えた。

 

 鈴は恵里の眼を真っすぐ見つめ、手を恵里に翳し、その異能を発動した。

 

「──”崩界”」

 

 その力は一見すると"千断"に似ている力だ。空間を分つことで、巻き込まれた物を分離させる効力を持つ。千断との違いは、分離するのが単なる物理的な意味に止まらないこと。そのことにそれを受けた恵里はすぐに気がつく。

 

 恵里の背後の大怨霊に、異常が発生していたのだ。

 

「オオオオオ──オオオオォォォォ──ッッ」

 

 怨嗟の叫びをあげている大怨霊の存在がかき乱される。一種の芸術のような構成で構築されていた大怨霊がまるで子供が無秩序に積み上げたブロックのように曖昧で、脆い構成に切り替わる。そしてかき乱された魂達は、攪拌され、乱れ狂い、そして……分離拡散を開始した。

 

「……お前……今、何をした?」

 

 恵里に繋がり渦巻いていた霊魂で構成されていた大怨霊は、その構成を攪拌後、分離させられることで、元の形を保つことすらできずに霧散していく。

 

 恵里も拡散していく魂を留めようとするが効果がない。まるで解けて消えるかのように存在が薄れていく。

 

「ああ……これ……力が……」

 

 抜けていく。恵里がこの世界に来て蓄え続けた数多の魂達が悲鳴を上げながら恵里から離れていく。それは即ち、この戦いで最大の脅威だった恵里の無尽蔵の魔力を封じたも同然だった。

 

 

 崩壊しつつある鈴の創造領域。

 

 霧散していく恵里の大怨霊。

 

 共に究極の極地にあった力を失いつつ中、当然それでも戦いは終わらない。

 

 

「あーあ。やってくれたなぁ。あれ集めるの大変だったのに。どういう理屈か知らないけど魂をぐちゃぐちゃにしてから分離されたせいで、もうまともに利用できないや。もうあの魂達は一つも人間の形をしてないけど、罪悪感とかないわけ? あるかどうかわからないけど、ちゃんと死後の世界とやらに行けるのかな? ……ま、どうでもいいか。どうせこのまま散っていくだけなら……」

 

 恵里は手を掲げ、魂魄魔法を発動する。

 

 まるで光に集まる虫のように、再び恵里の元に集められていく魂達。

 

「──このまま魔力に変換して使うしかないね」

 

 集められた魂を容赦なく魔力に変換して生み出すのは巨大なエネルギーの塊。

 

 この戦いが始まって一番の超魔力。その力の奔流に対して、鈴は己の領域の一部を自身の手で解体し、手元まで引き寄せ始めた。

 

大いなる災禍が齎す、全ての死に祝福を、全ての魂に救済を……

これなるは禁断の聖域、幻想の城。何人も……通ること叶わず

 

──冥界女王の鉄槌(ランサ・アブズ・エレシュキガル)!! 

──聖界・聖天大聖堂(セイント・エル・カテドラル)!! 

 

 恵里が放つは、数多の魂達が生み出した膨大な魔力による砲撃。

 

 その一撃でハイリヒ王国の王都を丸ごと消滅させてもおつりがくる。

 

 その決死の砲撃に対し、鈴が展開したのは巨大な聖堂。

 

 如何なる不浄をも寄せ付けない絶対の聖域が鈴の前に展開された。

 

 

 ぶつかる巨大な魔力。ぶつかる魂と魂。

 

 

 その戦いは……鈴と恵里のどちらかが倒れる前に……

 

 

 

 鈴が生み出した世界が、発生した大爆発により粉々に吹き飛ぶことで、最終段階に突入した。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

「ッ恵里様!」

 

 

 闇の探究者(ダーク・シーカ―)はその爆発と共に、つながりが途絶えていた主の気配を読み取り、今までにない焦りの感情を表に出した。

 

 

 恵里との間に結ばれたラインを通じて伝わったのは、主の危機。

 

 

 闇の探究者(ダーク・シーカ―)は色々な意味で今の恵里がまずい状況に陥っていることに気付く。

 

 一刻も早く馳せ参じなければ。

 

 そう考える闇の探究者(ダーク・シーカ―)の前に、当然のように立ちはだかる影がある。

 

「行かせる……わけ……ねーだろ」

 

 音響レーザーで受けた傷自体は竜化の恩恵により治癒されていたものの、その反動により満身創痍に近い状態に陥っていた龍太郎だが、その覇気は衰えてはいない。

 

「オノレ!」

「鈴が頑張ってるのに……俺が倒れるわけには……いかねぇ!」

 

 龍太郎は己の状態を把握する。

 

(竜化は……右腕だけに絞ってギリギリ可能。それでも……もってあと一発。絶対に外さねぇ)

 

 構える龍太郎に対して、闇の探究者(ダーク・シーカ―)は龍太郎の状態を正しく把握した上で、素早く思考を巡らせる。

 

 龍太郎の状態はおそらくあと一発強力な一撃が放てればいい方だろう。そしてこの敵が魔法を使えず、近接戦闘しかできないのは先ほどのまでの戦いで明らかだ。

 

 ならば一旦距離を取り、遠距離攻撃に徹して戦えば、弱体化した自分でも安全に倒せると闇の探究者(ダーク・シーカ―)は考える。

 

 だが……その案には一つ懸念があった。

 

(奴ガ恵里様ノ元ヘ行ッタラ……)

 

 

 今の立ち位置は龍太郎が鈴と恵里がいる場所を背にする形になっているのだ。もし自身が距離をとれば、目の前の敵が踵を返し、仲間の救援に行ってしまう可能性もあり得る。

 

 ならばやることは一つ。

 

「最速最短デ殺ス!」

 

 闇の探究者(ダーク・シーカ―)もまた拳を構え、魔力を漲らせていく。

 

 

 一触即発の状況は、再び爆心地から魔力が迸り始めたのをキッカケに爆発した。

 

 

 共に、一歩。前に出る。

 

 拳を振りかぶり、ひたすら真っすぐお互いに突っ込んでいく。

 

 その状況に至り、闇の探究者(ダーク・シーカ―)は己の勝利を確信した。

 

 

 その理由は、リーチの差。

 

 拳一つ分、闇の探究者(ダーク・シーカ―)の方が速く敵に拳を叩きこむことができる。

 

 龍太郎も気づいているだろうが、既に行動は始まっている。今更行動は変えられない。このまま真っすぐ突っ込んで、ただ拳を振るうだけで龍太郎は木の葉のように吹き飛び、二度と立ち上がれなくなるだろう。

 

 そしてその勝利の確信は……

 

 

 ドンッ

 

 

 ──何かに背を、押されることで崩れ去る。

 

 

(何ッ!?)

 

「……魔法が使えないって誰が言ったよ」

 

 

 龍太郎とてまだ少年だ。この世界に来て魔法を使ってみたいと思ったことは何度もある。

 

 だが、龍太郎の属性魔法適性はこの世界にきた当初のハジメ以下であり、”風撃”などの初級魔法でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 とてもじゃないが戦闘に直接利用はできないが、使い道がないわけではない。

 

 背中に受けた衝撃により、わずかに隙を晒す闇の探究者(ダーク・シーカ―)に対し、龍太郎はもう一歩奥に足を進め、奥歯を噛み締め、全身を引き絞り、今まで培ってきた全ての力を右腕に籠め、闇の探究者(ダーク・シーカ―)の顔面に拳を叩きこむ。

 

 

龍人殲滅終焉拳(ドラゴニア・フィニッシュ・ブロー)ォォォォ──ッッ!! 

 

 渾身の力を籠め、闇の探究者(ダーク・シーカ―)を地面に叩きつける龍太郎。

 

 その衝撃により大地は割れ、暴風が吹き荒れ、魔力震が発生する。

 

 

 衝撃が収まるころに広がっていた光景は、立っている龍太郎と倒れ伏す闇の探究者(ダーク・シーカ―)の図。

 

 

「はぁ、はぁ、俺の……勝ちだ!」

 

 

 その言葉に対する反論の言葉を……機能停止した闇の探究者(ダーク・シーカ―)は持っていない。

 

 龍太郎は宝物庫から時間をかけて香織特製の回復薬を取り出し、飲みながら、恋人が戦っている方向へ足を向けた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 龍太郎が勝利した。

 

 離れた場所で感知した龍太郎の魔力からそのことを察した鈴は、沈黙を続ける恵里を油断なく見つめる。

 

 恵里の背後にはもう大怨霊はいない。切り札の一つであった特殊死兵もいない。

 

 言ってみれば戦う武器をほとんど失った状態だが、まだ魔力だけは溢れるほど残っている。

 

 

 油断はできない。できないが……恵里と話をするならここだとも思う。

 

 

「恵里……」

 

 何を言おう。何を聞こう。

 

 言いたいことがいっぱいあったはずなのに、聞きたいことがいっぱいあったはずなのに……鈴の口からは言葉は発せられない。

 

 

 ただ、恵里から目を離すことだけはしなかった。

 

 

 今まで見てるようで見てこなかった親友の姿。

 

 今度こそ、知らなければならない。ずっと知ろうともしなかった恵里の本当の姿を。

 

 そんな想いを籠めた眼差しが……

 

 

 

 

 

「もう……いっか」

 

 

 

 

 

 

 恵里に届くことなどない。

 

 

 

 恵里の胸元から……強烈な閃光が迸った。

 

「ッッ、恵里ッ!」

 

 これは知っている。雫から聞いた恵里の最期。諦観と嘲笑の果てにたどり着いた恵里の結末。

 

 その最後の一幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 そう、中村恵里にとって生者に価値などない。

 

 魂の深いところに死を刻みつけられた彼女は……あまりにも死に触れすぎた。

 

 

 ──メメント・モリ(死を想え)

 

 

 自覚は無かったとしてもそんな価値観を根底に持ち続けた彼女が……

 

 

 

 ──自分の命を大切に思うなどあり得ない。

 

 

 恵里にとって自身の命ですら、飽きたら捨てる程度の物でしかない。

 

 

 そこまで恵里は……狂っていた。

 

 

 鈴は全力で走る。

 

 爆発までもう数秒と時間がない。感じる魔力はまさに今の恵里が纏う魔力全てを変換したかのような勢いで集束されている。全力で身を守らなければ自らも死ぬ。

 

 

「まだだ!」

 

 だがだからこそ、鈴は手を伸ばすのを辞めない。恵里の胸元に光るアーティファクト『最期の忠誠』を右手で掴みその魔力を全力で押し留めようとした。

 

 

「あああああああああああ──ッッ!!」

「……」

 

 溢れ出す魔力を全力で押し留めようとする鈴に対し、何の興味も抱いていない目をする恵里。

 

 

 思わず、カチンときた。

 

 

「ッッふっっざけんな──ッッ!!」

 

 

 自身が抱えていた膨大な魂が消えたからか、それとも別の要因があるのか、恵里のその瞳はあらゆるものを写していない。

 

「……ッッ」

 

 気に入らない。認めない。

 

 

 中村恵里の中に……谷口鈴が欠片も存在しないなんて認めない。

 

 

 認められるはずがない。

 

 

 鈴はありったけの魔力を籠めて、臨界状態の『最期の忠誠』を押し留める。

 

 

 爆発まで後1秒。

 

 

 鈴は掴んだ『最期の忠誠』を空間魔法にて作った小さな空間ゲートに右腕ごと突っ込む。

 

 

 爆発まで……後0.5秒。

 

 

 間に合わない。そう確信した鈴は……

 

 

 ──そのままゲートを強引に閉じた。

 

 

 

 

 遥か遠くで爆発が起き、その爆風と閃光が鈴と恵里を襲う中、恵里に向けてさらにもう一歩踏み出した鈴は……

 

 

「恵里の……馬鹿ァァァァ──ッッ!!」

 

 

 今までの想いの全てと、ずっと言ってやりたかった言葉を籠めた左手による、渾身の平手打ちを恵里の頬に叩きこんだ。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 爆風と閃光が収まり、静寂が広がりつつあった廃墟都市の一角にて、渇いた音が響き渡る。

 

 

 その音共に広がる右頬への痛み。

 

 その衝撃をもって、中村恵里は我に返る。

 

 

「…………え?」

 

 

 まるで幼子のような眼差しで恵里は目の前に立つ鈴を見る。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 左手を振り切った体勢で佇む鈴は満身創痍だった。特に恵里の眼を引いた部分、それは……

 

 

 ゲートに右腕を突っ込んだまま強引にゲートを閉じたせいで、二の腕から先を失くした鈴の右腕だった。

 

 

「…………イカれてる」

「…………なら……恵里と一緒だ」

 

 

 心の底から出た恵里の言葉を、笑みでもって受け入れる鈴。

 

 この瞬間に限って言えば、果たしてどちらが正気でどちらが狂気だったのか。

 

 

「アーティファクト起動……”無間回廊”」

 

 

 そんな状態であることを考慮せず、直接恵里に触れること(渾身の平手打ち)で発動条件を満たした、この戦い最後の鈴の切り札が発動する。

 

 

 ──アーティファクト”無間回廊”

 

 これはハジメが、恵里や光輝などの可能なら確保したい対象に向けて作成した拘束用アーティファクトだ。

 

 元々大災害『群体』相手に使用するはずだったアーティファクトを再利用した物であり、空間凍結された小さな世界に対象を封印するというもの。

 

 

 キューブ状のアーティファクトから伸びた数多の鎖が恵里を拘束していく。

 

 

 相手が弱っている。直接触れる。この二つの条件を満たした時に発動するアーティファクトは、問答無用で恵里を拘束していく。

 

 

 拘束中も恵里は鈴から目を離さない。正確には二の腕から先を喪失した鈴の右腕を、まるで熱に浮かされたような表情でずっと見ている。

 

 

「…………綺麗だ」

 

 

 身体のほぼ全てを鎖で拘束される中、恵里は腕を鈴の右腕に向けて伸ばし……

 

 

 その右腕()を鮮やかに切り取った。

 

 

「ッ……」

 

 違和感に顔を歪める鈴を横目に、鈴の右腕()を両腕に抱えた恵里は、その温かさを甘受したことで、まるでちょっとだけ心が安らいだような表情を浮かべた後……

 

 

「コレで我慢してあげる。だから後は……好きにしなよ」

 

 

 大人しく”無間回廊”の中へと封印されていった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 

 気が付けば、鈴は不思議な空間に立っていた。

 

 

 辺り一面は光差さぬ漆黒の闇。あらゆるものの生を認めない寒々しい空間の中央にて、呆然と立ち尽くす五歳の女の子。

 

 

 人の原型を留めないほど壊れた死体の側で、あらゆる感情が抜け落ちたような表情を浮かべる女の子に向けて、鈴は右手を伸ばす。

 

 この世界において異質な淡く光る右腕は、確かに女の子の手をそっと包み込み……鈴から離れていった。

 

 右腕を置き去りに浮上する鈴は眼下を見る。

 

 そこには相変わらず暗き闇が広がっているが、鈴の右腕が発する淡い光だけが、ポツンとそこで輝いていた。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

鈴ッッ~~~~~~!! 

 

 

 遠くで自分を呼ぶ龍太郎で鈴は目を覚ました。

 

「私……気を失って……」

 

 そこで真っ先に確認したのは、左手に持つキューブ。

 

 そこに感じるのは、恵里が放つ微量の魔力。

 

 

 放つ魔力は微量ながらも、それは確かに恵里が生きている証。

 

 

 

 結局、鈴は恵里とわかり合うことができなかった。

 

 

 伝えたかった言葉はほとんど言えてないし、聞きたい言葉もほとんど聞けていない。

 

 もっと今時の女子高生らしい、罵詈雑言交えた言葉の暴力も交わしたかったが、叶わなかった。

 

 

 恵里はきっと何も変わっていない。死体だけ愛するなんて鈴には理解不能の世界で生きて、これから先も放置すればとんでもない厄災をばら撒く異常者のままだろう。

 

 とてもじゃないが……一つの結末に到達したとは言えない有様。

 

 

 だが……だからこそ……

 

 

「まだ……続いてる」

 

 

 まだ、鈴と恵里の物語は終わらない。

 

 

 それを確かに左手に感じながら、目が霞んできたことに鈴は気づく。

 

 魔力はほぼ空っぽで、霊装結界など途中から意味を無くしていたせいで、紙装甲の鈴は戦いの余波だけでボロボロだった。

 

 

 なけなしの魔力で宝物庫を開けようとするが、右腕の感覚が全くないことに今更気付く。

 

「そっか……そうだった」

 

 自分のことなのに、なぜか他人事のように右腕の喪失を受け入れる鈴。仕方なしに恵里を封印したキューブを胸に置き、左手でゲートを開く。そして中から香織特製回復薬を取り出し、中身を口に含んだ。

 

 香織の回復薬のおかげで魔力が戻り、意識がはっきりしてきたことで、不思議と断面から血の一滴も流れていない、失くした右腕をどうするか考える。

 

「これ……たぶんカオリンでも治せないよね。……南雲君に頼んだら代わりの腕を作ってくれないかなぁ」

 

 

 腕を失ったことに関しては微塵も後悔はない。なぜなら鈴の右腕は、今恵里が持っているのだから。

 

 自分のことを見向きもしなかった恵里が、自分の右腕を欲して持って行ったのだから。

 

 その事実を思い、かすかに笑みを浮かべる鈴。

 

 

 それは紛れもない、鈴の本当の笑顔。鈴もまた、やっと笑うことができたのだ。

 

 

「まったく、腕一本分くらい想いが届いてないと、割と本気で割に合わないぞ、親友」

 

 

 とりあえず鈴は、もう間もなく自分の元に来て、絶対に失くした腕のことで大騒ぎするであろう恋人をいかになだめるかを真剣に考えることにした。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 真・神話大戦の戦線戦況

 

 

 谷口鈴&坂上龍太郎 VS 中村恵里

 

 

 勝者:谷口鈴&坂上龍太郎

 

 

 個別状況──

 

 

 谷口鈴:恵里との決戦を制し、恵里との死別の運命を止めたものの、代償に右腕を喪失する。鈴の右腕は魂ごと恵里に持っていかれているので香織でも再生不可能。今は代わりの腕をハジメに作ってもらうことを考えている。

 

 

 坂上龍太郎:満身創痍だが元気。この後鈴と合流して、当然のように腕を失くした鈴を見て大慌てするも、鈴になだめられる。

 

 

 中村恵里:アーティファクト”無間回廊”にて封印中。今の彼女は死者しか愛せない。だからこそ鈴の言葉は届かなかったが、自分を助けるために犠牲にした鈴の右腕を見て、恵里は美しいと感じ、持っていく。

 これからどうなるのかはわからないが、少なくともわかっていることは、原典において死んだ彼女が、まだ生きているということだけである。




('д')⊂彡☆))Д´) オンナノセンジョウニスラアガッテイナイアナタニ!
(`Д´)>))д')シンニアイスルナラコワセ!


あとがき

ぐだぐだやっていたらまたも本家とネタ被りした件について。

あと章末でもないのにクソデカあとがきにつき注意。


>紅白流転聖界(こうはくるてんせいかい)
鈴の創造展開。
空間魔法の奥義に値する力であり、世界の一部を自分の世界で塗り潰す力。ただし鈴はまだ渇望と言えるものを持っていないので未完成。
それに加え、今の未完成状態ですが、ユナの補助で使えていたようなもの。謂わばテスト前日で一夜漬けで習得したものであるがゆえに、早々使えるものではない。
完成させるためにはユナ曰く、最上位の空間支配能力者に師事して年単位で修行しないといけないらしい。

現状の能力は領域内の空間を自由自在に操ることだが、不完全でありながら一部それに見合わない力を発揮している。それが一体何なのか、鈴自身も自覚しているわけではない。

>中村恵里という少女について

アニメでも二期にてついに発覚した恵里の本性。皆様は原作における恵里という少女に対してどのような印象を持ちましたか?

光輝を手に入れるためだけに数多の人を殺し、クラスの仲間すら死体人形にしようとした狂人。

なのにハジメに睨まられるだけで恐怖して卑屈になる小物。

大体の印象はこんな物だと思いますが、私が感じたのは『よくわからない』です。

 正義の味方に憧れる光輝に対して、大量虐殺や仲間への裏切りを行えば光輝から嫌われるのは目に見えている。なのにどうしてあそこで正体を明かすのか。正直異世界に飛ばされた主要メンバーの中で光輝を狙ってる女なんて一人もいないのに、なぜあれほど香織や雫に敵意を向けるのか?

 現に香織を光輝から遠ざけるためにハジメに香織を与えようとしていたとありますが、恵里が何もしなくても勝手に香織はハジメについて行きましたし、雫だって光輝はあくまで弟扱いであり、原作の雫もまたハジメを好きになっています。

 光輝がハジメへの嫉妬で不安定になっている間ならいくらでも心に隙はあっただろうに、人間観察を行っていた恵里は光輝の状態に気づかなかったのか?


 個人的には恵里の狙いが光輝ではなく、ハジメだったらわかりやすかったかなと思います。

 愛しのハジメに纏わりつく香織は死ぬほど鬱陶しかったし、ユエ達は悔しいけど自分より遥かに強いので排除できない。そもそも奈落落ちした肝心のハジメが自分の物にするには強すぎる。
 そんな奴等に対抗するためには力を蓄えなくてはならないし、そのためなら魔人族と手を組んだり死体を量産することを躊躇わない。全ては香織や雫、ユエやシア、ティオを排除してハジメを手に入れるために。という風な感じです。

 言っちゃなんですが、ありふれ世界で不人気な光輝が欲しいなら物語から完全に外れて二人の世界に引きこもればよかったわけです。人間観察が趣味ならその辺の人間関係は理解できたはず。光輝が本当に欲しいならもっと確実な方法があったと考えます。

それとも最初光輝を殺して傀儡にしようとしたように、本当は光輝のことなんてどうでもよくて単なる自分にとって都合の良い人形が欲しいだけなのか。

一見筋が通ってそうですし、神父もそう言っていましたが、だったらなんで原作では神域まで光輝を捕えることができた際にさっさと殺して縛魂しなかったのか。縛魂してしまえば雫達は光輝を取り戻すことができませんでしたし、最後に裏切られて自爆する羽目にはならなかった。

だからこそ作者の中では恵里はよくわからない奴になっていました。


そして本作ですが、まず恵里を描くにあたり、恵里は小物にしないと決めてました。

ハジメ達相手でも微塵もビビらず、それどころかハジメが感じたこともない得体の知れない狂気を漂わせる姿はハジメ達を強く警戒させる。

何を考えているのかわからない者ほど恐ろしい者はいない。敵は皆殺しにするハジメの行動原理に則って行動すれば、取り返しのつかないことが起きる。そんな感じの強キャラにしたかった。

その結果辿り着いたのが、恵里は死を恐れていないということ。

5歳の頃より人はいつか死ぬということを悟ってしまった上で、現実は徹底的につまらないときたら、生になんて執着しないだろうと考えました。

死にばっかり興味を持ち、それゆえに自分の死にすら恐怖しない。

だからこそ、最期の最期でいきなり死ぬなんて選択を取れる。まるで飽きたゲームを終了させる子供のように。

他の版権で参考にしたキャラはダンガンロンパの江ノ島盾子です。


そんな本作恵里ですが、立ちはだかった親友が腕がぶっ飛んでも突っ込んでくる想像よりイカれた女だったため、平手打ちを喰らい、そのまま封印されることに。神座万象シリーズ女の戦いの定番。これもやると決めていました。

イカれた女を止めるには自身もその領域に片足を突っ込まなくてはいけない。この戦いでの恵里と鈴に対し、意味がわからないとか不気味だという感想を抱いてくれればうれしいかな。


次いつ出てくるかは正直不明ですが、出てくるならやっぱり鈴とセットで出してあげたい。その時は腕一本分変化があるかも。



そして次回は可愛いだけじゃない白崎さんの予定。

できれば式守さんが終わるまでには上げたい。

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