ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

185 / 188
更新に当たって皆様にお知らせです。

今回の話を書くにあたって、再び舞台は西の海になったわけですが、アニメと漫画を見た際に作者がとんでもない勘違いをしていることに気付きました。

作者「もしかしてエリセンって海上に浮かんでる!?」

アニメでも漫画でも海上に浮かぶ都市として描かれており、よく読めば原作もそうなっているのは間違いないのですが、普通に海岸沿いの街扱いしてました。

今さら覆せないのと、エリセンも王国や公国と海産物の取引をしている以上、貿易港やビーチなどの観光収入のための港町は必要だろうと思い、本作の独自設定として海上都市本島とは別に、アンカジ西の海岸沿いもエリセンの領地ということにします。ぶっちゃけ海上都市が戦場だと360度海に囲まれることになり、どう考えても悪食に勝てないので。

つまり悪食とバトルしたのも今回の舞台もエリセンの港町ということになるのでご了承ください。

ではまずは檜山の独自解釈からお楽しみください。


黒衣の魔女

 檜山大介は最初から今のような人物だったわけではない。

 

 中流階級のそれなりに裕福な家に生まれ、何不自由ない生活を送っていた大介は、小さい頃は勉強だってできていた。

 

 特に努力なんてしなくても、何となく日々を過ごすだけで勉強や運動などは平均以上に出来たのだ。むしろ陽気な性格のおかげで、どちらかというと大介はクラスでも人気者ですらあった。

 

 中学三年になり、高校受験をすることになると家族やクラスの担任が進める高校を何となく受けることになった。

 

 相当倍率の高い高校だったが、その時も要領が良かったのか、それとも運が良かったのか、大介はまたしてもたいして努力することなく希望通りの進路に進むことになる。

 

 親は褒めてくれたし、中学の時の友人は大介を褒め称え、そして大介はそのことで増長し、何となく自分は凄い奴なんだと思い込むようになった。

 

 高校に進学して、新しい生活を行うことになるが、そこでも自分は何となく成功して順風満帆な生活を送るのだと、根拠もなく信じていた。

 

 入った高校で今まで見たこともないほどの美少女と出会い、一目惚れしたが、その彼女とだって自分なら恋人として付き合うことも夢ではないと本気で信じていたのだ。

 

 

 そんな大介の根拠のない希望は、入学して早々打ち破られることになる。

 

 

 まずいきなり学校の授業で躓いた。彼の入学した学校は高倍率の名門校とあって授業のレベルは高く、なんとなくで勉強が出来てしまっていた彼には高い壁となって立ちはだかったのだ。

 

 そしてこの学校では、毎度のテスト事で全生徒の順位を張り出されるのもマイナスに作用した。テストを受けるたびに下がっていく順位。この前見下していたはずの人物に負けて置き去りにされる屈辱を知ることになる。

 

 だが、それでも大介は努力をしようとしなかった。単純な話、今まで努力をしてこなかったのだから、大介は努力の仕方を知らなかったのだ。

 

 そして初恋の方も、すぐに敗れ去ることになる。

 

 大介が好きになった少女、白崎香織には絵に描いたような優等生が側にいたのだ。

 

 ──天之河光輝。

 

 イケメンで背が高く、それでいて学業においても常に上位五人に名を連ねるほど優秀で、おまけに男子剣道部では入学早々から先輩や顧問に一目置かれているという、まさに物語の世界にしかいないような完璧超人。

 

 そんな彼が白崎香織の幼馴染だと知った大介は、早々にこの初恋を諦めた。努力して振り向いてもらおうという発想がなかったのだ。

 

 それが原因の一つでもあるが、次第に大介は自分と同じくこの学校で落ちぶれた生徒とつるんで、自分よりも弱い存在に強く当たることで自分を保とうとしたのだ。

 

 自分は大した奴じゃなかったけど、自分より劣る奴はここにもたくさんいる。気の合う奴等とだらだらすごして、それなりの生活を送ればいい。

 

 そうやって自分を保ってきた大介に転機が訪れることになる。

 

 白崎香織がある特定の生徒を過剰に構っていることに気付いたのだ。

 

 その生徒の名前は南雲ハジメ。

 

 成績はそれなりだが、とにかく授業態度が悪く、クラスからも教師からも目を付けられている問題児だった。

 

 その事実を知ってから大介の心に湧き上がってきた感情はいかなるものだったか想像に容易い。

 

 怒りと嫉妬。香織の相手が天之河光輝だったら、所詮住む世界が違うと諦められた。しかし、ハジメは違う。ハジメは大介の主観から見ても、自分より劣っている人間であり、そんなハジメが香織の傍にいるのはおかしい。

 

 ここで大介にもう一つの欲望が湧き上がってくる。

 

 すなわち、香織を手に入れたいという欲望である。

 

 香織の想い人が天之河光輝なら勝ち目はないが、南雲ハジメなら勝てるし、振り向かせられる。そう思った大介は、今まで行っていた鬱憤晴らしの対象をハジメに切り替えた。

 

 ここでも自分を磨くという発想には至らず、相手を貶めようとする。だが自分がハジメを追い込んでこの学校にいられなくすれば、香織が手に入る可能性が上がると本気で思い込んでいた。

 

 もしかしたらここでも、自分なら何とかなるという甘えた考えが出ていたのかもしれない。

 

 だが、数々の嫌がらせを行ってもハジメは効いている様子を見せない。

 

 まるで取るに足らない。そんな完全無視をされると、大介のような人間は不安になってくる。

 

 もしかしたら、自分はハジメにも敵わないのではないか、そんな風に考えていた頃に、クラスメイトと共にトータスに飛ばされた。

 

 大介は歓喜した。件のハジメがこの世界でも落ちこぼれであることが目に見える形で証明されたのだ。

 

 

 良かった。やはりこいつは自分よりも劣っていた。すっかり安心した大介は上機嫌だった。

 

 これからどうなるかはわからない。けど今までだって適当にやっていればなんとかなったのだ。だったらこの世界でも上手くやれるし、香織を手に入れるチャンスは巡ってくる。そんな風に考えていたが、大介は見てしまう。

 

 香織がハジメの部屋に訪れる瞬間を。

 

 

 思えばここが大介にとってのターニングポイントだった。もしここでこの光景を見ることがなければ、大介は道を踏み外さなかったかもしれないのだから。

 

 後は迂闊な行動で仲間を危険にさらし、偶然を装ってハジメを橋から落とし、そのハジメを助けようとした蓮弥を追撃した。

 

 ここであわや命の危機かと思われたが、心にもない反省の言葉を光輝の前で行えば、許されてしまった。

 

 失敗したのは認めるが、結局何だかんだ上手くいく。

 

 その根拠のない自信は後の展開にも影響を与える。

 

 恵里に香織を手に入れるために死兵集めを手伝うことを要請された時も、悪いのは恵里であり、自分は被害者だ。元々この世界で戦争するために呼び出したのはこの世界の住人であり、加えていつか地球に帰るのならこの世界で何人殺しても罪にはならない。香織だって自分を無視しているし、振り向かせるためには多少強引なことをしなければならない。

 

 大丈夫だ。何だかんだ上手くいく。その思いが崩れたのは恵里なんか足元にも及ばない巨悪に目を付けられた時だった。

 

 

『間違いなくあなたは捕らえられ、このハイリヒ王国の法に裁かれ……死刑を言い渡されるでしょう』

 

 

 戦争だの、魔法だの、魔物だのと言った大介にとって遠い世界の言葉ではなく、死刑という言葉が大介を正気にさせた。

 

 死刑。言わずと知れた日本国において罪人に言い渡される極刑であり、テレビの中でも凶悪犯にはその刑罰が下されるニュースがやっていたし、実際死刑を執行したという情報も流れてくる。

 

 その死刑に……自分がなる。そう考えただけで恐怖に震えた。

 

 そして、恐怖に負けた大介は神父から差し出された手を掴んでしまう。

 

 

 何とかなると思い込み続けて、間違い続けた少年は、とうとう取り返しのつかないところまで来てしまった。

 

 

 それからまるで脳みそを直接攪拌されたかのような拷問は続き、聖遺物に精神と魂を汚染される。

 

 

 檜山大介を構成していた何かが消えていく感覚。それに恐怖することすらできない精神。そんな大介に最期に残ったもの、それは聖遺物の特性も合わせて一つしかなかった。

 

 

『檜山君、これ良かったら使って』

 

 

 キッカケは些細なこと。水溜まりを通り過ぎたトラックに泥水をかけられ、トラックに悪態をついていた時に差し出された一枚のハンカチ。

 

 香織は覚えてすらいないかもしれない。だが、その際に向けられた何気ない笑顔だけが、その際に育まれた淡い想いだけが……

 

 

 ──大介の中で歪な形で膨れ上がり、残っていた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 アンカジ公国西の海岸沿いにある海上都市エリセンの貿易港。

 

 かつて蓮弥達と合流するために待っていた場所であり、大災害『悪食』との決戦を行った場所でもある。

 

 

 香織にとっても中々印象深い場所であり、まさかまた世界の危機をどうこうするという理由で訪れることになるとは思わなかった。

 

「これは……魔素(マナ)が薄れてる?」

 

 この場所を訪れて香織が真っ先に気付いたのはその空間に漂う魔素濃度の薄さだった。

 

 この場所は大災害悪食との決戦場所であり、その時この場は悪食が吐き出した太古の魔素(マナ)で満ち溢れていた。

 

 だが悪食戦にて香織が大量に消費したこともあって、海上都市近海も含めてエリセンの魔素濃度は通常値よりやや高いといった具合に落ち着いていたはずだ。

 

 

 だが、現在この場所の魔素は枯れる寸前まで落ち込んでいる。

 

「話に聞くライセン大峡谷はこんな感じなのかも」

 

 香織自身は直接赴いたことはないが、ライセン大峡谷は魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうという話をハジメ達から聞いている。そして香織は、魔力阻害の原因を空間自体の魔素濃度の極端な低下にあると推察していた。周囲の魔素濃度が極端に低いからこそ、その濃度を補うために、体外に放出された魔素が周囲に拡散するのだ。

 

「この空間だとほとんど魔法は減衰するっぽいね。だから……こんなことになってる」

 

 香織が魔素がより薄くなっている場所に近づくとそこには残骸がいくつも転がっていた。

 

 神の使徒と呼ばれる個体がこのエリセンにも派遣されていたが、この空間に耐えられずに墜落し、そして破壊されたのだろう。いくら人形に近いからといって人体がバラバラに散らばっているのは衛生上良くないだろう。全てが片付いたら海岸沿いの清掃活動が必要だ。

 

「ここかな……」

 

 そして香織が辿り着いた場所にあったのは、壊れたガレオン船の残骸だった。

 

 このガレオン船については、雫と蓮弥がデートした際に出てきた海賊が使っていた海賊船をこの海岸沿いに漂着させたことを雫から聞いている。

 

 真ん中から真っ二つにされ、船としての機能を失った残骸だが、どうやらよからぬものが住み着いてしまったらしい。

 

 香織は意を決して中に入る。この中に神の使徒を容易く撃墜する怪物がいるとわかっていても、大陸の西側の平和が脅かされる以上、入らないという選択は香織にはない。

 

 

 中は海賊船といっても綺麗な作りをしており、残骸塗れではあるが、区画は綺麗に整頓されていた。

 

 その内、船首の方に異様な気配を感じる香織。敵が近いことを悟り後ろ手で今回の戦いの切り札の一つを準備する。

 

 

 そして……そこにそれは存在した。

 

「……ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 苦し気に息を荒げながら、船首室に立っているのは全身黒いコートで覆われている男。

 

 

「檜山君……だね」

 

 香織の声が届いたのか、部屋の中央にいた男は香織に向かって顔を上げた。

 

 

 フードから覗くその顔は、かろうじて檜山大介の姿をしていた。

 

 

「ガァ……ハァ……カ、カオ……リ……」

 

 もう口を開くのも苦しいのだろう。以前魔王城で見た時から香織は彼の容態が気に掛かっていた。

 

「檜山君……聞こえてる前提で話すけど……檜山君の身体も魂も、もう限界が近い。ここまでぐちゃぐちゃに色々混ざってると、私では元には戻せないけど……鎮静化することだけはできる」

 

 香織は檜山を見ても自信の感情がそれほど昂らないことに気付く。

 

 元より、ハジメが帰ってきた時点で檜山のかつての凶行に対して恨みはなくなっている。

 

 その罪を許したわけではないが、被害者当人であるハジメが気にしていないのに香織が気にしても仕方ない。

 

 それに今の彼の姿は、怒りを通り越して哀れだった。

 

 以前から相当危険な肉体改造が施されていたが、いよいよそれが最終段階に入っているのだろう。フードの下の身体が不自然に脈動しているのがその証だ。

 

 曲がりなりにもクラスメイトの一員だ。香織が一度彼に殺されたのならともかく、そうなっていない以上、むやみに苦しめるつもりもなかった。

 

 

 助けられるのなら助けたい。

 

 そういう感性を持つからこそ、香織の天職は”治癒師”なのだ。

 

「……うぐぅ、ぐぅぅぅ!!」

 

 

 だが、香織のその選択は今の檜山の状態を鑑みれば少々遅かったとしか言えない。

 

 

「がああああぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 

 まるで香織の登場で、押さえていたものが溢れ出すかのように、檜山の身体から無数の触手が放たれた。

 

「”聖絶”」

 

 魔素分解効果により威力を減衰されつつもこちらへの被害を最小限に食い止めた香織は、先程の一撃で崩壊しつつある船首室から脱出する。

 

 

「”縛光鎖”」

 

 光の鎖にて迫る触手を迎撃するも、鎖は一瞬でちぎれてしまう。

 

「だったら……魂魄具現化(オーバーソウル)──般若さん、改め……」

 

 

”黒衣ノ魔女”

 

 

 香織の背後に巨大な黒い腕が出現する。現状の魔素濃度では腕だけしか出せないことに苦い思いをしつつも、背後から迫る触手群から逃れるため、香織は甲板まで一直線になるように天井を黒腕で破壊し、飛び上がって甲板まで躍り出た。

 

 

 赤黒く染まった空の下、甲板まで出た香織は周囲を警戒する。

 

 相変わらず土地の魔素は薄いままだ。否、檜山大介が活性化して以降、ますます薄くなっている気がする。

 

 だが有は無条件で無にはならない。空間の魔素が薄れているということは、どこかに集められている証だ。

 

 

 そして香織は、自身の足元で膨大な魔力が発生したことを感知した。

 

「”黒ノ翼”」

 

 背中に濡羽色の翼が生え、香織はその場を跳び退く。

 

 甲板中頃まで退避した香織だが、先頭がどんどん崩れていき、溢れ出す触手の数が増えていく。

 

 

 そして……それは香織の眼前に現れた。

 

「ガガ……ガガ……ガオ……リ……」

 

 

 例えるとするなら、触手の化物。

 

 粘液を纏いながら黒光りする触手が幾重にも絡まり、巨大な体躯を作り上げていた。

 

 塊の中でも二本の腕らしきものがあり、それにはまるで人面の蛇のような顔が付いている。

 

 そして天井部分にある巨大な口の中に、下半身が埋まる形で檜山大介らしきものが生えていた。

 

「グギャアアアアァァァァ──ッッ!!」

 

 

 怪物が叫びをあげるだけで周囲の魔素が全身に集められていく。それはまるで魔素の隷属。ある種の権能じみた支配力だった。

 

「そうか……もしかして、檜山君の触手の正体って……」

 

 ミレディ・ライセンから聞いている。ライセン大峡谷に住み着き、あの場所を魔力が働かない処刑場に変えたのは、巨大な蛇の怪物だったと。

 

 もちろん、そのものではないだろう。だが状況がかの大災害の権能の一部を使用可能にしているのは明らかだ。

 

「本当に……ハジメ君にこれを用意してもらってよかった」

 

 そして香織は触手の化物と化した檜山の前に立ち、隠し持っていた物を構えた。

 

 

 全長:217㎜、銃身:125㎜、口径:9㎜。

 

 かの有名な自動拳銃ベレッタを参考にハジメが香織専用に作成したアーティファクト。

 

 専用特殊弾使用拳銃『ルシフェル』

 

 

 それは聖女として振る舞う香織なら似合わない黒光りする代物のはずだが、目付きを鋭くし、油断も隙もなく構える香織には、意外なほど似合っていた。

 

 

 

 戦闘は触手の怪物が片腕を振り上げて、叩きつけることで始まった。

 

 狙いも甘いただ振り下ろしただけの攻撃だが、それだけでガレオン船が軋み上げ、衝撃波が発生するほどの威力を誇る。

 

 質量とはそれ自体が武器なのだ。それを踏まえて考えれば、この触手は相当強いことを意味するが、そんな単調な攻撃は香織には効かない。

 

 香織は環境効果により数秒しか出せない黒ノ翼にて空中をホバリングし、一番効果がありそうな檜山の本体らしきところへ向かって容赦なく銃撃を行う。

 

 ドパンッ

 

 狙い通りに真っ直ぐ飛ぶ弾丸だが、大口が閉じられることで分厚い触手に弾丸は弾かれる。

 

 ドパンッ、ドパンッ、ドパンッ

 

 連続で銃撃するが、効果がない。

 

 仲間の中で一番ステータスが心もとない香織でも扱えるように設定されている拳銃だが、それでも魔法拳銃故に、通常のハンドガンでは出せない威力が出ているが、それでも効かないとなるとアプローチを変える必要がある。

 

「"聖絶"!」

 

 黒ノ翼が分解し、その隙を狙うかのように触手が薙ぎ払う。

 

 すぐさま魔法障壁で防御しようとする香織だが、1秒も維持できずに分解された。

 

「ッッ」

 

 こちらに向かってくる触手に対して、香織は黒ノ腕で防御することを選択し、そのまま吹き飛ばされた。

 

「”光輪”」

 

 衝撃緩衝魔法にて無事に着地するも、腕を見ると完全に骨が折れてしまっていた。

 

 黒衣ノ魔女が負ったダメージは本体である香織と共有する。だからこそ出来るだけ守りには使いたくはなかった香織だが、現在進行形で魔力が分解、吸収されている以上、使わずにはいられない。

 

 再生魔法で即座に骨折を治すと、まずはこの状況を変えることを試みる。

 

「オオオオオオオオ──ッッ!」

 

 理性もなくただ振り回しているだけの触手だが質量が段違いだ。苦手な身体強化を駆使してなんとか香織は躱しつつも、銃弾を浴びせていく。

 

 そしてその間に香織は昇華魔法の”情報看破”を行使してある結論に至った。

 

「やっぱり……この触手には思ったほど魔力が込められてない。だとしたら……」

 

 触手の正体は超高密度の質量の塊だ。それを自由に操作するために重力などは調整されているのかもしれないが、周囲にあった魔素を根こそぎ使っているにしては魔力が少なすぎる。

 

 つまり、魔力はどこかに蓄えられている。

 

 

「シャアアアア──ッッ!!」

 

 やがて香織を捕まえられないことに焦れたのか、蛇の頭をした触手が真っすぐにこちらに伸びてくる。

 

「”曲光”」

 

 一瞬だけ光の屈折を利用した残像で躱すが、その際に香織は触手の怪物の不自然に膨らんでいる瘤のようなものを発見した。

 

「アレか!」

 

 

 触手をギリギリで躱した香織は、触手がこちらを狙う前に瘤に向かって銃撃する。

 

「ッ、ぎぎぎぃぃぃぃ──ッッ!」

 

 周りの触手の強度とは違い、瘤は柔らかく、その場で破裂した。そして中に蓄えられていた高密度の魔素が解放される。

 

「”位相大廻聖”!」

 

 その隙を逃さず、香織はその魔素を丸ごと奪い取り……

 

「”魔女顕現”」

 

 黒衣ノ魔女の上半身を顕現させた。

 

 

 現れたその姿に般若の仮面は無し。貴族夫人のような美しい容姿をした巨大な魔女はそのまま片方の触手を腕で掴み……

 

「はぁぁッッ!」

 

 その触手を力づくで引きちぎった。

 

 

「ッッオオオオオオオオ──」

 

 溜まらず叫びをあげる触手の怪物。

 

 

「もう一つ!」

 

 そしてもう片方の触手の根元にあった瘤を銃撃し、魔素を解放。その魔素を丸ごと奪い取り魔女に捧げる。

 

 まずは口を開けなければ檜山本体には攻撃が届かない。だからこそ……

 

「開けるまで……辞めない!」

『アアァァァァ──』

 

 美しい声色をしつつも魔女の攻撃は緩まない。

 

 女も拳で語るのみと言わんばかりに左右の連打、下からのアッパーを繰り出す。

 

「これで……開け!」

 

 香織が両手を組んで頭上に掲げるのに合わせて魔女も動き……

 

「”魔女ノ一撃”!」

 

 そのまま組んだ拳を頭に叩き込んだ。

 

 

 その攻撃により確かに固く閉ざされていた大口は大破し、その影響でガレオン船の一部が完全に崩壊、触手の怪物は下の海に叩き落される。

 

「やったかな?」

 

 

 

 そう言いつつも油断なく構えていた香織だが……突如下から生えてきた無数の触手を前に終わってないことを悟った。

 

 

「やばっ!」

 

 

 ガレオン船の中から触手が次々に生えていく光景は、あることを想起させる。

 

 すなわち巨大水生生物に襲われ、成す術なく沈む船を。

 

 

 香織はこの船から降りることを即断する。すぐさまガレオン船から飛び降りて、近くの浜辺に着地した。

 

 

 ほどなくしてガレオン船が丸ごと潰され、その実行犯の姿がさらされる。

 

 

「ッ、まずいなぁ。……効いてないの?」

 

 触手の怪物は香織の先ほどのダメージを苦にも思わず完全に再生する。それだけではなく、その体躯を数倍にして香織に立ちはだかったのだ。

 

 蛇の顔が付いた触手は二本から六本に、おまけに周囲の魔素を再び隷属吸収したせいで魔女を維持できなくなった。

 

 

「ッ、あぐぅ」

 

 迫り来る触手を避けていたが、そのうち、触手の一本に囚われる。香織は何とか抵抗しようとするも、触手の口が大きく開いてこちらを向いているのに気づく。

 

「ッッ流石に丸呑みは勘弁してッ!」

 

 予感がする。アレに飲み込まれたら助からないと。だが香織の身体能力では逃れる方法は限られている。

 

 だからこそ香織は、己の命を削る覚悟で魔術行使を行う決意を固めた。

 

 

 

 

 

「”緋槍・百連”!」

「”翠槍・百連”!」

 

 

 

 だがその前に、触手の怪物に対して炎と風の槍群が叩き込まれる光景を目にする。

 

 

「なッ、どうしよう? 全然効いてないよッ。南雲のおかげでパワーアップしたのに、アレに近づくと豆鉄砲みたいになっちゃう!?」

「構うな! 豆鉄砲でもいい。あいつの注意を逸らすんだ。なんでもいいから撃て撃て撃て!!」

「ええぃ、やってやるぞ、こんちくしょう!!」

 

 

 何やら聞き覚えのある声と共に無数の魔法が放たれ、怪物に直撃するが、魔力分解効果により、ほとんど効いている様子がない。だが、怪物の意識を逸らす程度には効果があったのか、香織を丸呑みするのを中断し、炎と風の術者、中野信治と斎藤良樹の方を向いた。

 

 そして、それは明確な隙だった。

 

「今だ、行けッ! 礼一ィィィィ──ッッ!!」

 

 そしてその隙を、この場に集った三人目、槍術師 近藤礼一が狙う。

 

 

「白崎ッ、そこ動くな!」

 

 巨大な怪物を飛び越し、此方に飛来する近藤の手にはハジメ製のアーティファクト『ゲイボルク(仮)』が握られており、それを構えて突っ込み、見事香織にまとわりつく触手を切り落として香織を解放した。

 

 

「白崎、こっちだ!」

 

 触手を見事切り落とした近藤は、このまま落ちてくる香織を空中で受け止めようと構える。

 

 だが、それがいけなかった。

 

「ちょ、近藤君ッ!? 危ない避けて!」

「えっ? へぶぅ!?」

 

 

 タイミング悪く、香織の足裏が近藤の顔面に直撃、そのまま香織は近藤を足場に跳躍、何度か宙返りを行いながら無事に砂浜に着地する。

 

 

「ぶへぇ!」

 

 残念ながら近藤は砂浜に突き刺さったが。

 

「大丈夫!? ごめんね、助けてもらったのにッ……」

「だ、大丈夫。白崎が無事なら、全然、平気だ」

 

 

 香織は近藤が地面に落ちる前に受け身と肉体強化を行っていたことを確認し、改めて、怪物と化した檜山大介の方を向き直った。

 

 

 隣にいる近藤礼一もまた、見る影もなくなってしまった親友を真っすぐに見つめる。

 

 

「……なんて姿だよ大介。確かに、お前はこの世界でやってはいけないことをやっちまったのかも知れない。けど、だからってこんな化物にされるなんて……」

 

 かつての友の変わり果てた姿に、こうなる前に未然に防げなかったのかと近藤は考えずにはいられない。

 

 罪には罰をと言うが、これはあんまりではないか。檜山大介は人間として罪を償うことも許されないのか。

 

「なぁ、白崎……もう、駄目なんだよなぁ?」

 

 一縷の希望を籠めて、この世界最高の治癒師である香織に近藤は問いかける。

 

 主語がなかったが、それが檜山を元の人間に戻すことだと香織にはすぐにわかった。

 

「……少なくとも私には治せない。治せるかもしれない人に心当たりはあるけど、あんまり過剰に期待しない方がいいかも」

「そうか……」

 

 ここまで混ざってしまうと、元には戻らない。そう暗に告げた香織を近藤は責めなかった。

 

「けど正直助かったよ。私だけじゃ生かして倒すのは難しそうだったから。……確かに今の私じゃ完全には治せない。だけど大人しくさせること、命を救うことはできるから。だから、協力して!」

「ッッもちろんだ! 俺達は、そのためにここに来たんだ」

 

 そして……

 

「いくぞ大介! 必ず俺達が、止めてやるからな!」

 

 ──再び怪物と化した檜山との戦いは始まった。

 




今回の戦いは、今までとは少し世界観を変え、バイオハザードシリーズの最終決戦をイメージして書きました。香織がハンドガンを使うのもそれが理由のひとつ。銃を構えて真剣な目つきをする香織は、可愛いだけじゃない白崎さん。

>檜山の過去
本作の捏造設定。
昔は何となくで平均以上に出来ていた奴が、身の丈に合わない学校にて落ちこぼれた結果、小物になったという感じです。

>黒衣ノ魔女
般若さんだったもの。
シュネーの試練を乗り越えたことで、香織が今まで見て見ぬふりをしてきた己の中に確かに存在する『魔女』を受け入れたことで姿が変化。般若の仮面を捨てて、素顔を晒す。
魔女を名乗るくせに意外と肉弾戦が得意。
イメージはベヨネッタのマダムバタフライ(羽は堕天使みたいですが)

>触手の怪物
使われている細胞の一つは大災害獄蛇。とはいえ大災害と呼べるほどの規模は持ってない。大災害レベルだと魔素を駆使する香織とは相性が悪すぎて香織は普通に死にます。

>小悪党三人組
原作では既に死亡している近藤も参戦。他で活躍させることも考えましてが、間違いなくここで参戦した方が輝くと思い直しました。果たして彼らは友を救うことができるのか!


次回はB.O.W.檜山大介の第二形態戦です。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。