ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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ゴールデンウィーク中になんとか一本。

お義父さんへの挨拶始まります。


真祖新生

 かくして、南雲ハジメと魔王ディンリードの戦いの火蓋は切られた。

 

 

 先制したのは南雲ハジメ。

 

 

 この世界に来てから一番長く使っているアーティファクト『ドンナー』。奈落の底の強力な魔物を含めた数多の敵を屠ってきた弾丸が真っ直ぐにディンリードへと向かう。

 

 

 脳天に3発、心臓に3発。

 

 

 ハジメが装着している強化スーツ『魔人の鎧(フォース・アーマー)』は身体能力が上がるだけでなく、周囲の環境を考慮した射撃補正を目的とした身体操作も自動で行ってくれるため、今のハジメは漫画やアニメでしかあり得ないようなレベルの神業的な精密射撃を可能にしている。

 

 

 そんなハジメが繰り出す射撃補正と身体能力に物を言わせた超速射撃は……

 

 ──当たった瞬間、ディンリードが消えることで空を切ることになる。

 

「ほう、面白い武器を使う。細い筒を通して火薬による推進力を得た軽い金属を発射する。なるほど、訓練次第で誰でも使えて、絶大な効果を発揮するであろう優れた武器だ」

 

 ハジメの真横で聞こえた声に向かって、ハジメはすかさずシュラークにて銃撃する。それはディンリードが一声あげた時点で行われた攻撃だったが、またもや攻撃は空を切り、瞬時に玉座に戻ったディンリードは余裕の笑みでハジメの武器の評価を行う。

 

「ありそうでなかった発想だな。これが世に広まれば、戦争事情は大きく変わるだろうね」

 

 余裕の笑みを浮かべるディンリードに対して、ハジメは『賢者の石(エリクシル)』にて加速した思考で先ほどの現象について考える。

 

(瞬間移動。けど空間魔法によるものじゃない。何か別の方法で移動している)

 

 ディンリードは完全に待ちに徹しているのか未だに主体的に行動しようとする気配はない。ならば今のうちにデータを揃える。

 

 ハジメは瞬時にドンナーシュラークを破棄し、両手を合わせて新しいアーティファクトを瞬間錬成した。

 

 ──対魔獣徹甲弾頭搭載型アサルトライフル『FLARE(フレアー)

 

 重すぎて固定砲台にならざるを得ないメツェライとは違い、立体高速戦闘を行うことを想定して作られたアーティファクトだ。

 

 片手で構えたFLARE(フレアー)から2000発/分の速度で7.62㎜弾が発射される。

 

 8㎜、9㎜に代表される、敵を負傷させることを目的にするものではなく、確実に肉体と金属と見まごう強靭な皮膚を吹き飛ばすことを目的に作られた対魔獣用近代兵器。

 

 厨二病時代のハジメの知識を総動員し、神代魔法すら利用して作られた暴力。神の使徒すら挽肉に変える銃弾の嵐を前にしても、目の前の吸血鬼の魔王には届かない。

 

 再び姿を消したディンリードは今度はハジメの後ろに現れた。

 

 またもやハジメの魔力感知や気配感知をすり抜けたディンリードはハジメのゼロ距離射撃をかわした後、再び瞬間移動を行い、ハジメの前方玉座前に現れる。

 

「さて、これはどう対処するね? "蒼天"」

 

 ディンリードがマントを翻しただけでハジメの視界を覆い尽くすほどの数の黒い炎が放たれた。

 

 無陣、無詠唱はもちろん、炎球に込められた魔力は一発一発が神の使徒を容易く屠るであろうと確信できるほどの膨大さ。

 

 もちろんハジメ自身も直撃すれば死ぬ。それを瞬時に理解したハジメは『FLARE(フレアー)』の7.62㎜弾掃射で蒼天を全弾撃ち落とす。

 

「"氷槍弾雨"」

 

 ならば次だ。と言わんばかりにディンリードは容赦なく畳み掛ける。

 

 ハジメに迫るのは鋼鉄を越える強度を持った魔氷の雨。ハジメのお株を奪う質量兵器群に対して、ハジメは即座に『竜の息吹』を十機同時に瞬間錬成し、収束された約3000℃の熱線にて魔氷の雨を纏めて蒸発させる。

 

『天灼』

 

 ハジメの周囲に直径3メートルを越える雷球が6つ周回する。かつてユエも使っていた魔法であり雷球の内側を雷で覆い尽くす超広範囲攻撃。

 

 ハジメは即座に武器を破棄し手を合わせた後、両手を地面に付く。

 

 技能:収束錬成にて集められた城の金属と竜の息吹のパーツを使い、対雷魔法用避雷塔を錬成。綿密かつ複雑な設計により避雷塔は雷の大部分を吸収し、地面に放電。ハジメ自身は同時に錬成した絶縁体シートを被ることで吸収しきれなかった雷を回避する。

 

「ふむ。錬成魔法は直接戦闘するには向いていない魔法だという認識だったが、今の君を見れば考えを改めざるを得ないな」

 

 ディンリードはその場の判断で即座に必要なものを錬成して攻撃に対処するハジメを素直に称賛するが、ハジメは舌打ちを返したい気分だった。

 

 何故ならハジメは各種ディンリードの魔法を対処しつつ、自身は装着しているホバーブーツの能力で滑るように移動しながらディンリードをFLARE(フレアー)で直接攻撃しているがイマイチ効果がない。

 

 まるで霞を撃っているかのような感触。攻撃を当てたと思った瞬間、別の場所から攻撃を受け、それに対処するのと同時にディンリードに攻撃してまた違う場所から攻撃を受けるという攻防を繰り返し続けているのだ。

 

 ハジメはディンリードの瞬間移動の秘密を暴かない限り、自身の攻撃が通らないことを理解する。

 

 そして自身の攻撃を的確に対処するハジメに対し、ハジメと同じく攻めあぐねているディンリードは戦術を変えてきた。

 

「魔法では効果が薄いな。ならばこれならどうか。実は魔法よりもこれらの扱いの方が得意でね。天塩にかけて育てた魔物達だ。たっぷり堪能してもらおうか」

 

 言葉と同時にディンリードの影が蠢きながら地面に広がり、数百体の蝙蝠(コウモリ)型の魔物が飛び出し、ハジメに一斉に襲いかかる。

 すかさずスライド移動しながらFLARE(フレアー)にて弾幕を放つが、魔蝙蝠は素早い動きで弾丸を回避した。

 蝙蝠(コウモリ)は超音波を感知して周辺を敏感に察知する。その特性により弾丸が発射される際に発せられる空気の振動を察知しているのだろう。かつて蓮弥が奈落の底で戦った蝙蝠種をより攻撃的にしたような軍団に対し、ハジメもまた対処を変えるべく錬成を発動した。

 

 次に錬成したのは銃身の長いショットガン。素早くポンプアクションを行うと魔法陣が展開され、瞬時に使う弾頭が選択される。

 

「纏めて吹っ飛べッ!」

 

 ──属性魔法弾頭式散弾銃『DAYLIGHT(デイライト)

 

 それにより放たれたのは特殊魔法弾頭

 ──空間炸裂弾(エリアバーストブレッド)

 

 即座に空中で炸裂し、周囲に空間振動の衝撃波を放つ。

 

 超音波を利用して行動する魔蝙蝠だからこそ効果は的面だった。直撃して粉々になった蝙蝠や感覚器官を破壊されてただ死を待つだけになった蝙蝠が墜落する中、ハジメは素早くポンプアクションを行い、弾丸を変える。

 

 特殊魔法弾頭──電撃炸裂弾(ライトニングバーストブレッド)

 

 周囲に細かい金属粒子に囲まれるように百万ボルトの高圧電池を備えた弾丸がディンリードの周辺に炸裂し、一瞬で周囲一体を雷で覆う。

 

 先程に意趣返しにもなる魔弾式属性攻撃。物理攻撃が効かない相手には効果的な攻撃だと推測されるが、ディンリードに効くかは未知数。

 

 そしてディンリードは悪い意味で予想を覆すことなく無傷で立っていた。

 

「中遠距離戦闘の実力はわかった。確かに神の使徒では相手にならない戦闘能力があることは認めよう。ならば白兵戦ならどうかね」

 

 わざわざ白兵戦を行う宣言をするディンリード。これから近づくから警戒しろという言葉に乗るのは癪だが、様々な可能性を考えつつ、アーティファクトも用いた感知能力を最大限引き上げる。

 

 

 ハジメのボディに鋭い拳による突きが炸裂した。

 

「ガハッ」

 

 盛大に息を吐きつつも、即座に左腕の義手に改造錬成を行い、手の甲部分を伸ばしてブレード状にする。

 

 よく見ると振動拳の応用で超高速で震えているそれは、分子結合切断ブレードというべき代物であり鋼鉄も簡単に両断可能なハジメの刃だ。

 

 だが、それを振った腕を弾かれて素早く顎に拳を叩き込まれる。

 

「ぐっ」

「流石に白兵戦は素人だな。武芸の類は今まで全く触れてこなかったのがまるわかりだ。もっとも、私のこれも嗜みのようなものなのだが」

 

 口ではそう言いつつも一流の武芸者と遜色のない白兵戦闘を行うディンリード。鋭い突きや蹴りが容赦なくハジメに襲いかかり、ハジメは金剛をはじめとする防御系技能を全開にして耐えるしかない。

 

 ハジメとて銃火器で反撃するのだが、例の瞬間移動によりディンリードに全く追いつけないのが現状。

 

(感知が全く働かねぇ)

 

 正確には感知できているのだが、一瞬でディンリードの気配が大きくなりすぎて正確な位置を掴めない。まるで一瞬だけディンリードが肥大化しているような気配。

 

 ハジメは素早く手を合わせると周囲に十字架のような機体が数体ハジメの周囲を旋回し、ディンリードに一斉射撃を行う。

 

「むッ」

 

 新型多角攻撃機クロスヴェルト。クロスビットの正当進化系である機体により強引に距離を取った。

 

「ゴーレムに身を守らせるか。確かに後方型魔導士の常套手段ではあるが、いささか数が足りないのではないかね?」

 

 ディンリードが影から複数の使い魔を呼び出し、同時に攻撃を開始する。

 

 クロスヴェルトは弾丸やミサイルを山のように放つが波のように襲ってくる多種多様の魔物群に対処しきれない。

 血を這う黒き狼を薙ぎ倒しても、空から飛来する無数のカラスにカメラのレンズを破壊され、植物と思しき魔物に機体を締め上げられ爆散する。

 

 その間もハジメはFLARE(フレアー)DAYLIGHT(デイライト)による攻撃を行うも未だにディンリードに有効打を与えられない。

 

「がはッ、いい加減、殴りすぎなんだよ!」

「この程度の攻撃を防げない方が悪い。君は本当にその程度の力でアレーティアを守るつもりだったのかね?」

「もう勝ったつもりか? てめぇの攻撃だって大して効いてねぇぞ!」

 

 ディンリードの拳を幾度も受けつつもハジメはディンリードに喰らいつく。だが、銃火器で有効打を与えられない上に得意ではない白兵戦で翻弄されるハジメとハジメの金剛や鋼纏衣による防御を少しずつ削って着実にダメージを与えていくディンリードでは差がどんどん開いていく。

 

 頼みの綱である数機のクロスヴェルトも周囲の魔物群を薙ぎ払うので精一杯でディンリードを止められていない。

 

「なんど、言われても、ぐはっ、俺の意思は変わらねぇ。ユエを必ず取り戻す。てめぇをぶっ倒してなぁ!」

 

 錬成による地面からの不意打ち石槍群も、爆発錬成による空間燃焼攻撃も当然のように回避したディンリードの目が据わり始める。

 

「……先ほどからずっと気になっていることがある。私はこれを所謂大事な姪の将来の伴侶候補が挨拶に来たぐらいに思っているのだがね」

 

 

「──何故君は、先ほどからあの子をのことを、一度もアレーティアと呼ばない?」

 

 ディンリードの攻撃が激しさを増していく。

 

「君が度々口にする『ユエ』という名がアレーティアのことを指すのはわかるし、二人の間でどのような()()()を使おうとも気にはしない。だが私の前でも一度もあの子の本名を呼ばないのはどういうことなのか?」

 

 ハジメの鋼纏衣による強化が崩される。ハジメは再度鋼纏衣を使おうとするがディンリードの攻撃が早すぎて再使用が追いついていない。

 

「あの子の名前はアレーティアだ。兄王夫妻に懇願され、私が名付け親になった。ユエなどという名前では断じてないのだよ」

 

 攻撃を受けつつも常時反撃をやめないハジメだが相変わらず有効打はない。

 

「まさかとは思うがあの子の名を知らないわけではあるまいな? もしそうだとするなら君は、あの子の全てを受け止めるどころか。何も知ろうとしなかったわけだ」

 

 声は静かに。だが声に確かな熱量を秘めたディンリードはそれでも確かな技巧は緩むことはなく、ハジメの意識の外から放った足払いによりハジメは体勢を崩してしまう。

 

 ディンリードの振り上げた拳に空間が歪むほどの魔力が収束していく。

 

 それを見たハジメは素早く防御系の技能に加えて自分とディンリードの間に超高密度の圧縮窒素の壁を錬成する。

 

「あの子の全てを背負う覚悟がない男に、あの子のことを……任せるわけにはいかぬ」

 

 ──魔拳一閃

 

 ハジメの顔面に叩き込まれた拳は窒素の壁や防御系技能を突き抜けハジメを地面に叩きつける。

 

 その衝撃は玉座の間の床にまで及び、特別頑丈に作られた鉱石の床を放射状に粉砕していく。

 

 城全体に響き渡る轟音が収まる頃には、ハジメは大の字になるように地面に倒れていた。

 

「期待外れだな。この程度の力ならアレーティアを守ることなど到底できん。ならばいっそ……」

 

 ディンリードの声に失望の意思が混じり始める。確かにハジメは強いとは言えるがこの程度では神エヒトに勝てたか怪しいとディンリードは考える。その程度では困るのだ。ディンリードの目的のためにも。

 

 

 

 

「何……勝った……気に……なってんだ……おっさん」

「何?」

 

 意識を断ったと思っていたハジメが声を発したことに若干の驚きを露わにするディンリード。

 

 だがその驚きもさらなる驚愕に塗りつぶされることになる。

 

 

「術式展開──全武装待機解除──多重錬成発動!」

 

 その瞬間、ディンリードは己の身体が動かなくなっていることに気づく。

 

「これはッ?」

「俺がただ一方的にボコられてたと思ったか? 物量で圧するのが錬成師なのにゴーレムの数が少ないと指摘したのはあんただが、あんたを倒すために、俺があんたの意識外で着々と準備してたのに気づかなかったようだなッ!」

 

 ディンリードは先程まで影も形もなかった膨大な数の魔力の反応が城周辺を覆い尽くしていることをようやく認識する。

 

(この少年、まさか私と戦いながら城の周囲にアーティファクトを展開する仕込みをしていたのか!?)

 

 戦闘の舞台となった魔王城はハジメの全武装を展開するには狭すぎる。だがそれは同時に影に複数の魔物を飼っているらしきディンリードの物量をも制限することを意味している故に、ディンリードの底が知れない内は敵の行動を制限するために敵の土俵で戦わざるを得なかった。

 

 それに何より、ディンリードがいくら攻撃してもダメージが通らない秘密を暴かない内は切り札を出すわけにはいかなかった。だがそれももう終わりだ。

 

「"分解"と"自動再生"。わかってしまえば単純なトリックだ。あんたは俺の攻撃が当たった瞬間、肉体を一瞬で分解し、直ぐに自動再生で復活していた。体が粉々になった場合、肉体のどこであろうと再生の起点にできることはユエに確認済みだ。だから自分の体を粒子にまで分解して好きな場所で瞬間的に自動再生で復活すれば、あたかも一瞬で瞬間移動したように見えるわけだ」

 

 ユエから全身を粉々にされた際には体のどこを起点に再生するかを選べることを知っていたハジメはディンリードもそれを利用しているのではないかと考えていた。感知が引っ掛からなかったのも素粒子レベルにまで分解されたディンリードが周囲に拡散していたせいで、気配が膨れ上がっていたことが原因だ。

 

「そして種が割れれば対策は容易だ。あんたの周辺には対分解魔法用のアーティファクトが展開されて、分解を阻害している」

 

 ──対分解用術式付与照射型アーティファクト『物質固定機(マテリアフェスト)

 

 本来は神の使徒の分解に対抗するために自身や仲間に使うアーティファクトだったが、ハジメは即座に敵の分解を封じる仕様に変更して使用した。

 

 加えて拘束用術式も加えれば、一時的にディンリードを動けなくすることは十分可能。

 

「そして俺が、神エヒトを倒すことを想定していた俺が、この程度の数しかアーティファクトを用意してねぇわけねーだろ」

 

 爆音と共に玉座の間の外壁が崩れ去り、吹き抜けになった玉座の間にハジメが用意した機械の兵隊が姿を現す。

 

 中距離攻撃も近接戦闘も高水準でこなせるうえ飛翔能力も高い、獅子の肉体と大鷲の頭部・翼を持つ汎用モデル・グリフォン──600機。

 

 遠距離・高威力砲台モデル・ベヒモス──200機。

 

 飛翔と速度特化モデル・八咫烏──200機。

 

 魔法と兵器のハイブリッド生体ゴーレム。

 

 痛みも疲労も知らない魔法機械で作られた殺戮軍団、計1000機。

 

 ──ハジメ専用一人軍隊『葬送凶王軍(グリムリーパーズ )

 

 国一つを制圧できるレベルの兵器軍がたった一人の敵相手に包囲戦を仕掛ける。まさにこれこそが錬成師の真骨頂。自身で生み出したアーティファクトによる物量殲滅戦。

 

 ハジメもまたゲートを使い兵器軍の上空に転移し、その指揮を振るう。

 

 もっとも、これから出すコードは一つだけだが。

 

「蹂躙しろ!」

 

 ──全武装一斉掃射

 

 1000機に及ぶ機械兵が武装を開放して砲撃を開始する。数多の弾丸が、数多のミサイルが、炎が、雷が、レーザーが。たった一人に向けて炸裂していく。

 

 どう考えてもオーバーキルとも言える過剰攻撃が行われるもハジメは油断しない。分解を封じた以上、攻撃を受け流すことはできないが、自動再生を封じているわけではない。ディンリードの限界がどこにあるのかわからない以上、ハジメはありったけを叩き込むつもりで攻撃の手を緩めない。

 

 攻撃は数分に及び、攻撃の余波によって城は完全に崩壊し、瓦礫すら跡形もなく吹っ飛んでいく。

 

「ダメ押しだ」

 

 天空に手を翳したハジメの目線の先にはエヒトの神の力によって赤く染まった空において一番星以上の輝きを灯した衛星がある。

 

 ──対大軍殲滅超兵器『バルス・ヒュベリオン』

 

 この国に来た時から密かに準備していた指向性エネルギー兵器に蓄えられていた熱エネルギーが、真下の城跡に降り注ぐ。

 

 轟音と共に土地を焼き払う極大の熱線。

 

 徹底した殲滅戦。

 

 並の相手であれば跡形も残らない圧倒的な破壊力。

 

 それらの力を存分に行使しつつ、白兵戦にて負ったダメージを回復しているハジメは油断なく崩壊した眼下を睨む。

 

 そしてそれは相手が尋常な相手ではないとハジメ自身認めていることであり……

 

「素晴らしい。素直に見くびっていたことを謝罪しよう。まさか今の私が1度に100回以上殺されるとは思わなかった」

 

 ──そう簡単に戦いが終わらないということを示していた。

 

 城があった場所から無傷でハジメを見上げるディンリードにハジメは素早く計算を巡らせる。

 

 ディンリードは100回以上殺されたと言った。そしてユエが全身を丸ごと消滅されても蘇生することを知っていたハジメは、ならばと相手の肉体よりも魔力や魂を削るような効果を優先した攻撃を行ったのだ。

 

 現状のユエでは外部からの魔力の供給無しで100回も蘇生できないと聞く。なのにディンリードはそれ以上の回数蘇生している。

 

 弾薬の類はまだまだあるが、それでも殺し切れるかどうか。

 

(このまま削っていくか、それとも封印する方に舵を切るか)

 

 不死身のユエに封印は有効だった。ならばディンリードにも封印が有効である可能性は高い。

 

 ハジメが行動を起こそうとする直前……

 

 

 ドクン

 

 

 この世界の……空気が変わる。

 

「すまないね。もっと付き合ってやりたかったが、どうやら時間が来たようだ。君の力を認めよう。アレーティアに会う資格があることも認めよう。だが先程言ったように時間がない。だから……」

 

 

 

「こちらも少し……本気を出そう」

 

 

 そして、ハジメとディンリードの戦いの第二幕が上がる。

 

 

 否、これは第二幕というより幕間。次なるステージに進む合間の時間と言った方がいいだろう。

 

 何故ならディンリードが本気を出すという宣言から僅か44秒後……

 

 

 

 ──南雲ハジメは完膚なきまでに敗北したのだから。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 瓦礫の山と1000機に渡る機械兵の残骸が降り注ぐ中、ディンリードはハジメを引き摺りながら、ハジメの攻撃を受けてなお無事だった地下を目指していた。

 

「君の狙いは悪くなかった。自動再生を持つ我らを倒すには相手を封印するか、相手の再生が追いつかないほど徹底的に破壊するのが有効だ。だが言ったはずだ。些か数が足りないのではないかと。やるならもっとアーティファクトを用意するべきだった」

 

(うるせぇよ……説教……してんじゃねぇ)

 

 悪態を吐きたいハジメだったが身体が動かない。自己回復技能により徐々に回復してはいるが、それでも身体を動かせるくらいには至らない。引きずられながら地下を進むという屈辱に耐えつつも、ハジメは思考を止めない。

 

(こいつは……もしかしたら蓮弥でも勝てないかもしれねぇ)

 

 準備期間で修行した後の蓮弥を知っているわけではないが、ハジメが知る中で最大の火力を誇る蓮弥でも勝てないと結論づけるハジメ。それは単純に蓮弥とディンリードを比較して()()()()()()()()()()()()

 

(俺の予想が正しければ、こいつに勝てるのは、一人しかいない)

 

 もしディンリードの力の源泉が吸血鬼であることだというなら……ディンリードに勝てるのは……

 

 軽く浮かされながら引きずられたおかげか、数分くらいで螺旋階段が終わり、ハジメは広い部屋に投げ出される。

 

「ここは?」

 

 まずハジメが感じたのはむせ返るような血の匂い。

 

 奈落の底で魔物の群れ同士が戦争規模の戦いを起こしていた時にさえ感じたことのない濃密な血の気配。まるで空間がねっとり重くなったような息苦しさを感じずにはいられない。

 

「ここは本来、王族の中でも王位に着いたものにしか伝えられない禁断の地だ。そして……現在アレーティアが新生を行なっている場所でもある」

 

「ユエ……が?」

 

 ハジメは前方の血の池を見るがユエの姿を見つけることができない。

 

 だが……

 

 

 ドクン

 

 

 脈打つような魔力の波動。

 

 血の池の中央が湧き上がり、何かが起きあがろうとしている。

 

 そしてそれは、ハジメが知っている彼女の気配とは全く違うもので……

 

「さあ、ようやく。アレーティアの準備が整ったようだ。君も迎えたまえ。新たなる魔王の、真祖の誕生を」

 

 

 段々濃くなっていく血の匂いに比例するように血の池の気配が巨大になっていき、どこまでも膨れ上がるかと思った気配が一気に収束されていく。

 

 それは人の姿をした何かであり……

 

 ──この時、確かにハジメは、世界の凍る音を聞いた。

 

 彼女の全身を滴り落ちる鮮血。

 

 再構築が完了し、肉体が完成してなお、血の池を満たす朱い血はまだ波紋を広げている。

 

 静かに、彼女の体が血の池から起こされる。

 

 ちょうど17歳相当の彼女と同じ、一糸纏わぬ豊満な肢体を晒しながら、血の池から顔が浮き上がる。

 

 長い金色の髪の間に目が見える。

 

 燃え滾る火のような、赤があった。

 

 彼女の目は、何も見ていない。

 

 片手で立ち上がろうとするが、力はまだ戻らないのか、血しぶきをあげて血の池の中で倒れてしまう。

 

 そのたびに、白く美しい肢体は池の血を纏い、赤くなっていく。

 

 何度も、何度も、立ち上がろうとして、滑って、倒れて。まるで産まれたての子鹿を思わせるような無様な動作。

 

 だがそんな無様な行為さえ、彼女は愉しんでいるようだった。狭い洞窟の中で彼女の愉快な笑い声だけが響き渡る。

 

 まるでこの世の全てが愉しくて仕方ないと言わんばかりの表情は、足腰立たない動作と合わせて酷く泥酔しているようにも見える。

 

 そんな彼女の目の前で、確かに探し求めていたはずの彼女を目の前にして、南雲ハジメは動けない。

 

 そして、とうとう彼女の目が、ハジメを捉えた。

 

「ぐぅッッ」

 

 "血盟契約"──唯一と定めた相手からの吸血による"血力変換"の効果が増大する技能。その技能が本来の役割を超え、ハジメの魂すらも汚染し始めた。

 

 彼女の声が、姿が、意思が──否応なしに頭の中に流れ込んでくる。

 

 南雲ハジメという意思が流される。融かされる。翻弄される。

 

 ぐるぐると世界が回る。

 

 その中で、彼女の思考が濁流のようにねじ込まれる。

 

 

来てくれた。

 

ハジメは来てくれた。

 

私を助けるために来てくれた。

 

大好き。大好き大好き大好き。

 

嬉しくて嬉しくて、愉しくて愉しくてたまらない。

 

この衝動をハジメにぶつけることができたらどれほど気持ちいいことが想像もつかない。

 

それはきっととても素晴らしいことだろう。この身の渇きが、飢えが満たされるのはきっと世界の全てを引き替えにしてもいいくらい愉しいに決まっている。

 

これほど愛におぼれたことはない。

 

これほど憎らしいと思ったことはない。

 

一度でもハジメの心が自分から離れたかもしれないなど考えたくもない。ああ、どうして私はあれを他の(メス)と共有できるなどと、馬鹿なことを考えていたのだろう。決して逃さないし許さない。あの生き物は、あの暖かな心音は、その身体に流れる血潮は魂は、徹頭徹尾全て、頭の先から血の一滴に至るまで全て私のものだ。もう我慢しない。もう見逃さない。もうこれ以上は待ちきれない。

 

ああどうして、どうして……

 

 

──どうしてハジメは……これほどまでに美味しそうなのだろう。

 

 

 

 笑って、狂ったように笑い続けて……

 ──ハジメの愛しい恋人(産まれたての怪物)は血の池でもがいている。

 

 

 南雲ハジメは動けない。

 

 南雲ハジメは思考が追い付かない。

 

 人としての、生き物としての本能が告げる。

 

 ここにいたら殺される。

 

 命が惜しければ逃げるべきだ。

 

 どこでもいい。早くここから離れないと殺される。

 

「──────」

 

 なのに足が動かない。

 

 血の海から、ずるりと身体を起こす真祖の吸血鬼。

 

 ハジメはそれを、凍り付いた目で眺めることしかできない。

 

 まな板の上の鯉。否、皿に乗ったご馳走と言った方がいいだろう。

 

 彼女にとって、今のハジメはその類のものだろう。

 

 ご馳走に動く自由がある筈もなく、飢えた獣に、これを見逃す道理はない。

 

 真祖として新生したユエ=アレーティアは、世界で一番愛しい恋人であるハジメを、捕食しようとしていた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「やはりこうなったか。わかっていたとはいえ、こちらには見向きもしないとは、やはり寂しいものだ」

 

 文字通り血のように朱い目を向けるアレーティアに対し、身体を震わせることしかできないハジメを見て、ディンリードは静かに息を吐く。

 

 真祖として新生したものは、まず強烈な吸血衝動に襲われる。

 

 それは並の吸血鬼の時には感じたこともないようなものであり、300年血の一滴も接種しなかったユエ=アレーティアをして感じたこともない飢餓に襲われているのは想像にたやすい。

 

 何故なら、ディンリードの時も同じだったから。そして、だからこそその吸血衝動が齎す運命もまた同じ物だった。

 

「我らが血を吸う相手は誰でもいいわけではない。血液とは魂の通貨、命の貨幣。それ故に自らが希少だと思う者、大切だと思う者の血であればあるほど価値がある」

 

 どうでもいい者から血を奪っても価値などない。何故なら命の価値は平等ではないから。愛おしい者の命を啜る時こそが、吸血鬼がもっとも甘美を感じる瞬間だから。

 

「私で良ければいくらでも差し出したものを。真祖の吸血衝動は、もっとも愛しい者の血を全て飲み干すまで治らない。だからどうか、君にはわかってほしい」

 

 話しかけているわけではない。だが己の役割を全うしてほしいと祈る。

 

 愛しい姪を飢えと渇きを癒すために永遠に血を求める狂った怪物にしないためにも。

 

 南雲ハジメには生き餌としての役割を全うしてもらわなくてはならない。

 

 そしてとうとう我慢の限界を超えた世界で最も美しい鬼は、最も愛しき者に襲いかかった。




ハジメ「お義父さん! ユエさんを僕に下さい!」
ディン「普段はどう呼ぼうと自由だが、せめて親への挨拶の時くらい本名のアレーティアと呼べ小僧! 挨拶も装備も私と相対するなら準備不足だ出直してこい!」

親への挨拶第一幕は色々な意味で準備不足だったハジメの完敗に終わりました。原作ではエヒトにも通じた機械軍団も全滅です。ぶっちゃけ今のディン叔父さんはほぼ大災害と言っていいので仕方ないのですが。

>真祖アレーティア
新生を果たしたユエだが現在暴走中。今の彼女の目には、ハジメが血袋にしか見えていない。独占欲増し増しの超ヤンデレ状態。

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