ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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すみません。ティアキンやってたら遅れました。時間泥棒過ぎてやばい。

時間がかかりましたが、これが私の渾身のハジユエです。


真祖アレーティア

 その時、ハジメは思い出した。

 

 奈落の底に落とされた時のことを。

 

 共に落ちた蓮弥が見つからず、落ちて死んだのではないか、自分もそうなるのではないかと考えずにはいられなかった絶望を。

 

 そして……蹴りウサギに命を狙われ、それをたやすく上回る爪熊に左腕を喰われた時の……

 

 

 圧倒的な力を持つ捕食者に命を狙われるという……

 

 

 

 

 ──魂が凍えるような恐怖を。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「限界突破ァ!!」

 

 

 ハジメはまだ治りきっていない身体のことなど気にせず、限界突破を発動して無理やり身体を起こし、全力で後退する。

 

 ここまでの行動にハジメの理性は介在していない。ただ圧倒的な捕食者に狙われた被捕食者の本能がそうさせたのだ。

 

 だが、それだけでは不十分だった。なぜならこの地下には逃げ場などない。

 

 そして何より、限界突破を発動したハジメの敏捷を容易く上回る速度でハジメの眼前にユエが現れたのだから。

 

「ッッッ!」

 

 とっさに錬成したドンナーにてユエの脳天を吹き飛ばす。たとえ恋人であろうと攻撃してくるのであれば、容赦なく攻撃することができるのがハジメだが、今ハジメにはユエには自動再生があるから死なないなどという計算など何もない。

 

 ユエからしたら思わぬ反撃を受けたことで虚を突かれたのか、傷自体はすぐに再生したものの、ハジメを見つめながら首をかしげる。

 

 

どうしてハジメは、抵抗するの?  

 

 

 ノイズ混じりの思考が再びハジメに流れてきたがそれでもハジメは行動を止めない。

 

 逃げないと。

 

 逃げないと。

 

 逃げないと……この怪物に殺される。

 

 

 

 ハジメはシュラーゲンを瞬間錬成し、天井に向かって砲撃した。

 

 元々脆い天井はシュラーゲンの砲撃により穴が開き、地上への脱出口を作り出す。

 

 その場から脱出しようとして……

 

 

「そうか……ハジメも、こんな場所は嫌だよね?」

 

 

 ハジメはこんなジメジメした場所が嫌なのだと判断したユエがハジメを掴み、その場で跳び上がった。

 

 それだけで風景が一瞬で通り過ぎ、首都アヴァターラの遥か上空まで一気に浮上したユエは、ハジメを地上に向けてぶん投げる。

 

 

「────ッッ」

 

 ユエとしては軽く投げたつもりなのだろうが、ハジメとしては地上にある街の残骸に思いっきり叩きつけられる形になった。

 

 

「ぐぅ、クソッ!」

 

 ただでさえディンリードとの闘いで負傷しているのにも関わらず、ここにきてまたダメージを負った。しかもそれを成したのが助けに来たはずのユエときた。

 

 だが全身に走る痛みによって、軽く恐慌状態に陥っていたハジメはようやくまともな思考回路を取り戻す。

 

 

 ハジメは再び賢者の石(エリクシル)の電源を入れて思考を加速させる。

 

 

 整理する。今のユエに何が起きているのかを。

 

 

(あのおっさんは新生だと言っていた。つまりユエが別の何かになっちまったということで、その反動で今あんなことになっている。そして、ユエが何を求めているのかは……ッッ)

 

 

 再び、ユエの思考がハジメの脳に流れてくる。

 

 

血、血、血、血が欲しい

 

甘くて……暖かくて……心を身体を魂を満たしてくれるもの

 

欲しいの。ハジメの全てが欲しくて欲しくてたまらないの

 

だから……

 

 

 

「待っていてハジメ。すぐに……殺してあげるから」

 

 

 ハジメにはユエの思考が理解できなかった。いっそこれはユエとは別の何かの思考で、ユエはその別の何かに操られていると考えられたら楽だとすら思ってしまう。

 

 だが思考が流れてきて、その繋がりを通して、わかってしまうのだ。

 

 この思考が間違いなくユエ本人のものであると。

 

「だからって、殺されるわけにはいかねぇんだよ!」

 

 ユエと共に生きて帰らなければ意味がないのだ。ハジメは自分とユエが共に帰ってくると信じている仲間のことを思いだす。

 

 

 だからまず自分が生き延びる。そしてユエを元に戻す手段を探すのだ。そのためには……

 

「あのおっさんはどこへ?」

 

 確実に今のユエのことを知っているであろうディンリードを探さなければならない。だが周囲にディンリードの気配はない。そしてそうこうしている間にも……

 

 可憐にして優雅に、真祖の吸血鬼は舞い降りる。

 

 一糸纏わぬ豊満な肢体に長く伸びた髪を纏わせながら、悠然とユエはハジメに向けて歩を進める。

 

 それはまるで、女王として街の様子を見に散歩に来たかのような足取りで。

 

 まずはユエを無効化しなくては話にならないと判断したハジメは両手を合わせた後、地面に手をつく。収束錬成の技能によってこの地に溢れかえることになった機械兵の残骸を再利用し、即席の兵器に作り替える。

 

 

 錬成した直後のものは相応の魔力を込めればある程度推進力などの力を加えることは可能。それを利用してとっさに作った金属の武器をユエに向かって飛ばす。

 

 

 少なくとも弾丸よりは質量がある兵器群に対し、ユエは躱そうともしない。笑顔を浮かべながら迫る兵器の群れに向けて腕を振るう。

 

 その瞬間、空間が破裂するような音が響き、衝撃が拡散する。そしてユエに迫っていた兵器群は纏めて爆発四散してしまう。

 

「嘘だろ……」

 

 ハジメの魔眼石は魔法を発動した形跡を感知していない。だからこそわかってしまう。今のが魔法でも技能でもなく、単純な膂力によって齎された物理現象なのだということを。

 

 

 ただ身に纏う魔力だけで、今までのユエとは桁違いの身体能力を発揮している。そのことで否応にも以前のユエの魔力とは量も質も全く違うということがわかってしまう。

 

 

 ハジメは迫るユエに対して容赦なく重火器で攻撃するも効果が出ない。

 

 

 まず生半可な攻撃では腕を振るうだけで弾かれる。隙を縫うようにして攻撃が通ったとしても自動再生で即座に再生してしまう。

 

 ならばこれ以上の攻撃手段を持ち出すしかなくなるが、流石のハジメもその手段を取ると決断できない。

 

「ハジメ……逃げないで。大丈夫、痛いのは最初だけだから」

 

 熱に浮かされたような表情でそう告げるユエ。思わずその()()()()()を覗き込んでしまう形になり……

 

 

 ──ハジメは全身を拘束されてしまう。

 

「なッ!?」

 

 ユエが何らかの魔法を発動したのだとわかったが、ハジメにはどうすることもできない。

 

 

 ──魅了の魔眼。

 

 真祖の吸血鬼が標準で備えている固有技能の一つであり、発動条件は目線を合わせる事という簡単なことでありながら、最低でも相手の動きを封じ込めることができる。

 

 当然魔力耐性次第で効果も変わるが、魔物肉によって人外の魔力耐性を持っているはずのハジメですら問答無用で拘束された。

 

「"限界突破──覇潰"!」

 

 よって、ハジメに出来ることはたった一つ。さらなる魔力によって強引に突破するしかない。

 

 だが、肉体の反動が大きい覇潰を使用したハジメに時間的猶予はない。覇潰が切れた時、ハジメは本当に動けなくなってしまうからだ。

 

 よって、ハジメは賭けに出るしかなくなる。

 

 

 両手を合わせて、ハジメはユエの周囲に結界構築用のアーティファクトを作成した。

 

 

「簡易創造結界──起動」

 

 

 ユエを中心に四隅に設置されたアーティファクトがユエを囲むようにして結界を構築する。

 

 クロスビットにて防御結界を構築することはあったハジメだが、この結界は防御のためのものではない。何の力も籠っていない無色の結界だ。

 

 本来なら、ユエの身体を乗っ取ったエヒトに対して使うはずだったアーティファクト。

 

「"無間回廊──血盟ノ檻"」

 

 ユエの周囲に、ユエを束縛するためのハジメの想いが展開される。

 

 

 

 

 現在のハジメでは真の意味で概念魔法に到達することができない。

 

 ユナからはそう宣言されてはいたものの、だからといって何も試さないという選択はハジメにはない。

 

 まずは普通に使えないか試してみたが、そもそもどうすればいいのかわからない。

 

 通常の魔法は構文の塊である魔法式を魔法陣という形で展開し、世界に対して神秘の行使を行う。

 

 それはトータスの魔法の基礎であり、この世界に来たばかりのハジメ達が最初に習ったものではあるが、だからこそ概念魔法は異質だと分かる。

 

 そもそも己の極限の意思という形のないものを具現化するという行為そのものが、論理とは相性が悪い。

 

 ──自分の心を正しく数値化し、方程式を作れ。

 

 数理学を研究する現代地球の研究者達でも、正確な数値を出すことなどできない。曲がりなりにも魔法式というもので動くトータスの魔法ではどれだけ試行錯誤しても、曖昧な魔法にしかならないだろう。解放者達ですら完全な概念魔法の構築はできなかった。

 

 

 だが、逆を言えば、半端な概念魔法で良いのならある程度は形にすることができるのだ。

 

 世界を己の概念(ルール)で歪めることはできずとも、世界を騙すことはできるはずだ。

 

 その考えの元、ちょうど鈴と新技を開発中だった蓮弥とユナ、そして邯鄲の夢から帰還した雫の協力の元、共同開発したのが”簡易創造結界”という新しい魔法であり、完全に無色な結界を展開することで、宇宙から一部の領域を切り取り、己の支配下に置き易くするものだ。

 

 鈴の場合は、それでも極限の意思が規定値に達していなかったため、作り出した結界を操作する方向に重きを置いた運用方法を確立したが、ハジメの場合、ある程度の渇望は形にすることができていた。

 

 

 疑似概念魔法──"Noli me tangere(俺の女に触れるな)"

 

 最愛の恋人を奪われた男が、極限に限りなく近い意思をもって生み出した概念だ。

 

 効果はユエの魂魄に対するあらゆる干渉の拒絶。本来ナイフ型のアーティファクトに込められたこの疑似概念魔法でもって、ユエに寄生しているはずのエヒトを排除する。

 

 

 よって本来はユエを守るための概念であった。

 

 だが、感情とは裏表一体、光があれば影があるものだ。

 

「俺の女に触れるな」というのは一見大切な恋人を守るための意思に思えるが、少し視点を変えればそれは醜い独占欲の現れともいえる。

 

 

 

 ──お前は俺のものだ。絶対に離さない。

 

 

 

 無間回廊に突貫で生成付与された概念の檻はエヒトではなく、本来守るはずだったユエに使用されることで、ユエを強固に拘束するための結界と化す。

 

 

 ユエは己の身を包みつつある魔法を受けても動きはない。周囲に展開されたハジメの概念を見つめるだけだ。

 

 

 一時的にユエを封印し、ユエを元に戻す方法を見つける。

 

 エヒトを引きはがせなかった際のセカンドプランの応用であり、元々大災害を封印する結界の応用である無間回廊の強度にはハジメも自信がある。

 

 

 このまま大人しく封印されてくれとハジメは願う。

 

 

「ウフフ……」

 

 

 だが、今まさに結界に捕えられようとしているユエは、歓喜の笑みを浮かべていた。

 

ユエ・アレーティア・アヴァタールが命じる。──弾けよ! 

 

 その魔言と共に、ユエの魔力が膨れ上がっていき……

 

 

 

 ──轟音と共に、ハジメの概念ごと弾け飛んだ。

 

 

「あはは、あははははは、ハジメぇぇ! 私も、私も大好きだよ!!」

 

 

 ハジメの概念を粉々に打ち砕いた真祖の吸血姫は笑う。

 

 歓喜に、愉悦に、そしてあふれる愛に。

 

 

 流石のハジメもその光景には呆気に取られてしまう。完成ではないとはいえ、疑似概念魔法を跡形もなく吹き飛ばされたのも理由だが、歓喜に震えるユエを見て、ユエを暴走せしめているものが何か分かったがゆえに……

 

 

「そう、無駄なのだよ。今のアレーティアは、愛では救えない」

 

 

 そして、それがハジメが見せた大きな隙だった。

 

 

 いつの間にかハジメの後ろに立っていたディンリードが影の魔物を操り、ハジメを拘束する。

 

「……クソったれ」

 

 拘束を解こうと藻掻く間もなく、限界突破・覇潰の効力が切れる。そして同時に襲い掛かる覇潰の反動。

 

 

 そうするしかなかったとはいえ、覇潰の使用タイミングを誤った。現在のハジメは抵抗することなく敵に捕らわれた哀れな生贄に過ぎない。

 

「我らの吸血衝動は愛欲が源だ。故に愛する者の血であればあるほど美味に感じる。そう、愛するがゆえに欲しくなる、悲しき性だ」

 

 ユエはハジメの愛を感じた。己を独占したいという欲を感じた。だからこそ、高ぶる想いのままにハジメの概念魔法を破壊したのだ。

 

 

 愛するがゆえに、欲しくなる。その衝動は抑えがたいところまで来ていた。

 

 

「これでもまだ抑えられている方だ。もしこのまま吸血衝動を満たすことができなければ、アレーティアの理性は吸血衝動に完全に飲み込まれ、アレーティアは際限なく血を求めて彷徨う怪物になってしまう」

 

 ユエが真っすぐハジメに向けて歩き出す。今はまだハジメを求めるに留まっているが、これ以上放置すれば、見境なく人を襲う恐ろしい怪物になる。

 

「……君にはすまないとは思うが、本当にアレーティアを愛しているのなら、覚悟を決めてほしい」

 

 ハジメの目の前にユエがいる。その顔は赤く染まり、恍惚の笑みを浮かべている。

 

 もうすぐ極上の甘露が手に入る。それを待ちきれないとばかりに口を開き、ハジメに牙を見せながら首筋まで顔を寄せる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 荒く息を乱しながら、ユエはハジメに顔を近づける。

 

 

 もうすぐハジメの首筋に牙が突き刺さり、体の血を吸い上げるのだろう。

 

 ハジメも思考を止めてはいないが、思考の半分以上が万事休すだという諦めで埋まりつつある。

 

 

 

 

 だが、その瞬間は中々訪れない。

 

「アレーティア?」

 

 ハジメの首筋に食らいつく一歩手前で止まるアレーティアに疑問を感じたディンリード。

 

「あ、ああ、ああ」

 

 

 

「あああああああああああああああ──ッッ!!」

 

 

 捕食寸前だったハジメから離れて、突如叫びながらユエが膨大な魔力を放出する。

 

 スパークを発する魔力と共に、ユエの周囲に複数の魔法陣が滅茶苦茶に展開され始めた。

 

「待ちなさい、アレーティア。一体何をするつもりだ!」

 

 ディンリードも全く想定していなかった事態に狼狽を隠せない。

 

 滅茶苦茶に展開されている魔法陣を読み解けばそれが魂魄魔法と再生魔法に類するものだとわかった。

 

 その効果は……

 

「まさか! アレーティア、君はそこまで彼の事を!」

 

 

 

 

 

 沸騰する頭の中で、ユエはこのままだと自分がハジメを殺してしまうことを察していた。

 

 駄目だ。その結末だけは絶対駄目だ。

 

 ユエは何度も自分を止めようとして、ハジメのことを想えば想うほど自分の理性が壊れていくのを感じていた。

 

 直観したのだ。この吸血衝動がハジメへの愛を起源としていることを。

 

 自分がハジメを愛している限り、この衝動は止まらない。

 

 だからこそ、ユエがハジメを守るためにできることは一つ。

 

 

『ユエ』を殺すことだった。

 

 

 ──魂魄再生複合魔法『前世転輪』

 

 

 生半可なことでは意味がない。やるなら徹底的にだ。これはユエをハジメに出会う前のアレーティアに戻す魔法だ。

 

 

 記憶も、経験も、そして想いも。何もかも忘却させる。ハジメのことだけではない。シアのことも、ティオのことも、香織のことも。何もかも忘れてしまう。

 

 

 この魔法を発動すれば、ユエは消える。だがそうすることでしかハジメを守れない。

 

 

 吸血衝動と闘いながら新たな魔法を作るという荒業を行っているので魔法陣は剥き出しになっている。

 

 つまり、魔法を見る目があれば、魔法効果は誰でも読み解けるということ。

 

「……おっさん、いい加減離せ」

 

 アレーティアの想像を超えた想いの深さに動揺していたディンリードの緩んだ拘束を無理やり解くハジメ。

 

 

 その足は真っすぐ、魔法を構築しているユエの元まで進んでいく。

 

 魔力放出の圧力すらも気合で耐え、ハジメはユエの元まで近づき、強引に口づけを行う。

 

「!!?」

 

 ハジメの口から流し込まれるのは、今までのダメージで流したハジメの血。ハジメはユエの抵抗を押さえつけ、自分の血を無理やり飲ませていく。

 

「あ、あああ」

 

 口の中に広がる甘露。

 

 駄目だ。これは駄目だ。ユエの吸血衝動が決壊する。

 

 一度でも味わった以上、抗うことなどできない。

 

 

「愛してるよ、ユエ。お前の全ては俺のものだ。誰にも渡さない。それが例えお前自身であろうともな」

 

 

 ハジメはユエを抱きしめながら、自身の想いを告げる。

 

 

 ユエを愛している。幾度も告げてきた言葉であり、最初から最後までハジメの言葉の熱量は変わらない。

 

 

 彼女を愛している。彼女のためなら何もかも捧げたいと思うほどに。

 

「それに言ったじゃねぇか。俺の全てはお前のものだって。……遠慮はいらない。全部持っていけ」

 

 

 その言葉が……ユエの最後の理性を切ってしまう。

 

 

 いつも以上に長く伸びた牙をハジメの首筋に深々と突き刺す。

 

 

 ゴクン  ゴクン  ゴクン

 

 

 衝動に従いハジメの血を貪欲に取り込んでいく。

 

 もっと、もっと。

 

 今までの吸血行為とは比較にならない勢いで、ハジメの体中の血を魂ごと吸い上げていく。

 

 

 ドクン  ドクン  ドクン

 

 

 ユエが血を吸う度に、ハジメの心臓の鼓動が弱くなっていく。体温が失われ、ついにはドンナーを握る手が緩み、ドンナーを落としてしまう。

 

 それでもユエは吸血をやめられない。今はただこの極上の甘露を堪能する。

 

 

 その場には、ユエがハジメを捕食する音だけが響き……

 

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ユエは、正気を取り戻した。

 

「…………えっ?」

 

 ユエは急速に取り戻していく感覚と意識に混乱する。

 

 

 今まで何をやっていたのか理解が追い付かない。ユエがはっきりと覚えているのは叔父に連れられて城の地下にあった血の池に落とされたところまでだ。

 

 その後意識が遠くなり、しばらく夢を見ていたような気がする。とても幸せな夢を見ていたような、耐えがたい悪夢を見ていたような。

 

 ユエは徐々に認識をはっきりさせていく。

 

 

 そこでようやくユエは己が抱えているものに意識が移る。

 

 

 その冷たくなったものが何なのかユエには理解できなかった。

 

 

 それは良く知っているはずのもので(嫌だ……)

 

 自分を助けてくれて、日の下を歩けるようにしてくれた存在で(理解しちゃ駄目だ……)

 

 世界で……一番大好きな人で(嫌だ、嫌だ!)

 

 

 

「ハジメ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユエの腕の中で、南雲ハジメが死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハジメ? 起きて、ねぇ起きて」

 

 ユエが冷たくなった身体を揺すってもハジメは起きることはない。

 

 その際ハジメの身体がいつもより軽くなっていることに気づく。

 

 それはまるで、体からごっそりと何かがなくなったかのようで。

 

「ハジメッ、ねぇ、嘘だよね!? お願い、目を覚ましてッ!」

 

 揺らしているとハジメの身体がユエから崩れ落ちる。そしてハジメの首筋についている二つの穴を見たことで、ユエは全てを理解した。

 

「あ、ああ、ああああ」

 

 

 吸血衝動に負けて、自分がハジメを殺してしまったのだと。

 

 

「嫌、嫌ッ、嫌ァァァァァァァ──ッッ!!」

 

 

 心が壊れる。それを確信させるほどの少女の叫びが、滅びた都市に響き渡る。

 

 もう何も考えたくない。けど考えずにはいられない。もうこの世にハジメがいないかもしれないなんて。

 

 冷え切ったハジメを抱えながら泣き叫ぶユエ。

 

 このまま魂が壊れるかという瀬戸際に……

 

「”鎮魂”」

 

 魂魄魔法であり精神を落ち着ける作用のある魔法がユエに向けて放たれる。それにより、ユエは強制的に発狂するのを抑えられる。

 

「落ち着きなさい、アレーティア」

「叔父……様。叔父様ッ、お願いッッ、ハジメを助けて!! 私、なんでもするから、だから!!」

「残念だが、私では彼を救えない。だが、今の君なら彼を救えるはずだ」

「えっ?」

「落ち着きなさい。どうすればいいかは、君の中に流れる血が教えてくれる」

 

 ユエはしばらく目を閉じて心を落ち着かせる。”鎮魂”が無理やりユエの心を奮い立たせることで、ユエは自身の血を全身で感じる。

 

 そして……開かれたユエの目は再び黄金に輝いていた。

 

 ユエは仰向けになったハジメの身体にしな垂れかかる。全身を触れさせながらハジメの首筋まで顔を寄せ、再びハジメの首筋に噛みつく。

 

 そして再び血は流れ始める。今度は先ほどとは逆。血管の通ったユエの牙から、ユエ(真祖)の血がハジメに送られる。

 

 

 地球に存在する数多の吸血鬼の伝説。その中でも非常にメジャーな能力が存在する。

 

 否、むしろその能力を持っているがゆえに、吸血鬼は数多の怪物の中でも特に恐れられることになったと言っていい。

 

 

 

 ──真祖の吸血鬼固有技能──『死徒創造』

 

 自分が血を吸い、そして自分の血を与えたものを己の眷属に変える。

 

 

 

『吸血鬼に血を吸われた人間は吸血鬼になる』

 

 

 その伝説を再現するような技能。

 

 

 

 死んでいたハジメが、大きく目を見開いた。

 

「ぎぃい、があぁぁぁぁぁぁ──ッッ!」

 

 奈落の底にて初めて魔物を食べた際に起きたような変身が再び起こる。

 

 ハジメの身体を診察した香織は、ハジメは魔物を食べたことで完成されていた南雲ハジメという存在に外付けで強化措置が齎されたと診断した。

 

 だが、これは以前の現象とは根本的に違うものだ。

 

 体に侵入した真祖の血によって南雲ハジメそのものが暴力的に書き換えられていく。

 

 

 この瞬間、『人間』南雲ハジメは確かに一度死んだのだ。

 

 

 そして蘇る。真祖の眷属として……

 

 

 ──『吸血鬼』南雲ハジメは再誕した。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

「やれやれ、最後はどうなるかと思ったが、どうやら思惑通りに事が進んでいるらしい」

 

 崩壊した王城の下、ディンリードは今までのことを振り返る。

 

 本当に長かった。ここまで来るのに幾度も困難が立ちはだかり、どれか一つでも欠けていたらここまでこれなかっただろう。

 

 なにより、一番の懸念事項だった自分が間に合ったというのが幸運だ。

 

 

 ド ク ン

 

 ティンリードは胸を抑える。

 

 身体の奥底から湧き上がってくる暴力的な意思。そして飢餓がディンリードを襲うが、それを強靭な精神力で押さえつける。

 

「焦るな。良くも悪くも、貴様との決着は間もなく付く」

 

 苦痛に顔をゆがめるディンリードの下に、空間魔法にてミーシャが現れる。

 

「ご無事ですか? ディンリード様?」

「ああ、こいつとの付き合いも長い。やっと解放されると思うと済々するよ」

「……そうですか」

 

 解放されるというのがどういう意味を指すかをわかっていながら、ディンリードはミーシャの前で笑って見せる。

 

「ですが、顔色が優れないのは如何なものかと。もう間もなくかの少年の眷属化が完了します。ですので……」

 

 ミーシャはおもむろにドレスをはだけて、首筋を差し出す。その行為は二人にとってなれたものだった。

 

「んん、ああ……」

 

 ディンリードがミーシャの首に牙を突き刺すとミーシャに甘い疼きを与える。

 

「あなたの……勝利を祈っています」

「…………ああ、もちろんだとも。心配せずとも、負けはしない」

 

 ミーシャの血を吸ったディンリードは目を黄金にしつつ魔力を解放する。

 

 それは300年という長き日をかけて自分のものとした異端の力。

 

 

 ──大災害『淵魔』

 

 かつて神エヒトと最も長く戦い続けていたという神話の力が今蘇る。

 

創造展開──紅月ノ悪魔城(キャッスル・ヴァニア)

 

 

 ディンリードの心象領域が展開され、崩れ落ちた魔王城が蘇る。

 

 

 その上空には、異常な大きさになった紅い月があった。

 

 




>私も、私も大好きだよ!!
純愛少年に愛の言葉を囁かれた特級禍呪怨霊。あるいは月の姫の大歓喜。
人外が人間の少年に向ける重すぎる愛。

>ハジメとユエ
ユエ:ハジメを助けるためなら、ユエとして生きた時間を全て捨ててもいい
ハジメ:ユエを助けるためなら、文字通り全部捧げてもいい。

二人の想いの強さはこれくらいでもいいと思うわけです。そして本作のハジメはユエ一筋なので、文字通りユエに全てを捧げる覚悟があります。

>死徒創造
原作の使徒創造の力とは相反する闇の力。
「吸血鬼に血を吸われた人間は吸血鬼になる」という伝説を表すような技能。
童貞である必要はないが、血を吸うだけでなく一定量の血を与えられなければならない。
さらにこの技能によって吸血鬼がどのレベルになるかも本人次第。資質がないと最底辺の喰人鬼(グール)スタートになることもあり得る。もし元々吸血鬼だった場合、吸血鬼としての位階が上がる。

次回は今度は二人揃って叔父様への挨拶に行きます。
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