ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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今回オリジナル色強めです。


森の聖域

 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据え一行はそれなりに早いペースで進んでいた。

 

 今ハジメはユエとシアに挟まれながら運転している。いや大物になるとは思ったが早速ハーレムを作るとは。蓮弥が友人のモテ具合に戦慄していると、それに気づいたわけではないのだろうが、ハジメが話しかけてくる。

 

「なぁ蓮弥……お前……もう平気なのか?」

「ん? なんだよ急に……」

 

 ちなみに会話する時はエンジン音をオフにしている。走り心地といい、本気で持って帰りたいものである。

 

「いやな……俺は何も感じなかったけど……お前のような反応が普通なんだろうなって思ってな」

 

 そこで、蓮弥はようやく帝国兵との戦いのことを言っているのだと気づく。どうやら初めての殺人に蓮弥が参っていると思っているらしい。

 

 そこは見くびらないでほしいと言いたい蓮弥だったが、魂を取り込んだなんてことを知らないハジメには、殺人に参っているようにしか見えないかと考え直す。

 

「心配かけて悪いな。たぶん次からは平気だ」

 

 あれから三十人分の魂を取り込んだがやっぱり何事もなく平然と受け入れられた。あとは蓮弥の許容量を超えなければ大丈夫だろうと結論は出ている。

 

「ならいいけどな」

 

 ハジメは奈落の底に落ちて変わった。生きるために必要な機能以外の全てを削ぎ落としユエと出会う前は自分が生き残る為なら何をしてもいいというところまで思考が堕ちていたという。そんな彼をユエが変えたわけだが、蓮弥が全く影響していなかったわけではなかった。

 

 

 あの日あの時、ベヒモスに追われ、魔法で突き飛ばされた時ハジメは絶望していた。そんな中ただ一人蓮弥は落ちようとしているハジメを助けるために手を伸ばして助けようとした。その後結局一緒に落ちたり、一度襲われたりもしたが、その蓮弥の行動にハジメは救われたのだ。もっとも蓮弥にそれを言ったら申し訳なさそうにするだろうが。

 

「あの、あの! みなさんのこと、教えてくれませんか?」

 

 シアがこんなことを言い始めた。話を聞いてみるとずっとはみだしものだと思っていた自分に仲間がいるかも知れないと、谷底で会った時から気になっていたのだという。

 

 蓮弥達は道中やることもないし話してやることにした。その結果

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~」

 

 と蓮弥達の境遇を聞きシアが号泣したり、

 

「えっ! ユナさんってアーティファクトなんですか!?」

 

 とユナの存在に驚愕したりした。リアルにエルフみたいなのもいると聞いているが、やはりアーティファクトが人間の姿を取るということは聞いたことがないらしい。本当は全然違うのだが別に訂正する気はなかった。ユナを物扱いするなら話は別だが、シアの様子を見たところその心配はなさそうだ。

 

 

 それからシアが一行についていく宣言をしたりして、それをハジメが即答で断ったりすることがあったが、一行は無事【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。

 

「それでは、皆様。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆様を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

 

 シアの父親のカムが、一行の代表であるハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った“大樹”とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。

 

 

 蓮弥達はその大樹が大迷宮の入口だと睨んでいた。もし樹海が大迷宮ならばそこら中に奈落レベルの魔物が潜んでいることになり、樹海が亜人族が住めない魔境になっているはずだからである。

 

 

 そして一行は気配遮断を行い──できない蓮弥は軍帽の機能を使い、ユナを自分の中に戻した──カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 道中魔物に襲われるも、このメンバー相手には力不足だった。

 ある魔物はハジメの義手のギミックの試運転のための犠牲に、ある魔物はユエの放つ風の刃でバラバラになった。ハウリア族の少年にとってハジメはヒーローみたいなものらしく、目をキラキラさせてハジメを見ている。……一応蓮弥も『活動』の大砲を用いて倒したりしているのだが、見えなくしている上に地味なため目立ってはいない。

 

 

 また道中で虎の亜人族に見つかり、場に緊張が走る場面もあったがハジメが威圧と共に警告して解決。その後、大樹に行くには一定の周期を待たなくてはならないことがわかり──ハジメがハウリア族に説明を求めたが一族全体が残念であることがわかっただけだった──仕方なく一行は次の周期が訪れる10日後まで、亜人国フェアベルゲンに滞在することになったのだ。

 

 

 そしてその10日間、ハジメはハウリア族が今後生きていけるようにするための訓練を、ユエはシアに魔法を使う訓練を行うことになった。

 そして、蓮弥はというと……

 

「ああ……暇だ……」

 

 暇を持て余していた。

 最初からなにもしていなかったわけではない。当初蓮弥はハジメと一緒になってハウリア族の訓練に参加していたのだ。だがしかし、温厚な種族という限度を超えたハウリア族の体たらくにハジメがブチギレ、ハー○マン軍曹ばりの汚い言葉を使ってスパルタ訓練をやり始めた段階で撤退した。

 

 

 ユエの方はユエの方で、なにやらシアがこの旅についてくるかこないかの真剣勝負みたいなことをやっていたので入れなかった。フェアベルゲンを散策しようにも表向き許されたとはいえ、基本よそ者扱いで敬遠されているため居心地が悪い。

 

「さて、どうしたものか」

 

 このままでは自分だけなにもしていないニートになってしまう。

 

「あの……蓮弥、少しいいですか?」

「ん? どうしたユナ……」

 

 そこには控えめな様子で蓮弥の裾を引っ張ってくるユナの姿があった。

 

「もし時間があるなら、少し行きたい場所があるのですが……いいですか?」

「行きたい場所?」

 

 行きたい場所というのが気になるので蓮弥は付き合ってやることにする。……暇だったし。

 

 

 というわけで蓮弥とユナは二人で樹海まで来ていた。ハウリア族の誰かを借りようかと思ったがユナが必要ないと言ってきた。なんでも木々が道を教えてくれるらしい。

 

 

 どうやらユナは触れたものの情報や思考なんかを読み取る能力があるらしくそれを応用すれば迷うことなく進むことができるようである。

 蓮弥はその能力を聞いて思い浮かぶものがあった。Dies iraeの怪しい神父枠であるヴァレリア・トリファが生まれつき持っていた能力『霊的感応能力』である。「石がラジオに、人が本に見える」というほどに強力な力を持っていたが故に、彼は人生を狂わされたわけだが、どうやら彼女は幸いにもオンとオフを完璧に切り替えられるらしく、普段はいらない情報は取り入れないようにしているらしい。

 

 

 ……正直ユナの能力を使えばハウリア族いらないんじゃ……とか思ったりしたが、とりあえずハジメにはしばらく黙っていようと思った蓮弥だった。

 

 

 そんなユナの先導の元歩くこと数十分。ようやく目的地にたどり着いた。どうやら洞窟らしい。

 

「というか今更だけど勝手に入っていいのか?」

 

 一応亜人族の領地なんだし後で問題にならなければいいが。

 

「問題ありません。入ってもいいと言っているので。渡したいものがあるそうです」

 

 ユナがそういうならと蓮弥は洞窟の中に入る。

 やはりというべきか、魔物が巣を張っていたが問題なく倒す……だが。

 

(ここの魔物……明らかに樹海にいる魔物とはレベルが違うんだが)

 

 まさかここが大迷宮とかいうオチはないだろうな、と蓮弥が軽い気持ちで来るべきではなかったかと思い始めた。迷路のようになっている道をユナのナビによって進んでいる内に、なにやら他より広い空間にでてくる。どう考えてもボス部屋である。

 

「ユナ……」

 

 蓮弥はユナに戻るよう促す。

 

「オオオオオオオオ!!」

 

 見た目は木でできたゴーレムだろうか全長十メートルくらいのそれが地面から生えて来るように現れた。どうやら渡したいものとやらは簡単にはくれないらしい。

 

「──Yetzirah(形成)──」

 

 ユナを武装として形成し、現れた剣を敵に向けて構える。

 そして、相手はこちらを認識したのだろう。

 再び地が唸りをあげるような叫び声をあげる。するとその声に引かれるようにしてやつよりは小さいトレントもどきが大量に出現する。

 

「まずは小手調べってことか」

『術式補助に入ります。蓮弥ッ、指示を!!』

 

 一斉にトレントもどきが襲いかかってくる。

 蓮弥はその攻撃を避け、トレントもどきを一体を袈裟斬りにする。

 

 倒れた同胞を顧みることなく突撃してくるのこりのトレントもどき。

 次々斬り伏せていくが、減る様子がない。この手の数で攻める相手にはやはり剣は効果が薄いのか。

 

「わかってたけどラチがあかないな。……ユナッ」

 

聖術(マギア) 5章1節(5:1)……"聖風"

 

 刀身に風が纏わりつく。それをさらに圧縮する形で集め、トレントもどきに向かって刃状にして放つ。

 

 それはトレントもどきを纏めて蹴散らし、樹木ゴーレムに向かっていき、直撃した。

 

 奈落の魔物でも百匹くらいまとめて倒せる攻撃だったんだが効果はどうだろうか。

 

 一応期待してみたが、樹木ゴーレムは傷を負ってはいなかった。

 

「予想以上に硬い、それなら……‥」

 

 なら直接斬ればいいと考えた蓮弥は、ゴーレムにその身体能力でもって近づく。

 

 気づいたようでその太い巨腕をあげて防御態勢に入るが、遅い。

 

 もう一度、今度は鋭く刃状に"聖風"を纏い、相手の巨腕を斬り落とす。

 

「なっ!!」

 

 そして今度は蓮弥が驚愕した。

 

 斬り落とした腕が瞬きする間もなく再生したからだ。

 

 そしてその事に対応できずに蓮弥はその巨腕に殴られ、吹き飛ばされた。

 

「っ!!」

 

 そのまま壁に激突する。

 

「……これはなかなか厄介だな」

 

 攻撃は霊的装甲で防御したのでダメージ自体はなかったが、あの再生力は驚嘆に値する。恐ろしく頑丈な上に吸血姫(ユエ)以上の回復力。

 

(だけどそういう類のやつは、決まったルールで倒せることが多い)

 

 五行思想などがそうだろうか。昔ながらの神秘というものは原始的なルールで対応できるというのが典型。

 

(この密室空間でやりたくはなかったけど……燃やすか)

 

聖術(マギア)1章1節(1 : 1)……"聖炎"

 

 今度は風ではなく炎を纏う。木を制するなら火を。五行思想の基本ルールだ。

 

 再びトレントもどきの大群が襲ってくるが、意に介さず突破する。

 そして樹木ゴーレムに肉薄し、連撃を浴びせる。

 

 今度は食らってはたまらないと判断したのか、その巨体に見合わぬ速度で巨腕を振るい対抗してくる。

 

聖術(マギア)2章1節(2 : 1)……"謐水"

 

 蓮弥は相手の足元にむけて()()()圧縮された水を放つ。別に剣に纏わせなくては使えないとはいっていない。

 

 ゴーレムはできた穴に足を捕らわれて体勢を崩す。

 

 蓮弥はその隙を逃さず、ゴーレムに刃を深々と突き刺し、炎を直接中に注ぎこんだ。

 

 

 炎上するゴーレム。流石に再生することはできないのかそのまま土へと返っていった。

 

「ごほ、ごほ、ごほ。なんとかなったか」

 

 視界が煙で充満する。流石に聖遺物の使徒が一酸化炭素中毒で死なないとは思うが、煙たいものは煙たい。

 

 蓮弥はさっさとこの煙が充満した空間を抜ける事にした。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そしてしばらく歩いていくとそこに辿りついた。

 

 

 それは神秘的な光景だった。

 

 

 緑光石がこの空間に満ちる濃い魔力に反応しているためか、他の空間よりかは断然に明るい。よく見るとそこら中に鉱石があるためか、宝石のように光っている場所もある。奈落に落ちるきっかけになったグランツ鉱石もあるようだった。

 

 

 だが、そんなものはこれに比べたら些細なものだった。

 それは、この空間の中心に浮かんでいた。それから滴り落ちる水は下に溜まり巨大な泉になっている。

 

「これはまさか神結晶か!?」

 

 神結晶はこのトータスですでに失われた伝説の鉱物と言われており、蓮弥はハイリヒ王国の図書館でそれの存在を知ったが、実は馴染みがないものではない。なぜならハジメがポーション石と名付け確保していたからだ。神水がとれなくなってからもハジメは命の恩人ならぬ命の恩石として大事にとっている。だから蓮弥が驚いたのは神結晶の存在ではなく、その大きさだった。

 

 

 ハジメが手に入れた神結晶は大きさ約三十cmほどの石だったが、目の前に浮かんでいるクリスタル型のそれは直径五メートルを超えている。もし下に広がる泉が丸ごと神水だとしたらとてつもない量だ。これだけで世界中の病に苦しむ人全員に渡してもおつりがくるはずだ。

 

 

 神結晶は空間の魔力が何千年という時間をかけて結晶化したものであるという。ならばこの結晶は一体何万年クラスの代物なのか。

 

 

 横を見ると、いつのまにか形成していたユナがそれを見上げている。

 なにか意思疎通を図っているのか時々頷いているようだった。

 

 

 そしてしばらくすると神結晶の一部がひび割れ、そのかけらがこちらに飛んでくる。拳大のそれを拾い上げた。ユナのように感応するまでもなく意味はわかる。

 

「使えってことか」

 

 まだ神水は滴り落ちている。しばらくは使えそうだった。

 

「ありがとうございます」

 

 ユナがお礼を言っている。どうやら対話を終えたらしい。

 

「こいつはなんて言ってたんだ?」

「世界に危機が迫っている。それを止めて欲しいと」

 

 ユナはそこで一泊置いた。

 

「あとは彼に救いをとも言っていました」

「 ……誰のことだ?」

「わかりません」

 

 どうやらそこまでは教えてもらえなかったらしい。そこで蓮弥はこの巨大神結晶の処遇をどうするか考える。

 

 

 間違いなく言えるが、亜人族を含め、誰もこれの存在には気づいていないだろう。神水は不老不死の秘薬ともいわれる伝説のアイテムである。もしこいつの存在を公開した場合、こいつを巡って戦争が起きてもおかしくない。ハジメは魔物の肉と神水を使って今の規格外の力を手に入れた。これだけの量の神水があればハジメクラスの化物を大量に生み出すことができる。様々な利用価値を含め、存在を知った者は放っては置かないだろう。

 

 

 考えた結果、こいつはこのまま放置することにした。公開することのデメリットが大きすぎるからだ。

 

 

 そして蓮弥はユナと共に外へ出た。おそらくこの洞窟には真っ当な手段ではたどり着けないのだろうが、念のため入口を隠すことも忘れずに行う。これで当分見つかることもないだろう。

 

 

 蓮弥とユナはフェアベルゲンに帰還した。

 できればあれが誰にも見つからないよう祈りながら。




神結晶おかわり。
知っている人は知っているかもしれませんが、ハジメが使っている神結晶は人工物が元ですが、これは正真正銘の天然物。ある意味土着神といってもいいかもしれない代物。

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