ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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Dies iraeは終わらない。何度でも蘇る。

最終決戦もやっと終盤に突入


集結する意志

 虚無の中心で。

 

 真なる神滅剣を携えた蓮弥だけが、確かにそこに立っていた。

 

 だがその表情に、余裕はない。

 

 世界から切り離された極小の領域。

 その中心で、蓮弥は静かに呼吸を整えている。

 わずかでも気を抜けば、展開した“虚無”が外へと流れ出しかねない。

 

『落ち着いてください。私が補助します。

 ゆっくりで構いません──閉じてください』

 

「ッ……ああ」

 

 喉の奥で息を殺しながら、蓮弥は頷く。

 手にした神滅剣へと意識を集中させ、開いた創造を慎重に収束させていく。

 

 周囲に満ちていた虚無が、わずかずつ後退する。

 言葉を拒絶し、存在を許さず理を終わらせる領域が、剣の中へ、剣の奥へと折り畳まれていく。

 

 決して、漏らしてはならない。

 

 この世界に、この理を流出させれば──取り返しがつかない。

 

 胸の奥で緊張が軋む。

 だが、刀身を通じて伝わるユナの補助が、それを支える。

 

 やがて、虚無は完全に収束した。神滅剣は再び外装を纏い、ただの大剣の姿へと戻る。

 

 創造を解除した瞬間、蓮弥はようやく長く詰めていた息を吐き出した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 膝がわずかに揺れ、視界の端が暗く滲む。

 

 蓮弥の“真の創造”。

 それは、想像していた以上に──危険な力だった。

 

 まず、負担が桁違いだ。

 

 当然だろう。僅かとはいえ、神ならぬ身でありながら、現世界の理そのものを否定する力を振るったのだ。

 

 世界の修正力は最大限に働く。存在の整合性を守るため、容赦なく術者を潰そうとしてくる。

 

 今回で二度目の発動。だが、一日に何度も使えるような代物ではない。

 

 そして──最大の問題は、そこではなかった。

 

「……また、近づいたな」

 

 魂の奥で、確かな手応えがある。この創造を使うたび、自分の位階が“流出”に近づいていく感覚。

 

 どれほどの距離が残っているのかは分からない。一日一度の使用を百年、千年続けても届かないかもしれない。

 あるいは──次に使った瞬間、臨界を越える可能性すらある。

 

 だが、ひとつだけ確かなことがあった。

 

 もし蓮弥の渇望が流出位階へ到達すれば──生まれるのは、当代の座を破壊するためだけに特化した虚無の流出。

 

 その瞬間、世界に残る結末はひとつしかない。

 

 最悪だ。

 

『……やはり、真の創造は危険すぎます。

 今まで通り、剣の形で制御した状態での使用が最適かと』

 

「ああ……」

 

 蓮弥は小さく頷く。

 

「できれば──もう使いたくないな」

 

 最強の力とは、振るうたびに終わりへ近づく力のことだったのだから。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥が急ぎ足で広場へ戻ると、そこに広がっていたのは──戦闘の残滓だった。

 

 石畳は抉れ、建造物は崩れ、空気には焦げた魔力の匂いが残っている。だが、刃は交わされていなかった。

 

 雫とフレイヤは、互いに一定の距離を保ったまま対峙し、奇妙な均衡の中で動きを止めていた。

 

「蓮弥! 無事だったのね……良かった」

 

 振り向いた雫が、露骨な安堵を浮かべる。肩の力が抜けるのが、遠目にも分かった。

 

「ああ、なんとかな。あの神父との戦いは終わった」

 

 蓮弥は短く告げる。

 

 それ以上は言わない。光輝の名も、結末も。

 自分が一人で戻ってきたという事実だけで勘の良い雫なら十分に察してしまうだろう。

 

 だからこそ、今は触れない。

 

「優花は?」

「大丈夫よ。今ちょっと邯鄲の夢が使えないけど、使えるようになったらすぐに蘇生するから」

「そうか。で──お前はどうする?」

 

 事前に眷属である優花の不死性を聞いていた蓮弥は雫の言葉に安堵しながら、視線をフレイヤへ向ける。

 

 雫の終段を受けた傷は深い。血は止まりかけているが、立っていること自体が不思議なほどだ。それでも致命傷は外している。紙一重で、生き延びていた。

 

「…………なんか、もういいわ」

 

 フレイヤは肩を竦め、長く息を吐いた。

 

「空気、読めるでしょ? あんたがあんな力をぶちまけた後で、はい再開って感じでもないし」

 

 あの瞬間。虚無の気配が世界を掠めたとき、戦いは強制的に止められた。理屈ではない。本能が、続行を拒否したのだ。

 

「あの神父、死んだんでしょ?」

「ああ」

 

「なら私にかけられてた制約も消えたってこと。つまり──ようやく自由の身ってやつよ」

 

 その声音には、皮肉も憎悪もない。ただ、長い拘束から解放された者の、空虚な軽さだけがあった。

 蓮弥はわずかに目を細め、そして警戒を解く。少なくとも今、この場で刃を向ける気はない。

 

 神エヒトの力を奪い、歪んだ奇跡を振るったダニエル・アルベルトは消滅した。蓮弥以外の到達者であるフレイヤは矛を収めた。

 

 ならば、ここから先は──後始末だ。

 

 地上では未だ、神の使徒や魔物が暴れているはずだがもはや勝敗は決している。

 

「一応、エヒトについても対処が必要ですね」

 

 形成したユナの声が静かに響く。

 

「とはいえ、先ほどエヒトの力の大半は滅ぼしました。現在の彼は神威を失った残滓に等しい存在。本体に残っているのは、僅かな力のみのはずです。おそらく逃げる力も残っていないでしょう

 」

「なら、優先順位は下がるな」

 

 雫が一歩、蓮弥に近づく。

 

「……ねえ」

 

 その声は、戦闘中とは違う。

 

「本当に、全部終わったの?」

 

 一瞬だけ、間が空く。蓮弥は視線を逸らさずに答えた。

 

「ああ。終わったよ」

 

 嘘ではない。だが、すべてを言ったわけでもない。

 

 広場に、静かな風が吹き抜ける。

 

 長い一日の終わりが、ようやく見え始めていた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして──

 ダニエル・アルベルトの消滅は、広場だけに留まらなかった。

 

 その死は、今この瞬間も世界各地で繰り広げられている神話大戦そのものに波及していく。

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 最初に異変を察したのは、神の使徒たちだった。彼らの体を満たしていたはずの神威が、突如として断絶する。供給されていた膨大な魔力が、糸を断たれたように途絶えた。光を帯びていた瞳が濁り、空中に浮かんでいた個体は力を失って落下する。

 

 まるで──

 

 操り糸を切られたマリオネットのように。

 

 四肢はばらばらに地へ叩きつけられ神聖さを纏っていた肉体はただの骸へと変わっていった。

 

 地上に展開していた部隊も同様だった。猛威を振るっていたはずの神の使徒たちが、次々と膝を折る。

 

「こいつら、どんどん倒れてくよ」

 

 氷の魔法陣を展開し続けていた宮崎奈々が、呆然と呟く。

 

 彼女が作り上げた無数の氷像の間を縫うように生きていたはずの使徒たちが崩れ落ちていく。

 

「ああ……どうやら藤澤たちがやってくれたみたいだな」

 

 神の使徒と魔物の死体を積み上げていた永山重吾が乱れた胴衣を整えながら言う。

 

『司令部より全軍に通達します』

 

 戦場全域に響き渡る拡声魔法。ハイリヒ王国王女リリアーナの凛とした声が、世界を貫く。

 

『悪しき神の加護はすでに断たれています。今こそ好機です──残敵を掃討してください』

 

 一瞬の静寂。

 

 そして。

 

「勝利を!」

「我らに明日を!」

 

 各地で鬨の声が上がる。士気は爆発的に上昇し戦場の天秤は一気に人類側へと傾いた。神の使徒は、もはや“神の軍勢”ではない。ただの、力を失った残骸に過ぎなかった。

 

 そして、空にも異常が出現する。変化は地上だけでは終わらない。

 

 空が、歪む。

 

「あぁ、神よ……」

 

 戦いの全貌を知らぬ一般市民が、震える声で天を仰ぐ。蒼穹の上に、異様な光景が広がっていた。空と大地が反転した異界。天に大地があり、そこに城塞と森と山々が存在している。

 

「あれが……神域か」

 

 竜人族の長アドゥルが、低く呟く。

 

 悪しき神エヒトの本拠地。本来は位相を異にし、現実世界とは交わらぬはずの領域。それが今、半ば強引に現実へと引きずり出されていた。

 

 だがその神域は、安定していない。空間は歪み、輪郭は崩れ、世界との接続が維持できずに軋んでいる。

 

 それはすなわち──神域を支える神自身が、もはや力を保てていない証。

 

 崩壊は、時間の問題だった。

 

 しかし良いことばかりではない。位相の異なる世界が接触した影響で神域に棲まう魔物や神獣たちが、境界を越えて溢れ出す。

 

 空の大地から、黒い影が次々と落下してくる。

 

 翼を持つ異形。

 巨躯の獣。

 神気を帯びた怪物。

 

「まだあんなに……!!」

 

 誰かの叫びが戦場に響く。

 

 神は倒れた。だが、その遺骸が世界に牙を剥く。

 

 神話大戦は、終わっていない。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 空の神域より降り注ぐ魔物は、なおも各地の戦場を荒らしていた。

 

 神の使徒は崩れ落ちた。だが、神域に棲まう魔物や神獣の群れは止まらない。

 

 連合軍は確かに押し返していた。しかし、長時間に及ぶ戦闘で誰もが疲弊している。いかにハジメの作り上げたアーティファクトの加護があろうとも、精神力の消耗までは補えない。

 

 武器があっても、人間は無限に戦い続けることはできないのだ。

 

「まだあんなに……!」

 

 北の戦線に所属する兵士の叫びが戦場に響く。空から降り注ぐ魔物が、今まさに兵士を踏み潰そうとした──その瞬間。

 

「しっかりするのじゃ。この程度で崩れるほど軟な戦線ではなかろう」

 

 獄炎。

 

 空より降り注いだ黒炎が、襲い来る魔物を呑み込む。その群れごと焼き尽くしていく光景に兵士たちが思わず息を呑んだ。

 

「安心せい。この戦場は妾が抑えよう」

 

 魔人族の勇者フリード・ハグアーとの戦いに勝利した竜人族の姫──ティオ・クラルスが、同胞たちを率いて連合軍の戦線へと降り立った。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 前線を指揮するガハルド・D・ヘルシャーもまた、空から降り注ぐ魔物の存在を把握していた。

 

「やれやれ……まだあんなにいんのかよ」

 

 力こそ全て。その思想のもと発展してきた帝国には、当然ながら好戦的な住人が多い。

 

 ある者はコロシアムで血に酔い。

 ある者は大迷宮で千金を求め。

 ある者は戦場で武功を求める。

 

 戦いこそが産業の中心。長きにわたり戦の絶えない世界だったからこそ、この国は発展してきた。

 

 だが──ここに至って、その流れは大きく変わる。ガハルドはそう確信していた。

 

「もう一生分戦ったって奴は多いだろうな。この戦いの後、前線を退く奴も増えるかもな」

 

 常人であれば、どれほど戦いが好きだと言っても限度がある。修羅道に生きる戦鬼でもない限り、戦いとは本来、生活を豊かにするための手段に過ぎない。

 

 この戦いにより、長年世界中で戦争を扇動していた悪神は討たれる。ならば、世界は急速に和平へと舵を切るだろう。

 

 否──切らざるを得ない。

 

 人族も、魔人族も、亜人族も。どの勢力も、すでに疲れ果てているのだから。

 

「まぁ、そこであえて覇を唱えるって選択もあるっちゃあるが……」

 

 ガハルドは首を振る。

 

「やめた方がいいだろうな」

 

 どう考えても袋叩きにされる未来しか見えない。それに、自分ももう若くない。そろそろ世代交代を考えるべき時期だ。

 

 もっとも──

 

「この戦いを生き残れたらの話だがなッ!」

 

 迫りくる魔物を斬り捨てる。

 

 昇華魔法《王軍》は未だ効果を発揮している。だが、それもいつまで持つかわからない。

 

 それでもなお、空の異界から魔物は次々と降ってくる。

 

「数が多すぎる……!」

 

 兵士の悲鳴が上がる。

 

 その瞬間──轟音が戦場を揺らした。まるで隕石が落ちたかのような衝撃が発生し、土煙が大きく巻き上がる。

 

「……なんだ!?」

 

 兵士たちが目を見開いた次の瞬間。

 

「よいしょぉぉぉ!!」

 

 振り下ろされた巨大なハンマーが地面を砕いた。衝撃波が四方へ走り、魔物の群れをまとめて吹き飛ばす。

 

 土煙の中から現れたのは兎人族の少女。

 

 シア・ハウリアだった。

 

「皆さん、大丈夫ですかー!」

 

 ハジメが用意した予備のドリュッケンを肩に担ぎ、シアはにかっと笑う。

 

「ここからは、私も手伝いますよ!」

 

 その背後では、次々と亜人の戦士たちが戦場へ躍り出ていた。

 

 ハウリア族──

 

 かつて弱者と呼ばれ、虐げられてきた一族が、今や連合軍の援軍として戦場に立っていた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 戦場は持ち直しているが、それは決して圧倒しているわけではない。神の使徒が機能停止してなお、神域から降り注ぐ魔物の数は膨大だった。

 

 戦いが続く以上、負傷者も増え続ける。後方の治療班はすでに限界に近かった。

 

「くそ……まだ来るのか……!」

「治癒師は!? ちくしょう、もう全員フル稼働か!」

「治癒魔法が使える奴は天職関係なく治療に回れ!」

「薬はありったけ使え! 異世界の勇者達から送られた魔法薬もここが使いどころだ!」

 

 世界を巻き込む神話の戦争。その規模を考えれば、奇跡的と言えるほど死者は抑えられていた。

 

 王都から送られてきた常識外れの性能を持つ治療薬が、戦場の命を繋ぎ止めていたからだ。

 

 だが、それも無限ではない。

 

 一本でも目玉が飛び出るほど高価であろう薬を、湯水のように消費してようやく死者を抑えている状況だった。

 

 そして今──神域が出現し、空から魔物が降り始めた。

 

「このままじゃ……」

 

 治療班をまとめる治癒師のリーダーが苦悶の表情を浮かべる。

 

 ここにきて敵の増援。これ以上負傷者が増えれば、医療現場は崩壊する。その瞬間こそ、本当の地獄の始まりだ。

 

 だが、その時だった。

 

 戦場に──静かな光が降りた。柔らかな白光が空から広がり、まるで雪のように戦場へと舞い落ちる。

 

「……あれは」

 

 誰かが呟く。

 

 光が触れた瞬間、裂けた傷が塞がり、折れた骨が元へ戻る。疲労に沈んでいた体が、嘘のように軽くなっていく。

 

「傷が……治ってる……?」

 

 兵士たちが目を見開いた。そして、光の中心に立つ少女の姿に気づく。

 

「あ……ああ……」

 

 治癒師のリーダーは、その姿を知っていた。アンカジ公国を襲った疫病を鎮めた奇跡を。王都決戦で焼け落ちた兵士たちを建物ごと治した伝説を。

 

 幾度も戦場を救ってきた──聖女の姿を。

 

「大丈夫です」

 

 穏やかな声が戦場に広がる。

 

「もう、ここで誰も死なせません」

 

 異世界より来た治癒の聖女。

 

 白崎香織。

 

 彼女の展開した広域治癒魔法が、戦場全体を包み込んでいた。

 

 倒れていた兵士たちが次々と立ち上がる。

 

 疲弊し、均衡が崩れかけていた戦場に、確かな希望が灯った。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 こうして、各地で戦っていたティオ、シア、香織は道中でその力を振るいながらも連合軍に合流を果たした。

 

「みんな大丈夫? 怪我はない?」

 

 香織が別の戦地で戦っていた仲間を心配する。香織は戦っている最中も魔力感知を巡らせていた。だからこそ、各地で激しい戦いが繰り広げられていたことを把握している。

 

 仲間を信じてはいるが無傷で済むとも思っていない。

 

「ふむ、妾は無事……と言いたいが、少々傷が残っておるな。フリードの奴が最期の最期で魔人族の勇者としての意地を見せおってな」

「私も……まぁちょっと無茶しちゃいましたね……」

 

 当代最高の治癒師と言っても過言ではない香織の前で嘘をつく必要はないと考えるティオとシアが自らの状態を正直に告白する。

 

 すぐさま香織は『聖棺』を発動し、二人の状態を診る。

 

「ティオは光属性の毒がまだ残ってるね。シアは……ちょっとオドが乱れてるかも」

 

 香織は静かに息を整え、両手を向かい合わせる。掌の間から光が現れ、周囲に香織の魔力が満ちていくのが分かる。

 

「少しだけ、じっとしててね」

 

 優しく言いながら、魔力を流し込む。

 

 まずティオへ。

 

「”浸透看破”」

 

 淡い光が傷の隙間へと浸透し、内側に残っていた破壊の光を包み込む。フリードの残した光属性の毒がじわりとティオの皮膚表面に浮かび上がった。

 

「……これは、かなり厄介だね。放射線被曝に近いかも」

 

 ティオが最期のフリードの一撃を思い出す。あの一撃は文字通り魂の全てをかけた一撃だった。ティオは思わず苦笑するが次の瞬間、その表情がわずかに強張った。

 

 香織の治癒の光が、破滅の光毒だけを選び取るように引き剥がしていく。他の細胞やDNAは一切傷つけることなく、次々に毒を抽出し、ただ細胞やDNAを“治るべき状態”へと修復していく。

 

「……相変わらず、とんでもないのじゃ」

「かなり力技だけどね。そもそも生物として頑丈なティオだからこの程度で済んだというのもあるけど」

 

 香織はさらりと言う。

 

 細胞やDNAを一切傷つけることなく、毒だけを抽出する。それは原子レベルに干渉するような緻密な魔力操作があってこその神業。極光を当てたフリード達が勝利を確信するのもわかる。この極光の毒は現代の治癒師では治療不可能だった。

 

 やがて、ティオの体から完全に異物が消え去る。

 

「これで大丈夫。後遺症も残らないと思うよ」

「うむ、助かるのじゃ」

 

 次に、香織はシアへと視線を移す。シアの体を巡る“オド”は確かに乱れていた。無理な戦闘、限界を超えた出力。それが積み重なった結果だ。

 

「シアは……ちょっと無茶しすぎかな」

「えへへ……バレちゃいました?」

 

 苦笑するシア。

 

 だがその声には、僅かな疲労が混じっている。香織は小さく首を振り、手をシアの肩に乗せる。

 

 今度の光はより繊細に。魔力回路の流れを整え、歪みを正し、巡りを均す。暴れていた力が、静かに、自然な循環へと戻っていく。

 

「……すごい。体が、軽いです……」

「全くもう、すぐ無茶して。今後は控えるように」

「はいっ!」

 

 シアが元気よく頷く。その様子を見て、香織はほっと息をついたその時だった。轟音が遠くから響き、戦場の一角で大規模な爆発が起きた。

 

「……まだ、終わってないみたいだね」

 

 香織が空を見上げると崩れかけた神域から、なおも魔物が降り続けている光景が広がっていた。

 

「今更あの程度の魔物には苦戦はせぬが、数が問題じゃの」

「うげぇ、あのGの大群を思い出しますぅ」

 

 滝のように降り注ぐ魔物を見上げ、ティオが呆れたように息を吐く。

 神域──などと呼ばれてはいるが、その実態は混沌の巣窟。

 あれでは神の領域というより、ただの悍ましい伏魔殿と呼ぶのがふさわしい。

 

 その時だった。

 

 ──轟音。

 

 先程とは比べ物にならない、空そのものを裂くような爆音が響いた。

 

「……なんじゃ、今のは」

 

 ティオが眉をひそめた次の瞬間。空の彼方から、一本の“光の尾”が伸びた。

 

 いや──違う。それは落ちてきている。大気を焼き、空を引き裂きながら、一直線に戦場へと突入してくる。

 

「な、なんですかあれぇぇぇ!?」

 

 シアが思わず叫ぶ。流星のようなそれは、減速することなく着弾した。

 

 爆発。

 

 衝撃波が周囲の魔物をまとめて吹き飛ばし、地面を抉り取り、土煙で視界が遮られる。

 

「敵……じゃない、よね……?」

 

 香織が警戒しながら呟く。

 

 やがて煙の中から、“それ”が姿を現した。

 

 巨大な鉄塊。

 

 異様な形状をした、金属の塊。

 

 そして──その中から出てくる二つの影。

 

「げほ、げほ。ハジメ……無茶すぎ。私たちじゃなかったら移動中、潰れて死んでる」

「仕方ないだろ、げほ、げほ。これが一番移動速度が速かったんだから」

 

 黒衣に、赤い義眼。

 深紅のドレスに、金色の髪。

 

 その影を見て、シアが歓喜の声を上げる。

 

「ハジメさんッ! ユエッ!!」

 

 南大陸の果てで、ユエを取り戻すために単身別れたハジメが、ユエを伴って帰還した。ずっとシアの心に残っていた蟠りが徐々に溶けていく。

 

「おう、シア。何とかなったぞ」

 

 威勢よく手を上げるハジメに対して、ユエは罰が悪そうな顔をする。

 色々な意味で心配をかけたことは理解しているのだ。

 

「その……みんな……ただいま」

 

 そんな表情を気にすることなく、シアがユエに向かって飛び込んでいく。

 以前なら体格の差で潰されていただろうが、現在のユエの成長した姿ならなんなく受け止められる。

 

「ごめんなさい。そして……無事でよかった……」

「うん……ただいま、シア」

 

 うっすら涙を流すシアの頭をポンポンと手を置くユエ。少し前に大喧嘩した二人とは思えないやり取りだった。

 

「おかえり、ユエ。身体は……すごい、なにこれ。えっ、もしかして身体全部作り替えた? 細胞レベルで変わってない?」

「それに関しては後で説明する」

 

 ユエの身体を治せなかったことを気に病んでいた香織もユエが健常になったどころか、細胞レベルで進化していることに驚く。

 

「ご主人様も派手な登場じゃの。あんな乗り物を作っておったとは知らなんだ」

「当然だ。あれは乗り物じゃねぇ。ICBMの弾頭を外して無理やり座席を取り付けたものだ」

 

 転移を封じられた中、いち早く戦場に帰還するためにハジメがとった行動がICBM*1に乗ってくるだった。

 決戦の地が魔王城だと分かった段階で遠距離から一方的に攻撃する手段をハジメは用意していた。ユエがいなければ今頃魔人領域はミサイルの雨にさらされていただろう。

 

 正直、ハジメとユエの身体が頑丈になってなかったら考えなかった移動手段だ。

 

「さて……」

 

 ハジメは空を見上げる。降り続ける魔物の群れ。その全てを、冷たい視線で捉える。

 

「後片付けといこうか」

 

 手合わせ錬成を発動するハジメ。

 無数の銃火器、砲門、魔導兵装が一斉に展開される。

 同じく、無数の魔法を展開するユエ。

 

 空を埋め尽くすほどの“殺意”。

 

 そして──

 

 発射。

 

 赤い戦場の空が、無数の魔物を巻き込んで爆ぜた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ハジメとユエが仲間達と合流を果たした時刻から少し遡る。

 

 前線でガハルド・D・ヘルシャーが指揮を執るその裏側──王都周辺では、王国騎士団を率いるメルド・ロギンスが最後の防衛線を支えていた。

 

「お前らッ、気合を入れろ! 俺達の後ろには戦えない民達がいることを忘れるな!」

「了解!!」

 

 彼らは戦線の最終防衛ライン。彼らの後ろに戦力はなく、いるのは戦う力を持たず、強化された大結界の中で身をひそめている無辜の民。少しでも敵を通してしまえば、大勢の犠牲者が出る。

 

 空から魔物が降り注ぐこの戦場ではどこも前線だ。だからこそ彼らは、開戦から一度も休むことなく戦い続けている。

 

 今はハジメにより改善された王都の守護結界が耐えている。兵たちもハジメのアーティファクトの恩恵を受けている。だが──戦況は、確実に悪化していた。

 

「くそっ……数が減らねぇ……!」

 

 斬っても、撃っても、焼いても。空から降り注ぐ魔物は尽きることがない。騎士の一人が膝をつく。すぐに別の騎士がその前に出る。だが、その動きも鈍い。疲労は、限界に近い。

 

「結界の出力、低下しています!」

「チッ……!」

 

 メルドが舌打ちする。

 

 背後の結界が、わずかに軋んだ。ハジメにより強化された結界だが、いつまでも維持される結界など存在しない。魔物の中に魔法を破壊することに特化した魔物がいれば、その維持も危うくなる。

 

「グゼリーッ! ここは任せるぞ!」

「団長ッ! 了解しました!!」

 

 現場の指揮を副団長であるクゼリー・レイルに任せ、メルドは結界に張り付いている魔物目掛けて跳躍する。

 

 メルドもまた、悪魔の片道切符(デビルチケット)の恩恵を受け、大幅にステータスが上昇している。その恩恵を最大限生かし、結界に張り付いて結界を破壊しようとする魔物目掛けて大剣を振りかざす。

 

「起動しろ! 『竜断剣』ッ!」

 

 オスカーの隠れ家で見つけたアーティファクト『ドラゴン殺せる剣』。ハジメがその機能とダサい名前を改造したアーティファクトを現在メルドは使っている。

 

「おおおおおおぉぉぉッッ!!」

 

 その切れ味はまさにその名の通り。その一撃はドラゴンをも葬り去る。すぐさま結界にはりついていた魔物を斬り捨てた。

 

 この先には、守るべき民がいる。

 

 ──退くという選択肢はない。

 

「前を見ろォ!!」

 

 怒号が戦場を叩き割る。

 

「ここを抜かれりゃ終わりだ! 俺たちが最後の盾だってことを忘れるな!!」

 

「了解ッ!!」

 

 応じる声は、もう万全ではない。それでも、誰一人として下がらない。王国を守護する者として、異世界からの来訪者が自分たちのために命がけで戦っている最中、自分たちが倒れるわけにはいかない。その意地が彼らを戦場に立たせていた。

 

 その時だった。

 

 空が、影に覆われた。

 

「……なんだ、あれは」

 

 見上げる。

 

 そこにいたのは──

 

 これまでとは比べ物にならない、巨大な魔物。

 

 神域から落ちてくる神獣クラスの厄災。

 

 それが、真っ直ぐに──戦場へと落ちてくる。

 

「──不味い」

 

 直撃すれば前線で戦う兵達に大勢の犠牲者が出る。

 

「総員、防御に回れ!!」

 

 叫びながら、メルド自身が前へ出る。

 

 防御魔法をありったけ展開する魔導士部隊。

 

 衝撃に備え、堅牢な盾を構える守備隊。

 

 皆が皆、歯を食いしばる。

 

 分かっている。

 

 ──これは、止めきれない。

 

 それでも。

 

「……ここは、通さねぇ」

 

 覚悟を決めた、その瞬間。

 

 ──金属音。

 

 硬質な衝突音が、空気を震わせた。

 

「……は?」

 

 落下していたはずの巨大な魔物が──真っ二つに斬り裂かれた。

 

 空中にて魔素に変える神獣クラスの魔物の下に“それ”が、そこに立っていた。

 

 黒の鎧を着た存在。巨大な魔物を倒したらしきその影は、ただ静かに戦場に佇んでいる。

 

「誰だ、あれは?」

 

 動かない。

 呼吸もない。

 だが確かに、“存在”している。

 

「待てッ! グゼリーッ!!」

 

 謎の戦士の正体を確かめようとするグゼリーを手で制すメルド。

 

 その立ち姿。

 鎧の動きと動いた際の軋む音。

 そして長年培ってきた戦士としての直感。

 

 その全ての感覚が、目の前の存在を定義する。

 

 鎧の下に中身がない。こいつは──人間ではない。

 

「まさか……リビングアーマー、だと……?」

 

 リビングアーマー。

 オルクス大迷宮中層にて出現する中身のない鎧だけの魔物。そこで死んだ戦士の怨念を宿した鎧とも言われているそれはアンデット系の魔物として認知されている。

 

 今まで出てきた魔物の中でアンデット系の魔物は恵里が使役するものだけだった。だが少し前に恵里が使役するアンデット達は残らず機能を停止している。今更出てくるとはどういうことだ。メルドが内心疑問を浮かべる中、目の前のリビングアーマーは再び動き出す。

 

 上空を見ると再び巨大な魔物が降ってきているところだ。姿形はかつて誰も倒せないと言われていたベヒモスと似ていた。だが、纏う魔力はベヒモスより遥かに強い。

 

 降りてきた魔物を認識したのか、黒い鎧の戦士が手に剣を出現させ、構える。周囲にいる人間の戦士達に向けてではなく、無辜の民を襲わんとする魔物の軍勢に向けて。

 

 そして……黒い戦士が出現させたその剣を見たメルドは今度こそ動揺する。

 

「……そんな、馬鹿な……」

「なんで……おまえがそれを持っている!?」

 

 

 

 虚空の鎧の戦士は、戦場に立つ。

 

 戦えない無辜の民を背にして、彼らの平和を奪わんとする魔物に相対する形で。

 

 肉体を失ってもなお、現実に抗い、留まって戦おうとしていた。

 

 その手に──光り輝く聖剣を携えて。

 

 

*1
マッハ20以上。当然人間の安全なんて考慮していない。頑丈な竜や吸血鬼以外の良い子は真似しないように




>創造展開のリスク
神ならぬ身にて、天上の神に唾吐く行為を行うのだから当然負荷も大きい。
なにより最大のリスクは使用する度に流出位階に近づくこと。
振っているのが宝くじか、あるいはサイコロやコインか。蓮弥には判断できないのでうかつに使えない。
ちなみにイメージはアノス様の涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴィエム) 。使えば勝ち確だけど制御ミスったら世界が危ない。実は神滅剣の元ネタも理滅剣だったりする。
いにしえのオタク向けに言うなら重破斬は危険なので神滅斬で戦いましょうということ。

>虚空の黒騎士
メルド曰くリビングアーマー。元ネタはキングダムハーツシリーズの留まりし思念。
ゲームなら無言で見たことあるバトルモーションで敵をばっさばっさ斬り捨てる感じ。
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