ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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真・神話大戦も佳境です。


神ならぬ身にて天上を目指す者

 エーアストの命をかけた献身にてエヒトは復活した。

 

 それはただ魂だけの存在であったエヒトに肉体が与えられたというわけではない。

 

 再生ではなく新生。

 

 真なる肉体を得た今だからこそエヒトはわかる。

 自分は魂から老いて腐敗していたのだと。

 

 幾度も文明が興り、滅びていく様を見届けてきた。

 その繰り返しの果てに、気づいてしまった事実。

 

 魂は、不滅ではない。

 

 どれほど魂の強度を高めようとも、やがて摩耗する。

 

 削れ、歪み、そして──

 

 自ら、終わりを望むようになる

 

 自壊衝動、と呼ぶべき現象。

 

 それを踏まえれば神父ダニエル・アルベルトに出し抜かれた理由。

 異界から“自らを殺し得る存在”を呼び寄せた理由。

 そのすべてに、説明がつく。

 

 己は、死にたがっていた。

 魂が終わりを求めていた。

 だからこそ、破滅へと至る選択を、無意識に選び続けていた。

 

 だが、今その瑕疵はない。

 摩耗していた魂は癒え、心の歪みも、欠損も、衝動も、そのすべてが、消失している。

 

 代わりにあるのは純粋で、濁りのない意思。

 

 慢心はない。かつてあったような、淀んだ思考もない。すべてが、明瞭だった。

 

 そしてこの変化を齎した存在へと、思考が至る。

 

 エーアスト、そして──あの“管理者”。

 

 あのやり取りは、すべて把握している。

 

 だが、それでもなお理解が及ばない。

 

 魂の新生。

 

 それは自らでさえ可能、不可能以前に、考えもしなかった領域なのだ。

 

 それを、あの存在は肉体の復元と共にあっさり成した。

 

「……認めるしかあるまい」

 

 己を含めた全てを遥か高みから見下ろす者の存在を。

 

 今の己ですら届かぬ領域。

 

 だが。

 

「……いや」

 

 ふと、思考が止まる。

 

 違和感。

 

 今になって初めて気づいたわけではない。

 

 もっと前から。

 遥か昔から。

 

 ──気づいていたのではないか。

 

 そう、例えば。

 この地に、同じ外から来た同胞が存在していた頃から。

 

「…………」

 

 沈黙。

 

 その感情を、言語化する。

 困難だった。だが、一つだけ確かなことがある。

 

「どうやら私は……」

 

 静かに、呟く。

 

「貴様が気に入らんらしい」

 

 それは、嫌悪ではない。

 恐怖でもない。

 

 ただ純粋な──怒り。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 静寂が、辺り一面を包み込んでいた。

 

 先ほどまで世界を埋め尽くしていた轟音は消え失せ、代わりに残ったのは、耳鳴りのような静けさだけ。

 

 南雲ハジメは荒い呼吸を吐きながら、崩れた瓦礫の上に膝をついた。

 

「……っ、は……」

 

 肺が焼けるように痛む。

 

 魔力枯渇寸前。

 

 全身が軋む。

 

 だが──生きている。

 

「ハジメ君!」

 

 香織の声。

 

 振り返れば、ユエも、シアも、ティオも、全員いた。

 

 満身創痍ではある。

 

 それでも、誰一人欠けていない。

 

 ありったけの防御。

 

 結界。

 空間障壁。

 龍鱗。

 再生魔法。

 そしてアーティファクト。

 

 今この瞬間に使える手札、そのすべてを切った。

 

 だからこそ、辛うじて耐えられた。

 

 だが。

 

「……おい」

 

 幸運にも、生き残っていた戦士の誰かが、呟く。

 

 ハジメは顔を上げた。

 

 そして。

 

「…………」

 

 言葉を失う。

 

 世界が──燃えていた。

 

 遠方の空。

 

 幾つもの地平線の先で、赤黒い火柱が立ち昇っている。

 

 王都だけではない。

 

 帝国も。

 アンカジ公国も。

 フェアベルゲンも。

 

 空の至る場所が赤く染まり、黒煙が天を覆っていた。大地は割れ、衝撃波が遅れて空気を揺らし続けている。

 

 距離など意味を成さない。

 

 まるで世界の終わりを見ているかのようだった。

 

「絶望したか?」

 

 遥か上空から、声が響き渡る。問うまでもなくその声の主はこの惨状を引き起こした張本人。

 

 神エヒトその人。

 

「案ずるな。魂は後に私が全て回収する。貴公らが安息の地に旅立つことに変わりはない」

 

 そこで神エヒトが今度は竜化が解けたティオの方を向く。

 

「もちろん貴様らも例外ではない。どこに隠れているのかと思えば、こんな北の果てに隠れていたとはな。流石は紅蓮の眷属といったところか」

「……どういう意味じゃ……まて、まさか」

 

 エヒトの言葉が北の果てにある竜人族の隠れ里のことを言っていることに気づく。

 

「先ほどの攻撃はかの島にも行った。もう、跡形も残ってはいまい」

 

 あそこには、非戦闘員の子供や老人がいる。

 

 自分を信じ、世界の命運を託してくれた同胞が……

 

 ティオの中の何かが……切れた。

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 激情のまま、禁断の龍神化に手を伸ばそうとして……

 

 ドクン。

 

 竜の紋章によって今までとは比較にならない激痛がティオを襲った。

 

「ぐぅ、がぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 それは正しい意味での激痛。つまり魂への警告。

 

 今ティオは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その痛みによって龍神化は強制的に中断される。

 

「ぐ、ぁ……!」

「ティオッ!」

 

 ティオが膝をつく。

 

 香織が即座に治癒魔法を重ねるが、それでもティオはすぐには立ち上がれない。

 

 魂そのものが軋んでいた。

 

 ──その時だった。

 

『やむをえまい』

 

 低く。

 

 世界そのものを震わせるような声が響いた。

 

 直後、トータス全土が大きく揺れた。

 

「なっ──!?」

 

 誰かの悲鳴。

 

 地震──などという生易しいものではない。

 

 大陸そのものが軋んでいる。

 

 山脈が鳴動し、海が波打ち、空気そのものが震えていた。

 

 その異変の発生源。

 

 それはエヒトではない。

 

 ティオの傍らに浮かぶ宝玉。

 

 その向こう側に存在する、“龍神紅蓮”。

 

『ここまでくれば、あやつと戦えるのは我以外おるまい』

 

 厳かな声が響く。

 

 古より世界の底で眠り続けていた、最古最強の龍。

 

『……だが』

 

 一拍。

 

 その声音に、僅かな苦味が混じる。

 

『我が動くということは、世界に大きな傷を残すということ』

 

 次の瞬間。

 

 遥か西方、グリューエン大火山の方向で大地が隆起した。

 

 地平線の彼方。

 

 空へと届かんばかりの噴煙が吹き上がる。

 

 まるで大陸そのものが持ち上がったかのような振動。

 

『可能な限り配慮はしよう』

 

 だが、と。

 

『世界に千年、二千年癒えぬ傷が残ることは覚悟せよ』

 

 遥か西方。

 

 グリューエン大火山が、崩れ始める。

 

 山脈が裂ける。

 

 マグマの海が噴き上がり、大陸そのものが持ち上がっていく。

 

 まるで。

 

 世界の底から、“何か”が目覚めようとしているかのように。

 

『では行くぞ』

 

 龍神紅蓮が、その巨躯を起こそうとした。

 

 瞬間。

 

「──無駄だ」

 

 エヒトが、静かに呟く。

 

 その瞬間。

 

『ッ……!?』

 

 龍神紅蓮の動きが止まった。

 

 違う。

 

 止められたのではない。

 

 ──星が、紅蓮を拒絶している。

 

 大地の奥底。

 

 世界中へ張り巡らされた龍脈が、軋むように唸っていた。

 

 流れが変わっている。

 

 星を循環する魔力そのものが、別の意思に支配されている。

 

 紅蓮の身動きが取れなくなるほど。

 

『まさか……貴様……!』

 

 龍神紅蓮の声に、初めて明確な驚愕が混じる。

 

「気づくのが遅い。怠惰がすぎたな、龍神」

 

 エヒトは淡々と告げた。

 

「この星の龍脈は、既に掌中にある」

 

 その言葉と同時。

 

 世界中の大地が脈動した。

 

 まるで星そのものが、エヒトの鼓動に呼応しているかのように。

 

「私は既に、この星へ至る道を半ば踏破している」

 

 その言葉と共に。

 

 世界各地へ刻まれていた光が、一斉に明滅した。

 

 西のアンカジ方面

 北のハイリヒ王国

 東のフェアベルゲン

 遥か南方の魔人領域。

 人の踏み入らぬ秘境。

 

 誰にも気づかれることなく、長い年月をかけて世界中へ刻み込まれていた超巨大術式群が、その全容を現していく。

 

「これは……龍脈接続術式……!?」

 

 ミレディの声が震える。

 

 理解してしまったのだ。

 

 エヒトは最初から、この星そのものを術式へ変えるつもりだったのだと。

 

 大地を流れる龍脈。

 

 星を循環する莫大な生命エネルギー。

 

 その全てが今、エヒトという一点へ収束し始めている。

 

 今までの天体魔法など前座に過ぎない。

 

 これは最早、“個人”が扱う魔法ではない。

 

 星そのものを掌握する権能。

 

 その時だった。

 

 エヒトが、不意に天を見上げた。

 

 いや、その視線はこの世界の更に遥か上。

 

 人の認識すら届かぬ高みへ向けられていた。

 

「……見ているのだろう?」

 

 静かな声音。

 

 だがそこに含まれていたのは、祈りではない。

 

 畏怖でもない。

 

 まして敬意などでは決してない。

 

 それは明確な敵意。

 

 遥か天上より世界を見下ろす()()へ向けられた、反逆者の視線。

 

「ならば、よく見ておくがいい」

 

 世界が、静まり返る。

 

 脈動していた龍脈すら、一瞬息を潜めた。

 

 そして。

 

「これが私の覇道だ!」

 

 神は、詠唱を開始する。

 

 

到達せよ、天に抱いた渇望を。我は導く光の使徒

 

 瞬間、世界中を巡っていた龍脈の光が、一斉に空へ浮かび上がった。

 

 大地の下を流れていたはずの星の血流が、可視化されていく。

 

 青白い奔流となったそれらは、大陸を越え、海を越え、すべてエヒトへ収束していた。

 

万象流転、盛者必衰。星は巡り、命は潰え、いかなる繁栄も終焉へ帰す

 

 空が軋む。

 

 いや、軋んでいるのは空間そのものだ。

 

 エヒトを中心に重力場が歪み、周囲の光景が蜃気楼のように揺らぎ始める。

 

 存在の“質量”が変わっている。

 

 そこに立っているだけの存在が、もはや一個生命の枠に収まっていない。

 

故郷(くに)は滅び、友は絶え、師は朽ち、愛すらもこの掌より零れ落ちる

 

 その言葉に呼応するように、エヒトの背後へ無数の光景が浮かび上がる。

 

 崩壊する都市。

 燃え落ちる文明。

 血に濡れた大地。

 

 それは幻覚ではない。エヒトという存在へ刻み込まれた、数万年にも及ぶ記憶の残滓。

 

有限は消失であり、生命の結末が破滅ならば、私は今こそ乗り越えよう

 

 ドクン──と。

 

 世界が脈打った。

 星そのものが鼓動している。

 

 そう錯覚するほどの振動が、全生命の魂を直接揺らす。

 

魂を拡げ、個を滅し、私は星の座へと至る

 

 エヒトの輪郭が、揺らぐ。

 肉体と星の境界が曖昧になっていく。

 髪が光へ変わり、肌が空へ溶け、瞳の奥には銀河じみた光が渦巻いていた。

 

脈動する星辰の鼓動

廻転する天輪の律動

万象は今、我が内へ帰結する

 

 そして、その魂の位階は、さらに一段上へと確かに進む。

 

遥か高天より見下ろす観測者よ

今ここに、汝を超越する新たなる神話が産声を上げる

 

 

概念魔法(ArsMagna)──神ならぬ身にて、天上を目指す者(プロヴィデンス・ルシフェル)! 

 

 エヒトの概念魔法が発動したその瞬間、エヒトは更なる境地へと至る。

 

 そこに在るのは、一つの星。莫大な生命循環そのものを内包した、超常の天体存在。

 

 神座におけるその呼び名は──星霊。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 星霊へ至ったエヒトは、ゆっくりと眼下を見下ろした。

 

 その視線は、もはや生物を見るものではなく、己の内側を流れる細胞を眺めるようなもの。

 

「……なるほど。星になるということは、こういうことか」

 

 次の瞬間、異変は唐突に現れた。

 

「……ぁ?」

 

 最初に声を漏らしたのは、傷ついた兵士の一人だった。

 

 呼吸はできる。肺も動く。空気もある。

 

 なのに。

 

「息が……ッ」

 

 酸素が、身体へ巡らない。

 息を吸っているはずなのに、苦しい。

 肺へ入った空気が吐き出す際に、そのまま対外に排出されていく。

 

 血へ溶け込まない。

 生命へ変換されない。

 

「な、なんだ……これは……!」

 

 喉を掻き毟る。

 視界が暗くなる。

 力が抜ける。

 

 酸欠の症状。

 

 だがあり得ない。呼吸は正常に行えているのだから。

 それでも、生命だけが一方的に停止へ向かっていく。

 

「な、ん……で……!」

 

 膝をつく人族の兵士。

 喘ぐ魔人族の住民。

 苦悶する亜人の戦士。

 

 世界中で、人々が崩れ落ち始めた。

 

 エヒトが、淡々と告げる。

 

「この星の大気は、既に我が所有物」

 

 その声音に感情はない。

 

 ただ当然の理を語るように。

 

「故に許可なく取り込むことを禁ずる」

 

 その宣告と共に、世界中で人々が崩れ落ちていく。

 

 呼吸はできる。

 

 だが、生きられない。

 

 あまりにも理不尽な死。

 

 それを前に、ハジメは奥歯を噛み締めた。

 

(クソが……だったら、もうこれしかねぇ)

 

 ハジメには一つだけ、エヒトにも届き得る手札がある。

 

 確実ではない。だが通れば殺せる。

 

 ならば賭けるしかない。

 

「シア、ティオ。まだ動けるな?」

 

 当然ハジメ達にもエヒトの権能は牙を向いている。だがハジメ達のレベルになれば多少息ができなくなる程度で死ぬことはない。

 

「もちろんですぅ」

「なんでも申すがいい」

 

 シアとティオの顔からはまだ闘志が消えていない。ならまだいける。

 

「…………シア、ティオ。5秒だけでいい。奴の意識を俺から剥がせ」

 

 一瞬の沈黙。その意味を、二人は正確に理解した。

 

 つまり、最悪自分達が死ぬ。それでも隙を作れということ。

 

 だが、シアは獰猛に笑った。

 

「たった五秒ですか? お安い御用ですぅ」

 

 ティオが口元を吊り上げる。

 

「我らを誰だと思っておる」

 

 次の瞬間。

 

 二人が同時に空を蹴った。

 

細胞極化(アルテマセル)、出力最大! 

人龍化。龍神昇華第五段階維持のまま、全開じゃ!! 

 

 それぞれが今できる最大の身体強化を施し、エヒトに挑む。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 シアが空間すら砕きかねない勢いで拳を叩き込む。それは神の使徒程度なら、跡形もなく消し飛ぶ一撃。

 

 シアの拳は確かに直撃したにもかかわらず、エヒトは頬一つ揺るがない。

 

 シアに残るのは、まるで星へ拳を叩き込んだかのような絶望的な手応え。

 

「なっ──」

 

 その瞬間、エヒトがちらりと視線を向けた。

 

 ただそれだけ。

 それだけで神威の奔流がシアに叩きつけられる。

 

「がぁぁぁぁッ!!」

 

 シアの身体が砲弾のように吹き飛んだ。

 

 空間を歪めるような勢いで大地へ激突する。

 

真龍極滅獄炎大砲(ドラゴニアディオブレス)

 

 間髪入れず、ティオが最大火力を解き放つ。

 

 超高密度龍気の奔流。

 

 都市すら蒸発させる竜王の吐息。

 

 その一撃に対し、エヒトは片手を軽く払った。

 

 ──消滅。

 

 ただそれだけで、ティオ渾身のブレスが掻き消える。

 

 戦闘ですらない。エヒトにとってこれは、周囲を飛び回る羽虫を払っている程度の行為に過ぎなかった。

 

(奴の戦力は明らかに大災害以上じゃ、たった五秒が……ここまで遠いッ)

 

 エヒトの羽虫を払う動作も今のシアやティオ達にとっては神威の御業。それだけで空間が軋み、ティオの龍鱗の鎧が砕け飛ぶ。

 

「ぐっ……ぅぅッ!!」

 

 それでもティオは止まらない。

 

 砕ける鎧を強引に維持しながら、なおも食らいつく。

 

 そしてその間、ハジメは切り札の準備を進める。

 

「ユエ……」

「うん……」

 

 短い言葉だけで通じる。二人の魔力が、静かに同期していく。

 

 ──その瞬間。

 

 シアの未来視が、自動発動した。

 

 見えたのは一秒後の未来。

 

 エヒトが、ほんのわずかに力を解放する姿。

 

 それだけで自分もティオも、跡形もなく消し飛ぶ光景。

 

(ッ──!!)

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 考えるより先に、シアは全闘気を解放した。

 

 爆発的に膨れ上がった闘気が、空間ごとエヒトへ叩きつけられる。

 

 ほんの僅か。

 

 だが確かに、エヒトの動きが止まった。

 

 ──その時間、〇・五秒。

 

摩訶鉢特摩(マカハドマ)!! 

 

 その隙を、香織は見逃さない。

 

 世界が停止した。

 

 色を失う世界。

 音の消えた空間。

 

 停止した時間の中で、香織が叫ぶ。

 

「シア! ティオ!」

 

 二人を強引にエヒトの射線から引き剥がそうとする。

 

 香織の時間停止可能限界は、五秒。

 

 本来ならそれだけ停止できるはずだった。

 

 だが……

 

「ぁ……」

 

 ──二秒経過後、世界が軋んだ。

 

 止まっていたはずの時間が、再び動き出す。

 

 次の瞬間。

 

「がっ──ぁ!!」

 

 時間停止が、強制破壊された。

 

 反動が香織を襲い、口から血を吐く。

 

 その直後。

 

 エヒトの波動が、解き放たれた。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅッ!!」

「ぬぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 シアとティオが同時に防御を展開。

 

 衝突。

 

 世界そのものに押し潰されるような衝撃。

 

 骨が軋む。

 

 鱗が砕ける。

 

 肉が裂ける。

 

 それでも。

 

 あと僅かに逸れていた。

 

 香織が捻じ曲げた二秒が、確かに生死を分けていた。

 

 この時の攻防、外側から見れば僅か五秒。

 

 だがハジメパーティーは、この五秒だけで満身創痍となり、対するエヒトは消耗の欠片すら見せていない。

 

 それが今の彼我の差。残酷なまでの絶対的格差だった。

 

「……よくやった二人とも」

 

 だが、その五秒で十分だった。ハジメの準備は、既に完了している。その手に握られていたのは、ハジメ専用聖遺物(アーネンエルベ)──血盟之魔銃(ブルート・ゲヴェアー)

 

 かつて魔王淵魔へ風穴を穿った、ハジメ最強の概念武装。

 

 結局、この戦いは概念による攻撃でなければ意味がない。

 

 故にハジメは今、自らの()を限界まで削り、弾丸を生成していた。

 

 さらにユエが古代魔導術により、ハジメの力を限界以上へ押し上げていく。

 

”永劫閉界”

 

 ハジメが何を狙っているのか理解した香織が、即座に時間再帰を発動する。

 

 エヒトという存在を、“行動できなかった時間”へ押し戻す魔法。

 

 だが神へ通じた時間は、僅か〇・二秒。

 

 文字通り香織が血を吐いて捻出した隙。

 

 それを、ハジメは見逃さない。

 

 

「喰らいやがれ──ッッ!!」

 

 血盟之魔銃──血盟の魔弾。

 

 疑似概念魔法と呼ぶべきその一撃が、エヒトへと放たれる。

 

 紅黒い閃光が空を裂き、神へ到達した。

 

 確かな手応え。

 

 今までとは違う。

 

 その一撃は、間違いなく届いた。

 

 だが──

 

「ふむ……思ったよりやるではないか」

 

 エヒトは、感心したように呟いた。受け止めた掌から、僅かに血を流しながら。

 

「な……あ……」

 

 その光景は、ハジメの思考を停止させるのに十分だった。

 

「ようやく見せたな、その顔を」

 

 エヒトが、薄く笑う。

 

「もう……万策尽きたか? イレギュラー」

 

 その瞬間だった。

 

 ハジメの思考が止まる。

 

 今、自分が持ち得る全てを叩き込んだ。

 

 それでも届かない。

 

 その現実が、僅かに彼の判断を鈍らせた。

 

 そして──それが運命を分けた。

 

 次の瞬間。

 

 エヒトが、ハジメとユエの眼前へ現れる。

 

「駄目ぇぇぇぇぇ──ッッ!! 逃げてぇぇぇぇぇ──ッッ!!」

 

 未来を見てしまったシアが、絶叫する。

 

 だが、間に合わない。

 

「あるいは小娘。貴様がその内に秘める魔王の力を十全に扱えていれば、また違ったかもしれんな」

 

 そっと。エヒトは、ハジメとユエの頭へ手を置いた。

 

 そして二人の身体が、静かに崩壊していく。

 

 分解。

 

 抵抗する間もなく、ハジメとユエは跡形もなく消滅した。

 

「あ……ああ……」

 

 魔法の反動で動けぬ香織は、その光景を見ていることしかできなかった。

 

「だが見事だ。この世界で私に抗い、鍛え上げた魂」

「その輝き、その力は私の糧となるに値する」

 

 エヒトが静かに告げる。

 

「我が内界にて、永遠の安寧へ浸るといい」

 

 そしてそのまま、ハジメとユエの魂は、エヒトの内へ取り込まれていった。

 

「あ……ハジメ君……」

 

 香織の脳裏を過ったのは、かつての悪夢。

 

 目の前で、奈落へ落ちていったハジメ。

 

 あの日と同じように。

 

 また、自分は何もできなかった。

 

「嫌……嫌、嫌嫌嫌ッ!! 嫌ぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 香織の絶叫。

 シアの絶望。

 ティオの無念。

 

 その全てを浴びながら、エヒトは最後の準備へ移行する。

 

 この世界の全ての魂を喰らい、己の存在を更なる高みへ昇華するために。

 

「いつまでも見下ろせるなどと思うな」

 

 エヒトが、遥か天を睨む。

 

「いずれ私がその座へ辿り着き……貴様をそこから引きずり降ろしてくれる!」

 

 それは天上より世界を観測する“何か”への宣戦布告。

 

 だがその時、エヒトはなお立ち上がる存在を認識した。

 

「……そうか」

 

 神の視線が、地上へ落ちる。

 

「まだ貴様が残っていたな」

 

 そこに立っていたのは、一人の女。

 

 最後の解放者。

 

 ミレディ・ライセンだった。




神ならぬ身にて、天上を目指す者(プロヴィデンス・ルシフェル)
発現:覇道型
渇望:自分の世界を広げたい
能力:境界操作能力
元々の能力は次元超越。つまり異世界転移能力こそが原点。七人の光の使徒が故郷からトータスに転移できたのもエヒトの概念魔法のおかげ。ただしそれは天職:勇者だった頃のものであり、天職:魔王となったエヒトの渇望は変質している。今はその力の解釈を広げ、星と自分の境界をなくし星と同化。神座万象シリーズで星霊と呼ばれるものに変化した。


原作のエヒトは残念な小物という印象が強いです。
・やってることが小物くさい。
・完勝した解放者に泣きの一回を許した結果、足元を掬われる。
・設定上使えるはずの概念魔法を最終決戦で使えない。
・死に際の道化感。

アフターのほうが長いこともあり、もはや昔いたちょっと強い敵になってる有様。
流石に神座万象シリーズのボスキャラがこれではいかんとテコ入れしたのが本作エヒト(完全体)。
品性がなく、小物臭しかしなかったのは長い時間を生きすぎた故に魂が腐敗していたという設定。Fateの間桐のお爺ちゃんみたいなもん。光輝の身体で復活した際も小物臭く書いてます。

本作ではエーアストの献身により、魂自体が全盛期に若返る形で復活したので態度や行動に品性が戻ってる(戻ってるよね?)。一人称が我から私に変わってるのもそう。
要は原作より真面目になった。


大業を成した配下を労い、敵であっても魂の格を魅せた相手には敬意を示す。愉悦なんて無駄なことはせず、遥か各上の存在を認識した以上、それに挑むために真面目に備えようとしている。言葉などで絶望させたり心を折ろうとしているのは、高品質の強い魂はその方が折りたたんで取り込みやすいため。作者のイメージCVは森川智之(セフィロスとか)

ただし真面目になったとはいえ、良い神様になったかと言われればそんなことはない。

原作
他人の不幸は蜜の味。愉悦。トランプタワーはなぁ、たくさん積み上げた後、崩すのが気持ちいいんだぜぇ(ニチャア)。泣きの一回? しょうがないなぁ、我寛大だから特別に認めてあげてもいいぞ。本編ラスボスだし概念魔法が使えるような気がしていたが、別にそんなことはなかったぜ!
高品質な魂は雑に扱って散々遊んだ上で捨てる派。

本作
わたしはしょうきにもどった。なにやら老いてボケてた時、下品なことして遊んでたが謝罪もしなければ反省もしない。概念魔法? 使えるに決まってるだろどうやって異世界から召喚したと思っているんだ。
他人の運命を散々弄んできたが、自分が弄ばれるのはむかつくので、いまから格上の敵にカチコミにいくことにした。そのための軍事物資はいくらあってもいいから、お前らの魂を全部燃料にするけどありがたく思えよ塵芥ども。高品質な魂は丁寧に調理して食べる派。

このように世界の敵には変わらない、倒すべき悪である。
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