最後の解放者ミレディ・ライセンのもとへ、中核たる六人の
時を超え、時代を超え、今ここに神へ挑む七人の英雄達が、再び揃った。
「あ……」
ミレディの喉から、掠れた声が漏れる。
夢ではない。
幻覚でもない。
確かに、そこにいる。
本当に、ずっと、会いたかった人達が。
その中でも。
彼女の視線は自然と、一人の青年へ吸い寄せられていた。
「……オーくん?」
呆然と。
恐る恐る呼ばれたその声に。
オスカー・オルクスは、ゆっくりミレディを見る。
「あー……うん。なんというか、ただいま? でいいのかこれ?」
今の自分を蘇りと言っていいのか悩むオスカー。
今一瞬だけ、周りの解放者も彼らに注目する。
運命に引き裂かれた二人の感動的な再開。邪魔をするのは野暮というもの。
だが、ミレディはやはりミレディだった。
足元に重力魔法が展開される。
「え?」
斥力、最大解放。
「ちょっ、待っ──」
ロケットのように射出されたミレディが、真正面からオスカーへ突撃した。
「ぶごぁッ!?」
惚れ惚れするような見事なタックル。
「がふぅ、ごはッ、おぼぁぁ!?」
それを直撃したオスカーは情けない悲鳴を上げながら吹き飛び、そのままミレディを巻き込みながら地面を何度も転がっていく。
「何をッ、何をするんだ君はぁぁぁッ!?」
「うるさい!!」
停止。
気づけばミレディは、倒れたオスカーへ跨る形になっていた。
肩を掴み。
揺さぶり。
その顔を至近距離から睨みつける。
だが。
その瞳は、もう滅茶苦茶だった。
「どうしてッ!!」
叫ぶ。
「どうして、どうしてッ、どうしてッ!!」
「どうしてこんなことができるなら……私に何も言わなかったのッ!!」
怒鳴りながら。
その声は途中から震えていた。
「みんながいなくなって……ッ!」
「誰もいなくなって……ッ!」
「気が遠くなるくらい長い時間……私がどんな思いで……ッ!!」
言葉が、まとまらない。
怒り。
安堵。
悲しみ。
嬉しさ。
寂しさ。
ミレディが抱え込んでいた二千年分の感情が、一気に溢れ返っていた。
「私は……私はぁ……ッ!!」
結局、何を言いたいのか。感情がぐちゃぐちゃになっているミレディ自身にもわからない。
そんな彼女を、オスカーは困ったように見上げた。
「あー……その……」
珍しく。本当に珍しく、彼は言葉に詰まる。
周囲の解放者達も、何も言わずその再会を見守っていた。
やがてオスカーは、小さく息を吐く。
「成功する保証が……なかったんだ」
その言葉に、ミレディの肩が震える。
「理論上は可能だった。でも実証なんてできない。失敗すれば君の魂ごと消える危険だってあった」
オスカーは静かに続ける。
「そんな状態で、“もしかしたらまた会えるかもしれない”なんて希望を君へ残したくなかった」
「もし駄目だった時……それはきっと、君をもっと苦しめるだけだったから」
「ッ……」
「だから残さなかった。希望も。約束も」
オスカーは苦笑する。
「……ごめん」
その一言で。
ミレディの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「はいはい、そこまで。あんまりオスカー君を困らせないの」
割って入ってきたのは、メイル・メルジーネだった。
いつものようににんまりと笑みを浮かべながら、彼女はミレディの頬をぐいっと引っ張る。
「んにゃっ!?」
「相変わらずよく伸びるわねぇ、このほっぺ、むにむに」
「メル姉……?」
呆然と見上げるミレディに、メイルはふっと優しく笑った。
「はぁい。メイルお姉ちゃんよぉ~」
その声音は。
二千年前と何一つ変わっていなかった。
そして。
メイルは、そっとミレディの頭を撫でる。
「……本当に、本当に。今までよく一人で頑張ったわね」
「──ッ」
その言葉。
つい先ほど、エヒトからも似たようなことを言われた。
だが。
胸へ届くものは、まるで違う。
認定でも。
評価でもない。
それはただ。
大切な人から向けられた、労わりだった。
「まったくだ」
かつて何度追い返しても、仲間になるまでしつこく付き纏われたことを思い出しながら、ナイズ・グリューエンが肩を竦める。
「あきらめの悪さは昔から知っていたが……まさか本当に二千年粘るとはな」
「流石は我らがリーダーだ」
ラウス・バーンが静かに続ける。
「……敵対していた頃から思っていたが」
その表情は、どこか苦笑めいている。
「ミレディ、貴方は誰よりも諦めが悪かった」
かつて敵として刃を交えた男だからこそ知っている。ミレディ・ライセンという少女の強さを。
「ですが、その執念があったからこそ、今この場へ辿り着けましたわ」
リューティリス・ハルツィナが、珍しく真面目な声音で言った。
「誇りなさいな、ミレディ・ライセン」
「あなたは間違いなく……わたくし達解放者の希望でしたもの」
「み、みんな……」
胸の奥が熱い。
崩れかけていた心へ、少しずつ力が戻ってくる。
絶望に呑まれかけていた魂へ、再び光が灯っていく。
そんな中、ただ一人。最初から一切エヒトから視線を外していなかった男が、低く口を開いた。
「──感動の再会はそこまでだ」
ヴァンドゥル・シュネー。
その声音に、全員の空気が変わる。
「来るぞ」
瞬間。
凍結していたエヒトの氷へ、一本の亀裂が走った。
ピシ──ッ。
嫌な音が、世界へ響く。
氷の内部で。
凍結されていたはずの神性が、脈動している。
「ミレディ」
オスカーの声音が変わった。
先ほどまでの穏やかな空気を切り替えるように、真剣な眼差しで彼女を見る。
「時間がないから、かいつまんで話す」
「今の僕たちは……本当の意味で蘇ったわけじゃない」
「……え?」
「ベル。彼女が僕達へ残した知識。その中にあったシステムの力だ」
オスカーは、エヒトを見据えたまま続ける。
「名を──
「アイオーン……?」
「魂の情報を、概念として一時的に再現し出力する術式」
「君が発動した概念魔法によって、今だけ存在を許されている仮初の存在だと思ってくれ」
ミレディの瞳が揺れる。
つまりそれは。
真の意味で再会できたわけではない。
奇跡によって、彼らは一時的にここにいることを許されただけ。
「だから」
オスカーは静かに言った。
「君が倒れれば、僕達も消える」
その言葉と同時。
バキィッ──!!
エヒトを覆っていた氷へ、さらに大きな亀裂が走った。
「だけど、悲観しなくていい」
揺れるミレディへ向けて、オスカーは穏やかに笑った。
「大丈夫だ」
その声音は、不思議なほど安心感に満ちていた。
「今度こそ、君の終わりまで存在できる」
「今度こそ……君と最後まで戦える」
「オーくん……」
「だから信じるんだ」
オスカーは真っ直ぐミレディを見る。
その瞳には。
二千年前と変わらない光があった。
「僕達が歩んできた道を」
「僕達が目指した夢を」
「それは決して、エヒトなんかに負けるものじゃないって」
その言葉にミレディの胸の奥で、何かが再び燃え上がる。
絶望ではない。怒りでもない。
それはずっと昔、焚火を囲みながら皆で語った、“未来”の熱だった。
そして、氷が砕け散ると同時に、エヒトの神威が世界へ解き放たれる。
それはもはや威圧などという生易しいものではない。
空間そのものが悲鳴を上げ。
大気が震え。
星そのものが軋む。
「
「エーアストを除く神の使徒は、新たなる力と共に再起動せよ」
その瞬間。神父ダニエル・アルベルト消滅以降、人形のように沈黙していた神の使徒達へ変化が起きる。
閉じていた瞳に、光が灯った。
「アァァ……」
「アアアァァァァァ──ッッ!!」
歌声。それは祝福でも聖歌でもない。魂そのものを直接震わせるような異質な波動。
世界中へ、使徒達の歌声が響き渡る。
そしてその背中から、黄金に輝く六枚羽が展開された。
その感じる力は、先ほどまでの使徒とはもはや存在の格が違う。
さらに、氷結より解放されたエヒト自身にも変化が現れる。
纏っていた法衣が、粒子となって霧散した。代わりに現れたのは、白銀の鎧。
神々しさと暴力性を両立した、超越者の戦装束。
そしてその両手には巨大な白銀の大剣。
星霊エヒト。
その真なる戦闘形態。
世界を見下ろしていた神が。
初めて、“敵を滅ぼすため”の姿を取った。
「……見事だ」
エヒトが静かに告げる。
その視線は、七人の解放者へ向けられていた。
「まさか擦り切れかけた魂のみでここまで辿り着くとは思わなかった」
「称賛しよう。貴様らの魂は、確かに新たなる領域へと到達した」
だが次の瞬間、その神威がさらに重く沈む。
「故に認めよう」
白銀の剣が、ゆっくり持ち上がる。
「貴様ら解放者は──この私が、今ここで排除すべき敵だと」
ここにきてエヒトは初めて。本当の意味で、戦闘態勢へ入った。
次の瞬間。
エヒトの大剣が振り下ろされた。
ただ剣を振った。
それだけ。
だが放たれたのは、世界そのものを断ち割る神威の斬撃。
空が裂ける。
大地が割れる。
白銀の奔流となった破壊が、一直線に世界を薙ぎ払っていく。
「散れぇッ!!」
「避けろッ!」
解放者達は即座に回避。
だがその斬撃の延長線上に存在していたものまでは、避けられない。
ハイリヒ王国王都。
数百万人が暮らす巨大都市。
その全てが──斬撃へ呑み込まれた。
光が発生し、そして消滅する。
城も。街も。人も。一瞬で、世界から消え失せる。
神の力は未だ健在。たとえ概念魔法で支配を削がれようと、なおエヒトは世界を滅ぼせる。
だが、今この場に到達者はもはや一人ではない。
世界を覆う巨大術式が脈動する。
なおも継続発動していた。
二つの奇跡が重なり合い、破壊された世界へ干渉する。
消滅した街並みが再構築される。
砕けた大地が巻き戻る。
失われた命へ、再び魂が繋ぎ留められていく。
時間逆行。
空間再生。
魂魄補完。
かつて解放者が辿り着いた極致が、神の破壊へ真正面から抗っていた。
「ほう……」
エヒトが僅かに目を細める。
その直後。
彼の背後に、巨大な黒き影が出現した。
超巨大ゴーレム。
オスカー・オルクス製──超弩級決戦兵装。
以前の比ではない。
星を背負う巨神の如き質量。
その漆黒の大剣が、エヒトへ向けて振り下ろされる。
「ォォォォォォォォォォォッ!!」
轟音。
超黒騎士王Zの一撃を、エヒトは二刀の大剣で受け止めた。
空間が陥没する。
衝撃だけで山脈が吹き飛び、遠くの海が割れた。
だがそれでも解放者達は確信する。
防御させた。
それこそが、今までの戦いとの決定的な違いだった。
「行くよ、みんなァァァッ!!」
ミレディの叫びと共に、世界を覆う概念魔法がさらに輝きを増す。
それは傲慢なる神より世界を取り戻すための理。
自由の意志を。
選択する権利を。
未来へ進む可能性を。
世界へ取り戻すための覇道。
そしてエヒトの覇道も解放者に奪われた力を取り戻そうとする。
神威が増大する。
星霊の権能が世界を塗り潰そうと侵食していく。
そして。
展開された二つの概念魔法は、共に“覇道”。
故に、両者の理が激突する。
世界そのものを挟み込み。
互いの存在定義を侵食し合うように。
神と解放者。
二つの覇道が、今ここに正面衝突した。
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世界を舞台に繰り広げられたのは、まさに神話の戦いだった。
天空を埋め尽くす使徒の軍勢。
その一体一体が、国を滅ぼすことが可能な神代の怪物に等しい。対するは、解放者達と、現代を生き、神に抗う人々の意志。神の威光に屈さぬ者達が、再び立ち上がっていた。
王国騎士。
帝国兵。
亜人達。
かつて敵同士だった者達すら、今は同じ空を見上げている。
生きるために。
奪われないために。
自らの未来を守るために。
「押し返せぇぇぇぇぇッ!!」
ガハルド・D・ヘルシャーの怒号が響く。
死から蘇った帝国の皇帝は、かつて以上の覇気を纏いながら神の使徒へ剣を叩き込んでいた。
「ったく、まさか一度死んでもまた戦場に戻ってくるとはなぁッ!!」
笑う。
それでも彼は前へ出る。
今この瞬間。
自分が立たねば、背後の誰かが死ぬからだ。
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そして、そここそが神話の戦いの最前線だった。
エヒトが大剣を振るうとそれだけで世界が歪む。
魔法ではない。
権能ですらない。
ただ剣を振るった。それだけの事象が、山脈を砕き、大地を裂き、空を割る。
究極に近づけば近づくほど陳腐になるとは、誰の言葉だったか。
複雑な術式も技巧を凝らした神代魔法も超越の果てでは意味を失う。
ただ存在する。ただ振るう。それだけで世界が悲鳴を上げる。
権能を削がれようとも、現在のエヒトは星霊。星そのものと一体化した超越者だ。
その一挙手一投足は星の鼓動。
その吐息は嵐となり。
その歩みは地殻を揺らし。
その剣は天を断つ。
もはや自然災害ですらない。自然そのものが敵意を持って襲い掛かってくるに等しかった。
一方、解放者も負けてはいない。
「黒傘……三十八式。断空」
オスカーが傘を振るう。
空間そのものを切断する斬界が展開され、エヒトの剣圧を迎え撃つ。
世界を裂く神威と、神代最高の錬成師が作り上げた概念兵装。
激突した余波だけで空が崩れた。
「クソ野郎め、やること無茶苦茶だなッ!」
オスカーが叫んだその直後。
「だから一人で受けるなと言っているッ!」
ナイズが掌を掲げた。
空間魔法──領域創造 無限位相。
空そのものが折り畳まれ、エヒトの周囲に幾重もの位相断層が形成される。
世界のどこへ移動しようとも、その座標へ帰着する絶対拘束。
神でさえ無視できない檻だった。
「鬱陶しいな」
エヒトが剣を振い、拘束空間が砕け散る。
次にエヒトは手を掲げる。
その背後に、無数の疑似太陽が出現した。
天体魔法──
数十万の軍勢を一撃で焼き払った神の権能。
それが今、雨のように世界へ降り注ぐ。
天地を焼き尽くす終末そのものだった。
だが。
「時間よ……ここに破れぬ壁となれ」
応じたのはメイル。海の聖女が両手を広げる。
「再生魔法──無限停界」
世界へ迫る終焉が鈍る。
落下するはずだった太陽は、進むはずだった熱線は、地上へ近づくほど時間を奪われ、その速度を失っていく。
やがて空を埋め尽くす炎の群れは、まるで飾られた絵画のように停止した。
「その力、そのまま利用させていただきますわ!」
リューティリスが前へ出たと同時に、黄金の魔法陣が展開された。
「昇華魔法──零点吸魔」
昇華魔法の本質は情報への干渉。
彼女は己の魔力値そのものを書き換える。
零を超え。
負へ。
存在し得ない数値へ。
不足した魔力は世界から補填される。
ならば、補填対象が神の魔法であっても変わらない。
「んんぅ……ッ!」
通常なら許容限界である膨大な魔力を受け止める。
それに対して苦悶を漏らしながらも、リューティリスは笑う。
空を埋め尽くす太陽群が次々と吸い込まれていく。
神の権能が。
女王の魔力へ変換されていく。
「目覚めろ……我が忠実なるしもべたちよ」
大地が脈打った。
山脈が隆起し。
森がうねる。
「生成魔法……生命創造」
地平線の彼方まで埋め尽くす魔物の軍勢。
竜。
巨獣。
魔獣。
幻想種。
ありとあらゆる生命が戦場へ産み落とされる。
そして。
「昇華魔法──禁域解放」
リューティリスが指を鳴らした。
瞬間、全ての魔物が限界を超える。
肉体、魂、そしてその存在そのものが昇華される。
咆哮。
絶叫。
歓喜。
エヒトから得た膨大な魔力を用いて超強化された魔物達が、空を埋め尽くす聖天使へ雪崩れ込んだ。
「限界突破──五階層」
続いて躍り出たのはラウスだった。
リューティリスから供給された膨大な魔力。
さらに魂魄魔法による限界突破。
その全てを身に纏った聖騎士は、白銀の軌跡を描きながらエヒトへ迫る。
「神よ──」
剣が振り抜かれる。
白銀の斬光。
それは肉体ではなく、存在そのものを断ち切るための刃。
「我らの魂を見るがいい!」
斬撃が神へ届く。
エヒトは剣を交差させた。
受けた。
防いだ。
その事実に、解放者達の瞳が鋭くなる。
ラウスの数千年を経てもなお衰えぬ剣技。
いや、数多の祈りを受けて英霊となった今、彼の技量は生前を超えていた。
ラウス・バーン。
神代最強の聖騎士。
その剣は確かに神域へ届いている。
だが。
「甘い」
エヒトが大剣を振るう。
「
神威が爆発した。
ラウスの身体が吹き飛ぶ。
同時、天が暗くなった。誰もが空を見上げる。
そこにあったのは、一つの隕星。
ただ一つ。だがその質量は今まで召喚されたどの隕石をも凌駕していた。
落ちれば大陸が割れる。
そんな言葉ですら生温い。星そのものが落ちてくるかのような終末。
しかし。
「──黒天窮ッ!!」
ミレディが両手を掲げた。
世界が軋む。重力が悲鳴を上げる。
あらゆる物質を呑み込む漆黒の孔。
かつて彼女が扱っていたそれとは、もはや別物だった。
現れた黒孔は隕星へ食らいつく。
砕くのではなく、押し返すのでもない。存在そのものを呑み込む。
やがて巨大隕星は一片も残さず消滅した。
その瞬間、七人は自然と集結する。
そして理解する。
──戦えている。神と真正面から。
概念魔法は概念魔法でしか抗えない。
今のミレディは概念魔法を発動した到達者であり、彼女によって現界している六人もまた、その理の一部。
同じ位階、同じ領域にあるが故に神の奇跡であろうと相殺できる。
エヒトは静かに彼らを見下ろした。
まるで星そのものが顕微鏡越しに微生物を観察するかのような視線。
そこに感情はなく、憎悪もない。ただあるがままを観測し評価するのみ。
そして神は結論を告げた。
「貴様らに対する評価は何も変わらんぞ」
「確かに到達者の領域に至ったのは認めよう。だが、世界を変えるために必要な覇道の素質は感じない」
エヒトは再び王都に向かって大剣を振るう。その衝撃波だけで王都が吹き飛ぶが瞬時に解放者の力で戻っていく。
「以前変わらず、新たな世界についていけない凡夫共を捨てられん。だからこそ、力の大部分を護りに裂かねばならない。いっそ全てを停止させるくらいの暴力的な護りならともかく、それさえも自由の意思とやらが邪魔をしている」
エヒトの出した結論、それは解放者では自分に及ばないというもの。
「貴様達にできるのは先延ばしだけ……」
エヒトは断じる。
「このまま続ければ、先に潰れるのは貴様らだ」
概念魔法は魂の力。
故に、その戦いは魂の総量と渇望の深度の勝負でもある。
儀式によって全盛期の状態で蘇ったエヒト。
対してミレディは違う。
仲間との再会によって立ち上がったとはいえ、自壊寸前だった魂を無理やり繋ぎ止めているに過ぎない。
長引けば長引くほど不利になる。
それはミレディ自身が誰より理解していた。
だから反論できない。
だから黙るしかない。
「所詮、貴様らは敗北者なのだ。もう貴様らの渇望は終わっている」
「覇道とは未来へ進む者の理。過去に縋る亡霊共に、その資格はない」
その言葉にミレディは唇を噛む。何も言い返せない。
だが──
「はっ」
だからこそ、その言葉に対して答えるのは彼女の仲間の役割だった。
「確かにそうかもね」
オスカーはあっさり認めた。
「確かに僕たちは負けた。僕たちでは自由な意思の元に生きられる世界を作れなかった」
それは否定しようのない事実だ。
解放者は敗れた。
理想は届かなかった。
願いは果たせなかった。
だが。
「だけど、人間ってそういうものだろ? 自分の代で辿り着けなくても、自分の代で叶わなくても……誰かが意思を継いで、その先へ進む」
それは人という種が積み重ねてきた歴史そのものだった。
「僕達は道半ばで倒れた。だけど、その先を歩く者達はいた。だから今がある」
眼鏡の奥の瞳が細められる。
「少なくともさ」
心底馬鹿にしたように笑った。
「身体まで失ったくせに、死を恐れていつまでも現世へしがみついてる老害よりはよっぽど美しいと思うけどね」
空気が凍る。
神を前にしてなお。
オスカー・オルクスは一歩も引かなかった。
エヒトは僅かに目を細める。
「ほう」
感情の見えない声。
「なら聞こう。その貴様らの後に続く者とやらは、どこにいる?」
神は周囲を見渡す。
「もはや貴様ら以外、誰も立ってはいないぞ」
だが。
オスカーは即答した。
「決まってるだろ」
その視線が、エヒトへ向く。
「僕達の後を継ぐのは──今を必死に生きている若者達だよ」
眼鏡の奥で、オスカーの瞳が静かに細められる。
その視線はエヒト自身へ向けられているようでいて、実際にはそのさらに奥。
魂の深淵へと向けられていた。
神自身ですら気付いていない場所。
そこに落とされてなお、まるで再び世界へ牙を剥くその瞬間を待つように。
輝きをなくさない二つの魂があることをオスカーは見抜いていたのだ。
さて、そろそろハジメの準備をしなくては