ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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これはある意味、ハジメとユエにとっての八番目の大迷宮


南雲ハジメ

 月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱ゆううつな始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

 

 そして、それは南雲ハジメも例外ではなかった。ただし、ハジメの場合、単に面倒というだけでなく、学校の居心地がすこぶる付きで悪いが故の憂鬱さが多分に含まれていたが。

 

 そう、学校という場所に南雲ハジメの居場所はない。

 

 ハジメは、いつものように始業チャイムがなるギリギリに登校し、徹夜でふらつく体でなんとか踏ん張り教室の扉を開けた。

 

自分に向けられた負の感情が見えるようだった。

 

 その瞬間、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを頂戴する。女子生徒も友好的な表情をする者はいない。無関心ならまだいい方で、あからさまに侮蔑の表情を向ける者もいる。

 

 極力意識しないように自席へ向かうハジメ。しかし、毎度のことながらちょっかいを出してくる者がいる。

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒達。

 

 声を掛けてきたのは檜山大介(うざい)といい、毎日飽きもせず日課のようにハジメに絡む生徒の筆頭だ。近くでバカ笑いをしているのは斎藤良樹(うるさい)、近藤礼一(モブ)、中野信治(ゴミ)三人で、大体この四人が頻繁にハジメに絡む。

 

この四人がハジメに絡むのは彼女が原因である。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒がハジメのもとに歩み寄った。このクラス、いや学校でもハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、この事態の原因である生徒、白崎香織だった。(理解できない。近づくな鬱陶しい)

 

学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍とてつもない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

(どうでもいい)

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね。」

(そう思うならちゃんと世話をしろ)

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

(そんなに言うなら引き取れよヘタレ)

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

(脳筋馬鹿は喋るな)

 

三人の中で唯一朝の挨拶をした女子生徒の名前は八重樫雫やえがししずく。香織の親友だ。ポニーテールにした長い黒髪……

(どうでもいい)

 

次に、些いささか臭いセリフで香織に声を掛けたのが天之河光輝あまのがわこうき。いかにも勇者っぽい……

(記憶する価値もない)

 

最後に投げやり気味な言動の男子生徒は坂上龍

(ただの木偶の棒でいいだろ)

 

おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ(うざいうざいうざいうざいうざい)

 

(どいつもこいつもくだらない。なんで僕を一人にしない。僕は一人が良いんだよ。もうほっとけよ。関わるな。うざいんだよ。まとめて異世界にでも行って二度と帰ってくるな)

 

(本当は学校なんて行きたくなかったし、どうしてこんな奴らと一緒に過ごさなきゃいけないんだ。こんな場所僕にはふさわしくないし、将来安泰の僕とお前らじゃ格が違うんだよ)

 

 そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り担任の教師が教室に入ってきた。ああ、今日もくだらない毎日が始まる……

 

「おーす、お前ら。突然なんだが……今日は転校生を紹介する。入ってくれ」

 

始まる……

 

その瞬間、南雲ハジメの脳内に衝撃が走り抜ける。

 

入ってきたのは、一人の少女だった。

 

ただ、それを見た瞬間、誰もが言葉を失った。

 

長く艶やかな金髪は窓から差し込む陽光を受けて輝き、雪のように白い肌との対比がその美貌を際立たせている。

 

覗く瞳は深紅。

 

宝石ですら霞むのではないかと思えるほど鮮烈で、目を奪われた者は容易に視線を外せない。

 

整った顔立ちは人形のように完璧でありながら、不思議と冷たい印象はない。

 

むしろ、一幅の絵画がそのまま現実へ抜け出してきたかのような幻想的な美しさがあった。

 

教室の空気が変わる。

 

先ほどまで漂っていた重苦しい雰囲気は跡形もなく消え去り、クラスメイト達は男女を問わず息を呑んでいた。

 

彼女が一歩進むたびに視線が集まる。

 

歩くだけで周囲の目を惹きつけるその姿には、生まれながらの気品と、決して凡人には持ち得ない特別な存在感があった。

 

「アレーティア・アヴァタールさんだ。見ての通り外国人だが日本語は喋れるそうだ。みんなも仲良くしてやってくれ」

「よろしくお願いします」

 

その一言を聞いた瞬間、何故だろうか。ハジメは目を逸らせなかった。

 

ただ綺麗だからではない。ただ可愛いからでもない。彼女を見ていると胸の奥がざわつく。

 

理由は分からない。だが、ハジメには確信があった。

 

この出会いは、自分の人生を変える。

そんな予感だけが、不思議なほど鮮明だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

昼休憩の時間になる。

 

この日、ハジメは珍しく一睡もしないで授業を受けていた。

 

否、授業を受けていたという表現はふさわしくない。

 

ずっと彼女を見ていた。

目が離せなかった。

こんなことハジメの人生で初めてのできごとであり、気が付けば昼休みになっていた。

 

ハジメは、十秒でチャージできる定番のお昼をゴソゴソと取り出す。

 

教室を見回してみれば、人の輪ができていた。その中心にいるのは当然のように彼女だ。

 

男子も女子も関係ない。クラスの陽キャ達はもちろん、普段はあまり人と話さない連中まで彼女の周囲に集まっている。

 

転校初日。

 

それも昼休みが始まってまだ数分だというのに、既にクラスの中心人物になっていた。

 

「ねぇねぇお昼どうするの?」

「購買行くなら案内するぜ」

「あ、あの……その……」

 

だが中心にいる彼女は戸惑っているようだった。

 

そしてこんな時に登場するのは決まっていた。

 

「お前たち、アレーティアさんに迷惑だろ」

 

光輝が人垣を割って前へ出る。

 

「彼女はこの国に来たばかりなんだ。慣れない環境で不安に思っているはずだろう?」

「え?」

「そんな風に一度に話しかけられたら困るに決まってる。少しは相手の立場を考えろよ」

 

中心で戸惑っている彼女に内心同情する。

 

クラスメイト達に囲まれるだけでも面倒だろうに、その上で光輝に勝手な代弁までされているのだ。

 

転校初日から災難である。

 

ハジメはゼリー飲料で昼食を済ませ、居心地が悪くて仕方ないこの空間から逃れるために教室を出ようとするが、一歩遅かった。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

 

(まただ、なんでこいつは、僕を一人にしないんだ?)

 

 ハジメは抵抗を試みる。

 

「あ~、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

(迷惑だから関わるなって言ってるって気づけよ)

 

「えっ! お昼それだけなの? ダメだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当、分けてあげるね!」

 

(ああ……本当に、ここは息が詰まる)

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

(あぁうるさい……うるさいぞ。どうでもいい奴がなにかわからないことをさえずっている)

 

「え? なんで光輝くんの許しがいるの? それに今日ハジメ君は寝てないよ?」

「香織……あなたなんでそれを知ってるのよ。あなたの席南雲君より前よね?」

 

(僕はただ、独りになりたい。僕の世界は僕だけで満ちているから)

(僕の世界に僕以外のものは何もいらない……)

 

(もういっそ、こいつら異世界召喚とかされればいいのに。どう見てもこの四人組、そういう何かに巻き込まれそうな雰囲気ありありだろうに。……どこか僕の知らない場所で世界でも救ってればいいのに)

 

 現実逃避のため異世界への強制転移を祈るハジメ。いつも通り苦笑いでお茶を濁して退散するかと腰を上げかけたところで……凍りついた。

 

転校生の彼女が。

 

アレーティア・アヴァタールが。

 

教室の喧騒など聞こえていないかのように、ただ真っ直ぐこちらを見ていた。

 

周囲には何人もの生徒がいる。

 

だというのに、その赤い瞳は最初から僕だけを映していたかのようで――

 

ドクン。

 

心臓が跳ねた。

 

理由は分からない。

 

美人だから?

 

違う。

 

そんな単純な話ではない。

 

彼女に見られていると落ち着かない。

 

まるで隠していた何かを暴かれるような。

 

誰にも触れられたことのない場所へ手を伸ばされるような。

 

奇妙な感覚。

 

その目は、ただ僕を見ているようで。

 

同時に、僕自身すら知らない僕の奥底を見つめているようにも思えた。

 

どこか懐かしく。

 

そして、どうしようもなく恐ろしい。

 

初めて会ったはずなのに、その赤い瞳から目を離せなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

結局、異世界転移など早々起こることもなく、あっという間に放課後になっていた。

 

(やっと、終わった)

 

いつも以上に疲れていたハジメは、さっそく帰り支度をして帰ろうとした。

 

その時。

 

「おい、南雲。お前ちょっと残れ」

 

ホームルームを終えた担任がハジメに対して声をかけた。

 

「……何ですか?」

 

流石に担任を無視するわけにもいかず、ハジメは返答する。

 

「お前、どうせ暇だろ。だから転校生にこの学校を案内してやれ」

「なッ、なんで僕が!?」

「いっつも寝てばかりの罰だ。お前……そろそろいい加減にしないとこっちも強硬手段に出るからな。そうなりたくなければ、奉仕活動の一環でがんばれよ~」

 

じゃあ、あとはよろしく。と言い残し、担任は教室から出ようとする。

 

「そんな……ハジメ君がアレーティアさんを……先生、私も案内します!」

「お前は駄目だ。生徒会の手伝いあるの忘れんな。お前か天之河が次期総代になるんだから、今の内にしっかり仕事を覚えとけ」

「そんな~」

 

香織が担任に引きずられて教室を出る。

 

「待ってください先生~!」

「諦めろ~」

 

バタン。

 

扉が閉まり、教室が静かになる。残ったのは僕と転校生の彼女だけ。

 

(最悪だ)

 

ハジメは心の底からそう思った。

 

面倒事は嫌いだ。他人と関わるのも好きではない。

 

まして相手は今日転校してきたばかりの美少女。関われば関わるほど面倒になる未来しか見えない。

 

(なんで僕なんだよ……)

 

心の中で担任への恨み言を並べながら、恐る恐る彼女へ視線を向ける。

 

すると――またしても。

 

彼女は僕を見ていた。

 

「えっと、アレーティアさん? とりあえず重要そうなところは案内するけど……」

 

彼女は声を出すことなく首を縦に振る。

 

警戒されてるのかしらないが、無駄に話さなくていい分、楽かもしれない。

 

ハジメはそう思うことにした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ハジメは順番に学校の施設を案内していった。

 

図書室。

放送室。

保健室。

体育館。

 

必要最低限の説明だけを口にして先へ進む。

 

彼女もまた余計なことは聞かず、ただ静かについてきた。

 

会話らしい会話はない。

 

気まずいと言えば気まずい。

 

だが不思議と苦ではなかった。

 

むしろ――

 

「……」

「……」

 

こうして沈黙が続いている方が、いつもの教室よりずっと居心地が良かった。

 

だからだろうか……

 

「あっ、じゃああそこも案内しないとダメかな」

「?」

 

他に何かあるのかという目線が語る。

 

「いや、この学校。旧校舎があるんだよ。数年前に地震で崩れたのに、わざわざOBやOGがお金出してまで修繕したっていうね」

 

わざわざ案内なんてしなくてもいいような場所。

 

だが柄にもなく、今日は行ってもいいかという気になった。

 

だが、それが良くなかったのか。

 

「おい、南雲!」

 

振り返った時にいたのは、檜山大介を筆頭とする4人組。

 

「ちょっと付き合えよ」

「転校生ちゃんはちょっとだけ待っててな」

「俺らこいつのまぶだちだからよ」

「ちょーっとだけ話があるんだ」

 

ハジメの返事を待つことなく、ハジメは強引に檜山達に引きずられていく。

 

そして角を曲がったところで檜山大介に思いっきり壁に叩きつけれた。

 

「お前、マジで調子に乗んじゃねーぞ」

 

何のことを言ってるのかハジメにはさっぱりわからない。

 

「たまたま、お前が案内に選ばれただけで、転校生とワンチャンあるなんて粋がんじゃねぇ」

 

なんだ、そんなことかとハジメは心底興味がないのに曖昧に笑う。

 

「白崎のこともそうだ。お前がぼっちで可哀そうだからお前にかまってるだけなんだよ」

「そうそう。白崎さん、優しいもんな」

 

もうそれでいいから解放してくれとハジメは思う。

 

「いい加減うざいんだよ。分不相応な夢見やがって、お前なんて底辺で誰にも関わらずひっそり生きてりゃいいんだよ」

 

初めて檜山と意見があったと思うハジメ。

 

(そうだ。僕は一人になりたいんだ)

 

「お前もう学校なんて来なくていいんじゃねぇか。いるだけで教室の空気が悪くなるんだよ」

 

いつまでもぐちぐちといい加減うんざりしてきた。

 

ハジメは彼らの使用している端末にハッキングし、彼らの弱みを握っている。それを公開してやれば彼らこそ明日から学校に居場所なんてなくなる。

 

(もうやっちゃうか)

 

そんな考えが脳裏を過った。

 

ほんの一瞬。だが、その瞬間だった。

 

「……なんだその目」

 

檜山の顔が歪む。

 

「あ?」

 

ハジメは無意識だった。

 

けれど檜山には違ったらしい。

 

見下していた相手。

抵抗もしない相手。

 

サンドバッグのように黙って言葉を受け流すだけの相手。

 

その相手が。

 

一瞬でも自分に逆らおうとした。

 

そう見えたのだろう。

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

パァン!

 

ハジメの頬に鋭い痛みが走った。

 

そして、一度一線を超えたら止まらない。

 

「いっそちょっと痛い目にあった方がいいじゃね」

「さんせー」

 

檜山の行動にタガが外れた近藤、中野、斎藤が倒れるハジメに蹴りを入れる。

 

「がはぁ」

「南雲弱すぎぃ。ちょっとぐらい抵抗したらいいのにな」

「無理無理。こんな雑魚にそんな度胸なんてないって」

 

一通り暴力を振るい満足したのか、最後に檜山が倒れるハジメの胸倉をつかみ立たせる。

 

「いいか、いい加減調子に乗ってるともっと……」

 

そこで、檜山の言葉が止まる。

 

気づいたのだ。

 

自分たちをじっと見ているアレーティアの存在に。

 

「なっ、違」

「これは、その……」

「友達同士のじゃれ合いっというか」

 

言い訳を並べる近藤達だが、アレーティアは何も言わない。ただじっと見ているだけだ。

 

その姿に得体のしれないものを感じたのか。檜山がハジメを離し、四人は足早にこの場を去る。

 

底に残ったのはハジメとアレーティアの二人。

 

「……別に、どうってことないさ」

 

ハジメは制服についた汚れを払いながら立ち上がる。

 

頬は痛むし、腹も少し鈍く痛い。

 

だが、それだけだ。本気で反撃しようと思えばできた。

 

彼らの端末には既に侵入済みだ。

 

SNSの裏アカウント。

教師にも親にも知られたくない秘密。

消したつもりになっているデータ。

 

その気になれば、明日から学校に来られなくすることだってできる。

 

だが――

 

「めんどうだから」

 

ぽつりと呟いた瞬間だった。

 

何かが切れた。

 

「そうだ。めんどうなんだよ」

 

ハジメは俯いたまま続ける。

 

「なんで僕があいつらに付き合わなきゃいけない? なんで僕を一人にしない? 放っておけばいいだろ」

 

声が少しずつ大きくなっていく。

 

「僕は誰の邪魔もしてない。誰にも関わろうとしてない。なのに、なんで勝手に僕の世界に入ってくる?」

 

胸の奥に沈殿していた感情が溢れ出す。普段なら決して口にしない本音。

 

「香織もそうだ。天之河もそうだ。檜山達もそうだ」

 

「みんな勝手だ。僕が何を考えてるかなんて興味もないくせに、自分の都合だけ押し付けてくる」

 

笑いが漏れる。

 

乾いた笑いだった。

 

「友達? 仲間? そんなもの知らないよ。好きに群れて、好きに騒いでればいいじゃないか」

「僕を巻き込むな。僕は一人でいい。一人になりたいんだ」

 

顔を上げる。

 

そこには相変わらずアレーティアが立っていた。

 

何も言わない。

 

ただ静かに見ている。

 

そのことが妙に癇に障った。

 

「そうさ」

 

ハジメは吐き捨てるように言う。

 

「僕はあいつらとは違う。英語の論文一つ読めない連中と何を話せっていうんだ」

「惚れただの腫れただの、そんな話ばかりして。僕の見えないところで勝手にやってろよ」

 

「うざいうざいうざいうざいうざい!」

 

感情が爆発する。

 

「みんな消えろ」

「教師も。クラスメイトも。友達ごっこしてる連中も。全部いらない」

「僕の世界に他人なんて必要ないんだよ!」

 

肩で息をする。

 

静寂が落ちた。

 

やがてハジメは、自分が何を言ったのかを思い出したように苦笑する。

 

「……はは」

 

馬鹿らしい。

 

子供みたいな八つ当たりだ。

 

ありもしない願望を叫んだところで現実は変わらない。

 

だから最後に、冗談のように呟いた。

 

「まとめて異世界にでも行って、奇麗さっぱり消えてくれれば楽なのにな」

 

吐き捨てるように言った後、ハジメは自嘲気味に笑った。

 

馬鹿らしい。

 

そんな都合のいい話があるものか。

 

感情に任せて叫んだところで現実は何も変わらない。

 

しばらくの沈黙。その間も、アレーティアは何も言わなかった。

 

ただ静かに真っ直ぐに……ハジメを見つめていた。

 

そして、ハジメの呼吸が落ち着いた頃になって、ようやくその唇が開かれる。

 

「それが今のハジメ?」

 

その声を聞いた瞬間だった。

 

時間が止まる。

 

金色の髪。

深紅の瞳。

 

教室で初めて見た時から感じていた違和感。

初対面のはずなのに覚えた懐かしさ。

言葉にならない安心感。

 

その全てが一本の線となって繋がった。

 

「あぁ……」

 

自然と笑みが漏れる。

 

なるほど。

 

そういうことだったのか。

 

だから目が離せなかった。

 

だから気になった。

 

だから――懐かしかった。

 

「そうさ」

 

ハジメは静かに答える。

 

もう取り繕う必要はない。

 

強がる必要もない。

 

今さら格好をつける相手でもない。

 

「他人なんて内心では見下してた。一人で何でもできると思い込んでた」

「誰かに必要とされるのは面倒なのに、誰にも必要とされないのは嫌だった」

「他人の好意が怖かった。期待されるのも怖かった」

「誰かと関わることが、ずっと怖かった」

 

自嘲するように肩を竦める。

 

「そんな情けない男が僕だ」

 

沈黙。

 

アレーティアは何も言わない。

否定もしない。

慰めもしない。

 

ただ聞いている。

 

それが妙に心地良かった。

ハジメは改めて彼女と向き合う。

 

金色の髪。

深紅の瞳。

何度も見てきた顔。

 

誰よりも知っている顔。

 

それなのに。

 

今この瞬間ほど、彼女を知らないと思ったことはなかった。

 

だからハジメは微笑んだ。

 

今まで誰にも見せたことのないような、肩の力の抜けた笑みだった。

 

()()()()()()()()()()()()

 

そして。

 

初めて名乗る。

何も取り繕っていない。

ただの自分として。

 

「僕が――南雲ハジメだ」

 

風が吹く。

 

旧校舎の窓から差し込む夕陽が二人を照らした。

 

異世界トータスで出会った二人。

 

だが、その時の二人は本当の自分ではなかった。

 

方や弱さに押し潰されないために魔王を演じ。

 

方や過去を捨てるために完璧な仮面を被った。

 

互いの全てを知っているつもりで。

 

互いの本質だけを知らなかった。

 

だからこそ。

 

これは二人にとって初めての出会いだった。

 

南雲ハジメと。

 

ユエではない少女、アレーティア・アヴァタールの。

 

本当の意味での最初の邂逅だった。

 




天之河光輝にはアンチがいっぱいいますが、同時に南雲ハジメにも大量のアンチがいることを知っています。

その理由に挙げられがちなのが、奈落に落ちる前の彼。
学校に何しに来てるかわからない。雫辺りに心が強い人と言われる割には香織達は異世界に行ってしまえばいいのに、つまりいなくなればいいと考えてたりする。
そのことを踏まえて、私なりにプロローグのハジメを再解釈したのがこれ。

ちなみに神座プログラムでこの時点でハジメと相性がいいのは波旬大欲界天狗道。
もっとも今はメッキがはがれたので違いますが。ハジメはちゃんと異世界での経験で成長しています。

次はアレーティアのターン。例によって情報が少ないので捏造が多い回になる。
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