まずはこの章の導入です。
三行でわかるあらすじ
異世界に転移した蓮弥達
旅の中でミレディ・ライセン撃破し、ついでに神結晶あげる
そしてユナに目をつける謎の人物が彼らに刺客を放つ
ブルック再び
それは息を潜めて機会をうかがっていた。
自分には使命がある。絶対にミスをするわけにはいかない。
上弦の月が時折雲に隠れながらも健気に夜の闇を照らす。今もまた、風にさらわれた雲の上から顔を覗かせその輝きを魅せていた。その光は、地上のとある建物を照らし出す。その建物の中にターゲットが潜んでいた。
正直に言えば隣の彼らにも興味が引かれる。だが現状では優先度が低いとそれは自らを諌めた。この任務は確実に成功させなければならない。余計な手間を取る時間はない。
それはあの方より頂いた技能を用いて上空より彼らの住む部屋まで降りていき、中の様子を覗き見ていた。チャンスは多くはない。確実に達成してみせる。それは神より授かったスペックを最大限に引き出して任務に当たっていた。
「やっぱり暗い。もう少し明るくしないと……」
「こうか?」
「そうそう、この角度なら……それにしても静かなのが気になるわ。もう少し嬌声が聞こえるかと思ったのに……」
「魔法を使えば遮音くらいは出来るだろ?」
「はっ!? その手があったかッ、くぅう、小賢しいッ。でも私は諦めない。その痴態だけでもこの眼に焼き付け………………」
そこで自称任務にあたっていたマサカの宿の看板娘ソーナは固まる。
ここは三階。自分はロープで降りているからいいが、普通他人の声が聞こえるはずがない場所である。
ソーナは一瞬で滝のような汗を流すと、ギギギという油を差し忘れた機械の様にぎこちない動きで振り返った。そこには……
空中に仁王立ちする薄ら寒い笑みを浮かべたハジメがいた。
そのあと少女の悲鳴と何かを締め付けるような音が聞こえてきた。別にいかがわしいことをしていない蓮弥はまたかと最近増えたやりとりにそっとため息をつく。
「まったく、なにやってるんだろうな」
隣で眠るユナが起きていないことを確認した蓮弥は、自身ももう寝てしまうことに決めたのだった。
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カラン、カラン
そんな音を立てて冒険者ギルド:ブルック支部の扉は開く。そこに入ってきたのはここ数日ですっかり有名人になってしまった。蓮弥達五人だった。ギルド内の冒険者ともすっかり顔馴染みになり、ユエ、シア、ユナに見惚れ、ハジメと蓮弥に羨望の眼差しを向ける。
蓮弥達がブルックに滞在して一週間。美少女三人を手に入れようと動く輩との騒ぎは日常茶飯事になってしまっていた。ハジメは適当にあいてにしていたし、蓮弥も無理矢理襲ってくる輩にはデコピン一発で壁まで吹き飛ばして対処していた。あまりにも面倒なのでひどいところではユナを聖遺物に戻し、例の軍帽を使う機会が格段に増えた。それ故、心なしかハジメの負担が増えてしまったのは仕方がないことである。
そのためハジメとユエのコンビは“スマッシュ・ラヴァーズ”とこの町で賞賛され、同時に恐れられている。
「おや、今日は五人揃い踏みだね。何かようかい?」
ちなみに別に蓮弥とハジメは全てにおいて行動を共にしているわけではない。二人はオルクス大迷宮を出る前にどうしても目的が合わない時は別れて行動することもありだと決めていた。自分達なら別れてもやっていける自信はあったし、無理矢理相手の都合に合わせる必要はない。
蓮弥とユナの二人でブルックの町をぶらぶら歩いていたこともある。そこでユナの好奇心を満たすものを探したり、一緒に食事したり、何でこんなものがここにあるんだよといいたくなるような珍しいものを買ったりしていた。完全にデートであり、二人の仲は順調に進展しているようだった。
逆に別れる理由がなければ共に行動しており、今回はこの町を出るということで世話になったキャサリンに挨拶に来たわけである。
「ああ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶しにきたんだ。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」
「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」
「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、“お姉さま”とか連呼しながら二人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」
「ハジメは特に被害受けてたもんな。まあ変態が多いことは否定しないが」
「何故か蓮弥はあまり巻き込まれないんだよな。お前……なんかチート使ってるんじゃねーだろうな」
「さあ、身に覚えはないな」
いけしゃあしゃあと誤魔化す蓮弥。
「まあまあ、それもこの町の味ってもんだよ。それで、あんた達次はどこへ行くんだい?」
「やな味だなそれ。……行き先はフューレンだ」
そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。
フューレンとは、中立商業都市のことだ。蓮弥達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。
ミレディ・ライセンからの情報により、どこにどんな神代魔法があるか把握できたので、ハジメ達の悲願である地球帰還を果たすために一番当たりっぽい空間魔法を習得することが目的になる。正確には蓮弥はそれではダメだと知っているのだが、ミレディとの約束もあるので黙っていた。どの道手に入れなければならないのなら順番としては悪くないということもあった。
その次はハルツィナ樹海の大迷宮攻略に必須である再生魔法を習得するため、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】を攻略する予定だ。
神山と雪原洞窟は教会と魔人族の巣窟という関わったら面倒になること間違いなしのところなので他の神代魔法を手に入れて戦力を充実させてから挑むことに決めたのだった。
「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。依頼を受けた冒険者がちょっとトラブルにあってね。ちょうど空きが後二人分になったからちょうどいいんじゃないか。……どうだい? 受けるかい?」
ステータスプレートがないユエ、シア、ユナは冒険者登録を行っていなかったのでハジメと蓮弥でちょうどぴったりになる。話を聞くと同伴もありだというので蓮弥達はその依頼を受けつつフューレンを目指すことになった。ギルドを出るとき何かあったら時にとキャサリンに手紙を貰ったのだが、彼女は何者なのだろうか。
そして翌日早朝。
最後の日に起こった騒動もブルックの町民達とのいい思い出にしながら、正面門にやって来た蓮弥達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやら蓮弥達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来た蓮弥達を見て一斉にざわついた。
「お、おい、まさかあれって“スマ・ラヴ”か!?」
「マジかよッ、あれがコカンスマッシャーと決闘クラッシャーか。ぜひお近づきになりたいぜ」
「辞めろッ、その瞬間に死ぬぞッ」
「お前……いったい何を見てきたんだよ」
「スマ・ラブほど目立たないけど、デコピン一発で相手を空中で三回転させるというあのデコピン使いもいるぞ」
「まじかよ、てことは隣にいるのは銀髪の天使ユナちゃんか。ぜひお近づきになりたいぜ」
「辞めろッ、その瞬間に死ぬぞッ」
「だからお前……何者なんだよ」
ユエとシア、それにユナの登場に喜びを表にする者、股間を両手で隠し涙目になる者、何度か修羅場を潜り抜けてきたような感想を述べる者と反応は様々だ。蓮弥はデコピン使いとかダサいなとか考えていた。もっと他になかったのだろうか。
「君達が最後の護衛かね?」
「ああ、これが依頼書だ」
ハジメは、懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。
「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
「……もっとユンケル? ……商隊のリーダーって大変なんだな……」
おそらくハジメは某栄養ドリンクを思い出したのか、商隊のリーダーに同情しているようだった。余談だが、締め切り間近の母親に付き合わされ、よく利用していたハジメの目は珍しく優しい。
「まぁ、期待は裏切らないと思うぞ。俺はハジメだ。こっちはユエとシア」
「俺は蓮弥だ。こちらは相棒のユナ」
「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」
ハジメをシアの主人であると見抜き、交渉に移るユンケル。
どうやらシアの美貌に商人の血が騒いだらしい。
何かハジメ攻略の糸口はないか探していたユンケルだったが、ハジメの神を敵にしても売らないという一言で黙らざるを得なかった。神に対する不敬は異端者扱いされる可能性もあり、そんな覚悟がある相手に交渉は無理だと悟ったのだ。
そんな出来事があったが、一行はフューレン目指して出発したのだった。
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ブルックの町を出発して三日が経過した。
道程は半分を過ぎた計算になる。その間一行は特に問題なく進むことができていた。途中食事当番であるシアの料理目当てに冒険者がハイエナの如く群がったり、そこで調子に乗った男達がハジメによって胃洗浄(物理)されていたりしたが問題なかった。
今はユエと何か約束したのか、シアに対して優しくすることにしたらしいハジメがユエとシアに両側から交互に食べさせてもらったりしている。
「あれがハーレムっていうんだな。まじリスペクトだぜ」
「爆発しろ〜爆発しろ〜」
「ちくしょう。俺もやってほしいぜ。横入りしてやろうかな」
「辞めろッ、その瞬間に死ぬぞッ」
「まじで死にそうだからやめとけ……」
冒険者達は互いを慰めてあって寂しさを紛らわしていた。そんななか蓮弥はというと。
「あいつ、いつか刺されるんじゃないだろうな」
少し距離を取っていた。今までも桃色空間が発生することがあったがシアの参入で空間の範囲が広くなった気がする。
これが覇道か、とそんな砂糖を吐きそうな光景をじっと見ていたユナがこちらを向いた。
「蓮弥……あーん」
見ると自分のスプーンをこちらに向けている。
「ユ、ユナ!? どうしたんだ突然……」
「蓮弥が羨ましいと感じているようだったので。……何か間違っていましたか?」
いや間違っていませんけど。蓮弥は答えそうになったがなんとか我慢した。突然の行為に驚いたが差し出されたスプーンをこのままにすることはできない。
なにやらこちらにも視線を感じ始めたが蓮弥は覚悟を決めてスプーンを口に運ぶ。
「なんだよ。やっぱりあっちもそうなんじゃねぇか」
「爆発しろ〜爆発しろ〜」
「ちくしょう。俺も銀髪の天使ユナちゃんにやってほしいぜ。横入りしてやろうかな」
「辞めろッ、その瞬間に死ぬぞッ」
「お前……そういえばこの依頼受けてからそれしか言ってねぇな」
ちょっとカオスはあったかもしれないが、一行は順調に旅をしていた。
それから二日。残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。
最初にそれに気がついたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。
「敵襲ですッ、数は百以上。森の中から来ます!」
そのシアの言葉に冒険者達の間で動揺が広がった。百以上の襲撃など滅多におこることではないからだ。この人数だと押し切られるかもしれない。冒険者達の間に緊張が走った。
だが緊張が走っているのは冒険者達だけである。蓮弥達は余裕の表情でどうするか相談していた。
「どうする蓮弥。今回は誰が担当する?」
「そうだな。ライセン大峡谷の時はハジメにほぼ任せていたから今回は俺が……」
「待って、私に任せてほしい」
ユエが志願する。どうやら試したいことがあるらしい。
「ならユエに任せるぞ。あんたらもそれでいいか?」
「ちょっと待て。君たちだけでやるのか?」
「正確にはユエだがな。まあ任しとけ」
ハジメの言葉に半信半疑の冒険者達。ユエは上に出て準備を始めていた。
「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、“雷龍”」
天より現れた光る龍が魔物の群れを飲み込む。その光景を呆然として見ているしかない冒険者達。
蓮弥も今までに見たことがない魔法に軽く驚いていた。
「……バ○ウ・ザ○ルガかよ」
「いや、たしかに似てるけどよ……ユエ、なんだあの魔法は? 俺も見たことがないんだが」
「作ってみた。詠唱はハジメとの出会いと未来の暗示」
えっへんと胸を張り答えるユエ。
どうやらライセン大迷宮ではあまり活躍できなかったことと、自分を遥かに超える魔力量を持つことが判明したユナに対抗してシアと共に研究していたらしい。神代魔法を組み合わせているようで、上級に分類されながら最上級クラスの破壊力があるようだった。
「ちなみにユナはあれ……できるか?」
「残念ですけど、今の蓮弥だと使うのは難しいです」
ユナ単独でも聖術は使えるが、あくまで蓮弥の聖遺物という括りのため、蓮弥のレベルを超える魔法行使はできない。現状だとユナはあまり高ランクの聖術が使えないようだった。できないとは言わなかったので似たようなものは聖術にもあるのかもしれない。これは蓮弥の能力向上に期待である。
(もっとも、なかなかあげられる機会はないんだけどな)
おそらくマリィと同じく、一人で数百万人に匹敵する魂の比重を持つユナがいることで魂不足で暴走することに悩まされることはなくなった蓮弥だったが、魂を集めることに意味がなくなったわけではない。
水銀曰く、質が量を圧倒するとは言っていないということで、数が多いことにも意味はある。現状蓮弥はユナの力を十全に引き出せてはいない。魂のレベルが離れすぎていてうまく使えないのだ。だから他の魂を呼び水に使う事でユナの力を引き出すという方向で今は考えていた。
そのためにある程度魂を集める必要があるわけだが、なかなかその機会に恵まれない。蓮弥とて殺人衝動に駆られているわけでもないのに無差別大量殺人鬼になるつもりはないし、そうやって集めた魂は弱いものが多い。こればかりは流れに任せるしかないと蓮弥は諦めていた。それに強くなる方法はもう一つある。むしろこちらが本命と言うべきか。単純に蓮弥の魂のレベルの向上。つまり創造位階に到達する事である。
創造に到達すればさらに強さは跳ね上がり、ユナから引き出せる力も大きくなるだろう。それに創造に達すれば他にも利点があった。それは必殺技の習得。この位階に到達したものは各個人の渇望に沿った異界の創造ができるようになり、これができることで聖遺物の使徒は真に一騎当千と言えるようになる。
とはいえ簡単ではない。この位階に到達するには渇望と呼ばれるほど強い相念が必要であり、その壁は低くない。
(俺の渇望か……)
意識しなかったといえば嘘になるが、そんな大層なものが自分にあるとは思えなかった。聖遺物の使徒になれたとはいえ、蓮弥はやはり凡人だった。内側に狂気を抱えているわけでも苦しい過去があったわけでもない。平和な日常を生きる一般人だったのだ。
蓮弥は悩んでいるとユナがいつかのように手を握ってくれる。
「大丈夫。蓮弥ならきっとうまくいきます。……それが蓮弥にとっていいことかはわかりませんが……」
「ユナ、君は何か感じているのか?」
ユナには霊的感応能力が備わっている。直接繋がっている蓮弥のことをひょっとしたら蓮弥本人でも気づいていないことを知ってしまっている可能性があった。
だが、ユナは蓮弥のその問いに答えず、困ったように笑うだけだった。
そろそろ蓮弥の渇望が出始める章でもあります。創造まで行くかは不明ですが。その為にはオリジナル詠唱作成という強敵を倒さなくてはならない