ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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途中で愛子視点が入ります。


先生との面談

 散々、愛子が吠えた後、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内された蓮弥達。そこで、愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問を投げかけられつつも、ハジメは、目の前の今日限りというニルシッシル(異世界版カレー)に夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返していく。

 

 なにを言っても超頑張ったしか言わないハジメに愛子のボルテージが上がっていく。

 

 ハジメがはぐらかす理由はわかるが適当すぎる。このままではまずいと思った蓮弥がフォローすることにした。

 

(……ユナ)

 

 ユナに頼みごとをする。ちょっとご機嫌斜めだったユナだが空気はちゃんと読んでくれた。

 

聖術(マギア)8章1節(8 : 1)……"心意"

 

 ユナに頼んだのは所謂テレパシー。あまり長距離に対応していないし、魔力のノイズが激しい戦場とかでは使えないが、少し内緒話をするには向いている。ハジメの念話のようなものである。

 

 蓮弥は愛子に向けて心の中で語りかける。

 

(動揺せず聞いてくれ先生)

 

 愛子は頭に直接聴こえてくる声に一瞬ビクッと反応したが、聞き覚えのある声だったこともあり、すぐに冷静になる。

 

(聖教教会の騎士の前では話せないことがある。今夜先生の部屋を訪ねるから、その時に話すということで今は納得してほしい)

 

 その言葉に愛子は蓮弥の方を向き、僅かにコクンと首を縦に振った。聖教教会の騎士の前で話せないということで内容を察してくれたらしい。

 

 

 当然その間にも話は進んでいる。ハジメのやる気のない態度にとうとう近衛騎士の隊長が切れた。

 

「おい、お前ッ、愛子が質問しているのだぞッ、真面目に答えろ!」

「食事中だぞ? 行儀よくしろよ」

 

 近衛騎士の怒りにもどこ吹く風のハジメ。完全に煽っている形になり、侮辱されたデビッドは顔が真っ赤だった。そして……

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

 その言葉で空気が一変する。旅に出て初めて受けた差別発言にシアは傷つき、愛子はデビットに非難の眼差しを向ける。蓮弥が見る限り他の聖教教会の騎士も大体同じ反応だった。どうやら亜人差別は教会中枢に近いほど根深いらしい。

 

 

 そこで近衛騎士に対してキレたのがユエだ。ユエはシアのことを特に可愛がっているためその彼女を侮辱する言葉に軽く殺気まで纏っている。そこからさらにエスカレートしていき、とうとう近衛騎士が剣を抜くというまで事態は発展する。そしてユエに対する敵意をこの男が見逃すはずがない。

 

 ドパンッ!! 

 

 乾いた破裂音が“水妖精の宿”全体に響きわたり、同時に、今にも飛び出しそうだったデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。蓮弥が確認したところ、血は流れていない。非殺傷弾を使ったらしい。どうやらここで殺しはまずいという認識はあるらしい。

 

 

 ハジメが何かをしたという認識を持った周りの騎士が一斉に剣に手をかけるがハジメが威圧することで事態は強制的に終了する。そしてハジメは騎士達と愛子達に向けて宣言する。

 

「俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない。いちいち、今までの事とかこれからの事を報告するつもりもない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。あとは互いに不干渉でいこう。あんたらが、どこで何をしようと勝手だが、俺の邪魔だけはしないでくれ。今みたいに、敵意をもたれちゃ……つい殺っちまいそうになる」

 

 

 その後もハジメのアーティファクトについて、騎士が提供を申し出るがハジメは宣言通り頑なに相手をしなかった。騎士達もハジメから発せられる威圧にすっかり怯んだようで暴力に訴えようとはしなかった。

 

 

 そしてハジメ達が二階へ上がると、後に残ったのはハジメのあまりの殺気に怯える騎士達と愛子達地球組だけだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りについた頃、しかし、愛子はそわそわしながらも寝ずに起きていた。蓮弥が訪ねてくると言っていたからである。

 

 

 よくよく考えてみると夜中に生徒を個室に連れ込むみたいな状況に教師としてどうなのかと愛子はいまさら思っていた。ほんのちょっぴり期待が滲んでいるのは愛子とて若い女性なので仕方ないだろう。

 

 

 コンコン

 

 

 部屋の窓にノックの音が響き渡る。愛子は若干どもりながらも返事を返し、鍵を開き蓮弥を招き入れる。蓮弥は昼間の軍服とは違い、白いシャツに黒のスラックスのラフな格好だった。

 

 

 そこで愛子は思い出す。基本一匹狼気質で、特定の人物以外とはあまり関わらないスタンスを取っていた蓮弥だったが、ルックスが光輝にも負けていないのと、何事にも冷静に対応する少し大人びた態度によって、クラス内外に彼の隠れファンがちらほらいるという噂があったことを。しかも自分達のパーティーにも明らかに彼を気にしている子もいる。

 

 

 蓮弥の少し色気を感じるような格好と、夜中故に控えめの明かりなどの状況がまるで夜這いのようだと愛子の脳裏をよぎったがすぐに打ち消す。生徒相手に何を考えているのだと軽く頭を振った。

 

 

「……なあ、先生。さっきから大丈夫か? 都合が悪いなら日を改めるけど……」

「だ、大丈夫です。ええ、本当に。ドンとこいです!」

 

 愛子はあきらかに大丈夫じゃなかったが、虚勢を張る。生徒相手に少しいかがわしい妄想をしてたとは思われたくはない。蓮弥は釈然としない様子だったが話を進めてきた。

 

「最初に言っとくが俺もハジメもみんなの元に戻るつもりはない、正確には戻れない。そのことは今からする話の内容で理解してもらえると思う。どうか落ちついて聞いてくれ」

 

 そう言って蓮弥は、オスカーから聞いた“解放者”と狂った神の遊戯の物語。そしてミレディ達解放者がどんな思いで後を託すに至ったのかを語り始めた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 狂った神。

 

 それによって弄ばれる人々。

 

 抗わんと立ち上がった解放者たち。

 

 そして志半ばで敗北し、自分たちの意志を後の世代に託すために作られたのが大迷宮であること。

 

 愛子はこの世界の真実を聞かされ呆然としていているようだった。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。

 

「藤澤君達は、もしかして、その“狂った神”をどうにかしようと……旅を?」

「いや、俺もハジメもそこまでは考えてはいない。俺個人としては戦いは避けられないと思ってるけど、あくまで俺たちの帰還を優先するつもりだ」

 

 愛子もこの世界のことより生徒達のことを優先している自覚はあるようで何も言えない様子だった。

 

「アテはあるんですか?」

「ああ、一般的に大迷宮と呼ばれている場所の奥に真の大迷宮と呼べるものが存在している。俺とハジメはそこに落ちたわけだが、そこを攻略すれば神代魔法と呼ばれる強力な魔法が得られる。それを七つ集めれば帰れる可能性はあるはずだ」

 

 ミレディ・ライセンの記憶を覗き見てしまった蓮弥は七つの神代魔法の先にあるものを知っている。ミレディの意向により、ハジメ達には知らせていないがうまく使えば世界を渡ることもできるだろうと蓮弥は踏んでいた。

 

「ただし現状の勇者パーティでは攻略は難しいと思う。オルクス大迷宮の奥の魔物は表層とは格が違う。昼間のハジメの威圧で怯むようじゃ死ぬだけだ」

 

 

 蓮弥は七つの大迷宮には実は推奨攻略順序があると踏んでいる。再生魔法必須のハルツィナ樹海はもちろん。ライセン大迷宮と比較してオルクス大迷宮の難易度は高すぎた。おそらくだが、あそこは他の大迷宮を攻略した後、最後に挑むのが正解なのではないか。その予想が正しければ蓮弥とハジメは初っ端からラスダンを攻略したということになる。

 

「そうですか……」

 

 暫く、沈黙が続く。静寂が部屋に満ちた。愛子は蓮弥が語った内容を吟味しているようだ。愛子の頭の巡りは悪くない。きっと伝えたいことが伝わったと蓮弥は思っていた。

 

 そして愛子がそっと口を開く。

 

「藤澤君達の事情はわかりました。南雲君のアーティファクトといい、その知識といい、確かに私達の元に戻れば問題が起きる可能性があると先生も思います。……しかしその上でいいます。一度だけでいいので南雲君と共に戻ってきてくれませんか?」

 

「……」

 

 蓮弥は黙って続きを促す。蓮弥達の事情を知った上でそういうなら何か事情があるのだろう。

 

「八重樫さんと白崎さんのことです」

「雫と白崎?」

 

 あの奈落の穴で別れた幼馴染の名前が出てきて蓮弥は思わず反応する。

 

「白崎さんも八重樫さんもあなた達の生存を信じています。今も必死で大迷宮を攻略していますが……正直痛々しくて見ていられません。まるで限界まで張り詰めた弦のように。何かをきっかけに壊れてしまうんじゃないかと不安になってしまいます」

 

 その愛子のセリフに蓮弥は自分の認識が甘かったことをようやく悟った。心配しているかもしれないとは思っていたが、まさかそこまで追い詰められていたとは。そこで蓮弥はもう一つ気になっていたことを聞いてみる。

 

「……先生、檜山のやつはどうなった」

「っ!」

 

 その言葉にビクッと反応する愛子。その様子から察するにどうやら蓮弥達を落とした犯人が檜山であることまで突き止めているらしい。

 

「…………それを聞いて……藤澤君はどうしますか?」

「別に何も」

 

 愛子の恐る恐るといった雰囲気で絞り出すように言ったセリフにあっけらかんと蓮弥が答える。その反応に意外なものを見る目つきで蓮弥を見る愛子。

 

「なんだよ? 先生は俺たちが復讐するかもとか思ってたのか?」

「えっと……それは……」

 

 言いにくいことなのだろう。先生としては生徒同士憎み合うことなんてして欲しくない。けど檜山がやった所業。蓮弥達が受けた苦痛を思えば恨んでいないほうが不自然だろう。そんな二律背反の悩みを持つ愛子を安心させるように柔らかい口調で蓮弥は言う。

 

「安心していいよ、先生。俺もハジメも檜山のことなんざなんとも思ってない。眼中にないといったほうが正しいかな。先生達が檜山のことを知ってるなら多分雫が目をつけているだろうし滅多なことはしないだろう……もし、先生が俺たちに何かできることはないかとか考えているんなら……どこかのタイミングで、ハジメと話をしてやってほしい」

「南雲君とですか?」

「俺はどちらかと言うと運が良かった方なんだ。なんだかんだ奈落の底でもうまくやってこれたからな。見ての通り五体満足で済んだ」

 

 だが、と蓮弥は声を少しだけ低くして続きを語る。

 

「見た目通りハジメが生き残るために失ったものも切り捨てたものも多い。ユエと出会ってなんとか人としての部分を残すことができてるけど非常に危うい。だからこそ先生から寂しい生き方にむかって行っているハジメに思い出させてやってほしい……人を慈しむ感情を……」

 

 その言葉に愛子は昼間のハジメの態度を思い出したのかもしれない。神妙な声で聞いてくる。

 

「……藤澤君ではダメだったんですか?」

「俺もユエほどじゃないだろうけど、あいつの懐の深いところに入れてるとは思う。けどある意味、俺はあいつとは同じ穴の貉だからな。うまく言ってやれない。それに……」

 

 蓮弥は少し意地悪そうに笑う。

 

「非行に走る生徒を、真っ当な道に戻してやるのは先生の仕事だろ。畑山()()

 

 先生の部分を強調して言う蓮弥。そうだ、きっとハジメに教えてやれると言う意味ではこの人しかいないだろう。それはこの世界で変わってしまったハジメしか知らないユエにも不可能なこと。

 

「……全く。普段は真面目に言わないのに、都合のいい時ばかり先生呼ばわりするんですね?」

「だって事実だろ」

 

 少しおどけて言って見せると愛子がクスッと笑みを浮かべる。どうやら少し調子を取り戻したらしい。

 

「わかりました。南雲君のことは先生に任せてください。けど……」

「わかった。どこかのタイミングで雫達のところに顔を出すよ。ハジメも白崎の名前を出せば顔見せぐらいする気になるだろうし」

 

 蓮弥はそのセリフを最後に部屋を出て行く。今後愛子がどう行動するかわからないがきっと悪いことにはならないだろうと蓮弥は思ったのだった。


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