“ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~、ハァハァ、アヒン”
目の前の竜が苦しんでいるのか、喘いでいるのかわからない念波らしきものを放っている。正直きもい。蓮弥は軍帽を被り魔力を念入りに通す。
この時点で普通の魔物ではないのは明らかだった。蓮弥はユナが途中から竜を彼女と呼んでいたことから知っていたが、当然他のメンバーは知る由もない。
「お前……まさか、竜人族なのか?」
"うむ、いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ? だからはやくお尻のそれを抜いて欲しいのじゃ。もう少しで魔力が切れそうなのじゃ。もし今元に戻ったら妾、昇天してしまうのじゃ、はぁ、はぁ”
なにやらはぁはぁやりながら頭の中に直接語り掛ける自称竜人族。そして経緯を語り始める。
要約するとこうだった。
北の地の隠れ里に住んでいた竜人族は、いろいろあって異世界人を調査することに決めた。
その調査する役目を負ったのはいいが、途中洞窟で竜の姿で爆睡してしまう。
自分が爆睡している中、丸一日もかけて謎の闇術師に洗脳され、目撃者を消すよう命令されて今に至ると。
要約して蓮弥は、竜人族も残念なんだなと思わずにはいられなかった。
黒竜は自分なりの理由を話すがそれに対して静かに怒りを覚えている男がいた。
「……ふざけるな、操られていたから……ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」
彼の怒りはもっともだった。いくら操られていたとはいえ、亡くした命は帰らない。残されたものが黒竜を恨むのは道理といえるだろう。それについては黒竜も理解しているらしく反論しようとはしない。
「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」
“……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない”
「私が、保証します。彼女は嘘を言っていません」
戦いが終わったことで、形成したユナが彼女の言葉を保証する。蓮弥やハジメたちであればそれで十分だが、他の人物はユナが霊的感応能力という固有魔法を有していることなど知らない。よってユエがさらに補足を入れる。
「竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は“己の誇りにかけて”と言った。なら、きっと嘘じゃない」
“ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは……いや、昔と言ったかの? ”
どうやらユエの言葉に興味を示したらしい黒竜がユエを見てうれしそうにする。
「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」
“何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は……”
どうやら、この黒竜はユエと同等以上に生きているらしい。しかも、口振りからして世界情勢にも全く疎いというわけではないようだ。
「ユエ……それが私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」
ユエが、薄らと頬を染めながら両手で何かを抱きしめるような仕草をする。彼女の態度からして、どうやら竜人族は尊敬していた種族なのであろう。蓮弥からみてもそれがよくわかった。
そして話は続き罪を償う意思はあるが今しばらく猶予を与えてほしいという黒竜。どうやら自分を操っているやつは相当な数の魔物を使役しているらしく、放置すればどこかで多大な犠牲が出てしまうと懸念しているらしい。だがそんなことはハジメの知ったことではなく……
「いや、お前の都合なんざ知ったことじゃないし。散々面倒かけてくれたんだ。詫びとして死ね」
安定のハジメさんである。
「ハジメ、少し待て」
「あん?」
ここで蓮弥が待ったをかけた。正直に言えばユナの頼みがなければ目の前の竜人族の生死にはさほど興味がない蓮弥だったがまだ聞かなければならないことがある。
「お前に聞きたいことがある。お前は操られていたといったな。だけどお前の話では術者は一人しか出てこない。……ユナが言うにはもう一人、お前の魂を支配し、お前を強化していたものがいるはずだ。そのことを話してもらいたい」
“もう一人の術者じゃと? ……いや、正直わからぬ。確かに妙に力がみなぎっているとは感じていたが、闇術師の力じゃと思っておったのじゃがな“
どうやら黒竜は把握していないらしい。これは気づかなかった黒竜が間抜けなのか、それとも竜人族相手に隠し通した術者が優秀なのか、蓮弥は何となく後者だと判断した。
「蓮弥、確かなのか?」
「ああ、ユナが言うんだから間違いない。しかもこいつの強化と再生はその術者がやっていたらしいから、おそらくこいつを洗脳したという闇術師よりやばいやつだと思う」
「なら、なおさらここで生かすわけにはいかねぇな。そんな得体のしれないやつが後ろにいるなら後々迷惑を被るかもしれないし」
“待つのじゃー! た、確かにその術者とやらに身に覚えがないが、流石に意識があるときに操られる間抜けではないつもりじゃ。 頼む! 詫びなら必ずする! 事が終われば好きにしてくれて構わん! だから、今しばらくの猶予を! 後生じゃ! ”
黒竜が必死に頼み込む、その言葉を受け、ユナとユエが動いた
「もし彼女が再び操られれば私がわかります」
「ハジメ、……自分に課した大切なルールに妥協すれば、人はそれだけ壊れていく。この黒竜は殺意をもっていなかった。襲われたとはいえ、殺意を持っていない相手を殺すことは本当にルールに反しない?」
基本ユエに甘いハジメがここまで言われては流石に引き下がらずにいられなかった。言葉の節々に殺したくないというユエの意思も見え隠れしている。今回のケースはハジメの課した、敵は殺すという戒律の範疇かは微妙なところだろう。どうやら丸く収まりそうな気配に蓮弥はそっと息を吐いた。ユナの手前、ハジメを説得する必要があるかもしれないと思っていたからだ。
そうこうしている間にどうやら限界が近いらしい黒竜が尻の杭を抜いてくれと若干焦った口調で念話を送ってきた。その願いをハジメは彼らしい乱暴な扱いで抜いていく。その間、黒竜がなにやら快楽で喘いているように見えたのは気のせいだと思いたい。再び軍帽の機能を使うか迷う蓮弥だった。
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「面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」
黒竜改め、ティオが曰く、自分を洗脳した闇術師は山に大量の魔物を使役しているらしい。しかも話を聞いていく内にその術者がどうやら自分たちと同じ異世界出身者の一人、そして今現在行方不明になっている清水幸利である可能性が高いらしい。愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。信じたくないのだろう、その気持ちは想像することしかできない。
だが、もしその情報が本当なら緊急を要する事態であることは間違いない。ハジメは空中に飛ばしていた無人探査機で探しているらしく遠い目をしている。そしてハジメは驚くような報告を入れてきた。
「こりゃあ、三、四千ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだ」
ハジメの報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始しているようだ。方角は間違いなくウルの町がある方向。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。
「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」
愛子がすべきことを必死に整理している。だが、現状では対処が
「あの、ハジメ殿なら何とか出来るのでは……」
ウィルの一言で皆が希望を持つがハジメは取り合わない。
「俺の仕事は、ウィルをフューレンまで連れて行く事なんだ。保護対象連れて戦争なんてしてられるか。いいからお前等も、さっさと町に戻って報告しとけよ」
ハジメのあまりにもバッサリとした言い草に何か言いたげな顔をする生徒たちとウィル、そんな中、愛子は思い詰めた表情でハジメに尋ねる。
「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」
「ん? いや、さっきから群れをチェックしているんだが、それらしき人影はないな」
そこで愛子がここに残って黒いローブの男が現在の行方不明の清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。どうやら生徒だとしたら放っては置けないと判断したらしい。
しかし、現状数万の魔物がいるというのに愛子を残すなどできるはずがない。生徒が説得するが愛子はなかなか首を縦に振らない。だから蓮弥が諭してやる。
「先生、先生の思いは立派だとは思う。だけど戦うことのできない先生が残っても正直足手まといだ。……だから先生は帰るべきだよ」
「わかってはいるんです。でも……」
蓮弥達の仕事は、あくまでもウィルの保護にある。当然ここに止まれば任務は達成できないし、護衛対象を危険に晒してしまうことになる。それに町に報告しなければ危険を知らせることができない。それだと万が一残ったとしても魔物を全滅させられなければ町は被害を受けてしまう。
だがそれは、魔物を相手にできるのがハジメ一人であればの話である。
「……ハジメ、お前はウィルや愛子先生達を連れて先に町に戻れ。……俺が残って魔物を食い止める」
その結論に至るわけである。蓮弥が魔物を食い止め、町に戻ったハジメが備えれば大抵のことは解決できるだろう。その言葉に愛子は動揺する。
「そんな、藤澤くん一人残って戦うなんて無茶です。それなら私も……」
「言ったはずだよな先生。先生が残っても足手まといだ。物事には適材適所がある。ならこの場には戦える人材が残るべきだ。……もし犯人が清水だったら先生のところに引きずってでも連れてきてやる。その清水をどうにかするのが、先生の仕事だろ」
「……わかりました。藤澤くんも必ず無事に帰ってきてください」
「わかったよ。そういうわけでハジメ。先生達の引率は任せるな。こっちは魔物の大群引き受けてやるんだからそれくらいしてくれよ」
「まったく……」
ハジメかしょうがないという態度を取る。
「お前、結構先生に甘いよな……わかった。もともとこいつを連れて行くのが依頼だし、それは達成しといてやる。だからせいぜい頑張れよ」
軽口を叩くようなセリフを言うハジメだが、なんだかんだ心配してくれているのがわかる。だからここはあえて厨二っぽく言ってやることにする。
「ああ。時間を稼ぐのはいいが──別に、アレらを倒してしまっても構わないんだろう?」
「お前……カッコつけるのはいいけど……それ死亡フラグだからな」
もちろん死亡フラグにするつもりは毛頭ない。
こうして一行は、蓮弥とユナを残し、急ぎウルの町に戻ったのだった。
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蓮弥は聖術を使い飛んで移動し、魔物の軍勢を迎え撃つ準備にかかる。目の前で行われるのはまるで百鬼夜行。地獄の大行進といっていいような光景だった。あれらが気づかず町に到着していたら、町など跡形も残らないだろう。
「こうして見ると圧巻の光景だな。……ユナ、準備はどうだ?」
『私はいつでもいけます。けれど蓮弥、気を付けてください。どこかでティオを操っていた黒幕がみているかもしれません』
「ああ、そうだろうな」
蓮弥はティオの魂を縛っていた術者の狙いを考えてみた。ウィルを狙っていたにしては過剰だし、仮に蓮弥達を狙っていたにしては中途半端だったように思う。そこから敵の狙いは敵情視察だったのではないかと推測していた。おそらくハジメか蓮弥、あるいはその両方の戦力分析が目的だろうか。なんにせよこの状況なら仕掛けてくる可能性がある。
「だからこそ俺達が前に出たんだ。うまく釣れてくれればいいが……」
相手は魂を操る術を持っていることがわかっている。だから現状魂への攻撃に抵抗力がある蓮弥が釣りをすべきだと思ったのだ。一応ハジメたちにはユナに本来悪霊除けが目的に使われるソウルプロテクトと呼ばれる術をかけてもらっている。あまり強力な術ではないらしいがもしそれに反応があればユナが気づく、おそらく問題はない。
『蓮弥、まもなく魔物の第一波が射程圏に入ります』
「ならまずは先制攻撃だな」
『
聖炎より広範囲に広がる術を剣の一本に装填する。さらにユナが続ける。
『
同じく広範囲の風の聖術を別の剣に装填する。火は風により燃え上がる。
「じゃあ、まずはッ、これでも食らっとけ!」
魔物の群れにそれを投擲したことで開戦のゴングが鳴った。
蓮弥の投擲した聖術は互いに干渉し合い、一気に膨れ上がり大爆発を引き起こす。
前方に走る魔物の一角が発生した膨大な熱量により骨まで焼き尽くされ丸ごと消し飛んだ。
突然の事態に魔物が急停止するが何体か停止が間に合わず、広がる炎の渦に飲み込まれていく。
蓮弥は一気に地上まで下りる。
今度は風をまとった一閃を魔物の一団に振りぬいた。
圧縮した風の刃が魔物を薙ぎ払っていく。当然その後に生き残っている魔物はいない。
開始数秒、魔物の一団は数を数百体減らしていた。
これで数百体かと思うと気が遠くなりそうになるが、まだまだ始まったばかりだ。正直に言えば魔物のレベルは奈落に比べても大したことがない。このレベルなら無双ゲーだが……
『蓮弥……』
「わかってるよ。ミレディの時の二の舞にはならない」
蓮弥は油断しない。少なくとも敵らしき人物に敵を強化できるものがいることはわかっている。この魔物全てがいきなり段違いに強くなる可能性も考慮に入れるべきだろう。
蓮弥は疾走を開始する。それだけでソニックブームが起き、魔物の視界から消える。
動く際に4本の十字剣を左右に振ることも忘れない。
これだけで魔物はなます切りになり絶命していく。
そこでようやく蓮弥の存在に気が付いた魔物の一団が蓮弥に向けて炎や雷などのブレス攻撃を行う。
数々の魔物の攻撃が蓮弥を襲うが気にせず、蓮弥は疾走を続ける。
迫りくる雷を躱し、炎を剣で斬り落とす。そもそも大体の攻撃は疾走する蓮弥をとらえられない。
(よし、なんとかなりそうだな)
相手の戦力分析を終えたことで警戒しつつも、蓮弥はここで初めて術者を見つけるために周りを観察するのに意識を割く。現状蓮弥の周りにクラスメイトらしき姿も別の人物も見当たらない。空にも魔物はいるのでそれのどれかに乗っているのかもしれない。
その間も蓮弥の攻撃は止まらない。蓮弥の背中に生える十字剣がまるで手足のように動き、周りの魔物を蹂躙していく。魔物も抵抗するが、まるで暴風のように暴れ回る剣戟の嵐の前になす術なく斬り裂かれるだけだった。
しばらく無双ゲーを続けていた蓮弥だったが、ここで戦況が変わる。
「見つけたッ」
上空を飛ぶ魔物の内の1体に乗る黒ローブの姿が見える。あれがクラスメイトの清水なのかはわからないが無関係ではありえない。
蓮弥はすぐさまユナの飛行術式により虚空を疾走する。
「ひっ!?」
なにかにおびえたような声を出す目の前の人物、蓮弥は乗っている魔物の背に着地する。
「お前、クラスメイトの清水で合ってるか?」
「お、お前は藤澤ッ。な、なんで死んだはずのお前がここにいるんだよ!?」
混乱の極みにいるためかどもりながら答える清水らしき人物。
「なんで……なんで邪魔するんだよッ。これから……これから俺は勇者になるんだ。偉業を成し遂げるんだよッ。俺が主人公なんだ……モブの分際で、邪魔をするなぁぁ!!」
清水らしき人物が魔物に指示を出したのか。一斉に蓮弥の方に突撃してくる。
『
「えっ!」
周りを円形の結界が包み込み魔物の攻撃を防ぐ。盾や壁ほど防御力はないが、これで邪魔は入らない。
「さて、別に勇者になるだの偉業になるだのどうでもいいんだ。先生が心配してるからな、引きずってでも連れていくぞ」
「い、嫌だ。くるなぁ!!」
目の前の清水が抵抗するが関係ない。気絶させて終わりだ。
『蓮弥!』
ユナの叫びによりこちらに高速で飛来するものに気づく。結界を貫き迫るそれを蓮弥は剣を重ねて防御する。
「くっ……」
だが想像以上に強力だったそれを受けきれず。蓮弥は地上に叩き落される。
とっさに受け身を取り構える蓮弥。上空を見るとそこにそれは存在した。
それはどこかで見たような整った容姿。神が設計したと言われても信じるような神々しさ。
白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っており、ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。
「はじめましてアンノウン。私の名はフレイヤ。我らが主の命により、それをいただきにまいりました」
神の使徒と聖遺物の使徒のファーストコンタクトはここに行われた。
次回ついに決着、か?