ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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Re:暴走する使徒

 出現したものはまさに異形の怪物だった。

 

 

 全身から無数の十字剣を生やしている姿は完全ではないから白い霞みがかっている。だが全身から放たれる圧力は異常の一言。咆哮だけで周りの大気が震え、森が自然発火する。

 

 

 その影響はこの近辺にとどまらない。

 

 少ならず魔力を持つもの(人族)

 

 魔力を持たずとも野生の勘を持つもの(亜人族)

 

 魔力の扱いに優れたもの(魔人族)

 

 何一つ例外なしに今この世界に起きている異常を伝える。

 

 

 それは人間たちの王国に混乱を招き

 

 森の動物たちをざわつかせ

 

 西の海は荒れ出し

 

 氷の大地に亀裂を入れる。

 

 そして厳密にはこの世界に存在しないはずの神域にまでその覇道は轟く。

 

「なんだ……なんなんだ……こいつは?」

 

 目の前に佇む怪物を前に、フレイヤは動けないでいた。

 

 

 フレイヤという使徒は他の姉妹達とは生まれが少し違う。三百年前、ついに見つけたはずの理想的な器を見失い、嘆いた主がその器の因子を利用し、失われた器を再現しようという試みの元、生まれた個体だった。

 

 

 目前にあった長年の悲願である器を失ったことによる消失感の赴くままに創成された使徒フレイヤは、エヒト神の苦労にたがわない能力を所持して生まれた。ステータスでいうなら全パラメータ最低2万を超えているだろう数値。他にも器候補だった彼女が所持していたスキルをも再現できたまさに傑作といっていい出来栄えだった。

 

 

 

 その自分が震えている。本能が激しく警鐘を鳴らす。

 

 あれはダメだ。どうにもならない。

 

 使徒フレイヤはようやく自分が凡庸の皮を被ったとんでもない眠れる竜を起こしたのだと気づいた。

 

 

 威圧感がさらに増大する。制御が行き届いている力の方が強いとは限らない。確かに制御が行き届いた力の方が扱いやすくはあるだろう。しかし暴走しているということは限界を意識しないということだ。後先を考えないということでもある。

 

 

 もともと強大な力を持ったものが後先考えなく力を極限まで引き出せばどうなるか。

 

「殺ス……」

 

 それは単なる殺意の表明、だったにも拘わらずその一言が信じられない圧力となってフレイヤを襲う。フレイヤは本能的に今の自分にできる限りの防御魔法を展開する。

 

 直感といっていい。全力で身を守らないとやばい。普通の生まれとは違うとはいえ、生物の持つ本能がその行動をとらせた。そしてそれは正解だったとすぐに知ることになる。

 

「ガッ!!??」

 

 腹部が爆発した。

 

 気づけば使徒フレイヤは後方に超音速で吹き飛んでいた。

 

 山脈を貫通する。貫通する。貫通する。

 

 山三つにトンネルを作ったところでようやく停止する。もし防御魔法を使っていなければ使徒である自分でも粉々になっていたであろう力。

 

 

「落チロ!!」

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 怪物の攻撃は終わらない。

 

 超音速で吹き飛んだ使徒相手に先回りしてその拳を叩きこんだのだ。

 

 フレイヤの体が冗談みたいに軽く吹き飛ぶ。

 

 フレイヤは好き放題されながらも防御と回復に全魔力を注ぐ。それでなければ耐えられないと悟ったからだ。

 

 

 そこから先はシンプルな蹂躙劇だった。

 

 怪物がフレイヤを殴る──山脈を砕きながら吹き飛ぶ。

 

 怪物がフレイヤを叩き落とす──大地に巨大クレータを作る。

 

 怪物がフレイヤを上空に蹴り上げる──雲が跡形もなく消える。

 

 

 なんの理もない。そもそも彼が自身の渇望を理解していない以上、明確なルールとして展開されたわけではない。よってこの創造はまだ未完成。顕現したのはただ力。目の前の敵を跡形もなく滅ぼすための力。それこそが今の彼のすべてだった。

 

 

 その光景を神の視点で見るものがいれば、まるで一地方を台、フレイヤを玉としたピンボールだった。彼女が吹き飛ぶたびに地図単位で地形が変わっていく。彼女が防御術式と回復術式に全力を注いでいなければとっくに終わっていただろう。幸いだったのはこの地域が基本的に人族にとってほとんどが未開発領域だったことか。奇跡的に人的被害はなかった。

 

「オオオオオオオォォォォォォォォォォ!!」

 

 止まらない。怪物は変わらず、技術などない、ただの暴力をぶつける。

 

「あぁあぁぁ!! ……調子に乗るな。この化物がぁぁぁぁぁ!!」

 

 彼女は優れたスペックを持って生まれた。いずれこの身を主にささげることになるが、もともとそのために生まれてきたのだ。彼女は自分の境遇に満足していた……自分に致命的な欠陥が見つかるまでは……

 

 

 

 彼女は、他者の魂への抵抗力が極端に低く、主を受け入れたら肉体が崩壊を始めるという事実が判明してしまったのだ。そこで彼女の存在価値は消滅する。

 

 

 主はすっかり自分に対して興味をなくし、他の個体には失敗作呼ばわりされる始末。そしてようやく自分に役目が回ってきたのだ。その機会におめおめ逃げ帰るわけにはいかない。

 

 

 一瞬の隙を付き、発動した単距離移動魔法を使用する。転移した先で無数の魔法陣を展開する。

 

アクセス──マスター。森羅万象の奇跡を持ちて、目の前の敵を撃ち滅ぼさん。されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめる。……森羅天墜

 

 

 空を、天を覆いつくさんばかりに増幅した魔法陣から無数の魔法が飛び出す。発動した魔法はどれも最上級以上、しかも神代魔法すらも絡め、相生、相克を繰り返したその魔法は国一つを跡形もなく滅ぼしかねない神域の大魔法。生け捕りが条件であった以上、本気を出せなかった彼女がその制約を破った自身の取りえる最強の攻撃手段。命中すればあるいは主でさえ無事ではいられないかもしれない。だが……

 

「……消エロ」

 

 無数の十字架を束ねた塔のようなサイズの巨大な刃を一振りしただけで掻き消された。

 

「なっ!! ……ばかな……」

 

 あり得ない。自分が全霊をかけて行使した神の奇跡に等しい大魔法、それがなぜこうもたやすく消されるのか。

 

 

 当然目の前の怪物にとってフレイヤの葛藤など考慮する必要がない。今度はこちらの番といわんばかりに巨大な刃を分解し、こちら向けて一斉に射出した。

 

「くっ!! ああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 フレイヤが自身に向けて数十枚の魔法障壁を重ね掛けする。自分が放った先ほどの大魔法でも短時間なら防げるだろう障壁。さらに分裂した十字架が障壁ごと覆い隠すように襲い掛かる。

 

 耐えている間に魔法の構築に入る、これが間に合えば……

 

 だが……

 

 怪物が十字架を変形させ砲身を作る。怪物のおぞましい魔力が収束していく。

 

 フレイヤはまずいと思いつつも数千数万にまで分裂した十字架の刃が逃げることを許さない。

 

 そして閃光は世界を覆う。

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

 砲撃が放たれる。まるで世界を焼き尽くさんとする砲撃がたった一人の使徒を滅ぼすために使用される。

 

 そして砲撃はフレイヤに迫り……

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 時間は少し遡る。

 

 蓮弥と別れたハジメ一行はウルの町へと無事帰還した。当初はウルの町の危機を放っておいて、ウィルを連れてフューレンの町へすぐに移動するつもりだったが、愛子による説教にて踏みとどまった。

 

 

 愛子は蓮弥に頼まれたことを覚えていた。だからこそ今日一日、ずっとハジメの行動を観察していたのだ。そして思った。蓮弥の懸念が正しかったのだと。今の南雲ハジメには現代地球で生きるために必要なものが欠落している。そしてそれはおそらくオルクス大迷宮の奈落で生き残るためにそぎ落とした部分なのだろう。しかし、先生として、大人として、このまま進んだら取返しのつかないことになるかもしれない生徒を放ってはおけなかった。

 

 

 だからこそ説得した。上っ面の言葉ではない。真摯な想いを込めて。

 

 

「……先生は、この先何があっても、俺の先生か?」

「当然です」

 

 即答する。別に生徒の未来を決定するつもりはない。だが生徒が悩んで決断したことなら受け入れる覚悟があった。

 

 

 その本気の覚悟に、ハジメがとうとう折れたのだ。

 

 

 そしてハジメは対策を練ろうと動きだしたのだが事態は急変する。

 

 いきなり魔物の気配が急接近したのだ。

 

 

 どう考えても数時間以上は到着が先だったにも関わらず、なぜかはわからないがあと数十分の距離まで移動してしまっている。

 

 これにはさすがのハジメも焦った。これでは住人を避難している余裕はないし。十分な準備ができるとはいいがたい。何より、魔物の気配の数がハジメが観測した時とほぼ変わっていない。つまり蓮弥の防衛ラインを魔物の軍勢がほぼ素通りしたということだ。つまり蓮弥の身に魔物に構っていられない異常事態が発生したということである。

 

「ちっ、仕方ねぇ。……おい、ド変態ドラゴン。喜べ、贖罪のチャンスをくれてやる。こっちの準備ができるまで、あの魔物の群れを体張って止めてこいや」

 

「あふん、なんという無茶振り。ハァ、ハァ、流石、ご主人様の一人じゃ、ぱなぃのぉ。……じゃが現実問題、たとえ妾が命を投げ出したとしても、あれ全てを止めるのは無理じゃ」

 

「ちっ、使えねぇな。……ゴミがッ」

 

「ああ、ひどい扱いなのに感じてしまう。これが愛の鞭というやつなのか……」

 

 勝手に納得してビクンビクン言い出したティオを無視する。そしてユエとシアに向き直る。

 

「悪いが緊急事態だ。これから魔物を迎撃する」

「ん……」

「はい、正直しんどいですが、やってやりますよ~」

 

 ユエはまだ余裕がありそうだが、シアは割と空元気だ。一度負担の大きいギガントフォームを使っているので魔力をごっそり持っていかれている。だがそうもいっていられない。

 

 ハジメは両手をパンと合わせた後、床に手をついた。

 

 愛子達が訝しむ中、町を覆うように壁が錬成される。錬成魔法によって防壁を作ったのだ。

 

 高さは十メートル強。飛行タイプでもない限り、一足飛びでは越せない高さだ。なぜかやたらと手合わせを含めてこの手の錬成を鍛えることを勧めてくる蓮弥の異様な情熱に根負けして鍛えていた技能だが、まさかここで役に立つとは思わなかった。ちなみに奈落に落ちる前にも勧められていたが、ハジメが機械の義手を付けるようになってさらに蓮弥の勧める勢いが増したのは言うまでもない。鬱陶しく思っていたハジメだが、手合わせ錬成するとなぜか錬成精度がわずかに上がるので文句も言い辛かった。

 

 

 いきなりの行動に驚愕する愛子達を放置し、宝物庫から試験管三本取り出しユエ、シア、ティオに渡す。

 

「蓮弥から分けてもらった分の神水だ。まさか早速使うことになるとは思わなかったが……オラ、ド変態。てめぇにもくれてやるからありがたく思え」

 

「ハァハァ、もはや竜扱いすらなくただの変態扱いとは……。ハァハァ、ありがとうございますじゃ」

 

 これで一応準備は整った。万全とはいかないがこれでなんとか戦えるはずだ。そして町の住人を避難させる余裕がない分、混乱を避けるためにある策を打つ。

 

 

 ハジメは愛子を脇に抱えて壁に上り、拡声器を錬成する。

 

 えっ、えっという感じに戸惑っている愛子や、急に愛子を抱きかかえて壁を上りだしたハジメに対し、殺意をみなぎらせる近衛騎士を無視して町中に広がるように声を滾らせた。

 

「聞け! ウルの町の民達よ。今、この町に魔物の群れが押し寄せてきている。もう数十分もすればこの町に押し寄せてくるだろう」

 

 その言葉にどよどよと町に住人が騒ぎ出す。いきなり何を言っているのかと疑うもの。もし本当ならやばいと怖気づくもの、無視して普段通りの生活を送るもの、様々だ。

 

 ハジメは今度は少しだけ威圧を交えて声を放つ。

 

「これは冗談でもなんでもない。この町に危機が迫っている。だが、心配しなくてもいい。我々の勝利は確定している」

 

 ハジメは宝物庫から一個のベレー帽を取り出し、ぽすっと愛子に被せる。急なことに驚く愛子()

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている“豊穣の女神”愛子様だ!」

 

 その言葉に、皆が口々に愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始めた。隣で帽子の位置を直していた愛子がぎょっとする。

 

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして“豊穣”と“勝利”をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

 偵察のためか先行していた飛行タイプの魔物に向けてシュラーゲンを撃ち放つ。撃った弾丸は魔物に命中し、無駄に派手なエフェクトと轟音により爆散する。こけおどしも兼ねた、汚ねぇ花火を打ち上げるための弾だった。

 

 

 人々が本当に接近していた魔物に驚き、それを難なく迎撃したハジメを見た後、隣の愛子の姿を確認して目を見開く。それはなにか尊いものを見つけたような目だった。

 

 

「愛子様、万歳!」

 

 ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……

 

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「万歳ァァィ! 万歳ァァィ! おおおぉぉォッ、万ッ、歳ァァァァィ!!」」」」」」

 

 ウルの町に女神が誕生した。いきなり事前説明もしていなかったにも関わらず、あっさり町の住人たちがいくら愛子の姿があったとはいえ、即信じたのには訳がある。それは現在愛子が被っている帽子型アーティファクトの能力である。その効果は、蓮弥がハジメたちに内緒で作った軍帽とは逆といっていいだろうか。その帽子を被った人間の存在感を増幅させることができる。被った人物が向けられている思念を増幅させるので、アイドルならより輝かしく、裏の住人ならよりおぞましく、そして神が被ればより神々しく見えるようになる。よって今の愛子は住民からは本物の女神のように見えるだろう。

 

 

 もともと蓮弥が軍帽を作る際にハジメに怪しまれないように逆の効果の帽子を作ることで実験していた際に生まれたアーティファクトだったがこの場では効果は抜群だった。

 

 

 もともと豊穣の女神として一定の知名度があったからこそのこの熱狂ぶり。突然隣で訳も分からず現人神にされた愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメに向けられた。

 

「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か! 一体なんのためにこんなことを……」

「時間がないんだ。大混乱にするわけにはいかないだろ。……そろそろくるぞ」

「もう、もう、もう!!」

 

 愛子が可愛く怒るが無視する。魔物の群れが見えてくる。

 

「ユエ、シア、ド変態。いくぞ」

「ん……」

「はいですぅ」

「うっ、我慢我慢。わかったのじゃ」

 

 ウルの町にとっていきなりわけもわからず始まった運命をかけて戦いは此処に始まった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 しばらく魔物を順調に倒していたハジメだったが、ここで準備不足が祟りはじめる。

 

(ちっ、やべぇな。このままじゃいくらか町に行っちまう)

 

 何しろハジメにしても想定外の戦闘だ。数時間あれば用意できた装備も今回はない。ユエ、シア、ティオも善戦しているがやはり魔物を抑えきれない。準備不足もあるが……

 

(魔物が想定以上に強えぇ。ひょっとしたらド変態の時と同じか)

 

 ハジメは上空を警戒する。もし魔物を操っている人物がいるとしたら戦場を見渡せる上空にいるだろうという考えからだったが清水らしき影もそれ以外も見当たらない。

 

 

 だがこのままでは自分たちが死ぬことはないだろうが魔物が町に入り込んでしまう。そうなると犠牲は避けられない。やるといった以上、最上の結果を目指したいところだが……

 

(こういう時に蓮弥はなにやってるんだ)

 

 足止めしていたはずの蓮弥を素通りしての魔物の進軍。ハジメは蓮弥がこの程度の魔物にやられたとはこれっぽちも思っていなかったが、同時に素通りさせたということはよほどの事態が起きたとも思っている。

 

 

 そしてとうとう均衡が破られる。戦闘スタイルの都合上、多数の殲滅を苦手とするシアが押し込まれ始めたのだ。

 

 ハジメが犠牲を覚悟したその時。

 

 

 

 

 

 まるで空が落ちてきたと錯覚するような強大な気配が突如出現した。

 

 

「!!?」

 

 

 それはハジメだけでなく周りの人物全員が感知していた。魔力の扱いに慣れたユエ、シア、ティオはもちろん。異世界出身のクラスメイトや戦闘とは無縁の一般人に至るまで。なにか異質なものが現れたと理解できずとも感じていた。

 

 

「なんじゃ……これは……」

 

 ティオが呆然としたように呟く。長く生きていた分衝撃も大きいのだろう。目の前にいる約六万体の魔物を全て足しても霞んで見えるような強大な魔力が突然現れたのだから。魔物も進軍を止め、停止していた。

 

 

 そして突如、遠くに位置している山から轟音が響き渡る

 

「きゃあああ、なんですかこれぇぇ」

 

 シアが突然の衝撃音にハジメの元まで撤退する。腰を抜かさなかっただけ成長したほうだ。

 

 

 衝撃は続く。目の前で山が欠ける。衝撃の余波で魔物が吹き飛ぶ。途中強大な魔力とは別の反応も感知するがその気配から放たれたなかなかシャレにならない魔力が込められた攻撃は突如消える。そして異質な気配がさらに自身の気配を増大させた後……

 

 

 光と轟音と共に……山脈の一部が丸ごと消し飛んだ。

 

「……なんだよ、これ……一体なにが起きてるんだよ!?」

 

 

 町の住民に恐怖が広がり始める。魔物の軍勢の奥に得体のしれない存在がいる。そして眼に見える範囲で起こったその現象にせっかく抑えた市民たちが混乱を起こしそうだった。

 

 

 だがこの中で別の意味で驚愕している人物が二人いた。ハジメとユエ。彼らは他のものとは違い、この気配に覚えがあったのだ。

 

「ハジメッ、これ……」

「おいおいおいおい、まじかよ。まさかあいつ、こんなタイミングで……」

 

 最悪だ。もしハジメの予想通りなら、魔物の群れと戦っている場合ではなくなる。

 

 そこからのハジメの行動は早かった。

 

「先生!」

 

 魔物が停止していることをいいことに愛子の元まで飛び出すハジメ。

 

「ななな、南雲君。いいいいったい何が起きたのですか」

 

 何かはわからずとも何か異常事態が起きたことは伝わったようだ。体がかすかにふるえている。

 

 ハジメは再びベレー帽を愛子に被せる。

 

「これ被って町のみんなを強制的に避難させてくれ。できるだけ遠くに」

「南雲君はどうするんですか?」

 

 その質問はハジメを心配してのものだろう。不安で瞳が揺れている。

 

「俺は……約束しちまったからな。おかしくなったら止めてやるって……急いでくれよ先生。ここで死なれたら寝目覚め悪いからな」

 

 そうして戦場に戻っていくハジメ。

 

「南雲君!!」

 

 名前を呼ぶしかない愛子はせめて、祈った。ここにはいない蓮弥も含めて、彼らが無事に帰ってきてくれることを。

 

 

 戦場に戻ったハジメはユエ達と合流する。

 

「これはいったい何が起きたのじゃ。こんなおぞましい気配は今まで感じたことがない」

「なんか、その場で立ってるだけでピリピリしてきます」

 

 ティオとシアは明確に脅威を感じているようで落ち着きがない。

 

「いいか。お前ら。詳細はあとで教えてやるが結論を言うと……蓮弥が暴走した。もしかしたらここまでくるかもしれない」

「暴走って……」

 

 シアが呟く。いまいち状況がわからないのだろう。

 

「以前も一度だけ暴走したあいつに遭遇したことがある。……はっきりいって暴走したあいつと対峙するくらいなら単身で魔物六万体と戦うほうがましなくらいだ」

 

「そ、そんなになんですか!?」

「しかも……たぶん私たちが戦った時より強い……」

 

 ハジメは思い出す。ユエと出会って以降、邪魔する奴は踏み越えて進むという戒律の元、進んできたハジメがなす術なく撤退を選択しなければならなかった唯一の戦い。あの頃より強くなっている自信はある。だがそれは蓮弥とて同じ。間違いなく一筋縄ではいかない。

 

 

 隣のユエを見ると頷いてきた。

 

「大丈夫。私たちは強くなってる。それにシアやティオもいる。……必ず止められる」

「……勿論だユエ。前回大丈夫とか言ったくせにこれだからな。体に覚えるまで弾丸をぶち込んでやる」

 

 

 ハジメは覚悟を決める。体に覚えるまで弾丸をぶち込むというあたりでどこかの変態が羨ましそうな目を向けたが無視した。

 

 事件の終わりは近い。

 

 

 


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