蓮弥はフューレンに向かっている時、一人物思いに耽っていた。
(俺の創造……)
使徒フレイヤに追い詰められて発動したそれは確かに絶大な力を齎した。だが不安定だろうと発動したということは……
(俺に渇望が……あるってことだよな)
でなければ創造位階には到達しない。蓮弥自身に身に覚えがないというのが一番怖い。渇望を自覚していないだけか、それとも他の要因があるのか。
(それと、今回の戦いで確信した。……俺は、誰かに見られてる)
あの時の声。それがこの世界に呼び出したエヒトって奴の声なのか、それとももっと
そこで蓮弥は久しぶりに転生した時のことを思い出す。確か……
「あれ?」
そこで思考が止まる。
神と名乗る存在にあった……筈だ。
そこで
そこまで考えて蓮弥は自分が転生した時の記憶が実はひどく曖昧であることを知る。神にあったはずなのにどんな姿でどんな声をしていたのか思い出せない。いや、そもそも本当に神とやらと会っているのか。
もし、そう思い込んでいるとしたら……
「いや、前世の記憶は確かにある」
前世の名前は思い出せないが、普通に大学を出て、普通に就職して生活していた。それに間違いはないはずだ。
(待て。そもそもなんで名前が思い出せないんだ? 異世界転生ものはそういう設定が多いからとスルーしてたけど、それは本当にスルーしていいことなのか? )
名前という自身のアイデンティティの基盤が消失しているのに他の記憶は都合よく残っているなんてことあるのか? いや、そもそも……
「本当に、他に忘れていることはないのか?」
思わず口に出す蓮弥。普通に生活していたとはどんな生活だ? 友人は? 恋人は? もしくは気の合う同僚や気にくわない上司とか、そういう存在は一人もいなかったのか? いや100歩譲っていなかったとしても、じゃあ転生直前の記憶は?
(俺は神に出会う前に、何をしていた?)
そこで蓮弥はその辺りの記憶がすっぽり抜け落ちていることに気づく。
蓮弥はぞっとする。まるで得体の知れない何かが我が物顔で居座っているのに今更気づいたような……
「やめよう」
蓮弥は強引に思考を断ち切る。今考えても答えは出ないし精神衛生上よろしくない。それよりもっと直近で対処しなければならないことがある。
(やっぱり、あいつに逃げられたのは痛い)
そう、使徒フレイヤに極大の砲撃をぶつける中、突如気配が消えたのだ。全くノーダメージではないだろうがおそらく倒せてはいない。主というやつが回収したのか、それともフレイヤが保険を立てていたのか、どっちにしろ……
「また、襲ってくる……」
あいつの目的がユナである以上、また敵対するのは間違いない。現状無茶をすればなんとか均衡するというレベル。だが、これでは確実とは言えない。創造が当てにできない以上、他の手段で強くなるしかない。
一応、蓮弥も神代魔法を習得してはいた。いたのだが使っても大して力にならない。術的なサポートはユナがしてくれる聖術の方が相性がいいようだし、使ってもあまり旨味がないのだ。
その辺、神代魔法を入手するたびに強化を行えるハジメはすごいと思う。まだ二個でこれなのだ。全部揃えばDiesの大隊長クラスを超えるかも知れない。
となると蓮弥が取れる手段はたった一つ。
「魂を集めるしかないか」
聖遺物の使徒がもっとも単純に強くなろうとすれば必然魂の補給に視点がいく。ユナの力を引き出しきれない以上、ユナほどの質は期待できなくても、ほどほどに使いやすい魂の燃料は重要だ。Dies原作登場人物も、中には例外はいたが基本的には所有する魂の質と量を高めようとしていた。
「けど……」
そうそう殺してもいい、都合のいい相手なんていないものだ。無差別殺人をする気がない以上、どうしても相手を選ぶ必要がある。相手を選ぶこと自体は悪くないはずだが大迷宮攻略ばかりしていると、どうしても相手が魔物ばかりになってしまう。大迷宮に基本、人はいないからだ。
一瞬ミレディを取り込めばよかったかと考えたが、すぐに考えを改める。格上の魂を取り込むのは、内側から体を乗っ取られる危険がある。それにあの過去を見てしまうとそういうことに利用するのは気が引けた。
蓮弥はチラリとバイクの後部座席に目を向ける。そこには誰も乗ってはいない。
ユナは現在聖遺物に戻っている。流石に使徒との戦闘は疲れたのだろう。しばらく休ませてほしいと言って来たので休ませてやることにしたのだ。
ユナにこれ以上負担はかけたくないし、それなら自身が強くなるしかない。けどその方法が……
思考が堂々巡りになりつつも蓮弥はフューレンを目指す。待っていた機会がすぐに訪れるとはこの時、思ってはいなかった。
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蓮弥がフューレンに到着した時、何か騒がしいと感じた。もちろん最初に来た時同様、非常に活気がある町であるが、そのことではない。感覚でしかないが、目に見えないところが騒がしいというのか、ざわざわしたものを感じる。
目が覚めたらしいユナを伴い、まずはハジメと合流することにする。ここのギルド長であるイルワのところに行けば会えるはずと思って移動していたのだが、その前に普通にハジメと合流できてしまった。様子を見るとなにやら焦っているように見える。
「……クソが、害虫の分際であちこち点在しやがって、一か所に固まっていればまとめて焼却処分できたものを……」
なにやら物騒なことを呟いているハジメに声をかけるか一瞬戸惑う蓮弥だったが、放っておくわけにもいかない。
「おい、ハジメ。合流早々だけど、なにかあったのか?」
その言葉でようやく蓮弥がいることに気づいたらしいハジメはいいところにきたとばかりに近づいてくる。
「おお、やっと来たか、ちょうどよかった。蓮弥、お前も害虫駆除を手伝え!」
「……まずは事情説明からな」
ハジメの話はこうである。
いい加減自分の扱いが悪いとハジメに抗議するシアに対し、なんと恋人のはずのユエがシアに対してまさかの援護を行い、なし崩し的にシアとデートすることになった。だがデート中、下水道にて弱った海人族の少女を見つけてしまい、いくら大迷宮攻略のためにエリセンまでいくとはいえ、危険な旅に幼い少女を連れていくわけにもいかず、やむなく保安署に預けたまではいいが、どっかの犯罪組織にさらわれてしまう。その一派を成り行きで潰したところ、どうやら巨大な裏組織の末端だったらしく海人族の少女ミュウだけでなく、ユエ、シア、ティオをさらう計画まで立てていたらしいことが発覚。ユエを狙った時点でハジメが許すわけもなく、現在しらみつぶしに組織を潰していっている最中とのこと。
「害虫どもはあちこち点在してやがって単純に手が足りねえ、だから手伝ってくれ」
「……一応事情はわかった。問答無用で殺すかどうかは、見てから決めるからとりあえず案内してくれ」
いくらハジメからの情報とはいえ、又聞きの情報だけでサーチ&デストロイするわけにはいかない。特にハジメはユエが関わると少し沸点が下がる傾向があるので注意が必要だった。
だが、結論から言うと、そんなことを気にする必要がある相手ではなかった。蓮弥は訪れたアジトを観察する。
いかにもな男たちの後ろで、裸に剥かれた女性が幾人も倒れている。亜人もいれば人間も混ざっている。蓮弥と近い年齢の少女もいれば、まだ幼い少女もいた。だが彼女達に一つだけ共通点があった。皆顔に生気がない。蓮弥が視てみると魂の気配が非常に希薄であり、完全に壊されていることがわかってしまう。さらに周りを観察するとなにやら注射器やら、あきらかに非合法の薬品の瓶やらが転がっている。
「……薬漬けってわけか……」
「なんだてめぇら、ここがフリートホーフのアジトだとしってぶべら」
蓮弥が活動の大砲を向け、何やらしゃべっている男の上半身を吹き飛ばす。残りの構成員からしたら手をかざしただけで上半身が消えているように見えるだろう。
「なるほど、理解した。どうやら手加減が必要ない外道らしいな」
「だろう? だからとっとと潰して回るぞ」
ハジメもドンナーを抜き放ち、弾丸を次々お見舞いしていく。
数分もするとそこで生きている人間はいなかった。いや正確にはいたが……
「これは……もう無理だな」
神水なら可能性はあるかもしれないが全員分はない。聖遺物の中のユナにも聞いてみるが悲しそうに首を横に振る。中には四肢がないものもいた。薬の副作用で長く生きられないことが予想されるし、現在進行形で麻薬と魔薬のせいで魂が悲鳴をあげているのが伝わる。蓮弥はせめて苦しまないようにとどめを刺してやる。……胸糞悪い怒りを感じた。
同時に辺りに漂っていた魂を残らず喰らう。取り込んだ魂を管理してくれているユナに、被害者の少女達にはできるだけ救いのある形に、外道には容赦はいらないと言っておく。いままでさんざん少女たちの命を食らって私腹を肥やしてきたのだろう。なら次はこいつらの番である。せいぜいぼろ雑巾になって擦り切れるまで魂を使い潰してやる。そう思い蓮弥はハジメを伴い、次のアジトへ向かった。
その後は一方的な蹂躙劇だった。どうやら他の場所も似たような惨状だったらしく、ユエ達も外道どもには一切容赦しなかった。もちろん死んだやつらの魂は残らず回収した。どうやって魂を集めようかと考えていた時に巡ってきたチャンスである。結果的にいい資源になりそうなので貰っていくことにする。そして最終的にオークションに掛けられていたミュウを無事保護した後、ユエの雷龍により跡形もなくフューレンの暗部は炎の中に消えたのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「倒壊した建物二十二棟、半壊した建物四十四棟、消滅した建物五棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員百七十名、行方不明者百十九名……で? 何か言い訳はあるかい?」
「カッとなったので計画的にやった。反省も後悔もない」
「はぁ~~~~~~~~~」
冒険者ギルドの応接室で、報告書片手に隣のハジメを睨んでいるイルワだったが、ハジメはどこ吹く風という雰囲気で、助け出した海人族の少女ミュウとおかしおいしいと言いながら出されたお菓子を食べている。その様子にイルワは脱力した。
「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話……関係ないよね?」
「……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」
「あ~ん」
どうやら蓮弥が知らないことも色々やっていたらしい、シアを見ると少し目が泳いでいた。
「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」
その雰囲気には哀愁が漂っている。まるでこれからデスマーチに挑むサラリーマンのようだと前世で就業経験のある蓮弥は思った。
結局蓮弥達、主にハジメがフューレン支部長の懐刀になるということで収まった。ハジメの名前を抑止力に使うことにしたのだ。
少し意外だったのはハジメのほうから名前を使うように言ってきたことである。その際蓮弥の方をみて少しバツが悪そうな顔をしたあたりからどうやら先生が蓮弥の願いをかなえてくれたのだと予想がついた。本当に良い先生である。
「それはそうと話は変わるが、蓮弥君、ユナさん。改めて、ウィルを助け出してくれてありがとう。ハジメ君に聞いたが、一人殿として残って魔物の軍勢を食い止めてくれたそうじゃないか。その中には神代から封じられていた伝説の怪物も混じっていたかもしれないと聞く。君がいなかったら、もしかしたらここにも影響が出ていたかもしれない。あらためてお礼を言わせてもらう」
頭を下げるイルワに今度は蓮弥がバツの悪そうな顔をする番だった。ちらりとハジメを見るとふんと意趣返しが成功したと顔に書いてあった。蓮弥としてはただ暴れただけなのに、しかも神代から封じられていた伝説の怪物はおそらく自分のことである。
「頭を上げてください。あくまで依頼でやっただけなので」
「君たちには約束通り、私による後ろ盾とハジメ君同様の冒険者ランク金を授けるとしよう。……あとはこれを……」
イルワは薄い金属板を差し出してくる。成功報酬の一つだったステータスプレートだ。
「これはユナ君の分だ。他の人のステータスはすでに見せてもらった。いやー、後ろ盾を必要とするわけだと思ったよ。ひょっとして彼女もなかなかすごいのかい?」
「それは私も気になるですぅ。一体どんなステータスなんでしょうね」
「……少なくとも魔力は怪獣」
「ライセン大迷宮で無双してたスキルとかも気になるな」
シア、ユエ、ハジメも興味を示す。ティオは空気を読んで放置プレイを楽しんでいる。そしてそのユナはというと……
「………………」
「ユナ?」
「……はい」
どうやら軽く眠ってたらしい。ユナは起きて蓮弥の方を見る。
ユナは蓮弥の指示通り、少量の血をステータスプレートに付ける。そしてほどなく情報が表示される。
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ユナ 2005歳 女 レベル:???
天職:■■神
筋力:50 [+最大330000]
体力:90 [+最大330000]
耐性:60 [+最大330000]
敏捷:70 [+最大330000]
魔力:1,250,000(弱体化中)
魔耐:1,250,000(弱体化中)
技能:■■・霊的感応・十二使徒・神殺し・聖術[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+魔素操作]・高速魔力回復[+魔素集束][+魔素生成]・魔力変換[+筋力変換][+体力変換][+耐久変換][+俊敏変換]・生成魔法・重力魔法・言語理解 備考:魂魄衰弱
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「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
船を漕いでいるユナとよくわかっていないミュウはともかく、それ以外の誰も何も言わない。蓮弥はいち早く正気に戻ると、急いでステータスプレートを弄る。ユナは蓮弥のプレートを弄れるようなのでまさかとは思ったが蓮弥もユナのプレートを弄れるらしい。ありがたい。
そして何事もなかったように机に戻す。
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ユナ 17歳 女 レベル:???
天職:■■■
筋力:50
体力:90
耐性:60
敏捷:70
魔力:125000
魔耐:125000
技能:霊的感応・聖術[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+魔素操作]・高速魔力回復[+魔素集束][+魔素生成]・魔力変換[+筋力変換][+体力変換][+耐久変換][+俊敏変換]・生成魔法・重力魔法・言語理解 備考:魂魄衰弱
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「……よし」
『ちょっとまて(ください)(のじゃ)!!』
再起動したハジメたちが騒ぎ出す。全くどうしたというのか。
「いやー流石の魔力量だな。俺も驚いたよ」
蓮弥は冷や汗を流しながら白々しくそう言う。だが周囲の勢いは止まらない。
まず初めにイルワが目頭を押さえながら恐る恐る聞いてくる。
「気のせいかな。天職に神と書いてあったような……」
「気のせいですね。よく見てください。これは天職不明という意味ですよ」
次にシアが騒ぎ出す。
「パラメータ最大値33万って……私の五十倍以上ですぅ!? ひょっとして私、ユナさんに本気で殴られたら跡形も残らないんじゃ……」
「何言ってんだ。ユナのこんな華奢な体でそんなことできるわけないだろ」
次にユエがぽつりと呟く。
「魔力値125万……弱体化中とあった……」
「一桁間違えてるけどすごい魔力だよな。これでライセン大迷宮でも魔法が使えた理由がわかったな」
次にティオが嫌なところを突いてくる。
「神殺しとかいうスキルもあったのぅ。しかも妾よりも遥かに長く生きとるようじゃし」
「うるせぇド変態。おとなしく放置プレイを楽しんでろ」
「あひん」
最後にハジメが地球人らしい疑問をぶつける。
「十二使徒に神殺し……えっ、もしかしてユナって世界一有名な聖人の関係者なんじゃ……」
「たぶんお前疲れてるんだよ。さあ、もう話も終わったしそろそろミュウちゃんのこととか話そうぜ。ミュウちゃんも退屈してるだろうし……」
蓮弥は有無を言わさずステータスプレートをしまう。今後見せるときがあるとすれば大幅にいじることを決意する。
結局ミュウちゃんはハジメが父親としてエリセンまで連れていくことになった。十代で父親とはもう地球にいたころの面影とか微塵も残ってはいまい。
だがこの時、蓮弥はユナに起こっていることを……ユナのステータスプレートにもっと気を配るべきだったのだ。
そのことをまもなく……後悔することになる。
ユナのステータスは漫画でこんなやつどうやって倒すんだ? と作者が思った絶望の数値を参考にしています。わかる人にはわかるはず。もっとも有名であろう53万と最後まで迷いましたが、あちらはすぐにインフレの波に飲まれましたので。
次回は物語の転機です。