蓮弥と雫の再会シーンを気に入っていただけて幸いです。
もっとも感想の中身からして勇者君の人気?のおかげかもしれませんが。
さて、どうやらぎりぎり間に合ったようだな。
蓮弥は目の前の泣きそうな雫をどうしようか悩みながらこうなった経緯を思い出す。
数十分前にホルアドの町に到着した蓮弥とハジメ達だったが、案の定雫たちは今大迷宮攻略中とのことだった。わざわざ大迷宮にまで赴くのは面倒だし、帰ってくるまで待つことにし、ハジメがミュウを泣かせた冒険者に無茶振りするところを鑑賞していた蓮弥だったが、突如ハジメと蓮弥の後ろに気配が現れたので驚愕した。
ハジメも突然現れた気配に驚き、とっさにドンナーを、蓮弥は形成した十字剣を向けるとそこにはホールドアップの体勢になっているクラスメイト、遠藤 浩介がいた。
どうやら大迷宮攻略中にアクシデントが発生したらしく、今絶賛大ピンチなのでこのピンチを救ってくれそう、正確には強そうな人に近づいたらたまたま蓮弥達だったとのこと。
蓮弥達に多少の油断はあったとはいえ、気配察知を持つハジメと聖遺物の使徒としての超感覚を持つ蓮弥の背後をとる遠藤の隠形はもはや極まっているというしかない。
こいつ、きっと帰ったら自動ドアがもう開かないんだろうな、とかどうでもいいことを考えつつ準備を行う。表向き大義名分を得ようと素直じゃない行動をとるハジメと違って、そこまで蓮弥はひねくれてはいなかった。
オルクス大迷宮に向かうということで、蓮弥はショートカットすることに決める。
「主よ、大いなる恵みを我に与え、救いを求めるものの元へ誘え……
これは一度行ったことのある場所まで移動するための聖術だ。現状の蓮弥だとル〇ラとかと違って町単位くらいでしか自由に移動できないが、大迷宮の中に入るにはこれで十分である。
蓮弥はユナではないので、使う際にいちいち詠唱を加えなければ使えないという欠点がある。あらかじめ詠唱を済ませていたとしても一回限り、今までのように戦闘中では使えないだろう。
そして蓮弥は懐かしの奈落に落ちた階層まで移動し、そこからさらに奈落を落ち、雫たちのいる階層で横の壁を壊して通ることでショートカットしてきたのだ。そして雫たちを発見し、思っていたより悪い状況に、無事割り込むことに成功したというわけだ。
蓮弥は周りを観察する。雫の傷に、聖剣を取り落として頭を抱えながらこんなつもりじゃなかったとぶつぶつ言っている勇者。その光景を見て何となく今の状況を察した蓮弥。そして当然周りの視線も蓮弥に刺さり、蓮弥は少し居心地が悪いと感じる。もちろん一番熱が籠っているのは目の前にいる雫だが、香織の辺りからも強い視線を感じていた。蓮弥は何を聞きたいのか察していたので答えようとするが……
「おいおい、まじかよ」
ほぼ真上から気配が近づいてくる。どうやらかなり強引な方法でショートカットを敢行したらしい。
「おい、雫。後でいくらでも話をしてやるからまずはここから離れるぞ」
「えっ?」
そう言って雫を横抱き、通称お姫様抱っこすると一足で香織と鈴の元まで移動する。
「えっ、あっ、えっ?」
いきなりの展開で谷口鈴が動揺してわけのわからない声を発している。
「藤澤君、あの……」
何を考えているのか顔を赤くして黙って運ばれていた雫を下ろすと、香織が固い口調で蓮弥に話しかける。
「……白崎が何を聞きたいのかは察してるが、それに対しての俺の答えは、もうすぐ降ってくるから直接聞いてくれ」
「それってどういう……」
ドォゴオオン!!
その言葉の途中、天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭が凄絶な威力を以て飛び出した。その現象に魔人族の女も含めて誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くす。
もちろん蓮弥は除いて。
「おい、いくら何でも登場が派手すぎるだろ。それと避けなかったら直撃してたぞ」
「お前の魔力を目印にぶっ放したから当然だろ。というかお前はこれくらいじゃあ傷一つ付かないじゃねぇか」
「俺は大丈夫でも雫が……もういい……それでどうするんだこの空気。完全に凍ってるわけだが……罰としてなんか気の利いた言葉を白崎にかけてやれよ、
香織はその言葉を聞き、体に電撃が走るのを自覚する。あの日から親友以外には開かず、完全に凍り付いていた心が脈動を始めたのを感じる。動かなくなっていた表情が笑顔に変わっていく。
彼の生存を信じていた。
あの日からただひたすら想い続けていた人。
「あー、なんだ。その……最近は谷口と仲がいいのか、白崎?」
「0点だなハジメ。考える限り、最悪のセリフだぞ。もっとこう……」
「うるせぇな。別にいいだろ」
「ハジメくん!」
香織が歓喜の叫びを上げた。
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やっと認識が追い付いたらしい香織の歓喜に満ちた叫びに、クラスメイトが混乱しながら香織とハジメ、そして雫と蓮弥を交互に見やる。
「蓮弥、その、あのね……」
雫は雫で何をいいたいのかわからないのか、さっきから言葉が出てこないようだ。
「まあ、感動の再会は後でな……今はこの状況をなんとかすることが先だ」
そこでようやく雫は今が戦闘中だということを思い出したようだ。表面上意識を切り替えて魔人族の方を見る。まあ、蓮弥からしたら意識のほとんどがこちらに向いているのがばればれだったが。
ハジメが下りてきたユエとシアを下ろしたのを確認すると蓮弥は話しかける。
「さて、今回のことだが……「おい南雲!」……そうか、お前いたんだっけ?」
突然乱入してきた遠藤にかなりひどいことを言う蓮弥。
「いたよッ、ずっといたからね、俺。さっき余波でぶっとばされたんだよ……あやうく味方に殺されるところだったぞ」
「「浩介!」」
「重吾! 健太郎! 喜べ、助けを呼んできたぞ!」
殺されかけたという割には、しっかり受け身をとったらしい遠藤が軽く返事を返す。その余裕のある態度に蓮弥は再びハジメに意識を向ける
「ハジメ、今回だが……あの女は俺がやる。こいつが殺されかけたっぽいからな」
そこでハジメは雫の血まみれの服とすでに治っている傷跡を見て納得したようだ。
「ユエ、こいつらの守りは任せる。シアはあそこで倒れている騎士の男の容態を見てくれ。……ひどいようなら神水をつかってもいい」
「ん……」
「了解ですぅ!」
二人はまるで魔物を警戒することなくそれぞれの目的の場所までたどり着く。そしてハジメは香織の元へ向かう。
そこでハジメは自動防御用のアーティファクトを香織の周りに設置してこちらに向かってくる。
「……俺がやるって言ったはずだが?」
「お前が見た目よりキレてるのはわかるが落ち着け。あの女にはまだ利用価値がある。それを聞き出してからでもいいだろ……たく、これじゃいつもと反対だな」
どうやら蓮弥は自分が思っているよりも怒っていることに気づく……なるほど、確かにいつもとは逆の立場だ……いや、暴走を止めるという意味ではあながち間違いでもないのだが。
「というわけで、幸いまだお前は俺の敵じゃない。このままおとなしく投降するなら命は助けてやる」
「……何だって?」
それは魔物に囲まれた状態の人間の言葉ではなかった。戦場にはわずかに数人追加されただけで、形勢はほとんど変わっていない状況にも関わらず出てきた乱入者の言葉に、思わずそう聞き返す魔人族の女。それに対してハジメは、呆れた表情で繰り返した。
「俺からしたら大サービスのつもりなんだがな……お前が知ってる魔人族側の情報、特に魔物を生み出し、操ってる魔法について洗いざらい吐けっていってるんだよ。簡単だろ」
改めて、聞き間違いではないとわかり、さらに魔人族の情報を渡せなどという傲慢な態度に魔人族の女はスっと表情を消すと「殺れ」とハジメ達を指差し魔物に命令を下した。
「あーあ、せっかく珍しくサービスしてやろうと思ったのに。ならいつも通りだな」
ハジメは迫っていたキメラを軽く受け止め、地面にたたきつける。そしてドンナーを構え、いつも通りの行動に移った。
「さて……」
蓮弥が魔人族の女に向けて、ポケットに手を入れながらゆっくり歩きだす。
コツ、コツ、コツ、コツ
大迷宮に響き渡る軍靴の音。それは銃声まで聞こえ始めた戦場に、不思議と響き渡る。
「お前たち、あの男を血祭にあげな!」
当然魔人族の女も黙って近づけさせない。キメラやオークのような魔物が襲い掛かる。
「蓮弥!!?」
雫が思わず声を上げる。見れば蓮弥は完全な丸腰。それどころかポケットに手を入れ、戦闘態勢にすら入っていない。
だが……
グシャ!
その音と共に、迫っていた魔物がまるで巨大な何かに潰されたかのように破裂した。
「なん、だと……」
流石に魔人族の女も驚かざるを得ない。これにはクラスメイトも驚愕した。魔物が一見勝手に潰れていく様を呆然と見ているしかなかった。
こうしている間にもハジメがこの世界にはないはずの銃火器で魔物を殲滅していってはいるが、現代人である彼らには銃というものがわかるので驚きはするが理屈はわかる。
だけど蓮弥は見た目、ポケットに手を入れて歩いているだけ。それなのに魔物が次々とはじけて潰れていく。魔法を使っている様子もない。その現象を彼らはまるで理解ができなかった。
コツ、コツ、コツ、コツ
蓮弥の履いた軍靴の音がまた響く。女はその間も、魔物をけしかけるが進行を止められない。まるで意に介していない。原因不明の攻撃で魔物の死体が増えるだけだった。
魔人族の女は恐怖を抱く。
まだハジメの方はいい。
女は銃の存在を知らないが、銃をアーティファクトだと自分の中で置き換え、それで攻撃しているのだと彼女なりの理屈で当てはめて対策を考え始めている。
だがわからない。目の前の男が何をしているのかわからない。魔物が潰されている以上、攻撃されているのは間違いない。だけど攻撃する気配すらも感じない。目の前の男は詠唱もしていなければ構えてすらいないのだ。ただ普段通り、まるで道で散歩するかのように歩いているだけだ。
「ッ! アブソドォ!!」
魔人族の女の命令を受け、「キュワァアア!」という奇怪な音と共に六足亀の魔物アブソドが大きく口を蓮弥に開き、膨大な魔力を溜め始めた。その魔力はただ放出しただけでも人を一人消すには十分すぎる力だったがそれをさらに圧縮して使用する。
その強大な魔力が限界まで圧縮された次の瞬間、蓮弥を標的にその膨大な魔力が砲撃となって発射された。射線上の地面を抉り飛ばしながら迫る死の光に……蓮弥は緊張している様子すら見せなかった。
「ッ!?」
見ていてむしろハラハラしていたのは雫だった。考えなしに特攻する人物ではないと知っていたので、魔物に襲撃されていても大丈夫だとは考えていたのだが、流石に今の砲撃に対して何もしないとは思っていなかった。
(大丈夫、おとなしく見てろ)
「えっ」
突然頭に響いてきた声に本日何度目かわからない驚愕を覚える雫。
魔力の砲撃が蓮弥に間違いなく直撃した瞬間、凄まじい轟音が響き渡り、空気がビリビリと震え、その威力の絶大さを物語る。蓮弥の姿は砲撃の中に消えたが、それでもなお、アブソドと呼ばれた魔物は魔力を放出し続ける。
十秒ほど魔力を放出し続けたアブソドの砲撃が終わる。目の前は土埃が立ち込め見えなくなっている。
「……やったか?」
魔人族の女はどういう意図があったのかは知らないが、これを受けて無事なわけがないと確信し、もう一人の化物に意識を向けようとしたその時、アブソドが予兆もなく弾けて潰れた。
コツ、コツ、コツ、コツ
魔人族の女は再び聞こえてくる軍靴の音に構築していた魔法を崩してしまったことに気づかないほど動揺した。顔が青ざめ、汗が流れ落ちている。
そして土埃が晴れ、蓮弥は姿を現した。その姿には、怪我どころか服に煤さえついていない。まるでそよ風をうけたかの如く、蓮弥はなんら影響を受けることなく歩みを止めない。
魔人族の女は内心混乱の極みにあった。たとえば何らかのアーティファクトで防御されたならまだわかる。だが間違いなく直撃したし、相手は相変わらず何かをする気配すらない。
コツ、コツ、コツ、コツ
「あ、ああ、あああ……」
確実に近づいてくる軍靴の音に、すっかりおびえきってしまった魔人族の女。
彼女にとっての死神は、すぐそこまで来ていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その光景をようやく正気を取り戻した光輝は呆然と見ているしかなかった。
反対方向を見ると、仲間に襲い掛かっている自分ですら苦戦した魔物を白髪眼帯の男が銃らしき兵器で蹂躙していく。
「何なんだ……彼らは一体、何者なんだ!?」
光輝が思わず地面に座り込みながらそんな事を呟く。今、周りにいる全員が思っていることだった。その答えをもたらしたのは、今もなお、クラスメイト曰く、遠藤マジックで地味に、非常に地味に魔物を倒していた遠藤その人だった。
「いや、藤澤はわかるだろ、あいつの姿は変わってないし。あっちの方は南雲だよ」
「「「「「は?」」」」」」
遠藤の言葉に、光輝達が一斉に間の抜けた声を出す。遠藤を見て「頭大丈夫か、こいつ?」と思っているのが手に取るようにわかる。
「だから、南雲、南雲ハジメだよ。あの日、橋から落ちた南雲だ。迷宮の底で藤澤と一緒に生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった……正直二人がここまで強いとは予想外だったけど……事実だよ」
「南雲って、え? 南雲が生きていたのか!? それに藤澤も!?」
光輝が驚愕の声を漏らす。軍帽の下を覗けば納得がいく藤澤蓮弥はともかく。南雲ハジメを南雲ハジメだと認識できているものは一部の例外以外はいないようだった。
特に動揺が激しかったのは檜山だった。わかりやすいほど顔を青くしている。自分がしたことを思い、目の前の圧倒的な光景を見ればそんな顔になるのも無理のない話だった。
結局、彼らはハジメと一緒に現れたユエの神業じみた魔法にさらに言葉を失ってしまう。
そして、魔物の殲滅が終わり、この襲撃にも決着が付こうとしていた。
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「……この化け物め……」
目の前の魔人族の女は蓮弥をそう称した。もはやそれしかいう言葉はないらしい。
そこで魔物を殲滅したハジメが近づいてくる。
「さて、もう一度質問する。お前が知ってる魔人族側の情報。魔物を生み出し、操ってる魔法について洗いざらい吐け」
「……あたしが話すと思うのかい?」
ドパァンッ!
「あがぁあ!!」
銃声が響き渡り、悲鳴を上げて、足を撃たれて崩れ落ちる魔人族の女。魔物が息絶え。静寂が戻った大迷宮に悲鳴が響き渡る。情け容赦ないハジメの行為に、背後でクラスメイト達が息を呑むのがわかった。
「……もう一度言う……洗いざらい吐け」
「……」
ドパァンッ!
「があぁぁぁあ!!」
今度は両手を撃ち抜くハジメ。あまりに悲惨な光景にクラスメイトの中には顔をそむける者もいる。
「……言っとくけど、俺はまだ優しいほうだからな。今情報を吐けば
まさか俺のほうがましだと言う日がくるなんてとハジメはぼやく。
「……殺しな。いつか、あたしの恋人があんた達を殺すよ」
どうやらハジメの説得は無意味だったらしい。なら蓮弥のやり方で情報を手に入れることにする。
蓮弥は魔人族の女の前に出て十字剣を形成し、そしてそれを女の首元に添えた。
「ミハイル……先に逝って待ってるよ」
「……残念だが、お前はその恋人に会うことはできない」
蓮弥が剣を振り上げ、首を斬り落とそうとしたその時。
「待て! 待つんだ、藤澤! 彼女はもう戦えないんだぞ! 殺す必要はないだろ!」
光輝がこの場の空気に沿わないことを言い始めた。
流石の蓮弥も手を思わず止める。横のハジメは「何言ってんだ、アイツ?」と思っていそうな怪訝な表情をしている。
「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。藤澤も南雲も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」
……どうやら勇者の悪癖は蓮弥達がいない間に相当進行したらしい。
一応蓮弥は光輝の意向を汲み、魔人族の女に聞いてやる。
「……あれはああいってるがどうする? お前を
はっきり言って、光輝は自分が魔人族の女にとって、どれだけ残酷なことを言っているのか理解できていない。
聖教教会では魔人族は神敵とされ、魔物と同様、基本人間扱いされていない。それは敵対しているわけでもない亜人族であるシアへの騎士達の態度から想像がつく。そんな環境に現在敵対している見た目美人な若い魔人族の女を捕虜として連行しても、人権が保証されるとはとても思えない。よくて即処刑、場合によっては拷問、もしくは……魔人族は基本魔物扱いだが、どこにでも
当然、自分が捕虜となった後の末路を予想した魔人族の女は光輝を睨みつける。
「この悪魔め……あたしをそんなに辱めたいのかい。そんなことになるならここで死んだほうがましだよ」
「だってさ……」
その一言と共に蓮弥は剣を振り下ろす。魔人族の女は首を断たれ一瞬で絶命する。そして、蓮弥は辺りに漂うその女の魂を取り込んだ。
「どうだ、蓮弥?」
「ちょっと待て……どうやら予想通り神代魔法の力らしい。使用者はフリードという魔人族……ただ取得方法は知らされていないようだな。おそらく恋人の方も知らないだろう」
「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」
蓮弥の方を睨みつける光輝を見て、先ほどのやり取りを理解していなかったなと内心ため息をついた蓮弥は、言いたいことが山ほどあると顔に書いてある雫に向かって足を進めた。
実際原作でもしハジメがカトレアを殺さず、捕虜にしたとしても運命は変わらなかったと予想。あるいはもっと残酷なことになったかもしれない。そしてたぶん、教会は勇者に彼女がどうなったのか教えない。