ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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そろそろ第四章始めたいと思います。

オリジナル展開とあって手探りで書いている状態なので前より更新速度は遅くなるかと思いますがご了承ください。

今までのあらすじ
異世界トータスに召喚された蓮弥達。奈落に落とされたり神の木偶と戦ったりすることになった蓮弥だが、相棒であり聖遺物でもあるユナと共に危機を乗り越えてきた。だが旅の途中、ユナが倒れてしまい、回復には魂魄魔法が必要であることを知る。魂魄魔法を習得するため、ハジメ一行に別れを告げ、王都に残る蓮弥。目指すは神山の大迷宮。蓮弥は無事に魂魄魔法を入手してユナを復活させることができるのか。そしてそんな中、蓮弥の幼馴染である雫にもある変化の兆しが現れていて……


第4章
蓮弥のいる日常


 八重樫雫は夢を見ていた。

 

 

 夢の中にいるはずなのに意識が冴えていると感じる。雫は昔から、これが夢だとわかる夢を見ることが多かった。最近見なかったが環境の変化の影響だろうか。

 

 

 夢の中の自分は小学生ぐらいの頃であり、ちょうど蓮弥と出会ってすぐの頃だった。あの時の自分は蓮弥の振るう剣のことが忘れられず、それまでとは考えられないほど剣に打ち込んでいた頃だ。今まで好んでやっていなかったことを知っていた家族からしたら驚くような変化だったらしい。

 

 

 その日も門下生の生徒が稽古を終えてもなお、ひたすら竹刀を振り続ける蓮弥をひっそり見続けていた。相変わらずその剣は美しくも恐ろしいものを感じる。もっと近くで見てみたい。だけど怖くて近づけない。そんな日々がしばらく続く。

 

(その後、勇気を出して試合を申し込んだんだけど、泣いちゃったのよね、私)

 

 過去の映像を客観的な立場で見ながらその時のことを思い出す雫。今となっては懐かしい、そして大切な思い出だった。その時もらったキーホルダーは今も、この異世界に来てからも所持している。そして光輝とほぼ入れ替わりになるように、蓮弥が道場から去っていった。

 

 

 結局蓮弥の剣の正体を掴めずに終わってしまった……本当はすでに蓮弥に対して、特別な想いを抱いていたわけだが当時の雫はそれに気づかず、彼の剣に興味があるものだと思っていた。才能のある光輝の剣を見ても惹かれないのに、蓮弥の剣には惹かれるのはなぜなのか。その疑問を解消したいと思っていた。

 

 

 それから蓮弥が道場を去ってもなお、雫は剣を振り続けた。あの時の彼にちっとも追い付けている気がしない。学校が違うにも関わらず、ほぼ毎日会いに行っているはずの幼馴染が遠く感じてしまう。

 

 

 思えばこの頃から漠然と感じていたのかもしれない。いつか蓮弥が遠くに行ってしまうことを。だからこそ雫は必死だった。彼の剣の正体がわからなければ、彼はいつか遠くに行ってしまう。そう思っていたから。

 

 

 そんな思いを抱えながら中学生になった時だ、彼に出会ったのは。

 

 

 出会ったという言い方は少し違う。家族単位でという意味でなら彼とは何度もあっていた。その人は母の兄、つまり雫の伯父にあたる人物だったのだが、雫はこの人が苦手だった。

 

 

 しっかり者である母とは正反対の適当を絵に描いたような性格。会えば飄々とした態度で雫をからかってくる。どちらかといえば真面目な雫が敬遠するのも無理もなかった。あれで一応政府の役人らしい。なんという省勤めなのか忘れてしまったのだが、あんな人でも役人が務まるこの国の制度に雫は少し不安を感じたものだ。

 

 

 その伯父が珍しく自分の稽古を見ていた。剣の達人である母の兄の癖に剣の道には興味がないと思っていたのでその行動が意外だった。その彼が言ってきたのだ。

 

 

 お前は何を目指しているんだ、と。

 

 

 そんなニュアンスで掛けられる方言まじりの言葉になんと答えたのだったか。目指しているものは蓮弥の剣だがそれが何かといわれたら、うまく言えなかったのを覚えている。

 

 

 だが自分が質問した癖に答えなくていいとからから笑う伯父にイラついたのは確かだ。だがその次の言葉は無視できなかった。

 

 

 あの小僧の剣が知りたいか? 

 

 

 その言葉に、少し驚いてしまう。得体の知れない伯父が更に得体の知れないものに見える。だがまたもやこちらの反応を無視して伯父は語った。

 

 

 もしそうなら教えてやる。だから素直に俺の教えを受ければいい。

 

 

 その言葉に雫は……

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ううん、……もう、朝……」

 

 

 雫は日の光で目を覚ます。ちょうど夜明けぐらいの時間帯だった。仕事を始めるにしては少し早い時間だろうか。そこで雫は今日の予定を思い出す。

 

「!! そうだ、起きて準備しなくちゃ!」

 

 まだまだ時間に余裕はあるはずだが、こう見えて女の子なのだ。支度にはそれ相応の時間をかける。

 

 

 ましてやこれから蓮弥と久しぶりにデートをするともなれば、なおさらだった。

 

 

 あの日、蓮弥が帰ってきてから既に三日が経過していた。あれから蓮弥を伴い、勇者一行がハイリヒ王国王都に帰還してから中々大変な日々だった。あの日の魔人族襲来により、勇者パーティーが崩壊しそうになったことは、すでにメルド団長により王国や教会の上層部に伝わっており、それが問題となっていたのだ。

 

 

 エヒト神が連れてきた神の使徒が敗北した。それは教会上層部を混乱させるには十分な情報だった。魔人族の力は教会上層部の予想を遥かに超えていたのだ。

 

 

 それに光輝が魔人族を斬ることに躊躇したことも問題になった。なぜためらうのか、なぜ魔物は倒せるのに同種であるはずの魔人族は駄目なのか。なぜエヒト様に命じられたことを誇りに思って行動できないのか。どうやら教会の上層部の人達は本気で光輝達勇者一行が何に悩んでいるのかわからないらしい。

 

 

 中には指導者であるメルドが悪いのでは、交代させるべきだという声も上がったようだがそれは雫を含めたクラスメイトの反対意見で封殺された。あの上層部の様子では次に来る指導者が自分たちにとっていい人物であるとは思えなかったからだ。

 

 

 結局その話は、メルドが”人を殺す”ことをしっかり教えるということで何とか収まった。メルドもようやく覚悟を決めたようで顔から迷いが消えていた。

 

 

 そしてもちろん、当然ハジメや蓮弥のことも議題に上がった。ハジメが未知のアーティファクトを使用して勇者一行でも倒せなかった魔物を圧倒的な力で殲滅したこと。蓮弥に至っては何をしたのかもわからないということで説明していたメルドも困っていたようだった。

 だがその騒動の片割れは勇者一行を助けた後、一行に戻りもせず、どこかに旅に出てしまったようだという。強大な力を持っていながら協力的ではないハジメに当然上層部はいい印象を持たない。

 

 

 そしてそのとばっちりは、これも当然のように騒動のもう片割れである蓮弥に向けられた。

 

 

 教会の呼び出しを受けた蓮弥はクラスメイトの懸念とは裏腹に素直に召喚に応じた。だがそこからの問答がひどいものだった。

 

 問:奈落に落ちた後、一体いままで何をしていた? 

 答:一生懸命頑張って這い上がって、その後冒険者をしていた。

 問:もう一人の生還者が使用するアーティファクトは何なのか? お前はもっているのか? 

 答:持っていない。アーティファクトについては黙秘する。

 問:奈落の底には何があったのか? 

 答:言わない。

 問:魔人族を倒したという力はなんなのか。それを提供する意思はあるか。

 答:言わない。絶対に渡さない。

 

 

 この明らかにお前らに協力する意思はないと言わんばかりの態度に当然教会の上層部は怒りをあらわにする。中には異端者認定するぞと脅しかけるものもいたが……

 

「なぜ俺が責められるんだ? 俺は壊滅の危機にあった勇者一行を助け、その上敵である魔人族まで殺してやったんだぞ。褒められこそすれ、文句を言われる筋合いはないな。それに曲がりなりにも神の使徒である俺に対して失礼なんじゃないのか? それとも、あんた達はエヒト神の意思に対して異議を唱えるのか?」

 

 そう言われれば脅しかけた人物も強く言えない。蓮弥達のおかげで神の使徒壊滅の危機を救われたのは確かだし、敵である魔人族を討ったのも確かだ。つまり一応人類のために行動したと言えなくもない上に、彼もまた曲がりなりにも神の使徒である以上、これ以上批判することは神の威光を疑うことに繋がりかねないことに気づいたのだ。

 

 

「俺はあんた達と敵対するつもりはないし、場合によってはあんた達が言う神の使徒とやらの使命を果たしてもいい。ただし、俺は俺のやり方でやらせてもらう」

 

 

 その一言でとりあえず現状教会に逆らう意思はないとし、蓮弥の処遇は保留という形になった。後日教会からの依頼を出すかもしれないので心しておくようにと蓮弥は言われていたが。

 

 

 そんなこんなで二日を潰してしまい。なかなか本来の目的を果たせなかった蓮弥だったがやっと解放されたことで、まずは情報収集のために王都を探索しようということになったのだ。そこで雫が自分が案内すると言い出し、今に至る。

 

「さて……」

 

 小一時間ほど準備を行った雫は、蓮弥の部屋を訪ねるために部屋を出る。王宮に用意された蓮弥の部屋は三つ隣なのですぐに到着する。

 

 

 雫はドアの前で一つ深呼吸をした後、ゆっくりノックを行う。この瞬間は三日経っても慣れない。

 

 

 未だに考えてしまう。蓮弥が帰ってきたというのは、実は雫が見た都合の良い夢なのではないかと。もしかしたら部屋の中に蓮弥はおらず、もぬけの殻なのではないか。

 

 

 思わずノックを繰り返してしまう。ドクドクと心臓の音がうるさい。どうしても緊張してしまう。

 

 

 だが、雫の不安を他所に、蓮弥は普通に部屋から顔を出した。

 

「おはよう、雫……もうこんな時間か。待ってろ、すぐに準備するから」

 

 その言葉と共に、蓮弥は部屋の中に戻ってしまう。部屋が閉まった後、雫はこっそりと少しだけドアを開いて中の様子を覗く。そこには確かに蓮弥がいた。寝起きだったのか髪がぼさぼさのままになっており、用意してあった朝食のパンを食べながら身だしなみを整えている。

 

 

 ここまでやってようやく雫は安心できる。間違いなく、蓮弥が帰ってきたと。

 

「お待たせ。じゃあ行くか」

「うん……」

 

 雫の顔には蓮弥がいなくなってから見せなくなっていた笑顔が浮かんでいた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥が王都に雫を伴って出かけたのは理由がいくつかある。

 

 

 一つは単に雫のご機嫌取りである。さんざん蔑ろにしてきたこともあり、デートくらい付き合ってやるべきだと思ったからだ。

 

 

 雫は実に機嫌が良さそうに蓮弥の横を歩いている。雫は以前見た大迷宮攻略の時と同じ服装だった。

 デニムのような生地のジーンズにノースリーブ。似合ってはいるが、へそは丸出しだし、胸元が大胆に開いている上に、たまに背を反らすように伸びをするものだから同年代女子の平均サイズよりかなり大きい胸が強調されている。

 はっきり言うなら、蓮弥としては割と目のやり場に困る服装だった。以前機会があったので、蓮弥はなんでそんな服を着てるのか聞いてみたら……

 

「これが私にとって一番攻守走のバランスが良い装備の組み合わせだったのよ。そ、そんなにじろじろみないでよ、バカ」

 

 と雫は今更恥ずかしそうに腕で体を隠す仕草を返してきた。普段から視線とか気にならないのかと聞いたら、他の男子の視線なんて全く気にしてないというなんとも男らしい回答が返ってきた。こういうところが同性にモテるんだろうなと蓮弥は妙に納得した。

 

「でも良かったのか?」

「何が?」

「いや、お前だけ訓練に参加しなくて」

「私には必要ないもの」

 

 現在勇者一行は今までメルドの迷いから後回しにされていた対人訓練、特に人を傷つけること、人を殺すことに関する心構えを作るための訓練を行っていた。

 

 

 先の魔人族襲来で己の怠慢で危うく勇者一行を壊滅させるところだったと感じたメルドはようやく覚悟を決め、心を鬼にして一層厳しく指導に熱を入れていた。

 

 

 だから雫は本来、勇者一行の一員として今日もまた他のクラスメイトと同じく、対人訓練を受けなければならないのだが、雫はその訓練は自分には必要ないと考えていたので、メルドに頼み、勇者一行の訓練中は休暇を貰うことにしたのである。

 

 

 メルドが快く頷いてくれたからよかったものの、本当に安心できるまで、基本的に蓮弥の傍を片時も離れるつもりがない雫は──残念ながらまだ就寝は別だが──もしメルドが受け入れてくれないならその訓練が必要ないことを適当な相手で()()()に証明するつもりだった。そのことを察してくれたメルドのおかげでどこかの犯罪者の命は救われたことになる。

 

 

 ただし、当然雫の休暇を、というより蓮弥の元に雫が行くことを当然光輝は反対していた。光輝は現在、雫の言動を直接妨げることができないため、メルドに止めてもらうことで間接的に雫を行かせないようにしようとしたのだ。

 

 

 曰く、雫は仲間なのだから共に訓練を受けるべきだ。一緒に訓練を受ければチームのみんなの結束は高まるはずだ。藤澤は人殺しの危険人物であり、雫の身に危険が迫るかもしれない。どうしても認めてくれないのなら自分も訓練に参加しない、などなど。

 

 

 だが、メルドは元々雫には必要ない訓練だと考えていたし、クラスメイトは雫が蓮弥の元に行くことを快く承諾してくれた。雫の身の安全もこの国で一番安全地帯にいるものだと考えていたし、そもそも訓練が一番必要な光輝が訓練に参加しないなど論外だ。

 

 

 こうして光輝の意見は通ることもなく現在、雫は完全フリーの身分を手に入れ、こうして蓮弥とデートを楽しんでいるわけである。

 

 

 蓮弥と雫は町の露店や道具屋などを見て回っている。この世界に来てからほぼ訓練漬けの日々だった雫にとって、異世界ウィンドウショッピングはなかなか新鮮な体験だった。そこそこ長くいるはずの王都も、知らないことがまだまだ多いことに気づく。

 

 

 その間にも二人の話は続いており、今度はクラスメイトの話になる。

 

 

「それにしても谷口のあれは驚いたよな……お前、俺がいない間相当ひどかったんだな」

「うっ……それは鈴には相当負担をかけたと思うけど、まさか泣かれるとは思わなかったわよ」

 

 

 蓮弥と雫はこうして二人でクラスメイトとは別行動をしているわけだが、当然勇者一行にも挨拶はしてある。今朝もデートを始める前に訓練前のクラスメイトのところに寄ったわけなのだが……

 

「……そういうわけだから、鈴には申し訳ないけど、もうしばらくみんなの面倒をお願いできるかしら」

 

 それは、本気で友人を気遣う、最近の八重樫雫から失われていた思いやりのある言葉だった。蓮弥の知る頃よりずいぶんおとなしくなっていたクラスのムードメーカー谷口鈴がその言葉を聞いた時、いきなり泣きだしたのは驚いた。

 

「…………ぐす……シズシズ……ぐす……おかえり……」

「ちょっ、なんで泣いているのよ鈴ッ、帰ってきたのは蓮弥であって私じゃないんだけど!?」

「帰ってきた……私のシズシズが……帰ってきたよぉぉ」

 

 朝はそれで周りの視線を集めまくったものだった。ほとんどの生徒は泣いている鈴に同情しているのか、鈴を見つめる目が皆暖かった。中には「良かったな谷口」と直接声をかける者までいたぐらいだ。

 

 

 その光景を見て、張りつめた雫や香織の対応とか、クラスの放っておけば重くなる一方の空気の調整とかで鈴が相当負担を強いられたことを悟った蓮弥は元凶の一人であるが故に何も言えなかった。

 

 

 結局その鈴に「くれぐれも、シズシズのことをお願いね、藤澤君!」と念を押されて送り出された。隣の雫はいつもとは逆に親に心配されるような言葉をかけられて少し微妙な顔をしていた。

 

 

「ふん、なによ。全部蓮弥が悪いんじゃない」

「いや、それを言われると否定はしないけどさ……さて、ここがそうだな」

 

 

 蓮弥が態度を変えると、それに合わせて雫も真剣な顔に切り替わる。

 

 

 そう、王都を探索していたもう一つの理由、それは聖教教会のことを調べるためだ。

 

 

 神山のどこかに大迷宮はあるはず。だが馬鹿正直に神山の中を直接調べさせてほしいとは言えない。最終的にはそうなるかもしれないが、チャンスは何度もあるとは思えない。行くなら事前に情報を集めるだけ集めた後で行きたかった。強行突破は本当の最後の手段だ。

 

 

 今蓮弥の目の前にあるのは地球でいうなら美術館だろうか。どうやら今の時期は聖教教会にとって大事な時期らしく、ここで聖教教会の歴史や、エヒト神の成した奇跡の数々などがわかるように公開されている。中には滅多に外に出ない貴重なものもあるらしい。流石にあの十字架は出ないだろうが。

 

 

「ここで何らかの手がかりがわかればいいんだけどな」

「そうね。私たちでも聖教教会の本山の中とかはあまり見れないし……」

 

 雫と共に入場する。

 

 入口から先へ進んだところに展示室があった。客はまばらに入っており、中にはシスター服に身を包む者もいた。

 

「エヒト神が地上にいたころの遺物ですって、本当かしら」

 

 

「ええ、事実ですよ。こちらにあるのは紛れもなくその時代の貴重な遺物になります」

 

「っ!?」

 

 突然話しかけられた蓮弥と雫は思わず警戒して、背後を勢いよく振り返った。

 

 

 そこには人の好さそうな顔をした長身の一人の神父が佇んでいた。

 

「これはこれは。驚かせてしまい申し訳ありません。私、ダニエル・アルベルトと申します。見ての通り、聖教教会の神父をやっております。以後、お見知りおきを」

 

 そうして恭しく頭を下げるダニエル神父に蓮弥は警戒をあらわにする。神の使徒と敵対した蓮弥は教会にとっては敵も同然だ。警戒して損はない。

 

「その神父さんが俺達に何の用だ?」

「いえいえ、神の使徒の方々は現在、王都訓練場にて修練しているとお聞きしたので、なぜここにおられるのか少々気になってしまいましてね……気に障ったのでしたら謝罪します」

 

 再び頭を下げる神父。どうやら腰の低い人のようだった。

 

「いえ、こちらも驚いてしまっただけなので、気にしていませんよ」

 

 雫がそう言うと神父は頭を上げる。

 

「そう言っていただければ幸いです。幸いついでにお聞きしますが、こちらに何か御用でしょうか? 神の使徒の方々はあまり我が教会について興味ないようなので」

「彼女とデート中に見かけたので興味本位で入っただけですよ」

「それはそれは。我々としても神の使徒の方達が教会について興味を持ってくれるのであれば大歓迎です。どうです? 私もちょうど仕事はありませんし、よろしければご案内させていただきますが?」

 

 雫は蓮弥に目でどうするのか聞いてくる。

 

 

 蓮弥としてはできれば教会の関係者とは関わりたくないが、ここで強く否定すると逆に怪しまれるかもしれない。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 

 そこからダニエル神父を伴い、美術館内の移動を行う。その道中での展示物の紹介もやってくれた。

 

「こちらはエヒト神が実際に使ったとされる神器などが収められているエリアになりますね……まあ流石に展示してあるものの大部分は再現されたレプリカなのですが……」

「あっ!」

 

 

 蓮弥がどこかの使徒が使っていた大剣を見つけて微妙な顔をしていた時、横にいる雫が突然声を上げた。

 

「どうかしたのか雫? 何か気になることでもあったか?」

 

 何か手がかりを掴んだのならありがたいのだが。しかし蓮弥の期待とは裏腹に顔を横にふって否定する雫。

 

「ごめんなさい、私事だから。ちょっと忘れていたことを思い出しただけよ。気にしないで」

 

 そのあと雫は思い出してもわからないなど意味不明な言葉を呟いていたが、神代魔法に関係なさそうなので先に進むことにした。

 

 

「こちらは資料館になります。こちらにはエヒト神が地上に居られた頃の逸話や、聖教教会の前身ともいえる聖光教会時代の資料などが展示されているエリアになります」

 

 何千年も歴史があるだけはあり、資料館はとても広そうだった。闇雲に探しても日が暮れるだけだろう。

 

「神父さん。悪いけどちょっとここで寄り道していくことにするよ」

「いえいえ。どうぞごゆっくりしていってください」

 

 そう言って神父は去っていった。本当に案内してくれただけらしい。蓮弥は完全に姿が見えなくなったところで警戒を解く。

 

「それで、どこから探すつもり。あてもなく探してたらあっという間に日が暮れるわよ」

「そうだな。できれば反逆者関連の資料とかあればいいんだけどな」

「けど反逆者を出した年代の話なんて教会からしたら隠したい歴史でしょうし、あまりないんじゃないかしら」

 

 蓮弥と雫が端から読んでいくがめぼしい資料がない。

 

 これは期待薄かなとあきらめかけた蓮弥だったが最後に気になる資料の一節を見つけた。

 

 

 試しの門…………これは信徒の神への信仰を試すために用意されたものである。この門は神への揺るがぬ信仰を持っていれば無事に門をくぐりぬけることができるが、神に対してわずかにでも疑いを持つものは門に吸い込まれ、その先に繋がっているとされる冥界に落とされ、二度と現世に戻れなくなるという。

 

 

 少し気になる文章だった。だが調べてみてもこれ以上の情報は得られない。他にもないか閉館時間一杯使って雫と共に探した蓮弥だったが、量が量なので調べきれず、仕方なくその日の探索は終了した。

 

 

 一人の神父が蓮弥達を観察していたことに気づくこともないまま。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 雫は部屋に戻ってきて今日一日のことを思い返していた。

 

 

 朝になって何を着ていくのか散々悩んだ結果、結局いつもの服を着ることになってしまった自分の女子力の低さに若干落ち込みつつも、蓮弥の反応は悪くなかったと思い返す。

 

 

 雫は幼い頃から道場という、どちらかといえば男所帯な環境で育ったこともあり、男性の目線などはたいして気にしない性分だったが、相手が蓮弥だったら話は別だった。

 

 

 特に、帰ってきた日の最後に蓮弥が形成した、眠り続けるユナという少女を見た後ならなおさらだ。

 

 

 ユナという少女は、雫が想定していた以上に綺麗な美少女だった。輝く綺麗な長い銀髪、服を着ていてもわかる発育とスタイルの良さ、長いまつ毛の下の目は綺麗な碧眼らしい。

 

 

 想定していた以上に綺麗な女の子が、自分がいない間ずっと蓮弥の傍にいたと考えると胸がざわつく思いを抱く雫だったが、相手は深い眠りについているので話もできない。雫はユナを、顔立ち、似合う服装のタイプ、剣士として観察眼で視たユナの全身の肉付きから、彼女が自分とはタイプの違う、女の子らしい女の子だという想像を立てていた。

 

 

 雫は自分とユナを比較してみる。スタイルで負けているとは思わないが、彼女と違い、自分が剣士である以上、どうしても筋肉がついてしまっている。その辺は好みがわかれるところだが、蓮弥の好みがどうなのかは流石に知らない。現在雫は割と胸元が開いた服を着ているゆえに、男の視線が自分の胸に寄っていることを自覚していた。蓮弥の視線も遠慮こそしていたが、わざと伸びをした際に彼の視線が胸に向かっているのは確認済みなので、少なくとも女として意識されてないということはないはずだ。

 

 

 蓮弥の妹の協力により知ることになった、蓮弥の端末の中の隠しフォルダのそういう画像の偏りから、蓮弥が大艦巨砲主義(巨乳好き)であることを早い段階で把握していた雫は中学生時代から胸が大きくなるようにそれ相応に努力したのだ。

 

 

 伯父は母が立派なんだから心配しなくても自然に大きくなると下品に笑ってくるし、正直剣道をやるなら邪魔だし、他の男からジロジロ見られることにいい思いはしなかったが、肝心の彼の興味を引けるなら成果は上々だろう。

 

 

 余談だが、彼の妹の助けがあったとはいえ、彼のそういうリビドー的なものを勝手に把握するのはどうなのかと思ったりもした雫だが、親友の香織にこっそり聞いたところ、彼女も好きな人のそういう性癖は完全に把握しているらしい。そういう傾向の本の隠し場所も知っているとか言っていたような気がする。その時は気にならなかったのだが、よくよく考えたら親友には雫のように彼の近親者の援助などはなかったはずなのだがどうやってそういう情報を入手したのだろうか。

 

 

 負けたくないと思う。雫の勘だが、蓮弥は相当ユナに惹かれている。それはあの晩、眠るユナを見つめる蓮弥の横顔が証明している。自分の方が先に好きになったから私のものだとは言わないが、そう簡単には渡せない。幸い親友の想い人とは違い、まだ恋人同士にはなっていないのだ。なら自分だって十分入る余地はあるはずだ。

 

 

 それに……

 雫は確信していた。たとえ自分が選ばれなくても、きっと自分はきっと彼の傍にいようとするだろう。どんな形でもいいから彼の傍にいたい。そう思っている自分がいることを感じていた。

 

 

 明日からはまた別の予定が入っている。蓮弥に無様な姿を見せるわけにはいかない。

 

 

 ベッドに横になってすぐ、最近よく見るようになった夢の世界へ、雫は旅立っていった。

 

 




第一話は蓮弥の立場と雫の変化と抱える思いの回でした。

第四章ではせっかく王都が舞台とあって出来るだけクラスメイトとかにも出番をあげたいと思っています。ただ全員出せるかは保証できません。蓮弥に会いたくない人物もたくさんいるでしょうし。
あとはlight成分が増えてくると思います。

最後に表紙にも書いてありますが念のために。
この作品でDiesiraeおよび神座万象シリーズの登場人物本人が直接登場することはありません。似ている人はいるかもしれませんが、魂レベルで別人なのでそこはご了承ください。本人が出てしまうと誰を出してもバランスブレイカーなので。

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