ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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月下の誓い

【オルクス大迷宮】

 

 それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 わかりやすく言うならRPGに定番のダンジョンという認識でいい。

 ここでは階層ごとにモンスターのレベルが安定しているため新兵の訓練にも利用されている。他にも生活で利用する魔石も良質なものが取れるということから冒険者も広く活用している。

 藤澤蓮弥含む地球勇者パーティもいよいよこの大迷宮の攻略に移ることになったのである。

 蓮弥達はメルド団長率いる騎士団員複数名と共に、オルクス大迷宮へ挑戦する冒険者達のための宿場町ホルアドに到着した。蓮弥達は早速王国直営の宿屋に案内され、そこに泊まることになった。

 

 ここから全ては始まる。

 この先何が待ち受けているのかは、遥か高みから見下ろす存在のみが知っているのかも知れない。

 

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 蓮弥はベッドに腰を下ろして気を緩める。思えば無駄に豪華な部屋で過ごしてきたせいで、こういう普通の部屋がやけに落ち着くような気がする。それは自分と共にこの相部屋の住人となった南雲ハジメも同じ感想だったようだ。

 

「いよいよ、明日だね」

「ああ、そうだな……。なあ、本当に南雲、いやハジメも今回の迷宮に参加するのか? 普通鍛治職人は前線で戦うジョブじゃないだろ」

 

 蓮弥は少しハジメに気を遣い語りかけた。ちなみに以前の図書室で意気投合した二人は互いに名前で呼び合うようになっていた。

 

「まあ、蓮弥の意見はもっともなんだけど、決まってしまったしね。幸い明日は二十層までで僕がいてもカバーできるってメルド団長が言ってたし」

 

 そういうハジメの顔には、そういう気遣いするなら置いていってくれればいいのにと顔に出ていた。

 

 

 しばらく本を読んだりして過ごしていると、扉をノックする音が響いた。世間一般的に十分深夜にあたる時間。怪しげな深夜の訪問者に、蓮弥は少し警戒するが、聞こえてきた声を聞いて不要だと判断する。

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 ハジメは一瞬硬直した後、慌てて扉に向かっていく。そして、鍵を外して扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの白崎香織が立っていた。

 

「……なんでやねん」

「えっ?」

 

 その姿を見てしばらく呆然としていたハジメが唐突に関西弁でツッコミを入れていた。どうやら相当混乱しているらしい。

 

「あ~いや、なんでもないよ。えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」

「ううん。その、少し南雲くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

 その言葉を聞いて、蓮弥は香織の目的を邪推する。深夜遅くに男子の部屋に青少年の目に毒な格好で訪れる。一応明日は命の危険もあるだろうし、種の繁栄の本能的に()()()()()()()()()()()()

 

「唐突だが、ハジメ。俺はなぜか知らないが、急に外の空気を吸いたくなったから外に出るな」

 

 蓮弥はあえてハジメに硬い口調で語りかける。この状況で邪魔するのは無粋というものだ。

 

「えっ! いや! ちょっ……蓮弥!」

 

 ハジメが焦ったような声で蓮弥に返す。

 焦りが加速する中、目は裏切り者と訴えているが蓮弥は気づかないふりをする。

 

「そうだな……適当に時間を潰してくるからしばらくは戻ってこない。……二時間くらいでいいか?」

 

 割と生々しい時間設定を真剣な口調で言ってやると、ハジメは顔を赤くして声も出ないようだ。一方の香織の方はキョトンとしており無自覚らしい。いや、予想してたけど。

 

 そして蓮弥は呆然と立ち尽くすハジメをおいて、外に出かけていった。

 

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(さて、時間を潰すといったが何をしたものか)

 

 蓮弥は歩きながらこれからどうするか考える。

 あれから例の聖遺物らしきものについて調べてみたが結局何もわからなかった。いくら召喚された神の使いとはいえ、国の宝物庫の迷宮攻略に必要がないものを見せてくれとは頼めず、あれを見たのはあの時が最初で最後だった。いつもながら結局いくら抗おうと流れに任せるしかない自分に軽く嫌気がさしてくる。

 

 

 蓮弥が夜道をしばらく歩いていると、広場のようなところに出たところでそれを見つける。それは真剣な表情で月下の中で、ただ一心に剣を振り続ける八重樫雫だった。

 

 

 蓮弥はしばらくじっと見つめていた。その凛々しい横顔は義妹達に騒がれるのも納得できるほどであり、同時に孤高の美しさというものも感じる。蓮弥はこの幼馴染が二大女神だと騒がれる理由がわかったような気がした。

 

 

 しばらく見ていると、どうやらこちらに気づいたらしい。気づかれたのなら仕方ないと、蓮弥はしばらく見惚れてた自分に言い訳し、雫に声をかける。

 

「明日から、大迷宮に行くっていうのに精が出るな。あんまり根を詰めすぎると明日に響くぞ」

「別にそんなに長くするつもりはないわよ。これでも自己管理はちゃんとできてるつもりだし」

 

 流石は未だ負けなしの剣道美少女。いらぬ心配だったようである。

 しかしこのまま続けるつもりはないらしく蓮弥に近づいてくる。

 

「お前、こんな時間に何してるんだよ。いくらお前が強くても女一人で夜歩くのは危険だろ」

 

 ここは現代日本ではない。聞くところによると隣国であるヘルシャー帝国では亜人族を労働力や愛玩目的で奴隷としているという。そういう制度が当たり前にある世界のため、人族とはいえあまり不用心にしていていい世界ではない。

 

「ちゃんと警戒してたから大丈夫よ。ちょっと眠れなくてね……それより蓮弥こそ、一体なんで出てきたのよ。あんたならとっくに寝てるかと思っていたのに」

「いや、お前なら薄々察してるだろ。夜中にも関わらず白崎がハジメ目当てに尋ねてきてな。馬に蹴られて死にたくはないから逃げてきたというわけだ」

 

 それを聞いて雫は納得したようだ。そしてやはり親友の恋路が気になるのか聞いてくる。

 

「それで、どうだった? ……香織はうまくいきそう?」

「どうかな。ハジメが覚悟を決めれば今夜にも大人の階段を登るかもしれない……と言いたいところだが、ハジメの奴は自己評価低いからな。多分何もなしで終わるんじゃないか」

 

 うまくいけばいいとは思ってはいるが、基本ヘタレなハジメと未だ無自覚な香織だと関係を進めるには一歩足りないと蓮弥は思う。何かあいつらが強烈に意識するようなイベントでも起これば話は別だが。

 

「そう……まあそんなものよね」

 

 そうポツリとこぼした雫は今度は蓮弥をじっと見つめはじめた。一体なんなのだろう。

 

「ねえ、蓮弥の方はどうなのよ」

「なんの話だ?」

 

 恋愛話の続きかとも思ったがあいにく蓮弥にはそんな色っぽい話とは縁がなかった。

 

「ここ最近、様子が変だったじゃない。なんというか……まるで遠くに行ってしまいそうな気配があったというか……あんたは隠してたかもしれないけど茉莉ちゃんからも相談を受けてたんだから」

 

 ちなみに茉莉というのは蓮弥の実妹である。基本しっかりしているがたまに抜けたところがある妹を思い出し蓮弥は少し切なくなった。

 

「いや、そんな深い事情はないんだ。ちょっと自分探しの旅に出たいとは思っていたけれど。まあ、あれだ。思春期特有のもんだと思ってくれ」

「なにその思春期特有のものって言い方。まるで自分が一度思春期を通過した大人みたいな言い草ね」

 

 そんなつもりはなかったのだが、どうやら雫はそう受け取ったらしい。

 

「そういえば昔もあんな雰囲気だった時期があったわね。……ねえ、蓮弥は私の実家の道場に入ってきた時のことを覚えてる?」

 

 雫は昔の話を切り出してきた。蓮弥にとっては少し黒歴史だったのだが、止めるのも悪いと思い、うなずく。

 

「私はね。昔言ったかもしれないけど、あの時好きで剣道をやってたわけじゃないのよ。たまたま上手くいっただけでその剣には何も乗ってはいなかった。……だから蓮弥の剣を見た時は驚いたわ」

 

 雫は懐かしそうに昔を語る。まるでその時感じた思いを大切にするかのように。

 

「確かに蓮弥には才能がなかったかもしれない。けど朝誰よりも早く来て一人竹刀を振り続けるあなたの姿に、幼かった私でも感じるものがあった。……いまも上手く言葉にはできないのだけれども、魂が宿っていたというか。とにかくその時はただすごいと思った」

 

 雫は語る。その時の蓮弥の姿に感銘をうけたこと。同時に疑問を持ったこと。なぜ蓮弥はあれほど真剣に剣を振るうのか。それが気になって蓮弥と話すようになったこと。才能がないにも関わらずどんどん強くなる蓮弥を尊敬していたこと。突然道場をやめて淋しさを覚えたこと。ただただ、雫は蓮弥に感じたことを語った。

 

「だから今でも思ってる。きっと蓮弥が本気になれば、なんだってできるんだって。だから何に悩んでいるのかは知らないけど……きっと蓮弥なら大丈夫よ。必ず上手くいく……」

 

 どうやらこの幼馴染は、実情は知らずとも蓮弥の悩みが、思春期特有のものというような軽いものではないことに薄々気づいていたようだった。

 

 

 蓮弥からしたら過大評価も甚だしい。あの時はとにかく自分の置かれた状況をなんとかしようと必死だっただけで、雫の言うそんな高貴なものが剣に宿っていたとは思えない。まるで厨二病を良い意味で誤認されてしまった感じだ。少し恥ずかしい。

 

「あっ! そうだ!」

 

 突然雫は声をあげ、自身のポケットの中身を探り出す。中々目的の物が見つからないのか確かここにあったはずなどと呟いている。

 

「あった! 蓮弥、悪いけど少し目を閉じていてくれない?」

 

 急にそんなことを言い出す雫。よくわからないがとりあえず害はないだろうと思い、蓮弥はおとなしく目を閉じる。

 なにやら首もとでごそごそ気配がする。目を閉じているせいか目の前の雫から女の子特有の良い匂いがしてきて落ち着かない。

 

 

 しばらく待っていると、もういいとの雫の声が聞こえてきたので蓮弥は目を開けてみる。首元を見てみると、銀細工の十字架が首にかかっていた。

 

「はい、少し遅くなったけど。十七歳の誕生日おめでとう。本当はもっと前に茉莉ちゃんに渡すよう頼まれていたんだけど、今回の件があって結局、今日になっちゃった」

 

 蓮弥は突然のことで動揺する、よりによってなぜ十字架なのかという戸惑いもあったが。

 

「別に俺はクリスチャンでもなんでもないんだけどな」

「知ってるわよ。どちらかと言うとあんたは神様嫌いでしょうに。私も十字架はどうかと思ったけど、持っているだけでどんな危機も乗り越えられる一生もののラッキーアイテムという触れ込みらしいわよ。まあお守りだと思ってもらっときなさい」

 

 なるほど、どうやら妹は通販で目について買ってみたはいいが、思ったより好みじゃなくて処分方法に困っていたところ、蓮弥にこれを押し付けるつもりだったらしい。蓮弥は通販でよくわからない怪しい物を買う悪癖がある妹を思う。それにしても今度はどこで手に入れたのだろうか? 占いでも一生使えるラッキーアイテムとか聞いたことがない。胡散臭すぎる。

 

 

 とりあえず貰っておいて礼も言わないのはあれかと思い、蓮弥は感謝の言葉を口にする。

 

「まあ、ありがとな。一生身につけているかはともかく、こんな状況だしお守りだと思って持っておくよ」

 

「まあ、それだけだと不安だし。もちろん私も守ってあげるわよ」

 

 今度は茶化すようにいってきた。ひょっとしたら少し恥ずかしかったのかもしれない。だがここで守ってくれとは言いづらい。せっかくだし宣言してみる。

 

「まあ、お前にそこまで言われちゃあ、少しは頑張るよ。最低でもお前を守れるくらいには強くなってやるから」

「うん、期待してる」

 

 

 

 月下の下、誓いは行われた。

 

 一人の少女は未だはっきり自覚していない大好きな少年を守るために。

 

 一人の少年はそんな少女の役に立とうと非才ながらも努力することを密かに誓う。

 

 一人の少女は今は自分より弱い少年がいつか自分の横に並び立つ日を夢見て。

 

 そして一人の少年はそんな少女の祈りに答えるために改めて覚悟を決める。

 

 全ての物語が動き出す、前日の話。




雫とのやりとりはもちろんdiesでのあのシーンのオマージュ

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