今回は文章を作る際に実験している部分もあります。
「依頼……ですか?」
「はい……そうなのですよ、藤澤さん」
第二次義妹襲撃事件の翌日、蓮弥はダニエル神父と王都のカフェにて会っていた。もちろん雫も一緒である。
今日も雫と共に大迷宮の情報を集めていた蓮弥だったが、そろそろ個人活動に限界が見え始めてきた。どれだけ情報を集めてもわかることは、神山の大迷宮は下層部にあることが有力だということ、そこは一般公開されておらず、聖教教会の人間でも限られた人しか入れないということだけだった。
これはいよいよ大迷宮まで強行突破するしかないかと思い始めていた矢先、知り合いの神父に雫と共に呼び出されたのだ。頼みたいことがあると。最近よく合うようになった神父の呼び出しということで、雫と共に話だけでも聞こうということになり、蓮弥が指定したカフェにてダニエル神父と合流し、話を始めた。
「実は、神の使徒の皆様の中で、前回の魔人族の襲来で自分の力不足を実感した方が多数いましてね。その方々から強くなる方法などの相談に乗ったりするわけなのですが……」
魔人族との戦いは蓮弥達がいなければ死んでいた可能性が高いことは、クラスメイト達もわざわざ言わなくてもわかることではあった。そのためにも以前より一層訓練に熱を入れる生徒が増えたのだが、以前蓮弥に相談した龍太郎のように悩んでいる人間もいる。
最初は順調に伸びていた生徒達だったが、一般的に上限であるとされているレベル100が近づくにつれ、中々思うように伸びなくなったのだ。これはどんなことでも言えるが、一定まで習熟した技術というものは何かのブレイクスルーが起きない限り、劇的には伸びることはない。
メルド団長はステータスだけが全てではない、これからは以前よりも本格的な戦闘技術について教えると言って張り切っているが、今まで現実ではありえないレベルで強くなっていたこともあり、技術の向上というどうしても習得に時間がかかるものを真面目に取り組もうとする生徒は、実は意外に少なかった。とはいえ、メルドに馬鹿正直に手っ取り早く強くなる方法はないかと聞いても怒られるのは目に見えているので、相談役になっているダニエル神父に話が行くのだという。
ちなみに蓮弥が帰ってきて以降、蓮弥のあまりにもバカげた強さの秘密を教えてくれと言ってくる生徒も何人かいたが、全て無視した。蓮弥に教えられるものはないし、その聞いてきた生徒は、以前頭を下げて稽古をつけてくれるように頼んできた龍太郎とは違い、明らかに楽に強くなれる裏技的なものを希望していたので、奈落の底に落ちれば強くなれると言ってやった。当たりまえの話だが、それを実行したものはいない。
「全く、力というものは本当は地道な訓練の先に手に入れるのが基本なのに、うちのクラスメイトときたら……」
雫がため息を吐く。雫としては今まで放置していたこともあり、できるだけ希望を叶えてやりたいとは思うが、そんなに簡単に強くなれるのならだれも苦労なんてしない。
「はい、ステータスプレートに表示されるレベルというものは、一部の使徒様が言う、魔物を倒せば倒すほど強くなるという類のものではありません。だからパラメータを上げるのは中々難しいものがあるのですが……」
そこでダニエル神父は一旦言葉を区切り姿勢を正す。それに合わせ蓮弥と雫も聞く姿勢を整える。どうやらここからが話の本番らしい。
「時に藤澤さん。あなたは『技能の書』というものをご存知ですか?」
「技能の書?……いや、聞いたことがないな」
蓮弥も王都ないし、聖教教会の方でも大迷宮の情報を得るために色々調べてきたつもりだが、そんな情報を耳にしたことはなかった。
「数百年前に、神代の遺跡より発掘されたというアーティファクトらしいのですが、何でもその書物を使えば他人に好きな技能を与えることができるらしいのです」
「他人に技能を与えるですか? そんなこと本当にできるんですか?」
雫の疑問はもっともだった。蓮弥がトータスに来て間もないころ聞かされた常識は天職と同じく、技能は産まれた時から決まっているというものだった。
派生スキルとして現れることはあるが、全く別のスキルが突然目覚めることはないのだという。蓮弥はハジメという魔物の肉を取り込み、そのスキルを得たという例外を知ってはいたが、他人に自由自在にスキルを与えられるなら破格のアーティファクトといえるだろう。
「聖教教会の記録でも残っています。何でも与えられるわけではないようですが、どうやらそれが可能であるのは本当のようです」
ダニエル神父の言葉を聞き、蓮弥は神代魔法のことを思い出す。
神代魔法を授けられる時、頭に直接刻み込まれるような感覚の後、神代魔法が使えるようになるのは蓮弥にとっても承知のものだった。
ひょっとしたらそのアーティファクトも神代魔法を授けているあの魔法陣と似たような仕組みになっているのかもしれない。
「それで依頼というのは? まさかその書物をどこかから取ってこいなんてことはないでしょうね」
「いや、実はその通りなんですよ」
ダニエル神父の話はこうだった。
その『技能の書』は数百年前に神代の遺跡により発掘されたアーティファクトであり、その当時は世紀の大発見であると相当持ち上げられたようだ。
だがその技能の書をめぐって悲劇が起こる。ある聖教教会の教徒に渡った際にはその技能を与える能力を悪用し、自分だけの無敵の軍隊を作ろうとした。あるものは魔人族殲滅の切り札になるとし、相性を考えず無理な技能付与により多数の廃人を生み出した。中には技能とはエヒト神により授けられるものであり、それを神ならぬ身で与えられるそのアーティファクトは異端の書であると騒ぐ教会の人間も多数いたという。
結果的に言えば技能の付与には相性があり、思うように技能を増やせない書物に対して、異端だという信徒の声も高まり、利用するメリットよりデメリットの方が上回ってしまい、結果的にそのアーティファクトは神山の地下の禁忌庫と呼ばれるところに封じられているという話だった。
「その当時は、その書は異端であるとされ禁忌庫に入れられたのですが、上手く活用することができれば、神の使徒の方々の手助けになるのではないかと思った次第でして。イシュタル教皇様も今の人族の危機に使用するならエヒト様もお許しになるだろうという見解らしく。使用許可がおりたのですよ。ただ……」
「それが結構厄介な場所にあって自力では取りに行けない、ということか?」
「お恥ずかしい限りです。その書がある禁忌庫までの道のりはある種の迷宮となっていましてね。本来なら聖教教会の騎士達同伴で探索を行うべき場所なのですが、例の流行り病の影響でどこも人手不足である現状、なかなか人を回してもらう機会がありませんので……」
暇をしているように見える腕が立つ自分が目をつけられたということかと納得する蓮弥。
「話はわかったよ神父さん。……だがあえて聞かせてもらうが、俺達が受けるメリットは何かあるのか?」
蓮弥は別に暇を持て余しているわけではない。傍から見て毎日働きもせず雫とデートしているように見えるが、実際は大迷宮の情報を集めているわけである。……正直に言えばここで何もメリットがないと言われても受けるだけのメリットはあると蓮弥は考えているわけだが……
それを受けて神父も答える。
「ではそうですね……藤澤さんはすでにご存じかもしれませんが、神山の地下へ入るためには特別な許可が必要なわけなんですよ。そして今回の依頼にもそれが必要なので許可証を発行することになるのですが……その通行許可証をそのままお二人にプレゼントするというのはいかがでしょう」
蓮弥と雫は思わず身構える。
「神父さん……あんた、一体何を考えている?」
蓮弥は警戒する。もともと聖教教会の神父ということで決して信用していたわけではない。なので自分達が何をやっているかを誰にも、もちろん目の前の神父にも話したことはない。
「申し訳ありません。仕事上どうしても他人を観察する癖が抜けないものでして。あなた達二人が何かを探しておられるのは把握しております。そしてその探し物が神山の地下にあるかもしれないというところまでは掴んでいるが、入る術がなくて困っているのでしょう」
「いいんですか? 私たちが何をしているのか聞かなくて」
雫の言葉に神父が優し気に微笑みながら答える。
「ええ、あなた達を観察していれば、私たちに悪意を向けるような人たちではないことは伝わります。私はあなた達の行動が、我々人類を救うことに繋がると思っているのですよ。そのためなら多少の誤魔化しくらいはさせていただきますよ」
その言葉を聞いて蓮弥はどうするか悩む。正直に言えば行き詰っていた感がある蓮弥からしたらまさに渡りに船な状況だが、だからこそ都合が良すぎるのではないかと思ってしまう。もしこの行為に何かの意味があるとしたらそれは何だろうか。待ち伏せての罠、もしくはどこかへ誘導しているか。
「もちろんその場には私もついていかせてもらいます。もし私が何かおかしな行動を取ったのなら、そのまま置いて行っていただいて結構ですので」
結局蓮弥は依頼を受けることにした。このままでは強行突破以外手段がなくなるのだ。それなら多少の危険を冒してでも、この依頼を受けたほうが得だと判断した。もちろん警戒は忘れない。何があっても対処できるようにする。
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そう意気込んでみたのだが……
「……なんでお前がここにいるんだよ、天之河」
「……俺はダニエル神父に頼まれたからここにいるだけだ」
「人手は多いほうがいいかと思いまして……」
蓮弥と雫はダニエル神父に案内され、地下への入口まで来ていた。だがそこで待っていたのは現在メルド団長に、よりいっそう厳しくしごかれているはずの勇者天之河光輝が立っていたのだ。
「光輝……あんたまたメルド団長に黙って抜けてきたんじゃないでしょうね」
「今回は神父様の依頼という理由があったから心配しなくてもいいよ雫」
いや、神父様の依頼だからといって抜けていいとは言っていないと言いたげな雫。この勇者は未だに蓮弥と雫が一緒にいるのが気に食わないのか、メルド団長の目を盗んでは抜け出して蓮弥と雫の行動を見張ろうとしてくるのだ。聖約の縛りが効かない程度での行動でしかないが、少しめんどくさい。いつもメルド団長に見つかって引きずられていくわけだが、今回はそういうわけにはいかないようだ。
「では、皆様のステータスプレートを私にお預けください。そこに許可証の情報を記載させていただきますので」
蓮弥達は素直にステータスプレートを渡す。数分ほどダニエル神父が作業を行い。蓮弥達に返す。ステータスプレートを見てみると、欄外の部分に『聖教教会入門許可証II種』の項目が増えていた。
「これで皆さん、地下に入れるようになったわけです。では行きましょうか。道は私が案内しますので……」
地下に入る一行。そこは地下だからだろうか。明かりこそあるがひんやり冷たい空気が流れているように感じるところだった。心なしか足元が不安になってくる。
「……地下とはいえ教会なのに、いやな感じね」
「大丈夫だよ雫。何があろうと
「はいはい、期待してるわ」
光輝は俺の部分を強調して蓮弥に張り合うように前に進む。どうやらお得意の勇者節を封印されているので、まっとうに雫にアピールするつもりらしい。周りの誰も信じてくれないだろうが、蓮弥と雫は未だに恋人になったわけではない。なので蓮弥としてはやめろと言える立場ではないのでそこは止める権利はない。もっとも雫にやめろといわれたらそれまでなのだが。
なんにせよ勇者がやる気になっているのは蓮弥としてもありがたい。蓮弥の予想が正しければ、この神山の地下はいわゆる表の大迷宮にあたるものであることが予想される。真の大迷宮へのヒントを天之河を先行させることで客観的に観察できるのはメリットだ。
「光輝、あんた剣はどうしてるの? 聖剣、まだ直らないんでしょう?」
「……メルド団長に代用の物を用意してもらって使っているよ」
光輝はこっちを睨んでくるが、蓮弥は平然と受け流した。
そう、光輝の武器であった聖剣は未だに直っていない。もともとアーティファクトは現代では再現できない技術の塊である上に、聖剣は特殊なアーティファクトだったらしく、現在国家錬成師が他の仕事を投げ出してまで総動員で直すことに全力を尽くしている。壊した身である蓮弥は少しだけ国家錬成師の人達に申し訳なく思った。
よって、光輝は今代わりの剣を使っているわけだが、刀を入手する前の雫と同じく今の剣では全力を出せないらしい。少なくとも覇潰以上は使えないとか。
一行は順調に進む。だが今のところ何かおかしなところはない。
「なあ、神父さん。ここがどういう風に危険なのか教えてくれないか?」
蓮弥が見る限り、魔物がいる痕跡は見当たらないし、罠の類も見つからない。これでは多少暗いだけの地下通路だ。
「はい、ここでは遥か昔より不思議な現象が度々起きるのですよ。あるものは、この世ならざる異形を見たとか。あるものは数時間消息を絶っていただけなのに、数ヶ月漂っていたと証言するものもいます。中でも奥に進むほど意味もなく不安になってくるという方が多いですね。だからこそ、ここに来るときには複数人で互いを支え合って移動するのです」
話を聞く限り、精神的なトラップが多いということだろうか。神山の試練は意志の試練であることがミレディによりわかっている。だからこそ、神に対抗する以前に、精神的に弱いものはふるい落すようになっているのかもしれない。
「ここから先はさらに暗くなっています。いっそう気を付けてお進みください」
一行は先に進む。神父が灯りを照らしてはいるが、奥はほとんど一寸先は闇になってしまっている。どこまでも続く、全てを飲み込む深い闇。心なしか奥の方から冷気が流れ込んでくるような気さえしており、恐怖を煽ってくるようだ。蓮弥の側に雫が近寄ってくる。流石の天下無敵の剣道少女も斬れないものには弱いらしい。その姿を光輝がなんとも言えない顔で見ていたのが印象に残る。
そして、いきなり神父の持っていた魔法ランプの明かりが消えた。
「!?」
一瞬で暗闇に包まれる通路。一寸先どころか、周りの光景すら良く見えなくなる。
「来てしまいましたか。皆さん! このパターンは精神攻撃をかけてくるものです。心を強く持つように心がけてください」
前の方から神父の声が聞こえてくる。そして……
前方から冷気が押し寄せてくるのを感じる。ひた、ひた、と迫る足音。
「な、なにが来るんだ!?」
光輝が警戒する声を発する。
そして……
不安が押し寄せる
まるで二度と幸せになれないような
まるで二度と大切な人と会えないような
そんな思いを抱く、俺の前に
絶望が、立っていた
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
誰かの悲鳴が聞こえる。だが蓮弥にそれを気にする余裕はない。
はやく、はやく、はやく
これを何とかしないと。
迫る、迫る、迫る。
飲み込まれる。このままではやられる。
焦る蓮弥の腕を…………何かが掴んでいた。
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蓮弥は空いている手を活動の大砲に変える。少しだけ冷静になった蓮弥は気配を探る。おぞましい気配の漂う中、その中でも特に異質な箇所。
「そこだ!」
蓮弥は壁のオブジェの一つを撃ち抜く。そしてそこから霞みがかったナニカが飛び出してきた。
「主よ、救われぬ魂に救いを与えたまえ」
何かの詠唱をダニエル神父が唱える。その言葉と共に、その霞みは消え去る。
同時にダニエル神父の持つランプに明かりが戻る。
「皆さん、ご無事ですか!」
「ああ、大丈夫だよ神父さん」
蓮弥は気丈に返事を返す。精神的に消耗していたが、今は無理をする時だと思う。なぜなら……
「大丈夫だ雫。……どこにもいったりしない」
蓮弥の腕をぎゅっと抱きしめながら震えている雫の存在があるから。
蓮弥はこの感触で正気に返り、怪しい部分を攻撃して対処することができた。我ながら情けないことに、また雫に助けられてしまった。本当に精神的には支えられっぱなしである。
「…………本当?」
「ああ」
雫の震えが止まる。彼女はおそらく蓮弥がいなくなることを予感させられたのだろう。すぐ近くに蓮弥がいたため助かったが、蓮弥がいなければやられていたかもしれない。……それはそうと。
「あー、雫。その、俺としては大変素晴らしいから、正直しばらくこのままでいいんだけど、先に進まないといけないし、そろそろ離してくれないか」
「えっ?」
雫は蓮弥の片腕を豊満な胸の間に挟むように抱きしめているので、蓮弥の腕にとても柔らかい感触が伝わってくる。正直に言えば、役得だった。
蓮弥の言いたいことが伝わったのか、ちょっと顔を赤くした雫がそっと腕を離す。
「……どうやら、全員無事のようですね。さあ、光輝さん。もう大丈夫なのでそろそろ離していただけますか」
どうやら光輝は神父にしがみ付いていたらしい。おそらく聞こえた悲鳴はこいつのものだろう。光輝は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染める。
「滅多に現れないのですがね。あの手の悪霊は昔、ここが処刑場として使われていた時代の産物であると言われています。さあ、ここまできたらあと少しです」
蓮弥達がしばらく進むと、なかなか立派な扉が見えてくる。
そこを押し開くと、様々な物が棚に陳列されている。ここにきた当初見た王国の宝物庫に似ているだろうか。だがそこにあるものの種類が違う。ここでは何に使うのか全く分からない気持ち悪いとしか形容できない品物も置いてあった。
「あった、ありました。あれです」
神父が棚に立てかけるように置いてある一冊の書物を手に取る。どうやらあれが技能の書らしい。
「ふう、なんとか無事に回収できました。これで上の者たちから怒られる心配も!!?」
神父が何かに躓いたのか、前方に体を投げ出す。
手から離れる技能の書。
「ああっ!?」
他の棚にぶつかりそうだったので、蓮弥はとっさにそれを受け止める。
「気を付けてくれよ神父さん。大事なものなんだろ?」
「はい、申し訳ございません。どうやら私も先ほどの影響を受けているようです」
蓮弥から技能の書を受け取るダニエル神父。
そして蓮弥はこの部屋の奥に奇妙なものを見つける。
それは門だった。門は開いているが、その奥には何も見えない。まさに闇といった感じだった。
「神父さん。あれはなんだ?」
ダニエル神父が蓮弥の問いに不満の声色もなく答えてくれる。
「ああ、あれは試しの門といいましてね。昔、信徒の信仰心を試すために使われていたのだとか。なんでも、揺るぎない信仰心を持つものは、門に入って真っすぐ進むだけで元の場所まで戻ってこられるそうですが、ほんの少しでも信仰に疑いのある人物は、あの門に引きずり込まれ、永久に闇の中をさまようようになるのだとか。……もっとも、とっくに失われた風習ですけどね」
「……俺達には引き続き、この場所に入る許可証が得られるという話だけど、それはこの禁忌庫とやらも含まれるのか?」
「ええ。ただし、持ち出すことはできないのでご注意を。それはもう一つ上の権限が必要なのです」
蓮弥はその言葉を聞き、その場を後にする。間違いない、目当てのものを見つけたという確信を持ち帰って。
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あれから何事もなく蓮弥達と帰還を果たしたダニエル・アルベルトは一人、自室にて技能の書を開いていた。
「ふむ、やはり全てを写し取ることはできませんでしたか……予想はしていましたが、一部だけでも移せたならよしとしましょうか」
ダニエル神父は一人ほくそ笑む。
『技能の書』
このアーティファクトが持つ能力は蓮弥に説明した通りの代物だが、実は蓮弥には言っていない機能が存在する。
このアーティファクトは与えるだけではない。この書を手に取った者の技能を写し取る能力も存在していた。
無から有は作れない。この書が与えられる技能とは、すなわち過去この書に触れてきた者たちから得た技能そのものなのだ。
今回の神父の行動には二つの意味があった。一つはもちろん例の人物、藤澤蓮弥にこの書を持たせることで彼の技能を手に入れ、彼の秘密を知ること。
これに関しては半分うまくいったというところか。彼のスキル自体を写し取ることはできたが、中身を見ても完全に理解できると言えない技能が多数ある。
特に永劫破壊なるスキルに関しては調べたところ、写しとれてはいるようだが、文字化けしていて理解できない箇所がほとんどであり、とてもではないがそのままでは使い物にならないだろう。
「まあ、それでもやりようはありますが……」
これはこれで後の楽しみが増えたと思っておく。もともと彼のスキルをそう簡単に使えるとは思っていない。実験を繰り返して何かに使えたら御の字くらいに思っておこう。
神父のもう一つの目的は……彼を試すこと。
実はあの悪霊をけしかけたのは神父自身だ。精神を圧迫する悪霊を相手にどうなるのか観察していたのだが……
「意外とあっさり嵌りましたね。てっきりこれも効かないかと思いましたが……」
最後には雫の存在もあり、正気を取り戻したようだが、それまでは悪霊の呪縛にとらわれていたのは間違いない。
あの悪霊は心の強いものには近づくことすらできない。心の弱いもの、芯がぶれているものはたやすく嵌ってしまうようにできている。
光輝が嵌ってしまうのは想定内だし、雫は今現在、蓮弥がいなくなることに対する恐れという傷がある。雫が嵌ったのも想定内。だが、蓮弥があっさり嵌ったことに対して神父は腑に落ちないでいた。
あの永劫破壊と呼ばれるスキルは理解できた数少ない部分だけ見ても、並みの人間が使えるようにはできていない。それを操れるということは彼は精神的にも常人ではないはずなのだ。
まるで意図的に心の芯を見失わされている状態、とでもいえばいいのか。だからこそ今の彼は誰かの支え失くしては立つことができない。
「今後も要観察ですかね。……さて、あちらの方はどうなっているのやら……」
神父は部屋に置いてある。遠見の水晶と呼ばれるアーティファクトを起動させる。そこにはちょうど四体目の使徒を取り込んだフレイヤが写っていた。
「さて、藤澤さんはいよいよ大迷宮攻略。となると彼らの再会も近い。……うまくいけばなかなかおいしいところを持っていけるかもしれませんねぇ」
今回光輝を同行させたのは、彼の心の強さを調べるという意図もあったわけだが、想像していたより弱いかもしれない。
弱いということはいくらでも付け入る隙がある反面、下手に踏み込みすぎると壊れてしまうおそれがある。プランは常に複数持つことが鉄則。もし役に立たないなら、別のプランで再利用すればいい。これしきのことで彼の目的達成への道筋は揺るがない。最後に望みをかなえるのは自分だと、暴れる使徒を視界にいれながら再認識する。
大迷宮へ向けて、物語が動き出す。果たして最後に望みを叶えるのは果たして誰なのか。そればかりは、見下ろす物にもわからなかった。
ほかの皆様の中でちらほら特殊なエフェクトを使用している方が増えてきたので実験的に使用。
次回大迷宮突入
前の最後の準備になります。