ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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神父「ここで皆さま方に注意事項がございます。今回は私、ダニエル・アルベルトは藤澤さん達の味方であろうと決めたので、技能の書を探す際、私なりに大迷宮攻略の参考になるようにと思い、色々仕掛けさせていただきました。あの時彼らがどのような目にあったか覚えていますか? つまり神山の大迷宮はそういう感じの大迷宮になります。人によっては大したことではないかもしれませんが、人によっては苦手だと感じる方もいらっしゃるかもしれませんので、ご注意ください」

では本編をお楽しみください。

作者執筆時BGM「ベートヴェン『月光』 第1楽章」


バーン大迷宮

 門の中を進む蓮弥と雫だったが、今のところは何もない真っすぐな廊下が続いているだけだった。

 

 てっきり、神に対しての信仰心を試すような問いかけやら謎かけやらがくると思っていただけに、いささか拍子抜けだと感じる。この廊下は真の大迷宮に繋がっているのか少し不安になる。

 

「まあ、振るい分けるだけなら、こんなものかな」

 

 もともとこの門は信仰心を計るだけの仕様なのだろう。余計なものをつけて万一信者に害が及んだら最悪、門を壊されかねない。

 

「もうすぐ出口ね」

「ああ、ここからが本当の大迷宮だ」

 

 蓮弥と雫は同時に出口から飛び出る。そこには……

 

「聖堂……か?」

 

 一般的な聖堂と呼ばれるものが広がっており、その奥には扉が二つあるのが見える。それ以外に何もない。本当にただの聖堂のようだ。

 

「ねぇ、蓮弥。ここが本当に真の大迷宮なの?」

「そのはずなんだけどな。見たところ普通の聖堂にしか見えないな」

 

 とはいえここはおそらく真の大迷宮。蓮弥は二つしか攻略したことはないが、どちらもただでは済まない場所だった。用心するに越したことはない。

 

 

 蓮弥と雫は進む。警戒して損はないだろう。警戒して扉の前に進む。

 

 

 

『栄光への道』

『堕落への道』

 

 

 

「なんだこれ?」

「謎かけ……かしら?」

 

 これだけ書かれていても意味がわからない。他に手掛かりはないか、探索してみることにする。

 

 

 雫と手分けして探すが本当に何もない。あるのはおそらく礼拝に来た人が座るためであろう複数の長椅子だけだ。その席を注意深く調べてみるが、何も見つからない。

 

 

 聖堂を一通り回った頃、正面の二つの扉の間にメッセージが浮かび上がる。

 

 

心の命じるままに進め

 

 

「なるほど……たぶん俺達の思考の傾向を見たいんだと思う」

 

 ミレディが言っていた。神山の試練とは意志の試練であると。

 

 それなら確かに、ドンパチやる他の大迷宮と違って、思考を汲み取る仕組みになっていてもおかしくはないと納得する。

 

「思考の傾向を見る。……つまりその人がどんな人なのか知りたいということ?」

「たぶんな。なら、下手に考えて進むより直感で進んだほうがいいかもな」

 

 

 蓮弥と雫は扉の前に立つ。

 

「……よっぽどひねくれてなければ、栄光への道を選ぶわよね」

「……そこに罠がないとも限らないが、考えて進めとは書いてないからまずは指示通りに進もう」

 

 最初からメッセージが用意されてなかったのも、この扉の意味を考える必要はないということかもしれない。悩まず進むような挑戦者はこのメッセージの存在にも気づかなかっただろう。

 

 

 蓮弥は考えるのをやめ、雫と共に『栄光への道』を進む。

 

 

 そこは壁が白塗りになった廊下だった。雫と共に真っすぐ進む。そしてその突き当たりに再び二つの扉が見える。

 

 

 

『暖かい道』

『冷たい道』

 

 

 

「……どういうこと?」

「……とりあえず思ったほうに進もう」

 

 

 蓮弥と雫は共に『暖かい道』を選択する。

 

 

 進んだ先はまた通路。

 

 

 床に手をついてみるとほんのり暖かい。蓮弥と雫は奥に進んでいくが、進めば進むほど蒸し暑くなっていき、場の不快指数が上昇していく。

 

 

 

 蓮弥と雫は通路を進む。突き当たりにまた扉が二つ存在していた。

 

 

 

『赤い道』

『青い道』

 

 

 

「……」

「……」

 

 今度は無言で二人とも相談もなく『青い道』を選ぶ。

 

 

 進んだ先には予想通りの青い色で塗られている道があった。深い青色一色の道を進んでいると、自分達が深海に向かって進んでいるような気分になってくる。

 

 

 

 蓮弥と雫は通路を進む。突き当たりにまた扉が二つ存在していた。

 

 

 

『犬の道』

『猫の道』

 

 

 

「……」

「……」

 

 今度も無言で二人とも相談もなく『猫の道』を選ぶ。

 

 

 そこには猫が……いなかったが、猫の絵が壁に掛けられていた。

 

 

 

 壁を隙間なく埋めるほど……。

 

 

 

 二人はどちらかといえば猫が好きだが、流石にこれは少し気味が悪いと言わざるを得ない。心なしか全ての猫がこちらをじっと見ているような気がして落ち着かない。

 

 

 

 

 蓮弥と雫は通路を進む。突き当たりにまた扉が二つ存在していた。

 

 

 

『目の道』

『耳の道』

 

 

 

「……ねぇ、これってまさか……壁いっぱいに目玉が埋まってるなんてことないわよね?」

 

 

 その光景を想像したのか身を震わせる雫。確かに想像すると鬱になりそうな光景だ。

 

 

「なら耳の道を選ぶか。どちらかといえばそっちの方がマシだろ」

「そうね……」

 

 

 二人は相談して、『耳の道』を選ぶ。

 

 

 

 そこには壁を覆い尽くす耳の絵が…………かけられてはいなかった。

 

 

 

 だけどそこに耳はあった。

 

 

 犬耳

 猫耳

 狐耳

 

 

 中には蓮弥からしたら割と馴染みのあるウサ耳が存在した。

 

 

 

 等間隔に置かれた小さな机に、耳()()が飾られていた。

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 

 耳は明らかに根元から無理やり引き千切られたような痕があり、なんとなく蓮弥はシアの耳を切り落とせばいいと言っていた愛子の護衛騎士のセリフを思い出していた。

 

 

 蓮弥と雫は早足で廊下を駆け抜ける。正直に言ってあまり見ていたいものではない。

 

 

 

 蓮弥と雫は通路を進む。突き当たりにまた扉が二つ存在していた。

 

 

 

『男の道』

『女の道』

 

 

 

「ここで分岐か……雫、もし何かあったら、遠慮なく髪留めを使えよ」

「わかってる。蓮弥も気を付けてね」

 

 

 

 蓮弥は『男の道』を、雫は『女の道』を進む。

 

 

 

 蓮弥は通路を進む。突き当たりにまた扉が二つ存在していた。

 

 

 ただし今度は扉の上に女の絵が描かれている。

 

 

 

『豊穣への道』

『貧困への道』

 

 

 

 豊穣への道の方には蓮弥から見て年上っぽい水色の長い髪の女性の絵が描かれていた。

 どこがとは言わないが大きい。

 

 

 貧困への道の方には蓮弥から見て年下っぽい金色の長い髪の少女の絵が描かれていた。

 どこがとは言わないが小さい。

 

 

「…………」

 

 

 蓮弥は迷いなく『豊穣への道』の方を選択する。心なしか絵に描かれていた女性はどちらもどこかで見たことがある気がした。

 

 

 扉の先は何もなかった。

 

 その代わりに何か怪しい匂いが漂っている。

 

 むせ返りそうになる甘い匂いに思わずふらつきそうになるが、そこはなんとか腹に力を入れて耐える。

 

 

 

 蓮弥は通路を進む。突き当たりにまた扉が二つ存在していた。

 

 

 

『戦士への道』

『商人への道』

 

 

 

 蓮弥は迷いなく『戦士への道』を進む。

 

 

 戦士の道の扉の奥の通路には、壁に様々な種類の武器が飾ってあった。

 

 

 大剣

 戦斧

 槍

 

 その他、古今東西のあらゆる武器が壁に立てかけられている。

 

 

 

 べっとりと血のりが付着した状態で。

 

 

 

 よく見ると壁にも所々傷がついており、まるでここで争いがあったような光景だった。

 

 

 蓮弥は深く考えないようにその道を通り抜ける。

 

 

 

 通路を歩んだその先は少し広くなっており、反対側の道から雫が歩いてきた。

 

「……どうやら普通に合流できたみたいだな」

「短い別れだったわね」

「お前の道はどんな選択肢があったんだ? 俺は豊穣だの戦士だの聞かれたが」

「似たようなものね。屈強だの誓いだの聞かれたわ。正直わけがわからないわね」

 

 

 蓮弥も同感である。正直に言って何を目的に道を選ばせているのか全くわからない。犬か猫かなんて選び方は人それぞれだろうし、そこから何かわかるのだろうか。

 

 

 蓮弥はこの大迷宮に訪れるまで、自分なりに神山の大迷宮がどんな場所か予想していた。ミレディが言っていた意志の試練というワード、魂魄魔法の性質、神山という場所。それらの要素からこの大迷宮のコンセプトが神に靡かない確固たる意志を有するだと思っていたのだが……

 

 

「正直に言わせてもらうなら、今のところ拍子抜けなんだけど」

「心理テストみたいなものかな。数をこなしていけば傾向がわかるかもしれない」

 

 

 大迷宮の制作者である解放者たちは、皆一癖ある人格の持ち主みたいなので油断はできない。

 

 

 

 蓮弥と雫は通路を進む。突き当たりにまた扉が二つ存在していた。

 

 

 今度も扉の上に女の絵が描かれていた。

 

 

 

『銀色の乙女への道』

『黒色の乙女への道』

 

 

 

 銀色の乙女は長い銀髪を持った白いドレスを着た美少女だった。

 なんとなく誰かに似ている気がする。

 

 

 黒色の乙女は長い黒髪を持った黒いドレスを着た美少女だった。

 なんとなく誰かに似ている気がする。

 

 

「…………」

 

 蓮弥は顔を引きつらせる。

 

 今の蓮弥がこの二つから選ぶのは何となく難易度が高いと思う。

 

 デリケートな部分に関わるというか……

 

 ちょうど曖昧ゆえに安定しているものに一石を投じるというか……

 

 ここは雫に決めてもらうのがいいかもしれない。

 

 

「蓮弥が決めていいわよ」

 

 

 雫に振る前に先に選択権をゆだねられてしまった。

 

 

「今までのように悩む必要なんてないわ。ただ蓮弥が()()()と思った道を選ぶだけなんだから」

 

 

 と目が笑っていない幼馴染の視線の圧力。どちらを選ぶのか。今までよりも注目しているのがわかる。

 

 

 

1.銀色の乙女への道へ進む

2.黒色の乙女への道へ進む

 

 

 

 もしその手のゲームならこんな選択肢が出てくるであろう場面で蓮弥は……

 

 

 

『銀色の乙女への道』を選択する。

 

 

 

「…………ふぅん」

 

 雫が反応する。心なしか声のトーンが半分くらい下がったような気がする。

 

「……今求めているという意味では、な。……()()()()()()()を求める必要はないだろ」

「……今はそういうことにしといてあげる」

 

 

 その後も蓮弥と雫は通路を進む。

 

 

 蓮弥と雫はその工程をひたすら繰り返した。

 

 扉の選択肢は相変わらず傾向がわからない滅茶苦茶なものだった。

 

 

 

 

『芸術の道』

『落書きの道』

 

 

 

 

『芸術の道』を選んだにも関わらず壁にかけられている絵は落書きにしか見えない。

 

 蓮弥達は語るほど芸術を知っているわけではないが、

 

 赤一色

 黒一色

 紫一色

 

 それらで滅茶苦茶に描かれた絵が芸術だとは思えない。

 

 

 そのまるで精神異常者が気ままに描いたような絵を見ていると、心の奥から不安が込み上げてくるような気がする。

 

 

 それは雫も同様らしい。不安を紛らわせるためか、今も蓮弥のあげた髪飾りを触って……

 

 

 

 

 

 

 

蓮弥に向けて歪んだ笑みを浮かべていた

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

 蓮弥は後ろに大きく下がる。

 

 

「蓮弥? どうしたの?」

「お前……雫……だよな?」

「どうしたのよ。いきなり……」

 

 

 

 改めて見てみるが雫におかしなところはない。気のせいだったのか、それとも……

 

 

 

「雫、髪留めを見せてもらっていいか?」

「? 別にいいけど……」

 

 

 蓮弥は髪留めを確認してみる。

 

 雫型の宝石がついた髪留めには確かにユナが施した聖術がかけられている。

 

 聖術を使えるのは蓮弥とユナだけのはずなので、これを持っている雫は一応本物と言っていいかもしれない。

 

 

「なあ、この世界に来る前日に、雫がクレーンゲームで取ったぬいぐるみってなんだっけ?」

「ネコナたんのこと? というかさっきからなんなのよ?」

 

 

 蓮弥の記憶と一致したことを確認する。

 

「いや悪い。もう大丈夫だ」

 

 ここで不安にさせることもないだろう。蓮弥はそう判断する。

 

「そう……本当に大丈夫なのよね?」

「ああ、先へ進もう。あんまり長くいたい場所じゃない」

 

 

 

 蓮弥と雫は通路を進む。突き当たりにまた扉が二つ存在していた。

 

 

 

 

 

『ねこの道』

『いぬの道』

 

 

 

 

 

「さっきも通ったわよね」

「なら今度は逆の道にいってみるか」

 

 蓮弥と雫は『いぬの道』へ進む。

 

 

 そこにはいぬが……いなかったがいぬのはく製がかべに埋もれていた。壁をすきまなくうめるほど……。二人はいぬがきらいなわけではないが、さすがにこれは少し気味がわるいと言わざるをえない。心なしか全てのいぬがこちらをじっと見ているようなきがして落ち着かない。

 

 

 

 

 

「ふふ、ふふふふ」

 

「雫?」

 

 

 

 雫が急に笑い出す。なにかたのしいことでもあったのだろうか。

 

 

「なんでもないわ」

 

 

 明るい調子で言ってくる雫に、なんでもないならいいかと気にせず蓮弥は道を進む。

 

 

 

 

 蓮弥と雫はつうろを進む。突きあたりにまた扉が二つそん在していた。

 

 

 

『アカい道』

『アオい道』

 

 

 

「ああ、コレも一緒ね」

 

 

 

 雫は相談もなく『アカい道』に進む。

 

 

 

 少し歩く速度が速くなっている雫を足早に追いかける。

 

 

 

 進んだ先には、予想どおりの赤い色で塗られている道があった。

 

 

 

 赤黒い道を進んでいると、自分達が臓物の海に向かって進んでいるような気分になってくる。

 

 

 

 雫は何がおかしいのか控えめにくすくす笑い続けている。

 

 

 

 

 蓮弥とはつうろをすすむ。つきあたりにまた扉が二つソん在していた。

 

 

 

『目ノミチ』

『耳ノミチ』

 

 

 先ほどは雫が選んだのだ。今度は自分の番だと蓮弥は『目ノミチ』を選んで進む。

 

 

 そのトビラの先には、部屋いっぱいに……

 

 

 

 

 

眼球が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 赤、青、緑、金、銀、黒

 

 

 蓮弥を見つめ続ける多種多様のそれをこうして眺めてみるとその輝きはなかなか綺麗なものだと思いつつも自重する。

 

 

 自分は大迷宮を攻略しに来たのであって、眼球を観察しにきたのではない。

 

 

 惜しいと思いつつも、粘液にまみれている眼球を払いのけつつ先に進む。

 

 

 払いのけた眼球はぼとぼとと重力に従い落ちるので踏み潰しつつ進む。

 

 

 ぐちゃと眼球が弾ける感触が靴底に残る。

 

 

 雫は笑いながら眼球を指ではじいて、他の眼球にぶつけて遊んでいた。

 

 

 

 

 蓮弥とはつうろをすすむ。つきあたりにまたトビラが二つソんザいしていた。

 

 

 

 

『銀色の乙女への道』

『黒色の乙女への道』

 

 

 蓮弥は雫の方を見ると、蓮弥に向けてにこにこ笑っている。

 

 

 

「今までのように悩む必要なんてないわ。ただ蓮弥が必要だと思った方を残して、いらないほうを捨てるだけなんだから……」

 

 

 

 

1.銀色の乙女への道へ進む

2.黒色の乙女への道へ進む

 

 

 

 もしその手のゲームならこんな選択肢が出てくるであろう場面で蓮弥は……

 

 

 

 

 

 

『銀色の乙女への道』を選択する。

 

 

 

 

 

 

 先ほども確認したが、蓮弥の目的はぶれていない。

 

 あくまでも、この大迷宮へ挑んだのはユナを救うためなのだ。

 

 心を見られている可能性がある以上、彼女から遠ざかる選択肢を選ぶわけにはいかない。

 

 雫だってそれはわかっているはずだ。今回の選択の意図もきっとわかってくれる。

 

 

「…………ふぅん」

 

 雫が反応する。先ほどと変わらないトーンだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかったわ。私はいらないのね」

 

 

 

 

 

 そして雫は──

 

 

 

 

 

 抜き身の刀を首筋に当て──

 

 

 

 

 

 笑顔のまま、手に持つそれを──

 

 

 

 

 

 ためらいなく引いた。

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 ゴトンと落ちる雫の生首。

 

 

 残された身体から吹き出す生暖かい鮮血。

 

 

 噴水のように吹き出すそれを……

 

 

 蓮弥はうっとりと眺める。

 

 

 

「アハハ」

 

 

 

 ああ、なんて暖かいのだろう。彼女から吹き出す血が部屋を満たしていく。

 

 

 そうだ、このままおぼれてしまえばいい。

 

 

「アハハハハハハハハ」

 

 

 なにもかんがえず。

 

 

 なにもなさず。

 

 

 ただ、でくのように。

 

 

 しずくのちでみちたあんこくにおちていく。

 

 

 アア、ソレハナンテステキナンダロウ

 

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

 

 

 れんやのからだは、ちのうみにしずんで、きえた。

 

 

 

 

 

 

 

『────』

 

 

 蓮弥が選んだ銀色の乙女が、何かを囁いた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥は自分にできる限りの力で、自分の頬を全力で殴る。

 

 

 家一軒を吹き飛ばす威力の拳を自ら受けて、頬を中心に激痛が走る。

 

 歯が折れ、口から血が流れる。

 

 

 痛い、痛い、痛い。

 

 

 自分で殴る以上、霊的装甲なんてものも意味がない。

 

 

 だがおかげで、今一時だけ。

 

 

 蓮弥は正気に戻る。

 

 

 そして辺りを見回す。

 

 

 そこそこ広い部屋の中心に蓮弥は立っていた。右側からは不気味な絵からとめどなく黒い水のようなものが吐き出されている。

 

 

「雫ッ!」

 

 蓮弥は自分を落ち着かせる。先ほどまで見ていたのは幻、もしくは自分の中にだけ存在するイメージだ。

 

 

 なら確実に傍にいるはず。

 

 

 そして周りを見渡し、雫を見つける。

 

 

 雫は少し離れたところに膝をついてうずくまり、虚ろな目でぶつぶつ何かを呟いている。間違いなく自分と同じ症状。

 

 

 そうこうしている内に黒い水はどんどん水嵩を上げていく。

 

 

『懺悔せよ。さすれば汝の中の悪魔は、たちまち己が身から立ち去るだろう……聖術(マギア)8章2節(8 : 2)……”浄掃”』

 

 ユナ曰く、弱い悪魔に取りつかれるほど心が弱った人に行使する精神安定のための術らしい。これが効かなければ強引な手段を取らざる得なくなる。

 

 

 その聖術を雫に行使する。その光は吸い込まれるようにして雫の中に溶ける。

 

 

 雫の目に、光が戻った。

 

 

「あれ? 私……」

「説明は後だッ! 早くこの部屋から脱出するぞッ」

 

 

 雫を抱えて出口へと進む。

 

 黒い水はすでに腰のあたりまで来ている。時間がない。

 

 蓮弥は活動の大砲を扉に向けて放つ。

 

 扉は粉々になり、そこから黒い水は排出され、その流れで雫と共に脱出する。

 

 

 

 そして、蓮弥と雫は廊下にぽつんと残されていた。

 

 いつの間にか黒い水は消えていて、自分たちの服もまるで何もなかったかのように乾いていた。

 

 もしかしたらあれも幻覚だったのかもしれない。

 

 

「雫ッ、大丈夫か」

 

 廊下に雫を下ろすのと同時に蓮弥は声をかける。この聖術を行使したのは初めてだ。どれくらい効果があるものなのかよくわからない。

 

「大丈夫よ。まだ身体が寒いけど。……蓮弥こそ大丈夫なのよね。ずっと様子がおかしかったけど……」

「そうだな。多分もう大丈夫だ」

 

 その言葉で、どうやら雫には自分がおかしくなっているように見えていたようだ。

 

 いや、振り返ってみるとおかしくないところがなかった。

 

「これが……真の大迷宮……」

「ライセン大迷宮とは違う意味の精神攻撃だな。……もっと予想して対策を立てておくべきだった」

 

 いつからかわからないがきっと狂気みたいなものが自分達を汚染していたのだと予測する蓮弥。

 

 もし一瞬正気に戻らなかったら、二度と現実には帰ってこれなかった。

 

 

「流石にちょっと休憩したいところだな」

 

 雫は今も震えている。室温はそれほど低くない。震えているのは体ではなく魂だろう。

 

 

 蓮弥が廊下を見ると扉は一つだけだった。

 

 

 

『休息への道』

 

 

「これは……」

 

 蓮弥と雫は『休息への道』を進む。

 

 

 その扉の中は通路には繋がっておらず、そこそこ広いフロアの一室になっていた。

 

 中には一通り家具が揃っており、真ん中には丸いテーブルが一つと椅子が10個置いてある。

 

 立派な柱時計も備わっており、時間は夜の8時を示している。

 

 そして部屋の入口付近には、大迷宮入口でも見た文字が浮かんでいた。

 

 

 

 

この部屋は安全地帯である。用意されたカップの中身を必ず1人1杯ずつ飲み干すこと

 

 

 壁の方を見てみると。長机が2列並んでおり、各机に5つずつ手のひらに乗る大きさの蓋つきのカップが置かれていた。

 

 雫を真ん中のテーブルの椅子に座らせ、蓮弥が壁にあるカップの中身を覗いてみると、いい香りが漂ってくる。どうやらスープの類らしい。

 

 

 これを信じていいか一瞬迷うが、蓮弥も雫も冷え切って仕方がない。ここは安全地帯という文字を信じることにする。

 

 

 蓮弥は机から二つ、カップを持ち出し、雫と自分の前におく。

 

 

 まずは蓮弥が飲んでみる。自分なら大抵の毒は効かない。

 

 

「! ……うまい!」

 

 身体に染み渡るような優しい味だった。もう一口飲んでみると本当に心の奥が暖かくなるような感覚を覚える。

 

「雫、毒は入ってないみたいだ。飲んでみろ」

 

 

 蓮弥の言葉を受け、雫がゆっくりとした動作でスープを一口含む。

 

「……おいしい……」

 

 まるで雪山で遭難した後に出された暖かいスープのように全身に染み渡る。

 

 蓮弥も雫もゆっくりと、だが止まることなく飲み続け、飲み干すころには、あれほど感じていた体の奥からくるような冷えはなくなっていた。

 

 

「神水の魂バージョンみたいなものかな。できれば持って帰りたいところだけど……」

 

 蓮弥は壁の机に置かれているスープのカップを改めて見てみる。

 

 まだ7つも残っているのだし、1つ2つ持って帰ってもばれないような気がする。

 

 

「やめときなさいよ。1()()1()()だって書いてあったじゃない。今ルールを破ると何かまずいペナルティをかけられるかもしれないわよ」

 

 雫の言う通りである。攻略した後ならともかく、今はこの大迷宮のルールに従った方が賢明だろう。

 

 

 実際、スープは効果があったのだ。ミレディとは違い、元教会騎士というだけあってラウス・バーンという人物は真面目な人物なのかもしれない。

 

 

 さらに調べたところ簡易ベッドはあるし、給仕場らしきところには携帯食料まで準備されている。

 

 

「疲れたのなら休んでくださいということなのかしら」

 

 

 こんな部屋が用意されていることに疑問を持つが、部屋の奥にある二つの扉を見て理解した。

 

 

『深奥への道』

『帰還への道』

 

帰還への道を選んだ場合、迷宮から脱出することができる。ただしこの大迷宮に関する記憶は消去される

 

「つまり、最後のターニングポイントってことか。今までの大迷宮とは違い、ずいぶんと優しいことだな」

「私はあの試練が優しいとは思いたくないけどね」

 

 

 安全地帯だということで、蓮弥と雫は時間をかけて、今後の方針を改めて考え直した。そして決めたことは以下の3つ

 

 ・選択肢はできるだけ同じものを選ぶこと。

 ・扉を潜る毎に自分の状態をチェックすること。

 ・そしてわずかでも違和感を覚えたら、蓮弥が”浄掃”をかけること。

 

 これを守ればあそこまでひどいことにはならないだろうという想定だ。

 

 

 方針が決まり、蓮弥と雫は十分な休息をこの部屋で取った後、『深奥への道』を選択する。

 

 

「あれ?」

「どうしたの?」

「いや、何か……」

 

 蓮弥はもう一度安全地帯の中を見回す。

 

 真ん中に置かれたテーブルとイス。

 

 端に置かれた柱時計と指し示す時間。

 

 壁際のスープのカップ。

 

 解放者のメモ。

 

 

 蓮弥は何か違和感を感じていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 蓮弥はしばらく考えてたが、答えは出なかった。

 

 

「悪い、待たせたな」

 

 

 疑問を残しつつも蓮弥と雫は、部屋を後にする。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 そこからの工程は語るまでもない。ひたすら同じことを繰り返し続けた。体感時間半日くらいだろうか。途中休憩を挟んだとはいえ、蓮弥と雫はだいぶ疲れていた。

 

 

 精神汚染されていることはないと思うが、単純に終わりが見えないのが辛い。

 

 

 だけど二人の頑張りに対し、ついに転機が訪れる。

 

『信仰への道』

『叛逆への道』

 

 蓮弥と雫は『叛逆への道』を選ぶとその通路の床を見た。

 

「これはわかりやすいな」

「やっとらしくなってきたわね」

 

 床のタイルはすべてある存在の肖像画が描かれていた。蓮弥と雫もこのトータスに来た際に見たエヒト神の肖像画だ。

 

「いわゆる踏み絵ってやつか。これが出てきたあたりゴールが近いかもしれないな」

「聖教教会の信者の人なら通れないものね」

 

 蓮弥と雫は全く気にすることなくこの世界の神を踏みしめながら先へと進む。

 

 

 そしてその通路の先に大きな広間に出た。真ん中に階段があり、その左右に扉が階層ごとにずらりと並んでいる。

 

 

 蓮弥は正面を見てみるとメッセージが浮かんでいた。

 

 

正解への道は一つだけ。導くものの後へ続け

 

「今度は扉が百以上はあるが……」

「ここから本物を見つけろってこと?」

「まずは導くものというのが何かということだけどな」

 

 

 蓮弥と雫は階層ごとに確かめていく。目新しいものはないと思っていた二人だったが、一番上の階層でそれを見つける。

 

 

 そこには、白い法衣のようなものを着た半透明の禿頭の男が立っていた。蓮弥と雫が近づくと、こちらの方を一瞥した後、一つの扉の奥へ消えていった。

 

「ついてこいって意味よね」

「そうだろうな。ここにきてひねくれたものは出ないと思う。ついていこう」

 

 蓮弥は男が消えた扉を開き進む。

 

 

 奥はいつも通りの一本道になっており、その先に男は蓮弥達を待っているかのように立っていた。

 

 

「あんたは解放者ラウス・バーンか?」

 

 答えないと思いつつも念のために聞いてみる。案の定男は蓮弥の問いには答えずに、指で奥を指し示した。そこには蓮弥が見たことのある、大迷宮の紋章が描かれた扉が一つだけ存在した。そして役目を終えたとばかりに、蓮弥達の前から法衣の男が姿を消す。

 

 

「どうやら深部まで到達したらしい」

「これで終わりってこと?」

「いや、今までのパターンだと深部で最後の試練が待っているはずだ。気を抜くなよ」

 

 しかし扉を開き進んでみると、その部屋の中央に魔法陣が描かれており、その傍には台座があって古びた本が置かれている。蓮弥の覚悟とは裏腹に、本当に最深部まで来てしまったらしい。

 

 

 魔法陣に踏み込む前に、横に置かれた古びた本を手に取ってみる。それは蓮弥の想像した通り、この大迷宮の制作者、解放者ラウス・バーンの手記のようだった。まずはオスカーオルクスの時同様にこの世界の真実と自分達がどのような存在なのか、何を目的にこの大迷宮を作ったのかが記されていた。なぜ映像体としてだけ自分を残し、魂魄魔法でミレディのように生きながらえなかったのかも、懺悔混じりの言葉で理由が説明されていた。

 

 

 さらに読み進めていくと、この試練の意味も記載されていた。

 

 どうやらあの扉は魂魄魔法が仕組まれたセンサーのようなものらしく、挑戦者の魂を少しずつスキャンしていき、それに応じて行先が変わるという仕掛けらしい。だから扉の選択自体には意味はなく、同じ扉をくぐっても出る先が同じとは限らない。もし扉を潜り続けた果てに神への信仰が残っていると判断されたら、ある地点でこの大迷宮に関する記憶を全て消された上で入口に戻される仕組みだったようだ。

 

「私たちは神への信仰なんてもってないから、ひょっとしたらあんまり意味がなかったかもしれないわね」

「この世界の住人にとっては厳しい条件かもしれないけど、俺達には関係なかったな」

 

 

 そしてもう一つ、魂魄魔法は他の神代魔法と比較しても特に異質なものであるらしく、受け入れるためにはそれ相応の土台がなくてはならないらしい。

 

 

 だから土台ができていない魂がスキャンを受けると少しずつ魂魄魔法による浸食を受けてしまうのだという。副作用として狂気じみた幻覚を見てしまったものに対して謝罪の言葉が書いてあった。ただし……

 

「もし君がメイル=メルジーネの大迷宮を攻略したものならわかるだろう。君たちが体験した狂気は過去、現実として起きたことなのだと」

 

 その一言は音読して雫にも聞かせた。おそらく重要なものだと思ったからだ。

 

 

 

 最後にあの解放者の映像は、最低、二つ以上の大迷宮攻略の証を所持している事と、神に対して信仰心を持っていない事、あるいは神の力が作用している何らかの影響に打ち勝った事、という条件を満たす者の前に現れるのだという。

 

 

 雫は大迷宮攻略の証を持っていないが、どうやらパーティで一人持っていたら条件を満たすと判断されるのだろう。結構曖昧だが、逆に言えば証なく入ってきたものには命の保証はできないということなのかもしれない。その点でいえば、記憶を消されるだけで済むこの試練は十分良心的だろう。

 

 

 ちなみにこの部屋にたどり着くルートはもう一つあり、聖教教会の大聖堂にある司教クラスの上層部でしか入れない場所にもここへ至るための転移陣が描かれているらしい。とはいえ、条件を満たさないと解放者の映像は現れないし、現れていない状態で魔法陣に乗っても発動しない。そして司教クラスといえば聖教教会の教義という狂気にどっぷり浸かったものが選ばれるのが基本であるゆえに、それほど神の教えという毒に触れておきながら、わずかにも信仰心を持たないというある種の矛盾を超えなければこの部屋に来れないという仕組みというわけだ。

 

 

 蓮弥が手記を読み進めていくと最後に、この大迷宮の最後の試練について記載がされていた。

 

 

 この大迷宮の最後の試練は神代魔法を与える際に使われる魔法陣そのものに組み込まれており、魔法陣の上に立つと、いつもの神代魔法を与えるプロセスに加え、挑戦者の魂の底にある根源を探るプロセスが実行される。

 

 

 魂魄魔法は他の神代魔法と比較しても極めて特殊な代物であり、扱い方を間違えたら世界をも意のままに操ることができてしまう。神を倒してほしいが、だからといって神に成り代わるものが生まれては意味がない。だからこそ、この魔法の担い手は強い心を持ち、なおかつ安易にこの魔法を悪用するものであってはならないと定義されており、ふさわしくないものが魔法陣に触れると魂を焼きつくされてしまうという。

 

 

 正規の手順で攻略したものならまず問題ないと書かれているが、ならこれはイレギュラーな攻略をしたものに対するセキュリティなのだろうか。

 

 

 要は神の信仰をもっていないだけで手に入るお手頃な代物ではなく、揺るぎない強い心を持ち、かつそれを安易に悪用しない淀まぬ心を持っている人物でなければならないということだろう。

 

 

 付け加えるなら正規の手順で攻略し、魂魄魔法を受け入れる土台とやらができている人物でない場合も、魂魄魔法の毒にやられてしまう可能性があるのかもしれない。

 

 

「強い心か……」

 

 正直に言えば、今の蓮弥には不安要素があった。

 

 それは自身の渇望が何かわからないというものであり、それゆえにここぞというところでいまいち力を出せないという結果につながることだった。

 

 だが……

 

「いくぞ、雫。俺には、どうしても魂魄魔法が必要だ」

 

 蓮弥は今も己の中で眠り続けるユナを想う。

 

 

 もう一度彼女に会いたい。その想いに嘘はないし、生半可なものでもないと確信している。

 

 

 ならきっと大丈夫だ。大切な人を目覚めさせるために魂魄魔法を使う。これが邪な使い方だというなら解放者こそが悪であろう。

 

「私は覚悟はできているわよ。ずっと昔から」

 

 雫の方も覚悟はできていた。それはこの世界に来る前から決めていたこと。

 

 

 何があっても蓮弥についていく。

 

 

 その想いが弱いなどとは絶対に言わせない。

 

 

 そして、二人は意を決して、魔法陣に踏み込む。そして二人は光に包まれた。

 

 そして……魂魄魔法による魂の走査の結果。

 

 

 蓮弥の記憶の封印が……弾けて解けた。




>バーン大迷宮
意志の試練であることがわかっていたので魔物などの戦いはなしにしようと決めていました。かといって信仰心がなければだれでもクリアーできる試練ではつまらないので、今回のようなホラーちっくな感じになりました。メルジーネ大迷宮がパニックホラー、ハルツィナ大迷宮がバイオハザードだとしたら、バーン大迷宮は和製ホラー、もしくはクトゥルフ的なものになっていると感じていれば幸いです。

>魂魄魔法
Light作品とクロスするにあたって、魂魄魔法の価値が爆上がりしたことによって、神代魔法の中でも特に異質だという設定が追加されました。だからもし原作ハジメのように想定外の手段でショートカットして説明書も読まずに魔法陣に触れるとアウトです。

>次回について
最後の一文でわかるように、蓮弥の記憶が主題になります。
転生時の真実が明らかに!

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