ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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注意

今回はユナの過去の話が含まれます。
察しのいい方ならわかると思いますがその都合上、人類史上最大のベストセラーの中身に触れることになります。都合により名前を出せないお方も出てきます。よってこの文言をつけさせていただきます。

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。独自解釈が元なので、クリスチャンに突っ込まれても答えかねるのでご了承ください。


ユナの世界

 蓮弥が目を覚ますとそこには一面闇が広がっていた。しかし明かりがないかというとそんなことはなく、ステンドグラスのような地面が光っているため視界は明るい。

 

「ここは? 俺は一体どうなって」

 

 蓮弥はここに来る前のことを順番に思い出していく。

 

 まず雫と共に神山の大迷宮へ挑戦していた。ここで蓮弥は周りに雫がいるかどうか確認するが、姿は見当たらない。

 

 

 一旦落ち着いて整理を再開する。挑戦の末、大迷宮最深部に到達したのは覚えている。そして大迷宮の魔法陣に乗ってその後……

 

 

 自分を送り出す、女神の姿を思い出した。

 

「うぐっ」

 

 蓮弥は思わず吐きそうになる。思い出す拷問の記憶、いや彼女にとってそれは拷問ではなかったのだろう。

 

 

 ただの実験。実験動物が苦しんでいるところを見て喜ぶのではなく、経過を観察するような瞳。

 

 

 今ここに、蓮弥は転生した時の記憶を全て取り戻した。

 

「……ふざけやがってッ……俺はモルモットかよッ……」

 

 幸せの絶頂を迎える直前に全てを奪われた男。そしてその男をベースに魔術と女神の血によって生まれたのが藤澤蓮弥という人間。おそらく厳密にいえば前世の自分と藤澤蓮弥は別人なのだろう。ロートスと蓮が別人であるように。そうでなければ今なお真っ当な人格など保ってはいないだろう。それほど悲惨な状況にあったのだから。

 

「メアリー・スー……」

 

 メアリー・スー。あの女は自らそう名乗った。理想化されたオリジナルキャラクターを揶揄する名前であり、アメリカの二次創作小説のオリジナルヒロインの名前が元ネタだったはずだ。他にもご都合主義が過ぎるキャラに対して用いられることもある。おそらくとってつけた名前なのだろう。彼女に対しては、怒りしか湧いてこない。

 

 

 だが蓮弥はその思考を強引に打ち消す。今必要なのは奴への怒りではない。この状況を把握することである。

 

 

 すると今までなにもなかったはずの場所に扉が現れる。まるで進めと言わんばかりの代物だった。

 

「どの道ほかに手がかりもないしな」

 

 ここでただじっとしていても何も進まない。蓮弥は扉の方へ歩み寄る。豪華絢爛な扉は鍵もかかっておらず蓮弥がノブを回すとあっさり開き、蓮弥を扉の奥へ誘う。

 

 

 そして、扉の奥の光に向かって進み、その先に広がっていたものは。

 

「ここは、ユナの教会?」

 

 ユナの心象世界である教会が広がっていた。最初は崩れてボロボロだった教会も蓮弥とユナが深く繋がるにつれてまるで建て直すように綺麗になっていった。その聖堂の奥、巨大な十字架があった場所に木製の扉が置いてあった。

 

 

 先程通った扉よりも明らかに古い、だが前の扉よりも重厚感がある代物だった。

 

 

 近づいてみると鎖で縛られて鍵がかけられているようだった。扉に文字が彫ってあるのを見つける。

 

『ユ●の●界』

 

 掠れて全ては読めないが、自分にとって大切なものがその中にあるような気がするのだ。

 

「いるのか? この奥に……ユナ……」

 

 まだ離れて一月も立っていないはずなのに随分と長い間、ユナに会っていない気がする。彼女に会いたい。もっと話がしたいし触れ合いたい。その想いは日に日に強くなっていく。

 

「だけど、どうしたらいい……」

 

 目の前の扉にはチェーンの鍵がかかっている。これを解かない限り扉の奥へは進めない。周りを見渡しても鍵になりそうなものは存在しない。力技で開くものでもないような気がするし、ユナの大切なものだと予想できるものにそんなことはしたくはない。

 

 

 蓮弥はどうするか悩んでいるその時、頭の中に何かが刻み込まれる。

 

「ッこれは……魂魄魔法?」

 

 そこで自分が本来これを手にするためにここにきたことを思い出す。魂魄魔法を習得するための魔法陣に乗った後、過去の記憶を思い出しこの場所に来たのだ。この先に進むのもてっきり試練の一つかと思ったが、どうやら今の時点で攻略は認められたらしい。

 

 

 他の神代魔法の魔法陣とは違い、魂の奥底まで調べられるような嫌な感じがあったので、おそらくそれが原因でメアリーが施していた記憶の封印が解けてしまったのだろう。いや、もしかしたらこれも奴の想定内なのかもしれないが。

 

 

 蓮弥はこのタイミングで使えるようになった魂魄魔法を使ってみることにする。手の中に扉を開くための鍵が現れる。蓮弥は扉の前に立ち、鍵を鍵穴に差し込むと鎖が光を放ち消滅、これでユナへと繋がる道は開かれた。

 

 

 蓮弥は扉のノブを握る。正直に言えば地上に残っているであろう雫のことも気にならないといえば嘘になるが、ここからでは確認しようがない。だけど雫なら大丈夫だと信じることに決める。なら、今自分がやるべきことは……

 

「ユナ……いくぞ」

 

 蓮弥は扉を開き、中に身を潜らせた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 ある女の話をしよう。

 

 彼女は後に兄弟子になるものたちと違い、ある国の地方都会に産まれた。

 

 それなりに大きい都市で商人をやっている父や優しい母に育てられた彼女は大層美しい容姿をしていた。輝く銀色の髪、幼いながらも主によって造形されたと言われても疑いようがないその美貌。いずれこの都市中の男が目を惹く器量良しになっていただろうと思われた。

 

 

 彼女は幸せに暮らしていた。ここでありふれた日常をその生涯を終えるまで続けるのだと信じて疑っていなかった。

 

 

 だが、ある時転機が訪れる。その当時七歳だった彼女は父親の仕事を手伝っていた。その際に父親と共にやってきた男の内の一人と接触するや否や、父にこう言ったのだ。

 

「この人、泥棒です」

 

 その一言で動揺した男を調べたところ、確かに父のものである商いの金が盗まれていることがわかった。

 

 

 後に彼女は父親のなぜわかったのかという質問に対してこう答えた。

 

 

 触ったら声が聞こえてきました、と。

 

 

 その時、彼女には人や物の想いや記憶を読み取る不思議な力があるとわかったのだ。そしてそれから彼女の人生は変わり始める。

 

 

 最初は変わった子供だと言われた。察しがよく、人の欲しいものや欲しい言葉がよくわかる子供だと。だがその当時の彼女は自重というものを知らなかったのだ。

 

 

 言ってもいないのに人の言葉がわかる子供が周りの大人にどう思われるかのか、皮肉にも彼女は己の能力で知ることになる。

 

 不気味な子。

 

 あの子は悪魔の血を引いている。

 

 近づくなよ。心を読み取られるぞ。

 

 表面上普段どうり接している人でも、心の中は彼女への侮蔑であふれていた。

 

 そんな中、父と母は彼女をそれでも愛してくれた。触ることがトリガーだとわかっていても彼女を抱きしめてくれた。

 

 だからこそ彼女も彼女にとっての日常を過ごしていたが、たまたま街に来ていた、ある女性占い師に言われてしまう。

 

「あなたの存在は本来ありえないバグのようなもの。世界の淀み。それ故に周りに完全に馴染むことなんてできない。予言するわ。いずれあなたは、あなたにとっての大切な人を、自らのせいで失うことになる」

 

 そして、その通りになってしまう。

 

 彼女の父親の仕事は商人であり、信用こそが重要な仕事である。それ故に娘の悪い噂は徐々にではあるが、父から仕事を奪っていく。

 

 

 だからこそ彼女は両親の元を離れることに決めたのだ。

 

 彼女は気づいていた。父と母の中に芽生えつつある自分に対する心の闇に。

 

 父も母もまだ良心の呵責に悩んでおり、このままだと家族が崩壊すると思った彼女は、もっと大きな街に出稼ぎに出ると言って旅立ったのだ。

 

 

 それから彼女は街を転々と渡り歩く。世間ではついに現れた救世主の話題でもちきりだったが彼女には関係ない。

 

 その場しのぎの生活を続ける日々。

 

 だが、そこでその生活は唐突に終わる。あろうことか、その話題の救世主の手によって。

 

「あなたも心が読めるのですね。可哀想に、聞きたくないものをたくさん聞いて、辛い思いをしてきたのでしょう。……あなたが良ければ私の元に来ませんか」

 

 その人は陽だまりのように暖かい人で、思わず惹き寄せらてしまう魅力があった。そしてなにより、心を読んで自分と同じ力があることを知る。

 

「その力の使い方も教えてあげましょう。その力の使い方を学べば、あなたは普通に生きられるようになるはずです」

 

 悩んだ末に、彼女は彼の元に行くことにした。彼の心には善意しか感じ取れなかったし、何より同じ力を持っている同士、引かれるものがあったのかもしれない。

 

「では、あなたの名前を教えてもらえますか?」

 

 彼女はこの質問の意味がわからなかった。心が読めるなら聞く必要なんてないのにと思ってしまう。

 

「自分のことや自分の想いを伝える時は、自分の口で言うことが大切なのですよ。まずは私から、私の名前は……」

 

 彼の名前を受けて自分の番が回って来たが、どのように自己紹介すればいいのだろうと悩んだ。悩んだ末、いつも父が取引先相手に名乗っていたようにすればいいと思い当たる。

 

「私はユダ、イスカリオテのユダ」

 

 救世主と呼ばれる者と後に裏切り者の代名詞と言われることになる彼女はこうして出会ったのだ。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「これは……ユナの記憶?」

 

 蓮弥はその光景を見せられていた。場所はいきなり古代ローマを思わせる風景に変わり、そして蓮弥の前には一人の男性と幼い少女の姿が見えていた。

 

 

 イスカリオテのユダ。

 

 

 この名前は特にその宗教に触れたことがない蓮弥でも知っている裏切り者の代名詞。蓮弥は薄々感づいていたが、はっきり理解させられると信じられないという思いが湧いてくる。

 

 

 あの少女が裏切り者と呼ばれることが理解できない。

 

 

 だがそれもこの旅でわかるのだろう。場面は再び変わる。蓮弥は再びユナの記憶の奔流に身を委ねた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そこからしばらく、彼との旅が続いた。

 

 

 彼と共に旅をするうちに感じたのは、彼が底抜けの善人であるということだった。

 

 

 とにかく困っている人を見捨てられない。彼自身はこれも神より授かった自分の使命だと、己の力を使うことに躊躇を見せないが、ユダはちょっと迂闊ではないのかと最初は思ったものだ。

 

 

 なぜならユダは知っている。心を読み取る異能を持つが故に、人の心には悪魔が住んでいるということを、幼いながらも知っていたのだ。そんなことは同じ力を持っている彼ならとっくに知っているはずなのに。

 

 

 それについて彼はいつも困ったように笑う。だけどそんな彼のことがユダは嫌いではなかった。

 

 

 そして儀式を終え、正式に彼の弟子になって数年が経った頃、師から兄弟子を紹介された。どうやらこのような行動は自分に限ったものではなかったらしい。そんな兄弟子と共に師による教えと自身の力を制する修行を行い、いつのまにか師の行いの手伝いを行うことになっていた。

 

 

 師は数多くいる弟子の内、自分を含めた十二人を使徒に指名すると自身の力『聖術』を授けた。そしてその力を使い、師や兄弟子と共に人々を救う日々が始まった。

 

 

 彼は素晴らしい人だった。最初はどうなのかと思ったことも、彼の教えを受けていくうちに、彼の深い考えに基づいた思想に感銘を受けたユダは、こんな凄い人と共に歩めることに誇りを持っていた。

 

 

 だけどその日々はだんだん終わりが近づいていく。

 

 

 彼は予言に記された救世主だった。バイブルには彼はいつか神の国へ旅立つと記されている。それはすなわち彼が神となり、いずれ遠い場所に行ってしまうことを意味している。

 

 

 他の弟子達はそのことについて深く触れてはいなかった。この当時彼女は自身の感応能力を制御できるようになっており、師からそれを使うことを禁じられていたが、時々他の人の心を覗き見てしまっていた。そこで他の弟子達は、師はいずれこの世界を救ってくれるお方だと、ただ盲信していることに気づいていた。

 

 

 あるいは彼女は女だったから。ひょっとしたら彼に対して他の弟子とは違う想いを抱いていたのかもしれないが、今となっては定かではない。ただ彼に側にいてほしい、そう思っていたことだけは確かだった。

 

 

 そしてユダが師と出会い十年が経つ。

 

 その頃になるとこの世界に不穏な気配が漂っていた。

 

 師の行いに対して膨れ上がり続ける信仰。そしてそれをよく思わない者たちからの暗い情念。

 

 

 それらを受けてなお、師は己の行いを止めることをしなかった。どんどん力を増していく師の御技。それに盲信し続ける他の兄弟子達。だけどユダだけは言い知れぬ不安を感じていた。

 

 

 このままでは師は人ではなくなってしまう。

 

 

 神などになって欲しくなかった。ただ側にいてくれさえすれば良かった。

 

 

 だからなのだろう、彼女はその当時、彼に対立していた者たちに接触した。彼を裏切るつもりなどなかった。ただほんの少しでいいからその歩みを止めてほしい。そう思い、それが最善の行動であるということを信じて行動した。

 

 

 その日が近づいてくる。

 

 

 運命の日の前日の晩餐の場にて、師がこの中に一人裏切り者がいると言った。周りを見ると誰もが自分かも知れないと思っているらしい、お陰で彼女の態度は目立たなかった。そして彼はユダに言ったのだ。

 

「あなたのなすべきことをやりなさい」

 

 それはいつか見た、困った子だという目で自分を見る、師匠の笑顔だった。

 

 

 そして、ユダは複数の人を連れて戻ってくる。ある合図を持って彼を捕らえるために。

 

「先生」

 

 その言葉と共にユダは自身の師に口付けを行う。そして伝える。粘膜接触が自身らの能力を最大限に発揮する手段故に。

 

 

 側にいてほしい。神になどなって欲しくない。どうか……

 

 

 それを受けた彼は捕らえられる際、薄く微笑んだのだ。だからこそユダは自身の想いが通じたと思ってしまった。

 

 

 

 

 翌日、磔になって事切れている尊敬する恩師を、見上げることになるまでは。

 

 

 

 

 ユダは呆然と銀貨の袋を落とした。

 

 

 話が違う。彼は処刑などされないはずだ。取引したものたちも嘘はついていなかったことは自らの力で確認したはずなのに……

 

 

「だから言ったでしょう。いずれあなたは、大切な人を自らのせいで失くしてしまうと」

 

「誰だ!?」

 

 ユダが振り向くと、そこにはいつか出会った占い師の女が立っていた。

 

「これで彼は人以外のナニカとして復活し、天へ召されるでしょう。かくしてあなたのお陰で予言は成就された。どんな気分かしら? ある意味世紀の瞬間の引き金になった気分は?」

 

「黙りなさい!!」

 

 ユダは聖術を放つもその女はまるで影のように消える。そして背後に現れる。

 

「嘆いたところで彼はもう帰ってこない。裏切りの徒、許されざる罰姫。あなたの罪は永遠に消えない。永劫自らを罰し続けることになる」

 

 それでももし、もしあなたが許される時が来るとすれば……

 

「あなたにふさわしき者がいずれ現れる。その時まで、せいぜい苦しんでいればいいわ」

 

 女は去っていってもユダは動けなかった。

 

 

 私のせいで……私が……私はなんてことを……

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 その後のことは多くは語らない。自分の行いに絶望した彼女が自ら死を選び、なんの因果か師が磔にされた聖遺物に吸収され、二千年にも渡る贖罪の日々が始まったのだ。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そして蓮弥は再び教会に戻ってきていた。煌びやかな内部、ステンドグラスが光を受け、光輝いている。そしてその奥に見つけた。

 

「ユナ!?」

 

 奥の十字架に磔にされた状態でユナを見つける。最初出会った時と同じく、脇腹から絶え間なく血を流し続けている。

 

 

 蓮弥はユナに向かって駆け出す。やっと会えた。間違いなく彼女だとわかった。

 

 

 そして触れようとして、蓮弥は思いっきり後ろに弾き飛ばされた

 

「!?」

 

 教会の壁に叩きつけられる蓮弥。体勢を立て直し、ユナの方を見るとユナの周りに結界が張られていることがわかった。

 

 "ソノ娘ヲ連レテ行クコトハ許サヌ"

 

 どこからともなく声が響く。

 

 "ソノ者ハ咎人ナリ、許サレザル咎人ナリ。神ノ定メ二ヨリ永劫、ココデ償ワナケレバナラヌ"

 

 どうやらその声の主はユナを連れて行かせないためのものらしい。

 

「そんなもん知るかよッ!」

 

 再びユナの元に向かう蓮弥だが、やはり結界のようなものに阻まれてしまう。

 

「ぐぁぁぁッッ!!」

 

 結界から流れる裁きの雷が蓮弥の体を焼いていく。それでも構わず蓮弥はユナに向かっていく。

 

「……もうやめてください」

 

 その声に気をとられ、後ろに弾き飛ばされる蓮弥。

 

「ユナ?」

 

「やはり、私はあなたにふさわしき者ではありませんでした。私がいたから、あなたは神の使徒に襲われて死にかけたッ」

「ちょっと待てッ、何言ってるんだよユナッ」

 

 ユナの言葉に動揺する。まるで帰って来る気がないかのような響きだった。

 

「これから先も、きっと私がいる限り蓮弥は狙われることになります。なら、私はここで贖罪を続けることにします」

「だから何を言ってるんだ!? 俺が死にかけたのは俺が弱かったからであってユナのせいなんかじゃない。それどころか俺はいつも君に助けられて……」

 

 何度も何度もユナは蓮弥を助けてくれた。だからこそ、今度こそ彼女の助けになれると思い、ここまできたというのに。

 

「ごめんなさい。それでも私は、もう私のせいで誰かがいなくなるのは嫌なんです」

 

 蓮弥を拒絶するユナ。

 

「俺はいなくなったりなんかしない」

「神の定めは絶対です。かつての私でも抗えませんでした。私が大切な者を失うという運命にある以上、それに抗う術などありません」

 

 頑なに蓮弥の言葉を拒否するユナ。行動で示すしかないと蓮弥は再びユナに近づくが、結界に阻まれる。

 

「ぐぅぅッッ、がぁぁぁ!!」

 

 全身を焼かれる痛みに悶絶する。

 

「これは神が張った結界です。これがある限り私は外には出れません。せいぜい記憶のない分身を送るのが精一杯です。だからもうやめてください。それ以上は蓮弥が危険です」

 

 神の定めは絶対だと。ユナは言う。

 

 

 蓮弥はユナのその思想が気に入らない。

 

 

 確かにユナからしたら、自分が良かれと思って行動したことすらも、神とやらの予言通りだったということになるわけで、彼女がそれを疑うことは難しいのかもしれない。彼女は今も思っている。もし自分が余計なことをしなければ、恩師は彼女の側にずっといたのではないかと。

 

 

 気に入らない。彼女もまた、神などというわけのわからないものに翻弄され、二千年もの長きに渡って自罰を続けていたなんて。

 

 

 気に入らない。ユナの過去に出てきた占い師。顔は見えなかったがなんとなくわかった。あれは自分をこの世界に送り込んだあの女と同一人物であると。つまり、ユナもあの女の掌の上で転がされていたのだと察せられて……

 

「ふざけんじゃねぇぇぇ!!」

 

 蓮弥は再び結界に向けて突撃する。全身が焼かれ、血が流れていく。

 

「蓮弥!?」

 

 ユナの悲痛な声が届くがあえて無視する。その代わりに伝えたい想いを届けることにする。

 

「いい加減気にくわねぇんだよ。俺もッ、ユナもッ、なんで神なんてわけのわからないものに翻弄されなきゃいけないんだ!? 俺もユナもただ……ただ大切な人と幸せになりたかっただけなのに……」

 

 そう、蓮弥とユナは似ていた。共に大切な人とただ幸せになりたかっただけなのに、神とやらの都合でそれを奪われたこと。

 

「ユナッ、俺は君の過去を見た。だけど君に二千年もの間償い続けなければならならない罪があるとは思えないッッ!」

 

 ユナにちゃんと自らの口から、自らの言葉でもって伝える。

 

「俺の知っているユナは、何にでも興味を持って、よく食べてよく笑って、時々失敗する時もあるけど、誰よりも他人に優しくすることのできる女の子だ」

 

 その笑顔に救われてきた。力を持っていたとしても、きっと自分一人ならここまで来ることができなかっただろう。

 

「そんな女の子だったから、俺は力になりたいと思ったし、ずっと笑っていてほしいと思った。もっといろんなものを見せてやりたいし、もっと一緒にいたいと思った」

 

 だからこそ蓮弥は拳を握る。神の定めとやらが邪魔をするというなら取るべき行動は決まっていた。

 

「もし、神が君を許さないというなら、そんな神は俺がぶっ潰してやる!!」

 

 己の渇望を乗せて拳を振りかざす蓮弥。今まで弾かれるだけだった結界に亀裂が走る。

 

「けどッッ、私は……私だって、蓮弥と一緒にいたいですッ。けど許されるのでしょうか? 私は裏切り者なのに……」

「俺が許すよ。だから……」

 

 ユナの過去の中でユナの師匠が捕まり連行される瞬間、過去の映像を傍観している蓮弥の目を見て口を動かしたのだ。

 

 

 彼女を頼むと。

 

 

 蓮弥の思い違いかもしれない。過去の映像だったのだからそんなことは普通ならありえないだろうと思う。だけど、きっとユナの師匠もユナがこんなところで永遠に贖罪を続けることを望んでいないことだけは間違いなかった。

 

 だから彼の分まで蓮弥は言うのだ。

 

「俺には君の全てが必要だ。だから一緒にいこう、ユナ!」

 

 蓮弥の拳が結界を突き破り、同時にユナが十字架から解放される。

 

 ユナを受け止める蓮弥。

 

「……昔、師から言われたことがあります。想いとは言葉で伝えることが大切なのだと。……思い返せば私は、師に直接言葉を伝えることをしなかった。もしあの時、直接一緒にいてほしいと言っていれば何か変わったかもしれません。けどそれはもう取り返しのつかない過去のこと」

 

 だからと、ユナは蓮弥の方を向いて想いを口にする。

 

「今度は間違えません。……蓮弥、私はあなたのことが好きです。あなたと一緒にいたい。もっといろんなものを蓮弥と一緒に見てみたい。だから……私とずっと一緒にいてください」

「ああ、一緒にいるよ。ずっと……」

 

 蓮弥とユナは抱き合いながらお互いを見つめる。蓮弥の目にはユナの吸い込まれるような綺麗な碧眼が写っている。それがゆっくり閉じられる。そして蓮弥もそれに合わせて目を閉じる。そのまま二人はゆっくりと近づいていき、口付けを交わすのだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 二人は教会にてこれからのことを話し合うことになった。

 

「それでこれからどうする? 俺としてはそろそろ現実に戻りたいんだけど」

 

目的は果たしたのだ。それに地上の様子も気になる。だがユナはそれに待ったをかける。

 

「少し待ってください。まだ蓮弥とやっておきたいことがあります」

「やっておきたいこと?」

「ついてきてください」

 

 蓮弥はユナに連れられて教会の奥へと入っていく。

 

「以前の私では、蓮弥の力を支えられなかったから、表の私は眠ることになったのだということはわかっていると思います」

「ああ、ミレディからだいたい聞いてるよ。けどユナが目覚めて問題は解決しただろう?」

「いえ、まだ解決していません。あの時の無茶から、私と蓮弥を繋ぐパスが崩れてしまっているので、それを繋ぎ直さないといけません」

「……それって時間がかかるものなのか?」

 

 あまりここで時間をかけてはいられないというのが蓮弥の本音だった。

 

「いえ、あの……たぶん、そんなに時間は、かからない、はずです……」

「ユナ?」

 

 ユナの言葉の歯切れが悪くなってくる。何か悪いことでもあったのだろうか。

 

「苦痛を伴うとか?」

「それも、たぶん蓮弥の方は大丈夫だと思います。……私に関しては蓮弥次第といいますか……最悪私が我慢すればいいだけで……」

 

 いまいち要領を得ない返答に困惑する蓮弥。ユナに負担がかかるというならやめておきたいのだが。

 

 だんだん顔が赤くなっていくユナは少し深呼吸をして蓮弥に言う。

 

「私が使える手段の中で一番効果的な方法は……霊的感応能力を使ってパスを繋ぎ合せるというものです。……それには深い繋がり、具体的には粘膜の接触がいるといいますか……その……先程やった口付け程度では足りないといえば……わかりますか?」

 

 そうこうしているうちにユナが目的のところに着いたらしく、扉を開けて中に入る。そこには、割と大きめのベッドが置いてあるだけだった。

 

「…………なるほど」

 

 そこまできて、ようやくユナが何を言いたいのか察した蓮弥。この手の魔力供給における伝統というか、お約束というか、とにかくそういうことだと蓮弥は理解した。

 

「あの、それでですね、蓮弥。私は……その……こういうことは初めてですので……優しくしてくれると嬉しいです」

 

 そんな言葉を目を潤ませて上目遣いで言われたら自制が効かなくなる。だけど……蓮弥には少し引っかかるものがあった。

 

「……ユナは本当にいいのか? 俺は……」

「知っています」

 

 蓮弥が言う前にユナが言葉を遮る。

 

「外のことは少しだけ把握しています。だからわかります。蓮弥の心の中にもう一人、私以外の女の子がいることも……」

 

 ユナを想う気持ちに嘘はない。だがここまできてなお、頭を過ぎったのは、きっと今も自分の帰りを待っているであろう、二度と泣かせたくない幼馴染の顔。

 

「そのことも含めて後で考えましょう。皆が善きところへ収まる道を。けど今は、今だけは、私だけを……見てくれませんか?」

 

 そこまで言わせてしまった以上、男として覚悟を決めなければならないだろう。

 

「……本当にいいんだな?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 二人はしばらく見つめ合い、どちらからともなく再び口付けを行う。

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「ようやく、次のステージに上がれそうね」

 

 メアリーはモニターの中で広げられる夜の営みを鑑賞しつつ、ここまで来れたことに感慨を示す。

 

「私の内界で生まれた天然物の神性と交わることで、藤澤蓮弥は次のステージへと進める。もっともまだまだ完成には程遠いでしょうけど」

 

 自分がここまで手間暇かけたのだ、楽しませてもらわなければ価値はない。

 

「さて、彼の渇望は私の狙い通りになったのか、それともイレギュラーが起きるのか。どちらにしても楽しみね」

 

 この宇宙は私の身体なのだ、神座の概念を知って以降、そう己を定義した。ならば自分の身体をどうしようと私の勝手だろう。

 

 全ては自分の楽しみのために。

 

 おそらく自分にとって最後になるであろう大舞台。

 

 たった一人のご都合主義の女神がその時が訪れるのを待ち望んでいる。




【メッセージ】
【R-18】ユナ01 結ばれる絆
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>ユナの過去
読者の皆さまはほとんど予想してたと思いますが、裏切りの元聖女こそがユナの正体。それを踏まえて裏切った理由はこんな感じになりました。本家宗教家につっこまれても困るので勘弁してください。

>ユナの師匠
名前を出すことも恐れ多い、世界一有名な聖人。べらぼうにすげぇお方。けど日本人は立川在住とかにしてたりする。自分を含め日本人は恐れを知らない。本領を発揮したユナはともかく、過去明かされたユナのステータスをはるかに超える力を持っていた模様。エヒトとは格が違うのだよ格が。地球は上位世界らしいので全く矛盾はない。

>魔力供給における伝統
Diesは元はエロゲー。だから仕方ないね。そして正田卿の作品固有の伝統。基本、夜の営みはラスボスに覗かれる。

次回はついに油揚げをさらわれた雫ちゃんの地上での話。
いつかちゃんと彼女のターンも回ってくるのでご安心を。


そしてこれは余談なんですが、一応今回スキップされた中身は用意しようと思えば用意できるのですが需要はありますかね?
需要があったり、気分によってはタグを付け替えた別のSSとしてあげるかも。

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