ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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エピローグその1

次で第四章最後だといったな。あれは嘘だ。

すみません。書かなければいけないことが多すぎて、また分割しました。今週中には続きを上げられると思います。


戦後処理

 戦いが終わって数時間後。

 

 

 あれから、王都は混乱を極めた。蓮弥と使徒フレイヤの激戦は王都および、神山周辺に甚大な被害をもたらし、特に神山周辺などは根こそぎ爆発で吹き飛んだ場所もある。そして王都はというと、運のいいことに大結界が仕事を全うした。衝撃で一番外の結界は壊れたものの、残り二枚が、両者の戦闘の余波を防いでくれたのだ。

 

 

 しかし、全く無傷であったわけではない。使徒フレイヤの攻撃の一部はその性質により、大結界をすり抜ける形で王都に降り注いだ。人的被害がほとんどなかったのが幸いだが、倒壊した建物もいくつかある。しばらくは復興のために尽力しなくてはならないだろう。

 

 

 

 そして一時的に雫の眷属になった──もちろんすぐに眷属から解放された──王都の民達は、命の危機が去ったとわかればすぐさま人の意思はバラバラになり、各自行動を始めた。

 

 

 聖教教会の教皇が認めたはずの神の使いのあの所業。あれがハイリヒ王国を丸ごと滅亡させかねなかったというのは、あの大天使の容貌の豹変を見れば明らかだった。

 

 

 背中の黄金の羽はどす黒い色に染まり、美しかった顔は憤怒と血涙に歪み、そして世界を壊さんと呪いの叫びを上げる姿を見て、あれを未だに神聖な者だと思うものはもういない。そしてその数少ない者達であった聖教教会の上層部が、あろうことか王都を守っている蓮弥に対して覇堕の聖歌を使ったことも民達に衝撃を与えた。

 

 

 信じられない。教会の人間は彼が負けたら自分達がどうなるのかわかってるのか。

 

 

 あれが本当にエヒト神の使いなのか? まるであれこそが邪神の使いじゃないか。

 

 

 神は我々を見捨てたのか。

 

 

 聖教教会への不満や不信。王都を滅ぼそうとした大堕天使への恐怖。神の愛が失われたかもしれないという絶望。民達の間に様々な憶測が飛び交い、王都の警備隊や、メルド率いる騎士隊がなんとか鎮めようとするが混乱はひどくなる一方だった。中には神エヒトが我々に滅びろと命じたのだと極端な解釈をした信徒の一人がナイフをもって暴れ出すという惨事にも発展した。

 

 

 幸いその信徒はすぐに側にいた警備兵に取り押さえられ事なきを得たが、これらの狂気がいつまた爆発するかわからない。

 

 

 大惨事になることを覚悟したが、思わぬところから助っ人が入った。

 

「皆の者、鎮まれええええぇぇぇいッッ!!」

 

 突如皆が避難していた大広場に突如、響き渡るような声が広がる。

 

 そして大広場にあった壇上に登る一人の男。それはどこにでもいる中年のおじさんであるが、妙に目力のある男だった。

 

 

「皆が混乱するのはわかる。神は我らを見捨てたのか、そう考えるのは無理もあるまい。だが、それは違うと俺は断言する」

 

 

 力強いその声の響きに混乱の最中にあった王都の民達が一斉に男に注目する。その演説を知った王都の警備隊、騎士隊、そして王宮にまでそれは轟いていく。

 

 

「この中にも聞いたことがあるものもいるだろう。この世界に救いを齎す豊穣の女神が現れたという噂をッ! かの女神には、彼女を守る女神の剣と呼ばれるもの達がついている。俺は見た。ウルの町を襲いかかる六万の魔物の大群を薙ぎ倒す彼らの姿をッ!そしてクーランにて発生しようとしていた未曽有の生物災害を未然に食い止める姿をッ!」

 

 

 その言葉に動揺する王都の民達。いきなり六万の魔物を薙ぎ倒したといわれてもついていけない。だが……

 

「俺は見たぞ。間違いない。一瞬だけ見えたあのでかいのと戦ってたのはウルで俺達を助けてくれた人の一人だ」

 

「私も知ってる。クーランで黒い魔物を残らず退治したって……」

 

 一人、また一人、呟きが広がっていき、大広場にいる王都の民に伝達していく。

 

 

「あの堕天使こそ、エヒト神と対立する邪神の眷属そのもの。その邪神は不敬にも、我らの神エヒトを名乗り、我らを惑わせ破滅へ誘おうとしている。だが恐れることはない。我らは真実、我らを救ってくださる真の神の使いを知っている。今こそ、女神を想い、一致団結する時なのだ!」

 

 

「豊穣の女神、万歳ァァィ! 万歳ァァィ! 万ッ歳ァァァァィ!!」

 

 その男の叫びがきっかけで、爆発的に民達に意思が広がっていく。それは今や人族の領域にてすさまじい勢いで広がりつつある現人神の名前。

 

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神の剣、万歳! 女神の剣、万歳! 女神の剣、万歳! 女神の剣、万歳!」」」」」」

 

 

 ここにいないにも関わらず、とうとうハイリヒ王国王都にまで広がる愛子様伝説。彼女はいずれ元の世界に帰らなければならない。にも関わらずこれだけの規模になってしまえば聖教教会も黙ってはいられないだろう。いずれ彼女を巡ってひと騒動起きることになるのだが、まだ少し先の話である。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 王宮のある一室。そこには現在神の使徒と呼ばれている蓮弥のクラスメイト達が集まっていた。そこで雫が言っていた狂った神についての説明を行うことに決めたのだ。

 

 

 蓮弥が話したのは奈落の底にあった真の大迷宮。そこで出会った解放者の残滓。そして知ったこの世界の真実。エヒト神は決して人間の味方なんかじゃない。人々がもがき苦しむ様を見て悦に浸る外道そのものなのだと。

 

「なんだよ、それ。じゃあ、俺達は、神様の掌の上で踊っていただけだっていうのか?」

「そうだな。間違いなくこのまま神の使命を果たしても地球には帰れない。だから俺達やハジメは別の方法で帰還する方法を探している」

「なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! オルクスで再会したときに伝えることは出来ただろう?」

 

 光輝が蓮弥に疑問をぶつける。だが蓮弥は中々答えようとはしない。それに業を煮やしてより強い口調で問いただそうとして、言葉を聖約で封じられる。天之河光輝と会話するたびに繰り返した事象だった。

 

「それを知ってお前はどうするつもりなんだ?」

「決まってるだろ。一緒に神と戦うために……」

「だから言わなかったんだよ。お前のことだからみんなを巻き込んで神と戦うと言い出しかねないと思ってたからな」

 

 蓮弥はこのカリスマだけはある勇者を見て答える。そもそもオルクス大迷宮で再会した時点で話しても信じなかった可能性がある。仮に多大な労力を割いて信じ込ませたとしても今度は何をするかわからない。光輝の行動次第では、最悪クラスメイト全員異端者認定もあり得たかもしれない。

 

「なっ、まさか、この世界の人達がどうなってもいいっていうのか!? 神をどうにかしないと、これからも人々が弄ばれるんだぞ! 放っておけるのか!」

「……俺とフレイヤの戦いは全員見てたな。その上で聞くぞ。この中で、あのレベルの化物を相手に、見ず知らずの異世界の住人を救うために戦いたいと思ってるやつは手を上げろ」

 

 光輝は振り返る。だが共に義憤に燃えていると思っていた仲間達は、誰一人として手を上げてはいなかった。幼馴染であり相棒である龍太郎でさえ。

 

「みんな、どうして……」

「いいか天之河。ここにいるお前以外のみんなの本音はな。この世界の住人の安否なんてどうでもいいんだ。重要なのは無事に生きて故郷に帰ること。今まで神の使徒をやってきたのは、それを全うしたら地球に帰れるとみんな信じていたからだ。その前提が崩れた以上、なんでこの世界の住人のために俺達が命をかけなきゃならないんだ」

 

 その言葉に誰も異論を挟まない。唯一クラスメイトではない人物であるリリアーナに申し訳なさそうな顔をするものは何人かいたが、言葉をかけるものはいない。リリアーナももちろん承知しているからこそ何も言わなかった。

 

「だけど……そうだ! お前と南雲達は神代魔法という強力な魔法を手に入れて力をつけたんだろ。ならそれを俺達も身に着ければ……」

「そういう問題じゃないんだけどな……どの道お前達では習得するのは難しい。真の大迷宮はお前たちが知ってるオルクス大迷宮表層とは難易度が違う。つい最近雫と共に真の大迷宮の攻略を行ったが、俺と雫でも死にかけたくらいだ」

 

 蓮弥と雫が死にかけたという言葉に委縮するクラスメイト。彼らの脳内には魑魅魍魎が跋扈する地獄のような景色が浮かんでいることだろう。彼らが知っている大迷宮はモンスターハウスであるオルクスだけなので仕方がないが。

 

「……お前達の力を借りれば……」

「寄生したって神代魔法は手に入らない。真の大迷宮にそういうズルを防止する機能がついてる」

 

 光輝の言葉を蓮弥はバッサリ斬り捨てる。人々を救いたい。だけどそのための力が足りない。そして力を手に入れるには非常に危険が伴う。そしてクラスメイトには、もはやそこまでしてこの世界の住人を救う動機がない。

 

 とうとう何も言えなくなった光輝に変わり、今まで沈黙を保っていたリリアーナが蓮弥に声をかける。

 

「……蓮弥さんの言いたいことはわかりました。神の使徒の方々に我らを救う理由がないことも理解しています。それでもあえて言います。……どうか我らに力を貸してはくれませんか? お礼ならいくらでも用意いたします。だからせめてあなたには王都の復興が終わるくらいまでは、ここにいてもらいたいのですが……」

 

 王女として言わなくてはならなかったのだろう。無事の帰還という報酬を差し出せない以上、何か他の対価を払わなければならない。

 

「それはやめた方がいいな。俺はおそらく神にとっての最大のイレギュラーだろう。フレイヤはアンノウン、正体不明って言ってたくらいだしな。そんな俺がいつまでもここに残ってたら逆に危ないと思う」

 

「それはそうですが……」

 

 蓮弥がいることで神からの攻撃を受けては確かに意味がないだろう。だが、あのフレイヤとの戦いを見る限り、神に対抗できるのは彼か、もしくは南雲ハジメ一行だけなのだ。この世界の住人にはいくらエヒトが人々を持て遊ぶ悪神だとわかっても、抗う意思も力もない。

 

 

 彼らがこの世界を見捨てれば、自分たちの命運は尽きる。それがわかっているがゆえにリリアーナは何か彼を繋ぎとめるものはないか必死に考える。場合によっては彼に()()()()()を差し出す覚悟だ。

 

「落ち着けよ姫さん。あくまで守勢に回ったら駄目だという話だ。おそらく今奴は想定外のイレギュラーが多数現れて焦ってる。ここで守勢に回ったら勝てるものも勝てなくなる」

 

 神の使徒が神の使徒を喰らって強くなるようなことを、創造主である神エヒトが許していたとはとても思えない。おそらくフレイヤの暴走もエヒトにとっては想定外の出来事だったはずだ。

 

 

 かつてミレディ率いる解放者たちがどのような末路を辿ったのかはオスカーの手記、ミレディの話。そしてラウスの書物で把握しているが、蓮弥が思う彼らの最大の敗因は、神エヒトに時間を与えすぎたのだということだ。ミレディの記憶を覗いた際に、概念魔法のことを知ったが、彼らがエヒトを倒すために必要な概念魔法を産み出すのに長い時間をかけてしまっている。その間エヒトは外堀を埋めるように民衆を扇動し、徐々に彼らの逃げ道を塞いでいったのだろう。腐っても相手は神、奴に時間を与えたら駄目だ。なら奴が焦っている今が好機。

 

「それでは!」

 

 リリアーナの顔に希望と共に笑顔が宿る。蓮弥の言いたいことがわかったからだ。

 

「ああ、神エヒトは俺が、俺達が倒してやる。少なくとも神からこの世界の住人を解放してやるよ」

 

 蓮弥は自らの渇望を自覚してから、それらの存在を許せなくなっていた。人に理不尽を与える神が平然と息を吸っているのが我慢できない。だから殺す。それに……

 

(たかがこの世界の神ごときに負けていられない)

 

 蓮弥の本命は別にいる。そしてその本命は未だ届かない遥か深奥に座しているのだろう。あのフレイヤとの戦いもそこから見ていたに違いない。

 

「ただし、俺達は神からあんた達を解放こそするが、あんた達を救うつもりは微塵もない。……その意味わかるよな」

 

 

 その言葉にリリアーナは顔を正し、神妙に頷く。神を滅ぼしてもこの世界をとりまく状況は変わらない。むしろ神を滅ぼしてからが本当の始まりといえるかもしれない。だがそこまで面倒を見るつもりはない。それはこの世界の住人が自らやらなくてはならないことだから。

 

 

 なにやら文句を言いたげな光輝を邪魔扱いすることで黙らせ、話合いは一旦休憩することになった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

「なんというか、すごいことになってるな」

 

 王宮の屋上にてその騒動を観察していた蓮弥が、下の騒ぎを見て思わず圧倒される。あれからそれなりの時間が経ったにも関わらず、愛子様伝説は収まる気配すらない。

 

 

 その騒動のきっかけになった男を蓮弥は見たことがあった。確かクーラン町で愛子と合流していた際に一番熱心に、暑苦しいぐらい万歳三唱をしていた男だった。あの様子ではどうやらウルの町にもいたのかもしれない。愛子はどうやらとんでもない熱心なファンを持ってしまったようだった。

 

「ですが結果的にはこれで騒動が収まるかもしれません。愛子には申し訳ありませんが、しばらく彼女の名前を使わせていただきましょう」

 

 蓮弥の隣にいるのは雫でもユナでもない。雫はクラスメイトやお世話になった関係者へと挨拶に回っているし、ユナは今まで自分が寝ていた間できなかった魂の管理を行うために、話し合いを始める前から聖遺物に戻っている。

 

 

 なら、誰がいるのか。

 

 

 それは現在この王宮にいる中で一番やんごとなき身分の姫君。

 

「愛子もきっと許してくれますよね? 蓮弥さん」

 

 リリアーナ・S・B・ハイリヒ王女、その人だった。

 

 

「きっと、おろおろしながら対応するんだろうな。先生は」

 

 蓮弥の頭に、きっとあたふたしつつも、一人一人邪険にせずに対応するだろう先生の姿が目に浮かんでくる。これから先、騒動の渦中に巻き込まれる愛子には同情する。一応彼女のために必要になる道具を鈴辺りに預けるつもりだが、異端者認定されたことが知れ渡っている蓮弥が側にいると、厄介なことになりかねないから共にはいられない。

 

「改めて蓮弥さん。我が民を、我が国を救ってくださりありがとうございます。あなたがいなければ、ハイリヒ王国にはきっと未来はありませんでした。国を代表してお礼を申し上げます」

 

 そう言ってリリアーナは蓮弥に向けて頭を下げる。その姿を見て蓮弥は改めて思う。

 

 

 持っている情報量という意味では実は王都の民とリリアーナはそう大差がなかった。いきなり国の存亡がかかった異常事態が発生したのだ。途中で起きたある出来事を加味すれば、今は倒れていてもおかしくない状況。にも関わらず、彼女は王宮の先頭に立ち、警備隊や騎士隊、魔導士隊に対して指示を出し続けた。今は少し時間ができたので休んでいるが、この分だとまた働きだすんだろうなと蓮弥は思う。自分よりも年下なのに大したものだと王族の凄さを目にしたような気分だった。

 

「礼を言われても困るな。俺は自らに降りかかった災害に対処しただけだ。……もっとうまくやれてたら()()()はいなかったかもしれないしな」

 

 その言葉にリリアーナは沈黙する。

 

 

 多少なりとも犠牲者を出してしまったこの大事件だが、一番多くの被害を出したのは神山だろう。

 

 

 ハイリヒ王国よりも戦場が近かったこともあり、麓の地形はめちゃくちゃだし、何よりその山頂は丸ごと消えてしまっていた。見晴らしが良くなったその場所には、かつて聖教教会の総本山の中枢である大聖堂が存在していた。当然そこにいた聖教教会の上層部は全員死亡。魂すらも残っていない。そして、あの場所にいて犠牲になったものは教会関係者だけではなかった。

 

「……なにか俺に言いたいことはないのか?」

「…………何がですか?」

 

 今まで話題にしなかったことを蓮弥はあえてリリアーナに向けて言う。

 

「死んだのは教会関係者だけじゃない。あんたの父親もだろ」

 

 あの時、神山の頂上にいたのは聖教教会の関係者だけではない。そこにはこの国の国王であり、リリアーナの父、エリヒド国王もいたのだ。その国王もまた、覇堕の聖歌に参加していたことは王都に流れていた思念によりわかっている。つまり間違いなく大聖堂の消滅と共に死亡している。

 

「……国王陛下は……この国の危機において、民を助けるどころか、蓮弥さんが負ければ王都が消滅するという事態において敵を援護するという愚行を行いました。……その時点であの人は王として死んだのです。幸い、王を支えてくれていた重鎮達はまだ健在ですし、混乱が収まる頃には我が弟ランデルが王として即位するでしょう」

 

 その淡々と読み上げるようにして語るリリアーナに蓮弥はいたたまれない気持ちになる。そんな事を聞かされるために来たわけではないのだ。

 

「わかっているとは思うがあえて言っておく、おまえの父親を殺したのは俺だ。……あんたには俺を恨む権利がある」

 

 仕方なかったとはいえ、蓮弥の斬撃が神山を消し飛ばしたことで彼女の父親が死んだことは確かなのだ。

 

「……今ここであなたを責めても仕方がないとわかっています。感情に任せて、我が国の大恩人を責めるほど愚かではないつもりです」

 

 蓮弥は彼女が父親の死に悲しんでいると思い、誰かを責めれば楽になるかもしれないとここに来たわけだが、どうやらいらない世話だったらしい。

 

「そうか……異端者認定を受けた俺がいつまでもここにいられない。もうすぐ日が昇りきる。その時にまた今までのように旅に戻ることにするよ」

 

 蓮弥はリリアーナに背を向けて立ち去ろうとする。

 

 だが……蓮弥の背中に衝撃が走る。

 

「いったいどうし「お父様はッ……」」

 

 蓮弥が声をかける前にリリアーナが蓮弥の背中越しにか細い声を出す。

 

「お父様はッ、なぜ……なぜ、あのような愚行を行なったのでしょうか?」

 

 蓮弥はただ静かに、彼女の言葉を聞いてやることにする。

 

「お父様は以前おっしゃられていました。民とは国の宝なのだと。彼らを守るために王族は存在するのだと。……たしかに最近お父様はエヒト教にのめり込んでいる傾向はありました。だけど、それだけでなぜあの様な民を裏切るような行動を取れるのでしょうか?」

 

 何を信じていいのかわからない。蓮弥にはそう言っているように聞こえた。

 

 

 この世界は決して太平の世であるとは言い難い。まして今の時代、魔人族が活性化し、異世界から勇者を呼ばなければならないほど追い詰められている乱世の王族ともなれば、或いは王が死んだとしても彼女は気丈に振る舞えたかもしれない。

 

 

 だけど今のリリアーナにはひとつだけ傷があった。

 

 

 父親の最期の光景。それは民達を想う王の姿でも、妻や子供達を想う父親の姿でもなかった。それは狂信者の顔、エヒト様に全てを捧げることが当然だと光悦の表情を浮かべながら、ハイリヒ王国を命がけで守ってくれていた蓮弥に呪いをかける姿だった。

 

 

 その姿にリリアーナは多大なショックを受けていた。或いは父が死んだ以上のショックを受けていたのかも知れない。決して歴史に名を残すような偉大な名君であったかと言われれば疑問が残るが、それでも民を守らんとする王たる矜持は持っている人だったのだ。

 

 

 神の教えとはあれほど人を変えるものなのか。それほど神とは絶対なものなのか。リリアーナは教会が、神が怖かった。いずれ自分もああなるのではないか、どうしてもそう思ってしまう。

 

 

 伝わる震えに対して、蓮弥は実情と己の経験を交えて語る。

 

「おそらく、あんたの父親は真の神の使徒とやらに洗脳を受けていたんだろう。雫がそれらしい奴と戦ったと言っていた。だけどそれももういない。少なくともハイリヒ王国内にはな」

 

 蓮弥は自身の位階が上がったことにより、魂を感知する能力に磨きがかかっていた。それによる探知で神の使徒らしき魂はここにはないことは確かめたのだ。おそらくフレイヤの手で全滅したのか、或いはまだここにいないだけかもしれない。だが、全部で何人いるかもわからない連中をちまちま叩くよりやるべきことがある。

 

「けど、いつ神の手がまたここに伸びるかわからない。だから滅ぼしてやる。その狂ったエヒト神とやらを」

 

 蓮弥はあの戦いを見つめている気配を感じていた。残念ながら蓮弥にとって本命である超深奥に潜んでいるであろう奴の気配は掴めなかったが、それより弱い奴の気配なら掴んでいたので自身の神殺しの渇望を混ぜた殺気を叩き込んでおいた。

 

 "いずれ殺しにいく。だからそれまで首を洗って待ってろ"

 

 その意思を叩き込んだ後、気配は消えた。エヒトのいるところまで行く手段を見つけた時が奴の最期だと。その決意を固める。

 

「神を失って、我々は何を支えに進めばいいのでしょうね」

「そんなこと知るわけないだろ」

 

 このリリアーナの呟きをバッサリ斬る蓮弥。

 

「俺の経験上、神は人を救ったりしない。人に理不尽を押し付けるクズだよ。……だからあんた達は自分で考えて道を決めればいい……」

 

「神なんていなくても、案外人の世界は上手く回るもんだ」

 

 蓮弥が本当の意味で誕生した、今は無き故郷。メアリーの言葉を信じるなら、蓮弥の故郷は奴の支配下の外にあったという。なら間違いなく神なんて訳の分からないものはいなかったはずだ。だけどもちろん、それでも蓮弥の前世の世界は上手く回っていた。

 

「……蓮弥さん、今から少しだけ耳を塞いでもらえませんか」

 

 何故かを聞くのは無粋だろう。蓮弥は素直に耳を塞ぐポーズを取る。

 それからしばらく、蓮弥は後ろの姫君の慟哭を聞こえないふりをした。

 

 その光景をある人物が見ていることに気づかなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。もう大丈夫です」

 

 蓮弥は再びリリアーナの目を見る。目元などの変化には気づかないふりをしつつ、彼女の魂を見てみると、虚勢を張りつつも、なんとか立て直したのだとわかる。

 

「少しは役に立ったのなら良かったよ」

「けど雫にはなんだか申し訳ないですね。あなたを少し借りてしまいました。もし見られたら誤解されるかもしれませんね」

 

 その言葉に蓮弥は雫のことを思う。そして確信を持ってリリアーナに伝える。

 

「大丈夫だよ。仮に見られたとしても雫はそんなに器の小さい女じゃない。むしろあんたを放置してきたら逆に怒られただろうよ」

 

 雫にとってリリアーナは、実は意外と数が少ない雫のまともな女友達──大部分はソウルシスターズだから──の一人なのだ。そんな彼女を放置して帰ったら怒られるのは間違いない。

 

「雫のことをよくわかっているのですね。……少し、雫が羨ましいです」

 

 そんなことを言ってくるリリアーナ王女。ここは少し言い聞かせなければならないかもしれない。蓮弥は少し戯けて言ってみる。

 

「おっと、だからって間違っても俺に惚れるなよ。あんた、なんかチョロそうだし。今俺は二人の女のことで手一杯だからあんたの想いに応えることはできないんだ、悪いな」

 

 蓮弥が申し訳なさそうな顔をして王女に謝る。

 

「ちょ、チョロそう!? 私、これでも王女なんですよッ。その王女に向かってなんて言葉を……それになんで告白もしてないのに私が振られたみたいな事になってるんですか!?」

「俺の所感だよ。実際後もう一回くらい自分のピンチを助けられたらコロッと行きそうだと思ってるだけだ」

「行きません! 絶対行きませんから。私をなんだと思って……」

「それに俺を説得しようとした時悩んでたけど、ひょっとして俺にハニートラップでも仕掛けるつもりだったか?」

「そ、それは……」

 

 リリアーナは言葉に詰まる。……正直考えなかったと言えば嘘になる。リリアーナとてこの国の美姫だと言われるくらいには容姿が整っている自覚はあるし、彼女も王族の女だ。そういう作法も相応に習得している。この身を捧げるだけで最強の戦力が手に入るのなら安いものだと思わなかったわけではない。

 

「やめとけやめとけ。正直あんたは好みじゃない。やるなら勇者とかにしとけよ」

 

 蓮弥はリリアーナの慎ましい胸を凝視する。もちろんわざとである。

 

「どこを見て言ってるんですか! いくらなんでも無礼すぎます。それは……確かに雫と比較されると見劣りしますが私だって……」

「冗談だよ。本気にするな」

 

 リリアーナが恐らくクラス女子の中でもトップクラスの胸囲を誇る雫と比較されて狼狽するが、冗談だといって話題を切り上げる。

 

 

 ぷんすか怒っているリリアーナを見て大丈夫だと確信する蓮弥。これで心置きなく旅に戻れるだろう。

 

(後は雫の用事が終わるのを待つだけだな)

 

 今頃別のところで色々話をしているであろう雫を蓮弥は思ったのだった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥がリリアーナ王女をからかって遊んでいる頃、雫はお世話になった人たちに挨拶を行っていた。彼女が直接世話になった付き人達はもちろん。自身の武器の都合で随分無茶な要求をしてしまった国家錬成師の職人たちにも挨拶にいった。

 

 

 付き人達にはニアが帰ってきたらよろしく伝えるよう言伝を頼んだし、国家錬成師たちには今まで無茶なお願いをしてきたことのお詫びと感謝を込めて、創法の形を用いて作った村雨丸の複製を置いていった。

 

 

 彼らは雫にふさわしい武器が手に入ったという雫の報告を聞いて、それがいかほどのものか見せてほしいと言ってきたので一度だけ見せたことがある。代表であるウォルペンが雫の村雨丸を見て、目玉が飛び出るほど驚愕していたのが印象的だった。ぜひこれをもっと詳しく見せてほしい、それができなければこれの製作者を紹介してほしいと何度言われたことか。

 

 

 蓮弥からもらった村雨丸を一時も手放すつもりがなかった雫は丁重にお断りしていたし、紹介しようにもハジメは遥か西の彼方にいるので紹介できなかったのだ。

 

 

 だが雫が邯鄲法に目覚めたことで、創法を用いれば、村雨丸ならいくらでも同じものを作れるようになったことで一本渡すことにしたのだ。よっぽど無茶をしない限り、しばらくは消えることもあるまい。あれを参考により良い武器が作れるならこの国にとってもいいことかもしれない。特にこれからの戦いを思えば。

 

 

 雫は彼らの工房を後にした後、ある人物を探して歩き回っていた。もうすぐ夜が明ける。雫はあの激しい戦闘を乗り越えた後も一睡もしていないが、意識は冴え渡っていた。元々邯鄲での修行を行うようになって以降、明晰夢続きで、深い眠りにより意識が途切れるということから遠ざかっているこの身は、多少眠らなくても影響は少ない。思えば蓮弥が奈落に落ちてから五日間、一睡もしないで修練に明け暮れることができたのもそれが関係しているのかもしれない。

 

 

 雫はある人物を探していた。どうしても今会っておかなければならない人物を。

 

 

 だが、中々見つからない。性格的に就寝しているということはないはず。雫は根気よく王都の町を散策する。そして……

 

 

「……光輝」

 

 探し人を見つけた雫は彼に歩み寄る。今まで言えなかったことを言うために、そして何よりも彼が真の意味で成長するために必要だと信じて。

 

 

 雫は、彼と本音で語ることに決めたのだ。

 

 




>謎のおじさん(CV:伊藤健太郎)
暴動に走ろうとしていた王都民を愛子様伝説で愛子民として一つにまとめ、暴動を防いだ今回の影の功労者。愛子の熱烈なファンその1。元教会の偉い人であり、約束された将来を捨て、突如冒険者になった変わり者。

作者的に割合としてはウルトラ求道僧が9割、ウルトラバカが1割の人。
甘粕成分が1割も入っていると不安に思う人もいるかと思うが、いきなり無茶苦茶はやらない人のはず。ただし愛子先生は被害を受ける。

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