というわけでそろそろ再開します。
まずは幕間の1。蓮弥と雫の日常の一端をお楽しみください。
そろそろありふれた日常で世界最強の方が雫のフラグ回になりそうですが、その際、読者様が違和感でもにょもにょする小説を書きたい。
幕間 蓮弥と雫の休日デート
これは、藤澤蓮弥とそのクラスメイトが、異世界トータスに召喚される、僅か一日前の日曜日の出来事である。
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「PARAISOのフリーパス?」
「そう、偶然手に入ってね。だから今度の日曜日、一緒に行ってみない?」
それは週の中頃、藤澤蓮弥のスマホに八重樫雫が連絡を寄越してきたことから始まる。
「それって、この前できた世界最大級のゲーセンだったよな?」
PARAISOとは、この世の楽園を作る、と何処かの資産家が道楽、もしくはついやっちゃった的なノリで作った超大型ゲームセンターのことである。
何でも古今東西のゲームはもちろん、レトロゲームや最新設備を使ったゲームなども取り揃えており、とても一日二日で回れるようなところではないらしい。ショッピングモールやレストラン街という側面も兼ねており、それ目当てで来る客もいるという話だ。中でもゲームショップはここでしか手に入らない特典付きの特別版ゲームソフトなどが売っており、ゲームマニアなんかはわざわざ他県から来たりする人もいる今注目されているスポットの一つだ。
フリーパスとは限定販売されている文字通り一日PARAISOの施設を使い放題になるという夢のチケットなわけだが、平日であろうと人気がありすぎて倍率はすさまじいことになっているので中々手に入らないと聞いたことがある。
「そうそれ。行けなくなったから私にあげるって言ってくれた子がいてね。ちょうど二枚あるから蓮弥も一緒にどうかなって」
(絶対ソウルシスターズの誰かだな)
雫が子なんて呼称をするのはたいていソウルシスターズと決まっている。以前起きた義妹襲撃事件で過激派のソウルシスターズは壊滅したものの、まだ良識派のソウルシスターズは健在だ。どう良識的なのかというと、今回のように蓮弥とデートするキッカケをさりげなく作ったりしているという感じだ。
「まあ、別にいいけどな。今度の日曜日には予定入ってないし」
「……大体いつも予定は入ってないじゃない」
「ほっとけ」
最期に悪態をついた後、予定を確認して電話を切る。
(それに……もしかしたらこれが最後になるかもしれないしな)
蓮弥は部屋に備え付けられているカレンダーを見る。そこには来週の火曜日に妹が勝手につけた誕生日マークがある。来週火曜日は蓮弥の十七歳の誕生日であり、蓮弥にとってはついに来てしまった運命の日でもある。
いまさら足掻いたところでしょうがない。ここまで来たら静かに運命を受け入れようという気にもなる。ならせめて日曜日は存分に楽しみにするとしよう。
蓮弥はそう決意する。
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そして日曜日の朝。
蓮弥が二階の自室から居間に降りてくると、母や妹はまだしも、普段は中々忙しくて会えない父まで朝食を共にするところだった。
「あら、今日は早いのね、蓮弥。今から起こしに行こうかと思っていたのに」
「ちょっと用事があるんだよ。母さん、俺の分のコーヒーも入れてくれないか」
はいはいと言いながら蓮弥の母、藤澤葵は蓮弥の分のコーヒーを用意するためにダイニングに戻っていった。
蓮弥の母、藤澤葵は料理上手な専業主婦だ。何でも昔料理の上手さですべてが決まるような殺伐とした料理学校に通っていたことがあり、そこで一位二位を争っていたのだとか。そのためその料理上手っぷりは半端なものではなく、藤澤家の食卓にはそうお目にかかれない料理が並ぶことがある。雫もしょっちゅう蓮弥の家で夕食を食べていくぐらいだ。雫の家も普通の家ではないのでそれなりに上等な食事は出るはずなのに、それでもこの家の料理の方がおいしいらしい。もっともそのせいで蓮弥はたまによくわからない調味料を買いにいかされたりするのだが。
「中々めかしこんで、さては彼女とデートかな?」
「彼女ではないけどな。そういう父さんは珍しく家にいるんだな」
「フィールドワークの予定が延期になってね。おかげで突然暇になってしまったんだ」
父である藤澤敦が蓮弥に茶化すように聞いてくる。
蓮弥の父、藤澤敦は大学の民俗学や文化人類学の教授をしている。なにやらフィールドワークとやらで日曜日でも中々家にいないせいで一緒に行動することが少ない人なのだが、それでもいい父親である。
ちなみに蓮弥の両親とも黒髪黒目の美形だ。蓮弥は実は自分にドイツ人の先祖がいたりしないか調べたことがあるが、先祖代々日本人だった。蓮弥が割と美形なのも単純に両親が美形だからである。
「兄さんは~今から雫さんとデートなんだよね~」
そして最後に蓮弥の妹、藤澤茉莉は兄である蓮弥をからかうように言ってくる。
「あら、そうなの。じゃあ今日は夕食はいらないのかしら?」
蓮弥の母親も妹に乗ってくる。こうなるとややこしい。蓮弥の母親はどうやら雫の母親とは幼馴染同士らしく、蓮弥が八重樫道場に通っていた際に、久しぶりに再会したとのことだ。それ以来、蓮弥と雫の仲をずっと応援しており、雫のことはすでにもう一人の娘のように扱っている。
「何言ってんだよ。まあ、夕食はいらないかもしれないけど、ちゃんと今日中に帰ってくるよ」
色々根掘り葉掘り聞かれた蓮弥だったが、これ以上茶化される前に朝食を食べ終え、雫の家まで迎えに行くために家を出たのだった。
そして愛用のバイクを走らせること数分、蓮弥は雫の家の前に到着する。
「相変わらずでかい家だな」
雫の家は和装の屋敷といった感じであり、大きな道場と一体になっているので中々の大きさだ。立派な門がついているあたりに歴史を感じる。
蓮弥は側についている呼び鈴を鳴らす。さて、誰が出てくるのやらと蓮弥は身構える。ここで出てくる人によっては警戒する必要がある。
「はい、蓮弥さんですね。お待ちしておりました。今そちらに向かいますので少々お待ちください」
この声からして、どうやら今日は当たりらしい。雫と遊びに行く前に無駄に疲れなくてすんで良かったと思う。
しばらくすると雫ともう一人の人物が出てくる。
「お待たせ、蓮弥」
「ああ……おはよう、雫」
雫はいつも通りのジーンズを履いたボーイッシュな感じの服を着ていた。大体いつもと同じ感じだ。本当はふりふりのスカートとかにも興味があるらしいのだが、いざ本当に着てみると、すぐに落ち着かなくなるという。
「お久しぶりです。
「はい、お久しぶりです、蓮弥さん。お元気そうでなによりです」
蓮弥は雫と一緒に出てきた八重樫家の住人である
「じゃあ、祥子さん。いってきます」
「はい、雫さん。楽しんできてくださいね」
近づいてくる雫に蓮弥は二人乗りが解禁された時に雫が購入し、蓮弥の元に預けられている雫のヘルメットを投げて渡す。
受け取った雫は、慣れた手つきで髪を束ねながらヘルメットを装着すると蓮弥の後ろに跨って座る。
「じゃあ、祥子さん。夜にはこいつを送り届けるんで」
「承知いたしました。それでは、いってらっしゃいませ」
蓮弥は雫がしっかり掴まっていることを確認した後、バイクを走らせる。時間にして40分くらいの短い旅だ。
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「なんというか……すごいな」
「これ、丸ごとゲームセンターなのよね?」
蓮弥と雫はPARAISOへ到着したのだが、まずその広さに驚いた。おそらく並みのショッピングモールより大きい。確かに真面目に回ってたら一日では回れないだろう大きさだった。確かにゲームが好きな人間にとってはここは楽園なのかもしれない。
「じゃあ、まずは……アレ行くわよ、蓮弥」
「はいはい」
急にやる気を出し始めた雫に、蓮弥は苦笑しつつも、了承の意思を示して雫の後を追う。
雫とゲームセンターに行ったとき、絶対に最初にやるゲームがある。それがクレーンゲーム。別名UFOキャッチャーともいう、雫が十分趣味だと言っていいレベルでやりこんでいるゲームである。流石に世界最大級のゲームセンターを謳っていることもあり、単純にクレーンゲームの数も半端な数ではなかった。だが雫はすでに目的を決めているのか迷いない足取りでどんどんと先へ進んでいく。
このPARAISOではゲームなどに付加価値をつけるために、この店でしか手に入れることができない限定商品というものが多数存在している。他県からわざわざここに来る人の大半はそれが狙いなのだろうが、雫の狙いもそれであった。
「あった。これよ、これ」
雫がのぞき込むクレーンゲームの中には、猫をデフォルメした小さなぬいぐるみが多数入っている。蓮弥はそのぬいぐるみを幾度も雫の部屋で見たことがあった。
「確か『ネコナたん』ってやつだったか。今雫が集めているやつだよな」
「そう、その通りよ。しかもこの子はPARAISOでしか手に入らない軍服ネコナたん。ここにきたからには絶対手に入れないと」
雫が嵌って集めているゆるキャラマスコット『ネコナたん』というシリーズは女子中高生の一部で今流行しているものらしい。種類が非常に多く、おかげで雫の部屋に行くたびに、元々多かったぬいぐるみシリーズがますます増えて、いつか埋もれるのではないかと少し蓮弥は心配している。しかもどうやらここでしか手に入らないものであるということで雫が気合十分でクレーンゲームのクレジットをフリーパスにて支払う。
「いくわよ~」
そしてクレーンゲームに熱中し始めた雫の横顔を見つめつつ蓮弥は思う。
もしかしたらこいつとのこういう時間も最後なのかもしれないと。
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あれは蓮弥がまだ中二の頃、その当時の蓮弥は聖遺物の使徒になることによる破滅の運命をなんとか覆すために、色々行動を起こしていた時期だった。ちょうど厨二病に嵌るころの思春期時代ということもあり、蓮弥は割と日常的に焦りを感じていたのを覚えている。
何をやっても平凡な成果しか得ることができない現状に焦り、蓮弥はこの頃になると夜、度々家を抜け出しては夜の街に赴き、いかにも怪しい連中が集まる場所に出入りするようになった。
それは所謂、夜のクラブというやつであり、学校や社会で生き場を失くしたやつらが傷をなめ合うかのように身を寄せ集めている場所だった。行き初めこそ、その優男風の風貌で柄の悪い奴らに絡まれていた蓮弥だったが、そこはなぜか門下生でなくなってから身をもって教えられた八重樫流の技と日頃鍛えている身体、そして最近夢にまで出てくるようになった仮想殺人体験のおかげもあって難なく撃退、おかげで中学生でありながらそこそこなじむことはできた蓮弥だったが、同時に限界も悟ってしまった。
そこで屯している連中は、いわば子供の遊びの延長であり、蓮弥が求めているレベルには程遠いとわかってしまった。この系統の場所を巡るなら、Diesiraeのボトムレスピットくらいぶっとんでなければ意味がないなと思い始めた頃。
それは起こった。
その日もなんとなくその場所に行っていた蓮弥だったのだが、何やら入口が騒がしいと感じたのでカウンターに座りつつも、その方向を見て後悔した。
そこには一人の修羅がいた。
その容姿に惹かれて集まってくるチンピラを問答無用で片っ端からぼろ雑巾に変えつつ、こちらに真っすぐ向かってくる女。見間違えようがない。紛れもなく幼馴染の八重樫雫だった。
「ねぇ蓮弥……何してるの?」
その表情の消えた雫を見た蓮弥は抵抗することをあきらめた。
(これは……ガチでブチ切れてるやつだ)
まるで台風が過ぎ去った後のような店内の様子を尻目に、蓮弥は雫に引きずられて連れ出されたのだ。
そして公園。
蓮弥と雫は夜中の公園にて、共にブランコに腰掛けていた。
「ねぇ、蓮弥。……何であんなところ行ってたのよ」
「……」
蓮弥はなんと答えればいいのかわからず、沈黙で返答する。だがそれを拒絶と受け取った雫は勢いづく。
「茉莉ちゃんが言ってこなかったら気づけなかったかもしれない。……何か悩みでもあるんじゃないの? もしかして、学校でいじめられてるなんてことはないわよね!?」
「いや、それはないな」
「じゃあ、なんであんなとこ……」
「別に、雫には関係ないだろ……」
本当のことを言うわけにもいかず、少々突き放したような言い方になってしまった。
雫が沈黙する。しばらく待っても何も言ってこない雫に、流石に言い過ぎたかもしれないと思い、蓮弥は雫の顔を覗き込んで……
「…………」
雫の目に、涙が溜まっているのを見てしまった。
(なっッッ!!?)
「お前、もしかして泣いてるのか!?」
蓮弥はいきなり混乱の渦に飲み込まれる。先ほどもごろつき相手とはいえ無双してたこの少女が、これしきのことで涙を見せるとは思わなかった。蓮弥は客観的に見てもわかるくらい焦りはじめる。
「……違う、これは蓮弥は関係ないから」
「いや、関係ないわけないだろ。俺は……その……」
何を言っていいのかわからず口が開かない蓮弥。
「……私、悔しい」
「雫?」
「……蓮弥は昔から私のことを何度も助けてくれたッ……なのに蓮弥が困っていることに対して私は何にもしてあげられない! ねぇ……そんなに蓮弥にとって普段の生活って楽しくない? ……あんなところに行かないといけないくらい日常に不満があるの?」
雫の涙声に対して蓮弥は何も言えなかった。ただ雫の言葉を聞くことしかできない。
「……私……嫌だよ……蓮弥があんなところ行くようになって、どんどん距離が遠くなっていくの。……私は蓮弥といると楽しいよ。一緒に遊んだり、買い物に行ったり、一緒にご飯食べたり、私の話を聞いてもらって、蓮弥の話を聞いて、そうやって蓮弥と過ごすことは、私は楽しいのに……蓮弥にとっては……違うのかなぁ……」
藤澤蓮弥は十七歳の誕生日に殺人鬼になる運命を背負わされている。
それは蓮弥の力ではどうにもならないことであり、それを少しでも自分の未来の日常のためになるように、日々なんとかしようと頑張って抗ってきたつもりだった。だけど蓮弥はここで初めて考える。蓮弥にとっての未来とは何なのか。仮に十七歳の誕生日を迎えた後も維持していたい、ありふれた日常とは何なのか。
藤澤蓮弥は決して友人が多い人間ではない。体は子供、頭脳は大人の少年探偵も元々高校生だ。蓮弥からすれば十分子供の範疇に入るし小学生相手でも馴染めるだろう。だがアラサーの精神を持っている蓮弥が小学生相手に本気でなじめるわけがない。当たり障りのない態度を取ることでなんとか誤魔化してきたが、特別親しい友人は学校の中にはいなかった。
中学生の今も同じだ。精神年齢こそ、体が思春期を迎えたことで、多少肉体に引っ張られている自覚はあったが、それでも蓮弥は来るべき未来に向けて活動することを優先しているために、日々の日常を楽しんでいるかと言われると、否と言うしかない。そんな蓮弥が十七歳以降を生き残ることができたとしても、いったい何が残るのだろうか。
そんな藤澤蓮弥にとって、あえて日常だと言えるものがあるとすれば……
最初は道場で出会った存在でしかなかった。いつからか自分の稽古の様子をこっそり見るようになって、自分がたまに話しかけると何がうれしいのかニコニコ笑ってくる雫に対して、どうしたらいいのかわからず、困ったことを覚えている。
道場に通うことがなくなった後でも、母親同士の繋がりで週に何度か雫と会うような関係になり、彼女の抱える悩みを聞いたことをきっかけに、わざわざ学区外の蓮弥のところまできて相談しに来る雫に対して、煩わしいと感じたことは一度もなかった。
そして中学生の今では、最初に会った時より、ずっと女らしさが増した幼馴染は、今も自分と共にある。
振り返ってみれば、前世の記憶を取り戻した後の蓮弥の日常は、そのほとんどが彼女と共に歩んだ歴史であることを今更自覚する。
(たぶん雫は、俺がいなくなったら……こうやって泣くんだろうな)
その未来が来ると思うと、蓮弥の心は確かに、嫌だと拒絶する。
だけどいつかその未来が来てしまうなら、せめて今は……
「……ごめん。俺が悪かったよ。……もうあんなところに行ったりしないから」
「…………本当?」
「ああ」
もともと潮時だと思っていたのだ。たいして後悔はない。わざわざ雫を泣かせてまで行く価値など微塵もない。
「もう他に危ないことしない?」
「ああ、もうしない」
そうだ。結局蓮弥が抗ったところでその日は来るし、そうなったら今何をしようと蓮弥は流れに身を任せるしかないだろう。だったらそれまで日常を自分なりに謳歌するのも悪くないかもしれない。蓮弥は初めてそのような考えに至った。その日がちゃんと決まっているのが幸いだった。計画も立てやすいだろう。
「……もし嘘だったら、蓮弥の学校に無理やり転校して、常時蓮弥を見張るから……」
何やら雫が物騒なことを言い始める。
「おいおい、そんなことしなくても別に俺は……」
「私、本気だから……」
雫の目から涙が消えていたが、その代わりに決意を秘めた強い目を返される。これはマジだとわかってしまう。
「わかった。絶対にもうあぶないことはしない」
「約束だからね」
後に、友を助けるためとはいえ、その約束を一度破ってしまうことになるとは、流石に蓮弥は思っていなかった。
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(我ながら単純だよな。あの頃から俺はこいつを……)
昔の記憶巡りを終えた蓮弥は、『ネコナたん』をゲットするためにすでに何度目かのトライを行っている雫の横顔を見る。
あの日から肉体と精神のズレが少なくなり、精神的に安定したように思う。そのおかげか余裕が生まれ、今日まで自分なりに日常というものを謳歌することができた。蓮弥は今でもあの時雫が言ってくれたことを感謝している。
「うう……もう少しなんだけどなぁ」
雫がプラスチックのケースの向こうを親の仇のように睨みながら言う。見ると今がちょうど19回目のチャレンジだったらしい。
フリーパスとはいえ、それを持っている人間が同じゲームを延々とやり続けたら他の人がプレイできなくなるため、一つのゲームには連続プレイ回数が設定されているらしい。このクレーンゲームは連続二十回が限界であるらしく、それを過ぎると最低一時間は同じゲームをプレイできなくなる。
まあ、いざとなったら蓮弥のフリーパスを貸すという手段もあるわけだが……
「雫、ちょっと貸してみろ」
「えっ、ちょっとッ!」
返事を聞かずに蓮弥は勝手にボタンを押し、アームを動かす。最初の頃よりだいぶ上手くなってきたけどまだ狙いが甘いと蓮弥は思う。何を隠そう、雫にクレーンゲームのコツを教えたのは蓮弥なのだから。
蓮弥は一見狙いやすそうなものではなく、奥に位置しているネコナたんに狙いを定める。そして、狙いを付けたアームはネコナたんの服に引っかかり、そのまま手前のポケットまで持ってくる。
そして蓮弥は下に手を入れ、無事にネコナたんをゲットするのに成功する。
「そんなに物欲しそうにしなくてもやるよ、ほら」
雫はまるで大事なものを受け取るかのように両手で受け取る。
「ありがとう、蓮弥。……可愛いぃぃ」
雫は満面の笑みでそのぬいぐるみを抱きしめる。
「本当に貰っていいのよね。……こんなに可愛いのに」
「いいんだよ。……俺の前にもっと可愛いものがあるからな」
「えっ! どこ? どこにあるの!?」
「お前には見つけられないところだよ」
頭にクエスチョンマークを浮かべている雫に蓮弥は言ってやりたくなった。
ぬいぐるみを満面の笑みで抱きしめている雫の方が可愛いと。
その後も蓮弥と雫は巨大ゲームセンターを楽しんだ。蓮弥が前世から長いことやってきた格ゲーで雫相手に無双したり、パンチングマシンで雫が八重樫流体術、撫子・衝という技を使ってまで蓮弥に勝とうとして、ありえない記録を叩き出したりした。
そしてしばらく雫と共に回って昼時。フードコートにて。
「さっきは残念だったわね」
「まぁな。あそこで流れ弾で落とされなかったらアイテム回収できたのに」
先程やってきたPARAISOの目玉の一つであるVRマシンを使った仮想世界を利用したモンスターハントというゲームを雫とやってみたところ。そのフロアのボスを倒したのはいいのだが、どっかのプレイヤーの魔法の流れ弾に当たったことで蓮弥のアバターが谷底に落とされてしまったのだ。
「今度は背後から落とされないように気をつけないとね」
「まぁな。ん? あれって……南雲?」
フードコートの向かいのゲームショップに出来ている長蛇の列。そこに見知った顔があるのを見つけた。
「なあ、雫。さっきから気になってたんだけど、これ何の列なんだ?」
「蓮弥知らないの? これって今日発売の人気RPG最新作のここでしか手に入らない限定版を手に入れるために並んでる人の列でしょ」
なるほど。最近例のXデーのことばかり気を取られてすっかり忘れていたが、いつまでも最後が訪れない幻想物語の十六作目が出るとCMでやっていたのを思い出した。
「なるほどな……」
「何よ。何か見つけたの?」
「いや、大したことじゃない……」
列が進んで見えなくなったクラスメイトのことを考える。
「たぶんあいつ。明日も遅刻ギリギリでくるんだろうな」
蓮弥の勘はきっと当たるのだろう。彼はきっと買ったゲームを徹夜でやって睡眠不足で登校してくるに違いない。……昼食時にクラスから逃げ損ねるくらいには。
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そして雫と一日遊び倒して夜。蓮弥は雫を送るために八重樫家の門まで来ていた。
「今日は楽しかったわ、ありがとう蓮弥」
「どういたしまして。……まあ、それだけ戦利品があれば満足だろうな」
雫はネコナたん以外にも可愛いと思ったぬいぐるみは片っ端から入手していた。おかげで紙袋一杯にぬいぐるみが埋まってしまっている。
ちなみにその中には雫にフリーパスを譲ってくれた子に対するお土産も混ざっている。
「じゃあな雫。また明日学校で……」
「待って!」
蓮弥は雫に呼び止められる。何か忘れものだろうか。雫がやけに真剣な顔をしているのが気になる。
「私、私ね……」
中々言葉が出てこない。だが蓮弥も何も言わない。ただ静かに雫の言葉を待つ。そして覚悟が決まったのか雫が表を上げ声を張り上げる。
「私ねッ! 蓮弥が……」
「おまんらこげなところで何をしとるんじゃ」
雫の言葉に割り込むようにして声が響く。蓮弥が門の中に視線を移すとそこには顎鬚を蓄えた、スーツを着た男性がいた。
「お、伯父さん!? どうしてここに?」
「どうしても何も、ここは八重樫の家じゃ。俺がおっても不思議じゃあないじゃろ」
蓮弥はそれが雫の家で何度か見たことのある雫の伯父であることを思い出す。蓮弥的には何をしているかよくわからない変な人だという印象だった。
「それで雫? 何か用事だったか?」
蓮弥はあえてここで聞き直す。
「別に、大した用事じゃないから。じゃあ、蓮弥。また明日ね」
雫はずかずかと自身の家に入っていく。すると入れ替わりのように雫の伯父、石神静摩が出てくる。
「なんじゃ、ええところを邪魔してしもうたかの」
「いえ、別にたいしたことじゃないらしいんで。じゃあ、俺もこの辺で失礼します」
蓮弥は頭を下げ、雫の家の前に止めてあったバイクを動かし、自宅へ向かっていった。
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(あの時……正直告白されると思った)
蓮弥は思い返していた。あの時の雫の表情からして、間違いなく大した用事だということがわかる。考えられることはあまりないが、もしかしたら、そういう話だったのかもしれない。
蓮弥は正直聞かなくてほっとしていた。もし聞いていたとしても不本意な返事しかできなかっただろうから。
今は駄目だと蓮弥は思う。もうすぐ例の日が訪れる。蓮弥の人生の大きな分岐路になるであろう日。もしその時に蓮弥の側に雫がいたら、彼女を巻き込むことになってしまうから。蓮弥にとって八重樫雫は日常の象徴なのだ。そんな少女が自分の都合で、後ろ暗い世界に巻き込まれるなど耐えられない。だからこそ雫の想いに応えることはできない。
(けど、けどもしも……)
蓮弥は考える。もしその日が訪れてもたいして変化が訪れなかったら。自分の気にしすぎであり、自分は神様とやらの特典のおかげで大したデメリットもなくその力を行使できるようになっていたとしたら。もしそんな蓮弥にとって都合のいいことが起こるのだとしたら。
蓮弥は雫とずっと、一緒にいたいと思う。
もうすぐその日が来る。蓮弥はその時、どうなるのかまだわからないが、それでもあいつが側にいてくれるようなことがあれば、その時はあいつに言いたいことがある。
当然この時の蓮弥は、雫の想いに応えられるようになるのが、まさか異世界に飛ばされて数か月後になることなど知る由もなかった。
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「そげな不機嫌な顔せんでもえかろう」
「別に、不機嫌な顔なんてしてない」
そうは言うが、雫の顔はいかにも私、不機嫌ですというような態度を崩すことはなかった。
「なんじゃ、まさかあの坊主に、告白でもするつもりじゃったんか?」
「別にそんな話じゃないわよ」
にやにや笑いながらこちらを見てくる伯父に対して、雫は冷静に答える。
「けなげなもんじゃのぉ、あの坊主がどこかに行くなら自分もついて行くて」
雫は蓮弥が近々どこかに行ってしまうということを察していた。根拠なんてない、完全な雫の勘だ。だが自分にはたまに物事が何となく直感でわかってしまう時がある。それを雫は良く思ってはいない。なぜならそれが行き過ぎると横で未だににやにや笑っている伯父のようになることがわかってしまうから。
「まあ、気持ちはようわかる。あの手の男は案外、純情に見えて目を離した隙に他の女をひっかけてくるタイプじゃけぇの。お前も気が気じゃ……」
「伯父さん……私を本気で怒らせたいの?」
雫はそろそろ鬱陶しくなってきた伯父を物理的に黙らせようとするが、それを察知した静摩はからからと笑いながらさっさと居間のほうに戻っていった。
「まったく、本当にそんな話じゃなかったのに」
ただ伝えるつもりだった。何があっても自分は蓮弥の味方だと。いつでも頼ってくれていいのだと。本当にそれだけだったのだ。今はまだ想いが届かないことは何となくわかってしまうから。
「けど……」
伯父がいらないことを言っていたのを思い出してしまう。蓮弥に他に好きな女の子ができる。もしそうなった時、自分はどうするのだろうか。
正直に言って引くつもりは全くない。蓮弥に限って悪い女に引っかかるということはないとは思うが、もしそんなことになったら手段を選ぶつもりはない。
だけど、もし彼にふさわしい。自分から見ても素敵な女の子だったら。
きっと私は……
「やめやめ。何考えてるんだろ、私」
今そんなことを考えても仕方がないと雫は頭を振って思考を入れ替える。そしてもう一つ、蓮弥への用事があったことを思いだす。
「これ、渡し損ねちゃったな」
雫はポケットからあるものを取り出す。それは手のひらに収まるサイズの小さな十字架。彼の妹に雫から渡すように言われていたものだった。なんでもこれから彼に必要になるラッキーアイテムらしい。
「まあ、明日学校で会うんだし、明日渡せばいいわよね」
そうして雫は忘れないように、制服のポケットの中にそれをしまい、明日に備えて休むことにする。
その十字架の中で逆神の罰姫は、今も後悔と苦悩により自らを罰しながら眠り続ける。
出会いはすぐそこに。その日が来るのを彼女はずっと待ち続けている。
>PARAISO
諦めなければいつかきっと夢は叶うが座右の銘などこかの社長が作ったでかいゲーセン。明晰夢の原理を利用したという最新のVRゲームマシンが取り揃えられているのが目玉の一つ。
>野澤祥子
本作ではオリキャラ。八重樫家の使用人。雫にとって数少ない姉みたいな人。ただし、このキャラの元キャラはわかる人にはわかるはず。つまり……
>ボトムレスピット
Diesirae登場人物、主人公 藤井蓮の悪友 遊佐司狼が根城にしているクラブ。電気系統を携帯で直せるように魔改造されてたり、所属しているやつらが結構有能で、やばい薬をバラまいている悪党を追い詰める正義の味方ごっこをしたりしてた結構やばい場所。たいてい壊滅する。
次回は予告通りメルド団長視点になります