前回メルド視点では何が起きたのかわかりませんでしたが、今回で判明します。
Light要素増し増しかつ独自設定の大売り出しなので注意。
始まりは些細なことだった。
その少年は何も家族を困らせようとしたわけではない。ある日、ふと気になっただけなのだ。
このまま自分が隠れたらどうなるのかを。
当時小学五年生だった少年は、ちょうど一人でなんでもやってみたくなる年頃であっただけであり、多分テレビのアウトドアの番組かなんかに影響されただけだと、思い返してみるとそんな感じだったはずだ。
だからこそ、家から勝手に食べ物やお菓子を持ち出して近所の公園に出かけた。
公園の遊具の中で一夜を明かす。
一体いつ、お父さんとお母さんは気づくのだろうか。兄や妹は? ひょっとしたら怒られるかもしれない。だけどそれでもよかった。
自分に気付いてさえもらえれば。
少年は人から忘れられる星の元に生まれたのだろうか。最初は幼稚園の頃、一人だけ迎えが来ず、ついには職員の人たちすら彼のことを忘れるなどということが起きたことが始まりだった。
別に両親から虐待を受けていたわけではない。三兄弟分け隔てなく十分な愛情を貰っている。
別に幼稚園の職員が職務怠慢を行ったわけではない。本当に気付かなかったのだ。
それからも似たようなことは続く。学校にて一人だけ名前を呼ばれないことなどしょっちゅうだ。酷い時には遠足の帰りに一人だけ置き去りにされたこともある。
そんなことが続いた少年は、家出でもすれば流石に親が慌てて駆け付けるに違いないと思っていた。家から公園までそう距離は離れていないし、少年は特別見え辛い位置に隠れたわけでもなかった。
無かったのに……
一日経っても迎えにはこない。ならもう一日待ってみよう。流石に学校にも顔を出さないならおかしいと誰かが思うはず。
二日経っても迎えにはこない。ひょっとしたら何か来れないわけがあるんじゃないかと思ったが、ここまでやった以上、中途半端なことをしたら負けた気分になると思い、続行する。
……三日が経過したころには少年は諦めていた。
ひょっとしたら、自分は本当はどこにも存在していないのかもしれない。今までの経験で少しずつ溜まっていた心の澱みが大きくなっていく。ならいっそ……
このまま本当に消えてしまえばいい。そう思った時……
「おい小僧。おまんいったいそこでなにしちょるんじゃ」
自分に向けて、声を掛けられた。
驚いた少年は慌てて遊具から飛び出す。そこにいたのは、少年から見て背の高い、変な髪形をしたおじさんだった。
白髪交じりとは言わない、綺麗に黒と白が分かれている髪型をしたおじさんはこちらを見て、何か頷いているようだった。
「なるほどのぉ。中々たいぎぃ性をもって生まれてきちょる。そのままじゃったら辛いじゃろう。……小僧、どうじゃ。ここであったのも何かの縁じゃ。俺に、任せてみる気はないか。俺ならその体質、生かす方法を教えられるけぇの」
これは彼のオリジン。
この時、この出会いが、後の彼の人生を大きく変えることになることなど。
変なおじさんこと石神静摩の手を取った当時の彼には、想像することすらできなかった。
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現在、異世界トータスにて、とある月が綺麗な夜。
「喜びなさい、主の役に立てることを」
神の使徒とやらがメルドに向けて銀色の魔弾を差し向けている。あれを喰らえば間違いなくメルドは死亡するだろう。メルドは何やら覚悟を決めたのか、後ろ手で何かを彼方へと飛ばしていた。おそらく記録用アーティファクトか何かだろう。だが早々にあきらめないでほしい。それじゃ何のために急いで駆け付けたのかわからない。
そのまま、闇を纏った影は高速でメルドに迫り、銀の魔弾が命中する前のメルドを抱えて飛ぶことで……間一髪救助に成功する。
「なっ、えっ、はあぁ!?」
せっかく全力で駆け付けてきた自分に対してメルドは驚愕を隠せないようだ。後数瞬遅かったら死んでいたのだ。その気持ちはわかるが……
「そんな声出さないでくださいよ、メルド団長。なんか気が抜けるじゃないですか」
「浩介ッ!?」
そうしてメルドは驚愕しながら、今自分を担いでいる人物の正体に気づく。
それは先程メルドと別れたばかりのちょっぴり影の薄い生徒である遠藤浩介だった。
「お前がなんでここに!?」
メルドは驚愕していたが、はっと我に返る。
「バカ野郎ッ! 何でここに来た!?」
「いや何でと言われましても……何か様子がおかしいからこっそり後をつけてみたんですよ。そしたらなんか、きな臭い空気になってきたんで、誰かを呼びに行こうとしたら窓から派手に脱出するメルド団長に遭遇してそのまま……」
と言ってみるがメルドは納得しない。
「そんなことが聞きたいんじゃないッ。……お前も見てたんならわかるだろッ。あいつは俺達の手に負える相手じゃないッ。まだ間に合う、今からでも俺を置いて……」
「どうやらそれも無理っぽいですね……」
浩介は背後から迫る気配を感じていた。後ろを探ってみると遥か上空から自分たちを追っている気配を感じる。間違いなく神の使徒の一体だろう。確かにこのまま逃げ切るのは難しそうだ。一人だけなら浩介の影の薄さで乗り切れるかもしれないがその場合、メルド団長は見捨てることになってしまう。
(仕方ない)
本当はやりたくはなかったのだが、こうなってしまった以上、仕方がない。腹を括るしかない。
「……メルド団長。すみません」
「謝る必要はない。むしろ巻き込んだのは俺……」
「そうじゃなくて、少し寝ててもらっていいですかね」
「は?」
そして浩介はメルドに対して最近習得したばかりのある魔法を行使する。
夜の闇は、さらに深くなっていく。
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場所は王都の郊外に広がる森の中。そこでは明かりが少なく、最近のこともあって近づくものは一人もいない。
遠藤浩介は必死になんとかここまで逃げてきたのは良いものの……
「追い詰めましたよ人間。時々私の認識から消えるその力は中々興味深いですが、もう見逃しません」
深まる闇の中、月の光を浴びて輝く銀翼を広げながら、神の使徒が上空に浮かんでいる。どうやら予想通り逃げ切れなかったようだった。ここで諦めてくれたら楽だったのにと浩介は内心ため息をつきたくなった。
「あの男をどこかに隠したようですが無駄なことです。あなたを早々に始末してから探せばよいだけのこと」
まるで浩介のやったことは無意味だと言わんばかりのセリフを受けても浩介は何も言わない。ただじっと神の使徒を見続けていた。
「ようやく観念したようですがご安心を。苦しみはありません。むしろこれから主の役に立てることを光栄に思いなさい」
銀の弾丸を生成し、こちらに狙いを定める神の使徒。そこでじっと見つめているだけだった浩介がようやくその口を開き始める。
「なあ、一つ聞いていいか? あんたメルド団長をどうするつもりだ?」
「決まっています。主の駒として作り変えるのです。……正直あの程度の人間を駒にしてもたいして意味はない気もしますが、主の命令です。あなた達人間は、一人残らず主の所有物なのですから、こういう時にこそ役に立つべきでしょう」
その浩介の言葉に神の使徒は淡々とした口調で答える。メルドの問いにもペラペラ答えていたところを見ると、中々口が軽いらしい。それともどうせ殺すのだから言ってもいいと思っているのか。
「……あの人はさ、影の薄い俺にも気にかけてくれるいい人なんだよ。そりゃ時々忘れられることはあるけど、そんなの俺の人生の中では当たり前のことだし。……だからしょうがないよな。恩人のピンチだし。だからさ……」
どうやらこのまま話を続けるつもりはないらしい。言葉の途中であるにも関わらず、神の使徒は銀色の弾丸を浩介に向けて放つ。メルドに放たれたのと同じ規模の力。当たれば自分など生き残ることはできない脅威に対して、遠藤浩介は
「ッ!?」
「調子に乗ってんじゃねぇぞッ、木偶人形ッ!」
いつものように自分を見失った敵に対して、浩介は懐から大ぶりのナイフを取り出して構える。それはこの世界で手に入れた、所謂アーティファクト……ではない。それは遠藤浩介が
この自惚れが激しい神の木偶人形に教えてやらなければならない。なぜ自分がわざわざこんな人気のない場所を選んで逃げたのかを。一体どちらが誘い込んで追い詰めているのかを。
いつものように地味に、そして確実に敵を仕留めるために──
──さあ、深淵卿を始めよう。
「創生せよ、天に描いた星辰を────我らは煌めく流れ星」
浩介は己の中にあるスイッチを起動させるために詠唱を行う。実のところ、これに関しては自己暗示以上の意味はないし、それっぽいセリフだったら何でもいい。ただ浩介には必要なのだ。ただの影の薄い彼らのクラスメイトの一人から……裏の世界の住人に変わるためには。
「これは一体!?」
浩介は現在、神の使徒の視界から完全に消えていた。神の使徒の優れた感知能力でも何も掴めない。彼女からしたら止めを刺すだけの得物がいきなり消えたことに驚愕しているのだろうが。そんな隙だらけの状態を見逃してやるつもりは浩介にはない。使徒に向けてナイフを振るう。
「くッ!」
首を狙って振るわれた刃は浅く相手を傷つけただけではあるが、一応攻撃は通ることを確認した。ならば……
ナイフと同調を進める。これにより本来、ある特別な存在しか使用できないはずの場所から力を汲み上げることができるようになる。
浩介の目が蒼く輝く。それはかつて、神の使徒を下した雫が宿す光と同種のもの。
邯鄲の夢と呼ばれる力。
「さあ、始めようか。今宵は月が魔性の輝きを放つ夜。されど月は我の敵にあらず。なればこそ、貴様にこの先の未来はないと知れ!」
「貴様は……」
神の使徒がようやく警戒を強める。異世界の住人の中の一部には、こちらの理解できない力を行使するものがいることを、倒された使徒たちによる共感で知っていたがゆえに……
問いかけられた浩介は少し悩んだが答えてやることにする。おそらくこれを境に本格的に自分も動かなくてはならなくなるだろう。なら覚悟を決める意味でも、ここに宣誓する。自分が何者なのかを。
「対異能特別対策組織『神祇省』……特殊部隊『鬼面衆』が一人、”泥眼”、押して参る!」
今宵の闇は……これよりさらに深くなっていく。
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浩介は闇夜に隠れて行動を開始し、ナイフを振るう。神の使徒との間にあるステータス差によりダメージは微々たるものだが、一応攻撃は通っている。ならば勝てない道理はない。神の使徒も闇雲に呼び出した剣を振るってくるが見当違いの方向だ。そんな攻撃では今の浩介にはかすりもしない。
「全パラメータオール一万二千。しかも全ての神代魔法搭載済みとは……中々大したものだな」
まるでお前の情報などお見通しだと言わんばかりに、自身の目で見透したステータスを相手に暴露した上で再びナイフを振るう。神の使徒は今度はナイフで傷がついた瞬間。そこにいるであろう浩介に向かって超高速で剣を振るうが当たらない。返す刃で再び切り付けてやる。
「くっ!」
「無駄だよ……俺は闇だ。光がある限り闇はある。闇は永遠だ……誰にも消すことなんてできない」
神の使徒は周りを覆いつくす勢いで、銀の羽の弾丸をまき散らすが関係ない。今の浩介は闇だ。あらゆる物理法則や自然現象も、今の浩介を完全に見失う。浩介は適当に攻撃を躱して反撃を行う。
神の使徒はその正体不明の攻撃に対して対策を練るために、防御を固める選択を取る。負っているダメージは極小だが、正体がわからないのでは対処ができない。現状取れる防御魔法と分解魔法を纏うことで防御を行う。敵対者のパラメータでは突破できるはずがない魔法だ。これで時間を稼いで正体を探る。だが……
「ガァアアアッッ──!?」
その防御をあざ笑うかのように、全身に痛みが走る。まるでそんなもの意味がないと言わんばかりに、防御魔法全てを無視して行われる攻撃の前に神の使徒は、得体のしれないものを感じてしまう。
「なあ、お前……なんでこんなことしてるんだ?」
浩介の声が空間から響くように広がる。声の出所が全くわからない。まるで周囲の闇が声を発しているかのよう。
「あんたのステータスなら、今いるメンバーなら無双して愛子先生を誘拐することなんて容易いはずだ。なのになぜそれをしないのか……」
浩介の攻撃は続いている。その真綿でじわじわと首を絞めるような攻撃に感情に乏しい神の使徒にも焦りが生まれてくる。
「いったい何が言いたいのです?」
神の使徒は少しでも情報を手に入れようと話に乗ることにした。だが声は響けどその場所を特定することができない。
「なんで外堀を埋めてから先生を狙うなんて非効率のやり方をやっているのか……当ててやろうか」
「怖いんだよな……藤澤蓮弥が」
ビクとその声に反応する神の使徒。闇の中に潜む浩介はその反応を見て言葉を続ける。
「藤澤はこの王都には神の使徒はいないって言ってたからな。おそらくあんたは藤澤達が去った後にここに来た個体なんだろうが、あんただって藤澤と例の使徒との激突は感知していたはずだ。……だからわかっちまったんだろ。自分では何をしても藤澤蓮弥に勝てないと」
神の使徒は銀の弾丸を周囲に放つことで牽制したが、それをあざ笑うように攻撃が加えられる。
「だから裏でコソコソしてるんだよな? もし派手なことをして、いなくなった藤澤が戻ってきたら困るから。全く、藤澤がいなくなった後を狙うなんて、あんたの主とやらも、とんだチキン野郎だな」
「調子に乗らないでください! どんな手段で攻撃しているのかは知りません。けどここにいるのが確かなら……」
遥か上空に飛び上がり魔法陣を展開する神の使徒。膨大な魔力を練り上げ、魔法陣に注いでいく。
「辺り一面を丸ごと吹き飛ばせばいいだけの話です!」
地上に向けて無慈悲にも無数の魔法陣から多数の属性の魔法がまるで閃光のように地上を照らす。つい先日蓮弥とフレイヤの戦いで傷ついたばかりの大地にまたもや傷跡が刻まれていく。地上の闇を丸ごと払うかのごとき攻撃は爆炎により煙を上げる。
「これなら……」
魔力量自体は大したことがない雑魚だった。奇妙な技を使っていたが、所詮小細工だ。純然たる力にはかなうはずもない。
「はい、残念賞」
「ガァアアアア──ッ!」
そんな神の使徒の思いを無視するように、空中高く浮かび上がっていた神の使徒の全身が切り刻まれる。
気が付けばまた闇が濃くなったような気がする。神の使徒は混乱していた。
アンノウンやイレギュラー、そしてイリーガルといい、主は一体、どこから何を召喚してしまったのか。主のやることに間違いなどあるはずがない。だが追い詰められた神の使徒は思ってしまうのだ。もしかして主は、とんでもない場所から得体のしれないものを呼び寄せてしまったのでは、と。
再び切り刻まれる神の使徒。ダメージ自体は極小ながら、それも積み重なってくれば話は違う。肉体的ダメージは主から供給される無限の魔力による回復魔法で簡単に治療可能な範囲でしかないが、精神的ダメージはそうはいかない。
何もないはずの場所から飛び出す凶刃。それを幾度も受けて神の使徒は思ってしまう。
「はい、チェックメイト」
実は浩介とて余裕があるわけではない。自分のパラメータは目の前の使徒とは雲泥の差であり、そもそも自分の資質が直接戦闘に向いているとはいい難いのは自分がよく知っていた。本来であればこうやって直接戦闘に持ち込まれている時点で悪手極まりないのだが……
遠藤浩介は、藤澤蓮弥のような圧倒的な戦闘力も、南雲ハジメのような無尽蔵の手札も持ってはいない。
たまたま、変なしゃべり方をする白黒のツートンカラーの変な髪形のおっさんに見つけられて、邯鄲なんて怪しい術の、ある一つの分野に異常に特化していたゆえに、いつの間にか裏の世界に関わるようになってしまっただけの人間だ。
そう、遠藤浩介には一つのことしかできない。それが通じないとなると素直に逃げるしかなくなる。だが、だからこそ、遠藤浩介はそのたった一つの特技に関しては、絶対に詰めを誤らない。
そう、何度か深い傷を与えられそうな機会があったにも関わらず、それでも浅い傷を作るだけに止め、じわじわと揺さぶりをかけ続けたのは全て仕上げの一撃のために。
夢の力、つまり想像力がそのまま現実を歪める力になる邯鄲の夢において、自身の想像を固有技に昇華する位階がある。それが五常・破ノ段。通称破段と呼ばれる位階だ。
例えば自身が怪物だと思い込むことで、自身を本当に怪物に変える夢があったとしよう。その力は術者が夢に描いた通りに自身を怪物に変えることができるが、実はこれだけでは大した力は発揮できない。もちろん術者の適正やレベル次第ではあるが、集合的無意識と呼ばれる場所から力を引き出す邯鄲に、一人の想像力だけでは限界がある。当然他の夢で迎撃可能なレベルではあるし、敵の解法の資質が高ければ、夢を解体されて終わりという可能性もある。
だがこの夢を文字通り必殺技に昇華する技法が存在する。
それが『協力強制』。
条件付けとも呼ばれるその技法は、先の例なら自身を怪物だと思い込んで自身を怪物に変える夢に対して、相手の意思を巻き込むのだ。例えば怪物になった自分を見てどう思うか、相手の無意識に問いかける。もし敵対する相手が、怪物になった自身をまごうことなき強大な怪物だと恐れてしまったら、そこで両者の間にある種の協力関係が成立する。自身は怪物だ、そして相手もそれを認めた。そうなるとその夢の力は相手の力を上乗せして強化されるのだ。
相手の力を利用するという性質上、仮に両者の間に大きな差があったとしても、十分戦況をひっくり返すことのできる必殺技になりえる。
浩介の行ったこともそれに当たる。
自分は闇だと言った。
そのイメージを裏切ることなく、徹底的に闇からの奇襲のみを行い続けた。そして神の使徒はこう思ったのだ。
ならその瞬間、両者の間に協力強制は成立する。すなわち……
闇は襲い掛かるものであると。
「闇よりもなお暗き底より、嘆きの顎を持ちし黒獣は現れる」
協力強制と三種類の夢を掛け合わせて発動する必殺技。
「闇のベールを身に纏い、備えるは疾牙影爪。死に絶えろ、死に絶えろ、全ては夢幻の中に溶けて消える」
それこそが五常・急ノ段。
「暗き亡者よ天へ轟け、深淵を持って、その喉笛に牙を突き立てるのだ」
現状確認されている夢界戦術の奥義。
「──急段・顕象──」
「
空間が歪み、あふれ出した闇が神の使徒の全身を覆いつくす。
「!!?」
もはや突然起きた現象に神の使徒は声を出すことすら許されない。
そして身動き一つとれなくなったその身に、煌めく刃は姿を現し……
神の使徒の力をも利用したその一撃で、容赦なく神の使徒の首を跳ね飛ばした。
生き別れになった首と胴体は、闇より召喚された、暗黒の顎の中へ誘われ……
溶けるように跡形もなく消滅した。
結局最後の瞬間まで、神の使徒は何が起きているのかもわからず、その機能を永遠に停止させたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あー、しんど」
神の使徒が自らの急段により、跡形もなく消え去ったのを確認した浩介が、無造作に地面に寝転ぶ。
危なかった。遠藤浩介はさきほどの戦いをそう評価する。
一見一方的に見えた戦いだったが、浩介の内心は冷や冷やしていたのだ。攻撃を透過することができるとはいえ、明らかに自分より格上のステータスを持つ相手に対して、精神的負担は相当なものだったのだ。自分の力は精神状態に影響するものであるため、深淵卿モードになっている間は自分との戦いだ。ほんの少しでもビビったら負けてしまう。
特に自分のように解法に異常に特化しているような特化型の術者の場合、自分の手札が通用しないとお手上げになってしまう。つくづく雫の高いレベルで纏まった万能型の資質が羨ましくなる。
浩介は手に持っている、この世界に来る前から使っている相棒を眺める。月明かりに照らされた大ぶりのナイフは刃こぼれ一つなくそこにある。
大正時代、邯鄲法が逆十字の死により失敗に終わった後、邯鄲法は一部の技術を拡散させこそしたが、神祇省によって厳重に管理された。拡散した一部の情報だけでは大したことはないとその時は思っていたのだが。ある世界的な事象によりそうも言っていられなくなる。
第二次世界大戦の勃発。
ドイツ軍によるポーランド侵攻により端を発するこの世界大戦は、多くの悲劇を産み出した。
だが世界の歴史書には語られない真実が存在する。
それはこの戦争がある男の目的のために引き起こされたものであるということである。
ドイツが極秘で進めている研究を感知した当時の神祇省は調査の結果、驚くべき事実をここにきてようやく知ることになった。
邯鄲法を完成させるため、数多の外道行為に手を染め、最終的に世界全てを呪いながら憤死した逆十字に、血を分けた息子が存在することが発覚したのだ。
その息子は父親と同じ呪いを生まれた時から有しており、その呪いの克服に、父と同じく邯鄲法に目をつけるのは自明の理だった。その二代目逆十字は当時、ナチスドイツに所属していた狂気の女マッドサイエンティスト、レーベンシュタインと手を結び、戦争という狂気を隠れ蓑に、父とは違う新たな邯鄲法を模索していたのだ。
それに気づいた神祇省はすぐに二代目逆十字を討つべく刺客を放つが、一部再現することに成功した彼の邯鄲の力の凶悪さの前に倒れるしかなかった。自分達だけでは手に負えないと悟った神祇省は、ヨーロッパの裏に潜む秘密組織アドラーに接触して応援を要請。
激戦の末、最終的にアドラーに所属していたドイツ軍の大佐である、悪の敵たる鋼の英雄により二代目逆十字、レーベンシュタイン共に討たれたことで再び逆十字の野望は阻止されたのだった。
その後も英雄関連で事件はあったのだが、大事なことはそれによりレーベンシュタインが開発した新たなる邯鄲の技術は神祇省にも齎されたということだ。
戦争という狂気とそれを超える凶悪な怨念により産み出された、夢と繋がり、その場所から力を汲み上げることを可能とする夢の特殊合金。その特殊合金を、当時の人たちは夢と繋がる架空の鉱物ということから、『アダマンタイト』と名付け、運用するようになった。
そして戦争から半世紀、当時あった危険要素などを廃したアダマンタイト製の武器を用いることで限定的に夢を持ち出すことができるようになり今もそれが使われている。
「どうやら終わったみたいね。無事なの?」
物思いに耽っていた浩介の前に見知った顔が姿を現す。どうやら戦闘を観察し、終わったとみて姿を現したらしい。
「まあ、なんとかな。この通り、五体満足ですみましたとも」
浩介は立ち上がりおどけたように言うが、目の前の少女には受けが悪かったらしい。
「誰もあんたの心配なんてしてないし。私が気にしてるのはアダマンタイトよ。まさかとは思うけど破損させたりしてないでしょうね」
「ああ、そっちかよ。この通り大丈夫だよ。傷一つ付いてない。……全く、これでも激戦だったんだから心配してくれてもいいんじゃないか」
浩介が抗議するが目の前の少女はどこ吹く風だ。浩介から受け取ったアダマンタイト製のナイフを手に取り、懐から取り出した魔力による充電が可能な特殊スマホを手に、軽くチェックを始める。
「バカね。人間の身体は多少の傷なら回復するけど、金属はそうはいかない。そう簡単に壊れるものじゃないとはいえ、補給を受けられない現状、これが駄目になったら……あんた戦えなくなるわよ」
「わかってるよ……」
それを言われたら何にも言い返せない。浩介は黙るしかなくなる。
「尤も、あんたがアダマンタイトを、私という
「そんな高度な魔術、俺に使えるわけないだろ。……これからも頼むよ、
浩介はナイフを点検している同じ永山パーティの一員であり、付与術師でもあるクラスメイト、吉野 真央にそう懇願した。
「どうやら問題なさそうね。まぁ、近い内に一度調律する必要があるから、その時は付き合ってもらうわよ」
「ああ、わかった」
現代の邯鄲法の主流であるアダマンタイトを用いた夢界の干渉は、盧生の素質がなくても夢に入れるという利点を有している代わりに、定期的にアダマンタイトの点検と調律を行う必要があるという欠点も備えている。
歴史の闇が生み出した二人の天才による狂気によって作られたアダマンタイトは、今も扱いが難しい代物だ。それ故に生体である人体と金属であるアダマンタイトの波長を合わせられる技術者は少ない。
地球にて、そういう魔導科学を用いる連中のことを機工魔術士と呼ぶが、その中でも特に優秀な一部の機工魔術士のみアダマンタイトの調律を可能とする。そしてそれを可能にする技術を持つ一部の機工魔術士を
浩介にとって何より幸運だったことは、この仕事上のパートナーと共に異世界に転移されたことだろう。自分でアダマンタイトの調律ができない以上、そのままにしておけばおそらく一月くらいで浩介は夢界に接続できなくなっていた。彼女がいてくれるからこそ、自分は過去も今も、そしてこれからも十全に裏で活動することができるのだ。
「俺も八重樫みたいにアダマンタイト無しで、邯鄲が使えたらなー」
「無茶言わないで。雫が使ってるのは過去失敗に終わったオリジナルの邯鄲法であって、私達が使うものとは全く別物よ。それに……未完成のオリジナルに適当にアレンジを加えて一発で起動に成功させるなんて無茶苦茶、あの人以外にできないわよ」
浩介の脳裏に、いつも適当な自分たちのボスの高笑いが浮かび上がってくる。真央の脳裏にも、魔導工学のまの字も理解していない癖に、いつも結果を出してしまうボスが浮かび上がり、内心頭を抱えていた。
「それに仮に起動したとしても魔術の才能がからっきしのあんたに使えないと思うわよ」
「なっ、失礼な。俺だってこの世界に来て魔法が使えるようになったんだぜ」
そして浩介はちょうど自分の真上遥か上空に
「どうだ。俺が訓練を度々抜け出して、南雲達を探してた際に手に入れた重力魔法は、触れた相手を無重力にすることができる」
「それ、あんた邯鄲でもできるじゃん」
「……」
……出鼻を挫かれてしまったが、まだ手札は残っているのだ。浩介は挫けることなく次の手札を真央に開示する。
「つい最近手に入れた魂魄魔法。これで相手の記憶とか消すことができる。これで神秘の秘匿とかもできるようになったぜ」
「それ、魔術が使える人間ならだれでもできるから」
「…………」
浩介はがっくりと項垂れる。自分の才能の無さに絶望していた。
「全く、わざわざ雫と藤澤をストーキングして手に入れた魂魄魔法なのに、そんなことしかできないなんて。相変わらず何かに異常に特化してるというか……」
実は蓮弥と雫がバーン大迷宮に挑戦している際に、浩介も
「いいんだ。俺なんてどうせ影が薄いくらいしか特技がないんだから」
「そこまで言ってないでしょ。全く、いざとなったらちゃんとカッコよくなるって知ってるし」
「なんか言ったか?」
「別に何も。ほら、あんたに頼まれてた装備の調整、終わったわよ」
真央の天職、付与術師はトータスでは主に、他人の肉体や魔法を強化したりする縁の下の功労者的な戦闘職だとされているが、もちろん武器に魔法を付与したりもできる。ただし、その効果は一時的であり、それを永続的にかける方法はトータスではないとされてきたのだが……
「これって永続付与だよな。てことはコンパイルってやつが終わったのか」
「ええ、なんとか私の魔術をこの世界のプラットフォームに合わせることができたわ。これでもう……仲間に不出来な物を渡すことなんてなくなる」
浩介は知っている。目の前の相棒が、あの魔人族の襲来にて、雫に渡した強化付与済みの剣が折れた時、爪が食い込まんばかり拳を握りしめて悔しがっていたのを。
南雲ハジメを発明家とするなら、吉野真央は職人である。技術屋として、死地に赴く仲間に対して、あんな不出来な代物しか渡せなかったのが屈辱の極みだったのだろう。あの日以来、今まで後回しにしていた魔術のコンパイルとやらを鬼気迫る勢いで行っていた。
「難儀だよな。この世界に来た途端、ほとんどの魔術が使えなくなるなんて」
「世界のルールが違うんだから仕方ないでしょ。人類さえ繁栄していれば、どこでも使える邯鄲法が規格外なだけよ。……苦労したわよ。この世界の魔法の詠唱は神への信仰を刷り込むサブリミナルだらけで気色悪いし、おまけに魔術の基本中の基本である魔力操作が禁忌扱いとか……ここは原始時代か!」
ぶつぶつ文句を垂れる真央の言葉に気になるものがあったので、浩介は質問を行うことにする。
「待ってくれ。詠唱に神への信仰を刷り込むサブリミナル!? それって結構やばいんじゃないか」
もし、それが本当ならクラスメイトの中にも神への信仰者が現れるかもしれない。
「大丈夫よ。サブリミナルだから影響は微々たるものだし。百回やそこら魔法を使っても大した影響はないわ。それこそ何年も魔法を使い続けることで効果がでるものだから」
浩介はそこで安堵する。場合によっては仲間に魔法を禁止しなければならなかったかもしれないからだ。
「まあ、もちろんこの世界の魔法を使わないに越したことはないけど。……例外は神代魔法くらいね。あれは原初の魔術に近いから」
「神代魔法ってお前、使えないのになんでわか……」
そこでつい癖で真央のステータスを透視して気づく。彼女の技能欄に生成魔法が追加されているのを。
「おまッ、いつオルクス大迷宮を突破したんだよ」
「突破してないわよ。さっき言ったコンパイルが終わったら自然に増えてただけ。……神代魔法を手に入れる手段は大迷宮攻略だけじゃないってことでしょ……ていうか」
真央は浩介に近づき、思いっきり脛を蹴り上げる。
「ぐおぉ!?」
「前から言ってるわよね? 勝手にステータス覗くなって」
「悪かった。ついな」
「それで……これからどうする? ……あんたの所にも静摩さんのメッセージ届いたんでしょ」
つい数日前、頭の中にボスである石神静摩のメッセージが届いた。
そのメッセージの中身を要約すると……
いままで見つけられなかったがついさっき観測に成功したこと。
観測したとはいえ、未知の異世界である以上。しばらく支援などはできないこと、もちろん逆召喚もできないということ。
遠藤浩介と吉野真央両名は各自、己の判断で行動せよ。できればクラスメイト及び先生は、どんな形でも全員生存させて帰還するのが望ましい。
ということだった。
「……だからどうするのよ。今王都で起こってること、そのまま放置してたら取返しがつかなくなるわよ」
「わかってるんだけどな。……あークソ、もうちょっと発見が早ければ穏便に解決できたのに」
遠藤浩介が王都の異変に気付いたのはつい最近のこと。蓮弥達とほぼ同じタイミングで王都に帰還したころだった。だが気づいた時には後の祭り。割とシャレにならない被害が出た後だった。
「まあ、とりあえず最悪
「どうしたのよ。何か気になることでもある?」
「……なんか王都の裏で動いてる奴がいるような気がする。そいつに全部持っていかれなければいいけどな」
とはいえ命令された以上、最善は尽くさなくては行けない。
後の世で、姿なき死、影の中の暗殺者、深淵卿、魔王に並び立つもの、
……いつものように、誰にも気づかれることなく地味に……
執筆時BGM:銀狼の刃
>遠藤浩介
アフター白紙化現象をその影の薄さで乗り越えた男。みんな大好き深淵卿。本作では、Light要素を組み込んで魔改造されている。
改造モデルはゼファー・コールレイン。
色々な意味で√一本分の経験をしているので、多分召喚時点ではクラス最強だった。
浩介の急段や詳細設定は資料集にて記載予定。
>浩介の資質
解法の透。それ一点特化。それ以外の資質はほとんどが並み以下だが、解法の透に関しては静摩も太鼓判を押す天賦の才。本人は万能型がいいとぼやいている。
>重力魔法と魂魄魔法について
魂魄魔法については何人か予想されていたように、蓮弥と雫の後を浩介がついていったから、スープが足りないのもこいつが飲んでたから少なかっただけ。
重力魔法については罠を全スルーしてただ歩くだけで攻略しています。自動ドアが開かないのにミレディの罠が起動するわけない。
以下その時の様子
ミレディ「ふん♪ふん♪ふん♪ さて、今日も練炭からもらった神結晶であのクソを倒すために……」
フォン(神代魔法を与える魔法陣が起動した音)
ミレディ「何事ッ!!(周りを見渡すが誰もいない)」
ミレディ「ええ、怖ぁ~。後でメンテしとこ」
浩介「(目の前にいるんだけどな、けど魔法陣が起動してよかった)」
みたいな感じ。
>アダマンタイト式邯鄲法
この世界で主流の邯鄲法。使う組織によって特性が違うが、浩介の場合は特性は神祇省で詠唱はアドラー式。アダマンタイトでは急段までが限界であるとされているが、もしアダマンタイト以上の超合金がどこかで研究されているならその先もあり得るかもしれない。
メタ的に言えば、戦神館の邯鄲とシルヴァリオの星辰光のミックス。
>吉野真央
一応原作キャラだがもはや半オリキャラ。原作ではぶっちゃけ深淵卿より影が薄い。本作ではカトレア襲撃の際に雫の武装を強化付与した。
浩介とはこの世界に来る前から共に仕事を行うパートナー。彼女がいてこそ、浩介は十全に戦えるようになる。
魔術を使った技術者であり、ハジメを発明家とするなら彼女は職人。使えるレベルの錬成魔法が使えないので作るという意味ではハジメが上手だが、生成魔法による魔法付与の精密さなら彼女が上。ただし浩介同様、よっぽどでもない限り、裏役に徹するつもり。
さて、これから深淵卿による無双がはじまり……ません。
彼が目立つと彼ではなくなるのでおそらく本編では彼の活躍を書くことは多分ないと思います。裏でなんか頑張ってるくらいに思ってくれれば。あっても幕間くらいでしょう。
もし作者が本編を完結させられたら。「ありふれた日常へ永劫破壊外伝~シルヴァリオ・アビスゲート」の連載が始まるかもしれない。その際はDies要素が薄くなってシルヴァリオシリーズ要素が濃くなるはず。
今回の話はLight要素が濃くなったので、戦神館シリーズやシルヴァリオシリーズをよく知らない。もしくはありふれの二次創作を見に来た人にとっては辛かったかもしれません。
ですがご安心を。
本日、7月8日にて、ありふれた職業で世界最強のアニメが始まります。そこでありふれ要素を十分に吸収していただければ、きっと楽しい気分で一日が終わるはず。
そして次回は、いよいよ修羅場勃発。女二人のガチバトルです。