ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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アニメ第7話

ギャグを挟むと面白いことに気付く。特に人工呼吸時にシアがハジメを捕食したあたりとか。


怪物退治

 淡い光が海面を照らし、それが天井にゆらゆらと波を作る。

 

 その空間には、中央に神殿のような建造物があり、四本の巨大な支柱に支えられていた。支柱の間に壁はなく、吹き抜けになっている。神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。また、周囲を海水で満たされたその神殿からは、海面に浮かぶ通路が四方に伸びており、その先端は円形になっている。そして、その円形の足場にも魔法陣が描かれていた。

 

「どうやら攻略したみたいだな」

「些か拍子抜けだな。てっきりあの化物が襲ってくるぐらいはあると思っていたんだが」

 

 蓮弥は無事攻略できたことに安堵したが、ハジメは拍子抜けだと感じているようだった。もしかしたらあのゼリーの怪物に対する対抗手段を考えていたのに試す機会がなくて不満なのかもしれない。

 

「今回はハジメのアーティファクトに助けられましたね。本来ここに来るまでの工程で試練は半分終わっているみたいなので」

 

 ユナ曰く、ここに来るまでに普通なら大量の魔力を使用しているはずであり、さらに道中の敵は魔力攻撃しか効かない仕様になっていた。おまけに精神的攻撃も加わっているとなれば、恐らく魔力的に壁の一つや二つ超えなくてはクリアーできないくらいの難易度になっていた筈だということだった。

 

 そして程なくしてユエ達別行動のチームも合流してきた。

 

「いいタイミングだな。そっちは大丈夫だったか?」

「もし怪我をしてたら治療するけど?」

「ん……問題なし」

「魔力を纏った攻撃が通用したのが幸いでした。物理攻撃完全無効ならやばかったですぅ」

「シアはほとんど物理攻撃以外の攻撃手段がないからのぉ、もちろん妾も大活躍だったのじゃ。だからご主人様よ、ぜひ、ご褒美を所望するのじゃ」

「ああ、ティオさんだけずるいですぅ。ハジメさん、私にもご褒美を〜」

 

 どうやら問題なく攻略できたようだ。ハジメはシアの頭を撫でてやりつつ、ティオを足蹴にしている。シアはえへへと笑い、ティオがアヘェと笑う。その光景をまるで母親のような慈愛の顔で見守るユエ。

 

 その光景を見て色々安定してきたなと感じる蓮弥。

 

 

 そしてユエ達の話を開いたところ、ユエ達も蓮弥達と似たような工程を辿ったらしいことがわかる。違うところと言えば陸上か、海上かの差くらいかと蓮弥は考える。そして話は道中での蓮弥の行動に移る。

 

「お前、途中で妙な行動してたよな。あれはどういう意味だったんだ?」

「ああ、あれか。……そうだな、お前達も知っておくべきか。ユエ、お前達が経験した過去の映像の中に、銀髪の女がいなかったか、割と重要な人物の側にいるのに違和感があるような奴だ」

「……確かにいた。それがどうかした?」

 

 嫌な事を思い出したという顔をするユエ。見ればティオとシアもいい顔をしていない。どうやら流石に目の前で起こった悲惨な光景は映像だとわかっていても相当応えたらしいとわかる。

 

「間違いない。俺も雫も何度か交戦している。あれが……神の使徒だ」

「!? そうか……あれが」

「過去の映像に出てきた奴が俺たちが遭遇した奴だとは限らないけどな。どうやら奴らは同じ顔の個体が何体もいるらしい。……一部特殊な個体もいるようだし、歴史の裏で暗躍してきたんだろ。……この世界で種族間の戦争が何百年も終わらないのはそのせいだ。恐らく和平が纏まる段階になったら神の使徒が介入して全てを台無しにする。……それがエヒトのやり口ってことだよ」

「……最低最悪ですぅ」

「間違いなく下劣な性格してる」

「……もしかしたら過去起こった竜人族の迫害にも……関与しておったのかもしれんの」

 

 ユエ、シア、ティオは嫌悪感を隠そうともしない。特にティオは過去迫害された経緯に神の使徒が関わっているかもしれないと思うと心中穏やかではないらしい。

 

「神の使徒だろうが関係ねぇよ。たとえ相手が誰であろうと、邪魔するなら叩いて潰す。今までも、そしてこれからも……ただそれだけだ。そうだろ?」

「ハジメ……」

「ハジメさん……」

「ご主人様……」

 

 珍しく沈んでいたティオの頭に軽く手を置いた後、獰猛な顔を隠さずに宣言する。そう、いつだってハジメの心は変わらない。奈落の底で不本意ながら磨きあげることになったその闘争心と渇望は、きっと今の蓮弥に負けていない。その表情を見て、ハジメガールズが何やら顔を赤くしている。

 

「そっか、そうだよね。それが今のハジメ君なんだよね」

「全く、相当強敵だし相手は曲がりなりにも神の眷属なのよ。それなのにこの態度。本当に奈落の底で何があったのよ」

 

 香織が何かに納得するように頷き、雫が呆れつつもその胆力を賞賛する。そしてハジメの想いは蓮弥とて賛同できる。

 

「そうだな。奴らは害虫みたいなものだ。見かけたら徹底的に駆除するくらいでちょうどいい。今のお前達でも油断できる相手じゃないけど、倒せないことはないはずだ。ただ……」

「どうした?」

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 蓮弥の脳裏にある使徒の姿が浮かんでくる。理屈では神殺しの創造をまともに受けて生きているわけないのだが、蓮弥は勘とも言える感覚で殺しきれていないと感じていた。もし奴が復活してくるならハジメ達でも荷が重い。その時は……

 

(また、俺が相手しなくちゃいけないんだろうな)

 

 できれば前回で終わっててほしいと心底思う。あいつの相手は色々な意味で疲れるから。

 

『……蓮弥、まだ試練は終わっていません。早く攻略を完了することをお勧めします』

「……そうね。バーン大迷宮みたいに、最後の試練が魔法陣に仕掛けられているパターンがないとも限らないし……」

 

 話を中断するようにユナと雫がさっさと攻略を済ませるように促す。心なしか少し機嫌が悪くなったと感じるのは気のせいだろうか。

 

 

 だが、雫の懸念に反して、神代魔法はあっさり手に入った。どうやら本当にあれで攻略完了でいいらしい。割と過酷な試練だったからか、大した確認プロセスもなく全員無事に入手することに成功する。

 

「ようやく再生魔法習得か。これで……」

「ハルツィナ樹海の大迷宮を攻略できる」

 

 ちょうど大陸の正反対の位置に再生魔法があるあたり意地の悪さが見えてくる。恐らくこれも試練なのだろうが、ハジメの自動車がなければ何年かかったかわからない。

 

 そしていつもと同じように解放者の映像が浮かび上がってくる。祭壇に腰掛ける彼女は、白いゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っていた。もっとも蓮弥はミレディの部屋で姿を知っていたが。

 

 

 彼女は、オスカーと同じく、自己紹介したのち解放者の真実を語った。おっとりした女性のようで、憂いを帯びつつも柔らかな雰囲気を纏っている。

 

「もしあなたが、ラウス・バーンの大迷宮を攻略したものならわかるでしょう。狂気に蝕まれるということがどういうことなのかを。試練で見た出来事は、決して他人事ではないのだと」

 

 そして締めの一言として、自分の意思で歩くことの大切さを語り消える。そしてメルジーネ大迷宮を攻略した証であるコインとエンブレム付きの指輪が人数分与えられる。

 

「ユナ、帰る準備を頼む」

聖術(マギア)5章5節(5 : 5)……"風精結界"

 

 ユナが全員を包み込むように空気のバリアを形成する。

 

「お前ら構えとけよ。見た目はともかくミレディ曰く、大雑把なドSらしいからな。たぶんこの後起きるのは……」

 

 そして蓮弥の予想通り、いきなり水位が上がり出した後、天井から水が勢いよく吹き出し蓮弥たちを押し流す。ユナの風の結界がなければまた溺れる心配をしなくてはならなかっただろう。

 

「なんというか……解放者の皆さんは押し流すのが好きなんですかね」

「ミレディの時も大火山の時もそうだったからな。ここまで同じだと芸がないよな」

 

 シアとハジメが既に慣れたと言わんばかりの態度でしみじみと頷く。そして、外に大雑把に放り出された後、ハジメの潜水艇に乗り込もうとしたその時。

 

「! 皆さん、気をつけてください。来ます!」

 

 そこで全員が警戒態勢を取る。なぜなら大迷宮最後の試練が襲いかかってきたのだから。

 

聖術(マギア)2章7節(2 : 7)……"神聖氷域"

 

 ユナの聖術が発動し、巨大クリオネが丸ごと凍りつく。魔力を溶かす都合上いつまでも凍らせることはできないだろう。

 

「ハジメッ、今のうちに海上に出るぞ!」

「おう。お前ら、全員船内に乗り込め」

 

 全員が船内に乗り込んだあたりで氷が壊れ始め、船を動かすと共に氷が砕けてクリオネが自由になる。

 

 

「ユナッ、あいつは一体なんなんだ!? 復活するのが早すぎるぞ」

『あれは災害に近い存在です。本来人間がどうこうできる存在ではありません。倒すにしても海中にいる限りどうしようもありませんので、まずは地上に出ることに専念を』

 

 どうやらユナにとっても想定外らしい。災害に近いということはもしかしたら魔物ではないのかもしれないが、蓮弥にとっては些細な違いだ。ここで潜水艇ごと潰されたくはない。

 

「なんなら再生する間もないくらい粉々にするだけだ。ありったけを叩き込んでやる」

 

 ハジメが潜水艇の魚雷をクリオネに向かって放つ。一度に射出された魚雷の数は十二。普通に考えれば十分な破壊力だが、着弾した手応えで時間稼ぎにしかならないと判断したハジメは全速力で海面へ潜水艇を走らせる。

 

 

 だが見た目に反して知性もあるらしいクリオネが先手を取っていた。水上への道は溶解液のゼリーで埋め尽くされている、さらに……

 

「なっ、これは!」

「いったいどこから?」

 

 蓮弥達が警戒していた方向とは逆の方向から触手に絡みつかれる。前方をみると粉々になったクリオネは範囲を広げつつも前方に存在している。となると考えられるのは一つである。

 

「もう一体いるのか!? ユエ、空間転移で脱出できるか?」

「……少し時間がかかる」

 

ハジメの焦った言葉にユエが早速準備を開始するも、まだ時間がかかるらしい。なら……

 

「わかった。じゃあ、ユナ。俺に風の鎧を。俺が時間を稼ぐ」

 

 蓮弥の要請を受けたユナが風の鎧を蓮弥に付与し、蓮弥は一人潜水艇の外に出て潜水艇に絡みついていた触手を切り落とす。ハジメの予想通り、そこにはもう一体の巨大クリオネが存在していた。別個体なのか、それとも単に分裂しただけなのかはわからないが、厄介なことには違いがない。

 

 

 巨大クリオネは蓮弥に標的を変え、触手でもって襲いかかってくるが、それを蓮弥はかろうじて防ぐ。水中では埒があかないことはわかっているが、どうしてもここで戦わなければならない。

 

 

 だが、蓮弥が粘った甲斐もあり、ユエの空間魔法が完成する。潜水艇が消えたことで蓮弥も不利な水中から脱出するためにハジメ達のところへ転移することにする。

 

聖術(マギア)8章5節(8 : 5)……"天空神移"

 

 単体転移魔法にてハジメ達の元に転移した蓮弥は合流することに成功。

 

 

 ハジメ達は竜化したティオの背に乗っており、空間転移で魔力を使い果たしたユエが魔晶石で魔力を補給していた。

 

「大丈夫か?」

 

 蓮弥は空中を飛びながらティオの背に乗るハジメ達に声をかける。少し確認した時点ではたいした怪我を負っている様子はないようだ。

 

「ああ、なんとかな。ユエが頑張ってくれたおかげだ」

「……はぁはぁ、ん。頑張った。でも、まだまだ実戦レベルじゃない。……もっと私に魔力があれば魔力切れにもならなかった」

 

 少しだけこちらに視線を向けるユエ。ユナほど魔力があれば大したことじゃないとでも思っているのかもしれない。だけどユエとて魔力値は決して低くはないのだ。ただ比べる相手が悪すぎる。

 

「ユエは頑張ったよ。私だと潜水艦ごと移動するなんて無理だし。ユエがいなかったら全員海の底だったと思うな、私」

「……香織」

 

 思わず香織を見て少し顔を赤くするユエ。ライバル視している相手から称賛の声を掛けられるとは思っていなかったと顔に書いてある。

 

「蓮弥……このまま逃げ切れると思う?」

「それは相手が対空能力を備えているかどうかだろ。空中にいる俺達を攻撃できる手段なんて限られているんだし」

 

 雫の問いに蓮弥は考えてみる。相手が海の魔物である以上、水中を出ればテリトリーとは言えない。あれが空中に浮かぶとは思えないのでおのずと攻撃手段は限られてくる。触手を伸ばしてくるか、あるいは……

 

『蓮弥ッ、悪い方で当たりです! ティオ、今すぐ全力でここから離れてください!』

 ”承知したのじゃ”

 

 ティオがユナの要請を受けて飛び始めた時、轟音と共に、蓮弥達の付近に巨大な大津波が襲いかかってきた。およそ高さ五百メートル。間違いなく自然に起きるものではない。

 

「ティオさん、気をつけて! 津波の中にアレがいます! 触手、来ます!」

 

 各自できる限りの防御を固めていた時、シアが未来視により危機を告げる。ティオはその声を聞き、横に旋回して回避を選択するが、そのせいで津波との距離が縮んでしまった。

 

「このままじゃ飲まれるな。……仕方ない。ティオ、お前なら大丈夫だと思うけど、一応謝っとくぞ」

 ”なんじゃ……あひゃあああはあん!! ”

 

 答える前に蓮弥がユナに風を付与してもらった足で、ティオを思いっきり上空に蹴り上げた。風によるクッションにより、弾き飛ばすことに特化した蹴りを叩きこまれたティオが嬌声を上げながら進行方向を90度変え、真上に亜音速で吹き飛んだ。

 

 

 蓮弥がティオを蹴り飛ばし、ハジメ達が津波の高さを超えたことを確認した後、念話にてハジメ達全員に連絡する。

 

『これからちょっと本気出して倒してくる。だからお前たちは巻き込まれないようにしてくれ』

 

 それだけ言い残して、蓮弥は津波に飲み込まれたのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 かろうじて津波を躱すことに成功した雫達は現在、念のためにさらに高度を上げていた。

 

「どうしましょう。蓮弥さん、飲み込まれてしまいましたよ」

「……何か考えがあるようだった」

「でなきゃ残んねぇだろ。一体どうやって奴を倒すつもりだ」

 

 ハジメなどは未だに再戦の機会について考えているようだった。香織が静かに雫の方を向いてきたので笑顔を返す。

 

「心配しなくても私は平気よ。信じてるもの。あの程度の奴に蓮弥は負けないわ」

 

 そう、確かにあのクリオネは危険だったが、正直に言って使徒フレイヤほどの脅威ではない。だからこそ……蓮弥なら必ず勝てると確信していた。

 

 

 

 

 

「大したことないな。フレイヤの方が百倍は手応えがありそうだ」

 

 海中にいる蓮弥の目の前で二体のクリオネが合体し、全長五十メートルを超える巨体になったとしても蓮弥は冷静に、自身の身体周辺にルーンを展開する。一文字一文字に力があり、そこに魂の渇望が刻まれている。

 

 

 そして──魂の旋律は、この魔の海の全域に流れ始めるのだ。

 

 

Unser Vater im Himmel.(天にましますわれらの父よ)──

──Antwort auf meine Frage.(どうか我の問いに答えてほしい)

 

 ──それは周囲の魔を丸ごと払わんとする蓮弥の魂の声

 

Warum ist Gott glücklich? (なぜ天に座するものは笑い)──

──Warum müssen wir leiden? (なぜ我らは苦しまねばならぬのか)

 

 

 ──それは遥か上空にいるはずのハジメ達の元にも響き渡る。

 

Haben wir Fehler gemacht(我らは何か過ちを犯したのか?)──

──Ist Ihnen jeder Gefangener(あなたにとってすべての人は咎人なのか?)

 

 ──それは神への問いかけ、神への疑問。

 

Aber denk dran, göttlicher Gott(だが覚えておくがいい、愚昧なる神よ)

 

 ──そしてそれは神への怒りへと突如変わる。

 

Wenn es eine Makrele gibt,(もしおまえが主にあるまじきものならば)──

──Ich wütend auf Hass.(我は怒りと憎悪を糧とし)──

──stehe mit dem Schwert.(つるぎを持って立ちあがろう)

 

 ──蓮弥の魔力が膨大と言っても生ぬるいレベルで上昇していく。海は大きく荒れ果て、まるで海中に異界が誕生したかのような現象。

 

Rühme meinen Wunsch, (自らの心の願いを誇り)──

──Ich besiege das wahre Böse(我は真に悪しきものを打ち払う)

 

 ──だがその異変は突如として収まり、一本の剣の形に集約される。

 

Briah(創造)──

 

 ──それこそが、蓮弥の祈り。蓮弥の誓いの証であるから──

 

女神転生・神滅の剣(アトラス・グラディトロア)

 

 そうして完成した自身の大剣をクリオネに向けて宣言する。

 

「いくぞ化物。ここらでB級パニックホラーは幕引きだ!」

 

 蓮弥が猛然と超巨大クリオネに迫ると同時にクリオネが触手を無数に生成し、蓮弥へと攻撃を開始した。その攻撃の激しさは以前とは比較にならない。それは二体に分身していたものが一つの個体として合体したことによる成長か。あるいは蓮弥の持つ剣に危機感を覚えたが故か。

 

「無駄だ。今更こんなもんが効くと思うな!」

 

 蓮弥が向かってくる触手を叩き斬る。どうやら相手の能力の類らしく本体には届かなかったがその能力自体を概念破壊能力にて破壊することに成功する。これでクリオネは一つ攻撃手段を失った。

 

 

 触手を生成できなくなったクリオネは次に海流操作を試みる。メルジーネ大迷宮に入る際に体験したものとは比較にならない規模の海流が蓮弥に襲い掛かる。

 

「……これは少し面倒だな。海流という概念を殺すとここらの生態系にどんな悪影響があるかわからないし」

『ならこちらも同じことをしましょう』

 

 流石に海の自然現象を破壊するわけにはいかない蓮弥はどうやって近づこうか少し迷う。だがこんな時にこそパートナーがいるのだ。創造の詠唱に参加せずに別の詠唱を唱えていたユナの聖術の深奥が完成する。

 

我が手を差し伸べし時、神の御力により、惑う民達に奇跡を齎さん──聖術(マギア)2章10節(2 : 10)……"紅ノ断海"

 

 蓮弥の大剣に水流そのものが集まってくる。まるでここら周辺の海を支配したような感覚。詠唱といい、この現象といい、蓮弥はこれから自分が起こすことを何となく察した。

 

「じゃあ、神話の再現と行くか。お前も流石に水が消えれば何もできないだろ!」

 

 蓮弥が剣を振り下ろし、伝説は再現される。

 

 

 

 

 ────それは地球の神代と呼ばれていた時代の話────

 

 一人の聖人が起こしたとされる奇跡────

 聖人はエジプトという国の奴隷達の悲惨な待遇を愁いて立ち上がった────

 多くの奴隷達を引き連れた彼は、彼らと共に新天地を目指し旅立った────

 しかし、エジプト王はそんな彼らを殺すために追っ手を差し向けた────

 新天地まで目前に迫った彼らの前に広がる広大な海────

 背後には追っ手、前方にはどうしようもない大自然────

 誰しもこれまでかと絶望に堕ちようとしていたその時────

 かの聖人はその手に持つ杖を掲げ、ある奇跡を起こした────

 

 

 

 

 

「……嘘ぉ……」

「……マジかよ……」

「……マジみたいね」

 

 上空にて蓮弥の気配を追っていたハジメ達地球組は、眼下で起こった現象に開いた口が塞がらないといった体を示していた。対策を絶え間なく考えていたハジメも流石にこんなことをしようとは、発想すら湧かなかった。

 

「……ハジメさん。どうやら私、夢を見ているみたいです。だから目覚めのキスで起こしてくれませんか」

 ”妾は今すぐ頭を打ってほしいのじゃ。そうすれば夢も覚めるじゃろ”

 

 

 地球組とは違い、異世界組は今起きている現象を夢だと判断した。それほど信じられない光景が眼下に広がっていたから。ユエなど驚きすぎて未だに現実に帰ってこれていない。

 

「残念ながらこれは現実だ。いい加減ユエも戻ってこい」

「はっ……けど、ハジメ! ……私の眼にはッ、海が割れているように見える!」

 

 そう、それは地球組ならだれでも知っている聖書に記された有名すぎる奇跡。

 

 ハジメ達の視界で、海がある地点を境に左右に分かれて壁のようになっていた。急に水がなくなって巨大クリオネが空中に投げ出されているのが見えるくらいには広範囲で展開されている。ユエも以前、滝を割るといった行為を行ったことがあるが、それとは次元が違いすぎる。

 

「あいつやることがいちいち派手すぎるんだよ。完璧人のこと言えねぇじゃねぇか。今頃アンカジやエリセンは大混乱だろうな」

 

 ハジメはこの後の騒動を思いつつも、剥き出しになった海底を上空から眺めていたのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

『蓮弥、今ならあれは無防備です。今の内に太古の怪物に止めを』

「わかってるよ。あんまり長く続けるわけにもいかないしな」

 

 蓮弥が空中を飛びながらクリオネに向かって迫る。その大剣は割れた分の水が圧縮されて纏っていた。

 

 巨大クリオネはどうすることもできない。触手は使えない上に、周りには操れる海はない。そして空中ではどうすることもできない。

 

「じゃあな、太古の怪物」

 

 蓮弥の剣によりあっさりと、太古の時代より()()()()()、海を彷徨っていたクリオネは退治されたのだった。

 

 




>詠唱再び
今回はユナの合いの手がないバージョン。これで蓮弥はノルマを達成したので以降創造を使用する際には、詠唱を省略してもいいことになりました。

>ユナさん、海を割る。
モーゼが起こした有名すぎるくらい有名な奇跡の再現。ユナ曰くモーゼ様ほどではないらしい。

>悪食討伐?
あっさり倒された悪食さん。果たして本当に終わったのか。残念ながらエリセン編はまだ続きます。

次回は堕天使と愉快な変態達の話。

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