ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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霧の中の怪異

 メルジーネ大迷宮を攻略して一週間が経過した。

 

 

 蓮弥はここ数日、ハジメ達と共に生活させてもらっているレミア邸にて目を覚ました。目を覚ましたというより起こされたという表現の方が正しいだろうか。

 

 

 なぜならここに来てから隣の部屋で寝泊まりしているハジメ達がうるさくて仕方ないからだ。聖遺物の使徒の超聴力で耳を澄ませてみると、ハジメやユエがなぜ裸なのかとか、どうしてハジメの一部分が大きいのかという、父親が娘に質問されてどう答えたらいいかわからないランキングトップクラスに位置するであろう質問を、ミュウに無邪気に聞かれてハジメが狼狽しているのがわかる。

 

 

 蓮弥としては、もう少し自重しろと言いたい。いくらレミア邸がエリセンという土地柄、かなり広い構造になっていたとしても他人の家で盛るのはどうかと思うのだ。それにこんなことを繰り返していると明らかにミュウの教育に悪い。ミュウがこのまま成長してしまうと齢十歳ぐらいで『いつかパパを食べてやるの』とか言って色っぽい顔で舌なめずりしそうな娘に成長しそうで、蓮弥は親戚のおじさんくらいの心境でミュウの将来を心配していた。

 

 

 ……ちなみに蓮弥にもつい最近、恋人が二人できたわけだが、とある理由でこの一週間、ミュウに説明できないような困った状況にはなっていない。蓮弥の恋人二人はどちらも誰にもバレない固有の引きこもり空間を作ることができたりするがそれでもだ。

 

「まったくハジメも、もう少し自重できればいいんだけどな」

「……そういう蓮弥はもう少し積極的になってもいいと思います」

 

 蓮弥がぼやいたところで、となりに現れたユナが蓮弥に文句を言ってくる。その目はジトっと蓮弥を見つめており、その顔から不満が漏れていた。

 

「別にいきなり最後まで関係を持てとは言いませんが、一体いつになったら雫と進展があるのですか? ……待たされている身にもなってほしいのですけど」

「うっ……わかってはいるんだけどな……」

 

 それが蓮弥達が置かれている現状だったりする。

 

 

 蓮弥とユナと雫の三人はあの大修羅場のあった日から、晴れて恋人という関係になることができたわけだが、そこで問題になったのがやはりというか、ユナの開幕速攻である。

 

 

 蓮弥が二人を平等に愛すると決めた以上、そういうことに偏りがあるのは不公平だと雫が言ってきたのだ。曰く、そういうことで競うと既に関係を持っている相手とそうでない相手では関係の進み具合が違うとのこと。

 

 

 蓮弥がそんな所かまわず盛ったりしないと言っても雫に聞き入れてもらえなかった。なぜなら蓮弥とユナは、その気になればいつでもどこでも誰にもバレずにイチャイチャできるのだから。

 

 

 そして三人で話し合った結果、蓮弥と雫の間に何か進展がない限り、ユナも必要以上に蓮弥とイチャイチャしないということで合意した。ユナにも開幕速攻をかました負い目が多少あったのでわざわざ聖約まで使ったのだ。

 

 

 ここで蓮弥と雫が何か進展があれば問題もなかったのだろうが、ユナが不満を漏らすくらいには二人の間に驚くほど進展はなかった。

 

 

 元々恋人を通り越して熟年夫婦の領域に達している蓮弥と雫である。だからこそ今回それが逆に、二人の仲の進展を妨げる結果になっていた。つまり恋人の距離感がわからないのである。生半可な行動では普段とまったく変わらない。

 

 

 加えて雫の恋愛観が古い家柄で育ったからなのか、割と古風、もしくは乙女チックであり……

 

『誰かが見てるかもしれないところで……その……キスするとか、はしたないじゃない。そういうのは、ちゃんとしたシチュエーションを整えてするべきだと思うし。その、出来れば、蓮弥が色々考えてやってくれると…………嬉しいわ』

 

 などと、頬を染めながら、うつむき加減で、長い間想い続けた蓮弥と念願の恋人になれて少し浮かれ気味な雫が、照れながら心底幸せそうに言ってくるものだから蓮弥としても降伏するしかない。間違いなくこのパーティ女子の中で一番乙女力が高いのは雫だろう。雫の醸し出す大和撫子感は、かなり肉食系に寄っているハジメガールズには概念として存在しない代物だった。

 

 

 というわけで蓮弥としてもこの可愛い幼馴染兼恋人の精一杯の可愛い願いをできるだけ叶えてやりたいと思っているのだが……

 

「それに、ここ数日そんなことを考えている余裕なんてなかっただろ」

「それは……そうなのですが……」

 

 そう、環境がそれを許さなかったのである。

 

 

 メルジーネ大迷宮を攻略し、巨大クリオネを討伐した蓮弥達は、まずは阿鼻叫喚一歩手前のエリセンの住民を説得しなければならなかった。何しろ目の前で海が真っ二つに割れたのである。いくらファンタジーワールドであるトータスであろうと起こりえない怪奇現象に住民たちは混乱していたのだ。

 

 

 曰く、天変地異の前触れか、世界の崩壊の前兆か。その話がエリセンだけで止まってくれていたのなら良かったのだが、その話は尾ひれをつけて拡散していき、お隣であるアンカジ公国にも通達される始末。一体何が起きたのかとハイリヒ王国から支援に来ていたお偉いさんとアンカジ公国の重鎮がすっ飛んできたものだからさらに混沌としてくる。

 

 

 最終的に蓮弥と雫が、手分けして魂魄魔法を利用した精神安定催眠のようなものを住民に使用することで強制的に問題を鎮静化した。何気にこれがハジメ達に対する魂魄魔法の初お披露目になってしまったのが何とも締まらない結果だった。初お披露目で仲間の窮地を救った空間魔法とは雲泥の差である。

 

 

 そこで二日もかけてしまったのは予想外だった。ちなみにハジメ達はこれは蓮弥の責任だと正論を述べて一切手伝ってくれず、ハジメは手に入れた空間魔法と再生魔法を用いて新兵器の開発に乗り出したり、ユエ達と海で遊びまくったり、忙しくしている蓮弥達を尻目にエリセンにてすっかりバカンス気分だった。

 

 

 それが自分のせいだと自覚があった蓮弥は何も言えず、必死になって問題鎮静化をしたのもつかの間、今度は別の問題が新たに湧いて出てきたのだ。

 

 

 海から水陸両生の魔物が所せましと上陸し、暴れ出したのである。これには流石に蓮弥も手が足りないという理由でハジメ達に助けを求めた。

 

 

 まるで何かから追い立てられるようにして群れで上陸する魔物群を、ハジメ達を含めたチート集団によって一気に殲滅したのである。ハジメの銃器が魔物をミンチに変えていき、ユエの雷龍が水面に直撃し、魔物がぷかぷか海面に浮かんでくる。

 

 

 シアがひたすらドリュッケンで粉砕し、その死体を含めた魔物を丸ごとティオが焼き払う。香織はひたすら全員の援護に回っていた。

 

 

 もちろん蓮弥も頑張った。この現象が海を割ったことによる環境変化の影響である可能性がある以上、蓮弥が責任を取らなくてはならない。

 

 魔物群を細切りにしていく雫を尻目に、蓮弥は聖遺物の使徒の能力を遺憾なく発揮して獅子奮迅の活躍をした。

 

 

 ……その結果、アンカジの偉い人から、またこの辺り一帯を救ってくれた英雄だと感謝されたが、マッチポンプここに極まりという状況に全員が気まずそうにするしかなかったと言っておく。

 

 

 そして、その騒動が収まったのが六日目。その翌日である今日やっと蓮弥は一息付けたのだった。これでは雫との関係を発展させる暇もなかったことは納得してもらえると思う。

 

「あとはこの霧さえ晴れれば問題はなさそうなんだが……」

 

 現在、エリセンは深い霧の中にあった。昨日海から発生した濃い霧はアンカジ方向に至るまで視界を覆い隠しており、こんな中で出発するということは危険だという理由でもう少しとどまっていたのだ。

 

 

 エリセンの住民に聞いてみると、少し時期はズレるがこの辺りに霧が発生することは毎年のことであり、それも長くて一週間ほどで消えるということらしい。

 

 

 もっとも蓮弥はともかく、ハジメには別の意味でエリセンから離れられない事情がある。

 

「それで、ハジメ。……ミュウに伝える覚悟はできたのか?」

「……一応今日言うつもりなんだが……なんていうか……やっぱり泣かれるよな?」

 

 はぁ、と海辺の桟橋で釣り竿を垂らす蓮弥の横に腰掛けて、錬成しながらため息を吐くハジメ。ハジメが憂鬱そうにしている光景はここ最近頻繁に見られる光景だった。どうやらミュウと別れるのがよっぽど憂鬱らしい。蓮弥の眼から見たら、ミュウは既に覚悟を決めているらしいというのが何となくわかったので、真の意味で子離れできていないのはハジメの方である。

 

(思ってた以上にミュウの存在は、ハジメにとって大きいみたいだからな)

 

 当初蓮弥は、ミュウの存在がハジメを変えてくれるのではないかと期待していたのだが、想像以上に効果があったらしい。奈落の底に落ちた当初のハジメを思えば目まぐるしい進歩である。

 

 

 魔物はあらかた殲滅したとはいえ、現在霧が出てあぶないということで海で遊ぶことができないミュウはユエ達とハジメが作成したトランプなどの基本的なゲームや、奈落に落ちて人生一発逆転が可能なハジメ式人生ゲームなど様々な未知の遊びに対して夢中になっている状態だった。

 

 

 ハジメとしては昨日のレミアとの話し合いで言うつもりだったらしいのだが、突如霧が発生したという滞在理由ができてしまったことで言い出せなくなったのだろう。言い出した後は素早くこの場を去りたいという気持ちはわかる。

 

 

「ハジメ……ミュウはお前が思っているより……強い子だと思うぞ」

「…………わかってる」

「ならいい」

 

 どうやらあとはタイミングの問題だと蓮弥が判断した当たりで、蓮弥の竿が引いていることに気付く。この海流に魚が戻ってきているか確認も兼ねての釣りだったのでありがたい。

 

「どれどれ……なんだこれ?」

 

 蓮弥が釣り上げた魚? に対して疑問を抱く。

 

 

 それは変な魚としか言えない生物だった。身体は全体的に黄色をしており、そこまでなら普通なのだが、顔面が完全にハードボイルドが似合いそうなおっさん顔なのだ。

 

 

 そこで蓮弥は前世でも一時期流行っていた人面魚と話すゲームを思い出した。そういえばそこで出てくる人面魚もこんな感じだったような気がする。

 

 

 そこでハジメが蓮弥のつぶやきが気になったのか錬成を中断し、顔を上げると驚いた声を出した。

 

「リーさん!?」

「なんだ? 知り合いなのか?」

「ああ、以前シアと行った水族館で出会ってな。ッておい、よく見たら怪我してるじゃねぇか!」

 

 ハジメがそのリーさんとやらをジッと見つめ始めた。蓮弥はここでハジメが念話を使っていることに気付き、聖術で介入することにする。

 

 ”おい! リーさん。何があったんだ? 傷だらけじゃねえか”

 ”うっ、この声は……ハー坊か。……どうやら死に損なったみてぇだな”

 ”念話は後で言い。とりあえず治癒師を呼んでくるから死ぬんじゃねぇぞ”

 ”あいよ。……どうせ捨てたつもりの命だ。ハー坊が拾ってくれるってんなら信用できらあ”

 

 

 どうやら相当仲がいいらしい。並みの大人より敬意を払った態度を取るハジメに軽く驚いたが、どうやら怪我はそれなりに深いらしい。一先ずハジメと共に蓮弥は香織の元までリーさんを運ぶのだった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ハジメ君、治療終わったよ」

「そうか。ありがとな、香織」

 

 現在、レミア邸にあった大きい目の水槽に、治療を行ったリーさんを入れてやる。曰く陸上でも死なないらしいが、海の生物である彼にとってやはり水の中が一番いいだろうとの判断だった。

 

 ”助かったぜハー坊。それに治癒師のお嬢ちゃんもありがとな”

「いえいえ、治癒師として当たり前のことをしただけだから。ハジメ君の知り合いならなおさらだよ」

 

 香織の治癒が間に合ったおかげで回復したリーさんに、ハジメが代表して念話で説明を求める。

 

 ”それで、なんであんなところで傷だらけだったんだ? まさか魔物に襲われたとか? ……もしくは天変地異に巻き込まれちまったのか”

 

 その念話を聞いて蓮弥は気まずくなる。あの天変地異で死傷者がでていないことが幸いだったのだ。もし巻き込まれたのなら謝るだけでは済まないかもしれない。

 

 ”ああ、あの海が割れたやつか。あれには流石のおっちゃんも驚いたが、伊達に男一匹で世界中旅をしてるわけじゃねぇ。あれしきでは驚きはしても怪我なんてしねぇよ”

 ”じゃあ一体なんだってんだ? ”

 

 その言葉を受けリーさんがハードボイルドが似合う男前の顔を正してハジメに語り掛ける。

 

 ”そのことなんだがよ、ハー坊。……悪いことは言わねぇ。すぐにここからできるだけ遠くへ離れたほうがいい。もうすぐここに、大災害が来るぞ”

 

 ”大災害? ”

 

 ”俺の種族に先祖代々から受け継がれている伝説だ。無限に増殖し、万物を溶かし喰らうその古の怪物を俺たちの一族は"悪食"と呼んでいる”

 

 リーさんの話はこうだった。

 

 

 いい加減戻ってこいと言うカミさんの怒りの念話が届いたので渋々エリセンの海に戻ってきたリーさんだったのだが──ここでハジメ達はリーさんが結婚していることに驚いていた──そこでエリセンの海に異変が起きていることに気づく。嫌な予感を感じたリーさんは家族を連れて別の海に避難しようとしていたのだが、その道中悪食の一部らしき存在と遭遇したのだという。かろうじて家族や一族を逃すことに成功したリーさんだったが、自分だけは逃げそびれたらしい。

 

 

 そこでもはやこれまでかと思った矢先、海が割れるという災害に見舞われ、それを利用することで逃走に成功し、悪食の攻撃による傷を庇いつつもなんとかここまでたどり着いたということだった。

 

 

「それって……」

 

 リーさんの念話を受けて蓮弥達一同が反応する。リーさんが伝えてきたその存在に身に覚えがあったからだ。

 

 "その怪物って、もしかして半透明のゼリーみたいな奴か"

 "ああ、その通りだがハー坊、お前さんなんで悪食のことを知っている? "

 ”ああ、それなんだがな”

 

 ハジメは代表してメルジーネ大迷宮攻略中に遭遇した巨大クリオネの話をリーさんに行う。大迷宮に巣くっていた巨大クリオネに遭遇して命を狙われたこと。命からがら逃走することに成功し、無事大迷宮攻略を完了させることができたこと。そして大迷宮を脱出する際に再び巨大クリオネに命を狙われたこと。最終的に蓮弥が討伐したということ。

 

 

 それをハジメがリーさんに念話で丁寧に説明していく。そしてそれをジッと聞いているリーさん。

 

 

 そしてハジメが説明を終えた頃、リーさんがおもむろに念話を開く。

 

 ”……正直信じられねぇ。海で自由に泳げねぇ人間が、あの悪食に命を狙われて逃げ延びるだけでも奇跡だってのに、まさか倒しちまうとはな……だけどな……残念ながらおそらくそれは悪食じゃねぇ。いや正確にいえば、ハー坊達が倒したのも悪食で間違いねぇだろう。だけどな、おそらくそれは悪食本体から零れ落ちた切れ端のほんの一部だ”

 ”なっ!? ”

 

 ハジメの驚愕の声が念話を通じて蓮弥達一同の頭に響く。蓮弥としても驚きを隠せない。蓮弥が創造を使わないと倒せなかった化物が本体の一部でしかないというのだから。

 

 ”それで、これからどうなるんだ? ”

 ”……その前に聞きたいことがある。ハー坊、今日は何日だ? ”

 

 リーさんの質問に対してハジメが本日のトータスの日付を伝える。それを聞いたリーさんは顔を歪めて傍から見ても焦りだしているのが伝わってくる。

 

 ”クソッ、まさかそんなに時間が経っちまってたなんて。俺も焼きが回ったな。……すまねぇ、ハー坊。……おそらく間に合わねぇ”

 ”それはどういう!? ”

 

 

 その時、その場で起こったその異変を誰もが認識した。

 

 

 文字通り世界が揺れたからだ。地震というものに慣れている日本人四人は平然としていたが、ユエやシアは思わず床に座り込んでしまう。

 

 

 

 

 

ウゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥ

 

 

 

 

 

「な、なんですか? この音?」

「なんだか、頭痛い」

「まるで……悲鳴のようじゃの」

「これは……」

 

 世界から鳴り響くような音が聞こえる。獣の泣き叫ぶような音。

 

 

 一部の者は頭を引き裂かれるような痛みを感じ、頭を押さえている。まるで呪いの悲鳴だ。蓮弥も影響を受けているあたり普通ではない。

 

 

 ハジメはこの部屋に仕掛けていた防衛装置を作動させた。これによりこの家はありとあらゆる魔法防御を備えた並みの要塞都市より頑丈な鉄壁の城と化す。ハジメが魔物の大量発生に備えて準備したものだった。

 

 

 その成果があったのか、他に要因があったのか。世界から鳴り響くような悲鳴は消えていった。

 

「一体何なんだこれは?」

「パパ……」

 

 立て続けに起こった未知の現象に不安を覚えたのか、必死にパパであるハジメにしがみ付くミュウ。そのミュウをハジメは安心させるようにそっと抱きしめた。

 

「大丈夫だ、ミュウ。……俺はちょっとこの異変の原因を調べなきゃならない。レミアと一緒にいい子で待ってられるか?」

 

 ジッと目を見つめるハジメを不安そうな顔で見つめ返すミュウだったが。やがて顔を縦に振る。よほどハジメを信用しているのだろう。わずかな間だったとはいえ、この二人の絆は並みの親子より深い。

 

「レミア、聞いた通りだ。ミュウとここで待っててくれ。……なにがあってもこの家からは出るなよ」

「わかりました。気を付けてください」

 

 ミュウを預かり、ミュウの母親であるレミアがうなずく。

 

「ユナ、これは何が起きているのかわかるか?」

 

 蓮弥は蓮弥でユナにこの異変の原因を探って貰っていた。目を閉じていたユナの眼が開く。

 

「……蓮弥、どうやら私たちは異界に閉じ込められたようです。……このままだとまずいことが起きるかもしれません」

 

 ユナの言葉に否応なしに緊張感が高まってくる。

 

 

 ここにいても仕方ないと蓮弥達はレミア邸を出る。

 

 

 既に異変を察知したエリセンの住民やアンカジ公国やハイリヒ王国からの使者は、今目の前に広がる光景に唖然としている。

 

 

「何よ。これ……」

 

 雫が蓮弥に寄り添ってくる。思わず雫がそうしてしまうほど目の前に広がっている光景は誰の目から見ても不気味だった。

 

 

 相当大きい地震があったにも関わらず、海自体は穏やかだった。それは本来なら安心していい要因なんだろうが、今の光景を見てそれを言えるものは誰もいないだろう。

 

「海が……赤い」

 

 ユエが呟いた通り、海が血のように真っ赤に染まっている。赤潮などの普通の自然現象では決してないだろうという本能的な感覚が告げている。この辺りを薄緑色の濃い霧と厚い雲が包んでいるため、昼間にもかかわらず薄暗く、気味が悪い。

 

「それだけじゃありません。この辺りの霧の性質も変化しています」

「……やっぱりそうだよね。もしかして、これ全部……魔素(マナ)なの?」

 

 ユナと香織が周りの霧の異常に目を向ける。蓮弥が感覚を研ぎ澄ますと空間そのものの魔力濃度が劇的に上がっていることに気付く。大迷宮並みかそれ以上、決して平常時のエリセンではありえてならない魔瘴の濃さ。

 

 ”やっぱりこれは……伝説に聞く話とそっくりだ。”

 ”何が起きてるんですか? ”

 

 何かの役に立つかもしれないとシアが抱えている水槽の中からリーさんがシアの質問に答える。心なしか、念話なのに震えているような気がする。

 

 ”俺も詳しくはわからねぇが、言い伝えにはこうある。『災害が降りかかる時、世界は魔瘴の霧に包まれ、母なる海は紅に染まる』てな”

 

 霧は海から発生しているということがわかる。間違いなくこの異変の主は海の向こうに存在している。各自警戒態勢を取る。ユナ曰く、ここは既に異界。つまりその悪食とやらのフィールドに誘い込まれた形になる。いつ、どこで、何が起きるかわからない。

 

 

「おい、あれみてみろよ」

「どこどこ?」

「なにあれ……妖精?」

 

 エリセンに来ていた観光客だろうか、多少の装備は行っているようだが、いまいち緊張感のない声で何かを発見していた。それを蓮弥達も確認するが。

 

「これは……どうやら事態は思っているより危急のようじゃな」

 

 ティオが言う通り、蓮弥達はそれを確認した。

 

 

 海の向こう側から、空中に浮かぶ人くらいの大きさの光るクリオネが、空を覆いつくさんばかりに浮かび上がって迫ってくる光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 ある人面魚の一族にはこう伝えられている──

 

 海が紅に染まりし時、古の怪異が魔笛を鳴らし、国が一つ消える──

 

 呪いの島、足掻くこともできぬ大いなる絶望、それこそが全てを喰らう海に漂う暴食の大怪異──

 

 悪食である──

 




悪食戦第二ラウンド、開始です。

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