ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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奈落で足掻く者

 奈落の底に落ちてしまった蓮弥とハジメ。

 

 これより彼らが挑むのは魑魅魍魎が棲みつく蠱毒の壺。

 

 一人は新たな自分に変生し、

 

 一人は己の魂の器を手に入れる。

 

 高みにて、それはいつでも見守っている。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 水の滴り落ちる音が聞こえる。流れる水は冷たく、吹き抜ける冷風の中、蓮弥は意識を覚醒させた。

 

「ここは……いったい……どこなんだ……痛ッ!」

 

 身体を打ち付けたのか、全身が痛い。動ける範囲で確認したところどうやら骨までは折れてないようだ。

 

「そうか……俺は確かハジメを助けようとして……」

 

 ここに落ちる前の光景を思い出す。

 

 

 落ちようとするハジメ。

 

 

 握った手の感触。

 

 

 そして……身体を襲った衝撃。

 

「あそこから落ちて生き残ったのか……そうだ! ハジメは?」

 

 ここに一緒に落ちてきたはずのハジメを探す。周りを見回してみてもそれらしい人影はなかった。

 

 

 蓮弥は服を乾かした後、この周辺の探索を開始する。ただし周囲には気を配る。ここがあの橋よりさらに深いところにあるのなら、ベヒモスクラス以上の魔物がいるかもしれない。

 

 

 周辺を一通り探してもハジメの気配がないので、次は川沿いを探索する。蓮弥が落ちた状況からして、もしかしたら川沿いに流されている可能性があるからだ。

 

 

 中学生時代、まだ蓮弥が色々足掻いていた頃、蓮弥は様々なことをやっていた。いつか海外に行かざるを得なくなるかもしれないと考え、英語に限らない外国語の簡単な会話術を習得した。コンピュータのハッキングについて学んでもみた。

 

 

 正直この状況ではほとんど役に立たないスキルなのが残念だが、今ここで役に立っているスキルがある、サバイバル術である。

 

 

 もともと人里離れた場所に隠れる必要があることを想定して習得した。とはいえその当時蓮弥は中学生、出来たことといえばボーイスカウトの真似事くらいで本格的なサバイバル術は流石に学べなかった。割と危険な地域に行ってみようとしたのだが、一つ下の妹経由かはわからないが、雫が辞めないと転校して常時見張ると脅してきたので断念した。

 

 

 とはいえそのサバイバル術も当たり前の話だが、異世界での遭難などを想定しているわけもなく、装備もほとんど落ちた際に消失した。ではなにが助かったのかというと……

 

(わずかだけど携帯食があるのはありがたい)

 

 もし大迷宮内で自分だけはぐれた場合を想定して、懐深くに数日分の携帯食を準備していた。大迷宮へはあらかじめ食料は持ち込みと聞いて思いつき、実行したのである。

 

 

 蓮弥の中学生時代のそれらの行動は、家族や他人からみた場合、まさに厨二病真っ盛りといった奇行ばかりだったが、少しは役に立ったので報われたのだと言える。とはいえ準備は多いわけではない。最悪の場合、魔物の死骸を食らって生きる覚悟も必要だろう。せめて余裕があるうちにハジメと合流したい。

 

 

 蓮弥は探索を続行する。見たところ通路幅は十メートルから二十メートル。今までの迷宮より明らかに巨大だった。こんな場所でも緑光石は含まれているらしく、視界の心配をしなくてもいいことが幸いだった。

 

 

 しばらく川沿いを探索していたが、ハジメは見つからなかった。代わりに川沿いの先に小さな影をみつける。

 

 

 その魔物は敢えて言うならウサギに近いだろうか。ただし蓮弥が知っているウサギと比較して、身体中に線があるのに加えて、足が異様に太い。

 

(ウサギだよな……なんか身体中に赤黒い線があってキモいけど……でも多分上層の魔物より……はるかにやばい……)

 

 どうやら水を飲んでいるらしく、こちらに気づいてはいない。

 蓮弥は魔物に気づかれないように慎重に移動することにする。しかし、ウサギの魔物がピクリと反応する。

 

 

 気づかれたか! 

 蓮弥は身構える! 

 

 

 しかし、どうやら違ったらしい。物陰からもう一体魔物が出てきた。見た目キツネだろうか。尻尾が三本あり、ウサギと同じく身体中に黒い線が走っている。

 

 

 そのキツネが……ウサギに向けて炎を吐いた! 

 

 

「っ!?」

 

 ある程度距離があるはずなのに感じる熱。通った場所にあった水が一瞬で蒸発して湯気になっている。当然ウサギはそれに巻き込まれ、黒焦げになった死体を……晒さなかった。

 

 

 ウサギはその発達した後脚で炎が直撃する寸前で跳躍! そのまま()()()跳ねることでキツネへ向かって急接近したのだ! 

 

 

 キツネも負けじと炎を吐き続けるが、空中を足場にして立体起動を行うウサギを捉えられず、そのままウサギの踵落としで頭蓋を粉砕された。

 

「……まじかよ……」

 

 その戦闘は今までみた戦闘とは一線を画していた。

 使う技の威力、それに対する判断の速さと動き、地上の魔物とは比べものにならなかった。

 

 

 このまま戦っても絶対勝てない。それを確信した蓮弥はウサギが食事に夢中になっているうちに通り抜けようとする。

 

 

 だが次の瞬間……ウサギが突然視界から消えた……

 

「……な!?」

 

 どこかに飛び跳ねて消えたのではなく攫われた。空中からなにかがウサギに襲いかかったのだ。

 

 蓮弥は周りを見渡す。どこかにウサギを連れ去った奴がいるはずだと。注意深く探る。早く見つけないと……次は自分の番かもしれないのだから……

 

 

 そして、蓮弥が上を向いた時、それを見つけた。

 

 

 それは天井に逆さ吊りになっていた。

 全長は四メートルくらいか、上層で見たベヒモスよりかは小柄だろう。

 見た目は蝙蝠に似ているだろうか。

 

 

 だが、そのやばさはベヒモスとは比べものにならないだろう。

 なぜなら、キツネが放った炎、レーザーに近いそれを撃った後に避ける反射神経と脚力があるウサギが、抵抗することもできずに捕まっているのだから。

 

 

 ウサギはその鋭い牙で刺し貫かれていた。だがしかし、深々と牙が突き刺さっているにもかかわらず、不思議と血は一滴も垂れていなかった。

 

 

 その理由はすぐにわかった。ウサギがみるみる乾いたように萎んでいく。身体の体液を一滴残らず吸い尽くす勢いで行われたその行為は、もう吸うものがなくなったのだろうか……うさぎが骨と皮だけになったところで終わる。

 

 

 その巨大蝙蝠は骨と皮だけになった残りカスを捨てると、そのままどこかに飛んでいった。

 

(なんだこれ……ここは怪獣のテーマパークかよ……)

 

 蓮弥はあれに見つからなかった幸運に感謝する。でなければ今頃そこらに打ち捨てられた残りカスのように、蓮弥も横たわっていただろう。蓮弥はとにかく音を鳴らさないように先へ進んでいった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 いったいどれくらいたっただろう。

 あれから蓮弥はかなりの距離を歩いていた。ただこの場所では時間を確認する方法がないためどれくらい経ったのかは既にわからなくなっていた。

 

 

 携帯食は数日前に使い切ったので一週間くらいは経過していると思う。その間、蓮弥は本当に慎重に立ち回った。幾度か魔物同士での争いに遭遇したが、蓮弥は絶対に巻き込まれないことを優先に慎重に行動した。

 

 

 携帯食を使い切り、幾度か空腹を感じた頃、いよいよ覚悟を決めるかと思ったが、なぜか魔物同士の戦いに決着が着く頃には()()()()()()()()

 

 

 それでも途中で動けなくなる危険を考えて無理に一度魔物の肉を指の先ほど食べてみたことがあるが、たったそれだけで全身激痛が走ったためやめた。腹はなぜか減らない。むしろ魔物の肉を食べたときのほうが飢えが大きくなった気がする。

 

 

 蓮弥は結構渡り歩いた。幾度か下に降りるらしき場所を発見したので下に慎重に降りたりしたが、相変わらずハジメの痕跡は見当たらなかった。

 実はハジメは蓮弥が落ちた場所の少し離れたところに錬成により穴を作り、そこに立て籠もっていたのだが、そんなことを蓮弥が知る由もなかった。

 

 

 これはいよいよハジメについて最悪の覚悟をしなければならないかと思った時、それらは現れた。

 

 

 片方は全長五メートル以上の見た目獅子のような魔物。蓮弥が知るそれとは違い、息をするたびに火を吐き出し、尻尾は蛇のようになっており、背中に羽が生えていた。もう片方は見た目は虎。尻尾は3本あり、手足が氷に覆われている。

 

 

 その二体の怪獣の戦いが始まった。

 

 二体が同時にブレスを放つ

 

 全てを焼き尽くす業火と万象を凍らせる吹雪は空中で相殺される。

 

 獅子がその羽を広げ空を駆け、地を這う魔獣はそれに目掛け、凍てつく風を吐く! 

 

 しかし、その攻撃は空を飛ぶ百獣の王には届いておらず、翻弄される。

 

 このまま襲いかかり終わりかと思ったその時、突如獅子の全身が張り裂けた。

 

 その直後きぃぃぃんという嫌な音が周囲に鳴り響いた。蓮弥は咄嗟に耳を塞いで対処する。

 

 天空に浮かぶ獅子が落下し、その喉元に氷を纏った獣が深々と牙を突き立てる。

 

 

 戦いは終わった。どうやら獅子と虎、二体の王者対決は虎の勝利で幕を閉じたらしい。

 

 

 だが、勝者の栄光はそれまでだった。おそらく天空の魔獣が落ちてきたのはこいつのせいだったのだろう。油断している戦いの勝者の身体に、みたことのある巨大蝙蝠が牙を立てた。

 

 

 しばらく抵抗していたが、すぐに身体中から水分がきえ、ミイラになって打ち捨てられた。そして倒れ伏すライオンにも牙を突き立てる。

 

(……またあいつか……)

 

 蓮弥はその魔物を今までも幾度か目にする機会があった。時に普通に狩りを、時に自分が勝てなさそうな魔物がいた場合、他の自分が勝てそうな魔物を補助し、その魔物が勝ったところで、その勝者を狩っていくという漁夫の利を得る形で獲物を狩るそいつはどうやら頭もいいらしい。

 

 

 この時蓮弥はミスをした。今までなんとかなってきたという事実があった。しかし時に上手くやれているという認識は油断を生み、油断は自身を蝕む猛毒になる。

 

 

 足下の石がほんの少しだけ音を立てた。

 

 

 他の魔物なら見逃したかもしれない。しかし、暗闇で音を頼りに生きる蝙蝠には十分だった。

 

 

 その紅い目が……ギョロリと蓮弥の方を向いた。

 

「ひっ!!」

 

 思わず声が出てしまう。その声が決定的だったのか、巨大吸血蝙蝠が自身の体より巨大な翼を広げた。

 

「っ! くそ!!」

 

 蓮弥は走り出す。見つかった以上、ここで立ち尽くしてはいられない。こいつを観察して明るいところが苦手だとわかっていたので緑光石が多く含まれていた場所まで後退しようとする。

 

 

 しかし、あの素早いウサギを捉えた蝙蝠が見逃すはずもなく……蓮弥の右肩に牙が突き刺さった。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ミチミチと肉に牙が深々と突き刺さる激痛に蓮弥は悲鳴をあげる。そのまま蝙蝠は蓮弥を咥えたまま飛行を開始する。

 

「くそ! くそ! くそぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 蓮弥はなけなしの気力を振り絞り左手で、唯一の待っていた武器である短刀を握り、蝙蝠の腹に突き刺した。

 

「ギギ!?」

 

 流石に不意をつかれたのか、蝙蝠は蓮弥を落としてしまう。そこは階層を下る坂道だったようで、蓮弥はゴロゴロ下まで転がり落ちた。

 

「ぐっ! 」

 

 打ち付けられた際に体を痛めたのか全身が痛い。

 だが一番重症なのは右腕だろう。深く骨を砕くまで食い込んだ牙は神経まで抉ったのか肩から先の感覚がない。腕は肩口でかろうじて繋がっている状態だった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 蓮弥は叫び逃走した。ひょっとしたら叫び声に魔物が引き寄せられるかもしれないが今の蓮弥にそれを気にする余裕がなかった。アドレナリンが大量に吹き出しているためか、痛みがないのが幸いだった。とはいえ少しでも気を抜くと動かなくなると蓮弥の本能は察していた。

 

 

 逃走する蓮弥を蝙蝠は追撃しなかった。どうやら思わぬ反撃を受けて警戒しているようだ。だがしかし逃すつもりはないらしい。時に逃げる先に現れて蓮弥を威嚇してくる。その度に蓮弥は進路を変えざるを得なかった。

 

 

 しばらく逃げ回っているうちに蓮弥に知性が戻ってきた。そして気づく。

 

(こいつ……明らかに俺を誘導してやがる)

 

 この魔物はこの階層を縄張りにする魔物と比較して単純な力は弱い部類に入っている。だが、この魔物には知恵があった。

 

 

 勝てない魔物が相手なら油断している隙を突く、それも通じないなら別の魔物の援護をして漁夫の利を得る。逃したくない獲物は勝てる場所まで誘き寄せる。その習性がこの魔物の危険度をあげていた。

 

 

 蓮弥は気づいていた。進めば進むほど薄暗くなっていくことに。明らかに奴が得意なフィールドに誘い込まれていることに蓮弥は気づいていたが、現状の蓮弥にはその状況を好転させる手段がない。

 

 

 追い立てられるように少し広い場所に出る。緑光石がほとんどないためか、他より薄暗いところだった。上を見上げると逆さ吊りになった蝙蝠が唯一赤く光る目を輝かせていた。そしてそいつは口を開き……

 

「ぎぃっ!! がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 蓮弥の体が、前触れもなく弾けた! 

 

 鼓膜が破れたのか音が消える。

 

 かろうじて繋がっていた腕は千切れ落ち、そのまま体も地面に吸い込まれるように倒れていく。

 

 

 ここの地面は液状化した土でできているらしく、体が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()沈みこんでいく。これは陸に住む生き物は、例外なく足を取られる場所なのだろう。しかし、空を自在に滑空する蝙蝠には何ら影響がない。

 

 

 おそらく蝙蝠の必勝パターンなのだろう。獲物を自身の有利なエリアに誘導し、おそらく指向性の超音波攻撃だろうか。それを獲物に浴びせることで動きを麻痺させる。

 

 

 そして、ここで蓮弥はなぜ、いつでも殺せるはずの自分をわざわざ生かした状態でこの場所に連れてきたのか理解する。

 

 

 それは赤く光る四つの目だった。見ると蓮弥を追い立てた化物蝙蝠より一回り小さい個体が二体いるように見えた。つまり……

 

(俺は……生き餌……てことかよ……)

 

 おそらく子供でまだ狩りができないのだろう。だからここに生きた獲物を連れてきて食べさせるのだ。

 

 

 この状況、藤澤蓮弥にとって完全に詰みだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(ちくしょう……なんでこんなことになったんだろうな)

 

 平凡な人生だった筈だ。押し付けられた転生特典を思い出してからは、そのありふれた日々がいつか終わると思っていたから、自分なりに大切にしていた。

 

 

 前世でもそうだ。思い出せないこともあるが、自分なりに懸命に生きていた筈だったのだ。

 

 

 いつも理不尽に奪われる。

 

 

 まだ、それが事故や災害など一般的に起きうるものだったのならまだ納得していただろう。

 

 だけど……

 

(ふざけんなよちくしょう!! こんなところで終わってたまるか)

 

 蓮弥は、あの日雫と見た十字架を思い出す。

 

 もしあれが俺の聖遺物()なのだとしたら、今こそそれが必要な時だろう。

 

 

 蓮弥は残った腕で首に下がっていたお守りを握りしめた。

 

 

 生きたい! 生きたい!! 生きたい!!! 

 

 

 まだやりたいことがあった! 共に過ごしたい人達がいた!

 

 

 そして……果たさなければならない……約束があった……

 

 

(誰でもいい……なんでもいい……俺に……この状況を乗り越える力を与えろ!!!)

 

 

 

 

── 了承しました ──

 




吸血鬼(コウモリ)と足引きBBA(Bad Battle Area)
次回、聖遺物発動!

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