ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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今回は王都や教会の状況説明と先生や生徒たちの話。嵐の前の静けさ。

シルヴァリオ・ラグナロクが発表されたり、神座万象シリーズ最新作、黒白のアヴェスターが盛り上がってたりするので、これを機会にLight系作品がもっと増えればいいと思ってたりします。


王都の人々

 神山──

 

 

 エヒト神に信仰を捧げる聖教教会の総本山がある場所である。人族の約9割はエヒト教の信者だと言われており、それゆえに教会の上層部はハイリヒ王国の王族よりも身分が上であるとされ、教皇が来たときなどは、王族でも立って迎えるほどである。名前を幾度も替えはしたが、いまさらその権威を疑うものなどこの世界に住む人族の中にはいない。

 

 

 だがそんな数千年の歴史を誇る聖教教会が今、未曽有の危機に瀕していた。

 

 

 キッカケは約1か月前。突如ハイリヒ王国王都で巨大な魔力の衝突が観測されたことから始まった。

 

 

 その戦いの中心にいたのはエヒト神が人族の危機を救うために召喚した神の使徒の一人。そして対峙するのは女神と見まごうほどの美貌を持った天使だった。

 

 

 その光景を見た聖教教会の上層部は、天使と対峙する神の使徒、藤澤蓮弥を急遽異端者認定したことをハイリヒ王国全住民に伝えたのだ。元々蓮弥は勇者を遥かに凌ぐ力を持ちながら、教会に対して反抗的な態度を示していたことから、その存在を疎ましく感じていた上層部は、これ幸いと異端者認定という本来なら気軽に認定していいものではない宣告を強行したのだ。藤澤蓮弥が目障りだったこともそうだが、何より神々しいオーラを放つ真なる神の使徒が、わざわざ直接下界に降りて異端者に裁きを下すというのに、普段は神の代理人を名乗る教会は一体何をしていたんだと言う声に対してポーズを取ったのである。

 

 

 ”元々我々はかの者を異端であると見抜き、処刑する機会を窺っていたが、そんな我々の考えなどお見通しであった神エヒトが、魔人族との戦いに備えなければならない人族の負担を増やさないようにわざわざ自らの眷属を派遣して異端者を狩りに来たのだ”

 

 

 大方主張はその辺りだと推測されるが、真実がどうであったかは永遠にわかることはない。なぜなら事態は教会の思惑を大きく超えたところで終息したのだから。

 

 

 聖教教会の名の下に、あれこそは真なる神の使徒だと明言してしまったかの天使が、エヒト教信徒が集う王都に攻撃を始めたのだ。その美顔を醜く歪め、黄金の羽を闇色に変えて狂ったように呪いの叫びを上げている天使を神の使徒だと認識するものはいなかった。

 

 

 幸い、王都の危機は異端者認定されたはずの藤澤蓮弥が狂った天使を打倒することで救われることになるが、その時に起こった超魔力の激突により、大聖堂ごと教会の上層部が丸ごと消滅してしまうという事態が起きてしまう。

 

 

 それから教会は揺れた。どう見ても邪悪の化身でしかない存在を真なる神の使徒だと宣言した上に、王都を守るために戦っていた蓮弥を呪う姿を目撃した王都在住の教徒達からの非難が殺到した。中には神の愛が失われたと思ったがゆえに暴動に発展するケースも出始め、教会は一刻も早く立て直さなければならない事態になったのだが、こういう時に一致団結ができないのが人間なのだ。

 

 

 現在教会には、細かい派閥を除いて大きな枠に収めると三つの勢力が存在する。

 

 

 一つは保守派。今は亡きイシュタル教皇の意思を継ぎ、今までと同じく、むしろ人類の危機であるからこそ、以前よりもっと信心深く神エヒトの教えを遵守するべきだとする一派である。

 

 

 この派閥を支持するものは比較的老齢のものが多く、人生の大半を費やして信じてきたものを今更変えることなどできないという主張が中心だった。この派閥が主導権を握れば、以前と何も変わらない世界が広がるだろう。安定するのは早いだろうが、イシュタル教皇達のような過ちを犯す危険性もまた高いと言える。

 

 

 そして、もう一つが改革派。これを機会に教義の内容を精査し、邪神の教えが混じっていないか、教えのどこに真なる神エヒト様の意図があるのかを自らの意思で考え、必要なら変えていくべきだと主張する一派だ。

 

 

 この一派に所属するのは比較的柔軟な思考をした若い世代が多い。神の教えを今まで通り遵守するだけでは、いずれイシュタル教皇達のような愚行に走るものが出てくるのが見えている。ならこれを機会に変えられるところは変えるべきだと考えるものが多い。

 

 

 神から自立するための第一歩を踏み出した段階に見えるが、中には神の教えを都合よく解釈し、利益を得ようと野心を抱くものもいるため一概に賛同するのも難しい状態だ。この派閥が主導権を握れば前には進むかもしれないが、それに伴う混乱は避けられないだろう。

 

 

 こうして対立する保守派と改革派はあの日から日夜結論の出ない長い会議を延々と続ける泥沼状態になっているという。蓮弥からすれば異端者認定を受けてなお、騎士団の追撃などがなかったのでありがたい話だったのだが。

 

 

 

 そして最後の第三勢力。本人達は第三勢力など名乗るつもりはないだろうが、保守派、改革派双方とも無視することができない勢力。なぜならその勢力の中心にいる彼女こそ、保守派、改革派の争いに終止符を打つキーパーソンだと言われているからだ。

 

 

 そのキーパーソンの名前は畑山愛子。これまでトータスで数々の奇跡を成し遂げてきた豊穣の女神であり、第三勢力である女神を信仰する者達の旗頭である。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 園部優花は本日の訓練を終えて仲間達と共に王宮の住居まで帰還する最中だった。

 

 

 彼女達、愛ちゃん護衛隊は王都での事件の後、少し時間が経った頃に王都に帰還していた。久しぶりの王都であり、優花はもしかしたら蓮弥に会えるかもしれないと期待していたのだが、残念ながら迎えたのは蓮弥ではなく、王都民達の大歓声だった。

 

 

 今まで以上のその熱狂ぶりに一体何事と思ったのもつかの間、いつのまにか始まる愛ちゃん万歳コール。愛子がオロオロしながら王宮へ向かうと、わざわざ出迎えてくれたリリアーナより事情の説明を受けた。

 

 

 王都で起こった事件。その果てに神山の大聖堂が消滅したこと、そしてこの事件をきっかけに教会への信頼が揺らいだことで市民の間にパニックが発生しそうになったこと。申し訳ないとは思ったが、愛子の名前を使うことで混乱を収めたことなど丁寧に説明してくれた。

 

 

 愛子はそれを聞いて仕方ないと納得したようだった。優花としても王都が地獄絵図に変わるぐらいなら歓迎されたほうがマシだと思っていたのだ。

 

 

 思っていたのだが……

 

「はぁぁ」

「どうしたの、優花っち。ため息ばっかりだと幸せ逃げちゃうよ」

「そうは言ってもね。どこに行ってもこう、ジロジロ見られると」

「あー、確かに……」

 

 優花は現在、城下町をいつものメンバーで歩いていたのだが、人とすれ違う度に拝まれていた。一度や二度ならまだしも何度も何度も拝まれては優花でなくてもうんざりしてくるだろう。

 

 

 それ自体は愛ちゃん護衛隊に所属するようになって不本意にも慣れたものだったのだが、ここでは少しだけ勝手が違う。

 

 

「今こそ、エヒト様の教えを信じ、一致団結する時なのです!」

「今この世界にエヒト様の名を騙る邪神が現れました。だからこそ、何が正しくて、何が間違っているのか、一度みんなで考えてみるべきなのです!」

 

 町中で聞こえるようになったのは教会の各派閥の呼び込みの声だ。未だどうしたらいいかわからない浮遊層を取り込もうと行動している様子はまるで日本での選挙活動のようだった。

 

 

 それだけなら優花が憂鬱になる理由はないのだが。その声が明らかに自分達に聞こえるように行われているのが問題だった。

 

「行く先、行く先。遠回しに宗教勧誘されたらうざくもなるっつーの」

「まあ、園部の言うこともわかるわな。明らかにこっちを意識してちらちら見てくるし」

「直接声をかけられてないのが幸いだけどね」

 

 吐き捨てるように言う優花に対して、玉井と妙子が同意を示す。優花達は彼らが真に勧誘したい相手が間違いなく自分達であるとわかっていた。

 

 

 正確に言えば、自分たちの背後にいる愛子こそが狙いなのだろう。なにしろ今の彼女は豊穣の女神。この世界に現れた現人神なのだ。ウルの町で起きた六万体の魔物の群勢による襲撃を被害者ゼロで抑え、クーランの町で起きかけていた災害をも未然に食い止めた。それ以外でも、彼女が通った土地は実り豊かになるということで国中で崇められているのだ。現在のエヒト教の揺れ具合を見れば、ある意味神エヒトより信仰を集めている人間だと言える。

 

 

 そんな彼女がもし、どちらかの勢力に付いてしまえば、それだけで人族の9割が信仰している巨大宗教の行く末が決まってしまいかねない。今のところ強引な手段は取られていないが、愛子は各派閥の長よりこちら側についてほしいとアプローチを受けていた。その熱心なアプローチを避けるため、現在愛子は王宮の部屋でクラスメイトとリリアーナやメルドと言った一部の信用のおけるもの以外との接触を絶つ生活を送っている。

 

「特に男子は気をつけなよ。……クラスのバカどもが見え見えのハニートラップに引っかかりかけたんだから」

「うっ、わかってるよ……けどな~」

「あいつらの気持ちもわかるぜ。あんなエロいお姉さんに誘惑されたら……」

「こう、なんというか……正直童貞には厳しいというか」

 

 優花の言葉に対し、相川、仁村、そして玉井がわかってほしい男の性と語る通り、その勧誘は一時期そういう方面で攻められていたのだ。

 

 

 本来神の使徒に対するそういう干渉を防ぐために教会があったのだが、今や教会が当事者だった。この世界に来てから基本的に訓練を行っているか、オルクス大迷宮に潜っているかどっちかだったクラスメイト達は、将を射んと欲すれば先ず馬を射よとばかりに、この世界に来た際にいた容姿優先のメイド達やシスター達を派遣されて誘惑されていた。

 

 

 これに対して男子は、真の硬派なタイプ、恋人こそいないがそれなりに意識している女子の目が気になるタイプなど断る方向に向かうものもいたが、中にはふらふらと誘惑に乗りそうになっていたもの達もいたのだ。小悪党組などが筆頭である。

 

 

 幸いメルドが未然に気づいて、そういうことが無いように対策を練ることでなんとかなったが、残念そうにしている近藤達が印象的だった。

 

「はぁぁ」

 

 わかっていても、ため息が出てくる。なぜなら少ないとはいえ誘惑は女子にも及んでいたからだ。いかにも顔で集められたと言わんばかりのイケメン集団を払いのけるのも面倒なのだ。何が「俺と一緒にエヒト教の未来を考えないか」だと優花は内心うんざりしていた。

 

(どうせ……どうせ誘惑されるなら……蓮弥君が良かった)

 

 王都に帰還したら会えるかもしれないと期待していた優花だったのだが、帰還する頃には既に蓮弥は旅に出た後だった。

 

 

 ……雫と一緒に。

 

 

 それが優花を憂鬱にさせている原因の一つでもある。あの二人がいずれ恋人同士になることなど、優花にとってとっくの昔に覚悟ができていることなのだ。この世界に来る前から何度も考えて、それでも想うだけは自由だろうと思っていたのだが、いざとなるとやっぱり落ち込む自分がいるのに気づく優花。

 

「蓮弥君……」

 

 

 

 

「なんだ? 何か用事か? 優花」

「ひゃぁぁぁッ!?」

 

 つぶやきに対して返事があると思わなかった優花は思わず奇声をあげて振り返ると、そこにはつい先ほどまで考えていた存在である蓮弥がラフな格好で立っていた。

 

「れ、蓮弥君!? な、なんでここに!?」

「ああ、実はついさっき王都に戻ってきてな。一人留守番でどうしようかと思った矢先、お前達を見かけたもんだから声を掛けたんだよ」

 

 動揺する優花を他所に話は進んでいく。なんでもつい先ほどハジメ達と共に王都に到着したらしいが、曲がりなりにも蓮弥は異端者認定された身の上である。そんな蓮弥が堂々と街を歩くのはどうなのかということで、現在ユナと雫を含めた女性陣だけで物資の補給などを行なっている。たまには女子だけで行動したいということらしい。ちなみにハジメは部屋で兵器開発(DIY)ということだ。

 

「つまりやることが無いからぶらぶらしてたと……なんというか自由だよな、お前ら」

「ちょっと羨ましいかもな。俺らはまだマシだけど、王都とホルアドとオルクス大迷宮以外行ったことないやつらとかも結構いるし。せっかく異世界にいるのにもったいないよな」

「そこはメルドさんに相談しとけ。アンカジ公国とか海の街エリセンもいいところだったぞ。……ところで聞きたいんだが、そのメルドさんとか先生は無事か?」

「ああ、そのことなんだがな」

 

 玉井によって蓮弥に現在の状況が伝えられる。

 

 愛子が宗教の派閥争いに巻き込まれて大変なことになっていると。そしてメルド団長はメルド団長で何やら忙しいらしくあまり会う機会がないこと。

 

「これは先生のフォローもしといたほうがいいかもな。半分くらい俺のせいでもあるし……状況はわかった、邪魔して悪かったな」

「あ、あの! えーと、その……」

 

 優花が待ったをかけるも何を話していいかわからない。奈々などは何か期待するような目をしているが、ちょっとほっといてほしいと優花は思う。

 

「何か用事か……優花」

「えーとその~。雫は元気なのかなって」

 

 なんでこんな時によりにもよって雫のことを聞いてしまったのか、言った後後悔する優花。心なしか後ろの方で奈々と妙子があちゃーみたいな顔をしているのが目に浮かんでくる。

 

「雫か? まあ、いつも通りだよ。ハジメ達と合流してからは、時々白崎とユエがバトルするのを止めるのに苦労してたりするな」

「そうなんだ。へー」

 

 言葉が出てこない。本当ならもっと聞きたいことはあったはずなのに。そんな優花を見かねたのか奈々が前に出てきて蓮弥に対して口を開く。

 

「そんなことはどうでもいいからさー藤澤っち。ねぇねぇ、優花っちの髪型とかどう思う?」

「ちょ、ちょっと奈々!?」

「いいからいいから」

 

 突然の奈々の言葉に優花は蓮弥の視線を感じ、いたたまれなくなる。

 

「いいんじゃないか。それ、ゆるふわポニーテールってやつだろ。以前に増して雰囲気が柔らかくなって可愛いと思うぞ」

「あ、ありがとう……」

 

 優花としては、長くなりつつある髪をどうにかしたいと思っていたところで、ブルックの街に存在するある服屋の漢女店長にこの髪型を教わったのだ。何でも見た目クールな女の子を柔らかく見せるだけでなく、大人っぽさと可愛さを両立したヘアスタイルらしい。不良に見えるという自分に対する軽いイメチェンだったのだが、思ったより高評価をもらうことができた。正直優花はにやけそうになる顔を全力で抑えるのに精いっぱいだった。

 

 

 だがここで蓮弥はしまったというような顔をした後……

 

 

「あー、優花。何か他に話があるなら後でもいいか? この後ちょっと用事があってな。しばらくはここに滞在する予定だし、また旅に出るなら絶対、優花に声をかけるからさ」

「あっ、ちょっ!」

 

 去っていく蓮弥を見ることしかできない優花。もっと話したかったと思う反面、蓮弥の反応が気になる優花。まるで過剰に褒めすぎたと言うような態度だと思った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

「もうッ、玉井ぃ!」

「ちょっ!? 俺かよ!」

 

 髪型を可愛いと言ってもらえてうれしい反面、蓮弥の態度の意味を考えてもやもやする優花であった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「はぁ、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。私はただの教師でしかないのに」

 

 そしてここにも、王宮の自室にてため息を吐いている人がいる。優花以上に憂鬱なため息を吐いているのは、件の宗教の派閥争いのキーパーソンとしてその身柄をある意味狙われている畑山愛子先生だった。

 

 

 顔色自体は悪くないものの、世の中の不条理に嘆いているからか、どことなく雰囲気が暗い。最近だと働きもせずに部屋で半ニート生活を強制されているのでなおさらだった。世間にはこの世界を救うための祈祷を行なっているみたいな適当な説明をされているが、それは愛子が依頼したことだった。

 

 

 愛子は思う。なぜただの一人の教師に過ぎない自分がこの世界の未来を決定付けるキーパーソンなんてならないといけないのだ。百歩譲って豊穣の女神をやるのはまだいいとしても、愛子が冗談でも神のために死ねと言えば本当に死ぬ人がいるような現状で何かを選択するなど、愛子には荷が重過ぎた。

 

 

 愛子もわかってはいるのだ。今部屋で籠城しているのは問題の先送りでしかないのだと。

 

 

 人族には猶予がない。今この瞬間にも魔人族との戦争が始まってもおかしくない状況なのだ。なのに実際に危機が訪れるまで動かないのは人族の悪い癖であり、メルドやリリアーナなど、一部の正しい危機感を持っているもの以外は……

 

 ”盲目的に神を信じるべきだ”

 

 ”神の言葉を精査し、正しい教えを見つけるべきだ”

 

 

 など要するにどのように神に縋るのが正しいかを決めているに過ぎない。こんな調子では信じる神自体が悪神であるなど広まればどうなってしまうのか。

 

「本当に、どうすれば……」

 

 愛子は考える。どちらも一定以上の支持者がいる以上、おそらくこの派閥争いはすぐには収まらない。そんなことをしている間に、この世界の神はこの世界を破滅させようと行動しているかもしれないのに。だからこそ、愛子が前に出て意思を一つにする方が人族としては正解なのかもしれないが、それは愛子にとっての正解ではない。

 

 

 どちらの意見にも長所と短所が見られる。保守派に傾けば混乱は早期に収まるかもしれないが以前と何も変わらない、神の奴隷としての日々が続くだけだ。改革派に傾けば、人族は一歩進むかもしれないが、野心を持つものが都合よく神の教えを歪めるかもしれないし、おそらくそう簡単に改革などできないだろう。

 

 

 愛子の本音は正直どうでもよかった。愛子にとって大切なのは、生徒と無事に故郷に帰還することであり、極端に言えば帰還した後のトータスがどうなろうと感心はない。もちろん滅びればいいなどと思っているわけではないが、そんなことまで異世界人である自分達に面倒をかけないでほしい。

 

「……いけません」

 

 軽く頬を叩いて気持ちを切り替える。ずっと部屋の中で籠り切りの生活をしているせいか、思考が鬱よりになりやすくなっている。一旦思考を切り替えてみようと思うも、残念ながら愛子の気分を盛り上げてくれるような話題はなかった。その逆なら事欠かないのに。

 

「檜山君……中村さん……いったいどこに」

 

 愛子の懸念は宗教問題だけではない。むしろ最近宗教問題が活発になる前はずっとこのことで頭を悩ませていたのだから。

 

 

 突如行方を眩ました二人の生徒。メルドに聞いたところ、現在捜索中で、詳しいことはまだ話せないとのことだ。思わず抗議したくなった愛子だったが、メルドが必死になって行動してくれていることがわかってしまうので、あまり強い口調で問いただすこともできない。何か情報がわかれば真っ先に愛子にも伝えることを約束してくれた。

 

 

 二人の生徒の消失は、生徒達にも影響を与えた。過去の所業からどちらかというと疎ましい存在であった檜山はともかく、勇者パーティーの一員であり、地味だが確実に仲間を助けるのに貢献してくれていた中村恵里の失踪にはほぼ全員が動揺することになった。

 

 

 特に、親友である鈴は一時的にふさぎ込んでしまったくらいだ。今では恵里を見つけるためにという目的で一層訓練に励んでいるようだが、愛子の目からはかなり無理をしているように見えていた。

 

「……何も考えたくない」

 

 ばふ、とふかふかのベッドに身体を沈め、枕に顔をうずめる愛子。気分を変えようとしても思い浮かぶことは気分が沈むことばかりだ。最近愛子の周りで起こる出来事は何一ついい話などない。愛子の身近ではないところでも、最近クーランの町でも出現した黒い魔物が各地で現れるようになったという話も耳にした。幸いまだ大きな被害が出たという報告は聞いていないが、もし蓮弥が戦ったような魔物が出てきたらそう言っていられないだろう。

 

「藤澤君……今何してるんでしょうか」

 

 生徒の一人である藤澤蓮弥のことを思う。

 

 

 クラス内では特に親しい相手がいなかった一匹狼の彼だったが、コミュニケーションが取れないというわけではなく、孤独より孤高という言葉が似合っていた。彼の目を見ると、時々自分より年上なんじゃないかと思う時すらあった。

 

 

 そんな蓮弥と再会して、いつのまにか豊穣の女神にされてしまった──もっとも、それはもう一人の問題児のせいでもあるのだが──ことをキッカケに自分の周りが一層賑やかになった。

 

 

 愛子はベッドで仰向きになって考える。もし自分が肩書きに相応しい力を持っていて、蓮弥達の旅についていくことができたら……

 

『見て見て、あそこにいるのって、豊穣の女神様と女神の剣じゃない?』

『この前も町を襲った魔物の大群を倒して町の危機を救ったらしいわよ』

『女神様のおかげで今年も豊作になったしね』

『ほんと、あの二人とてもお似合いよね』

『えっ、二人ってそんな関係なの? 嘘、ショック。私、女神の剣の人のことこっそり狙ってたのに』

『しょうがないわよ。二人は切っても切れない、確かな絆で結ばれてるんだから』

 

 なんて……

 

「ッ! 私、何想像して!?」

 

 赤くなった顔を手で隠しながら、教師と生徒、教師と生徒という呪文を頭の中で唱えまくる愛子。

 

(それに藤澤君にはユナさんがいますし)

 

 初めて会った時、思わず女神かと思ってしまった彼女のことを思う。特殊な経歴があるらしく、文字通り蓮弥の剣となって共に戦っていた彼女。彼女と自分を比較して勝ってるところなんてあるのか考えてしまう。

 

(あんなに綺麗で優しくて、スタイル抜群の彼女がいるんだから私なんて…………だから違う、違うって私ぃぃ!!)

 

 皮肉にもこの思春期真っただ中な女子高校生のような妄想のおかげで、いくらか憂鬱な気分が吹き飛んだ愛子は、この調子でこうなったら上げられるところまでテンションを上げてみようと思い拳を握りしめ奮起してみる。

 

「そうです! そもそもこうなったのは藤澤君が原因なんですから、藤澤君は責任を取るべきなんです。ええ、そうですとも。次会ったら先生権限でこの現状を打破するためのお手伝いでも……」

 

 

 

「別に手伝いをやることはやぶさかではないんだけどな。一人自室で声高らかに宣言するのはどうなんだ?」

 

 

 

「ひゃぁぁぁッ!?」

「先生もか、今日はこんなのばっかりだな」

 

 心臓が跳ね上がると同時に身体も跳ね上がる。そしてまるで弾かれたように愛子が窓の方を見ると窓枠に腰掛けるように蓮弥が座っていた。

 

「ふふふふ藤澤君!? な、何であなたがここに。藤澤君は旅に出ているはずでそもそもここは王宮なのにというか何で窓から入るならせめてノックを……」

「落ち着けよ先生。そんなに捲し立てるようにしゃべると息切れるぞ」

「ぜぇ、ぜぇ、誰の、せいですかぁ」

 

 一端落ちつくために深呼吸を一つ入れる愛子。相変わらず彼にはびっくりさせられっぱなしなのだ。今更これくらいと一応体裁を整える。

 

「なぜ藤澤君がここに? 旅に出ているんじゃなかったんですか?」

「ちょっと用事があって王都に寄っただけだよ。窓から入ったのは先生ご自慢の騎士に睨まれると怖いからな。あと言っとくとノックはしたからな」

 

 前回と同じような理由で窓から侵入したと悪びれもなく言う蓮弥。そしてノックの音にも気づかないほどトリップしてたのかと思うと急に恥ずかしくなる愛子。

 

「この町をちょっと見て回って何となく先生の現状がわかった。だからここで思い切って俺に相談でもどうかなと」

「急に来たと思えば何を言いだすんですかあなたは。そんな、別に藤澤君に相談することなんて何も……」

「先生だって自覚してるんだろ。このまま部屋で引きこもってたら憂鬱になるだけだって。今テンション上がってるみたいだし、今のうちに勢いでぶちまけたほうが楽だぞ。ほら、先生の手伝いの一環みたいなもんだよ」

 

 本当に急に来たと思ったら割と重い悩みを、先生が生徒に頼み事をするような感覚でぶちまけろと言ってくる蓮弥。

 

 

 確かにこのまま一人で考え込んでも気分が高揚することはないだろう。それならば少しだけ頼ってもいいのではないかと愛子は思ってしまう。

 

 

 正直色々限界だった。誰かに聞いてほしかった。愛子の心の堤防は蓮弥の登場で決壊し、ぽつりぽつりと今抱えていることを吐き出していく。

 

 

 豊穣の女神なんて呼ばれている自分の存在が、今後の世界最大の宗教の行く末を決めるかもしれないという重み。行方不明になった清水、檜山、恵里の安否。この王都で流れる不穏な気配。いつ魔人族との戦争が始まるかもしれないという不安。大人である自分がしっかりしなくてはいけないのに怖くて仕方がないこと。

 

 

 愛子が話すだけ話した後、黙って聞いていた蓮弥はおもむろに口を開くと同時に、その纏う気配を唐突に変化させた

 

「なあ、先生。……いっそのこと、自分の立場を利用するというのはどうだ?」

「えっ?」

 

 愛子は思わず蓮弥の目を見た時、ぞくりとするものが背筋を通り過ぎて行った。

 

「先生は現人神……つまり()()()()()()()()()()()()。その立場を利用すればもっと自分やクラスメイトの有利になるように誘導することができるんじゃないか」

「……何を言って……」

「例えば、この地に降り立った生徒達はこの世界を支える重要な要であり、一つでも欠けてしまうと世界が崩壊するなんて感じでホラを吹くんだ。生徒達を命がけで守ることこそが神のご意思なんて言い方をすれば、生徒達を守るために文字通り命を懸けるやつだって出てくるだろう。そうやってこの世界の住人達に()()()()()()()()()、自分達は安全な場所で元の世界に戻る手段を探すんだ」

 

 蓮弥はつまりこう言っている。豊穣の女神の立場を利用して、生徒達や自分に都合のいい世界にし、この世界の住人を生贄にして生き延びればいいと。

 

「その意思に従わないやつは全員異端者にしてしまえばいい。そうすればこの世界の住人は、勝手に先生に従わないやつらを排除してくれる。自分たちの都合で俺達を神の使徒にしたのはこの世界の住人だ。それを利用するだけ利用して何が悪い?」

「何を……何を言ってるんですかッ?」

「これが先生のできる最大限の今の立場の利用方法だよ。これなら少なくとも生徒は戦争に参加なんかしなくてもよくなる。……今の先生には、それだけの力があるってことだよ」

 

 愛子は思う。確かに生徒達を守ることだけを考えるのなら、魅力的な意見だと言えなくもない。神エヒトが自分の都合で自分達を召喚して、それが神の意思だと勝手に神の使徒呼ばわりして戦いを強制してきたのはこの世界の住人であり、聖教教会という組織なのだ。今まで振り回されてきたその組織を、今度はこっちが都合よく利用する。生徒達は絶対に守らなければならない。生徒達のために死ぬことは何よりの喜びであり、誇りに思うことだ、などという洗脳みたいなことも、今の愛子ならできてしまう。

 

 

 だけど……だけど、それは。

 

「……藤澤君。……私に二度とそんなことは言わないでくださいッ!」

「つまり、先生はこのまま生徒達が戦争に巻き込まれてもいいと?」

「いいわけないですッ! けど、けど、そんなことをして生徒を守ったら、私は二度と、胸を張ってみんなの先生だと名乗れなくなります」

 

 教師とは、生徒を教え、導くものなのだ。いわば生徒達が人生設計をする上で模範となるべき存在。そんな教師が積極的に他人を犠牲にして、踏みにじってでも、自分達さえ助かればそれでいいとは教えることはできない。たとえそれがベストな選択だったとしても。

 

「私はあくまで教師なんです。その矜持を捨てることなんてできません」

 

 蓮弥の目を真っすぐ見て答える。正直そんなことを目の前の彼に言う資格なんてないと愛子は思っている。なぜならこの世界でもっとも危険な場所で戦っているのは蓮弥やハジメであり、自分たちは彼らの齎す帰還方法という恩恵をただ授かることしかできないのだから。

 

 

 自分の立場を利用すれば、過酷な戦いに身を置く彼の手助けになるかもしれないのに、その選択を取らない。これはある意味裏切りなのかもしれないと思っていた愛子だったが、その目を受け止めて、蓮弥が柔らかく微笑む。

 

「そうか……悪かったな、先生。試すような真似をして。()()()()()()()()どうしても聞かざるを得なかったんだ」

「えっ?」

「だけど……そうか、先生だからか。……なら大丈夫だ。きっと先生が先生である限り、神の力を得てもきっと間違った使い方をしない。本当に、一緒にきてくれた先生が愛子先生でよかったよ」

「ふぇ!?」

 

 柔らかい表情のままそんなことを言い始める蓮弥に思わず赤くなってしまう愛子。

 

「まあ、愛子先生はこんなところでうじうじ悩むなんて似合わないと思うぞ。悩んだところで先生は先生でしかないんだ。だからいつものようにちっこい体を命一杯動かして、生徒のためにできることを考えて、半分暴走している熱血教師の方が性に合ってる」

「ちっこい!? 暴走!? 藤澤君そんなことを考えてたんですか!?」

 

 

 愛子は文句を言いつつも考えていた。そうだ、世間から豊穣の女神だのこの世界を救済してくれるものだの言われ続けていたせいで、自分が何者か見失っていた。畑山愛子は教師なのだ。神の使徒でもなければ女神でもない。そんな自分が世界をどうこうするだのなんだの背負い込みすぎていた。

 

「とはいえ、それだけじゃ現状は変わらないよな……行方不明になった奴については正直足で探すしかないし……いっそのこと俺達の旅についてきてもらうか」

「私がですか!?」

「正確には護衛隊の奴らもな。このまま王都に先生が滞在し続けてもいいことはない気がするし、神の使徒も先生をこのまま放置するとは考えにくい。つまり現状俺達と一緒にいるのが最善だということになる。まあ、これはハジメと相談しなきゃらないないことだけどな。だから先生は覚悟だけしといてくれ」

「……一緒に居てくれるんですか?」

()()のご希望とあらば、()()として応えるよ」

 

 愛子は心に余裕ができるのを感じた。不思議とこれからのことも彼が側にいてくれるなら、なんとかなると思えてしまう。

 

 

 蓮弥がやたら先生と生徒の部分を強調することに、ちょっと胸の痛みを覚えたことについて、愛子は気づかないふりをした

 




>優花の髪型
アニメ13話のエンディングにちょろっと出てきたあれです。作者のツボに嵌ったので採用。

>蓮弥と先生
蓮弥が先生に対して懸念したのは渇望関係。先生なら大丈夫だとは思ってましたが、引っ掛かってたら説得するつもりでした。


ちなみにですが、本編中には出てきませんでしたが、教会の両派閥の過激派が愛子に無理やり言うことを聞かせようと先生や生徒を狙った割と腕利きの刺客なんかを何度か派遣しているのですが、なぜか全員記憶を失った状態で発見されていたりします。一体誰の仕業なんだろうか。

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