嵐の前の最後のひと時。
ハイリヒ王国の王宮。
もちろん王族が住まうそんな場所で、現在リリアーナは書類の山に文字通り溺れそうになりつつも、公務を行っているところだった。
あの事件から約一か月。教会の混乱を他所に、ハイリヒ王国としては王が崩御したことを端にした王宮の混乱も収まりつつあり、もう間もなく新たな国王になるランデルの即位の儀式が執り行われることになっていた。
とはいえ、悩みは王宮だけではない。リリアーナだけが知っている問題がいくつか存在する。
神エヒトが邪神であること。檜山大介の裏切り。国中に現れている黒い魔物の存在。つい最近だが、エリセンの方に見上げるような巨大な異形の怪物が現れたという情報も既に耳に入っている。
それだけ揃えば近いうちに何かがおこるのだと真っ当な感覚をもっているなら察することができるだろう。
リリアーナは、正直このタイミングで国王が崩御したのは割と致命的だと思っていた。今の国の最高責任者は母である王妃だが、人手不足もあり、自分も重い責任を負うことになっている。何事も起こらなければそれでいい。王宮は時間と共に更に安定するはずだ。だか、もし何か起きれば……リリアーナは姉心からランデルにはせめてもう少しマシな状況で即位させてあげたいと思っているのだが、それが叶わないかもしれないという覚悟をしなくてはならない。
「リリアーナ様、もう働き始めてからかなりの時間が経過しております。ここで一息入れてはいかがでしょうか?」
「……そうすることにします」
リリアーナは長年支えてくれている信頼できる侍女の忠言を聞き入れて、一息入れることにする。流石にずっと働きっぱなしではいつか倒れてしまう。普段だったらそれが民達のためになるならと侍女の反対を押し切って仕事に没頭するのだが、この状況だとそういうわけにはいかない。いざ、魔人族やら神の攻撃やらが始まった時、倒れて動けませんでは済まないのだ。休める時には休まなくてはならない。
「町の様子はどうですか? 何か変わったことは?」
「はい、町に雇い入れた傭兵が増えたことで少し治安の乱れはあったようですが、問題ないと言っていいでしょう。後は教会の活動が非常に活発ですね」
「ああ、あの派閥争いですか」
リリアーナは教会の危機感のなさに呆れていた。もちろん改革派の中には現状を憂いた上で、今こそ自分達は変わり、成長しなければならないと主張しているメンバーもいることだろう。だが、そういう人達より、明らかに権力や利益が目当ての野心でギラギラしている連中の方が、声が大きいものなのだ。
「いっそのこと戦争でも起きれば、彼らも身内で争っている場合ではないことがわかるのでしょうかね」
「それについては返答致しかねます。それから、その言葉は外では絶対に発言しないようにお願い致します。現状機能していないとはいえ、教会の権限が消えたわけではありませんので」
「わかっています。けどこうも悪いことばかり起きると愚痴の一つも言いたくなります」
侍女に愚痴を言いつつ休む体勢に入るため、ベッドに飛び込むリリアーナ。
「そういえば姫様が気になるであろう話題が一つあるのですが……」
「何ですか? 気になることとは」
「これはつい先ほど入った情報なのですが、件の女神の剣である藤澤蓮弥様が現在、王都に戻ってきているそうですよ」
「!? それは本当ですか!?」
「はい、現在彼は王都の町を一人で自由に散策しているようです。仮にも異端者認定されている身で呑気なものだと申したいのですが、彼の力を持ってすれば、教会騎士の軍隊など敵ではないので仕方のないことなのかもしれません」
「そうですか、彼が……」
それはリリアーナが久しぶりに聞いた朗報だった。あの日の事件での活躍により、彼の力は疑う必要がないものであることは王都の民達なら誰でも知っている周知の事実だった。
愛子の護衛などから聞いた話や、各地での行動により扱いにくい存在であることが判明しているハジメよりかは協力してくれる可能性が高い上に、リリアーナが個人的に関わりがある人物でもある。
『やめとけやめとけ。正直あんたは好みじゃない』
なぜか二人での密会時でのセリフを思い出したリリアーナ。これでも多少自分の容姿に自信があったリリアーナをバッサリ切り捨てた蓮弥に対して腹が立ってくる。しかも明らかに胸を凝視した上で好みじゃないなどという失礼極まりない言葉を言ってきたのだ。
「まったく、彼は私をなんだと思っているんでしょうね。これでも私、王女なんですよ。それなのに人の胸をジロジロ見た挙句、好みじゃないなどと失礼すぎます」
「……心配なさらずとも、リリアーナ様の母君であらせられるルルアリア王妃殿下は、大変豊かな胸の持ち主ですので、リリアーナ様もあと数年もすれば、彼が無視できないくらい立派に成長なされますよ」
「なっ!?」
思わずベッドから起き上がるリリアーナ。侍女はその様子を見ても素知らぬ顔をしている。
「ちょっとエリザ。それはどういう意味ですかッ? 別に私は彼なんて……」
「ほう、それなら以前、私にどうすれば胸が大きくなるのか尋ねてきたのはどういうことだったのでしょう?」
「あれは、その……そう、気の迷いですよ。気の迷い。大した意味なんかありません」
そう言い訳する主人をエリザと呼ばれた侍女──ちなみに彼女も王妃様同様、非常に豊かな胸を持っている美女である──は観察する。おそらくまだ恋愛には発展していない、一種の憧れのようなものだと判断。ただし、もしあと一度でも危ないところを助けられるとコロっといきそうだとリリアーナが聞いたら抗議しそうなことを考えていた。
「まったく、彼には困ったものです。どうせアンカジ方面で起きたことを解決したのも彼らなんでしょうし」
リリアーナはあの日、屋上であったことを思い出す。思えば王族として公務を行うようになってから他人の前で泣いたのはあれが初めてだったのだ。初めて他人に弱さを見せてしまった。そんな彼になら、取り繕う必要はないのかもしれない。
「なら、私を泣かせた責任を取って貰うために、これから起こるであろう危機もついでに救ってもらいましょうか」
それは蓮弥のことを信頼しているからこそ出る言葉だとリリアーナはまだ気づいていない。
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王都にある大広場。中央に噴水があるその場所は、王都民達の待ち合わせ場所に使われたり、何かの行事の中継地点として使われることも多い。つい最近で言うなら王都での豊穣の女神愛子様伝説が始まった場所でもある。そんな何か大きなイベントがあると中心地点としてよく使われる場所のベンチにて、訓練を終えた谷口鈴は一人座っていた。
彼女は一人物思いにふけることが増えていた。もちろん訓練中やクラスメイトの前ではムードメーカーとしての役割を果たすため努めて明るく振る舞っているが、彼女の内心は大荒れだった。そしてその原因というのはもちろん一つしかない。
(恵里……いったいどこへ行ったの?)
いなくなった親友のことを考える鈴。
それはあの神山での蓮弥とフレイヤの死闘があった日の数日後、鈴の親友である恵里は何の脈略もなしに消えてしまった。鈴は当初、親友を心配するあまり、普段からは想像もできないような剣幕で、メルドに恵里について何かわかったことはないかを毎日聞きにいっていた。しかし魔人族や人攫いに攫われたにしては痕跡がなさすぎし、かといって一人で旅立ったとしても腑に落ちないところが多い。だから現在調査中なのだとしかメルドは言ってくれない。その後、忙しくなったメルドを見て、流石に聞くのをあきらめたところだった。
いや、例えメルドが忙しくなかったとしても、彼女はもう彼に話を聞くことはできなかっただろう。なぜなら、鈴は聞いてしまったのだ。
メルドと副官ホセの秘密の話を……
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『本気で言ってるんですか、メルド団長!? 中村恵里が兵士達を死体にして操っていたなんて』
『まだ仮説でしかない。結局俺達は一歩遅かったんだ。病にかかっていた兵士達は全員行方不明だからな。証拠は何もない』
その日は、たまたまメルドに用があり、たまたま廊下を早足で歩くメルドの後をこっそり付けたことが始まりだった。
『俺達に躊躇いなく襲い掛かったことから、大介が凶行を行い、おそらくかなりの数の兵士を手に掛けたのは状況的に間違いない。だが正直言うなら大介一人でこれだけの大事件を起こせるとはどうしても思えないんだ』
『つまり、彼の後ろで糸を引いている人物がいて、それが中村恵里だと……いくら何でも突拍子すぎやしませんか?』
『勘違いなら構わない。だけどやはり虚ろになっていた兵士たちの様子が気になってな。あれから知り合いの降霊術師を訪ねて、王都で起こっていた流行り病の症状を話したんだ。そしたら、降霊術で死体を操っている時の状態に近似しているとの証言を得た』
『だけどもしそれが本当だったとしたら、彼女はたった一人で何百人の兵士を操っていたことになります。そんなこと可能なのですか?』
『それも知り合いに聞いたよ。……自分ではせいぜい数人を操るのが限度だそうだ。ただし、よほどの天賦の才をもっているのなら可能かもしれないとは言っていた。過去に数度だけ例があると』
恵里と同じく行方不明になっていた檜山大介がメルドを襲い、何人も兵士を殺した。そしてそれをやらせていたのが恵里であり、殺した人間を操っていた。鈴はメルドとホセが話す内容を頭に入れるので精いっぱいだった。考える余裕などない。
『ですが、彼女は確か降霊術をまともに使えなかったはず。それはメルド団長もご存じでは?』
『確かにそうだったんだがな……』
メルドの声に恐れが混じっているのを感じる。まるで自分の教え子の中に得体のしれない化物がいたと告げられたような顔だった。
『……本当に勘違いであってほしいと俺も思う。俺の目からみても彼女はそんなことをする人間には見えなかった。だけどもし、もし俺達が見てきた中村恵里という人間が全て演技されていたものだったとしたら……本当は降霊術を十全に操れるのに隠し続けていたとしたら、もしかしたら勇者パーティーにはとんでもない怪物が潜んでいたのかもしれん……とにかくそうなってからでは遅いが、何の証拠もなしにおいそれと他人に話せる話でもない。だから現状は俺達だけで情報を共有することにしよう。もし虚ろな人間を見かけたら知り合いの降霊術師に見せるために拘束する。いいな』
『はい』
ここまで聞いて鈴は気づかれないようにして逃げ出した。一体メルド達が何を言っているのかわからなかった。恵里がそんなことをするはずがない。
いや……
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鈴は一人でベンチに座って沈む夕日を眺めている。
メルドの話を思い出して、その時の感情を思い出す。親友を疑うメルドに強い敵愾心を抱いていたか、それとも親友がそんな凶行に及んだかもしれないという情報を得て驚愕で埋め尽くされていたのか。
それは違うと鈴は否定する。
あの時の鈴は……
鈴は知っていた。恵里には隠された顔があると言うことを。
中村恵里に対する周囲の印象を聞いたなら十人全てがこう答えるだろう。
大人しく控えめで、一歩引いた位置から全体を客観的に見ることの出来る女の子。普段は口出しを控えているが、ここぞと言う時には的を射た意見を言える思慮深さと、さり気なく手助け出来る気配り上手な女の子。少し後ろから微笑みながら追従する姿は大和撫子のよう、と。
しかし鈴には、一人で留守番をすることが多い家庭で育ち、両親を心配させまいとお手伝いさんのアドバイスに従い、笑顔というペルソナを使っていた彼女は、違った印象を抱いていた。
一言で言えば闇があるということだろうか。その目には打算という感情があったともいう。とにかく恵里が周りの評価とは正反対の性格ではないかということを察していながらも、鈴は親友にそれを指摘したことはない。
理由は簡単だ。この友情関係が終わってしまうのを恐れたから。
中村恵里は谷口鈴にとって一番付き合いの長い親友になる。そんな彼女との関係が嘘だったとしたら。本当は恵里も鈴のペルソナに気付いていて、それを利用してただけではないか。そんな残酷な真実が出てくるのではないかと恐れたのだ。
偽物でもいいから心地よい日常を守りたい。鈴にはそのようなことを考える打算的な一面がある。つまり誰よりもフレンドリーに接しておきながら、誰に対しても壁を作っている。そんな自分に深く踏み込ませない、相手に深く踏み込まないという境界をきっちり設けている自分だからこそ、結界師という天職を授かったのかもしれない。恵里のことを考えている内に鈴はそのようなことを思っていた。
そして、その親友は現在行方不明になっている。
もし、もしメルドの懸念が当たっていたら。鈴が想像している恵里の本性が事実だとしたら……もしかしたら自分は防げたかもしれない被害を……防がなかった大罪人なのではないか。最近そんな思考ばかりが過る。
そんなことを考えながら、一人で沈む夕日を眺めていた鈴だったが、よく目を凝らして見ると、何やらこちらに近づいてくるものが見えた。
「へっ?」
それは中々のスピードで爆走していた。具体的には自動車の法定速度よりかは確実に早いだろう。そんないかにも青春の一ページかのような光景は、鈴の知っている人物が起こしたものだった。そしてその人物も鈴のことに気付いたのか、急遽進路を変えこちらに突っ込んでくる。
「へっ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!!」
鈴は急いで結界を展開する。そして結界を展開した直後、目の前で先ほどまで爆走していたクラスメイト、坂上龍太郎が急ブレーキをかけて停止。その影響で周りに砂ぼこりが立ち込めた。鈴は結界を張ったからいいが、周りに人がいればいい迷惑である。
「おっす、谷口。どうしたんだ? こんなところで」
「どうしたんだはこっちのセリフだよ龍太郎君。確かそっちも訓練終わったばかりだよね」
後衛組と前線組の訓練の内容は違う。だが、魔人族カトレアの襲撃以降、益々訓練が厳しくなったという意味では前衛後衛関係ない筈だ。今日も訓練を終えて、ほとんどのクラスメイトはヘトヘトになっているのに。
「いやー、ちょっと一汗かきたくなってな。軽く王都を十周してきたところだ」
「十周!? 一体王都外周が何キロあると思ってるの!? ねぇ、バカなの、本当にバカなの!? また倒れても知らないからね」
龍太郎は勇者パーティーの中でも一際伸びている内の一人だった。
その成長の秘密は彼がダニエル神父と蓮弥により与えられた技能『闘気変換』。空気中の
この技能を手に入れた当初は
そして
「それで、谷口は何やってたんだよ。こんなところで一人で」
「あはは、ちょっと夕日が綺麗だったからね。たまには一人で黄昏てみようかなって」
そして鈴はいつも通り笑顔の仮面を貼り付ける。
鈴は自分の立ち位置をよく理解していた。自分はクラスのムードメーカーであり、自分が暗くなるとクラスまで暗くなってしまう。ましてや雫が不在の中、まとめ役もやっているのだ。だいぶ板についてきたとはいえ、当初はやはり相当くるものがあった。少し雫を恨めしく思うと同時に、よくこんな個性的なメンバーを纏めていたなと感心する日々だった。
「……」
その鈴の言葉に無言を返すと龍太郎は、首を傾げる鈴の横にドカっと腰を据えて座る。
「……なあ、谷口。お前……何かあったのか?」
「何がって何かな? ああ、そういえば最近王都で……」
「いや、そういうんじゃなくて……お前、最近結構無理して笑ってるだろ」
その言葉に固まる鈴。その様子を見ても動じずに龍太郎は話を進める。
「前々から何で笑わなくてもいいところで無理やり笑ってんのかなとか思ってたけどよ。最近……特に中村がいなくなってからよりそう思うようになった。あんまり俺に言われたくないかもしれねぇけどよ。ダチがいなくなって辛いんなら、無理して笑うことねぇんじゃねぇかな」
鈴はふつうに驚いていた。確かに、恵里がいなくなって数日は流石に笑うことができなくなっていたが、このままだと空気が悪くなると思い、絶対に恵里を探し出すという方向でペルソナを付け替えたのだ。女友達も気づかなかったのに、まさか龍太郎に気づかれているとは思わなかった。
「ねぇ、龍太郎君。少しだけ、話を聞いてもらってもいいかな」
「あん? まあ、いいけどよ。俺に気の利いた返答とか期待すんなよ」
「わかってるって。ちょっと聞いて欲しいだけだから」
だからか、鈴は普段なら絶対に他人にしないような行動を起こした。ちょっとした気の迷い。最近知ってしまった情報は、流石に鈴の中で処理しきれるものではなかったのだ。本音を言えば、誰かに聞いてもらいたかった。だがこういうことは、賢い人や勘のいい人には話せない。そういう意味で言うと基本おバカな龍太郎はちょうどいい相手だと言えた。
「もし、もしだよ。もし……仲の良い友達がさ、何か悪いことをしてるかもしれないとしたら……龍太郎君はどうする?」
「とりあえず一発ブン殴る」
「…………」
半分想像していたとは言え、想像以上に脳筋丸出しの返答だった。
「もし間違いだったら謝った後、いくらでも殴られてやる。だけどもし、ダチが悪いことをしてたなら殴ってでも目を覚まさせてやる。……何より俺が、そうしてやらなきゃいけないと思ってる」
脳筋丸出しの返答だったのだが、龍太郎の答えは思ったより真剣なものだった。
「質問を聞いてる側なのに悪いけどよ。一つ聞かせてくれ。谷口はさ……光輝のことをどう思う?」
「光輝君? うーん…………まあ、良い人だとは思うよ」
ちょっと返答に困ってしまう鈴。
王都でのフレイヤ襲撃事件の後、天之河光輝は勇者として、メルドから毎日特別訓練を受けていた。聖剣が治ったのは良いのだが、本来の性能よりパワーダウンしてしまったらしく、低下する勇者の戦力を補うための戦闘術の訓練を行っていると言う。特に最近メルドは、光輝への修行の中でも精神鍛錬に力を入れていると鈴は聞いている。
現在、クラスメイトの光輝への評価は、正直微妙なことになっていると鈴は思う。光輝は成績優秀で、容姿端麗、スポーツ万能。そして誰にでも優しく、明るくカリスマがあり、皆を引っ張っていく頼りになるクラスの中心人物、という評価に陰りが出始めたのはホルアドでの蓮弥との決闘がキッカケだった。
あの時、蓮弥によって突きつけられた言葉に対して、光輝はまるで子供の癇癪のように暴れることでしか返すことができなかった。そのことが広がったせいか、光輝の精神的な幼さが明るみに出ることになり、評価にマイナスがかかることになったのだ。ここに来る前には彼が近くを通るだけで黄色い声をあげていた女子だが、今ではそうでもないと言う人物は多い。
そして光輝のマイナス評価の要因の一因として、いずれどちらかが光輝の恋人になるのだろうと誰もが思っていた香織と雫が、揃って光輝ではなく別の男を選んだということがあげられる。ある意味香織と雫の存在が光輝の格を上げていた部分があるので、それがなくなった結果、実はたいしたことはないのではないかと考える者がいたと言うことだ。
ちなみに余談ではあるが、クラスの男子の中で気になるのは誰? と言った修学旅行のノリ的な人気投票がクラスの女子内で行われたことがあるが、その投票の結果、現在気になる男子一位は蓮弥だった。
蓮弥はこの世界に来る前は、クラスでも一人でいることが多く、発言も控えめで目立つタイプではなかった。だが蓮弥が王都に滞在した時に、意外と気さくに話せる人だということが判明してから、実は光輝に比肩するトップクラスの容姿や、同世代よりちょっと大人びた部分などが連鎖的にわかってきたことで人気が急上昇したという感じだ。
そして何より王都で見せたあの戦闘力。強さなどは地球にいる時にはほとんど考慮する必要もない項目だが、この世界では事情が違う。
この世界で高ランクの冒険者や、王国騎士などが割と容姿とか性格関係なしにモテるのは単純に強いからだ。常に命の危険と隣り合わせのこの世界では、女はどうしても本能的に強い男に惹かれてしまうものであり、今ではこの世界に馴染んだクラスメイトの女子もそこは変わらない。
そういう意味では、現状蓮弥以上に頼りになる男は周辺に存在しないことになるわけだ。もっとも、王都にいる女達はクラスメイトやクラスメイト以外も含めて、蓮弥と雫の仲を散々見せつけられた者達ばかりなので、あれを見せられてなお、男子がおこなった気になる女子ランキングにて未だにトップランカーの一人である雫に対抗して、直接蓮弥にアプローチをかけようと考えている女は、ほぼいない。
そして、2位はクラス外の人物であるはずのメルドが選ばれた。クラスメイトの中で彼の世話にならなかったものは一人もいないと言っていいほどお世話になっていることもあるが、生徒達と積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿勢や、何気ないことでも気軽に相談に乗ってくれる近所のお兄さんみたいな性格。また騎士団長の名に恥じない能力、そして時折見せる同年代の男子ではどうしても出せない大人の男の色気にクラっときてしまった女子は多いようだった。ネックがあるとすれば地球出身じゃないことや、年上すぎるという意見があることくらいだろうか。
3位に地球の時とギャップもあり、怖いという意見を持つ女の子もいるが、大迷宮の魔物相手に無双した戦闘力や、仲間には優しい態度、そしてあのちょっと危ないワイルドなところが逆に良いという女子から支持されたハジメが続き、4位になってようやく光輝が出てくる。誰かを助けるために、毎日懸命に努力していることは本当なので、一定の評価が残っているという感じだ。中には現状唯一の欠点である精神的幼さが、メルドの精神鍛錬によって解消されることを期待している女子もいる。
龍太郎の光輝のことをどう思うという質問に対し、鈴は無難に良い人だとは思うと返事を行う。良い人だけど恋人にするのはないなという時の返答である。
「そうか……俺にとって光輝はさ、ずっとすごいやつなんだ。ガキの頃から、虐められている奴がいれば、例え相手が体のでかい上級生だとしてもそいつを守るために立ち向かったし、困ってるやつは誰であっても助けようとした。正義感があって、みんなの先頭に立って積極的に俺達を引っ張っていく光輝は、俺達にとってヒーローだった。中学までの同級生なんかは同じことを思ってる奴は
「そうだね……何だかんだ言っても、異世界に飛ばされた直後に私達が纏まって行動できたのは光輝君のおかげだと思うよ」
鈴のその言葉に嘘はない。もし、あの時光輝が勇ましく堂々と勇者をやることを宣言していなければ、自分たちは身内の中でもバラバラになっていたかもしれない。一番肝心の初動が揃っていたのは間違いなく光輝のおかげである。
「そうだな。……だけどよ、藤澤が光輝に対して厳しい言葉をかけた時思った。……俺は本当に今の光輝を見てたのかってな」
「龍太郎君……」
「俺はさ、身体を動かすことは昔から得意だったけどよ、やっぱり考えて行動するのはずっと苦手だった。よく雫に、もっと考えて行動しろなんて言われてきたもんだ。ごちゃごちゃ考える前に行動したほうが早い、そう考えてた」
鈴は龍太郎の横顔を覗き込んで見る。そこには今まで見えなかったものが見えてきたせいで、悩むことになった男の顔があった。
「そうやって俺は、ずっと考えるのを放棄してきたんだな。光輝の言う通りに行動すれば間違いなんておきない。そんなことを本気で信じてた。……自分の頭で考えてたら、香織が南雲のことを好きだったことも、どうして光輝が南雲にだけ辛く当たってたのかの理由も、気づくチャンスはいくらでもあったんだ」
クラスの中にはハジメより不真面目だった小悪党四人組という生徒だっていた。オタクっぽいやつなら清水という生徒だっていた。それにも関わらず、光輝がハジメにだけ辛く当たってたのは、私情が混じっていたからに他ならない。檜山達がハジメを攻撃していた時など、流石の龍太郎でもリンチにしか見えなかったのに、光輝は南雲のためだったのかもしれないという言葉を使った。虐められていた年少組を守るために、体の大きい年長者に立ち向かって行った頃の光輝の言葉ではなかった。
「勇者を支えてやるのが勇者の仲間の役目であるはずなのに、勇者と一緒に馬鹿やって、何度もパーティの状況を悪くして……自覚すると酷いもんだよな……ってどうした谷口?」
龍太郎の独白をポカーンとした目で見る鈴。龍太郎は反応が無くなった鈴の様子が気になったのか、語りを中断して鈴の様子を窺う。
「あ、あ、あ」
「あ……?」
「頭大丈夫!?」
「なんでだよ!?」
散々引っ張って鈴の口から出たのは龍太郎の頭を心配する言葉だった。
「だって、脳味噌まで筋肉で出来てる人物代表みたいな龍太郎君がこんなに考えてたなんて……ねぇ、本当に大丈夫? 知恵熱とか出てない?」
本気で心配しながら小さな手を龍太郎の額に当てる鈴。その行為に顔を赤くして慌てる龍太郎。
「流石に失礼すぎるだろッ、というか近けぇよ、離れてくれ」
「顔がちょっと赤い……やっぱり熱があるんじゃ」
「だから違うって。あー、もう俺のことはどうでもいい。要は……」
龍太郎は一旦鈴から距離を離し、改めて宣言する。
「次、光輝が何かバカやることがあったら……それを止めるのが俺の役目だと思ってる。言葉で通じないなら拳で、心で伝えてやる。それをやるのは藤澤でも南雲でもねぇ、光輝の親友である俺の責任だ」
親友が間違った道に進みそうになったら、殴ってでも止める。それができるのは親友である自分だけ。
そのあまりにも愚直な言葉は、単純故に鈴の心にもダイレクトに響いてきた。
「そっか……そっか」
鈴は龍太郎の言葉に何か熱のようなものを受け取ったと感じる。自分がやるべきことの、答えが見えた気がした。
「なら、訓練……もっと頑張らないとね。龍太郎君も……私も」
「おう、俺が手に入れた闘気変換つう技能は俺と相性がいいみたいだ。いきなり派手なことができるわけじゃねえけど、身体を鍛えれば鍛えるほど、強くなるのが実感できる。まるで宇宙最強の戦闘民族に生まれ変わった気分だ」
「あはは、何それ。龍太郎君、月を見て変身でもするの?」
「ばっか、そこはこう、スーパーな感じになるんだよ」
沈み行く夕日がよく見える大広間のベンチで龍太郎と鈴は共に笑う。その鈴の顔に浮かんでいる笑顔は、親友がいなくなった後、初めて見せた仮面ではない本当の笑顔だった。
>エルザ
リリアーナの専属侍女の一人、もう一人の専属侍女のヘリーナの姉、オリキャラ。巨乳美人。
>龍太郎の成長
ある意味ホルアドでの光輝への説教により光輝以上に成長している人物。バカなりに考えるようになったことと守りたい人物ができたことによる補正。
なお、本人は宇宙最強の戦闘民族を語っているが、すぐに龍太郎は宇宙最強の戦闘民族を名乗るのにふさわしい人物が誰なのかを同じ闘気使いの少女に思い知らされることになる。
次回、戦争開始。