ハジメ達はまず、出てきた神獣『ジャバウォック』に注目する。見た目はずんぐりした体型の二足の魔人であり、全長はおそらく四十メートル以上。角と翼、そして尻尾が生えている悪魔と言って過言ではない威圧感。そしてその魔力は、魔物というカテゴリの中ではかなり強力な部類に入るであろうと推測できる。少なくともオルクス大迷宮の深部にいたヒュドラよりは確実に二回り以上強い。とはいえ……
「まあ、悪食よりはマシだな」
「悪食よりはらくしょーですね」
「言っていることは最もじゃがの、油断するでないぞ二人とも。強敵には違いあるまいよ」
ハジメとシアは最近遭遇した悪食という超やばいやつと比較してしまうからか、どうにも感覚がマヒしてきているようだった。その気配を感知したティオが珍しく本気モードでハジメとシアに警戒を促す。
「あ奴の中には竜の気配も若干混じっておるのじゃ。あの複雑な気配、ご主人様にも通じるところがある。もしかすると遥か昔に色々な魔物を合成して作られた存在なのかもしれぬ。なんとも哀れな」
ティオ曰く、竜の他にも、様々な魔物の気配を目の前のジャバウォックから感じると言う。
「つまりあいつは所謂キメラ。俺の大先輩ってところか」
「ハジメさんはあんな不細工じゃないですよ~」
「わかってるよ。お前らッ、一旦散らばって様子を見るぞ」
「了解ですぅ」
「了解じゃ」
ジャバウォックがハジメ達目掛けて足を振り下ろすのを察知し、ハジメ、シア、ティオは空中に退避することで、攻撃を回避する。
足が叩きつけられた瞬間。衝撃波が発生し、近隣の建物のガラスが粉々に砕け散った。
「中々強力だな。なら、耐久力はどうだ?」
ハジメが空中でドンナー・シュラークを構え、ジャバウォック目掛けて連射する。空中という不安定な場所から放たれた弾丸は、眉間、両眼、顎と人体なら急所と言われる部分を正確に撃ち抜く。
だが、一番柔らかい部位であるはずの目を撃ったにも関わらず、ダメージらしきものはない。
「なるほど、見た目通りタフな奴みたいだな」
「ハジメさんッ、そこから飛び退いてください!」
「あいよ」
シアの言葉に、ハジメが空中でステップを踏むように、後退する。そしてその数瞬後、ハジメがいた場所に雷が落ちてくる。
風属性上級魔法「雷槌」、雷属性と分けられることもあるが、どちらにせよ高等魔法には違いない。それがハジメに向かって降り注ぐ未来が見えたシアはハジメに警告を送ったのだ。
未来視の派生技能「天啓視」。
未来視とは違い、最大2秒先の未来しか見えないが、その分魔力消費量が少ないので連発が可能になった。効果は絶大だが使いにくい未来視を戦闘向きにしたスキルである。
香織との修行により、闘気、魔力の精密なコントロール法を会得したことにより、この技能を使用することができるようになった。これと闘気による身体強化を組み合わせられるシア相手に、不意打ちは相当難しい。
ハジメとシアは上空を見上げる。そこには魔物に乗った魔人族が数人、こちらに向かって飛翔してきているようだった。特に先頭を飛んでいる魔人族はハジメに対する殺意を隠しもせず、特別大きな黒鷲に巨大な竜巻を纏わせて、砲弾の如く突撃してきた。
「おのれぇぇぇぇぇ、貴様がぁぁぁぁぁ!」
「……誰だお前?」
とりあえず死ねとばかりにハジメはドンナー・シュラークによるクイックドローで迎撃を選択。だが魔人族が黒鷲に纏わせている風の密度に阻まれ、全ての弾丸は弾かれる。
「貴様等だけはぁ! 必ず殺すっ!」
ハジメによる攻撃を回避した金髪を短く切り揃えた魔人族の男が、ただ仲間を殺された怒りだけとは思えない壮絶な憎悪を宿した眼でハジメに突撃する。ハジメは瞬光を発動して、直撃するギリギリで左腕に仕込んであるショットシェルの炸裂による反動を利用した高速移動で回避する。
そのまま地面に激突するかと思われたが魔人族は、巧みに黒鷲を操作し、今度はハジメではなくシアに向かって突撃していく。シアはその攻撃に対してひるむことなく、跳び箱の要領で、魔人族の頭を足場に飛び越えて回避する。
このまま突撃を繰り返しても効果が薄いと判断したのか、魔人族の男がシアの斜め上に位置取りシアを思いっきり睨め付ける。
「薄汚い獣風情がぁ、その男の前で五体をズタズタに引き裂いて潰してくれる!」
その殺意200%といった感じの目を向けられても今更ビビるような神経をしていないハジメとシアだったが、こうも一方的に殺意を向けられると鬱陶しいことこの上ない。
『ティオ、どうやらこいつはこちらに用があるらしい。だからしばらく一人でそのデカブツの相手をしててくれ』
”ちょっと待つのじゃ、ご主人様よッ。こやつ先ほどから妾のブレスも効いておらんようじゃし、振るわれる拳も中々重くて鋭そうなんじゃが……これを妾だけで引き受けよというのか!? おふう……中々スリリングな役割じゃが、委細任せよ。その代わり後でご褒美を所望するのじゃ”
『上手くあいつの相手をやれたら考えてやるよ』
先に面倒事を解決することにしたハジメは、竜化したティオに一時的にジャバウォックの相手を任せることにする。ティオの声の調子から言って、倒すことは無理そうだが、情報収集を兼ねた回避なら無理せずやれる範疇だと感じたので心配いらないだろう。
「おい、お前ッ。さっきから鬱陶しいんだよ。何か用があるなら直接言え!」
いかなる理由があろうともハジメと敵対した時点で殺すことは確定だが、このまま一方的に殺しても解決できないもやもやが残ってしまう。それにこういう世界なので死後の怨念などの呪いじみたものがないとは限らない。だからこそ可能なら悩みを聞いてやってから未練なく後腐れなく心置きなく死んでもらおうとハジメは考えたのだ。
「赤髪の魔人族の女を覚えているだろう?」
「赤髪の魔人族?」
ハジメは一瞬考える。ハジメが遭遇した魔人族はそれほど数が多いわけではない。つい最近出会ったフリードは男だ。となると消去法で考えるなら……
「ハジメさん。もしかしてカトレアっていう女の人じゃないですかね」
「ああ、あのオルクス大迷宮で会った」
ハジメが答える前にシアが答える。その言葉を受けて、思い出したとばかりに手を叩くハジメ。
「きざまらぁ~ッッ」
明らかに今の今まで忘れてましたという様子のハジメとシアに、既に怒りのせいで呂律すら怪しくなっている男は、僅かな詠唱だけで風の刃を無数に放った。それを、その場から移動することもなく、ハジメは風爪で相殺し、シアは闘気を纏った腕で払いのける。
「カトレアは、お前らが殺した女は……俺の婚約者だ!」
「ああ、そういえば婚約者がいるって話だったな。確かミハイルとか」
蓮弥が一応必要になるかもしれないと教えていた婚約者の情報だったが、思わぬところで役に立った。となると婚約者がハジメに殺意を向けてくる理由は一つ。敵討ちに他ならない。
「はぁ、つまり完全なとばっちりじゃねーか。俺は殺ってないのに」
もっとも、蓮弥がやらなければハジメが殺していただろうが。
そんな呟きは怒りに燃える目の前の魔人族ミハイルには届かなかったのか、憎悪に燃える目をハジメに向ける。
「よくも、カトレアを……優しく聡明で、いつも国を思っていたアイツを……許さない! 貴様にも同じ思いを味合わせてやる。まずはそこの薄汚い獣をバラバラにしてやる。その後は……そうだ、フリード様の顔に傷をつけた治癒師の女は顔を醜く焼いてから殺してやろう。くくく、存分に絶望を味合わせてやる。お前らがカトレアに行った非道の行為の分だけなぁぁぁぁ!!」
その血走った目で狂ったように叫ぶその姿に、ハジメとシアは普通に引いていた。
「うわ~。ハジメさん……あの人、完全に目がイッちゃってますよ」
「はぁ、何で俺がこんなにめんどくさい奴の相手をしなけりゃいけないんだよ……」
ハジメとて好き好んで狂気の目なんぞ向けられたくないのだ。これなら正直、理由も聞かずにさっさと殺した方が良かったかもしれない。いや、今からでも間に合うかとハジメは面倒事を押し付けるために、親友を売ることにする。
「おーい。お前が怒る理由はわかったけど、それは人違いだ。俺はやってねぇ」
「なんだと、貴様ぁぁぁあ! この期に及んで……」
「落ち着けよ。本当に俺は殺してねぇんだ。お前の恋人を殺したのは藤澤蓮弥と言う名前の、この世界に呼ばれた神の使徒の一人だ。黒い髪に黒い軍服を着た男がそうだから、今から向かったらどうだ? まあ、お前じゃ絶対勝てないから大人しく殺されとけ。そしたら……死んだ恋人に再会できるかもしれないぞ」
「貴様ぁぁぁぁぁ! この期に及んでふざけたことを!! いいだろう。その藤澤蓮弥という男は貴様らを八つ裂きにした後、殺してやる。だからまずは、貴様らが死ねぇぇ!」
交渉決裂。どうして自分のなけなしの好意はいつもまともに受け取ってもらえないのだろうか。などとハジメが己の態度を棚に上げ、世の理不尽について考えている間に、大黒鷲を高速で飛行させながら再び竜巻を発生させて距離が近いシアに突っ込んで来た。どうやら、竜巻はミハイルの魔法で大黒鷲の固有能力ではないらしい。騎手のミハイルが更に詠唱すると、竜巻から風刃が無数に飛び出して、シアの退路を塞ごうとした。
シアは風刃を再び手で払いのけると、ドリュッケンをギガントモードにして、そのまま向かってくるミハイルを弾き飛ばそうとしたが、それを察知した黒鷲が急遽進路を大きく変更した。そしてシアの上空に突然飛び出していった隊長にようやく追いついた黒鷲部隊が石の針を撃ち放つ。だが、その針はシアに届かず、シアが高速でステップを踏むだけで避けられてしまう。
空いた弾幕の隙間に飛び込んで上空の黒鷲の一体に肉薄した。その動きに対応できなかった魔人族の一人は、シアが振るうドリュッケンのシミへと早変わりした。
「くっ、接近戦をするな! 空は我々の領域だ! 遠距離から魔法と石針で波状攻撃を!?」
「お前らバカだろ。そんなボケっと固まってたら狙ってくださいって言ってるもんじゃねーか」
まるでピンボールのように吹き飛んでいく仲間に、接近戦は無理だと判断したミハイルは、遠方からの攻撃を指示しようとするが、風の鎧を纏っているミハイルはともかく、そうでない魔人族などハジメのいい的である。シアの攻撃に固まっている魔人族の頭を正確に撃ち抜いて一瞬でミハイル以外の黒鷲部隊の魔人族が全滅した。頭に血が上り、迅速な命令が出来ていなかったミハイルの失態だろう。
「き さ まぁぁぁぁぁぁ!!」
「いや、普通に止まってるから何か対策取ってるのかと思ったら、対策してるのお前だけかよ。全く、魔人族って大したことないんだな」
「黙れぇ! ……だがな、この風は普通の風ではない。フリード様から戴いた特別なアーティファクトが発生させている。知っているぞ。貴様の武器は小さく軽い金属を超高速で飛ばすことで攻撃する投擲武器だと言うことを。ならばこの厚い風の鎧の前では、貴様の攻撃など届きはしない!」
「へぇ、あの仮面野郎。魔人族の代表やってるだけあって、それなりに勉強してるんだな」
結構本気で感心するハジメ。あの乱戦の中、ハジメの武器の性質を見破って対策を講じる辺り代表を名乗るに値する優秀な人物らしい。
銃を代表とする運動エネルギー利用兵器(KEW)の運動エネルギーとは、物質の質量と速度で決定される。世界的に認知度の高い9㎜パラベラム弾の重量は10gに満たない。にも関わらず、銃弾が人体をたやすく撃ち抜けるのは圧倒的に速いからだ。だがいくら速くとも、重量が軽いということは風などの周辺環境の影響をもろに受けてしまうということを意味する。そういう意味で言うなら常時攻撃を受け流すように風のバリアを張り巡らせているミハイルの鎧は確かにハジメ対策としては有効だった。
だが、同時にその風の鎧対策も容易だった。軽い弾丸が風に流されると言うのなら、重くて速い弾丸を使用すれば済む話なのだ。
(シュラーゲンを使えば容易く風の鎧を撃ち抜けるが攻撃モーションが発生するな。あいつの言う通り空中戦では向こうに分があるのは間違いないから避けられる可能性もある。……なら、アレを使ってみるか)
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ──ッッ!!」
「残念だなお前、本当に残念だよ」
再び風の鎧を纏ってハジメに真っすぐ突進してくるミハイル。どうやら風の鎧とやらのブーストを使っているらしく前回よりも速い。質量と速度がエネルギーになると言うのなら、当たればハジメでもタダではすまないことが予想される。だが、それを前にしてもハジメの余裕は崩れない。
「俺の忠告を聞いて蓮弥のところに行ってれば……マジで恋人に会える可能性はあったのにな」
気持ちはわかる。ハジメとてユエが同じ目にあえば、きっと魔人族を女子供に至るまで根絶やしにするまで止まらないだろう。だが同情はしない。これは命を懸けた殺し合いなのだ。それに、こいつは仲間に手を出すと言った。そんな奴に容赦してやるほどハジメは優しくない。ハジメはこの戦いが始まってから
「死ね」
ピチュン
音にするとそんな表現ができるであろう光景。ハジメの前に突っ込んできていた魔人族は……消えていた。
そして数瞬後、地面に爆音と衝撃が走る。眼下を見れば直径数十センチの穴ができているのがわかっただろう。
魔人族ミハイルの復讐劇はあっけなく終幕した。魔人族ミハイルは、死んだ恋人のことを思う暇もなく、自分が死んだことすら認識できず、あっけなく即死したのだ。
この世界に死後の世界があるかはハジメにはわからない。だが一つだけわかっていることがある。現状魂をどうこうする手段をハジメが持っていないがゆえに、魔人族ミハイルは二度と恋人と会うことはできないだろう。なぜなら彼の恋人の魂は、今もなお蓮弥に囚われ続けているのだから。
そんな感傷は一瞬で消え去り、ハジメは初めて実戦使用した兵器について考える。
(周辺の環境変数の入力は完了。若干狙いはそれたがそれは後で修正できる。威力も申し分ないが……いささか物足りないな。本来この兵器はこんなものじゃない。もっとでかいので試してみないとな)
そしておあつらえ向きの得物の方を見ると、ちょうどいいタイミングで竜化から戻ったティオがハジメのところに降り立ったところだった。若干怪我を追っているようだが大きな傷は避けているようだった。
「それで、どうだった?」
「ハァハァ、ご主人様よ。あやつ、中々良い拳を持っておる。ハァハァ、すれすれを飛ぶ際にかかる威圧と風圧のコンビネーション。悪くない、実に悪くないのじゃ」
「アホかッ。誰がお前のド変態性癖について話せって言った? あいつの弱点とか、特性とか喋れって言ってるんだこのポンコツドラゴン」
「あひん。ああ、やっぱりご主人様の罵倒が一番なのじゃー」
もう一度言うが、軽い怪我は負っているのだ。にもかかわらずいつも通りハァハァするティオに若干呆れる。
「ティオさん。今はシリアスになる場面です。……これ以上そういう態度を続けるなら闘気を纏った手でアイアンクローしますよ」
「うむ。それは受けてみたい気もするが、中身が漏れる奴じゃろうから遠慮しておくのじゃ。……あ奴の頑丈さはかなりの物じゃぞ。妾のブレスをまともに直撃してもびくともしておらん。おまけに魔法も耐魔力が高いからか対して効果がない。まるで動く要塞じゃな。まともな攻撃では通じんじゃろ」
どうやら相当頑丈らしい。いきなり小さくなったティオを見失っているあたり頭はよくなさそうだが、それでもあの巨体から放たれる攻撃の重さとティオが匙を投げる頑丈さは中々脅威だと言える。その状況はもちろん魔人族にも伝わり、あっさり黒鷲部隊が全滅して唖然としていた他の魔人族の部隊の士気が戻る。
「そ、そうだ。俺達にはこの神獣がいる。こいつがいる限り、我らに敗北はない」
「やれ、ジャバウォック。ミハイル隊長を殺したこいつらを、跡形もなく潰してしまえ!」
「グオォォォォォォォォォン!!」
魔人族の声が届いたのか、たまたまハジメ達を発見したのか威圧と共に強大な魔力を漲らせる。どうやらこの怪獣も中々倒せないハジメ達に業を煮やして本気モードになったらしい。
吠えるのと同時に尻尾から卵のようなものを無数に排出する。軽く数百以上あるそれはすぐに割れ、ワイバーンのような魔物が中から現れ空中を飛翔する。どうやら魔物を生成する能力があるらしい。
普通の人間ならここで膝をつく場面だろう。並みの攻撃ではダメージを受けない怪獣に無数の魔物を生む能力まで備わっているのだ。だが、ハジメ達は動じる様子はない。
さてどうしたものかと考えているハジメを他所に、ティオがもう一歩前に出る。
「ご主人様よ。このままあ奴に翻弄されているだけでは面目が立つまい。アレらは我に任せよ」
「……行けるのか?」
あのワイバーンみたいな魔物もジャバウォックほどではないが中々強い。少なくとも以前戦ったフリードが率いていた灰竜の群れよりは強いだろうと予測される。だが、その状態でもティオは余裕を崩さない。
「ユエやシアが修行している間、妾とて何もしていなかったわけではないぞ。……あともう少しじゃ。だからこそご主人様にお願いがあるのじゃ……今ここで妾を……打ってはくれぬか」
ワイバーンの群れに対抗すると勇ましく宣言した後の懇願に対し、ハジメとシアの目付きと口調は冷ややかだった。
「いい加減にしろよド変態」
「……正直見損ないました。いくら変態でも、こういう場面では真面目にする人だと思ってたのに……」
その本気の軽蔑が混じった冷ややかな目と声を受けて流石のティオも慌てる。
「ち、違うのじゃ。妾とて空気ぐらい読む。これは真面目な話なのじゃ。
その目を見てどうやら本当に真面目な話らしいと判断したハジメがため息を吐きながら、ティオの頭にげんこつを落とした。
「あふん。ああ、この魂から響く感じ……流石ご主人様じゃ。いいぞ、来る、来るのじゃ」
ドクン
ティオの身体が震える。
それはまるで鼓動のようにこの場に広がる。今まさに卵から孵ろうとしているかのように。そしてそのティオの様子を観察していたハジメは気づいた。
(ティオの魔力量が上がってる!?)
ハジメやシアが見守る中、魔力量を大幅に上昇させたティオは光に包まれた。
~~~~~~~~~~~~~~
ティオはユエやシアが各々、師を見つけて修行に励んでいる中、ずっと考えていた。自分がさらに上に至るためにはどうすればいいのかを。
ティオも魔法を使うので、ユナと修行しても香織に魔力の扱いについて手ほどきを受けてもある一定の成果を得られるだろうが、それはある程度の成果でしかない。ティオのレベルは93。つまり普通にやればもうほとんど伸びしろがない境地に至っていると言っていい。だからこそ、これ以上高みに至るためにはブレイクスルー。壁を超える必要があった。
そこで自分は何者であるかを考えた結果。自分が強くなる手段は一つしかないことを悟る。
すなわち竜化を極めることだと。
ティオは竜人族である。仲間達にとって周知の事実ではあるが、その意味を真の意味で理解しているものは誰もいない。あるいはユナがいればこう答えたかもしれない。地球においても様々な神話に登場し、人類を脅かす災害級の強敵として描かれているその種族。
竜とはその存在そのものが、世界最強の生物なのだと。
実は竜人族の歴史は長い。詳細な歴史こそ表向きの竜人族滅亡の際に失われたが、エヒト神がこの地に降り立つ前には竜人族は存在していたとされている。竜と人が交わった結果生まれた者、竜より血を与えられ、それを飲み干したがゆえに力を得た者など様々だが、竜の血を引いていることには変わらない。
だからこそ、ティオは皆が修行している間、ひたすら自らの内側に迫るため瞑想を続けた。深く、深く潜って、自身の力のルーツに至るために。
そして今、その成果が現れようとしている。
光が収まるとそこには一体の竜が宙に飛んでいた。鱗はより強靭に、角はより鋭角に。大きさは従来の変身より一回り大きい。だが、そんな見た目の変化は些細なことだった。なにより違うのは、その身に纏う魔力量。
真・竜化──
ティオが瞑想により、己の中の竜に近づいたことで見出し、痛覚変換という技能によって蓄えた魔力を種火に力を引き出すことに成功した新たなる姿。その姿になることで、今まで機能していなかった技能が動き始めた。
竜化派生技能『竜の心臓』
発現したその幻想器官から
もう一度言おう。
強い奴は理屈などなく強い。
それを体現するものこそ竜。生きとし生けるものの中で頂点に位置する、世界最強の生物。
「すげぇ……」
そのティオの姿を見て、思わずそう呟くハジメ。その逞しい体躯に、強靭な鱗と角。何よりその纏う龍気が本能的な畏敬の念を抱かせる。
この存在が味方であることのなんと頼もしいことか。これが敵対することのなんと恐ろしいことか。生物である以上、本能的に感じざるを得ない。
”ふふん。そのような熱い目で見るでない。照れるであろう。さて……”
竜化したティオを本能的に恐れたのか、ジャバウォックが生み出したワイバーンが一斉にティオに向けてブレスを放った。それは地上を焼き払って余りあるブレス。その脅威に対してティオは口を開き、更なる極光のブレスにて、ワイバーンの群れのブレスを飲み込み、ワイバーンの半数をまとめて消滅させた。
夜を昼に変えるそのブレスが、地上に放たれなくてよかったと思わずにはいられない。
「グルァアアアアアアアアアアア──ッッ!!」
天空に向かってティオが咆哮を放つ。それだけで、残りのワイバーンは委縮する。もちろん敵対する魔人族も震えが止まらない。だが、そんな世界の王者に敵対してなお、恐れないものも存在する。
「グゥアアアアアアアアアアアアア──ッッ!!」
ジャバウォックがティオの存在を恐れず咆哮を返す。存在の格ではジャバウォックとて負けていない。そのことを思い出した魔人族は我に返る。
”ふむ、アレも妾に任せよと勇ましく言いたいところじゃが、残念ながら今の妾ではこの状態を長く維持できぬ。奴の耐久を鑑みれば時間切れまでに削り切れぬじゃろう。それに……”
ティオは長く維持できないことを告げるがその言葉に不安は微塵もない。なぜなら知っている。ハジメが何かを試そうとしていることやシアがまだ修行の成果を発揮していないことを……
”妾ばかりが活躍して、おぬしたちの見せ場を奪うわけにはいかぬでの。……露払いは任せよ。だからご主人様とシアはあのデカブツに派手にぶちかましてくるがいい! ”
そう告げた後、さらに数を増やしたワイバーンの群れに単身飛び込んでいくティオ。今のティオなら灰竜以上のワイバーンの群れだろうと物の数ではない。そして信頼されている以上、それに応えない二人ではない。
「当然です。正直魔人族が弱すぎて修行の成果を発揮できないかと思いました。これからが本番ですよ!」
「なら俺も見せてやるとするか。ヒュベリオンと共に開発した、もう一つの超兵器の真の力を!」
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王都の南の戦線戦況
ハジメ、シア、ティオVS神獣ジャバウォック&魔人族
再起不能:魔人族ミハイル率いる黒鷲部隊。
次回はシア覚醒とハジメの新兵器お披露目。