TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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罰ゲーム

 暫くして経ってから圭一が、皆への話のタネとして、今朝見たジオ・ウエキとの一幕を語った。

 

 

「何となぁ!? 山田さんが選んだカードを的中させたり、缶を逆さまにしてもコーラが出なかったり、メモに書いた文字を当てたりしたんだよ!」

 

「ほ、本当に超能力者なのかな? かな!?」

 

 

 レナが山田を見つめて聞くが、その件についてはまず否定した。

 

 

「カード的中については明かしましたよ」

 

「ホントっすか!? 山田師匠が!?」

 

「はい」

 

「!?!?」

 

 

 明かしたのは俺だろと目を剥く上田を無視し、ジオ・ウエキのやったカードマジックを山田は解説込みで実践。魅音の選んだカードを的中させてみせた。

 圭一とレナは感心したように声を漏らす。

 

 

「全部十一枚だ……!」

 

「単純に見たら四十四枚抜くだけだね……」

 

 

 次に見抜いた山田に、梨花と沙都子が賞賛を送った。

 

 

「さすがは山田なのです! プロのマジシャンと言うのも伊達じゃないのです!」

 

「いやそれは俺が解い」

 

「こんなマジックを見抜けるだなんて……尊敬いたしますわ、山田さん」

 

「だから俺が」

 

 

 今度は魅音が話しかける。矢継ぎ早にメンバーが話すので、上田はなかなか口を挟めない。

 

 

「へぇ〜……これはおじさん、見破れんわ……でもやっぱ、こんなトリック使うって事は!?」

 

「えぇ……間違いなく、ジオ・ウエキに霊能力などない証拠ですよ。恐らく、残り二つの能力にも仕掛けがあるハズなんです」

 

「解いたのは俺で」

 

「山田には期待しているのですよ〜。オヤシロ様の遣いって嘘吐く人にお灸を据えて欲しいのです」

 

 

 上田の訴えは梨花の言葉に遮られ、次は全員の笑い声で掻き消された。

 これ以上はもう聞いて貰えないなと諦めた上田は、ぎろりと山田を忌々しげに睨む。

 

 

「……覚えてろよぉ……!」

 

「フッ……いつもの仕返しだ上田……」

 

「祟られろ!」

 

 

 

 

 ジオ・ウエキの話題で盛り上がる部活メンバーだが、本日のメインはそれではない。

 魅音は手を叩いて皆を注目させ、宣言する。

 

 

「はいはいはーい! そんな事より今日は上田先生と圭ちゃんの罰ゲームだよーっ!」

 

 

 

 目的を思い出したのか、罰ゲーム受ける側たる上田と圭一の表情は暗くなる。

 罰ゲームの常連である圭一はともかく、初めてである上田には魅音も安心させる為に声をかけてあげた。

 

 

「まぁまぁ! たかが罰ゲームなんだし、そこまで酷い事はしないからさぁ!」

 

「べ、別に俺はビビっている訳では……」

 

「そうだ。上田先生、おはぎ食べる? ウチの婆っちゃの特製なんだけど」

 

「おはぎ? 良いねぇ! 米は大好きなんだ! なんたって俺は、アベレージな日本人だからなぁ?」

 

 

 魅音から渡されたおはぎを嬉々として食べ、次に悶絶の声をあげる。

 

 

「ごっふぉ!? おっふぉ!?」

 

「上田先生ェ!? どうしたんすか!?」

 

 

 もがく上田と狼狽える圭一を見て、魅音は高笑い。

 

 

「あーっはははーっ!! 上田先生への罰ゲームは、『タバスコおはぎ』でしたーっ!!」

 

「うわぁ……えげつな……」

 

 

 山田はドン引きしたように、悪い顔の魅音を見やる。

 

 

 その足元で上田は、真っ赤に染まった口内を晒しながら悶え苦しんでいた。あまりの有様に圭一の血の気はサーっと引く。

 彼の不安を感じ取ったレナが優しく声をかけた。

 

 

「あ。圭一くんは大丈夫だよっ! 痛い事しないから! 夏らしくて楽しいと思うよっ!」

 

「そ、そうなのか」

 

「寧ろ…………うんっ!」

 

「……その不穏な間はなんだ……?」

 

「水ぅぅぅぅう!! 舌が焼けるぅぅぅうッ!!」

 

 

 もがく上田を見兼ねて、沙都子は魔法瓶を取り出してお茶を淹れてあげた。

 

 

「粗茶ですわ」

 

「た、たすか──お湯ぅぅぅう!! 渋ぅぅぅううッ!!!!」

 

「辛いお口にお湯は火に油なのです! にぱ〜っ☆!」

 

 

 今日も騒がしい部活メンバーと上田だが、魅音のみ窓から時折校庭の方を見て誰かを待っている様子。

 気付いた山田が彼女に尋ねた。

 

 

「誰か待っているんですか?」

 

「うん。圭ちゃんの罰ゲームを運んで来る人をねっ!」

 

「罰ゲームを……運ぶ?」

 

 

 暫くして、魅音は客人に気付き、窓を開けて手を振って呼んだ。

 山田もその方向に目を凝らすが、次にポカーンと口を開き、魅音と客人とへ目を行ったり来たりさせた。

 

 

「え? え!? もしかして、魅音さんって……!?」

 

「しょうゆぅこと〜!」

 

「は、はぁ〜……」

 

 

 こちらに向かって来ている、ボストンバッグを担いだ白いワンピース姿の人物。

 山田が驚いたのは、その人物の顔立ちが魅音と瓜二つだったところだ。

 

 

 どうやら魅音には、双子の姉妹がいるらしい。

 彼女に気付いた沙都子、レナ、梨花もまた窓から手を振って歓迎する。

 

 

「あ!『詩音さん』ですわ!」

 

「来た来た! 待ってましたぁー詩ぃちゃん!」

 

「久々の詩ぃなのです」

 

 

 魅音に対し、彼女の名前は「詩音」のようだ。

 後ろ髪を結んで快活そうな魅音とは違い、詩音の方は長い髪をそのまま流した、清楚で上品そうな雰囲気だ。

 同じ顔立ちでも、身に付ける物と髪でここまで変わるのかと山田は関心する。

 

 

 

 

「はろろ〜ん! お待たせー!」

 

 

 窓越しに手を振る詩音。

 最初は笑顔だったが、見慣れない二人を見かけてキョトンと目を丸くした。

 

 

「あれ? おねぇ、こちらの方は? 新任の先生?」

 

「違う違う。あっちにいる上田先生と一緒に、村の事を研究しに来た山田さん」

 

 

 魅音からの紹介を受けて、山田は会釈する。上田も倒れたまま片手だけ上げた。

 

 

「山田奈緒子です……ええと、おねぇって事は、詩音さんが妹さん?」

 

 

 その通りと、窓の向こうで首肯する詩音。

 

 

「そうなりますねっ! 私の方がお姉さんに見えます?」

 

「ちょ、し、詩音ったら……」

 

「それは思いました」

 

「山田さん!?」

 

 

 

 片割れをからかった後に、詩音は持って来たボストンバッグを窓から入れる。それを見て全てを察したのか、圭一の顔は青くなる。

 

 

「お前、絶対……絶対……それ……」

 

「ほいっと!」

 

 

 入り口から迂回するものと思っていたが、詩音は掛け声と共に、大胆にも窓を越えて室内に入った。

 お淑やかそうな口調と見た目だが、本質は魅音と変わらないようだ。

 

 驚く山田の隣に降り立つと、彼女は改めて自己紹介をした。

 

 

「ふぅっ! あ、はじめまして。魅音の双子の妹の、『園崎 詩音』です! 愚姉(ぐし)がお世話になってます!」

 

「愚姉なんて言葉初めて聞いたよ!!」

 

 

 あれだけ圭一や上田を手球に取っていた魅音だが、詩音には頭が上がらないようで振り回され気味だ。

 その横、沙都子はボストンバッグを開き、中身を覗いてから顔を顰めた。

 

 

「うわぁ……またまた際どい物を持って来ましたこと……監督がいたら『メイドの何たるか』とかで怒りそうですわね」

 

「うふふふふ! 圭ちゃんなら……多分、私より似合うんじゃないでしょうか?」

 

「やめろーっ!! 嫌だぁぁっ!!」

 

 

 辛抱堪らず逃走を図る圭一だが、それを魅音に羽交い締めにされ阻止される。

 そして沙都子がバッグから取り出したのは、改造されたメイド服だった。

 

 

 

 

 ミニスカ、ヘソ出し、リボンにネコミミカチューシャと、チョーカーまで。思わず山田はドン引きした声を出す。

 

 

「うっわ、際どっ!」

 

「お店に余っていた物を改造したんですよ。本日用の特別仕様!」

 

「これ着るのもうグラビアアイドルか何かでしょ……」

 

 

 少し圭一に同情する山田だが、どうする事も出来まい。

 言っている間に、もう圭一は魅音に引き摺られて別室へ連行されていた。

 

 

「はーい圭ちゃぁ〜ん? お隣で脱ぎ脱ぎしましょうねぇ〜?」

 

「はぅ! レナも手伝うーっ!」

 

「やめろぉぉぉ!! 死にたくないぃぃいい!!」

 

「嫌がる圭一くんもかあいいよぉ!」

 

 

 引き戸が閉められ、彼の断末魔の叫びが轟く。

 冷めた目で見送っていた山田だったが、上田がひょっこり、羨ましそうに耳打ちする。唇がタラコ並みに腫れていた。

 

 

「……あれは罰ゲームじゃなくてご褒美だッ!」

 

「何言ってんだお前」

 

「ところで……あの子は?」

 

「魅音さんの双子の妹さんで、詩音さんです」

 

「……双子かぁ……」

 

 

 少しだけ上田は、寂しげとも切なげともとれる表情を浮かべた。

 

 

「……? 双子に何か悪い思い出でもあるんですか?」

 

「あ、あぁ……まだ記憶がないのか……いや。双子には巡り合わせが悪くてな……」

 

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、「二組のとある双子」。どちらも最悪の末路を辿った姉妹だったなと、遠い目で思い馳せる。

 そんな彼の元に近付き、詩音は丁重な姿勢でお辞儀をした。

 

 

「初めてまして! 園崎詩音です! 上田『先生』と呼ばれていらっしゃるので、学者さんか何かですか?」

 

「え?……あぁ、そうです! 私は天っ才」

 

「変態むっつり学者の上田なのです」

 

「黙ってろッ!!」

 

 

 横槍入れる梨花を黙らせながらも、詩音と挨拶を交わす上田。

 その内に着替えが済んだようで、圭一は改造メイド服に身を包んで室内に帰って来た。

 

 

 

 

「ぐう……こ、こ、こんな……!!」

 

 

 お腹に胸、下腹部と、曝ける所は全て曝したような危ないメイド服。それを着せられて、圭一は羞恥心で真っ赤になっていた。

 しかし部活メンバーは彼の姿を見て容赦なく、口々に品評する。

 

 

「似合ってる似合ってる!! お肌キレイだもんねー圭ちゃん? ホントは女の子じゃないぉ?」

 

「見てるこっちが恥ずかしいですわ……傍から見たら変質者ですわね」

 

「みぃ。真正面から見ても変質者なのです」

 

「恥ずかしがってる圭一くんかあいい……! スカート引っ張って必死に隠そうとしてるのがもう何と言うか……うぅ、お持ち帰りしたい……!」

 

「チョーカーのせいで誰かの奴隷って感じが増してヤバイですね?」

 

「お前らこの変態どもめッ!!」

 

 

 チラッと助けを求めるように、上田と山田へ視線を飛ばす。その姿が滑稽で、二人揃って吹き出した。

 

 

「や、山田さんに上田先生まで……」

 

「少年、似合ってるぞぉ? ちょっと化粧したら、本当に女の子に見えるかもなぁ!」

 

「罰ゲーム仲間だったのにーっ!!」

 

「俺は罰ゲームに耐えた! 耐えられない君は敗北者じゃけぇ」

 

「お前も悶えてただろ」

 

 

 山田のツッコミを受け、それとなしに上田は目を逸らす。

 圭一もこれで終わりかと思っていたが、意地悪い笑みを浮かべる魅音を見て、まだ終わらせる気はないらしいと悟る。

 

 

 

 

「さぁ淑女方、銃を持てぇ!! 今から外で水鉄砲合戦だッ!!」

 

「こ、この格好でかぁ!?……てか、俺も女にカウントしてんじゃねぇ!!」

 

「上田先生もやるよねっ!?」

 

 

 魅音からポイッと水鉄砲を投げ渡され、困惑気味に上田は受け取る。

 

 

「俺も女の子にカウントされるのか……」

 

「シュワちゃんも女の子になる時代から来たんですから、大丈夫ですよ上田さん」

 

「なに言ってんだおめぇ」

 

 

 

 

 

 そんな事もあり、今度は校庭に出て水鉄砲の撃ち合いが始まる。

 魅音、レナ、梨花と沙都子を相手に、女装状態の圭一が上田と共に応戦する。

 

 

「み、みんな俺を集中射撃しやがってぇ!! しかもコレ透けやがるしッ!?」

 

「少年、俺が助太刀してやる! これでも高校時代は、クレー射撃で日本代表に選ばれた事もあるんだ! 付いた二つ名はランボーッ!! ゲリラ戦は任せろッ!!」

 

「上田先生すげぇ!! 校庭のど真ん中でゲリラ戦をしようとするなんて!!」

 

 

 一蓮托生とばかりに結託する上田と圭一だが、女子グループは容赦するつもりはない。

 リーダーの魅音を筆頭に、水鉄砲を構えて突撃開始だ。

 

 

「よぉぉし! 梨花ちゃん、沙都子は挟み撃ち! レナは私と突撃するよっ!!」

 

「えへへ! 二人ともずぶ濡れのスケスケにしちゃうよ〜っ!?」

 

「を〜っほっほっほ!! 風邪引いても文句は無しですわよ!!」

 

「変態二人を退治するのです!」

 

「「誰が変態だッ!?」」

 

 

 

 

 

 窓の外ではしゃぐ子供の上田を横目に、教室内には山田と詩音が机を挟んで向かい合わせに座っていた。

 山田がプロのマジシャンと聞き、マジックを教わりたいと詩音が頼んだからだ。

 

 

「五百円玉が、二百円に」

 

 

 山田が見せ付けていた五百円玉が、両指で摘んで捻った瞬間に、まるで割れたように百円玉二枚となって分かれた。

 

 

「そして二百円は、四十円に」

 

 

 その二百円を両指で摘んで捻り、今度は十円玉四枚に変化させる。

 鮮やかな山田のコインマジックを見て、詩音は目を輝かせながら興奮し、小さく拍手。

 

 

「す、凄いです! どうやったんですか?」

 

「タネはこうです」

 

 

 山田の曲げられた指の内側には、関節と関節の間に挟まれた五百円玉と百円玉が隠されている。

 

 

「お金を摘んで注目させて、捻った瞬間に入れ替えるんです。一切指は開かない事と、すぐに小銭を入れ替えられるように練習すれば出来ますね」

 

「絶対に難しいでしょ……」

 

「えぇ。これは上級者向けです。ですので枚数を減らして、五百円を十円玉にすり替えるだけにしときましょうか」

 

 

 右手の指で摘んでいた五百円玉が、左指が触れた瞬間にサッと十円玉に変わる。

 左手の平を見せ付けると、摘んでいた五百円が挟まっていた。

 

 

「速過ぎますぅ……」

 

「何事も継続ですよ。まずは指を曲げて、関節と関節の間に十円玉を挟む」

 

「じゅ、十円玉を挟む……あぁ、落ちちゃった……」

 

「最初はゆっくりで構いませんから」

 

「不器用だなぁ、私って……」

 

 

 

 慣れない手つきながらも、何とか習得してみせようと頑張る詩音。

 それを見守りながら、山田はふと彼女に尋ねた。

 

 

 

 

「そう言えば詩音さんも、園崎のお屋敷に住まれているんですか?」

 

 

 唐突な山田の質問に面食らう。

 ガラスに触れた陽光が二人を挟む机に乱反射した。

 

 

「……と言いますと?」

 

「昨日、園崎さんのお屋敷に行きましてね」

 

「……山田さんが?」

 

「魅音さん、お屋敷の中じゃ全然、妹さんの事は言わなかったので。まぁ、昨日部活にお邪魔した時、あなたいなかったんでこの学校には通っていないのかなと」

 

「……山田さんはどうして呼ばれたのですか?」

 

「雛じぇねの指導者の……インチキを暴いて欲しいそうです。元々、園崎が仕切っていたから困るからと」

 

 

 呆れ顔で吐き捨てるように詩音はぼやく。

 

 

「……あの鬼婆さんらしいですね。園崎がやるよりも、第三者にやらせようって思ったんでしょうか」

 

「利用されているっちゃ、言われたらそうなんですが」

 

 

 詩音は十円玉をまた指で挟み、辿々しく震えながらも腕を持ち上げてみせた。

 

 

「……私はあのお屋敷……それどころか、村じゃなくて興宮に住んでいるんです」

 

「親元から離れて、と言う事ですか?」

 

「いえいえ……寧ろ興宮にお母さんとお父さんがいるので、どちらかと言えば親元を離れているのは魅音なんですけど……まぁ、言って私も親とは別居中ですけどね?」

 

「なんでそんな、姉妹で別々に……」

 

「…………」

 

「……あー……聞いちゃ駄目な奴、でした?」

 

 

 謝ろうとする山田の前で、詩音は首を振る。

 

 

「いえそんな……まぁついでだし、言っちゃおうかな」

 

 

 意を決したような顔付きを見せた後、詩音は園崎家の事情について語り始めた。

 

 

 

 

「園崎の頭首になるのは、一人だけ。だから双子は面倒なんです」

 

「………………」

 

「……姉の魅音が頭首候補に選ばれて、私は御家断絶。最近になってやっと緩くなりましたけどね。少し前まで、雛見沢村に来る事も出来なかったんですから」

 

 

 存外に重い話をされ、山田はギクリと表情を強張らせた。

 

 

「……え!? そ、そうだったんですか……あの、やっぱ悪い事聞いちゃいました?」

 

「いえいえ! 本当に、もう終わった後の話ですから! 今はこの通り自由ですよ?」

 

 

 姉妹は十円玉を隠した手をゆっくり、五百円を摘む片手へと近付ける。

 

 

「住んでいるのは興宮のマンションです。叔父さんが飲食店を経営していましてね? そこでアルバイトを」

 

「……ご両親と別居してるのは?」

 

「通ってた学校でちょっと、トラブルを……だから顔合わせ難くて……」

 

「うはぁ……まだ中学生なのに、ご立派ですね」

 

「…………えぇ。自分でも良く、生きていられるなと」

 

「……?」

 

 

 手と手が交差する。

 次に離れた時、五百円玉は十円玉に変わっていた。

 

 

 だが小銭を移動した時に挟みが緩くなったのか、手の中からポロッと五百円が落ちる。

 一回二回、机の上で跳ねた。

 

 

 

 

 

 

「……鬼隠しは、ご存知ですよね」

 

 

 今度は山田が面食らう番だ。動揺から呂律が怪しくなるものの、何とか持ち堪えた。

 

 

「……は、はい。上田さんも私も……噂程度、ですけど」

 

「……どうですか?」

 

「へ? どうって……」

 

「犠牲者も失踪者もダム賛成派ばかり……反対派の園崎家が粛正と見せしめの為にやったと、思います?」

 

 

 それは山田が、薄々と疑っていた事。

 どう返答しようか迷ったが、詩音が園崎とは別居中と聞き、魅音や本家に流れる事はないと高を括って頷く。

 

 

「……と言っても、あくまで可能性の一つで……完全に疑っている訳では……」

 

「……擁護とか、そんなんじゃないですけど……園崎家は、全く関係ないと思うんです」

 

「……それは、なぜ?」

 

「ただあやかって、便乗して、ダム建設反対に文句を言わせない風潮を作りたいだけ……理由までは考えていないですけど」

 

 

 詩音はまた五百円玉を拾い上げた。

 

 

「……あの人だったら、もっと巧妙にやりそうですし」

 

「あの人って……お婆さん……ですか?」

 

「……山田さん」

 

「……はい?」

 

「鬼隠しは事故でも祟りでも無い……絶対に人が関わっているハズです」

 

 

 それは山田も上田も、その意見で一致している。

 拾い上げた五百円玉をまた摘み、十円玉を挟んだ指を近付けた。

 

 

「……今年ももし起こるとしたら……梨花ちゃまか、沙都子かもしれない……」

 

 

 五百円玉が見えなくなった。

 

 

「何も知らない人が何も知らない内に、酷い目に遭うのはおかしいハズです」

 

 

 そのまま静止させる。

 

 

「……不思議ですね。初対面なのに、山田さんとは良い関係が築けそうです。波長が合うんでしょうか?」

 

「…………詩音さん?」

 

 

 

 指が離れる。

 五百円玉は、十円玉に。

 

 

 

 

 

「……あ。駄目だ」

 

 

 

 

 五百円玉が手から溢れて、机上に落っこちた。

 鈍い音が、外からの笑い声に混ざって鳴った。

 

 

「……やっぱ、不器用だなぁ……私」

 

「……詩音さん……?」

 

「……ふふ。おねぇには、『内緒』ですよ?」

 

 

 山田は、目の前にいる詩音が何かを知っている気がしてならない。

 同時に自分と同じ、誰かを失っている気がしてならない。

 

 そこまで踏み越えるには、まだ二人の距離は遠過ぎたようだ。

 

 

 

 

 外ではまだ楽しげに、皆が水鉄砲を撃ち合ってはしゃいでいる。

 

 

「少年!! 水補給中はお互いカバーしろッ!! そして士気を継続させる為に、お互い褒め合おうッ!!」

 

「はいっ! 上田先生ッ!!」

 

「今から返事は、マンメンミだッ!!」

 

「マンメンミッ!!!!」

 

 

 変な方向性で共同体となる上田と圭一。

 

 

「何をなさっているんですのアレ……」

 

「男の友情なのです。男は戦いの中で結ばれるのです」

 

「それっ! やっつけろーっ! 突撃ーっ!!」

 

「ズブ濡れの圭一くんに上田先生、かなりかあいいよぉ!! もっと濡れて!! スケスケになってっ!!」

 

 

 

 夏の空を背景に、水鉄砲から飛び出した一筋の水が光を纏う。

 どこまでも、いつまでも続いて欲しい、楽しい夏の始まりだ。


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