TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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夜境内

 遊び倒した後に、夕焼けが差し替かって本日の部活は終了となる。

 バスの時間に間に合うように、詩音は先に帰宅。そして帰り道にて魅音、圭一、レナと別れた。

 

 

「そんじゃまたね〜!」

 

「死にたい」

 

「お疲れ様です!」

 

 

 そのまま山田と上田は、梨花と沙都子に付いて行く。

 元から居座っていた上田はともかく、今日は山田も古手神社にお邪魔する事となった。

 

 久々の客人とあってか沙都子は、嬉しそうにスキップをしていた。

 

 

「今夜は賑やかになりそうですわね、梨花!」

 

「明日はお休みなので飲み明かすのです」

 

「一々発言がオヤジだな……」

 

 

 山田の隣で派手にくしゃみをする上田。

 

 

「へーっくしゅッ!!」

 

「うわ汚っ!?」

 

「グズっ……はしゃぎ過ぎたか」

 

「やけに濡れてますね……」

 

「女子四人から集中砲火されまくりだったからな……俺はそんなにだが、少年はスケスケになっててほぼ裸だったな。かわいそうに」

 

 

 水鉄砲合戦によって、山田以外の全員は服が濡れている状態だった。夜も近付き、夏とは言え冷えて来る前には風呂に入りたいところだ。

 一応神社に泊まる事は決まっているものの、改めて山田は沙都子らに確認を取る。

 

 

「でも良いんですか? 大人二人もお邪魔しちゃって?」

 

「構いませんわ! 少し狭いですけど、布団は人数分あったと思いますし」

 

「足りないなら上田を追い出せば良いのです」

 

「お前の中で俺のヒエラルキーは底辺なのか?」

 

 

 古手神社の下に到着し、階段を上がる。上田は滑り落ちる。

 鳥居を潜って境内に入り、夕陽に照らされた神社を抜けて、裏手にあった二階建ての小屋に到着する。

 山田はふと気になり、拝殿裏にあった家を指差して聞く。

 

 

「あっちがお家じゃないんですか?」

 

「みぃ。二人ぼっちじゃあっちは広過ぎるのです」

 

「あー……ごめんなさい」

 

「全然気にしてないのですよ。寧ろ謝られると気を遣っちゃうのです。にぱ〜☆」

 

 

 そうこうしている内に沙都子が小屋の玄関を開けて、二人を出迎える。「おじゃまします」と山田が玄関に入り、上田は上枠に頭をぶつけた。

 

 下足場に立った際、沙都子がバタバタとバスタオルを担いでやって来た。

 

 

「山田さん以外は入る前にタオルで拭いてくださいまし!」

 

「みぃ、冷めて来たのです……ヒエヒエなのです」

 

「このまま風呂に直行だな! 先に使わして貰うぜ!」

 

 

 そう言ってタオルで身体を拭くと、そのまま我先にと浴室へ走る上田。

 

 

「お前の家かっ!」

 

 

 山田がツッコんだ。

 とは言いつつも風呂を代わりに洗ってくれるそうなので、梨花も沙都子も文句はない。

 浴室から浴槽を洗う上田の上機嫌な鼻歌を聞きながら、こじんまりとした居間に座る。

 

 隣の台所から沙都子がジュースを持って来てくれた。

 

 

「『ポンジュース』がありましたわ!」

 

「うわ、懐かしい……まだ瓶なんだ」

 

「ちょっとお高かったですけどもね?」

 

 

 沙都子の後ろからひょっこりと、もう一本ジュースを持った梨花が飛び出した。

 

 

「『三ツ矢サイダー』もあるのですよ!」

 

「この頃から缶だったんだ」

 

 

 シャツに腕を捲った姿の上田が、大急ぎで廊下を駆け抜けていた。

 気になった沙都子がちらりと廊下を覗くと、彼は玄関に置きっ放しだった自身の鞄を開けていた。

 

 

「そうだそうだそうだ……これを使おうと楽しみにしてたんだ!」

 

「なんですの?」

 

「はっはっは!『シャネルNo5』の、石鹸だよ!」

 

「シャネル!?」

 

 

 鞄からケースを取り出し、その中にあった薄紅色の石鹸を得意げに見せ付ける。

 シャネルと聞いて沙都子が反応した。

 

 

「しゃ、しゃ、シャネルって、あ、あの……ですの!?」

 

「あぁ!『マリリン・モンロー』が寝る時に五滴だけ付ける、あのシャネルNo5だ!」

 

「どなた様ですの?」

 

「嘘だろお前」

 

 

 シャネルは石鹸も出していたのかと、山田も気になって尋ねる。

 

 

「香水だけじゃないんですか? シャネルって」

 

「シャネルの発明は『香り』だ。その香りを作れる材料があれば、石鹸にも応用が出来る!」

 

 

 石鹸の中心にNo5とある。鼻を近付ければ気品溢れる、皇潤で、甘く儚い香りがした。

 山田は呆れ顔で自慢げな上田を見やる。

 

 

「そんな物持って来てたのか……」

 

「実は出発日に届いてなぁ……ここで使おうと持って来たんだよ!」

 

 

 シャネル石鹸を掲げる彼の手前で、沙都子は食い気味に値段を聞く。

 

 

「お、お幾らでしたの……!?」

 

「一個三,五◯◯円。五個セットの、一六,◯◯◯円! 産地直送!」

 

「う、上田先生!……そ、そ、その……!」

 

 

 沙都子が今までに見ないほどに興奮している。

 

 シャネルは昭和五十八年当時も、絶大な人気を放っていた。女の憧れでもあり、少しおませな沙都子は見事に食い付く。

 

 

「使いたいのかぁ?」

 

「使いたいのですわ!」

 

「なら、それ相応の頼み方があるハズだ……」

 

「……土下座しろって事ですの?」

 

 

 わざわざ窓を経由して玄関に入り、こっそり上田の背後に回った梨花が石鹸を引ったくる。

 

 

「取ったのです!」

 

「あ!? コラてめぇッ!?」

 

 

 そしてそのまま沙都子の手を引き、石鹸と共に浴室を目指して駆ける。

 

 

「沙都子、このままお風呂に直行なのです!」

 

「リカリカ大好きーっ!!」

 

「このヤロッ!? 待てぇーいっ!!……おふっ!?」

 

 

 全速力で追いかける上田だが、途中の梁に頭をぶつけて倒れた。

 その隙に二人はシャネルNo5と共に、浴室に駆け込んで鍵掛ける。

 

 

「か、鍵かけやがった……!」

 

「さすがに入り込むのはマズイですよ上田さん……」

 

「俺の楽しみを……!」

 

「小学生に土下座させようなんてするからバチ当たったんです。オヤシロ様のお怒りじゃー!」

 

「ふ、フン! 何がオヤシロ様の怒りだ! バッカばかしい!」

 

 

 強がりこそ言うものの、居間に入った上田は隅に置いていた、お守りだらけの次郎人形を抱き寄せる。

 山田は呆れ果て、梨花が持って来た缶ジュースに視線を移した。ふと、ジオ・ウエキの霊能力を思い出す。

 

 

「……ジオ・ウエキは、どうやってジュースを止めた?」

 

 

 的中マジックの後に行った、缶の中のコーラを静止させた術だ。

 

 フタでも付けたのか。

 いや、あの時ジオ・ウエキは、缶を片手だけで握っていた。フタを押さえ付ける事はまずしていない。

 それに元に戻してすぐに彼女は圭一にコーラを差し出していた。その際に山田も飲み口を確認したがフタなど付いていなかったし、それらしい物がくっつけられていた痕跡もなかった。

 

 

「……う〜ん?」

 

 

 何となくポンジュースの方が飲みたくて、グラスを用意して掛け声と共に注ぐ。

 

 

「いよーっ!!」

 

 

 彼女の注ぎ方は下手で、飲み口からボコボコ鳴らしながら入れる。

 オレンジの飛沫が散った。台所に向かう途中の上田がそれを咎める。

 

 

「中身が飛び散ってるぞ! もっと注ぎ口と平行になるように入れるんだッ!……ったく」

 

「さぁて……果汁百パーセントを…………ん?」

 

 

 山田は顔を顰めながら、ポンジュースの瓶の口を見た。

 次に三ツ矢サイダーの缶を見やる。ステイオフ式のタブが付いた、この当時としては新しいタイプの飲み口だ。そしてまた、ジオ・ウエキが取り出したコーラと同じ形状の物。

 

 

「やっぱ牛乳は瓶だよなぁ〜」

 

 

 石鹸を取られた腹いせか、勝手に冷蔵庫から牛乳瓶を取り出して飲もうとする上田。

 フタを開け、グイっと傾けて飲む。

 

 

 ガラスの瓶の中で、ボコっボコっと、牛乳が動く。

 それを見た山田はハッと閃いた。

 

 

 

 

「……もしかして……!」

 

 

 すぐに三ツ矢サイダーの缶を開く。

 

 

「プハーッ!……ん? おい。ポンジュース飲まないのか?」

 

「……上田さん。あの、瓶を垂直にしてジュースを入れたり飲もうとした時……ボコボコってなるのは、なぜなんですか?」

 

「なに? それは簡単だ。『表面張力』だよ!」

 

 

 ポンジュースの入ったグラスへ、更に溢れる寸前までジュースを流し込んだ。

 

 

「ほら、グラスにギリギリまで注いでも……ほんのちょっと、液体は盛り上がって形を保つだろ? コレだよ! 液体は自分の形を出来るだけ、内側に寄せて小さくなろうとする性質がある。垂直に入れる時のボコボコは、飲み口から入り込んだ『大気圧』が液体を下から押し上げ、しかも表面張力は内側に寄せようとするから……下に向かうよりも、上に向かう力が強まり、水のキレが悪くなるんだ」

 

「表面張力と大気圧……」

 

「表面張力については今日の水鉄砲合戦の時もそうだ。肉眼では線のように見えるが、実は『球体』が連なるようにして落ちている。雨とかもそうだ」

 

 

 上田の解説を聞き、納得したように頷きながら、山田は缶を手に取る。

 

 

 

 

 少し飲み口を触った後、ジュースでいっぱいの缶をひっくり返した。

 思わず上田は声を出す。

 

 

「おい!? 何して…………おおう!?」

 

 

 

 液体は、落ちて来ない。ジオ・ウエキの起こした現象を、山田は再現した。

 

 

「……なぁんだ。これだったのか」

 

「ゆ、YOU? どうやったんだ?」

 

「どうやったも何も、上田さんの言った原理の応用ですよ」

 

 

 缶をまた元に戻す。

 飲み口を覗いた上田は、納得したように目を見開いた。

 

 

「上田さんも見た事ありますよね? 水の入ったコップを、『ふるいの網目』を乗せてひっくり返しても水が溢れないマジック」

 

「……なるほど……!」

 

「あの時はふるいがあったから何かあると分かりましたが、今回は何も被せてないので不思議でした……でも、一つだけ、あったんですよ。『被せる物』が」

 

「盲点だった! この穴のサイズなら、大気圧と表面張力で液体は落ちない!!」

 

「缶には絶対、付いている物ですからね」

 

 

 

 缶ジュースを開けたタブがクルッと巻かれ、飲み口に差し込まれていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ジオ・ウエキは缶を開けた瞬間にタブをこうやって回したんですよ」

 

「これなら、飲み口を狭めると共に……飲み口を増やす事になる! そうなると水の重さは分散され、大気圧と表面張力の力が勝るッ!!」

 

「ふるいの網目の奴も、恐らく同様の原理でしょう。ジオ・ウエキは、こうやってコーラを止めたんです」

 

 

 もう一度缶を逆さにするが、やはりジュースは落ちない。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「……ハッ! 実に巧妙な手品だッ!」

 

「これで二つのインチキは暴けました。後は、文字の的中の謎……」

 

「それを暴いて、雛じぇねの前でお前が再現すればジオウは追い出せるな!」

 

「何とか、綿流しまでに……」

 

 

 途端にドアが開く音が聞こえた。

 梨花と沙都子の「ふぅ」と息を吐き、火照った身体を手で仰ぎながら居間に入って来る。

 

 

「良い香りですことぉ〜……今日は良く眠れそうですわ」

 

「みぃ。ご飯食べてないのが悔やまれるのです。このままお布団に入れたかったのですよ〜」

 

「この泥棒コンビがッ!!」

 

 

 即座に石鹸を盗った事を糾弾しようとする上田だが、次の沙都子の話で黙らされる。

 

 

「あ〜嫌だ。昨夜、祭具殿に侵入しようとした上田先生に言われたくないですわ!」

 

「あ……」

 

 

 上田の表情は固まる。振り返ると、ゴミを見るような目の山田がいた。

 

 

「……上田。お前、私放ったらかして逃げるつもりだったのか……?」

 

「…………こ、これは、何かの間違いだよ! はっはっは!」

 

「最悪だなお前……」

 

「シャラップッ!! 黙れッ!! 俺だって必死だったんだ!!」

 

「開き直りやがった!」

 

 

 勝手に怒りながら次郎人形と共に、逃げるように浴室に行く。

 山田としては彼にはほとほとに呆れながらも、何だかんだジオ・ウエキの現象の解明に力になってくれたので、お咎めなしにしようと許してやった。

 

 とりあえず山田は、風呂上がりの二人にジュースを用意してやった。

 

 

「……あ。ポンジュースと三ツ矢サイダー、どっち飲みます?」

 

「あらぁ? 用意してくださいましたのぉ? 気が利きますわぁ! をほほほほほほ!」

 

「……なんか、おかしくなってません?」

 

「シャネルは女を変えるのですよ。にぱ〜☆」

 

 

 それからはジュースを飲みながら話し、帰って来た上田が梨花と晩御飯を作り、十時になる前には就寝した。

 山田もシャネル五番石鹸を使ってみたが、上田が使ったと考えるとエレガントな気分になれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、現代。

 矢部たちは興宮に到着し、早速調査を開始しようもする。

 

 その前に近場で見つけた喫茶店で、菊池と矢部は一休み。

 

 

「矢部くんッ!! 見たまえッ!! この店『コピ・ルアック』があったから注文したぞッ!!」

 

「人がトイレ行っとる間に勝手に注文すんなや! わしゃあ、ミルクティーが飲みたかったのに……なんや。見た感じフツーのコーヒーやないか」

 

「僕のような東大理三を卒業し、数多の国々を見て来たグローバル人な僕にこそ相応しいコーヒー!!」

 

「ニガッ。でもやっぱ匂いがええなぁ? どんな豆なんや?」

 

 

 菊池は得意げに説明を始めた。その間も矢部はゆっくりとコーヒーを啜る。

 

 

「インドネシアのコーヒーで!」

 

「おう」

 

「フォッサ科の『ジャコウネコ』と言う生物が!!」

 

「ズズッ」

 

「食べたコーヒー豆を!!!」

 

「はぁ〜苦い。ズズズッ」

 

「糞として排出させ、その中からまた取った豆で挽いたコーヒーであるッ!!!!」

 

「ブゥーーッ!! お前なんちゅうもん飲ますねんゴラァ!? きったな! ブゥエッ!!」

 

 

 怒鳴る矢部だが、菊池はしてやったり顔でメニューを見せる。

 

 

「コピ・ルアック……八千円!? クソが八千円!?」

 

「世界一高価なコーヒーと言われているッ!! まさに勝者のコーヒーッ!!!!」

 

「ネコがクソしたコーヒーが勝者て、なんかなぁ……」

 

 

 とは言うが八千円のコーヒー。ありがたく矢部は飲んだ。

 ふと彼はこの場にいない部下二人について尋ねる。

 

 

「石原と秋葉は?」

 

「例の前原圭一を訪ねるべく、当時搬送された精神病院へ話を聞きに行かせた」

 

「ならワシらは待っとくんか?」

 

「いいや。僕たちは、『別の生存者』を訪ねに来たのだよ」

 

「別の生存者か。どこにおるんや」

 

「ここだ」

 

 

 矢部は驚きながら辺りを見渡したが、それらしい人物が見当たらない。どの客もなぜかそばを啜っていた。

 

 

「誰や? どこにおるねんな?」

 

「……このコーヒーを、淹れた人物になるかな」

 

「………………」

 

 

 焙煎機のメンテナンスをしながら、窓際のカウンターに立つ中年の女性。

 矢部と菊池の視線を感じると、軽く会釈をし、他の店員にメンテナンスの続きを頼んだ後にこちらにやって来た。

 

 

「話は通しておいたよ。感謝したまえ矢部くん」

 

「態度はともかく仕事は早いなぁ。後で一発殴るからな?」

 

 

 長い髪を縛り、白と黒の落ち着いたカフェベストとカファーエプロンが似合う、五十路の女性。

 五十路と言うのは雛見沢大災害の年より逆算しての推定だが、彼女は幾分か若く見えた。

 

 

 彼女は矢部と菊池の前にあった椅子に座ると、落ち着いた口調で話しかける。

 

 

「東京からいらしたとか?」

 

「事件って訳やないんですけどね?」

 

「アレ? 大阪でした?」

 

「いやいや東京東京。ワシが大阪出身ってだけですわ」

 

 

 彼女が近付き、菊池と矢部も挨拶を交わす。

 身分を証明する為に警察手帳を出し、菊池が彼女の名前を告げる。

 

 

 

 

 

 

「『園崎詩音』さんですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その間、石原と秋葉は「前原圭一」が三十五年前に治療を受けていたと言う、精神病院にやって来ていた。

 待合室で秋葉はスマートフォンを、なぜか石原に差し出す。

 

 

「あ、すいません先輩。ここ、タップして貰えません?」

 

「なんじゃなんじゃ? え? ほうか?」

 

「……うおおおお!! やった!! 星五確て……イエエエエッ!! マーリンッ!! マーリンッ!! 先輩、あざっす!!」

 

「おお! なんか分からんけどワシやったけぇの!」

 

 

 二人が待っていると、看護師がやって来た。前原圭一のカルテと、退院後の行き先を尋ねていたようだ。

 

 

「前原圭一さんでしたっけ?」

 

「あ、はい。そうですぅ〜。えっと、我々、雛見沢村の洗い直しをしている者でして〜」

 

 

 看護師は首を振る。

 

 

「前原圭一さんのカルテは正確な日時は分かりませんけど、二○○○年には破棄されています」

 

「破棄ぃ〜? 何があったんじゃ?」

 

「ええ。破棄って事は、『死亡』したからかと……」

 

 

 石原と秋葉も知っている事だが、病院のカルテは患者の死後、六年間保存されて破棄される流れだ。

 一九八三年当時はまだカルテのデータ化もされていないハズだし、紙媒体以外では保存も望めない。

 

 それよりも前原圭一が既に故人だと言う事が、石原と菊池を落胆させた。

 

 

「参ったのお……生存者かと思っとったのに」

 

「その情報も古いですからね〜」

 

 

 亡くなったのならお手上げだと、二人は割り切って矢部らの所に戻ろうとした。

 だが、看護師は思い出したように話してくれた。

 

 

「そう言えば、当時からこの病院に勤めていらっしゃる先生が一人」

 

「おるんか! ほんならのう? その先生ぇ呼んで来てくれんかの?」

 

「それが、院長先生でして……」

 

「お偉いさんじゃないっすか〜?」

 

 

 警察が来たと言えば来るだろと教え、看護師に院長との接見を要求する。

 暫く待ち、看護師は院長からの許可を取り付けて、二人を案内してくれた。

 

 

 

 

 院長室に通されると、疲れた顔の老人がいた。彼が院長だろう。

 二人はソファに腰掛け、まずは秋葉から質問をした。

 

 

「前原圭一さんの事はご存知ですか?」

 

「えぇ。まだここに来た当初に担当した患者でしたから」

 

「ここに運ばれたって事は何か、精神の病って事ですよね?」

 

「仰る通り。彼は、酷い被害妄想と強い自殺願望、拘束していなければ自傷行為に及ぶほどの……今まで見て来た中で、特に激しい精神病を患っていましたから」

 

「お医者さんも大変じゃのぉ」

 

 

 労う石原だが、院長は当時を思い出しては眉を潜めるばかり。

 詳細に記憶を掘り起こそうとしていると言うよりは、「恐怖体験」による怯えのようにも見えた。

 

 

 彼は一度息を深く吐いてから、緊張した面持ちで話し始める。

 

 

「彼の最後は、心臓発作でした。入院し、一週間後に……突然……」

 

「ほんじゃあまだ子どもなんじゃろ? ひぇ〜! かわいそうじゃのぉ」

 

「………………」

 

 

 苦しむように、更に眉を潜める院長。ただならぬ気迫を感じ取り、恐る恐る秋葉は尋ねた。

 

 

「……ど、どうしましたぁ?」

 

「…………あの。雛見沢大災害の事を調べてらっしゃるそうですが、なぜですか?」

 

 

 院長の問い返しに、二人はどう答えようかと顔を見合わせた。

 結局は秋葉が言葉を選んで返答する事となる。

 

 

「実は〜、あの災害、色々と謎が多いものでしてね。急遽、洗い直しが必要と上が判断したんですよ〜」

 

「ガス災害……と、聞きましたが」

 

「公にはそうですけどね〜?」

 

「……ああ。やはりガス災害なんかじゃ……!」

 

 

 膝に置かれた彼の手がブルブル震え出す。

 その様子に驚き、秋葉と石原は心配の声を掛ける。

 

 

「えぇーー!? どうしました!?」

 

「寒いんかの? おーい! 冷房効き過ぎじゃけぇ!」

 

「先輩! 今、ガッチガチに暖房ですよぉ!」

 

 

 震えながら院長は、鬼気迫る様子で語る。

 

 

「……あれは、『祟り』なんだ……!」

 

「祟り……!?」

 

 

 頭を抱え始める。まるで思い出したくない記憶を、消そうとするかのように。

 

 

「…………夜な夜な聞こえる、前原圭一さんの声が、耳から離れないんです……三十五年前から、ずっと……!」

 

「なんて、言っていたんですか?」

 

 

 

 

 

 すっか「蒼白した彼の顔。

 唇を震わしながら、院長は告げた。

 

 

 

 

 

「……『みんなが殺しに来る。オヤシロ様が殺しに来る』」

 

 

 

 二人の背筋に、寒い物が通る。

 

 

 

 

 

 

「……暖房にせんかのぉ?」

 

「暖房ですよぉ」

 

 

 外気温との温度差で、窓には丸い水滴が出来て滴っていた。




マリリン・モンローの有名な、「寝る時に着るのはシャネルの五番だけ」を引き出したインタビューは、日本の帝国ホテル内で行われました。新婚旅行中だったらしいです。

長らくシャネルの香水は、活発な女性のシンボルされてきましたが、2012年に『ブラッド・ピット』が男性初の広告塔になりました。

コピ・ルアックと同様のやり方で採取したコーヒー豆に、象の物の『ブラック・アイボリー』があります。こっちはコピ・ルアックより高いみたいです。

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