TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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夕立雲

 夏。

 遥かなる夏。

 果てしない夏。

 

 変わらない夏。

 誰かがいるか、誰かがいないかの夏。

 

 

 晩夏は訪れない。

 ひぐらしは鳴き止まない。

 自分はその先に行けやしない。

 

 

 

 祝福され、この世に生を受けたのに。

 世界は、自分を呪い続けた。

 

 

 重い重い枷と、辛い辛い罪を、永遠に嵌めつけて。

 

 

 

 苦痛、諦念、絶望、不運、狂気、暴走、罵声、決裂、崩壊。

 どれ一つ欠けた事はない。

 最後に行き着くのは、死と、何もない当たり前の夏。

 

 まるで夕立のように、悲劇は訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、興宮署の大石蔵人と申し上げます」

 

「クラナド?」

 

「いや、蔵人(くらうど)です……ちょこっと訳あって村に来てるんですがね?」

 

 

 突如現れた、隣町の刑事。自分の身分を明かしたと言う事は、職務上必要な事を聞かれるのだろう。

 

 

 勿論、山田には身に覚えはない。そもそも自分は、先々日に未来から来たばかり。何かしようが無い。

 ならば堂々とするべきだが、大石が醸す得体の知れなさが妙な威圧感を生んでいる。山田は無い胸を張る事でしか虚勢を張れない。

 

 

「そ、その、刑事さんが、何か……!?」

 

「……おやぁ? 私の事を知らないのですかぁ? ちょっとばかし、ここらでは有名なんですがねぇ……んふふ!」

 

「お互い初対面だと思うんですけど!」

 

「で、しょうな。私も初めて見ましたからねぇ、あなたを」

 

 

 のらりくらりとした言葉遣い。山田は面倒になり、苛つきを隠さず厳しい口調で尋ねた。

 

 

「……なんなんですか?」

 

「まぁまぁ! お気に障ったのでしたら謝りますよぉ!……本題に入りますがね?」

 

 

 全てを見通したような、余裕の笑みのまま大石は本題を告げる。

 

 

 

 

「あなた……園崎と、何か取り引きしとりませんか?」

 

 

 たった一言で、堂々としたかった山田の心へ一気に動揺を作った。

 

 

「な、なんで!?」

 

「その『なんで』は、『なんで分かったのですか』のなんでですかぁ?」

 

「あ……えっと、あの、こ、これは」

 

「んふふふ! あなたの使われている家、昔に園崎関係で『イザコザ』があった場所でしてねぇ? そこに出入りしてる知らない男女がいると聞いたものですから!」

 

「イザコザって……やっぱ曰く付きじゃんあの家!」

 

「調べたらまだ園崎の保有のようですし……こりゃ何か関連があるなと思った訳ですよ!」

 

 

 話し方や態度、どこを取っても出し抜ける隙が見当たらない。

 それは彼が、「お前は絶対に園崎と繋がっているぞ」と決めてかかり、論破する情報を揃えている自信が滲み出ていたからだろう。

 

 

「あ、あの家使っているからって繋がっている証拠には……」

 

「あなたが学校で……んふふ! 園崎魅音らと接触もしていますね?」

 

「そそ、その縁で使わせてくれてるんです! 旅行に来て、泊まる所ないんで」

 

「と言う事は、あなたたちは余所者なんですな? あの園崎が余所者の旅行者に寝床を用意する慈善家なんて思えませんから……お嬢さんに気に入られたとは言っても、彼女はまだ組を左右出来る立場じゃないですからねぇ」

 

「や、あの、それは」

 

「あ! そうそう! 木曜日の夜、あなたと園崎魅音が一緒に歩いて、園崎御殿に行く所も知られているんですよぉ?」

 

「行きましたよ! 認めますよ!」

 

 

 ここまで追い詰められたなら、開き直るしかなかった。

 大石は満足げに両口角をにんまり吊り上げる。

 

 

「あなたでもご存知と思いますがねぇ? 園崎家はヤクザ、つまり暴力団です。そこと取り引きしている事実……ん〜……警察として見過ごせないのですよぉ?」

 

「別にそんな、危ない取り引きはしていませんよ! 第一、私……」

 

「堅気でしょう?」

 

「……へ?」

 

「刑事何年もやってりゃ、誰がヤクザか堅気かなんざ、すぐに分かりますとも! なはは! 私だってヤクザ相手に一人で堂々と話しかけられませんからねぇ?」

 

「……堅気だって分かったなら、もう良いですか?」

 

 

 これで解放して貰える訳はないとは内心分かっていた。案の定、大石は大袈裟な動作で首を振る。

 

 

「例え堅気じゃないにせよ、組と繋がっている事実は変わりありませんからねぇ」

 

「えぇ……もしかして、任意同行……って奴ですか?」

 

「そうなりますかな?……ここでぜーんぶ話していただけたなら別ですが? 事件性の有無だけ確認したいだけですから」

 

「はぁ……そこの集団、見えますよね?」

 

 

 山田が指で差し示した先には、相変わらず「ダムは〜ムダムダ〜」と唱えながら行進している、雛見沢じぇねれ〜しょんずの構成員たちがいる。

 彼らの事は、園崎との関係も含めて大石も把握していたようだ。

 

 

「雛じぇねですね。何だかけったいな女に洗脳されているだとか? 最近は園崎から離れているらしいですねぇ」

 

「……まさにそれです。雛じぇねの指導者のインチキ暴いて、追い出せ言われたんですよ」

 

「あなたが? 探偵か何かなんですかぁ?」

 

「……マジシャンなんです」

 

「ほぉ! マジシャンなんですかぁ! いやはや、六十手前ですがねぇ? 本物のマジシャンに会ったのは初めてですなぁ!」

 

 

 話題が逸れたと感じ、大石はわざとらしく咳払いして本筋に戻す。

 

 

「つまり……マジシャンの腕と目を見込まれて、インチキ暴きに起用されと言う訳ですな?」

 

「はい、そうです……別に何か犯罪ではないとは思いますけど」

 

「いやぁ、納得しましたぁ! 元は園崎家の手足だった死守同盟。乗っ取られて村で好き勝手されている今、また手に戻したいんでしょうな」

 

 

 そこまで推測出来るのかと、山田は驚かされる。

 

 

「え、えぇ……その通りで……元々は園崎に従っていたそうですし……強引に手元に戻すより、顔の割れてない誰かが立ち回った方がスマートって事なんでしょうね」

 

 

 お金の要求だとか三億円だとかの話はしないでおく。

 尤も、この男はもう知っていそうなものだが。

 

 

「こりゃもう一つ、納得! 余所者嫌いの園崎頭首がわざわざ、あなたに頼ったのはそう言う事だったんですね?」

 

「……もう良いですか? 今からそのインチキ暴きに行きますんで」

 

 

 話す事は話したと、山田は踵を返して離れようとした。

 だがこの大石、なかなか粘着質な男で、まだ話があるのか急いで呼び止める。

 

 

「まぁまぁ、待ってください! あなた、園崎家に利用されている事は多分、ご自覚でしょうね?」

 

「……そりゃ、まぁ……でも泊まる所いただいているんで文句は……」

 

「先に言っておきますが……あの雛じぇね。指導者のカリスマだとかで、半分危ない宗教になりつつあるそうですよ? ただの農夫の集まりと思われたら大間違いです!……何しでかすか、分かったもんじゃない」

 

 

 山田が一番驚いたのはこの大石、山田の心配をしている事だろうか。どうやら曲がりなりにも警察として市民の味方ではいてくれているようだ。

 言っても彼女の中での警察官とは「ヅラ被った奴」のイメージが強く、好印象は全く湧いてこなかった。

 

 

「集まって叫んで石を投げるだけの烏合の集が、一人の人間を崇拝し始め、陰険な組織になっちまっていますよ」

 

「………………」

 

「悪い事は言いませんが、今すぐ断りなさいな。あなたは園崎に良い様にされているだけですよぉ? これじゃほぼ鉄砲玉ですよ?」

 

 

 まさか金に釣られて、本当に良い様にされているとは思っていないだろうが。

 

 

 

 しかしそれでも、やるからには山田なりのプライドも存在する。

 一度また山田は大石に身体を向けた。

 

 

 

「マジックは人を喜ばし、夢を見せる芸……そして、技です」

 

「……ふぅん?」

 

「それを『どうだ凄いだろ』って見せびらかしているジオ・ウエキが、いちマジシャンとして鼻に突くんです」

 

「………………」

 

「利用されてるにせよ、それだけは私の意思ですから」

 

 

 山田はまた踵を返し、そのまま足を動かし始めた。次呼び止められようとも、もう振り返らないし、立ち止まるつもりもなかった。

 

 大石も彼女の意志に気付いたのかもう呼び止めはせず、大声で忠告を飛ばすだけに留めた。

 

 

 

「園崎家は、『鬼隠し』に関わっていやしないかとあなたも疑っているんじゃないですかぁ?」

 

「……!」

 

「身の危険を感じたなら興宮署にすぐ来る事です!」

 

 

 やはりあの刑事も鬼隠しを調査している。何か過去の事件でも知っているハズだ。

 

 だが警察には守秘義務があるし、自分も向こうも信用し合っていない今、聞くのは野暮だ。

 そう考え直し、振り向きも返事もせず、暑い暑い田舎道を逃げるように早足で突き進む。

 

 

 

「それと! あの入道雲! すぐに夕立が来ますよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の予言通り、工事現場付近まで来た時には大雨が降り出した。

 

 

「わーわーわー!? 本当に降りやがった!?」

 

 

 急いで走り、工事現場前にあった農具小屋の庇の下に逃げ込む。

 

 

「にわか雨かなぁ……じゃあ、そんな降らないか」

 

 

 すぐに止んでくれる事を望んで、壁に凭れて晴天を待つ。

 辺りの道は泥になり始めて匂い立ち、乾いた暑さが湿り気を帯びて気持ち悪く蒸して行く。

 

 ウンザリ顔で雨天を見上げていた山田だったが、ふと工事現場の方を見た時、視界に入った光景に目を疑った。

 

 

 

 

「……うん? ジオ・ウエキ……?」

 

 

 工事現場から、ド派手な傘を差して出て来るジオ・ウエキの姿。

 咄嗟に山田は小屋の影に「シュワっ!」と隠れて、動向を伺う。

 

 

「……またデモとか……いや、一人だけか……なにやってんだ?」

 

 

 一人だけ、と思っていた山田だが、彼女の数歩後を追っかけて来た二人の男女に気付く。

 

 

「うぉ。もう二人いた!」

 

 

 傘と雨が邪魔をして、二人の良く顔は見えない。

 だが服装のみの印象だけなら、女の方はまだ若そうで、男の方は赤いシャツが目立つチンピラ風だ。

 

 一体どんな関係なんだと凝視していたが、特に彼女らは何をするでも無く、それぞれ道を分かれて去って行く。

 尾行しようとも考えたが、傘もなく「これ以上濡れたくないな」と思い、見送る事にした。

 

 

「……なにやってたんだろ」

 

 

 疑問に思いながらも雨宿りに徹し続け、十分後に夕立は通り過ぎる。

 

 

 ジオ・ウエキの行動の前に、トリックを暴く事が最優先だ。

 ダムの現場に入った山田だが、作業員小屋から現れた七人に止められる。

 

 

「あなた! 止まりなさいっ!」

 

 

 いつかのオカマ現場監督とその仲間たちに道を塞がれ、山田は軽く慄いた。オオアリクイの威嚇をして応じる。

 

 

「な、なんなんですか!?」

 

「……ん? あなた、こないだの貧乳じゃないのっ!」

 

「だ、誰が貧乳だ!? あなたよりあるわい!」

 

「な!? あたしの方が、おっぱい大きいわっ!!」

 

 

 関係のない議論に入りかけたが、反応に困っている作業員らの顔を見て、現場監督は咳払いをする。

 

 

「ここは鬼ヶ淵ダムの工事現場なのっ! こないだはデモ集団に圧されたけど、基本は関係者以外立ち入り禁止なのよっ!」

 

「この間ジオ・ウエキが手品をした場所を見るだけで良いんです!」

 

「ダメよダメよダメダメダメダメ……あなたは、戻らなくっちゃあいけないのよ!」

 

「私がアレのトリックを暴きますから! あなたたちだって、反対派が消えた方が嬉しいんじゃないんですか!?」

 

「そうは言っても、雨も止んだしお仕事再開なのっ! はいUターンっ!!」

 

 

 一歩一歩迫って来る作業員らの壁に気圧され、山田は渋々引き返す事にした。

 背後で彼らの点呼が聞こえる。

 

 

「お仕事よっ! 番号っ!! 一ッ!」

 

「二ッ!」

「三ッ!」

 

「五ッ!」

「六ッ!」

「七ッ!」

「八ッ!」

 

「四番は永久欠番よっ! 黒沢俊夫にみんな礼をするんだっ!!」

 

 

 何やってんだと愚痴りながらも、山田は工事現場を後にする。結局、三番目のマジックのトリックは分からず終いだ。

 

 

「……でもジオ・ウエキたち……工事現場から出てきたよな……何やってたんだ?」

 

 

 

 その疑問を考える暇は、無かった。

 

 

 

 

 一台の黒い車が突然現れて、見事なドリフトで山田の前に停車したからだ。

 

 

「なになになに!?」

 

 

 両手を広げて、アリクイの威嚇。

 停まった車の中から出たのは見るからに堅気ではない黒服の男たちが三人で、一斉に山田を囲った。威圧感の強さとしては、作業員らとは比べ物にならないほどだ。

 

 山田は身を縮めて命乞いをする。

 

 

「許してつぁかさい!!」

 

「山田さん! 探したよっ!!」

 

「…………ん?」

 

 

 聞き覚えのある声で冷静さを取り戻す。

 後部座席からもう一人、車から出て来た。その人物とは、園崎魅音だ。

 

 

「すぐに来てっ!」

 

「え? え? え!?」

 

「早くっ!! ほら! みんな乗せてあげてッ!!」

 

「「サー・イエッサーッ!!」」

 

「うにゃー!?」

 

 

 三人の黒服は山田の背を押し、無理やり後部座席に押し込んだ。そこは魅音の隣だった。

 

 

「ど、どう言う事ですかコレぇ!?」

 

「説明は移動しながら! ほらさっさと車出して!!」

 

「あの……魅音さん」

 

「なに、山田さん!?」

 

「私乗ったら、一人乗れなくないですか?」

 

 

 

 

 

 車の屋根にしがみ付く、不幸な黒服を乗せて走り出した。

 

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「松田優作もやってたし大丈夫っしょ!」

 

「いやいや……」

 

 

 どこかへ向かう最中に、魅音は説明をしてくれた。

 

 

「ジオ・ウエキから園崎へ声明が来たの」

 

「え!?」

 

「山田さんの言ってた通り、明日来るってさ」

 

「時間とかは!?」

 

「言ってない。明るい内とかは言ってたけど……それにもう一つ」

 

「もう一つ?」

 

「……ジオ・ウエキは、山田さんを呼ぶように言いつけたの」

 

 

 疑問と驚きの混じった声で山田は叫ぶ。

 

 

「なんでやっ!?」

 

「こないだ、山田さん啖呵切りに行ったみたいじゃん。だから山田さんに向けての挑戦状だと思う」

 

「でも良いんですか!? あの、お婆様とか……?」

 

「寧ろ婆っちゃが呼べってさ」

 

「へ?」

 

「……山田さんが焚き付けたとか、ジオ・ウエキの仲間じゃないかって疑っている訳よ。だから懐に置いて監視させるって」

 

 

 冗談じゃないと、シートに身体を埋めた。

 

 

「じゃあ私、雛じぇねへの人質って扱いですか!? わ、私、無関係ですよ!?」

 

「それは私が分かっているから大丈夫!……圭ちゃんに黙ってくれているし、詩音も『山田さんは悪い人じゃない』って言ってたし」

 

「……詩音さんが?」

 

「でも婆っちゃが言うからさぁ……すぐ連れて来いって言っててね……私がいないと山田さん驚くと思って車に乗ったけど」

 

「いや、魅音さんいてもいなくても驚きますけどコレ」

 

「とにかくっ! お願い山田さん! 山田さんならジオ・ウエキが何をしてくるか解いてくれるって、信用してるから!」

 

 

 両手を合わせて、頼み込む魅音。

 彼女も彼女なりの立場があるのだろうと理解は出来たし、切羽詰まった表情の魅音を見れば断る気は失せた。

 それでも一言くらい小言を溢しても良いだろうと口を開いた時に、魅音が先に話す。

 

 

「ちゃんとご馳走するから!」

 

「是非、頑張らせていただきます」

 

「ありがとう!!」

 

 

 物に釣られた気もするが山田は快諾し、ホッと魅音は息を吐く。

 

 

 

 

 園崎家の屋敷が見え、車が停まる。

 車外に出て屋根を見たら、黒服の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨上がりの道を歩く、梨花と沙都子。

 

 

「夕立には驚きましたわね」

 

「みぃ。入江が傘貸してくれたから助かったのです」

 

 

 黄色い小学生用の傘を腕に吊るしながら、二人は帰路を行く。

 しかし一緒にいたハズの上田がなぜかいない。

 

 

「それにしても上田先生、大丈夫なんでしょうか?」

 

 

 

 

 数分前、上田は謎の黒服集団に連行された。

「お慈悲を!」と助けを求めるも虚しく、彼は車に押し込まれてどこかへ消える。

 

 

「あれ……多分、魅音さんの……ですわよね?」

 

「魅ぃなら悪い様にしないと思うのです。それに」

 

「……それに?」

 

「上田が恨み買われるような事、出来る訳ないのです」

 

「……まぁ、それもそうですわね」

 

 

 大方、魅音の悪ふざけだろう。それにしてはやり過ぎな気もするが、上田が園崎に喧嘩を売るような事もしたとは思えない。

 どうせ夜までには帰って来るだろうと踏み、沙都子は昼食の話をする。

 

 

「お昼、どうされます?」

 

「カレーは勘弁なのです」

 

「お給与も入った事ですし、どこか食べに行くのも良いですわね!」

 

「なら詩ぃの所に行くのです!」

 

「では、早速…………」

 

 

 沙都子の表情が、一瞬で強張る。

 綻んでいた口元が固まり、垂れていた目元が丸くなった。

 

 小首を傾げ、「どうしたのですか?」と聞こうとした梨花さえも、彼女の視線の先にいた存在に愕然とした。

 

 

 

 そこにいたのは、赤いシャツを着た男。

 固めた髪は金色で、下衆な笑顔を見せ付ける。

 ポケットに手を突っ込み、ズンズンとこっちへ迫って来た。矮小に思えた輪郭が、段々と巨大になる。

 

 

 

 気付けば二人を遥か上から見下す、怪物が立っていた。

 

 

 

「久しぶりやのぉ、沙都子ぉ。迎えに来たからなぁ?」

 

 

 欲望と禍根、嗜虐の権化が、莞爾として笑う。

 

 

「さ、沙都子! 逃げ……!」

 

 

 手を引き、逃走を促す梨花。

 その小さな身体が男に突き飛ばされ、出来たばかりの泥に這い蹲るのは、そのすぐ直後だった。




・「黒沢俊夫」は戦前〜戦後に巨人で活躍した打者。戦後三十三歳の若さで亡くなり、彼の背番号「四番」は永久欠番となっている。戦中、徴兵される選手がいた中で残り続け、選手として全うした。

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