TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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災害と情景

 店の隅で矢部、菊池と、園崎詩音はコーヒーから漂う湯気を見ながら向かい合わせに座っていた。

 まずは矢部が話を切り出す。

 

 

「あれからもう、三十五年ですか。平成終わる前にってのもなんかの縁なんですかね? まっ、時代の総決算っちゅう訳で? 一つ、身の上のお話なんかとか?」

 

「………………」

 

 

 

 園崎詩音は幸運な女性だった。

 

 かつての園崎家はこの辺りを牛耳っていた、巨大なヤクザであった。

 詩音もその一族の娘として生を受けたが、双子だった為に、妹の彼女は村を追い出された。

 

 頭首は一人しかなれない。一方はどんな形であれ、間引く他ない。

 だがそんな彼女に、思っても見なかった事が舞い込んだ。

 

 

 

 

「……『姉の死』?」

 

 

 詩音は自らの家族に関した話をしてくれた」

 

 

「おねぇ……次期頭首候補だった園崎魅音が死んだんです。そうなると双子どうとかの話は無くなり、片割れの私が棚ぼたで頭首候補になったんですよ」

 

 

 菊池が資料を開き、園崎のその後を確認してから尋ねようとした。

 

 

「しかし、園崎家は……」

 

「……私の事を報告する為、各地の分家が集められました。その日が大災害の日……天下の園崎は、ただの自然災害で崩壊したんです」

 

「でも、あなた生きてんやないですか?」

 

「……私、興宮にいたんです。村を追い出されていた時にずっと住んでいたマンションを掃除しようって……幸運、なんでしょうか」

 

 

 その後の園崎家の末路だが、まず大災害によって主要人物と本山を失った園崎家は内部分裂。

 暗殺と抗争が立て続けに起こり、影響力は落ちてしまった。

 

 

 詩音は一度こそ園崎頭首に祭り上げられたものの、一気に親類や友人を失った彼女にその気は出なかった。

 うだうだしている内に園崎家は乗っ取られ、詩音は追放されてしまう。

 

 

 組の名は変えられて、「園崎」の名が消えた……ただ、詩音を残して。

 

 

「その後は残った親類を頼って……サボっていた学校に復学し、何とか高校は卒業しました。叔父が飲食店の経営者でしたから、私も色々学んで……ここ『園崎珈琲店』のオーナーになっています」

 

 

 波瀾万丈な詩音の半生を聞き、菊池は手を叩いて称賛する。

 

 

「その選択は賢かった! 昭和はヤクザが堂々と闊歩しておりましたが、平成に入り暴力団に対する対抗意識が高まりましてね! 法律が暴力団を淘汰しようと動き出したんです! 遅かれ早かれ、園崎家は衰退の道を」

 

「お前本人の前で言ったんなや!……あ、このコーヒー美味しいですね──」

 

 

 コピ・ルアックを詩音に引ったくられて飲まれる矢部。二回ほど瞬きした後に、矢部はまた彼女に尋ねた。

 

 

「あ〜……それで、ワシらが調べたいのはですね? 雛見沢大災害が、本当に自然災害やったのか!……なんすわ。何か、知ってる事ありますぅ?」

 

「……あまり、力になれないと思いますが……生存者と言っても、雛見沢村に戻らなかっただけですから……当事者って訳でもないですし……」

 

「んむ〜、そうですか〜」

 

 

 質問を終えた矢部と入れ替わるようにして、菊池がもう一つだけ聞く。

 

 

「では、当時の園崎家の様子とか?」

 

「なんでそないな事聞くねん」

 

「多角的な面からの捜査ッ! これは警察の基礎の基礎の基礎の基礎の基礎ッ!! そんな事も分からずに警察名乗って、恥ずかしくないのかッ!?」

 

「よぉし、分かった。お前は後で五分の四殺しやからな」

 

 

 園崎家の様子についての質問には、詩音は思い出話のように次々と出してくれた。

 

 

「ダム反対派でしたので同盟を組んで、色々していましたね。他はまぁ……あまり仕事の方は分からず終いですが」

 

「村から追い出されてましたもんねぇ?」

 

「……あと、ウチの地下には、『祭具殿』があるんですよ」

 

「祭具殿? 祭具殿ってなんや」

 

 

 菊池はうんざりしたような顔で教えてやる。

 

 

「祭りの用具や神具を保管する場所だよ……しかしなんで地下に?」

 

「今だから言えますけど、『拷問部屋』でしたね」

 

 

 サラッと答える詩音。あまりにサラッとだったので、矢部と菊池は少しだけ反応に困った。

 

 

「いやいや拷問部屋て……」

 

「この村で言う祭具は、『そう言う機材』を指す言葉なんですよ? 私もそこに呼び出されて……」

 

「あーもう、大丈夫ですわ! うん! もうこの話やめましょ!」

 

 

 話を切り替えようと、矢部はまた別の質問をする。

 

 

「お姉さんはなんで亡くなりはったんです? 大災害の前なんでしょ?」

 

「…………詳しくは、知らないですね」

 

 

 どうにも歯切れの悪い様子で言い淀む詩音。困ったような微笑みもどこか、はぐらかしの念が滲んでいる。

 しかし突然、菊池が声を張り上げた。

 

 

「それに関しては僕が知ってますッ!!」

 

「なんでお前が知っとんねん。お前園崎家か?」

 

 

 菊池は勿体振るように微笑みながら、懐から手帳を取り出す。

 

 

 

 

「綿流しの後日に起きた事件……『営林署人質篭城事件』!」

 

 

 詩音の表情に歪みが現れた。

 矢部と菊池はその一瞬の歪みに、気付けなかった。

 

 

「なんやそれ?」

 

「雛見沢村で起きた事件さ! 一人の女子生徒が……」

 

「あ、あのっ!」

 

 

 慌てて詩音が話を止める。

 

 

「……そろそろ、仕事に戻ってもよろしいでしょうか?……この店、鹿骨市外にも支店を広げていまして……店を回らないと」

 

「あ、それは大変ですな。んじゃ、ワシらはここまでにしよか」

 

「お時間取らせました。何か分かりましたらまたこちらから伺いますので」

 

 

 これは正式な事件調査ではなく、あくまで疑惑のある雛見沢大災害の洗い直し。裁判所からの書類がないのに、悪戯に市民を拘束する訳にはいかない。

 詩音が話を切り上げたのならば、ここで会話は終了。矢部と菊池は同時に席を立つ。

 

 

「そんじゃ、ワシらはこの辺で……ホアタぁぁぁぁッ!!」

 

「おふっ!?」

 

 

 立ち上がった瞬間に矢部は菊池を殴る。五分の四殺しを有言実行した。

 パチパチと詩音は小さく手を叩く。

 

 

「腰の入ったパンチですね」

 

「知り合いの学者さんに空手習ったんですわ!」

 

「空手?……どちらかと言えば今のはカンフーかと……」

 

「ほな、また。あ、コーヒー、美味しかったですぅ〜……ほら、来いや!」

 

「前が見えねぇ」

 

 

 空っぽに飲み干されたカップ二つを残し、刑事二人は店を出て行く。

 

 

 

 

 先程の会話を反芻する、詩音。

 懐かしい気分になれた反面、ドス黒い不快感もまた胸に蟠っている。

 

 

 

 だが、詩音は一つの決意を固めつつあった。

 そろそろ、清算しても良い時期だと。

 

 

 

「………………」

 

 

 スマートフォンを取り出し、電話帳を開く。

 通話先の名前は「レナ」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鹿骨市市長選 立候補・三木 舞臼』

 

『鹿骨市にディズ××ランドを!』

 

『スターウォーズの撮影を鹿骨市で!』

 

 

 とある事務所から出て来た、着物姿の淑女。

 高級スーツで口髭を蓄え、頭にネズミの耳のような飾りを付けた男と握手を交わす。

 

 

「ありがとうございます! これでスピルバーグ監督に勝てます!」

 

「私はただ、願掛けをしただけですわ。是非、当選を願っております」

 

「ありがとうございます! ハハッ!」

 

「あぁ、あと、現在は年末特別価格となっておりますので、最初に提示した額よりも割り増し料金になっています。支払いの際は基本料金の下にゼロ二桁足して、キッチリ口座に振り込んでくださいね?」

 

「ディズニぃぃぃーーーーッ!!!!」

 

 

 彼女──山田里見はお辞儀をし、顧客に見送られながら事務所を後にした。

 瀬田に勧められた仕事をこなし、やる事がなくなったので興宮を散策する。

 

 

 

 地方の町だが、それなりに綺麗な町だ。

 一般的な地方都市の域から出てはいないものの、目を楽しませるように様々な店が揃えられていた。

 

 里見はこう言った知らない街を歩くのが好きだ。

 荷物を包んだ風呂敷を持ち、流れる街の風情を見ながら、下駄を軽やかに鳴らして歩く。

 

 

 

 角を曲がろうとした時、不意に誰かとぶつかってしまった。

 

 

「あっ……!」

 

「おととっ」

 

 

 お互いに荷物を落としてしまう。

 

 

「す、すいません! ぼんやりしていまして……」

 

「いえいえ、私こそ不注意で……」

 

 

 しゃがみ込み、荷物を拾い合う。

 すると相手の荷物から、ぽろっと何かが零れ落ちた。

 

 

「落ちましたよ?」

 

 

 咄嗟に里見は拾い上げて手渡す。

 落ちたのは保険証やポイントカードだとかを一緒くたにしておく、カードホルダーだった。

 

 

 

 ホルダーのクリア部分から、相手の免許証が見えた……「竜宮礼奈」と言う名前らしい。

 彼女は何度も頭を下げてそれを受け取る。

 

 

「度々申し訳ありません……」

 

「急いでいらして?」

 

「待ち合わせしていたのですが……どうしても、相手が来なくて……仕方ないので帰ろうかなと」

 

「それは行けませんね。きちんと時間を守る……大人の基本ですのにねぇ」

 

「い、いえ……思えば私も、その方に無茶させましたし……」

 

 

 チラリと、彼女の持つ鞄から見知った人物の顔が見えた。

 

 

 

 

「……あら、その本……上田先生ですか!」

 

 

 上田の著書「なぜベストを尽くさないのか」の表紙である、上田の影がかった写真だ。

 里見が言い当て、礼奈は驚きながらも本を取り出す。

 

 

「ご存知なんですか?」

 

「知り合いなんですよ、私」

 

「……上田先生と……?」

 

「先生には色々とお世話になりましたから。娘の事でも尽力していただきまして……」

 

「…………………」

 

 

 目を伏せる礼奈の様子から悟り、里見はもしかしてと尋ねた。

 

 

「……あなたの待ち合わせ相手とは……」

 

 

 礼奈は頷いた。

 

 

 里見の脳裏に、奈緒子へ突きつけるような「災禍」の文字が浮かんだ。

 動揺したものの、少しも言動に出す事なく、里見もまた確信を得たかのように頷く。

 

 

「……そうなの……上田先生と……」

 

「……あの。これも何かの縁です」

 

「はい?」

 

 

 礼奈は里見と目を合わせる。

 

 

「……お名前、お聞かせしていただいても、よろしいですか?」

 

「えぇ……山田、里見と申します。長野県から来ました」

 

「山田さん……なぜでしょうか。初めて聞くのに懐かしい……」

 

「おほほほ! 山田なんてそんな、珍しい名前じゃありませんでしょう? 近所に一人はいたハズですよ!」

 

 

 礼奈は朗らかな里見に合わせて、微笑んだ。

 ずっと影が残っていた彼女の顔。やっと、パッとした陽光に照らされた気がした。

 

 

 

 

「……ご用事は?」

 

「終わりまして、暇なんですよ私」

 

「この町は初めてで? さっき、長野県からって……」

 

「差し支えなければ案内していただけません?」

 

「……はい、良いですよ」

 

 

 二人は並んで歩き、共に町を巡る事にした。

 途中、奇妙な二人組とすれ違った。

 

 

 

 

 

「せ、先輩……すぐお祓いに行きましょうよぉ〜……」

 

「アキちゃん! ワシゃあ、寺と神社と教会に行くけぇの! 兄ぃへの報告、任せたッ!!」

 

「嫌ですよぉ〜!!」

 

 

 見覚えがないような、あるような。そんな二人組の後ろ姿を少し眺め、すぐに里見は前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圭一とレナは山間にある、とある場所に遊びに来ていた。

 誰もこない事を良い事に、不法投棄のゴミが捨てられている。

 

 

 汚く、足場も不安定で危ない場所ではあるが、この場所がレナは好きだった。

 

 

「さぁ! 今日のお宝はどこかなぁ!」

 

「ははは……本当に飽きねぇなぁ」

 

 

 レナが持って来た鉈を手に持ち、邪魔な木材を解体しながら、ゴミの山に頭を突っ込む。圭一はその「レナのお宝探し」に付き合わされている形だ。

 辺りにはタイヤのゴム、土砂、廃材、鉄パイプと、様々な物が散乱していた。

 

 

「おいおい……見ろよコレ! 公衆電話の受話器だぜ!?」

 

「うわぁ! 良いな良いな! 圭一くんは探すの上手いよねっ」

 

「お? そうだろぉ?『トレジャーハンター圭一』! これで売り込むのもアリだな……」

 

「犬みたいでかぁいいよ! レナのペットになる?」

 

「………………まぁ。うん。考えとく」

 

 

 犬扱いされて、釈然としない表情の圭一。ちょっと考えてしまったのが恥ずかしい。

 鼻歌混じりにゴミの山の上をスキップするレナに続き、奥へ奥へと進む。

 

 

 ふと、圭一は声をかけた。

 

 

「……なぁ」

 

「なぁに?」

 

「えっと……」

 

 

 聞こうか聞くまいか、迷う「鬼隠し」について。

 クルッと振り返り、満面の笑みを見せるレナの前で、今は辞めておこうと思い直した。

 

 

「……今からさぁ、お宝探しゲームしようぜ!」

 

「お宝探しゲーム?」

 

「どっちが多く、良い物見つけられるか!」

 

「面白そう! 良いよ! 罰ゲームは!?」

 

「……罰ゲーム無しとかは?」

 

「駄目駄目! 罰ゲームあってのゲームだよ! だよ?」

 

「仕方ないなぁ……んじゃあ、相手の言う事、何でも聞くってのは?」

 

 

 レナは手をパチンと叩いて、賛成した。

 

 

「圭一くんはどんな事を?」

 

「こないだの仕返しとして……ぬふふふ! メイド服着て、俺の専属メイドにしてやるッ!!」

 

「うわぁ……」

 

「お前、俺にさせた癖にドン引きすんじゃねぇよ!!」

 

「あははは!……うん、良いよっ! 圭一くん、家事とか何も出来なさそうだもんね! レナがサポートしてあげるっ!」

 

「さ、皿洗いと風呂洗いは出来ますぅーッ!!……んで、レナは?」

 

 

 何を命令しようか、顎に指を当てて考え込む。

 うーんと唸り、思い付いたように目をパッチリ開いたが、圭一と向き直り歯を見せてニッと笑う。

 

 

 

 

「……内緒っ!」

 

 

 悪戯っぽく、鼻先に指を当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「竜宮さん?」

 

 

 ハッと里見の声で、礼奈は追憶の海から舞い戻る。

 

 

「す、すいません……懐かしい街並みなんで、ちょっと昔の事を……」

 

「思い出に浸るのは楽しいですものねぇ」

 

「ええ…………」

 

 

 少し物憂げな顔付きで、空を眺めた。

 

 

 

 

「……楽しいですね」

 

 

 寒々しい冬空が、いつか見た入道雲……夕立の心配をして走った、夏空に見えた。

 蝉が鳴き、毎日泥んこになるまで駆け回った日々の思い出。

 

 

 この全ては、彼女にとって辛い過去になるとは。冒瀆だろうか。

 

 

「…………あ」

 

 

 ポケットの中でケータイが鳴る。

 どうにもスマートフォンが苦手で、今でもガラパゴスケータイだ。

 

 

「ちょっと失礼しますね」

 

「お構いなく」

 

 

 液晶に並ぶ、相手の名前を見て少し、出るのを躊躇した。昔の思い出に浸りかけていただけに迷う。

 しかし少し首を振って躊躇を消し、通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

「……詩ぃちゃん? 今日、私はお休みのハズだけど……」

 

 

 通話は、二分程度。

 最後は「分かったよ」と言い残し、礼奈は電話を切った。

 電話の相手について里見は尋ねる。

 

 

「お友達ですか?」

 

「友達でもあって、上司とも言うんですかね……私、この人の経営している店の一つを管理してまして」

 

「あら。店長さん?」

 

「はい。オーナーの友達が、夜に食べに行かないかって」

 

「……優しいお友達のようですね」

 

「……感謝しきれませんよ」

 

 

 ケータイを仕舞ってから、「案内でしたよね」と里見の案内役を続行する。

 

 

「お泊まりになられるんでしたら、あのホテルが良いですよ。あと……この先に馴染みのお店があるんです」

 

「馴染みのお店?」

 

「店員がメイド服なんです!」

 

「んまぁ! それはまた、愉快そうで!」

 

 

 礼奈と里見は、興宮を歩き続ける。

 思い出と、過去の情景を、後悔と共に引き摺りながら。


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