TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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出題編

 空っぽの金庫、その事実を信じ切れずに葛西は中に手を入れるものの、やはり金は存在しない。

 

 

「…………おいッ!! 従業員や造園師含め、全員誰一人屋敷から出すなッ!!」

 

「へ、へいっ!!」

 

 

 即座に控えていた組員に葛西は命令し、その命令を伝えに走らせた。

 入れ違いに魅音は、金庫を守っていたであろうシンに確認する。

 

 

「ジオ・ウエキは本当に、金庫に近付かなかったんですか!?」

 

「そ、それは勿論です! あっしらが見張っていましたから……!」

 

 

 魅音はもう理解に至らないようだ。頭を抱えて、力無く壁に凭れている。

 混乱しているのは彼女だけではなく、葛西らも同様だ。ひっきーストラップ付きの鍵束を握り締め、納得行かないと顔を歪めている。

 

 

「……この鍵は、ずっと私が握っておりました。だから金庫が開くと言うのは考えられないし……それに、中身だけが消えるなんて、あり得ない……!」

 

「……オメェらじゃねぇべかぁ!? オメェがあの女と組んでやがったんだろぉ!?」

 

 

 護衛をしていたカスが、上田と山田を指差しで怒鳴り付ける。突然疑われた事もあり、山田はつい語気を荒げて反論した。

 

 

「そんな!? 第一私たちも、あの時ジオ・ウエキを追って金庫から離れてたじゃないですか!?」

 

「いいやどうだべかなぁ!? 何か仕掛けたちょったんじゃろッ!! オラ白状しやがれッ! ピロシキすっぞッ!!」

 

「ピロシキ!?」

 

 

 詰め寄ろうとするカスであったが、そんな彼を見兼ねた魅音が窘める。

 

 

「……鍵はずっと葛西さんが持っていたって言ったばかりでしょ。根拠もなく物を言うんじゃない」

 

「し、しかし魅音さん!」

 

「なら具体的に言って。二人はどうやって、鍵のかかった金庫から三億円を盗めたの?」

 

 

 およそ中学生とは思えないほどの貫禄と冷徹さに、カスのみならず場にいた者全てが思わず息を呑んだ。

 一旦魅音は深く息を吐き、すっかり臆面となったカスに続けた。

 

 

「……それに山田さんはずっと私が見ていた。上田先生は他の若い衆に流されていたし……金庫に近付く隙もないよ」

 

「……上田、流されていたのか」

 

 

 そう言えば途中からいなくなっていたなと思い出す。良く見れば着ている服や髪も乱れていた。

 上田は眼鏡の位置を直しながら鼻で笑う。

 

 

「ふっ……文字通りの人海戦術って奴だな……俺でもあろう者が揉みくちゃにされたもんだ。さすがは園崎の若い衆たちだ」

 

「なに悟った事言ってんですか」

 

 

 上田へぼやきを入れてから、再びカスやエミ、そして近くに集まっていた組員らを見やる。魅音に一蹴されたとは言え、彼らの目から疑念は向けられたままだ。

 

 

 その点、乗り越えた場数の分だけ葛西とシンは冷静であった。

 

 

「……一先ずこの事を頭首に報告しなければなりません。私は魅音さんと、頭首の元に」

 

「葛西さん、ジオ・ウエキの搜索はどうしやす?」

 

「若い衆に行かせましょう。それにそんな遠くには逃げられないハズだ。村の出入り口は全て、組の者で包囲している。出られる訳はない」

 

「そんならば、すぐ雛じぇねの構成員を調べ上げ、虱潰しに家を当たった方が良いです。誰かが匿っている可能性もありますから」

 

 

 異常事態とは言え、二人の判断は的確だった。まだ未熟な若い衆とは違う、ヒシヒシとした修羅を感じられた。

 

 

 ただただ呆然とそのやり取りを眺めていた上田と山田。そんな二人に、魅音は話しかける。

 

 

「……山田さん、上田先生。一先ず、離れに戻っていて欲しい。二人は関係ないって信じてる……けど、ウチの者は納得しないからさ……こっちも婆っちゃと話してくるから休んでて」

 

 

 それだけ言い残すと、彼女は葛西と共に屋敷へ向かった。

 一度どうしようかと二人見合わせたものの、後ろからカスに押されてしまう。

 

 

「いたっ!」

 

「うおっ!?」

 

「……ふん。魅音さんに気に入られているかは知らんべが、俺は信用出来ねぇべなぁ」

 

 

 更に彼は二人を掴み、蔵から乱暴に連れ出す。

 

 

「おら! また離れに閉じ込めちゃる!」

 

「やめんかカスッ!!」

 

 

 今度はシンが彼を一喝する。

 

 

「……とんだタワケめ。魅音さんに言われた事を忘れたんか……お前もさっさと、裏山で奴を探して来いッ!!」

 

「う……サー・イエッサー!」

 

 

 剣突を食らい、釈然としない面持ちのままカスは外へと走り去って行った。

 彼を見送った後、シンはまず二人へ謝罪をする。

 

 

「申し訳ありませんやね。流れ者の若い奴で……離れへは、あっしがお連れしますんで」

 

「……い、いえいえ。こんな状況なんです……我々が疑われるのもしょうがないですよ」

 

 

 上田がそう言って宥めたが、シンは首を振った。

 

 

「金庫はあっしが守っとりました。二人はおろか、誰も来ていなかった……誰がとは疑えんのですよ」

 

 

 ふと山田は空を見上げた。裏手の方で白煙が昇っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンに連れられ、二人は寝泊まりしていた離れに返された。

 上田は自身の腕時計で時刻を確認する。何とも長い時間の事に感じたものだが、まだ九時で午後にもなっていない。

 

 敷かれた布団の上に座り込み、山田は悔しげに顔を顰めている。

 

 

「……まさかこんなスピード勝負とは……てっきり夜に来るものかと思ってたのに……」

 

「しかし……ジオウは……どうやって屋敷に入り込んだんだ……!?」

 

 

 上田は部屋内を頻りに歩き回りながら、先程の出来事を頭の中で反芻している。

 

 

「それに入り込むだけじゃない……屋敷の中から、外へ……それに高い壁の上へ一瞬で移動した!……と思えば、金庫の鍵は開いていなかったのに三億円は消えた……どうなってんだ!?」

 

「………………」

 

「……ほ、本当に……霊能力、とか?」

 

「それはあり得ませんよ! こっちは彼女のインチキを、二つ暴いているんです。ジオ・ウエキが何でもない、ただのインチキ手品師だってのは明白です」

 

「なら、さっきの現象は何だ? 一体……どうやったって言うんだ!」

 

「……上田さん、良いですか!?」

 

 

 半ばパニックに陥る上田を黙らせて、山田は自分の推理を話す。

 

 

「簡単なんですよ! まず、私たちが見たジオ・ウエキは……別の人物なんです」

 

「……別の人物?」

 

「ほら、私たちが見たのはジオ・ウエキを思い出してください」

 

 

 二人が見たジオ・ウエキの姿は、まず屋敷の中にいた方と、次に壁の上にいた方。

 思えば顔の印象がない。あれだけ笑っていたのに、その笑顔さえイメージが出来なかった。

 

 それもそのハズ、どちらも大きいハットと扇子で顔が見え難くしていたからだ。

 

 

「帽子を目深に被って、口元は扇子で隠していました……ただ声と服だけで『ジオ・ウエキ本人だ』って思い込んだだけなんです! ちゃんと彼女を顔は誰も確認出来ていないんですよ!」

 

「ならばその、『声』の方はどうなんだ? 俺は知らないが……君や、園崎魅音らの感じからすると本人の声なんだろ?」

 

「……録音機、とか?」

 

「録音機?……『プレスマン』の事か?」

 

「上田さんが説明していたじゃないですか。あの従業員たちの誰かが、ジオ・ウエキの共犯者なんです。それで、あらかじめ録っておいた彼女の声を流して……」

 

「待った待った待った待った!」

 

 

 上田は遮る。

 

 

「君は勘違いしているようだが……この時代の小型スピーカーは、音質は良くないんだ」

 

「……え!? そうなんですか!?」

 

「あぁ。それにプレスマンはモノラル……思い出してみろ? 俺たちはあの時、渡り廊下の半分まで来ていて、ジオウのいた場所から十メートルも離れていた。しかし彼女の声は、かなり立体的に響いていたじゃないか! あの音質はとてもじゃないが、大型スピーカーを使わない限りでは不可能だ!」

 

 

 勿論、屋敷の中にスピーカーなんてすぐ目立つような機械は見当たらなかった。

 

 

「ウォークマンはステレオ対応しているから音質は良いが……アレはヘッドフォンでしか音が聞けない構造になっている。だからプレスマンでは音質が足りず、ウォークマンでは音すらも出せないんだ」

 

「じゃあ……あの声は、本物……?」

 

「ウォークマンの端子を改造してスピーカーに繋げばある程度は出来そうだが……そんな巨大なスピーカー、置いてたら目立っちまうだろ」

 

 

 つまりこの時代の技術的な意味で、プレスマンやウォークマンを使用するのは不可能と言う事だ。可能性が一つ潰れ、再び頭を抱える山田。

 

 

「……屋敷から消えた方法もまだ分かってない……直接見に行かないと」

 

 

 捜査する気満々で山田はパッと、布団の上から立ち上がる。

 そしてそのまま離れを出ようとするので、上田は引き止めた。

 

 

「ま、待てYOU!? ほとぼり冷めるまで中にいた方が良いんじゃないのか!? 俺たちは疑われているんだぞ!?」

 

「でもウダウダしている内に実行犯逃しちゃいますよ! 私の見立てじゃ、まだこの屋敷にいるハズなんですから!」

 

「お、おいっ!」

 

 

 止める上田を無視して、山田は意気揚々と離れの扉を開けた。

 

 

 

 

 

 庭にいた組員らに一斉に睨まれる。ゆっくりと扉を閉めて、また中に引き篭もった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……先の騒ぎはなんじゃ」

 

「婆っちゃ。三億円が消えたよ」

 

「……はぁ?」

 

 

 屋敷奥、現頭首のいる座敷にて、葛西と魅音は緊張を滲ませた固い表情のまま、正座をしていた。

 その二人の前、背を向けて円窓から外を見つめている老婆こそが、この園崎家の現頭首だ。

 

 

「……あんだけ若い衆おって……それにお前もおって盗られたと? 葛西」

 

 

 細い首を回し、頭首は二人に鋭い眼光を向ける。深淵を見て来たかのような、凍てついた瞳をしていた。

 この瞳の前では葛西さえも目を逸らしたくなる。しかし何とか堪えて、まずは謝罪をした。

 

 

「不甲斐ないです……しかし私が鍵を持っており、金庫は開けられず……中だけ無くなったんです」

 

「ジオ・ウエキが屋敷内に侵入もしたんだよ。入り口も、辺りも、組員が徘徊していたのに……正直言って、普通じゃ考えられない」

 

 

 庇うように説明をする魅音だが、老婆の目から妥協だとか許しだとかの感情は一切なく、ただただ静かな怒りと疑念が漏れていた。

 

 

 

 

 

 

「……見張ってた余所者二人。どうにか吐かせられんのか?」

 

 

 

 その目はここにいない山田と上田へ向けられているものだと察し、魅音は言葉を呑んだ。

 

 

「その……あの二人がやったようには思えないんですが……」

 

「知れたもんやない」

 

 

 葛西が諭そうとするものの、彼女は小鼻を膨らませるばかり。

 やや食い気味に魅音が、二人への擁護を口にする。

 

 

「婆っちゃ。あの二人は関係ないよ」

 

「魅音や……お前、やけに心置いとるが……こっちからしちゃぁ、得体の知れん余所者なんよ」

 

「…………」

 

 

 魅音に対しては些か落ち着いた、窘めるような口調で話す。それでも二人への嫌疑を払拭した訳ではなさそうだが。

 途端、襖の向こうで「失礼します」と一言断ってから、組員が一人入って来た。

 

 

「なんね騒がしい」

 

「それが……例の二人が屋敷内を見たいと」

 

「……なんやと?」

 

「……ジオ・ウエキの、トリックを暴くと……」

 

 

 その報告を聞いて驚いたのは、頭首だけではない。葛西も、そして何より魅音もそうだ。

 

 

「山田さん……」

 

 

 魅音は意を決して、彼女に提案する。

 

 

 

 

「……やらせてみようよ」

 

 

 不機嫌そうに息を吸い込む音が響く。

 この音には葛西さえも、冷や汗が流れた。

 

 

「……魅音や。私の話聞いとったか?」

 

「……勿論。見張りはつけさせるし……なんなら、私が」

 

「じゃかぁしかッ!!」

 

 

 頭首の怒号が木霊する。

 一番近くにいた組員はたまったものではなく、顔面蒼白になっていた。

 

 

「……お前、その二人となんじゃ? 童の頃からの仲か? するってぇと盃を交わした兄弟か?……どれでものうて、たまたま会うた行きずりの堅気じゃろがい。お前が良くても、こちとら良くはねぇ」

 

「………………」

 

「……余所者にあの女ぁ追い出させるっつぅのが間違いじゃったのさ。そんでみすみす三億奪われたんなら、園崎の面子は丸潰れよ……提案したお前、責任取れるのかぇ?」

 

 

 葛西は彼女の発言に愕然とし、急いで魅音の口を止めようとした。

 だが魅音は寧ろ制止させようとした彼の腕を掴み上げて阻止し、そのまま毅然とした態度で頭首に言い放つ。

 

 

 

 

「……尻拭いは自分で出来るよ。この案件は全て、この園崎魅音が最後まで責任を負う……その上で私は、あの二人に協力させる」

 

 

 彼女が次に提示したのは、「条件」だった。

 

 

「……もし、今日と明日までに三億円の在り処が分からなかったら──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ええと。私の小指が飛んじゃうんで……何とかしてっ!!」

 

「そんな責任おっ被せないでくださいよ!?!?」

 

 

 両手を合わせて頼み込む魅音に、山田は愕然とした声をあげた。

 その後ろで上田もまた仰天しながら話しかける。

 

 

「つまりその、ゆ、指詰めか!? 指切り!? 針千本飲むのか……!?」

 

「ハリセンボンは食べないけど……本当ごめん! 散々巻き込んでこんな事までしちゃうなんて……」

 

「なんか針千本の下り食い違ってる気がするぞ」

 

 

 困ったように笑いながら、魅音は二人の緊張を和らげようと軽い話し口で続ける。

 

 

「いやぁ〜……頑張って葛西と説得したんだけどそれまでで……婆っちゃったら頭カチカチだからなぁ〜……二人がジオ・ウエキの手下じゃないかってまだ疑っていてさ? だから私の小指を保証にって事で、この件を預かる的な〜?」

 

「……なんで、それほど……私たちに……?」

 

「……部活で遊んでくれたから、かな?」

 

「……それだけなんですか?」

 

 

 山田の問い掛けに、魅音は少しだけ俯く。その目には憂いが宿っている。

 

 

 

「……山田さんって、不思議な人に思えるんだ」

 

「…………え?」

 

「……詩音に似ているって言うか……いやまぁ、年齢で言ったら詩音が似ているんだけど……」

 

「……!」

 

 

 教室で交わした詩音との会話は、二人だけの秘密だ。なのに魅音はほぼ同じ事を言った。

 そしてにこりと、詩音と全く同じ微笑みを浮かべた。

 

 

「……そんな気がしたっ」

 

 

 双子ならでは、何か通じ合うところでもあるのだろうか──どう声をかけようかと迷っている内に、魅音は先ほどから一転し、神妙な顔付きで山田に今一度尋ねる。

 

 

「……山田さん。出来る……?」

 

「……山田……責任重大だぞ……?」

 

 

 二人の視線を受けながら、山田は数秒の沈黙の後に口を開く。

 その表情に迷いはなく、逃げの気概もない。

 

 

 

 

「……まず。金庫を見たいのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座敷には葛西と頭首が残っていた。

 彼は恐る恐る、相変わらず外を眺めている頭首に尋ねる。

 

 

「……『お(りょう)さん』……本当に、魅音さんに指を詰めさせるんですか……?」

 

 

 頭首──「園崎 お魎」は首を振りながら、嗄れた声で話す。

 

 

「……そないなぁ事はさせん。覚悟のほどを計っただけじゃ……それに次の頭首が指足りのぅとか、他に示しつかんやろ」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 安堵したように息を吐いた後、葛西はまた尋ねる。

 

 

「……仮に駄目だった場合、どうなさるおつもりで? さすがに三億は……こっちも見過ごせる額ではありません……」

 

「………………」

 

 

 暫く黙っていたお魎だったが、思慮深く口元を引き締めてから、また開いた。

 

 

 

 

 

「…………なんでぇ魅音があんな余所者に入れ込むか……見極めても遅ぅねぇさ」

 

 

 厳しい眼差しで外を見やる。相変わらず凍土のような眼をしていた。

 

 

 

 円窓の外からは、とても綺麗な紫陽花が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田、魅音、上田は金庫の設置してある蔵へ戻っていた。

 

 

 蔵の内部は他に出入り口はなく、三人が入った扉以外は侵入しようがない。勿論窓も存在するが、窓を塞ぐ格子に異常はなく、取り外されたりした痕跡はなかった。

 

 一通り蔵の中を調べてから上田は首を傾げ、唸る。

 

 

「あの時、侵入は絶対にされていないハズ……それに金庫の鍵がかかっていた……果たしてどうやって……」

 

「………………」

 

 

 山田は金庫の周りをぐるっと眺める。

 何を思ったのか開けっ放しだった金庫の中に頭を突っ込み、鼻をスンスン言わせた。

 

 

「鉄くさっ」

 

「金の匂いは諦めろッ!」

 

 

 仕方なく顔を上げる。

 その際に金庫の扉を見て、山田の顔が顰められた。

 

 

 

「あれ?」

 

「どうしたの山田さん!?」

 

「……そう言えばこの金庫、一回ぶつけられていましたよね?」

 

 

 

 台車で運ぼうとした組員が、油断して柱にぶつけていた事を思い出す。

 

 

「そう言えば派手にぶつけていたな……だが、それがどうしたってんだ?」

 

「その時、確か、金庫の扉に当たったんですよ。結構、強く……だから表面に軽いキズが付いていたんです」

 

 

 山田は金庫の扉を撫でるが、ツルツルとしていて新品同様だ。

 

 

「……これにはキズがない」

 

「YOUの気のせいじゃないのか?」

 

「確かにキズはあったんです……もしかして、これ、私たちが見た金庫では無いのでは?」

 

「え、マジで?」

 

 

 魅音は彼女の推理に耳を疑った。

 山田は続ける。

 

 

 

「恐らく金庫の中身だけが抜かれたんじゃなくて……『金庫そのものが入れ替わった』んですよ。同じ種類の物を用意しておいて、三億が入った物と取り替えて……」

 

「山田さん、待って」

 

 

 そして他でもない魅音が、山田のその推理に疑問を投げかけた。

 

 

「でも金庫の扉は、葛西さんの持っていたこの鍵で開いたんだよ? 三本とも鍵穴に入って解錠出来ていたし……同じ種類の金庫があるとしても、鍵まで一緒なのは考えられないよ」

 

「あぁ、彼女の言う通りだ。確かに鍵は合っていたし……それにこの金庫だって、確か急遽、園崎側が秘密裏に用意したんだろ? まさかジオ・ウエキが金庫の種類を先読みしていた訳はない……未来予知が出来るなら話は別だがな」

 

 

 魅音と上田の言う通りだ。

 金庫が入れ替えられたと考えるには、葛西の持っていた鍵が合った理由が分からない。

 

 

「やはり、YOUの気のせいだな」

 

「………………」

 

 

 山田は暫く考え込み、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

「……その鍵を手渡した人と、金庫を探した人、運んだ人も……シンって人……ですよね。あの人が協力者だったり?」

 

 

 その言葉は、さすがの魅音も聞き流す事が出来なかった。

 

 

「あ、あのさ……シンさんは三十年もここに勤めて来た古株だよ? 園崎への忠義も厚くて、私と詩音が赤ん坊の頃から遊び相手にもなってくれていた人……そんな彼が、あのペテン師に傾くなんて考えられない」

 

「それに、金庫の運搬中はずっと俺たちが見ていただろ!? 途中、ジオ・ウエキが現れて目を離したとは言え……それはほんの五分足らずの出来事だ! その間、一人で金庫を抱えてどこかに隠し、もう一つの金庫と入れ替えるなんざ不可能だ!」

 

「………………」

 

 

 シンが全てを執り行うには、あまりにも時間が少な過ぎる。

 また物理的な無理も存在していると、上田は指摘した。

 

 

「金庫の重量も考えなきゃいけない。金庫が五十キロとしても、中には三億円が入っている。まぁ、お前は金の重みなんて知らないだろうが」

 

「一言余計なんだよ上田!」

 

「お札……一万円は千枚につき、約一.◯五キログラムと言う。それが三億円になれば、大体三十一.五キログラム。金庫と合わせれば、最低でも八十キロは超える!……鍛えている俺なら別だが、とても老年っぽいシンって人が一人で抱えて運べる重量じゃない」

 

 

 金庫の重さも含めるとすると、金庫の入れ替え説はやはり無理がある。

 

 

「第一……金庫には他に、エミリカスが控えていたろ?」

 

「エミリカス……?」

 

「彼らの目を欺く必要も出て来る。不可能だ」

 

 

 

 上田がそう否定をした時だった。噂をすれば影が来ると言う風に、エミが魅音へ報告に現れた。

 

 

「魅音さん……造園会社の社員らもキャバの従業員らも、怪しい物は持ってませんでした」

 

「…………やっぱり、無関係なのかな……」

 

「それと……もう一つ、大変な事がさっき電話から……」

 

「……? なに?」

 

 

 

 

 

 大事な事とは、村外にいる組員が公衆電話で伝えたと言う、ジオ・ウエキの目撃情報だった。

 だが彼女が見つかったのは裏山では無く、更には村でも無い。

 

 

 

「興宮の駅……しかも、電車から下車したばかりなんです」

 

「……なんだと……!?」

 

「へえ!?」

 

 

 上田と山田は目を丸くする。

 つまり先ほどの騒動時には、ジオ・ウエキは雛見沢どころか興宮にもいなかった事になる。

 

 二人を押し退け、魅音はエミに詰め寄る。

 

 

「あり得ないって!? じゃあ、あの時見たアイツは……!?」

 

「仲間が問い詰めているんすが……『その者、私に非ず(ノット・アタク〜シ)』の一点張りで知らぬ存ぜぬ……」

 

「ノットアタクーシってなんだよ」

 

 

 少しずっこける山田。

 とは言え目の前でジオ・ウエキを見たものの、彼女は間違いなく不能犯だと判明する。

 

 

「……と、とにかく! そいつここに連れて来てよ!」

 

 

 魅音がそう命じるものの、エミは首を振った。

 

 

「あんの女、賢しい奴ですぜ……来る前に警察呼んでやがって……例の刑事がすっ飛んで来たそうで」

 

「大石……!」

 

 

 悔しげに魅音は呻く。

 巨大な暴力団組織ではあるものの、真正面から国家権力とやり合う訳にはいかない。ジオ、ウエキは園崎が手を出さないよう、既に取り計らっていたようだ。

 

 

 山田は躍起になって主張する。

 

 

「人間が同時に別の場所にいられる訳がないですよ! その本物のジオ・ウエキと、私たちが見たジオ・ウエキは別人なんです」

 

「だけど……声とか仕草とか、完全にあいつだったよ」

 

「仮にそうだとしても、あの壁上にはどうやって昇れたんだ? そしてどうやって屋敷に侵入した?……疑問ばっかで、マジにおかしくなりそうだぜ……」

 

 

 すっかり色を失った顔で、エミは呟いた。

 

 

 

「……本物の、霊能力者……?」

 

 

 認めようとした彼を、つい山田は一喝してしまう。

 

 

「そんな訳ないじゃないですか! 絶対トリックがあるんですッ!!」

 

「オウなんじゃ姉ちゃんワレェッ!? ピロシキされてぇかぁッ!?」

 

「いきなりキレるじゃんこの人」

 

 

 エミが突っかかるが、魅音が彼女を遮って威圧感で止めた。

 

 

「す、すいません……」

 

「……造園会社の人や従業員には、もう少し中にいるように言っといて」

 

「……ウッス」

 

 

 エミは会釈してから離れて行く。それを見届けながら山田はぼやいた。

 

 

「……サー・イエッサーじゃないのか」

 

「このまま不当に拘束すれば色々と問題になる……早いところ糸口を見つけないと……でも……」

 

 

 振り返り、魅音は不安そうな目付きで、祈るように尋ねる。

 それは自身の小指が惜しいからではない。園崎の面子がかかった瀬戸際なだけに、次期頭首としての焦燥から生じた不安だ。

 

 

 

 

「……山田さん。本当に……人間に出来る事なの? 今まで起きた事は……全部……」

 

「金庫の入れ替えも、ジオ・ウエキの別人にしても、辻褄が合わない!……一体、どうやって……!?」

 

「…………」

 

 

 

 消えた三億円、不能犯のジオ・ウエキ、そして屋敷内で見せた瞬間移動。解き明かすべき謎は、あまりに多過ぎる。

 

 

 どうすべきか考える山田は、向こうで昇る白煙をまた見上げた。焼却炉でもあるようだ。

 天へ天へと、雲と混ざりたいかのように、煙は揺れる。




・指切りは昔、遊郭の遊女が、意中の人に小指を切って渡したと言う話から。なぜ小指なのかと言うと、小指を立てるハンドサインは「心中立て」と呼ばれる、愛の誓いを意味したものだったから。
 尤も渡したのは偽物の上、お得意様を捕まえる為の策略だったそうです。ただこの話が転じて「約束を守る」と言う意味合いになり、それが賭博の世界では約束を守れなかった罰としての「指詰め」の風習が出来上がりました。

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