TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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公安部

 同じ頃、警視庁。

 

 

「あ、『矢部さん』。おはようございまっす」

 

「おう。おはようさん」

 

 

 公安部に現れた男『矢部』は、特徴的な髪型の刑事だった。

 部下である、少し不潔な見た目の男は自前のノートパソコンでアニメ鑑賞をしている。勿論、他の人に迷惑にならないようヘッドフォン着用。

 

 

「なんや。なに見とんや? え?『秋葉』」

 

「へへ……来月、劇場版が公開されるのでおさらいしてるんです」

 

「お前なぁ、ここ仕事場やぞ? ワシら警察が仕事ほっぽってアニメ見とるなんざ知れたら、世間が許さへんで。ただでさえ風当たり強いのに」

 

「まぁ、そう言わないでくださいよ〜。この話で終わりますから〜」

 

 

 窘めた矢部だが、気になったのかチラリとパソコンの画面を見る。

 

 

「最近のアニメは綺麗やなぁ。『マジンガーZ』か?」

 

「全然違いますよぉ。『ラブライブサンシャイン』ってアニメなんです」

 

「どんなアニメや?」

 

「女子高生がアイドルユニット組んで、トップを目指すって奴ですね」

 

「ほぉ〜。『キャンディーズ』や『トライアングル』みたいな事やるんやな」

 

「だいぶ違うっすね」

 

「そんで……なんや、ぎょーさん女の子おるなぁ」

 

「どの子も萌えるんですけど……僕の推しはこの子ですねぇ」

 

「この茶色い髪のか?」

 

「『国木田ちゃん』でしてねぇ〜。ファンの間では、『ズラ丸』と」

 

 

 突然、矢部が秋葉を思い切りぶん殴る。異様に髪を撫で付けながら。

 

 

「お前、今……なんつった? え? ヅラ、丸?」

 

「違いますよ〜。方言っ子で、語尾に『ズラ』って」

 

 

 もう一発の拳骨。

 痛みに悶絶しながらも、推しを理解して貰おうと秋葉は頑張る。

 

 

「き、聞いてみてください。ちゃんと方言ですから」

 

「そこまで言うなら聞いたるわ」

 

 

 ヘッドフォンを取り、スピーカーで音声を聞かせた。

 

 

 

 

 

『現実を見るズラ』

 

 

 パソコンを持ち上げ、開いていた窓から投げ落とす。

 ここは五階なので、パソコンの命は無いだろう。

 

 

「現実じゃボケェ!! アニメやからと許さんぞゴラァ!?」

 

「ああ……僕のマック……」

 

「ホンマ不謹慎なアニメやで……あ、風が吹いてる」

 

 

 髪を押さえながらピシャッと窓を閉め、何事も無かったかのような顔で振り返る。

 そして目の前に立っていた人物を確認し、驚愕。

 

 

 

 

「よぉ! 兄ィ!」

 

「石原ぁ!?」

 

 

 オールバックに金髪、ややダボついたスーツの男。

 彼は数年前まで警視庁に所属し、かつて矢部と共に現場を奔走した後輩刑事だ。

 

 その後は広島県警に異動して以降、たまに会うぐらいになっていたが、そんな彼が警視庁内に帰って来ていた。

 

 

「元気やったか、ええ? ひっさし振りやなぁ」

 

「兄ィも元気そうでなによりじゃ!」

 

「でもお前、広島勤務やったろ? なんで東京おるんや?」

 

「それがのぉ、兄ィ。広島の後、ワシは佐賀に行っとったけぇ」

 

「佐賀? フランシュシュの佐賀か?」

 

「ほうじゃほうじゃ! そのフランシュシュに行方不明じゃった娘がおるって聞いての、調査しとったんじゃ……まぁ、人違いじゃったけぇの!」

 

「あそこフランシュシュとはなわ以外何もあらへんがな」

 

「兄ィ、エガちゃんも佐賀じゃけぇ」

 

 

 石原を知らない秋葉が、おずおずと横から質問する。

 

 

「矢部さん……ええと、この方は?」

 

「おお。こいつは昔、ワシと一緒に数多の事件をスパッ!……と解決した、元部下の石原や」

 

「ほんでのぉ、兄ィ。ワシが佐賀行っとった時な? 偶然、公安部のお偉いさんにおうたんじゃ」

 

 

 石原の「公安部のお偉いさん」の台詞にビビッと反応する矢部。

 

 

「公安部のお偉いさんやと? お前ええコネおるやんけ〜」

 

「ほんでの? 兄ィの事話したら是非会いたい言っての?」

 

「お前最高やな!? ええ後輩持ったでオイオイ!」

 

 

 十年余り警部補の役職に甘んじて来た矢部にとって、やっと巡り出したチャンス。

 出世欲剥き出しのギラギラした目で石原を見やる。

 

 

「で、お偉いさんって誰や?」

 

「もうすぐ近くまでおるけぇ」

 

「来とんのかい!?」

 

 

 急いで髪と襟を整え、へっぴり腰の秋葉を叩いて姿勢を正してやり、「お偉いさん」を待つ。

 警視監か警視長かと胸を高鳴らせる矢部だったが、ドアを開いて現れた人物に愕然とする。

 

 

 

 

「やぁやぁ、矢部くん!」

 

「!?!?!?」

 

 

 高級スーツ、尊大な態度、大袈裟ながらも知的な顔付き。

 三人の前に現れたエリート風の男は、矢部の良く知っている人物だった。

 

 

「き、『菊池』ぃ!?」

 

「菊池……?」

 

「ち、ち……参事官殿。ごご、ご無沙汰しています……」

 

 

 彼は数年前までは異動した石原の後釜として、矢部の部下になっていた男だった。

 だが今や階級は警視正で、役所は参事官。つまり現在は、警部補である矢部の上司に当たる。

 

 

 つまるところ、所謂「キャリア組」で、未来の警視総監とも称される人物だ。

 

 

「いやぁ、久しいねぇ。元気かね矢部くん?」

 

「あ、は、はい。お陰様で……あ、あの、少し、失礼しますね〜?」

 

 

 菊池に一言断ってから、得意げに立つ石原をしょっ引いて部屋の隅に連行する。

 

 

「なんであいつ連れてくんねん……! つーかなんであいつ佐賀におったんや!?」

 

「ワシもいけすかんが……兄ィの出世の為にな? 紹介したけぇ!」

 

「いらん事しおって! ワシゃ、あいつにだけは出世させられたないわ!」

 

 

 矢部の部下時代から散見された鼻につく態度は、上司となってから更に強まった。出世後すぐの時に一度、ウザ過ぎて一発殴ったほどだ。

 プライドが無駄なところで高い矢部は、かつての部下に出世させられるのが屈辱に思えていた。

 

 

 すぐに拒否しようとする矢部だが、すぐに石原が詳しい訳を話して窘めようとする。

 

 

「せやけど、兄ィ。なんかあのお偉いさん、大事な案件抱えとるみたいじゃけぇ?」

 

「大事な案件?」

 

「その通りッ!!」

 

 

 いつの間にか背後に立っていた菊池に叫ばれ、矢部と石原は飛び上がる。

 

 

「東大理三卒で警視正かつ参事官ならびに、未来の警視総監たる僕が! かつて僕の上司だったヨシミで、出世に響く仕事を与えてあげようと言う訳だよッ!!」

 

 

 相変わらずの態度に矢部も、一時期彼に弄られまくられた秋葉も嫌そうな顔をする。

 ここは矢部謙三、絶対に断ろうと考えて一歩彼の前に踏み出した。

 

 

「お言葉ですが参事官殿。僕らも、市民の皆様を守る公安の一員です。出世ではなく、市民を守る為に」

 

「受けてくれるのなら僕の計らいで、費用はたっぷり用意する!」

 

「ありがとうございます菊池参事官殿。一生付いて行きます」

 

 

 金に弱い矢部謙三、関西出身、独身による、鮮やかな手の平返しだ。

 深々と頭を下げ、少しズレそうになったのを戻しながら矢部は質問する。

 

 

「……ところで素朴な疑問なんですがね、なんで参事官殿が佐賀に?」

 

「兄ィ、その方な」

 

「アマゾンッ!!!!」

 

 

 その理由を代弁しようとした石原を、奇声と共に殴る菊池。

 余裕ぶった表情が一気に鬼の形相となり、思わず矢部も押し黙る。

 

 

「……まぁ、佐賀にいた理由は良いじゃあないか。受けるのなら付いて来てくれたまえ」

 

「え? でも、佐賀」

 

 

 疑問を封殺しようとする菊池だが、次に鼻をすんすん鳴らしてながら近付く秋葉に注意が向く。

 

 

「なんだね?」

 

「いや。なぁ〜んか同じ匂いがするんですよね、僕と……」

 

「は? 馬鹿馬鹿しい。東大理三を出た現職参事官である僕が、君のような男と同じだなんて烏滸がましいにも程が」

 

「すいません、上着脱いで貰えます?」

 

「超忍法ッ!!!!」

 

 

 再び奇声をあげて秋葉を殴る。

 

 

「……さ。行こう」

 

「あ、はい」

 

 

 気を取り直して踵を返す菊池だが、背を向けた瞬間、矢部に上着をずり下ろされた。

 

 

「あ」

 

 

 

 高そうなシャツの背中には、赤毛の女の子の写真と文字が縫い付けられている。

 

 

『ゾンビィ一号ちゃん推し』

 

 

「参事官殿、これ、フランシュシュ」

 

「ファンガイアッ!!!!」

 

 

 菊池の鉄拳が飛び、矢部の頭の上の何かも飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三度のノックが室内に鳴り響く。

 

 

「構わない、入りなさい」

 

 

 室内にいた男がそう声を張ると、「失礼します」の声と共に四人の男たちが入室する。

 最初に扉をくぐった菊池を見て、男は柔らかい笑みを見せた。

 

 

「菊池君、悪いな……こんな事を頼んでしまって」

 

「いえいえ、滅相も御座いません!」

 

「そこの三人は?」

 

「僕の部下として選出致しました。例の案件に参加したいとの事で」

 

「……質問だが、どうして全員、鼻血を出しているんだい?」

 

 

 矢部、石原、秋葉、菊池の全員が、ツーっと赤い筋を鼻の穴から垂らしていた。

 あの後、菊池は矢部の逆鱗に触れてちゃっかり彼に殴られた。

 

 

「えと、色々ありまして〜……」

 

「……まあ良い。さて、申し遅れた」

 

 

 男はスッと立ち上がり、四人を見据えながら名前を言う。

 老年に差し掛かってはいるが、まるで青年のように若々しい気風を持った男だ。

 

 

 

 

 

「一度は会った事はあるかな。『赤坂衛』……警視総監だ」

 

 

 

 赤坂警視総監。矢部らにとっては雲の上の存在だ。彼らは今、総監の執務室にいる。

 菊池はともかく、矢部ら三人はこれ以上ないほどに緊張していた。

 

 

「こ、公安部警部補の、矢部謙三です。こっちが部下の石原と、秋葉です」

 

「宜しく。そんなに緊張しないでくれたまえ。別に取って食う訳じゃあるまい」

 

 

 人懐っこい笑みを浮かべながら、赤坂は四人の前にやって来る。

 近付けばその体格の良さに驚いた。日本人離れした身長と骨格は、本人は「緊張するな」と言うものの強い威圧感を与えてしまう。

 大物を前に矢部は、執拗に何度も髪を撫で付けた。

 

 

 話をする段階に入ったと悟った菊池は、まず赤坂に聞く。

 

 

「赤坂警視総監、例の案件について、僕からご説明をしましょうか?」

 

「いや、説明させてくれ」

 

 

 重大なポストの人物でありながらも、彼の話し方は些かフランクだった。

 だとしても警視庁を牛耳る超大物だ。神妙な顔で、四人は彼の説明を待つ。

 

 

 

 

 

「君たちは、『雛見沢村』はご存知だろうか?」

 

 

 矢部と石原は知らないと首を振るが、秋葉はなぜか知っていたようだ。

 

 

「確か三十年前、当時の国土交通大臣のお孫さんがそこで誘拐されたとか。公安部が極秘調査し、何とか救出したものの、犯人は不明だとか……」

 

「良く知っているね」

 

「へへ……資料室にはしょっちゅう入り浸っていますんで」

 

「国土交通大臣……当時は建設大臣だったか……その誘拐事件の捜査に、私は参加していた」

 

 

 懐かしむようで、どこか物憂げだ。

 歳をとって刻まれた少なくない皺が、ヒシヒシと悲壮感を漂わせている。

 

 

「……しかし、なんで三十年前の事件の話を?」

 

 

 矢部の質問で、我に返ったかのように赤坂は表情を引き締めた。

 

 

「事件の際、雛見沢を訪れていた私は、ある少女に出会ったんだ。その少女に……僕の妻の死を予言されたんだ」

 

「え?」

 

「……尤も当時、大急ぎで東京に戻ったから……妻は今も元気だけどね」

 

「え? ホンマに信じたんですか?」

 

「あの時は凄かった。時間を止められたかと思ったよ」

 

 

 彼は愛妻家で有名で、娘が生まれてからは子煩悩でも有名だ。その娘が留学に行った際は、酷く気落ちしていたとか。それは昔から変わってないのかと少し呆れる矢部。

 

 

 赤坂の話は続く。

 

 

「……その数ヶ月後だったか。雛見沢村は火山性ガスにより、壊滅した。公安部も手を引き、事件の犯人は闇の中になってしまった」

 

「でも、誘拐事件そのものは解決したんでしょ? 壊滅したのは驚きですが、今更調べるような事では……」

 

 

 至極真っ当な矢部の意見。それを突き付けられた途端に赤坂は辛く、後悔を滲ませた表情となる。

 下唇を噛み、何かを想起するような渋面だ。

 

 

 

 

「……二◯◯五年になってから旧雛見沢村を訪れたんだが……偶然、誘拐事件の時にお世話になった刑事さんに会ったんだ。もう十年前に亡くなられたが……その人は雛見沢村の壊滅について、ある事を教えてくれた」

 

 

 四人をジッと見て、続けた。

 

 

 

 

 

 

「……僕の妻の死を予言した少女は……神社で腹を裂かれて、惨殺されたらしい」

 

 

 既に話を聞かされていた菊池以外の全員が、驚きを見せた。

 

 

「雛見沢村の災害は謎が多く、また多くの事件を有耶無耶にもした。洗い直す必要がある」

 

「ちょぉーっと待ってください! 三十年以上も前の事件調査しろ言うんですか!?」

 

 

 耐え切れず、矢部は声を荒らげる。例え警視総監の命令とは言え、過去の事件の捜査を公安部がするのは御門違いだろう。そんな事は元々公安部だった赤坂は良く知っているハズ。

 

 それでも赤坂の意志は固い。

 とりあえず菊池は矢部の髪を掴んで、抗議の声を黙らせた。

 

 

「……信じられない話だろうが、その少女は自分の『死』も予言していた。雛見沢村の災害の日は、その子の話に当て嵌まるんだよ」

 

「一体、誰なんですか?」

 

「それを知りたかった。その後は公安部長、参事官となって……余裕が無かった。後悔しているよ……妻を助けた後に、また雛見沢に戻っていればと」

 

「でもどう調べろと言うんです?」

 

「これを見てくれ」

 

 

 一度赤坂は自身の机に行き、資料を取って矢部らに手渡した。

 中身はどうやら、何かの出資報告書のようだ。

 

 

「『とある大物フィクサー』の金の流れを調べた、昭和五十八年当時の記録だ。莫大な金が、なぜか雛見沢村に流れているだろ?」

 

「なんなんですかコレ?」

 

 

 赤坂は口角を縛らせた。

 

 

「……以前の公安部が追っていた組織に関する物だ。結局、これも分からず終い……自分のキャリアが嘆かわしいよ」

 

 

 悲観的になる赤坂だったが、急いで菊池は励ましの声をかけた。

 

 

「警視総監殿は幾多の現場に立ち会い、解決に導いて来たではありませんか! こいつらと比べたら、輝かしい功績ですよ!」

 

「一言多いねんお前」

 

 

 つい菊池にも言葉遣いが荒くなった矢部。

 彼からの暴言を受けて呆然とする菊池を無視し、矢部は一歩前に出た。

 

 

「何かがこの、雛見沢って所で陰謀を働いていた訳ですね? その何かが大臣の娘を誘拐し、一人の子供を殺害した……んで、災害で突然の壊滅……これは何か、匂いますねぇ?」

 

「……これは完全に、私個人の頼みになる。費費は何とか経費で賄えるよう整えはしてやれるが……」

 

「分ぁかりました! 警視庁公安部警部補矢部謙三、引き受けます!」

 

 

 出世のチャンスの上に、金も出る。都会を走り回るよりも田舎でのんびり出来る……そんな魂胆はあれど、矢部は真相究明の為に赤坂の依頼を受ける事とした。

 

 矢部のそんな下心はともかく、快諾した事で赤坂は嬉しそうに笑う。

 

 

「有り難う矢部君!……これほどの役職になってしまったら、様々な事が出来なくなってしまう。君たちの存在は、私にとっての助けだ」

 

「それワシらが暇って事じゃけぇの!」

 

 

 要らない事を言った石原に、矢部の鉄拳が飛ぶ。

 殴られた石原は「ありがとうございます!」と叫び、床に倒れた。

 

 

「矢部警部補も結構な歳と言うのに、パワフルだなぁ。やはり現場一筋の人間は違う!」

 

「矢部さん、毛根を犠牲に気力だけはありますから」

 

 

 爆弾発言の秋葉に、矢部の拳骨が飛ぶ。

 彼も「ありがとうございます!」と叫んで吹っ飛び、壁に当たって床に伸びる。

 

 

「しかし昨今は体罰に厳しい。無闇に部下を殴ってはならないよ」

 

「まぁ、暴力なんて底が浅い人間の証拠」

 

 

 傲慢な口調の菊池に、矢部のアッパーが飛ぶ。

 殴られた彼も「ありがとうございます!」と叫び、背中から着地して伏した。

 

 

 

 改めて髪を整えながら、気絶する部下三人の中心で矢部は声高々に宣言する。

 

 

 

 

「是非是非、この矢部謙三に任してください!」

 

 

 公安部のリーグ・オブ・レジェンドが結集し、即座に彼らは旧雛見沢村に向かう事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動用の車に向かう最中、矢部らは警視庁から出た瞬間に吹く風に身を縮め込めた。

 

 

「なんでこない風強いねんな!」

 

「日本海側に低気圧じゃけぇの!」

 

「どうして参事官の僕まで行かなきゃいけないんだ……」

 

「まぁまぁ、仲良くしましょ。へへへ!」

 

 

 駐車場に停めてあった矢部の車の前まで着く。

 途端、菊池は勿体ぶった仕草でキーを取り出し、三人に見せつけた。

 

 

「待ちたまえ。まさか君たち、このチンケな中古車に乗ろうって訳じゃあるまいな?」

 

「別にええやんけ。もう一発殴ったろか?」

 

「矢部くん、僕は君の上司だが?」

 

「へっ! 警視総監からのお眼鏡が叶ったんなら、お前なんか怖ないわぁ!」

 

「クソッ!」

 

 

 矢部は人や状況によって、態度を即座に変えられる柔軟性を持つ男だ。

 追従する石原と秋葉を連れ、停めてあった昭和感満載の車に乗る。

 

 

「フンッ! 良いだろう! こっちはフォルクスワーゲンのオーダーメイド車で……」

 

 

 

 

 菊池のフォルクスワーゲンは、フロントガラスが粉々に砕けていた。

 空からノートパソコンが降って来て破壊したようだ。

 

 

「ほな行こか」

 

「最近の高級車は開放感あるのぉ!」

 

「あれ僕のマック……」

 

 

 何事も無いように走り出す矢部車。その後ろを菊池は全力で追いかけて来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ようこそ興宮』

 

『超サブカル映画祭』

 

『ムカデ人間やってます』

 

 

 一方の山田と上田は、既に岐阜県鹿骨市にある興宮に来ていた。

 旧雛見沢村とは山一つ隔てた麓にある地方都市だ。イオンが見えた。

 

 

「ここで休憩しよう」

 

「旧雛見沢村はまだ先ですか?」

 

「道路は閉鎖されているから歩きだな……おおう!?」

 

 

 運転席のドアが取れ、上田は窓枠を担いで受け止めた。

 本人は「次郎号ちゃん」と呼ぶパブリカを労わりながら、何とかドアを付けようと頑張っている。

 

 

 

 

 

 諦めた上田はドアごと担ぎ、山田と共に丁度良い飲食店を見つけた。

 店名は、「エンジェルモート」。軒先に、可愛らしいメイドの写真が貼られている。

 

 

「メイド喫茶? なんかファミレスっぽいですね。お腹空きましたし、腹拵えしましょうよ」

 

「何ともマニアックな」

 

「なら別の店行きます?」

 

「ミニスカじゃなければ出るぞ」

 

「入る気満々かよ!」

 

 

 次郎号のドアを傍らに置き、意気揚々と上田は入って行く。

 山田は呆れながらも、上田の奢りならばと嬉々として付いて行く。

 

 

 

 

 

 

「ご注文お決まりでしたらお呼びくだせぇ」

 

 

 ミニスカフリルメイド服を着た前期高齢者女性の店員が接客。

 

 

「ミニスカ……ミニスカ……ミニ、スカ……」

 

 

 手前に置かれた水を光のない目で眺めながら、上田は絶句していた。

 軒先に貼られていた写真のメイド娘は「レジェンドメイド」だそうで、昔の人物らしい。

 

 

 

 早速山田はカレー、上田はパンケーキを注文。

 スプーンを忙しく動かしてがっつく彼女を見ながら、上田はフォークでバターを突く。

 

 

「その様子じゃ何も食ってないようだなぁ?」

 

「前に死ぬほど餃子と寿司食べさせられて以来ですね」

 

「バッカな。そこそこ前だぞ」

 

「んで、上田さん」

 

 

 咀嚼し、嚥下してから、山田は辺りを見渡す。

 他の客たちは全員、一心不乱に蕎麦を啜っていた。

 

 

「依頼人は来ないんですか?」

 

「仕事があるからって、合流は明日の朝になるそうだ」

 

 

 旧雛見沢の下見も兼ね、一日早くここに来たらしい。

 廃墟とは言え、公的には立ち入り禁止の閉鎖状態。しかし事前に行政の許可を得た為、いつでも上田らは旧雛見沢に向かえるようだ。

 

 

「じゃあ今日は泊まりですね」

 

「許可は取ってある。運動がてら、旧雛見沢村を軽く見ておこうじゃないか」

 

「明日にしましょうよ」

 

「そう言うな。本当に火山性ガスが原因か確かめてやる」

 

「やけに気合い入ってますね」

 

「とっとと帰りたいからな」

 

 

 上田はパンケーキにかけようとメープルシロップを探す。すると山田がテーブル脇に置いてあった、シロップの入った小瓶を手に取った。

 

 

 てっきり渡してくれるものかと上田は腕を伸ばすが、彼女は自分のカレーにそれをドバドバかけ始めた為、呆然とその様を眺めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お腹を満たした二人は旧雛見沢村の資料でも探そうかと、興宮市役所に来ていた。

 市役所と図書館が一体になっている所が何とも地方都市らしい。

 

 

「ようこそ〜、興宮へ〜!」

 

「おっきぃぃいいいぃぃいッッ!!!!」

 

 

 入り口で三十人ぐらいの職員と、うるさい鳴き声で叫ぶゆるキャラ「おっきー」が、凱旋パレードのようなノリで出迎えてくれた。

 熱の入った歓迎を受けながら図書館に行き、ドアを担ぎつつ上田は老人の司書に話しかける。

 

 

「あの〜、お尋ねしたいのですが〜……」

 

「今日はグランドゴルフはお休みだべ」

 

 

 お休みだと知らなかった老夫婦が、クラブを持って上田の後ろに立っている。

 

 

「いやそうじゃなくてですね……資料を探してまして」

 

「なんのだべ?」

 

「旧雛見沢村についてなんですがね」

 

 

 雛見沢と言う地名を出した途端、老人の表情は険しくなる。突然の変貌に、上田は暫し押し黙った。

 

 

「……なんでぇ、調べるか?」

 

「……あ、あの。私、こう言う本を出している者でしてねぇ?」

 

 

 差し出したのは「上田次郎の新世界」。海沿いに立つ上田の写真が使われた、B5サイズのクリアファイルまで付いている。

 

 

「…………」

 

「私は、どんな事象にも科学的根拠があると断言していましてね! 今回は消えた村の調査をしようかと、ここに資料を求めに来たので」

 

「悪い事は言わね。あの村にゃ関わるな」

 

 

 上田の本を手に取り、ポイっと後ろに投げ捨てる。

 その様を呆然を見届ける彼に代わって、控えていた山田が質問した。

 

 

「関わるな……とは?」

 

「あの村に関わると、碌な事にゃならん」

 

「でももう、無くなった村じゃないですか」

 

「……いっそダム計画を復活させて、沈めて欲しいもんだべ」

 

 

 老人は皺だらけの手を組み、落ち着きなさそうに黒目を動かす。

 見るからに動揺していると山田は気付き、更に質問を飛ばした。

 

 

「……何か知っているんですか?」

 

 

 老人は言い辛そうに顔を顰めた後、辺りを憚るように前のめり気味で語りかける。

 

 

「わしは昔、村の学校に本を持って行っちょったけ……知っとるべ……『綿流し』の日に起こる祟りを……しかもその数日後に、村が滅んだ事を……」

 

 

 

 震えて嗄れた声で、続けた。

 

 

 

「……あの村はな、呪われちょる……『オヤシロ様』の怒りに触れたんじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧雛見沢村では、「オヤシロ様」と言う独特の神を信仰していたそうだ。

 オヤシロ様は村人たちの畏敬を受けて「古手神社」にて祀られ、毎年お祭りも催されていたらしい。

 

 

「綿流し」とは、その祭りの名前だ。

 だが不気味な事件が、綿流しの時に毎年起きていたらしい。

 

 

 依頼人が言っていた通りだ、「誰かが死に、誰かが消える事件」。

 村人たちは「オヤシロ様の祟りだ」と言って、恐れたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 上田と山田は車の所まで戻り、村の概要を、図書館で借りた書籍で確認した。

 資料自体は幾つか借りられた。老人は渋々だが、司書としての仕事はしてくれたようだ。

 

 

「こんなの、祟りにあやかった殺人ですよ」

 

「ああ。この手の話は、幾つかのシリアルキラーの特徴に合致している。かの有名な『アルバート・ハミルトン・フィッシュ』は満月の夜に犯行に及ぶ事から、『満月の狂人』と呼ばれていた。ある種の縁起と言う物を何かに見い出し、条件が整うと実行する……シリアルキラー、特に快楽殺人犯の分かりやすい習性だ」

 

「……上田、そのお守りはなんだ」

 

 

 ここに来るまでに買い漁った「悪霊退散」と書かれたお守りを、上田は自身を模した「次郎人形」の身体中にぶら下げていた。

 

 

「大安売りされていたからな。ほら、旅の思い出に」

 

「ゆるキャラのお守りまで……この、おっきーってなんなんですか? 狐? 蝙蝠?」

 

「元々は旧雛見沢村のキャラクターらしい。その時は『ひっきー』と呼ばれていた」

 

「………………」

 

「ふっ。郷に入れば郷に従えだ……これで俺も、雛見沢村の村民。村民を襲う神様はいない」

 

「いや……祟りの被害者、村人ばっかだし」

 

 

 即座におっきーのお守りを引き抜く上田。

 その隣で山田は借りた本を見て、怪訝な顔付きだ。

 

 

「でも少ないですね。二冊しかないって……」

 

「まぁ、何も知らないよりかはマシだろ」

 

「……行くんですか?」

 

 

 車を停めていた場所は山道の近くの駐車場。

 この山道の先に、件の旧雛見沢村が廃墟となって存在している。道の入り口を遮るのは錆だらけの警告板と、頼りなく張られた紐のみ。

 

 

「軽く見るだけだ。夜までには帰る」

 

「歩いて何分になりそうですか?」

 

「地図によれば……片道で一時間になりそうだな」

 

「マジか……やっぱ明日にしません?」

 

「はん! 臆病風に吹かれたか! 天っ才物理学者に怖いものは無いッ!!」

 

「じゃあお守り取れよ!」

 

 

 荷物とお守りを満載した「次郎人形」を担ぎ、上田は歩き出した。

 看板を跨ぎ、先に先に意気揚々と進む彼だが、途端に立ち止まって振り返る。

 

 

 

 山田は道の入り口で突っ立ったまま、進む上田を冷ややかに眺めていた。

 

 

「……来いッ!!」

 

 

 山田の意地悪こそあったものの、二人仲良く旧雛見沢村への道を歩き出した。

 陽は既に、西へ傾いている。


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