同じ頃、警視庁。
「あ、『矢部さん』。おはようございまっす」
「おう。おはようさん」
公安部に現れた男『矢部』は、特徴的な髪型の刑事だった。
部下である、少し不潔な見た目の男は自前のノートパソコンでアニメ鑑賞をしている。勿論、他の人に迷惑にならないようヘッドフォン着用。
「なんや。なに見とんや? え?『秋葉』」
「へへ……来月、劇場版が公開されるのでおさらいしてるんです」
「お前なぁ、ここ仕事場やぞ? ワシら警察が仕事ほっぽってアニメ見とるなんざ知れたら、世間が許さへんで。ただでさえ風当たり強いのに」
「まぁ、そう言わないでくださいよ〜。この話で終わりますから〜」
窘めた矢部だが、気になったのかチラリとパソコンの画面を見る。
「最近のアニメは綺麗やなぁ。『マジンガーZ』か?」
「全然違いますよぉ。『ラブライブサンシャイン』ってアニメなんです」
「どんなアニメや?」
「女子高生がアイドルユニット組んで、トップを目指すって奴ですね」
「ほぉ〜。『キャンディーズ』や『トライアングル』みたいな事やるんやな」
「だいぶ違うっすね」
「そんで……なんや、ぎょーさん女の子おるなぁ」
「どの子も萌えるんですけど……僕の推しはこの子ですねぇ」
「この茶色い髪のか?」
「『国木田ちゃん』でしてねぇ〜。ファンの間では、『ズラ丸』と」
突然、矢部が秋葉を思い切りぶん殴る。異様に髪を撫で付けながら。
「お前、今……なんつった? え? ヅラ、丸?」
「違いますよ〜。方言っ子で、語尾に『ズラ』って」
もう一発の拳骨。
痛みに悶絶しながらも、推しを理解して貰おうと秋葉は頑張る。
「き、聞いてみてください。ちゃんと方言ですから」
「そこまで言うなら聞いたるわ」
ヘッドフォンを取り、スピーカーで音声を聞かせた。
『現実を見るズラ』
パソコンを持ち上げ、開いていた窓から投げ落とす。
ここは五階なので、パソコンの命は無いだろう。
「現実じゃボケェ!! アニメやからと許さんぞゴラァ!?」
「ああ……僕のマック……」
「ホンマ不謹慎なアニメやで……あ、風が吹いてる」
髪を押さえながらピシャッと窓を閉め、何事も無かったかのような顔で振り返る。
そして目の前に立っていた人物を確認し、驚愕。
「よぉ! 兄ィ!」
「石原ぁ!?」
オールバックに金髪、ややダボついたスーツの男。
彼は数年前まで警視庁に所属し、かつて矢部と共に現場を奔走した後輩刑事だ。
その後は広島県警に異動して以降、たまに会うぐらいになっていたが、そんな彼が警視庁内に帰って来ていた。
「元気やったか、ええ? ひっさし振りやなぁ」
「兄ィも元気そうでなによりじゃ!」
「でもお前、広島勤務やったろ? なんで東京おるんや?」
「それがのぉ、兄ィ。広島の後、ワシは佐賀に行っとったけぇ」
「佐賀? フランシュシュの佐賀か?」
「ほうじゃほうじゃ! そのフランシュシュに行方不明じゃった娘がおるって聞いての、調査しとったんじゃ……まぁ、人違いじゃったけぇの!」
「あそこフランシュシュとはなわ以外何もあらへんがな」
「兄ィ、エガちゃんも佐賀じゃけぇ」
石原を知らない秋葉が、おずおずと横から質問する。
「矢部さん……ええと、この方は?」
「おお。こいつは昔、ワシと一緒に数多の事件をスパッ!……と解決した、元部下の石原や」
「ほんでのぉ、兄ィ。ワシが佐賀行っとった時な? 偶然、公安部のお偉いさんにおうたんじゃ」
石原の「公安部のお偉いさん」の台詞にビビッと反応する矢部。
「公安部のお偉いさんやと? お前ええコネおるやんけ〜」
「ほんでの? 兄ィの事話したら是非会いたい言っての?」
「お前最高やな!? ええ後輩持ったでオイオイ!」
十年余り警部補の役職に甘んじて来た矢部にとって、やっと巡り出したチャンス。
出世欲剥き出しのギラギラした目で石原を見やる。
「で、お偉いさんって誰や?」
「もうすぐ近くまでおるけぇ」
「来とんのかい!?」
急いで髪と襟を整え、へっぴり腰の秋葉を叩いて姿勢を正してやり、「お偉いさん」を待つ。
警視監か警視長かと胸を高鳴らせる矢部だったが、ドアを開いて現れた人物に愕然とする。
「やぁやぁ、矢部くん!」
「!?!?!?」
高級スーツ、尊大な態度、大袈裟ながらも知的な顔付き。
三人の前に現れたエリート風の男は、矢部の良く知っている人物だった。
「き、『菊池』ぃ!?」
「菊池……?」
「ち、ち……参事官殿。ごご、ご無沙汰しています……」
彼は数年前までは異動した石原の後釜として、矢部の部下になっていた男だった。
だが今や階級は警視正で、役所は参事官。つまり現在は、警部補である矢部の上司に当たる。
つまるところ、所謂「キャリア組」で、未来の警視総監とも称される人物だ。
「いやぁ、久しいねぇ。元気かね矢部くん?」
「あ、は、はい。お陰様で……あ、あの、少し、失礼しますね〜?」
菊池に一言断ってから、得意げに立つ石原をしょっ引いて部屋の隅に連行する。
「なんであいつ連れてくんねん……! つーかなんであいつ佐賀におったんや!?」
「ワシもいけすかんが……兄ィの出世の為にな? 紹介したけぇ!」
「いらん事しおって! ワシゃ、あいつにだけは出世させられたないわ!」
矢部の部下時代から散見された鼻につく態度は、上司となってから更に強まった。出世後すぐの時に一度、ウザ過ぎて一発殴ったほどだ。
プライドが無駄なところで高い矢部は、かつての部下に出世させられるのが屈辱に思えていた。
すぐに拒否しようとする矢部だが、すぐに石原が詳しい訳を話して窘めようとする。
「せやけど、兄ィ。なんかあのお偉いさん、大事な案件抱えとるみたいじゃけぇ?」
「大事な案件?」
「その通りッ!!」
いつの間にか背後に立っていた菊池に叫ばれ、矢部と石原は飛び上がる。
「東大理三卒で警視正かつ参事官ならびに、未来の警視総監たる僕が! かつて僕の上司だったヨシミで、出世に響く仕事を与えてあげようと言う訳だよッ!!」
相変わらずの態度に矢部も、一時期彼に弄られまくられた秋葉も嫌そうな顔をする。
ここは矢部謙三、絶対に断ろうと考えて一歩彼の前に踏み出した。
「お言葉ですが参事官殿。僕らも、市民の皆様を守る公安の一員です。出世ではなく、市民を守る為に」
「受けてくれるのなら僕の計らいで、費用はたっぷり用意する!」
「ありがとうございます菊池参事官殿。一生付いて行きます」
金に弱い矢部謙三、関西出身、独身による、鮮やかな手の平返しだ。
深々と頭を下げ、少しズレそうになったのを戻しながら矢部は質問する。
「……ところで素朴な疑問なんですがね、なんで参事官殿が佐賀に?」
「兄ィ、その方な」
「アマゾンッ!!!!」
その理由を代弁しようとした石原を、奇声と共に殴る菊池。
余裕ぶった表情が一気に鬼の形相となり、思わず矢部も押し黙る。
「……まぁ、佐賀にいた理由は良いじゃあないか。受けるのなら付いて来てくれたまえ」
「え? でも、佐賀」
疑問を封殺しようとする菊池だが、次に鼻をすんすん鳴らしてながら近付く秋葉に注意が向く。
「なんだね?」
「いや。なぁ〜んか同じ匂いがするんですよね、僕と……」
「は? 馬鹿馬鹿しい。東大理三を出た現職参事官である僕が、君のような男と同じだなんて烏滸がましいにも程が」
「すいません、上着脱いで貰えます?」
「超忍法ッ!!!!」
再び奇声をあげて秋葉を殴る。
「……さ。行こう」
「あ、はい」
気を取り直して踵を返す菊池だが、背を向けた瞬間、矢部に上着をずり下ろされた。
「あ」
高そうなシャツの背中には、赤毛の女の子の写真と文字が縫い付けられている。
『ゾンビィ一号ちゃん推し』
「参事官殿、これ、フランシュシュ」
「ファンガイアッ!!!!」
菊池の鉄拳が飛び、矢部の頭の上の何かも飛ぶ。
三度のノックが室内に鳴り響く。
「構わない、入りなさい」
室内にいた男がそう声を張ると、「失礼します」の声と共に四人の男たちが入室する。
最初に扉をくぐった菊池を見て、男は柔らかい笑みを見せた。
「菊池君、悪いな……こんな事を頼んでしまって」
「いえいえ、滅相も御座いません!」
「そこの三人は?」
「僕の部下として選出致しました。例の案件に参加したいとの事で」
「……質問だが、どうして全員、鼻血を出しているんだい?」
矢部、石原、秋葉、菊池の全員が、ツーっと赤い筋を鼻の穴から垂らしていた。
あの後、菊池は矢部の逆鱗に触れてちゃっかり彼に殴られた。
「えと、色々ありまして〜……」
「……まあ良い。さて、申し遅れた」
男はスッと立ち上がり、四人を見据えながら名前を言う。
老年に差し掛かってはいるが、まるで青年のように若々しい気風を持った男だ。
「一度は会った事はあるかな。『赤坂衛』……警視総監だ」
赤坂警視総監。矢部らにとっては雲の上の存在だ。彼らは今、総監の執務室にいる。
菊池はともかく、矢部ら三人はこれ以上ないほどに緊張していた。
「こ、公安部警部補の、矢部謙三です。こっちが部下の石原と、秋葉です」
「宜しく。そんなに緊張しないでくれたまえ。別に取って食う訳じゃあるまい」
人懐っこい笑みを浮かべながら、赤坂は四人の前にやって来る。
近付けばその体格の良さに驚いた。日本人離れした身長と骨格は、本人は「緊張するな」と言うものの強い威圧感を与えてしまう。
大物を前に矢部は、執拗に何度も髪を撫で付けた。
話をする段階に入ったと悟った菊池は、まず赤坂に聞く。
「赤坂警視総監、例の案件について、僕からご説明をしましょうか?」
「いや、説明させてくれ」
重大なポストの人物でありながらも、彼の話し方は些かフランクだった。
だとしても警視庁を牛耳る超大物だ。神妙な顔で、四人は彼の説明を待つ。
「君たちは、『雛見沢村』はご存知だろうか?」
矢部と石原は知らないと首を振るが、秋葉はなぜか知っていたようだ。
「確か三十年前、当時の国土交通大臣のお孫さんがそこで誘拐されたとか。公安部が極秘調査し、何とか救出したものの、犯人は不明だとか……」
「良く知っているね」
「へへ……資料室にはしょっちゅう入り浸っていますんで」
「国土交通大臣……当時は建設大臣だったか……その誘拐事件の捜査に、私は参加していた」
懐かしむようで、どこか物憂げだ。
歳をとって刻まれた少なくない皺が、ヒシヒシと悲壮感を漂わせている。
「……しかし、なんで三十年前の事件の話を?」
矢部の質問で、我に返ったかのように赤坂は表情を引き締めた。
「事件の際、雛見沢を訪れていた私は、ある少女に出会ったんだ。その少女に……僕の妻の死を予言されたんだ」
「え?」
「……尤も当時、大急ぎで東京に戻ったから……妻は今も元気だけどね」
「え? ホンマに信じたんですか?」
「あの時は凄かった。時間を止められたかと思ったよ」
彼は愛妻家で有名で、娘が生まれてからは子煩悩でも有名だ。その娘が留学に行った際は、酷く気落ちしていたとか。それは昔から変わってないのかと少し呆れる矢部。
赤坂の話は続く。
「……その数ヶ月後だったか。雛見沢村は火山性ガスにより、壊滅した。公安部も手を引き、事件の犯人は闇の中になってしまった」
「でも、誘拐事件そのものは解決したんでしょ? 壊滅したのは驚きですが、今更調べるような事では……」
至極真っ当な矢部の意見。それを突き付けられた途端に赤坂は辛く、後悔を滲ませた表情となる。
下唇を噛み、何かを想起するような渋面だ。
「……二◯◯五年になってから旧雛見沢村を訪れたんだが……偶然、誘拐事件の時にお世話になった刑事さんに会ったんだ。もう十年前に亡くなられたが……その人は雛見沢村の壊滅について、ある事を教えてくれた」
四人をジッと見て、続けた。
「……僕の妻の死を予言した少女は……神社で腹を裂かれて、惨殺されたらしい」
既に話を聞かされていた菊池以外の全員が、驚きを見せた。
「雛見沢村の災害は謎が多く、また多くの事件を有耶無耶にもした。洗い直す必要がある」
「ちょぉーっと待ってください! 三十年以上も前の事件調査しろ言うんですか!?」
耐え切れず、矢部は声を荒らげる。例え警視総監の命令とは言え、過去の事件の捜査を公安部がするのは御門違いだろう。そんな事は元々公安部だった赤坂は良く知っているハズ。
それでも赤坂の意志は固い。
とりあえず菊池は矢部の髪を掴んで、抗議の声を黙らせた。
「……信じられない話だろうが、その少女は自分の『死』も予言していた。雛見沢村の災害の日は、その子の話に当て嵌まるんだよ」
「一体、誰なんですか?」
「それを知りたかった。その後は公安部長、参事官となって……余裕が無かった。後悔しているよ……妻を助けた後に、また雛見沢に戻っていればと」
「でもどう調べろと言うんです?」
「これを見てくれ」
一度赤坂は自身の机に行き、資料を取って矢部らに手渡した。
中身はどうやら、何かの出資報告書のようだ。
「『とある大物フィクサー』の金の流れを調べた、昭和五十八年当時の記録だ。莫大な金が、なぜか雛見沢村に流れているだろ?」
「なんなんですかコレ?」
赤坂は口角を縛らせた。
「……以前の公安部が追っていた組織に関する物だ。結局、これも分からず終い……自分のキャリアが嘆かわしいよ」
悲観的になる赤坂だったが、急いで菊池は励ましの声をかけた。
「警視総監殿は幾多の現場に立ち会い、解決に導いて来たではありませんか! こいつらと比べたら、輝かしい功績ですよ!」
「一言多いねんお前」
つい菊池にも言葉遣いが荒くなった矢部。
彼からの暴言を受けて呆然とする菊池を無視し、矢部は一歩前に出た。
「何かがこの、雛見沢って所で陰謀を働いていた訳ですね? その何かが大臣の娘を誘拐し、一人の子供を殺害した……んで、災害で突然の壊滅……これは何か、匂いますねぇ?」
「……これは完全に、私個人の頼みになる。費費は何とか経費で賄えるよう整えはしてやれるが……」
「分ぁかりました! 警視庁公安部警部補矢部謙三、引き受けます!」
出世のチャンスの上に、金も出る。都会を走り回るよりも田舎でのんびり出来る……そんな魂胆はあれど、矢部は真相究明の為に赤坂の依頼を受ける事とした。
矢部のそんな下心はともかく、快諾した事で赤坂は嬉しそうに笑う。
「有り難う矢部君!……これほどの役職になってしまったら、様々な事が出来なくなってしまう。君たちの存在は、私にとっての助けだ」
「それワシらが暇って事じゃけぇの!」
要らない事を言った石原に、矢部の鉄拳が飛ぶ。
殴られた石原は「ありがとうございます!」と叫び、床に倒れた。
「矢部警部補も結構な歳と言うのに、パワフルだなぁ。やはり現場一筋の人間は違う!」
「矢部さん、毛根を犠牲に気力だけはありますから」
爆弾発言の秋葉に、矢部の拳骨が飛ぶ。
彼も「ありがとうございます!」と叫んで吹っ飛び、壁に当たって床に伸びる。
「しかし昨今は体罰に厳しい。無闇に部下を殴ってはならないよ」
「まぁ、暴力なんて底が浅い人間の証拠」
傲慢な口調の菊池に、矢部のアッパーが飛ぶ。
殴られた彼も「ありがとうございます!」と叫び、背中から着地して伏した。
改めて髪を整えながら、気絶する部下三人の中心で矢部は声高々に宣言する。
「是非是非、この矢部謙三に任してください!」
公安部のリーグ・オブ・レジェンドが結集し、即座に彼らは旧雛見沢村に向かう事となった。
移動用の車に向かう最中、矢部らは警視庁から出た瞬間に吹く風に身を縮め込めた。
「なんでこない風強いねんな!」
「日本海側に低気圧じゃけぇの!」
「どうして参事官の僕まで行かなきゃいけないんだ……」
「まぁまぁ、仲良くしましょ。へへへ!」
駐車場に停めてあった矢部の車の前まで着く。
途端、菊池は勿体ぶった仕草でキーを取り出し、三人に見せつけた。
「待ちたまえ。まさか君たち、このチンケな中古車に乗ろうって訳じゃあるまいな?」
「別にええやんけ。もう一発殴ったろか?」
「矢部くん、僕は君の上司だが?」
「へっ! 警視総監からのお眼鏡が叶ったんなら、お前なんか怖ないわぁ!」
「クソッ!」
矢部は人や状況によって、態度を即座に変えられる柔軟性を持つ男だ。
追従する石原と秋葉を連れ、停めてあった昭和感満載の車に乗る。
「フンッ! 良いだろう! こっちはフォルクスワーゲンのオーダーメイド車で……」
菊池のフォルクスワーゲンは、フロントガラスが粉々に砕けていた。
空からノートパソコンが降って来て破壊したようだ。
「ほな行こか」
「最近の高級車は開放感あるのぉ!」
「あれ僕のマック……」
何事も無いように走り出す矢部車。その後ろを菊池は全力で追いかけて来る。
『ようこそ興宮』
『超サブカル映画祭』
『ムカデ人間やってます』
一方の山田と上田は、既に岐阜県鹿骨市にある興宮に来ていた。
旧雛見沢村とは山一つ隔てた麓にある地方都市だ。イオンが見えた。
「ここで休憩しよう」
「旧雛見沢村はまだ先ですか?」
「道路は閉鎖されているから歩きだな……おおう!?」
運転席のドアが取れ、上田は窓枠を担いで受け止めた。
本人は「次郎号ちゃん」と呼ぶパブリカを労わりながら、何とかドアを付けようと頑張っている。
諦めた上田はドアごと担ぎ、山田と共に丁度良い飲食店を見つけた。
店名は、「エンジェルモート」。軒先に、可愛らしいメイドの写真が貼られている。
「メイド喫茶? なんかファミレスっぽいですね。お腹空きましたし、腹拵えしましょうよ」
「何ともマニアックな」
「なら別の店行きます?」
「ミニスカじゃなければ出るぞ」
「入る気満々かよ!」
次郎号のドアを傍らに置き、意気揚々と上田は入って行く。
山田は呆れながらも、上田の奢りならばと嬉々として付いて行く。
「ご注文お決まりでしたらお呼びくだせぇ」
ミニスカフリルメイド服を着た前期高齢者女性の店員が接客。
「ミニスカ……ミニスカ……ミニ、スカ……」
手前に置かれた水を光のない目で眺めながら、上田は絶句していた。
軒先に貼られていた写真のメイド娘は「レジェンドメイド」だそうで、昔の人物らしい。
早速山田はカレー、上田はパンケーキを注文。
スプーンを忙しく動かしてがっつく彼女を見ながら、上田はフォークでバターを突く。
「その様子じゃ何も食ってないようだなぁ?」
「前に死ぬほど餃子と寿司食べさせられて以来ですね」
「バッカな。そこそこ前だぞ」
「んで、上田さん」
咀嚼し、嚥下してから、山田は辺りを見渡す。
他の客たちは全員、一心不乱に蕎麦を啜っていた。
「依頼人は来ないんですか?」
「仕事があるからって、合流は明日の朝になるそうだ」
旧雛見沢の下見も兼ね、一日早くここに来たらしい。
廃墟とは言え、公的には立ち入り禁止の閉鎖状態。しかし事前に行政の許可を得た為、いつでも上田らは旧雛見沢に向かえるようだ。
「じゃあ今日は泊まりですね」
「許可は取ってある。運動がてら、旧雛見沢村を軽く見ておこうじゃないか」
「明日にしましょうよ」
「そう言うな。本当に火山性ガスが原因か確かめてやる」
「やけに気合い入ってますね」
「とっとと帰りたいからな」
上田はパンケーキにかけようとメープルシロップを探す。すると山田がテーブル脇に置いてあった、シロップの入った小瓶を手に取った。
てっきり渡してくれるものかと上田は腕を伸ばすが、彼女は自分のカレーにそれをドバドバかけ始めた為、呆然とその様を眺めるしかなかった。
お腹を満たした二人は旧雛見沢村の資料でも探そうかと、興宮市役所に来ていた。
市役所と図書館が一体になっている所が何とも地方都市らしい。
「ようこそ〜、興宮へ〜!」
「おっきぃぃいいいぃぃいッッ!!!!」
入り口で三十人ぐらいの職員と、うるさい鳴き声で叫ぶゆるキャラ「おっきー」が、凱旋パレードのようなノリで出迎えてくれた。
熱の入った歓迎を受けながら図書館に行き、ドアを担ぎつつ上田は老人の司書に話しかける。
「あの〜、お尋ねしたいのですが〜……」
「今日はグランドゴルフはお休みだべ」
お休みだと知らなかった老夫婦が、クラブを持って上田の後ろに立っている。
「いやそうじゃなくてですね……資料を探してまして」
「なんのだべ?」
「旧雛見沢村についてなんですがね」
雛見沢と言う地名を出した途端、老人の表情は険しくなる。突然の変貌に、上田は暫し押し黙った。
「……なんでぇ、調べるか?」
「……あ、あの。私、こう言う本を出している者でしてねぇ?」
差し出したのは「上田次郎の新世界」。海沿いに立つ上田の写真が使われた、B5サイズのクリアファイルまで付いている。
「…………」
「私は、どんな事象にも科学的根拠があると断言していましてね! 今回は消えた村の調査をしようかと、ここに資料を求めに来たので」
「悪い事は言わね。あの村にゃ関わるな」
上田の本を手に取り、ポイっと後ろに投げ捨てる。
その様を呆然を見届ける彼に代わって、控えていた山田が質問した。
「関わるな……とは?」
「あの村に関わると、碌な事にゃならん」
「でももう、無くなった村じゃないですか」
「……いっそダム計画を復活させて、沈めて欲しいもんだべ」
老人は皺だらけの手を組み、落ち着きなさそうに黒目を動かす。
見るからに動揺していると山田は気付き、更に質問を飛ばした。
「……何か知っているんですか?」
老人は言い辛そうに顔を顰めた後、辺りを憚るように前のめり気味で語りかける。
「わしは昔、村の学校に本を持って行っちょったけ……知っとるべ……『綿流し』の日に起こる祟りを……しかもその数日後に、村が滅んだ事を……」
震えて嗄れた声で、続けた。
「……あの村はな、呪われちょる……『オヤシロ様』の怒りに触れたんじゃ」
旧雛見沢村では、「オヤシロ様」と言う独特の神を信仰していたそうだ。
オヤシロ様は村人たちの畏敬を受けて「古手神社」にて祀られ、毎年お祭りも催されていたらしい。
「綿流し」とは、その祭りの名前だ。
だが不気味な事件が、綿流しの時に毎年起きていたらしい。
依頼人が言っていた通りだ、「誰かが死に、誰かが消える事件」。
村人たちは「オヤシロ様の祟りだ」と言って、恐れたそうだ。
上田と山田は車の所まで戻り、村の概要を、図書館で借りた書籍で確認した。
資料自体は幾つか借りられた。老人は渋々だが、司書としての仕事はしてくれたようだ。
「こんなの、祟りにあやかった殺人ですよ」
「ああ。この手の話は、幾つかのシリアルキラーの特徴に合致している。かの有名な『アルバート・ハミルトン・フィッシュ』は満月の夜に犯行に及ぶ事から、『満月の狂人』と呼ばれていた。ある種の縁起と言う物を何かに見い出し、条件が整うと実行する……シリアルキラー、特に快楽殺人犯の分かりやすい習性だ」
「……上田、そのお守りはなんだ」
ここに来るまでに買い漁った「悪霊退散」と書かれたお守りを、上田は自身を模した「次郎人形」の身体中にぶら下げていた。
「大安売りされていたからな。ほら、旅の思い出に」
「ゆるキャラのお守りまで……この、おっきーってなんなんですか? 狐? 蝙蝠?」
「元々は旧雛見沢村のキャラクターらしい。その時は『ひっきー』と呼ばれていた」
「………………」
「ふっ。郷に入れば郷に従えだ……これで俺も、雛見沢村の村民。村民を襲う神様はいない」
「いや……祟りの被害者、村人ばっかだし」
即座におっきーのお守りを引き抜く上田。
その隣で山田は借りた本を見て、怪訝な顔付きだ。
「でも少ないですね。二冊しかないって……」
「まぁ、何も知らないよりかはマシだろ」
「……行くんですか?」
車を停めていた場所は山道の近くの駐車場。
この山道の先に、件の旧雛見沢村が廃墟となって存在している。道の入り口を遮るのは錆だらけの警告板と、頼りなく張られた紐のみ。
「軽く見るだけだ。夜までには帰る」
「歩いて何分になりそうですか?」
「地図によれば……片道で一時間になりそうだな」
「マジか……やっぱ明日にしません?」
「はん! 臆病風に吹かれたか! 天っ才物理学者に怖いものは無いッ!!」
「じゃあお守り取れよ!」
荷物とお守りを満載した「次郎人形」を担ぎ、上田は歩き出した。
看板を跨ぎ、先に先に意気揚々と進む彼だが、途端に立ち止まって振り返る。
山田は道の入り口で突っ立ったまま、進む上田を冷ややかに眺めていた。
「……来いッ!!」
山田の意地悪こそあったものの、二人仲良く旧雛見沢村への道を歩き出した。
陽は既に、西へ傾いている。