TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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調査編

 山田がふらりと蔵から出れば、外を見張っていたカスを見つける。

 確か彼もあの時、金庫の護衛をしていたハズ。山田は恐る恐るカスへ話しかけた。

 

 

「あのぅ〜……」

 

「あ? ピロシキの覚悟出来たべか?」

 

「だからピロシキってなんなんだよ……ええと、ずっと金庫番をしていたんですよね……?」

 

「当たり前だべ! 金庫には誰も近付けさせんかったわ!」

 

 

 キレ気味で話され、少し心が痛い。

 後ろに立っていた魅音がギロリと睨んでくれたお陰で、その態度を軟化してはくれたが。

 

 

「何か、変な事があったとか……ありました?」

 

「そんなんは無かったべ。誰かが近付いて来たっつぅのも無かったからなぁ」

 

「……そうですか」

 

 

 本当に金庫は入れ替えられず、園崎家内に裏切り者はいないのか。

 そう山田は考え、諦めたように蔵へ戻ろうとする。

 

 

 

 途端、彼は呼び止めるように言った。

 

 

「ちょっくり目を離した時があったべか。一瞬だけ」

 

 

 彼のその話に、山田は「え?」と驚き声をあげる。

 

 

「それは……?」

 

「シンさんに言われたんだべ。『お前らも加勢しろ』ってな。それでエミと一緒に屋敷の中に入ったが……言っても、一分もねぇんじゃねぇか?」

 

 

 一分足らず。さすがにそんな短い時間では金庫の入れ替えは難しいかと、期待を打ち消した。

 その間ずっと蔵を調査していた上田だが、これ以上は何も分からないと判断し、魅音に提案する。

 

 

 

「なら屋敷の方を確認しないか? ジオウのいた場所を見てみよう……入って良いだろうか?」

 

「それなら構わないよ……山田さんは?」

 

 

 賛成の意を込めて、山田は頷いた。

 

 

 

 

 

 三人はまず、渡り廊下のすぐ先にあった部屋に入る。ここ自体は何の変哲もない和室だ。

 

 

「ジオウは最初、ここに現れたな」

 

「私が追いかけると、奥に逃げたんです……次に見たのは、あそこです」

 

 

 当時の状況を想起しながら、廊下の左手を山田は指差す。その先は行き止まりになっていた。

 

 

「行き止まりじゃないか?」

 

「あ、違うよ。確か突き当たりにもう一つ部屋がある」

 

 

 案内しながら魅音は、その件の部屋への襖を開いてやる。

 

 

 そこは山田が最初に見た通り、完全に独立した個室。

 次の部屋に行く襖も無ければ、廊下に出る出入口は一つのみ。

 押し入れは物で満載しており、唯一の出入り口には山田が立っていた。隠れる事も入れ違いで出る事も不可能だ。

 

 

「ジオ・ウエキは確かにこの部屋に入ったんです。でも消えていて……で、私が押し入れとか探している時に外で騒ぎがあったんです」

 

「……瞬間移動したのかねぇ。不気味〜……」

 

「………………」

 

 

 山田はくるりと振り返り廊下に出て、行き止まりとは反対の方を見る。そちらの方はまだ先が続いていた。

 

 

「こっちはどこに続くんですか?」

 

「あ。多分……」

 

 

 案内する魅音に続くと、二人も見覚えがある廊下に出た。そこは金庫搬送時のルートで、そのまま縁側に通じている廊下だ。

 

 縁側の方とは逆の方を見て、山田は呟く。

 

 

「つまり……この道を戻ったら……」

 

「三億円を金庫に入れた部屋に行くね」

 

「じゃあ、当時部屋に残っていた……あの従業員らがジオ・ウエキに化けられる事は可能……」

 

「山田。さっきも言っただろ? プレスマンじゃ、再生しても音質でバレちまう!」

 

 

 呆れたようにそう念押しで説明する上田だが、山田は確信を持って続けた。

 

 

 

 

 

「…………なら、声は本物なのでは?」

 

 

 

 

 山田の発したせん妄じみた推理に、上田はまた深く呆れる。

 

 

「本物って……じゃあ、あのジオウは本人だってのか?」

 

「違いますよ……詐欺師とか、物真似芸人が良くやる奴ですよ」

 

「……良くやる奴?」

 

「『オレオレ詐欺』とか。あれだって、みんな騙されるじゃないですか」

 

「オレオレ詐欺ってなになに?」

 

 

 未来の用語に困惑する魅音を余所に、山田は説明を続ける。

 

 

「私たちは、ジオ・ウエキの声を、『勘違い』したんですよ。そもそもジオ・ウエキ自体、かなり癖のある喋り方でしたから……イントネーションを真似て、声を少し低くしただけの女の声を、『ジオ・ウエキの声だ』って思い込んでしまったんですよ」

 

 

 山田は続ける。

 

 

「思えばジオ・ウエキ自体……服装から口調、仕草まで、かなり個性的でした……逆に言えば、我々はその『印象』が強かったんですよ。ジオ・ウエキはあのキャラクターで振る舞って、後に真似をする人間のハードルを下げていたんです」

 

「あー……そう言えばジオ・ウエキの物真似する沙都子、妙に上手かったっけ……」

 

「確かに特徴が強い人間は物真似しやすいとは聞くな……ジオウは雛じぇねで信奉されているんだろ? この一帯じゃ知名度が高い……つまり彼女を知っている者ほど、ジオウの影響が強過ぎて、あの物真似に騙されやすくなってしまった訳か」

 

「……でも、そうなると……」

 

 

 ふと思い立ってしまった可能性に、山田は顔を顰める。

 

 

 

 

「……ジオ・ウエキが、そのキャラクターを演じていたのは、この三億円事件強奪の為の布石……なら、かなり前から計画していたんじゃないですか?」

 

 

 その可能性を聞き、魅音はひたいに手を添えた。

 

 

「金にがめついどころじゃなくて……元から盗る気でウチに近付いたってこと……?」

 

「となると……ジオウが現れたのはいつ頃だ!?」

 

 

 すぐに魅音は指を折りながら想起する。

 

 

「えぇと……雛じぇねの話が出たのが今年初めての会合だったから……一月」

 

「すると五ヶ月前か……準備期間として十分な日数だな。ジオウは突発的でなく、前から地道に計画していたとなれば……ハッ! どうにも展開がスムーズだと思ったんだ!」

 

「えぇ……それほど時間をかけているなら……間違いなく協力者を募れますね。園崎家の中にも……」

 

「だ、だから山田さん……!」」

 

 

 だがやはりまだ魅音は、身内に裏切り者がいると言う推理には納得いかないようだ。

 

 

「その……園崎家の人間ってのはやっぱ、考えられない。まず全員、顔が割れているし、何度も言うけどみんなウチへの忠義心は強いし……裏切りとか匂わせるだけですぐに広まるよ!」

 

「…………だが……」

 

 

 上田はいつになく聡明で、物悲しげな表情を浮かべて説いた。

 

 

「逆に言えばそれは、『身内なら絶対に疑われない』って事なんだ! 三億円の情報が流れていたり、しかも決済日が近くそうそう延期が出来ない事情だったり……間違いなく、裏切り者の線はかなり大きい!」

 

「そ、それでも私には……」

 

「魅音さん」

 

 

 今度は山田が話しかけた。

 

 

「……否定したい気持ちは分かります。けど、まずは、相手がどんな規模なのか、そして色んな可能性を予想しなくちゃいけないんです」

 

「…………」

 

「……あなたは私たちを信用して、そして小指まで賭けてくれました」

 

「……!」

 

 

 思いがけない言葉にハッとさせられ、魅音は暫し、並び立つ山田と上田に見とれた。

 

 

「……間違いなら間違いだったと認めます……だからそれまでは……私たちを、本当に信じてください」

 

 

 それだけを言い残すと、山田は踵を返して廊下を走り、靴下で滑る。

 

 

「マイコーッ!」

 

「オイ真面目にやれ!」

 

 

 上田も彼女に付いて行く。

 そして少し俯き、また顔を上げてから、やっと魅音も歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 三億円の受け渡しが行われた、最初の部屋にもどる。

 今は誰もいないが、どこに誰がいたかは上田が覚えていた。

 

 

「従業員が二人と、ホステスっぽいのが一人。そんで、向かい合わせに座っていた組員か……」

 

「ホステス……その女の人が怪しいですね」

 

「でも怪しい物は持っていなかったらしいよ。それに体型が違うような……」

 

 

 魅音の話を聞きながら、山田は深く唸りながら推理する。

 

 

「体型に関しては何か、お腹周りに詰め物でもすれば誤魔化せます……でもそうなると荷物は嵩張るハズ……」

 

「そんな大きなバッグは持っていなかったな。服にハットに扇子に詰め物……ボストンバッグくらいは必要になるか」

 

 

 やはり違うのかと上田は思い始めるが、山田は諦めていない。

 

 

「……予め、どこかの部屋に隠していたとか? 従業員ならこの屋敷に来る機会は幾らでもあるだろうし……使わない部屋の押入れにでも、それとなく隠しておけるハズです」

 

「……フッ。そう言おうと思ってたところだ」

 

「…………」

 

 

 上田を呆れ顔で睨み付ける彼女に、魅音はもう一つの疑問を聞いた。

 

 

「あの部屋で消えたのは……どうやって?」

 

 

 

 

 

 すぐに三人は、ジオ・ウエキが消えた廊下の行き止まりに行く。

 窓はあるものの、木の格子が嵌められており、虫でしか通れなさそうだ。

 

 

 ならば可能性があるとすれば、やはり突き当たりにあったあの個室だけ。襖を開き、問題の部屋に入る。

 

 

「……廊下は袋小路ですし、確かに私、ジオ・ウエキがここに入って行ったのを見たんです」

 

「とすると……やはり、押し入れにでも隠れていたんじゃ?」

 

「そこはちゃんと調べました。でも、人が隠れられるスペースはなくて……」

 

「うーむ……押し入れと畳しかない部屋だし……大人どころか子どもも隠れられないな」

 

 

 上田と山田は部屋を見渡しながら分析する。しかし一望しただけでも何もない部屋だとしか思えない。

 襖の影から魅音が説明する。

 

 

「ここ、遠方から来たお客さんを泊める為の部屋でさ。あんまし使わないんだよね」

 

「何かありそうな気はするんだけどなぁ……」

 

 

 とは言うもののこれ以上は何も出ないと、さすがの山田も諦めたように廊下へ引き返そうとする。

 上田も一応、奥にある押し入れを調べてから、部屋を横断して彼女の後に続いた。

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 

 部屋の中央の畳を踏んだ瞬間、彼は足を止めて俯き、その場で小さく四度くらい跳ぶ。

 そんな彼の奇行に気付いた山田が、心配そうに尋ねた。

 

 

「どうしました上田さん?」

 

「……この畳の沈み込みが、他と違う」

 

「はい?」

 

 

 即座に彼は踏んでいた畳の上から退き、這いつくばった。次にその畳と畳の隙間に爪を入れるように手を添え、一息に畳を返す。

 

 

 

 

「……おおう!?」

 

 

 上田が畳の下で何かを発見し、叫んだ。

 持ち上げられた畳で良く見えなかった山田と魅音は、何事かと上田の背後まで行く。

 

 

 

 

 

「あーーっ!!??」

 

 

 魅音も叫んだ。

 

 無理もない。畳の下にある地板が、返した畳の真下だけ枠を残して外され、穴になっていたからだ。

 下には土の地面が広がっており、冷たい空気が流れ出ている。

 

 

「そう言う事か……! あらかじめこの畳の下の板だけを取っ払っておいて、咄嗟に床下へ隠れられるようスペースを作っていたんだッ!!」

 

「じゃあ!? 私が追っていたジオ・ウエキ……ここに隠れていたんですか!?」

 

「そんな……う、ウチの床下に隠れる……って言うか、畳の下の板剥がしていたなんて、とか……え、えぇ……?」

 

 

 三人は顔を見合わせ、苦々しい声で同時に同じ言葉をぼやいた。

 

 

 

 

「「「どこまでも手間のかかる事を……!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言えこれで、一つ疑問が解消される。三人は返された畳の前に座り、口々に推理し合う。

 

 

「なら外の屋根にいたのはまた別の人間……って、事か?」

 

「一人目が床下に隠れて、ほとぼりが冷めた頃に出て来てまた、何食わぬ顔で受け渡しのあった部屋に戻ったって事……だよね?」

 

「屋根の上にいたのは中から外に……じゃなくて、外から梯子をかけて登った……と、言う事になるんですかね?」

 

「ジオウは『二つ』あった!!」

 

 

 上田がそう結論付けた。

 

 

「でも梯子とかあったら、それも運ばなくちゃいけなくないかな? あの後、若い衆がすぐに外へ行ったけど何も無かったよ」

 

 

 魅音の反論に対し、山田はある事を思い出した。

 

 

「……あ。そう言えば、従業員の人が『廃品回収車』を見たって言っていたじゃないですか。それなら業者装って近付けて……車を土台にして庇に登れますし、走らせたらすぐにトンズラ出来ますよ」

 

「廃品業者の車か……なるほど! アレならスピーカーも搭載しているし、ジオウの声をプレスマンに録音して、線を繋いでから高らかに響かせられるな!」

 

「……と言うか車とスピーカーまで用意するとか、もうガチじゃんさ。二人も良くここまで掴んだよねぇ……」

 

 

 仕掛け人であるジオ・ウエキに呆れ、そして山田と上田には改めて感心の意を投げ掛ける。

 

 

 しかしトリックは掴めても、証拠は掴んでいない。

 ただこれが正しいのならば、あのホステス女は明らかクロだ。

 

 

 容疑者をまず一人特定し、山田は立ち上がって上田に命じた。

 

 

 

「まだ、引き止めているんですよね!? その女の人だけは絶対に出さないように言って来てくださいっ! ゴー上田っ!!」

 

「任せろッ!! クロックアップッ!!」

 

 

 目にも留まらない速度で上田は出て行き、伝えに行った。

 今、部屋に残っているのは山田と魅音だけ。ぽつりと、山田は次の問題の解決に動こうとする。

 

 

「次は……消えた三億円ですね。寧ろこれからが本番かなぁ……あー疲れた」

 

「……ねぇ」

 

「はい?」

 

「……山田さんの推理が正しければ、金庫は入れ替えられた……んだよね」

 

「そう考えた方が都合良いんですけど……やり方がどうしても……」

 

「……分かった」

 

 

 それだけ言って魅音は立ち上がり、部屋から出ようとした。山田は困惑気味に一旦彼女を引き止める。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「…………」

 

 

 黙って振り返る。

 

 

 

 彼女の表情は部活の時のように、輝いた満面の笑みだった。

 

 

 

 

 

「……どうしたって。山田さんを……本気の本気の本気で信じてみるのさっ!」

 

 

 山田が面食らっている隙に、彼女はさっさと部屋から出て行く。

 

 

 

 

 誰もいない廊下を歩く彼女の表情は、朗らかなものから一変していた。

 真っ直ぐに鋭い眼差しで見据え、気持ちを押し殺すように口元を縛り、そして躊躇なく前へ前へと進む。

 

 決意、覚悟、そして若干の恐れを、強い意志で括り連ねた──「次期頭首の姿」をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 園崎邸の庭にて、上田は葛西やシン、他の組員らと共にいた。

 彼らの前には、共犯の疑いのある例の女が立たされている。上田の説明を受けた彼女は、ぎゃーぎゃー喚いていた。

 

 

「ちょっと!? な……なんで、あたしだけなの!?」

 

「疑惑があるってだけなんですよぉ。あのぉ! 違ったら帰しますから!」

 

「はぁあ!? 何が疑惑があるってのよっ!? このボンクラ天パーっ!!」

 

「ボンクラ天パー……」

 

 

 散々な言われ様に傷付く上田。

 その隣で葛西は冷たく、ドスの効いた声で尋ねた。

 

 

「……この女が共犯なんですね?」

 

 

 サングラスから覗く、葛西の眼光が下目遣いで女に降り注ぐ。

 これには味方側の上田さえも震えが止まらない。

 

 

「ひっ……! そ、総支配人……あ、あ、あたしじゃないですってぇ……!」

 

「そ、そうです! まだ決まってませんから! いやぁ……それにしてもあなた、良い香水をつけていますねぇ! それシャネルの五番ですよね? 私も好きなんで」

 

「黙れウスノロヒゲメガネっ!!」

 

「ウスノロヒゲメガネ……」

 

 

 泣き出しそうな上田。

 葛西さえもすぐに殴りかかりそうな迫力を見せ始めたところで、殺気を察したシンが引き止める。

 

 

「葛西さん、まずは落ち着きましょう。疑わしきは罰せず、さもなくば外道と同じですぞ」

 

 

 女と葛西の間に入り、それぞれに目配せをして宥めた。

 

 

「取り敢えず造園師たちは帰します……まだ仕事が立て込んでいるだとかで、これ以上拘束すりゃあ監禁とか言われます……」

 

「そうですね……彼らは帰しても良いでしょう。トラックや荷物は全て確認したが、何もありませんでしたし」

 

「一応、この女は他の従業員と一緒に別室に移しておきましょう。あっしに任せてください」

 

 

 疑惑の人物である女は、他二名の従業員と共にシンによって、屋敷内の部屋へ連行された。

 それを見届けてから上田は、葛西に女の処遇について懇願する。

 

 

「あの……仮に彼女がジオウの共犯だとしても……私刑ではなく、きっちり警察に引き渡してください」

 

「……極道がサツに頼ると言うのも、馬鹿みたいな話ですが」

 

「それなら暴力とかではなく……追放に留めてやってください。さすがに我々もその……堅気ですからねぇ……?」

 

「…………そうですね。巻き込んでしまった堅気に、我々の片棒を担がせる訳にはいきませんね……追放と言う形で、検討はしてみます」

 

 

 ホッと安堵する上田。さすがに自分たちのせいで人死にが出たとなれば夢見が悪い。そこだけは彼も自分の意見を貫かせて貰った。

 

 

「しかし何にせよ、あの女がジオ・ウエキの協力者だと言う証拠がなければ……証拠は見つかったんですか?」

 

「いえ、それはまだ……ただ、この屋敷中を探せば恐らく見つかると思うんです! 変装に使った服だとか帽子だとか!」

 

「服と帽子か……」

 

「事件後より誰一人出していないんですし……絶対、どこかに隠したままなんですよ!」

 

「……分かりました。若い衆に探させましょう」

 

 

 葛西が控えていた組員らを一瞥すると、彼らは「イーッ!」と返事して一斉に屋敷の中へと飛び込んで行った。

 

 

「……ショッカー?」

 

「だが内通者と判明しても……大事なのは三億円ですから」

 

「えぇ、それは、勿論! 今、絶賛調査中です!」

 

 

 夏の暑さとは別に流れている冷や汗を拭いながら、上田は心中で祈りながらそう答える。

 暫く二人の間に沈黙が流れ、居心地の悪さに上田は苛まれてしまう。

 

 何か話すべきだろうかと焦り、何か話題はないのかと頭の中で模索する。

 

 

 

 

「……上田先生」

 

「は、はい!?」

 

 

 唐突に葛西から名を呼ばれ、声をひっくり返しながら返事をした。

 

 

「……詩音さんはご存知ですよね」

 

「……詩音……あ、あぁ! この間、学校でお会いしましたよ! 確か魅音さんの双子の妹さんでしたっけ?」

 

「私、詩音さんの世話係でしてね……しょっちゅう、彼女とはお会いしているんですよ」

 

「……そうだったんですか」

 

 

 詩音の話をする彼の表情は、とても穏やかだった。

 それはまるで娘を思う、父のような。

 

 

 

 

「……あの人が言っていたんですよ。『山田さんと、上田先生は信頼出来る』と……」

 

「……詩音さんが?」

 

「魅音さんと詩音さんの二人から信頼を寄せられているとあっては……私としても、あなた方を疑う訳にはいきませんから」

 

「あぁ……だから葛西さんは、ずっと私たちの味方で……」

 

「詩音さんからハッキリ『信頼出来る』と聞いたのは……割と久々でしてね」

 

 

 葛西は身体の軸を、真っ直ぐ上田に向けた。

 

 

「……三億円奪還の件、是非とも最後まで協力していただけたらと」

 

「そ、それは勿論! 私に任せてくださいよ!」

 

 

 二人は硬く、握手を交わす。そして互いに笑い合い、親睦を深めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 そんな和やかな二人だったが、息も絶え絶えな様子で帰って来た組員らの口からは、悲報が飛び出した。

 

 

 

 

「葛西さん!! 屋敷の中探しやしたが……服だとかは、ありませんぜ!?」

 

 

 証拠は見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田は廊下を歩きながら、どうやって金庫が入れ替えられたのかと考えていた。

 

 

「入れ替えは確かに難しい……けど、金庫のキズが無かったり……一瞬だけだけど、あのシンって人が一人になれた時間があった……」

 

 

 廊下をゆっくり歩き、熟考する。

 

 

「……でも、担ぐのはまず無理……犯人は一体、どうやって……」

 

 

 思考を巡らせる。

 朝の始まりから、空の金庫を開けた時までの全てを。

 

 

「どうやって……ん?」

 

 

 ふと、気掛かりが幾つか見つかった。

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 なぜ二人の人間を使って、ジオ・ウエキとなり、撹乱しなければならなかったのか。

 

 

 なぜ、金庫を入れ替えるのか。

 山田の推測が正しいなら、三億円の入った金庫の鍵は、犯人が持ったままだったハズ。ならばジオ・ウエキの撹乱をせずとも、夜中にこっそり仲間を装って三億円を頂戴すると言った方法も可能だっただろう。

 

 

 

 

 そしてなぜ、今日を選んだのか。

 

 

「……金庫のままじゃないと、いけない理由が……ある?」

 

 

 

 

 

 山田の頭の中で、様々な人々の言葉が巡る。

 

 

 

『「オーバーハング構造」ですか。扉枠と隙間が殆どないので、バールのような物だとかでこじ開けられる……なんて事も難しくなりますね』

 

 

 

 金庫のままで無くてはいけない理由。

 

 

 

『お札……一万円は千枚につき、約一.◯五キログラムと言う。それが三億円になれば、大体三十一.五キログラム。金庫と合わせれば、最低でも八十キロは超える!……鍛えている俺なら別だが、とても老年っぽいシンって人が一人で抱えて運べる重量じゃない』

 

 

 

 重量を軽減し、迅速に運び出せる方法。

 

 

 

『造園会社のトラックにも、キャバの従業員らも怪しい物は持ってりゃしませんでした』

 

 

 

 それら全てを可能にする、魔法の道具。

 

 

 

『その……園崎家の人間ってのはやっぱ、考えられない。まず全員、顔が割れているし、葛西も言っていたけどみんなウチへの忠義心は強いし……裏切りとか匂わせるだけですぐに広まるよ!』

 

 

 

 協力者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端、彼女の脳裏には、天へ天へと立ち昇る白煙が現れた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 山田の中の、バラバラに散らかった点が、

 

 

 

「………………」

 

 

 

 線となり、連鎖し、

 

 

 

「……………………ッ!!」

 

 

 

 

 それは一本の筋道となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……繋がった……!!」

 

 

 

 気付けば正午は通り越し、陽は西へと落ち初めている。

 余裕はない。勝負は今すぐだ。


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