TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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事過境遷(じかきょうせん) : 状況が変われば、心境も変わる。


事過境遷

 一方で山田と圭一。トランプタワーを作っている彼女の横で、圭一が据わった目で何かを語っていた。

 

 

「師匠。俺、思うんすよ。メイド服はミニスカより、やはりオーソドックスなロング丈が良いと。でも沙都子には、ミニになって貰いたいんす」

 

「はぁ」

 

「分かります? 我が救世主」

 

「いや全く」

 

「正直、いけすかない沙都子だけど、泣き顔とか恥ずかしがる顔はサイキョーに可愛いんすよ」

 

「はあ」

 

「入江先生がハマるのも良く分かるんです。こう、嗜虐感と言うか……なんと言うか、その、ゾクゾクするって言うか」

 

「へぇ」

 

「分かります? 御山田様」

 

「なんで一々同意を求めるんだ」

 

「だからミニスカ履かせて、こう、スカートを目一杯下げようとして赤面するのとか、最高だと思うんすよ」

 

「あれ、目の焦点が合ってない……」

 

「これが梨花ちゃんだとノリノリになりそうなんですよ。沙都子にしか出来ないんす」

 

「駄目だ。自分の世界に行ってしまわれた」

 

「今思い付きましたが、水着も良いっすよね。お師様」

 

「私の呼び名コロコロ変えるな」

 

 

 長い時間、ここで過ごしていた圭一の謎語り。

 それを聞きながらトランプタワーを作り続け、ようやっと二枚で完成する段階まで来た。

 

 

「よぉおおし……あともう少し……」

 

「梨花ちゃんと沙都子の水着姿、まだ見た事ないんすよね。絶対凄いと思うんすよ」

 

「おほほほほ〜、おほほ〜ほほ〜ほ〜」

 

「迷っているのは、フリフリの水着か、スク水か。ここが悩み所でして」

 

「ほほほほほほほ〜」

 

「勿論、布面積の話をしたらスク水は少ないんすけど、あのピッチリしたのが身体のラインを」

 

「ほほほほほ〜いおほほ〜いおほほ〜い」

 

「想像していたら滾って来たぜ。ひと段落したらエンジェルモートとプール行かなきゃ」

 

 

 

 カードとカードが立てられようとした。

 その時、勢い良く玄関のドアが開かれ、ツナギ姿の富竹が乱入する。

 

 

「僕は成し遂げたぞおぉぉぉぉぉぉおッ!!!!」

 

「フォイッ!?」

 

 

 衝撃で僅かに揺れるトランプタワー。山田は口から心臓が飛び出る思いだ。

 

 

「山田さんッ、圭一くんッ、僕はやったんですよ!!」

 

「止まれッ!! 入るなッ!!」

 

「え?」

 

 

 歓迎されるかと思いきや、山田から制止を言い渡された動揺する富竹。

 その横、圭一はまた語り出した。

 

 

「メイド服の話に戻すんですけど、魅音とレナに着せたいのは断然、オーソドックスなメイド服なんです」

 

「は?」

 

 

 三億円を取り返したと言うのに、山田はトランプタワーの心配、圭一は何か訳のわからない事を語りっぱなし。当惑した富竹は、呆然としながら後ろ手にドアを閉めた

 

 

 

 

 

 ちゃぶ台の真上にぶら下がっていた電気が落ちる。

 トランプタワーをメシャッと壊し、圭一と山田をマイワールドから引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら! 三億円です!」

 

 

 嬉々として富竹は抱えていたジュラルミンケースを、ちゃぶ台へ落ちた電気の上に開ける。

 キチンと中には本物の三億円がすっぽり収納されていた。思わず目が見開かれる圭一と山田。

 

 

「ま、ま、マジかよ……! こんな額見た事ねぇ……!」

 

「ちょ、ちょっと触るだけ……おーおーおーー! スベスベしてる……!」

 

「チャンスがあったんで……ふふふ! どうせならって取り戻しましたよ!」

 

 

 親指を立ててしてやったり顔の富竹に、山田は称賛を送る。

 

 

「仕事し過ぎですよ!! これで園崎家に返して……やっと金封を戴けるなぁ。もしかして三億円をくれたり……うきょきょきょきょ!」

 

 

 途端に富竹はパタンとケースを閉めた。山田の目に邪念が見えたからだ。

 取り返したのならばと圭一は意気揚々と立ち上がった。

 

 

「師匠! 早速返しに行きましょう!」

 

「いつ、あいつらの捜索があるか分からないからね」

 

「そうですね……あ、すいません。返す前に、金の匂いを嗅ぎたいです」

 

 

 早速園崎家に行こうとした三人。

 その時、妙な声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「ムダムダ〜」

 

 

 

 

 

 かなり遠いが、聞き覚えのある掛け声。富竹が窓の方に目を向ける。

 

 

「なんか聞こえましたよ……?」

 

「多分雛じぇねですね。ジオ・ウエキのシンパばかりなんで、ここでやり過ごしましょうか。その間、金の匂いを……」

 

「ちょっとちょっと! お金が汚れたらどうするんですか!」

 

 

 またデモでもしているのだろうと、気にも留めない山田。雛じぇねの人間らがまさか、ジオ・ウエキが園崎の三億円を盗み、それを山田らが取り返したなんて知る由もないだろうと思っていた。

 

 

 

 

 

 

「ムダムダ〜」

 

 

 

 

 

 声がまた近づいて来た。圭一は少し緊張した面持ちだ。

 

 

「家の前を通りそうっすね」

 

「せめて、せめてひと嗅ぎ! アイアムスメルッ!!」

 

「アイアムスメルってなんスか!? マジック用語ですか!?」

 

 

 

 また、彼らの声があがる。

 

 

 

 

 

 

「ムダムダ〜ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 窓ガラスが割れ、石を投げ入れられた。

 そのまま更に沢山の石が一斉に投げ込まれ、窓ガラスを破壊して行き、驚いた山田は甲高い悲鳴をあげる。

 

 

 

「アァーゥオッ!?」

 

「師匠それマイコーっすよね!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 

 

 外から聞こえる「ムダムダ」の合唱は段々と強まり、更には人数も増加。

 四方から石は投げられながら、お経のようなその合唱だけが不気味に響く。

 

 

「これ逃げないとマズイっすよ!?」

 

「富田 敬さんホラッ! 三億円持って!」

 

「富竹ですッ!! タイガーマスク!?」

 

 

 三人はこの異様な状況に身の危険を感じ、裏口からの逃走を図った。

 

 

 

 

 

 

 

「「ムダムダぁ〜ッ!!」」

 

 

 裏口を固めていたのは数十人の人間。

 雛見沢じぇねれーしょんず、と書かれた旗を掲げ、殺意にも似た憎悪を山田らにぶつける。

 

 

 彼らの存在に慄き、玄関から投げようと振り返るものの、その足さえまた止まる。

 

 

 

 玄関ドアを取り壊した雛じぇね構成員らが、家内に侵入。

 袋の鼠にされた。

 

 

「ちょ、ちょっとちょっと!? なんなんですか!?」

 

 

 アリクイの威嚇をする山田。

 三人、背中合わせに身を寄せ合い、迫る彼らを警戒する。

 

 

「し、師匠に手出しはさせねぇッ!!」

 

「山田さん! ここは僕たちがッ!!」

 

 

 

 彼女を守るように立ち塞がる富竹と圭一だが、さすがに多勢に無勢だ。あれよあれよで取り押さえられ、動きを封じられた。

 

 

「駄目でした……! 我が師匠……ッ!」

 

「富竹ジロウ……不覚ッ……!!」

 

「即落ち二コマかっ!」

 

 

 ツッコむ山田だが、彼女もまた捕らえられてしまう。

 手放してしまったジュラルミンケースもまた、没収された。

 

 

 

 三人が捕まった後、群衆は二つに割れて、何者かに道を譲る。

 その間を大手を振って歩き、山田の前に現れたのは、ジオ・ウエキだった。

 

 

「ジオ・ウエキ……!?」

 

 

 驚く圭一を一瞥した後、ジオ・ウエキは勝ち誇った顔で笑いながら、持っていた扇子の先を山田に向ける。

 

 

「雛見沢じぇねれ〜しょんずの情報網を駆使すれば、あなたが出入りしている空き家なんて速攻で見つけれますわ」

 

「え、私!?」

 

「あなた、作業員たちの前でマジックしたでしょ? んで、そこのガキがどうやら縄抜けマジックで逃げたっぽかったので……あなたの仲間ってすぐに分かりましたわ?」

 

「……しまった。『バケツ』掘った!」

 

「『墓穴』ですわよ」

 

 

 彼女のフィンガースナップに合わせ、構成員らが彼女らを縛り上げて連行する。

 もう手首だけを縛るなんて事はしない。身体をグルグルと結び、逃げ様がないようにした。

 

 

「し、師匠! この状態からでも抜けれる方法はあるんすか!?」

 

「準備なしじゃ無理かなぁ〜……」

 

「くそ……! 力不足か……! ジロウの名が泣いてしまう……!」

 

 

 連行される山田たちを眺めながら、ジオ・ウエキ……間宮 浮恵の笑い声が響く。

 

 

「今夜は、『イート・イット』ですわぁ!!」

 

「『ビート・イット』だろ!」

 

 

 山田が一瞬見た、浮恵の目。

 それは爛々と燃え盛り、理性は薄く……彼女が今まで見て来た「狂人」と同じ目をしていた。

 

 

 

 夕焼けの空になりつつある。

 最後の最後で、浮恵の執念に出し抜かれた訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入江先生ー!」

 

 

 約束通り、沙都子を連れて診療所を訪れた上田。

 ずっと泣いていた沙都子だったが、道中で梨花に慰められ、今は落ち着きを取り戻していた。

 

 だが二日あまり緊張状態のまま過ごしていた彼女。その為、診療所まで運ぶ上田の背中で眠ってしまった。

 落ち着いた、安らかな寝顔だ。

 

 

「やりましたよ入江先生! この私、スーパーウルトラミラクルハイパームテキムゲンコズミックジーニアスの上田次郎・極が、沙都子を救いましたよー!」

 

「長いのです」

 

「鉄平との戦いは実に、白熱しました! 奴は銃を私に向けたのですが、咄嗟に私はこの右手で、銃弾を無効化したのです! それでも奴は抵抗を止めず、戦闘は一時間に渡り」

 

「どんな脳味噌してたらそんな誇張が出来るのです?」

 

 

 開かれた戸から出て来たのは、入江ではなく鷹野だった。

 

 

「……あら? 上田教授?」

 

「たたた鷹野さぁん!?」

 

 

 目からキラキラ星が流れる上田。

 

 

「上田。星、星」

 

「一体どうなされて……沙都子ちゃん? 少し窶れているように見えますが……」

 

「ええ! この話をすると長くなるのですが……そう、あれは、私がニュータイプとなり、沙都子の危機を察した所から始ま」

 

 

 話すつもりの上田の脹脛を蹴飛ばし、口を止めてやる梨花。

 

 

「良いから沙都子を運ぶのです!」

 

「こんにゃろぅ! 暴力系ヒロインは絶滅したと聞いたのにッ!」

 

 

 事情を察知した鷹野はすぐに治療の準備を始めてくれた。

 

 

「診察用のベッドがありますので、そこまでお願い出来ますか?」

 

「はぁい! 鷹野さぁーん!」

 

 

 ルンルンとスキップする上田は、入り口で頭をぶつけた。

 

 

 

 

 

 診察室まで運び、沙都子を寝かしつけてやる。

 穏やかな寝息をスゥスゥと立てていた。そんな彼女のひたいを、梨花は労わるように撫でた。

 

 

「沙都子……二日は虐待されていたハズなのです……」

 

「……そうね。脇腹を強く蹴られたみたいで、痣になっているわ。それに少し痩せている……ご飯もろくに食べてなさそう」

 

 

 鷹野は氷襄を持って来て、痣に当てて冷やしてやる。また脚部に切り傷が出来ていた為、包帯とパッドで止血した。

 

 

「骨が折れているとかは無さそうだし、応急処置で事足りそうね。また先生に詳しく診て貰わないと」

 

「そう言えば、入江先生はどちらに?」

 

「緊急の電話が入って、大急ぎで出ていかれました……詳しく聞く前に行ってしまって」

 

「そっちも大変そうですねぇ……なら帰って来るまで、待っておきますかぁ!」

 

 

 鷹野と一緒だとあり、やけに嬉しそうだ。

 梨花は彼を呆れながら見ていたが、助けてくれた恩人である事は決して忘れず、フフッと笑う。

 

 

「鷹野さんも村外の人で?」

 

「えぇ。入江先生とは縁あって、雇って貰えまして」

 

「あの……不躾なんですが……い、入江先生とは……その、こ、ここここここ」

 

「こ?」

 

「こここここっここ、こここ」

 

「みぃ。汚い鶏になったのです」

 

 

 どもり始める上田にツッコむ梨花。

 

 

「ここここここ……恋仲……だったり?」

 

「私と入江先生が? んふっ!」

 

 

 彼女は吹き出してから、耐え切れず愉快そうに笑う。

 

 

「アハハハ! いえいえ! そんな関係ではありませんよ! 尤も入江先生、研究とメイドと十代前半までの女の子以外に興味がございませんから!」

 

「改めて聞いたらなかなかヤバいのです」

 

 

 とは言え鷹野がフリーだと知り、上田は満面の笑みだ。

 

 

「そ、そうですか!……恋人なし。うひょひょい!」

 

「私の恋人は別の方です!」

 

「うひょひょ…………ひょ?」

 

 

 フリーではなく恋人がいると言う暴露を聞き、上田の笑みが真顔になる。目から溢れていたキラキラ星が、砕けてスターダストになった。

 恋人の件は梨花も知らなかったようだ。

 

 

「鷹野、恋人がいたのですか?」

 

「あっ、言っちゃった! なら、本邦初公開ですわね!」

 

「誰なのです? ボクの知っている人なのです?」

 

「梨花ちゃんは知っているわ。上田先生と同じ名前の人ね!」

 

「……俺と、同じ名前……同じ、名前……ジロウの名を冠する者……!!」

 

 

 何者か悟り、打ち震える上田。梨花もまた合点がいったようで、答えようとした。

 

 

「分かったのです!」

 

「待てッ!? 言うなッ!! 信じたくないッ!!」

 

「富竹なのです!」

 

「正解っ!」

 

「あああああああああああッ!!??」

 

 

 上田の思い人、鷹野三四には富竹ジロウと言う恋人がいた。そんな残酷な事実を知り、ショックから痙攣する。

 

 

「富竹さんが……!? あ、あなたの……!?……ばんなそかな……!?」

 

「彼をご存知でした? カメラマンの富竹ジロウさんです」

 

「……あの男ぉおお……! 助けなきゃ良かった……!!」

 

 

 同志と信じていたのに、盛大に、されど勝手に裏切られたと絶望する上田。

 そんな彼の気持ちなど露知らず、鷹野は甘えた声で梨花に話しかけた。

 

 

 

「ねぇねぇ、梨花ちゃん! 秘密教えたんだし……『祭具殿』、見せてくれる?」

 

 

 祭具殿。彼女から飛び出たワードに、上田は反応した。

 鷹野の頼みに対し、梨花はキッパリと断る。

 

 

「それとこれとは別なのです。あそこは立ち入り禁止なのです」

 

「そんなぁ……ほんのちょっぴり、見たいだけだから!」

 

「駄目なものは駄目なのです。この間、沙都子に怖い話を聞かせた罰も兼ねるのです」

 

 

 二◯一八年、廃墟となった古手神社の祭具殿に入った事が、この不可解な事象の始まりだった。

 あれから一度も訪ねていないが、少し中を見たとは言え気になる。元の時代に帰る鍵が、あそこにあるのだから。

 

 

「祭具殿かぁ! 俺も気になるなぁ。ほんの一時間見せて欲しいなぁ!」

 

「上田には絶対入らせないのです。不浄なのです」

 

「不浄……」

 

 

 恩人でも無理なものは無理らしい。上田は泣きそうな顔になる。

 同じく振られた鷹野も諦めたように溜め息をついて、立ち上がった。

 

 

「沙都子ちゃん、栄養失調の可能性もあるから、点滴の準備しておくわね」

 

 

 廊下に出て行く。

 恋破れたとは言え紳士的に尽くし、「あわよくば」を狙う男もまた後に続く。

 

 

「お手伝いしますよ!」

 

「上田教授……いえいえ、これは私の仕事ですから」

 

「まぁ、そんな事言わずに! この村について、色々と聞きたいですからねぇ!」

 

「村について?」

 

「以前、お話した通り僕はこの村の地質に来ましたが、実は風土にも興味を持っていましてね!」

 

「……風土ですか」

 

 

 彼女はクスクスと笑う。

 その笑みがやけに妖艶で、悪魔的に感じた上田は驚き顔だ。

 

 

「……鷹野さん?」

 

「ふふふ! 失礼しました。丁度、私の専門分野でしたもので!」

 

「専門分野?」

 

 

 笑うのをやめ、歩きながら鷹野は質問する。

 

 

 

 

「『オヤシロ様』の正体……どうお考えですか?」

 

 

 突然質問され、上田は顔を顰める。

 

 

「オヤシロ様の正体?……いえ。思えば、考えた事もなかった」

 

「あらあら……駄目ですわよ? 全国にあるどの宗教、宗派ともルーツを持たない、完全に異質な信仰……これ以上、風土学的にもそそられるテーマはないでしょう?」

 

「んまぁ……言われてみればそうですな?」

 

「では古くから伝わるオヤシロ様の伝承と一緒に、私の考察を一つお聞かせしましょう」

 

 

 そう言って得意げな顔で、オヤシロ様にまつわる伝承を語ってくれた。

 

 

 

 

「遥か昔……鬼ヶ淵沼より鬼が現れ、村人を襲った」

 

「……鬼ヶ淵沼……渓谷の奥にある?」

 

「そう! その沼より現れた鬼を鎮めたのが、オヤシロ様だそうです」

 

「まるで桃太郎みたいですね。難しいな……しかし沼から鬼……この曖昧な言い方が気になりますねぇ。妖怪やらは昔から、何かの災害を擬人化させたものでしたから。過去、沼を原因として村に災厄が起きたとか?」

 

「まぁ! ご明察!」

 

 

 手を叩き、無邪気な表情を見せた。上田の表情も、パッと明るくなる。

 

 

「ならば、恐らく病気。考えられるのは、『天然痘』!」

 

「天然痘ですか?」

 

「天然痘は江戸時代以降、何度か流行を繰り返しており、ここ岐阜県でも起きたとか……『さるぼぼ』ってあるじゃないですか。あれ、なぜ赤いか分かります?」

 

「んー……いえ。てっきりそう言う物かと……」

 

「天然痘を振り撒く悪神は、赤い色が苦手と伝えられていたんです。つまり、さるぼぼは実は、天然痘から子どもを守る為の魔除けだったんですよ。さるぼぼの存在は岐阜での天然痘流行を物語っていたのです! 雛見沢村でも天然痘が流行し、何も知らない村人は『沼から来た』と勘違いしたのでは?」

 

「へぇ……さるぼぼの話は初耳でした……本当に上田教授は素晴らしい方で」

 

「ふっふっふ! ならやって来たオヤシロ様ってのは、医者か何かでしょうな! となると現在のオヤシロ様は入江先生でしょうねぇ!」

 

 

 どうだと、してやったり顔を惜しみなく披露。これには鷹野も舌を巻いた。

 

 

「上田教授のその、病原体説は支持しますわ」

 

「はっはっは! まぁ、この世の超常現象やら伝説やらは、紐解けばなんてこと無いものですよ!」

 

「……でも、私は、病原体ではなく、『寄生虫』だと考えているんです」

 

「え」

 

 

 瞬間、上田の表情が固まる。

 

 

「……え? な、なんですと?」

 

「ですから、寄生虫説ですよ!」

 

 

 途端に上田は彼女から目を逸らして考え込む。

 なぜなら現代でも、「大災害の原因は寄生虫」と、竜宮礼奈が主張していた事だからだ。

 

 

「な、なんでき、寄生虫……!? 竜宮礼奈と同じ事を……!」

 

「どうされました?」

 

 

 しかしなぜ、寄生虫なのか。同時にそんな疑問も湧く。

 

 

「い、いえ! なにも!? なんで寄生虫なのかなーって……」

 

 

 現代のレナが主張していた事柄と何か繋がるかもしれないと、寄生虫説のその由縁を聞いてみた。

 自分の考察を語れる事が嬉しいのか、半ば鷹野は自己陶酔気味な仕草で話を続ける。

 

 

「もし、天然痘やペストと言った病原体だとすると……『鬼』と呼ぶのは些か妙だと。だって鬼って、妖怪の中ではかなり肉感的で、実体化した存在ではありませんか?」

 

「……言われてみれば」

 

「なら、私はこうです。『鬼』は、『凶暴化した村人』」

 

「凶暴化した村人? 一揆かな? 確かにここらは土地が痩せていますし、年貢の厳しい搾取でそう言った事もあるでしょうな」

 

「そうではありません、上田教授……『沼から発生した寄生虫が、人間を狂わしたのです』よ」

 

 

 突拍子のない彼女の主張に、上田は思わず失笑。

 

 

「ふはっ! あり得ませんよ! 人間をまるっと操る寄生虫が、自然界に存在する訳が……」

 

「上田教授。自然界だからこそ、何が起こるか分からないんですよ? 教授の仰った天然痘も……最初はただの、ラクダだけが罹る病気でした。それがいつの間にか、人間にまで感染するウィルスに変貌したのです……ウィルスも寄生虫も生物。生物であるからには、思いがけない進化も起こるハズです」

 

「……は、はは。ま、まぁ、そう言う進化を辿った寄生虫がいたとします……なら、狂わせる意味は? 栄養源は? 脳に寄生するものは大抵、人間をそのまま死に至らしめるかと」

 

「栄養源は血だとして、狂わせる意味としては……雛見沢村から、宿主を離れさせない為?」

 

「なに?」

 

「古来から伝わる、『オヤシロ様の祟り』はご存知ですか?」

 

 

 知ってはいるが、思えば殆ど名前だけだ。

 真っ先に浮かぶものが鬼隠しだが、彼女の口振りでは「鬼隠し以前の祟り」らしい。

 

 

「……いや?」

 

「それは、『村から出た村人に祟りが起こる』なんです」

 

「……なるほど。ババァが余所者に冷たいのは、その鎖国風習が少し残っているからなんですな」

 

「あら、そんな事があったんですか。まぁ、それはそれとして……」

 

 

 鷹野は息をすぅっと小さく吸い込んでから、説明を続ける。

 

 

「寄生虫は、気候や風土の関係上、雛見沢村でしか生存が出来ない。だから離れようとした村人を狂わして、無理やり引き戻そうとした。もし、それで凶暴化した人間が暴れた場合、彼らは『鬼』とされ、それを鎮めたオヤシロ様となると、上田教授の仰った通り、医者になります。現に……明治以前までこの村は、『鬼の住む村』として恐れられていたみたいですよ?」

 

「そんな馬鹿な……寄生していながらも、土地から離れた事を感知する寄生虫? あり得ませんよ!」

 

「ハリガネムシに寄生されたカマキリは、そのハリガネムシによって、水場に誘導させられるそうですよ? それに感知ではなくて、雛見沢を離れたばかりに死に掛けた寄生虫が、何らかのフェロモンを出した……とか?」

 

「まぁ、その方が特性としては妥当ですかね。まとめると、沼から現れた寄生虫が村人を狂わし、その姿が鬼となった……村から出ても狂うので、村自体が鬼の住む村と恐れられた。そしてその寄生虫に効く薬を持っていた医者が、オヤシロ様?」

 

 

 上田からすれば、辻褄が合っていそうで、でもツッコミ所のある説だ。

 第一、村から出れば狂うのに、なぜ村にいながら狂う人間がいたのか。

 第二に、そのような寄生虫がいるとすれば、とっくに研究されていても良いハズ。

 第三に、遥か昔に寄生虫を抑える薬なんかがあるものか。

 

 

 第三については、上田はある集落にて不治の病を治す薬を調合した者を知っているので、あり得なくもない。

 所詮、現代社会で使われている薬と言うのは、自然界の僅か数パーセントの物を調合した程度に過ぎないからだ。

 

 

 

 もしや竜宮礼奈は、彼女の主張を鵜呑みにしたなと、上田は薄々察して来た。

 さっきの梨花の口振りでは、村の子に色々と考察を語って怖がらせているそうなので、ありえなくはない。

 

 思いがけない形で礼奈の言った「寄生虫」の原因を知り、同時に興味も薄れて行った。

 

 

「うーん……面白い考察ですが、やはり寄生虫と言うのはさすがに……」

 

「上田教授にはこれを差し上げます!」

 

 

 立ち寄った部屋から何かを取り出し、彼女は上田に手渡す。

 ラブレターかと過剰な期待を寄せながら受け取ったそれは、スクラップブック。

 

 

「これは?」

 

「さっき言った、寄生虫説の根拠を網羅した本です!」

 

「いや、鷹野さん……やっぱ、寄生虫説は無理が……」

 

「まぁまぁ。語り切れない所も載っていますから、是非是非! 私、こう言った調査が大好きなんです!」

 

「大好き……うひひょう! そ、そうですか。まぁ、生物の進化と言うのは謎が多いですからねぇ! それを解き明かすのも、教授の務めですから!」

 

 

 スクラップブックを 嬉々としてバッグに仕舞った。

 

 

「では、お返しに僕の本でも……」

 

「本を出版されていたんですか?」

 

「ははは! ベストセラーですよ! こないだ、とうとう重版決定し……おう? ないぞう?」

 

 

 さては置いてきてしまったかと、天を仰ぐ。

 

 

「入江先生は遅くなりそうですし……今の内に取って来ますよ!」

 

「良いんですか? 教授の書いた本、気になります!」

 

「ウヒョア! 任せてください! 本当なら一冊千円プラス税の所、タダで差し上げますから!」

 

「プラス税?」

 

 

 上田は駆け出し、意気揚々と診療所を出て行った。

 最初はニコニコとそれを見送っていた鷹野。疲れたように、一気に表情を崩した。

 

 

 

 

 

 

 

「……何も知らないなんて、幸せ者ね」

 

 

 夕焼けになり、ひぐらしが鳴く頃。

 闇に沈む中で彼女はほくそ笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魅音と詩音が辿り着いた場所は、レナの家。

 停まっていた救急車が走り出し、次にはパトカーもやって来ていた。

 

 

 何かあったのか。

 

 家の前に駆け寄った時、大粒の汗を流して玄関から出て来た入江を発見した。

 

 

「監督!?」

 

「……詩音さん? ん? んん?」

 

 

 格好は詩音だが、髪が魅音の為、入江は混乱しているようだ。

 まず着替えてからにするべきだったと魅音は後悔したが、走り寄る彼を前に気を戻した。

 

 

「入れ替わっているんですか……?」

 

「ちょ、ちょっと訳あって……それより、ここレナの家だよね? どうしたの?」

 

「それが……」

 

 

 言い辛そうに顔を顰め、頭の中で言葉を纏めてから話し出す。

 

 

 

「……その、レナさんのお父さんが……バットか何かで頭を、殴られたそうなんです」

 

 

 

 詩音と魅音、そろって愕然とした。

 

 

「え!? 監督、本当なんですか!? レナさんのお父さんが……!?」

 

「強盗!?」

 

「今、警察が見分しているので、まだ犯人とかは……知恵先生が見つけてくれたので良かったですけど」

 

 

 警察から事情聴取を受けている知恵先生が見えた。かなりショックを受けているようで、口元を押さえて震えている。

 彼女を見て詩音はふと思い出した。

 

 

「……そう言えば知恵先生、放課後に家に行くって言ってたから……」

 

「それでもかなり危険な状態でした……応急処置はしたけど、これからどうなるのか……」

 

 

 嫌な予感がして、魅音は話しかけた。

 

 

「……レナは……!?」

 

 

 

 圭一と共に行方不明のレナ。

 もしかして彼女も襲われたのではないかと、不安になる。

 

 

「レナさん? いえ……家に倒れていた、お父さんだけだったそうですけど……」

 

「そ、そうなんだ……本当、こんな時にどこ行ったんだか……」

 

「誘拐された可能性も……」

 

 

 瞬時に顔を蒼褪めさせる二人を見て、失言だったと入江は謝罪した。

 

 

「あくまで憶測ですので! それに警察の人が言うには、家には荒らされた痕跡はないようですし……」

 

「で、でも心配だよ……すぐに園崎の若い衆に探させよう」

 

「オネェ! 私も手伝います!」

 

 

 居ても立っても居られず、二人は踵を返してレナ宅を後にしようとした。

 そんな二人を入江は急いで追いかける。

 

 

「そ、それなら僕の車で行きましょう! 送りますよ!」

 

 

 すぐに双子は入江の車に乗り込み、そのまま屋敷へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中、車ですれ違った上田には気付けなかった。

 彼は鷹野から受け取ったスクラップブックを大事そうに抱えながら歩いていた。

 

 

「寄生虫ねぇ……ふはは! 鷹野さんって、意外と信心深いお方だったんだなぁ!」

 

 

 口では否定しているが、少し信じ込んでいる自分がいる。

 鷹野には、妙なカリスマを感じたからだ。

 

 話した事が嘘だろうが、信じ込ませてしまう魔性があった。

 

 

「どうやらそれを、竜宮レナは信じちゃった感じだろ……へっ! 寄生虫の話は解決だな!」

 

 

 スクラップブックを鞄に入れて保管してから前を見れば、山田が借りている園崎の別宅が視界に入った。

 

 

 

 

 

 扉も窓も全て破壊された、見るも無残な姿となっていた。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 咄嗟に駆け寄り、家に入る。

 畳は土足で荒らされ、冷蔵庫や扇風機、障子が倒されていた。

 なぜか吊り下げ式の電気がちゃぶ台の上に落ちている。

 

 

 一瞬でここで、何か不穏な事が起きたと察知出来るだろう。

 

 

 

「……山田……!?」

 

 

 別宅から出ようとした時、出入口で立ち止まる。

 

 

 三人の男が立っていたからだ。

 チビと、ノッポと、デブ、それぞれ鉄棒、鎌、鍬を持っていた。

 

 

 リーダー格らしい、チビが怒鳴りつける。

 

 

「おめぇも、あの女らの『ナマカ』か!」

 

「……ナマカ?」

 

 

 独特な訛りに眉を寄せていると、続けてチビが怒鳴る。

 

 

「ジオ・ウエキ様が仰っていたんじゃ! お前らは、ダムの関係者と繋がっているってな!」

 

「そうだそうだ!」

 

「ブヒブヒ!」

 

 

 デブが背中にかけていた旗が目に入る。

 ジオ・ウエキの信奉者を表す、「雛見沢じぇねれ〜しょんず」の文字。彼女が何かを吹き込んだのだろうと察する。

 

 

「……山田をどこへやった」

 

「あの貧乳か?」

 

「あの貧乳だ」

 

 

 三人はニヤリと笑う。

 

 

「奴は裁きを受けるんじゃ! ダムの会社と繋がり、ワシらの動向を探りに来た罰じゃ!」

 

「そんなのでっち上げだ!!」

 

「ジオ・ウエキ様が捕まえた『作業員の一人が白状』しとるんじゃ! 言い逃れ出来んぞぉ!!」

 

 

 ジオ・ウエキの正体や、三億円の無事を知らない上田。その話が全く理解出来ずにいた。なぜ、彼女は突然、山田と自分を敵と見なしたのか。

 

 

 

 だがそんな事は関係ない。

 山田を捕まえたのはジオ・ウエキ。それが分かれば十分だ。

 

 

「……山田はどこだ……!」

 

「誰が教えるかい! ジオ・ウエキ様から言い付けられたんじゃ……この家に来る者を倒せとッ!!」

 

「……話す気はないんだな……!!」

 

 

 臆する事なく、彼らの前に立つ。

 彼の戦意に気付き、三人もまた迎撃態勢をとる。

 

 

「ワシらを舐めるんじゃないぞッ!! 我々はジオ・ウエキ様の忠実なる僕……ワシは『サル』ッ!!」

 

「俺は『カッパ』!!」

 

「ぼかぁ、『ブタ』だぁ」

 

「西遊記……?」

 

 

 三人はすぐさま上田を取り囲み、武器を向けた。

 上田はただその中心に立ち、三人を睨み付けるだけ。

 

 

「「「ニンニキニキニキ・ニンニキニキニキ……」」」

 

 

 不気味なお経を唱え、いつ襲い来るか分からない気迫を醸す。

 その中心に立たされてしまった上田だが、三人の構えが素人だと見抜くと、鼻で笑った。

 

 

 

 

「……面白い。掛かって来いッ!!」

 

「ブヒーッ!!」

 

 

 ブタが鍬を振り上げ、上田の背後から叩き付けようとする。

 だが上田は一瞬で空気を読み取り、身を翻して回避した。

 

 

「ウキーッ!!」

 

 

 回避した先で、サルが鉄棒を振り下ろした。

 上田はそれを避けはせず、逆に持ち手を掴んで受け止める。

 

 

「ホワチャーッ!!」

 

「うぎょっ!?」

 

 

 攻撃を受け止められ、動揺を見せたサルに強烈な一撃を浴びせた。彼は目を回し、地面に平伏す。

 

 

 

 

「カッパーッ!!」

 

 

 鎌で斬りつけて来るカッパ。

 サルへの攻撃で動作が止まっていたとは言え、何とか寸前でかわす。振り下ろされた鎌が、肩にかけていた鞄に擦れる。

 

 

「この鞄……高かったんだぁぁぁッ!!」

 

 

 怒りの咆哮を浴びせる。

 それに驚いて隙を見せたカッパの懐に潜り込み、ボディーブロー。そのまま彼は白目剥いて気絶する。

 

 

 

「ブヒーブヒーッ!!」

 

 

 再び攻撃を行うブタだが、上田は気絶したカッパの服を掴んで引き寄せ、旋回。

 ブタの前に仲間(なまか)のカッパが盾にされ、思わず手が止まる。

 

 

「ナマカぁ!?」

 

「はぁーッ!!」

 

 

 その隙にブタへ突撃。

 慄く彼の顔面へ、必殺のストレート。

 

 

「ワチャぁぁあーッ!!!!」

 

「ぶひどぅ!?」

 

 

 背中からぶっ倒れ、目を回して気絶、失神、再起不能。

 上田は一人で三人をやっつけた。

 

 

 

 

「……ハッ!! 通信教育で得た空手、柔道のスキル持ちで……何より田舎の農家が、元グリーンベレーの俺に敵うもんか……」

 

 

 

 呻き声をあげる程度にまだ意識のあるサルへ近付き、胸倉を掴んで握り拳を見せ付ける。

 

 

「山田はどこだッ!!」

 

「ひ、ひぃい!? や、『谷河内』の山の中でしゅうぅぅ!!」

 

「谷河内……確か、雛見沢より山中に入った……」

 

「これで許してくれます!?」

 

「俺は許そう……だがこの拳が許すかなッ!!」

 

「どりふッ!!」

 

 

 サルの鼻面にぶちかましてやり、彼は目を回して気絶。

 場所が判明し、覚悟を決めた上田のする事は一つだ。

 

 

「……待ってろ、山田……!!」

 

 

 谷河内に向け、走り出す。周辺の地理は、完全に覚えていた。

 今の彼にとって向かう所に敵なしだ。




・1982年に「スリラー」を発表し、1983年の四月には「ビート・イット」。この年はまさに、マイケル・ジャクソンの快進撃が止まらない時期だった。

・「富山 敬」は昭和を代表する名声優。タイガーマスクの伊達直人役の他、宇宙戦艦ヤマトの古代、ちびまる子ちゃんの初代おじいちゃん役、銀河英雄伝説の初代ヤン・ウェンリー役等。

・「ニンニキニキニキ」は、「ザ・ドリフターズ」の面々が声を務めた人形劇「飛べ!孫悟空」の主題歌にあるフレーズ。

・「ナマカ」は香取 慎吾主演の、ドラマ版「西遊記」より。なかまを、ナマカを聞き間違え、そのまま最終回まで間違え続けていたエモい言葉。個人的に名作だと思っております。

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