TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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事件後

 通学路を歩く圭一。その表情は、苦悩に満ちていた。

 

 

「あのぉ〜……」

 

「……え!? だ、誰ですか!?」

 

「いやね? ソウゴくん探しているんですけど〜……こう、ノホホ〜ンとした子なんですけどねぇ?」

 

「え、誰……」

 

 

 不審者をやり過ごし、ドギマギしながらまた歩く。

 

 

 昨夜は惨殺死体に出くわしたり、警察に聴取されたり、両親から痛いほどの抱擁を受けたりと散々だった。

 ただ親に「また」迷惑をかけたなと、少し反省した。

 

 

 あんな出来事の後だから学校は休むかと言われたが、圭一は登校すると伝えた。

 どうにも自室で一人抱え込むより、学校に行った方がマシだと考えたからだ。

 

 

 

「…………」

 

 

 胸中にあるのはまず、自分が見てしまった死体の事。その後、あの場にあった二つの死体は間宮姉妹と確定した。

 そしてもう一つは、未だ行方不明となっているレナの事。

 

 

「…………」

 

 

 直感ではあるが、レナはあの場にいたのではないかと圭一は思っている。彼女の身に間違いなく何かあったハズだと、不安になって仕方がない。

 レナの父親は現在、鈍器で頭部を殴られて重体らしい。その事を早く伝えてやりたかった。

 

 

「……どこ行っちまったんだよ」

 

「おいっす」

 

「うおぉ!?」

 

 

 背後から声をかけられ、飛び上がる圭一。

 声の主は、悪戯な笑みを浮かべた魅音だった。

 

 

「み、魅音かよ……心臓に悪りぃなぁ!」

 

「あっはっは! ごめんごめん! 聞いたけど圭ちゃん、大活躍だったみたいじゃーん!」

 

「誰からなんて聞いたんだよ」

 

「富竹さんや山田さん、あととっ捕まえた作業員たち。聞けば、捕まえて縛っていたのに脱出して、山田さんたちと協力したって? 見直しちゃったよおじさーん!」

 

 

 肩をバンバン叩き、賞賛する魅音。

 酷く上機嫌だ。当たり前だろう、三億円は戻るし、ダム計画は凍結確定と吉報だらけだ。

 

 

 

 しかし、それは園崎の一員としての感情。

 部活メンバーとしては圭一と同様、やはりレナが心配のようだ。気丈に振る舞いつつも、どこか不安がっているような憂い目を見せる。

 

 

「……レナはウチの組総動員させて捜索しているから。早ければ今日中に見つかるって」

 

「……本当に悪りぃな」

 

「なんで圭ちゃんが謝るのさ。友達が友達探すのに全力で、悪い事なんてないっしょ」

 

 

 ポケットから何かを取り出し、圭一に差し出す。それを見た彼は目を輝かせる。

 

 

「うぉ、ウォークマン!? お前持ってんのかよ!?」

 

「何か聞いてみるぅ?『西城秀樹』と『マイケル・ジャクソン』あるけど」

 

「そりゃ、絶対マイコーだろ……! 朝からビートイットだぜ……!」

 

 

 カセットテープをウォークマンに入れて、準備をする魅音。

 その過程を眺めていた圭一だが、ふと、ボソリと彼女へ言葉をかける。

 

 

 

「……魅音。『鬼隠し』について、教えてくれよ」

 

 

 彼の質問に、魅音はウォークマンを落とさんばかりに動揺する。

 

 

「………………」

 

「……山田さん、話したの……?」

 

「……………」

 

 

 圭一は、首を振って、山田から言われた訳ではないと否定する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──昨日の話だ。

 富竹にダム現場を調査させ、山田のマジック解説を聞いていた時の事。圭一は唐突に、山田に聞いた。

 

 

「……あの。『鬼隠し』……何か知っているんですか? だったら……教えて欲しいです」

 

 

 とうとう質問されてしまったと、魅音から口止めされていた山田は困り果て、どうするべきか迷いを見せる。

 

 

「え、えっと……私も、あんまし知らないって言いますか」

 

 

 はぐらかし、有耶無耶にしようとはした。

 だが、圭一の次の言葉で考えが変わる。

 

 

 

 

「……俺、この村が大好きなんすよ」

 

 

 目を逸らしていた山田が、圭一の方へ視線を戻した。

 

 

「……魅音やレナが隠しているってのは分かるんです……でも、あいつらの事だ。俺だけ仲間外れにしよう……だとか、そんな事は考えていないって」

 

「……………」

 

「……なら。俺の為に、敢えて隠してくれてんだなって、昨日の夜にレナへ説教しながら……気付いたんです」

 

 

 間違いない気持ちだ。

 自分はここが好きで、みんなが好き。絶対に変わらない。

 だからこそ、みんなの幸せを守る為に、自分は精一杯頑張っているんだろう。

 

 

 語らずとも、彼のその気迫は山田にヒシヒシと伝わる。

 しかし山田としても、約束は約束だ。

 

 

 

 

「……すいません。やっぱり、言えません」

 

 

 驚く圭一。何か言葉を付け加えようとする前に、山田はトランプタワーを作ろうとしながら言葉を被せる。

 

 

「……『私から』は、言えません」

 

「……山田さん?」

 

「それは圭一さんが、魅音さんに聞くべきです。私じゃなくて、圭一さんが友達にです」

 

 

 静かにカードとカードを立てて、合わせて、タワーの土台を作って行く。

 

 

 

 

「皆さんが好きなんですよね。なら、私じゃなくて、友達に聞いた方がより納得するでしょ」

 

 

 山田なりの合理的な考えだ。精神論でもなく、説得でもない、淡々とした論理の帰結だ。

 だが簡素なばかりに、圭一はすんなり受け入れられた。

 

 

「私から言っても良いんですけど……まぁ、約束だしなぁ〜……」

 

「山田さん……」

 

「さっき言った事をありのまま言えば、それでもう解決じゃないですか」

 

 

 二つ目の土台を作りにかかる。

 その間は圭一を一切、一瞥もしない。

 

 

「私はあくまで、旅行者ですから」

 

 

 キッパリ言い放ち、それからはトランプタワー作りに夢中となり、休憩する時以外は圭一に反応しなくなった。

 彼女なりの照れ隠しだろうか。

 だがその言葉が、圭一に、改めて魅音たちへ歩み寄る勇気をくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──その時の自分の言葉を交え、魅音に話してやった。

 彼女は驚きから目を段々と丸くさせ、次には呆れ顔。

 

 

「……余計なお世話だったかな」

 

「でも俺の事を考えてくれたんだろ? ありがとな!」

 

「ばっ……! も、もぉう! 藪からスティックにそう言わないでよ!」

 

「藪からスティック……?」

 

「……圭ちゃんが言うなら……でももう一度聞くよ。本当に、この村を嫌いになったりしない?」

 

 

 圭一はしっかりと、頷いた。

 

 

「意外と心配性なんだな魅音は! 俺は絶対に、この村を嫌ったりするもんか!」

 

 

 満面の彼の笑みに、魅音も思わず、頰を緩める。

 

 

 

 

 

 

 

 圭一の思いを汲み、魅音は鬼隠しについて全てを説明した。

 

 

 一年目の沙都子の両親、二年目の梨花の両親、三年目は沙都子の兄と叔母。

 連続して綿流しの日に起こり、誰かが死に誰かが消える。だが被害に遭うのは、村に反抗的な者だけ。

 

 

 ダム建設を支持した北条家、中立的で北条家を庇った古手家。

 いつしか鬼隠しは「オヤシロ様の祟り」と呼ばれ、村人はそれを恐れて、村に歯向かえないと結束を固めた。

 

 

 以上の話をするのに、魅音はかなりの勇気を使った。圭一に嫌われるのではと不安だったからだ。

 

 

「……三年連続。多分、今年もあるだろうね」

 

「沙都子と、梨花ちゃんの親御さんもだったのか……知らなかった」

 

「圭ちゃんが来た時に、悟史くんの事も含めて話さないでおこうって決めていたんだ……その、ごめんね?」

 

「謝んなって。気を使ってくれた訳だろ?」

 

 

 チラリと圭一の表情を伺う。彼の表情にあるのは、真剣さだけ。彼は村の一員として、この事件を真剣に考えてくれていた。

 

 

「……たはは! 本当に余計なお世話っぽいね」

 

「いや。俺が村に来たばっかの時に聞いたらそりゃ、ビビってたかもしんねぇしさ? 時機が来たって思っといたら良いんだよ」

 

「そっかそっか」

 

「けど……沙都子に関しちゃ親に、兄貴まで……許せねぇな」

 

「…………」

 

 

 聞こうか聞かまいか、躊躇する。

 手の中で遊ばせていたウォークマン。

 カセット挿入部のカバーをパカリと開けて、意を決したように聞いた。

 

 

「……その、さ」

 

「うん?」

 

「……私たち……とか、思ったりした? 鬼隠しの……」

 

「いや」

 

 

 その質問に、圭一は即答だった。

 

 

「信じてるからな」

 

 

 予想外の返答に、魅音の方が面食らう。

 

 

「信じて……?」

 

「……まぁ、なんつーか。信じてるって言葉にしたけど……なーんかさ、『違う』って気がすんだよなぁ……」

 

「……気がする?」

 

「根拠はねぇけど……それに、鬼隠しの犯人が園崎でしたーって、サスペンスにしたってあからさま過ぎるだろ」

 

「…………そんな理由ある?」

 

「直感は大事にする派なんだよ」

 

 

 魅音が彼に隠していたのは、彼から疑いの目を向けられるのが怖かった面もある。

 勿論、彼女は「園崎の持つ情報」を話したかった。

 だが、これ以上は巻き込みたくないとも考えた。一方で、彼なら全てを……とも考えてしまう。

 

 迷っている最中、圭一が魅音のウォークマンを取った事で我に帰る。

 

 

「聴かせてくれんだろ? マイコー」

 

 

 興味津々にウォークマンを触りながら、ぶら下がっていたヘッドフォンを装着する。

 年相応な少年の姿。詩音にさえ黙っている事を、彼に言うべきではないだろう。

 

 

 

 

「あの〜、ソウゴくん知らない?」

 

「うわっ!? 戻って来た!!」

 

 

 帰って来た謎の不審者に、魅音が圭一を守るように立ちはだかる。

 

 

「圭ちゃんから離れないと、三秒後にぶっ飛ばすよ!!」

 

「はは! ゲイツくんもだけど、最近の子は、血の気が凄いなぁ〜……あ、ゲイツくんも見なかった?」

 

「なんで日本でアメリカの社長さん探してんだよ……やべぇよこのおっさん……」

 

「さーんにーぃいーちドーンッ!!」

 

 

 予告通り、魅音は不審者をぶん殴った。

 何か黒いものが宙を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラスが飛んだ。

 羽が抜け落ち、屋根へポトリと落ちる。

 

 

 その羽へ、手を伸ばした。

 思い出したのは上田の薀蓄。カラスは暑さに弱く、夏は空を飛ばない。

 という事は、今日はまだ涼しいのだろうか。

 

 

 

 

「……暑い」

 

 

 羽を拾い、窓を閉めた。

 

 

 レナがいたのは、自分の家だ。

 警察が調査した後の閉鎖された我が家だが、キープアウトのテープを乗り越え、持っていた合鍵で易々と侵入出来た。

 

 

 なぜ家に帰って来たのか、自分にも分からない。

 ただ、父親を問い詰めたかったのかもしれない。持っている血塗れの鉈が、彼女の孤独に誑かしを初めているかのように。

 

 

 レナは知る由もないが、父親は襲われ、警察が現場を検分。その作業も終了した所で、雛じぇねの暴動騒ぎにより、竜宮家から人手がなくなった。

 重ねてジオ・ウエキらの死体が発見された事で、この家から警察は出払ってしまった。

 

 

 運が良かったのはそのタイミングで家に入れた事だろう。

 山道を経由し、誰にも見付からずに帰ってこれた。

 

 

 

 

「……なんで……」

 

 

 レナ目線からすれば、父親はいないし、家は刑事ドラマで見るようなテープで閉鎖中されているしで、明らかな異常事態だと見て取れた。

 自身の父親に何が起きたのか知らないレナは、深い混乱に陥っていた。

 

 

「…………」

 

 

 血だらけの服はそのまま。家に辿り着いた途端に、気絶同然に眠ったからだ。

 

 

「…………」

 

 

 今も心臓が早鐘を打っている。

 手には、あの嫌な感触が残っていた。

 

 

「……ハァッ……! ハァ……ッ!」

 

 

 胃から込み上げて来る、むかむかした物。

 暑さで渇きに渇く喉。

 

 リビングに行き、蛇口を捻る。

 浄水器を経由した水をコップに注いで、一気に飲み込んだ。

 

 

 

 それでも収まらない感情。

 チラリと、後ろへ目を向けた。

 

 

 

 

 

 カーテンに締め切られた窓際にある、丸テーブル。

 覚えている。それは、律子がレナの父親にせがんで買って貰った物。

 

 燃え上がるような胃の中、渇きが侵攻する喉、心臓の鼓動。

 これらの現象は、自分の感情によるものだと、すぐに気が付いた。

 

 

 壁に立てていた、鉈を手に取る。

 刃を向け、一思いに振り上げた。

 

 

 

 叩きつける。

 テーブルは割れ、両断。

 

 胃がむかついている。

 もう一度叩きつける。

 テーブルは木屑を散らす。

 

 喉が渇く。

 また叩きつける。

 勢い余って床を破壊した。

 

 心臓の音が耳の中で止まらない。

 何度も叩きつける。

 もう原形を留めていない。

 

 

 感情が収まった。

 

 目の前には、ズタズタにされたテーブルと床が、広がっている。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 

 その場でペタリと、暗い部屋の中、座り込んだ。

 ぼんやりと、カーテンの隙間から溢れる日光を眺めて、次第に鳴き出す蝉の音を聞く。

 

 

 感情を抑えるなんて、慣れっこだと思っていた。

 ここの所ずっと不安定だ。

 

 

「……どうして……! また、『戻った』みたい……!」

 

 

 

 目の端に、置いていた鷹野のスクラップブック。

 あの状況で見知った人物の名前のある物だったからか、思わず拾ってしまった。

 

 

 

 つい、中を開けて、読んでしまう。

 

 

「……寄生虫……オヤシロ様の祟りの……正体……?」

 

 

 そこにあった内容は、凡そ信じられない物ばかりだ。

 雛見沢村の村民の脳には寄生虫が住み着き、それが人間を操って暴走させる。

 

 

 

「……その様子が、鬼に……!?」

 

 

 脳裏に浮かんだのは、昨夜の律子。

 狂気に陥り、殺人に罪悪感もない、黒く深い目。

 

 レナの知る、「リナ」としての律子は……あれは演技だとしても、あそこまで残虐になれる物なのか。

 明らかにあの狂気は、常軌を逸している。まるで、「鬼」。

 

 

「……間宮律子がおかしくなったのは……もしかして……」

 

 

 脳裏に浮かぶは、逃げる間際に見た律子の死に際。

 ナイフを首に何度も突き立てる、凄惨な光景を。

 

 

 

 

 

 途端、誰かが家の扉を叩いた。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 本を閉じ、思わず息を潜めて気配を消す。

 それでも来訪者は二、三度ほどまた扉を叩き、何か呼び掛けている。誰が来たのだろうかとレナは耳を澄まし、その呼び掛けの声を聞き取った。

 

 

 

 

「すいませ〜ん? あのぉ〜? ソウゴくん探してるんですけど〜?」

 

「…………誰?」

 

 

 家を間違えているのかと思い、居留守を決め込む。声の主は諦めたようで、暫くすると叩く音も声も止んだ。

 

 

 

 

 それを見計らい、レナは家を出る。

 恐る恐る扉から顔を出し、誰もいない事を確認した。

 

 

「……ここにいても仕方ない……圭一くんとかと話せれば……」

 

 

 辺りに気配がない事を察知すると、一思いにレナは飛び出した。

 途端に彼女はハッと気付く。

 

 

「……なんで私……こんな、ビクビクしてるの……?」

 

 

 ずっと頭の中にある、他人への不信感と恐怖。堂々としていれば良いのに、なぜこんなにも外が怖いのか。

 自分が自分でない感覚を漠然と引き摺りながら、レナは勇気を振り絞るように一歩一歩踏み出して行く。

 

 

 目指す先は学校。学校だったらみんなも、山田さんも上田先生もいる。

 まずはみんなと会おう、そしてあの日見た恐ろしい出来事について話そう。その為にレナは、道を走る。

 

 

 

 

 その足を止める存在が現れた。

 

 

「あのぉ〜…………」

 

「え……!?」

 

 

 彼女の前に立ちはだかるのは、二人の男。

 こんな暑い中でスーツに身を包んでおり、田舎の辺境ではあまり見ない格好でもある為異質に見えた。

 

 その内の一人である、ボサボサ顔と髭面の小汚い男が筆頭で話しかけた。

 

 

「ちょっとねぇ、聞きたい事があるんですよぉ」

 

 

 次に話しかけて来たのは、金髪の少し間抜けそうな顔の男。

 

 

「ほうじゃ嬢ちゃん! 話させて欲しいけぇのぉ!」

 

「…………」

 

 

 およそ見たことの無い人たち。思わずレナは尋ねる。

 

 

「お、おじさんたちは……誰?」

 

 

 二人は徐に、懐から何かを取り出して見せ付けた。

 それを見たレナの心臓が跳ね、凍り付く。

 

 

 

 

 

「僕たちねぇ、『警察官』なんですよぉ」

 

 

 

 捕まる。

 不意にそう思った途端、彼女の胸中は恐怖に侵食された。

 

 

 

 

 いや冷静になれ、竜宮レナ。自分は何もやっていない。

 必死に嫌な想像を振り払い、勇気を持ってレナはまた質問をした。

 

 

「な……何か、あったんですか……?」

 

 

 小汚い方は少し、説明が難しいと言いたそうに頭を掻く。

 

 

「あ、いや。僕たち警察ですけど、お仕事中って訳じゃなくてねぇ? 人探ししてるんですぅ」

 

「ほうじゃ嬢ちゃん! こう……なんじゃろうな!? 髪の毛がこう……何て言えば良いかのぉ!?」

 

「ええと……髪の毛が偽物っぽいおじさん見ませんでした?」

 

「直球ぅーーッ!!」

 

 

 目的は自分ではないのかと安心してから、レナは見てないと首を振る。

 

 

「そっかぁ〜……あ。ごめんねぇ? 急いでた? じゃあ、僕たちはこれで〜」

 

「兄ィーーッ!! ワシの兄ィーーッ!! どこ行ったんじゃーーっ!!」

 

 

 あっさり男たちはその場を去ろうとする。

 何だか個性的な二人組で驚いたものの、レナは手を振って見送ってあげた。

 

 

 

 二人は背を向けて歩き出す。

 その時同じスーツ姿の男がもう一人、走ってやって来た。

 

 

「どこにもいないではないかッ! てかあっっつッ!!」

 

 

 先の二人よりも綺麗な身なりをした、傲慢そうな顔付きの男だ。

 彼はその二人を見つけるとすぐに駆け寄り話しかけた。

 

 

「おい! どうだった!?」

 

「いやぁ……なかなか見つからないっスね〜」

 

「そこの嬢ちゃんに聞いたんじゃがのぅ! 見てないようじゃけぇ!」

 

 

 金髪が指差した先を見据え、その傲慢そうな男もレナを確認する。

 おずおずと、思わずレナは会釈した。

 

 

「誰だねあの子は?」

 

「第一村人さんです〜」

 

「馬鹿モンッ! こう言う時はまず名前を聞くもんだろッ!!」

 

「いや別に職務質問じゃないんですし……」

 

「君! 名前を言いたまえ!」

 

 

 唐突に名前を聞かれたので、ついつい焦ってしまう。

 早く三人に去って欲しいと思っていたレナは、とっとと自分の名を言ってしまおうと決めた。

 

 

「……りゅ、竜宮レナです……」

 

「竜宮レナだな!………………な、なに?」

 

 

 彼女の名前を聞いた途端、男の顔は訝しむものに変化する。それをレナは聞き逃したからだと解釈し、もう一度だけ名乗った。

 

 

「で、ですから、竜宮レナです」

 

「………………」

 

 

 唖然とした様子で彼はギョロギョロとレナを見やる。

 態度が変容した彼を不気味に思っているのはレナだけではなく、仲間である二人の男もそうらしい。

 

 

「どうしましたかぁ〜?」

 

「キクちゃんなんか気持ち悪いのぉ!」

 

 

 不気味がる隣の二人を無視し、男は一度背を向けて、持っていたタブレット端末を開いた。

 そしてそこに書かれてある資料を読む。

 

 

 

『営林署爆破事件 犯人の名前……竜宮礼奈』

 

 

 

 男は確認を済まし、確信を得た途端、顔をバッと上げて鬼気迫る表情で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「追えーーーーッ!!!!」

 

「!?!?」

 

 

 突然の追跡命令に混乱する二人。だがその二人よりも混乱しているのは、いきなり「追え」と突き付けられたレナだろう。

 

 

 

 

 刹那、彼女は思った。

 もしかして律子殺しの犯人だと思われているのでは。

 いや最初に浮恵が殺されたが、もしやそれも自分のせいになっているのでは。

 

 

 いや。もしかすれば、バレているのではないか。「自分が真相を知ってしまったから」。

 そうだ。誰も彼もが、信じ様がないんだ。

 

 

 

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…………こんなの嘘だ。

 この三人は私を捕まえに来たんだ。こんな都合良く警察が村を彷徨くハズなんかなかったんだ。

 

 

 思わず後退りし、気付けば、バッと身を翻して逃走を図っていた。

 目の前で逃げられて素っ頓狂な顔の二人。

 

 

「え? あれれぇ? な、なんで逃げるのかなぁ〜?」

 

「なんでキクちゃん追わないかんのかのぉ?」

 

 

 ただ唯一、命令した男だけは明確な敵意を向けてレナを追跡し始めていた。

 

 

「警察を見て逃げたんだから間違いないッ!! 諸君ッ!! 追えぇぇぇぇーッ!!」

 

「お、追うんですかぁ〜?」

 

 

 エリート風の男が命令を飛ばし、一斉に三人はレナを追い始める。

 レナはレナとて、振り返れば追って来ている刑事らを見て確信した。自分は何か良くない事を知ってしまったのではないかと。

 

 

「はっ、は……ッ!……はッ、はっ……!!」

 

 

 一目散に逃げるレナ。その後ろを刑事たちは口々に喚きながら追い続ける。

 

 

「ま、待てぇ〜い! 御用だぁ〜!」

 

「兄ィ! 一緒に追ってくれい! チェイサー! マッハ!」

 

「あーーッ!? フェラガモで犬の糞踏んだーーッ!?」

 

 

 命令を飛ばした男がそう叫んで立ち止まり、そのまま路上に転がっていた。

 それでもまだ二人の男が追って来ている。

 

 

 しかし土地勘は圧倒的に彼女の方がある。森の中に入ったり、足場の悪い細道を抜けたりと二人を翻弄。

 

 

「メルトリリスは欲しかったぁぁぁ!!」

 

 

 一人が坂道で転び、そのままゴロゴロ転がって行って離脱した。

 残り一人。ヤクザのような刑事だけだ。

 

 

「アキちゃんとキクちゃんの仇は取るからのぉ!」

 

 

 この男がしつこく欽ちゃん走りで追ってくる。

 錯乱しながらもレナは咄嗟に、傍らにあった石垣をよじ登り始めた。

 

 

「身軽じゃのぉ! じゃが、公安のニンジャ言われたワシにはなんて事ないけぇ!」

 

 

 刑事も石垣をよじ登るものの、先に登り切ったレナが上からバケツを落とす。

 

 

「こないでッ!!」

 

「バケツぅ!? グワーッ!!」

 

 

 それは上手く彼の頭に嵌り、視界を失ったばかりに石を掴み損ね落っこちた。

 

 

「サヨナラーッ!!」

 

 

 追っ手は全て撒いた。

 だが安心は出来ない、相手は子どもではなく大人。すぐに追い付いて来る。

 

 

 

 

「あの、ソウゴくん」

 

「知らないッ!!」

 

「ツクヨミちゃあん!!」

 

 

 途中で知らないおじさんを突き飛ばし、結局は自分の家に舞い戻って来てしまった。

 即座に玄関から入り、鍵を閉め、扉を背にしながらずり落ちて息を整える。

 

 

「ふぅ……! ふぅ……!!」

 

 

 自分は既に手配されている。

 捕まってしまったらどうなるのか。

 正当防衛は認められず、浮恵の殺害まで自分のせいにされ、もうみんなにも会えないのではないか。

 或いは知ってしまった寄生虫の話を忘れるまで監禁されるのではないか。

 そんな絶望が過ってしまえばもう止められなかった。

 

 

 今でも手に、律子を刺して、殴った感触が残っている。

 それが彼女の中で並んで、「おまえは罪人だ」と囁く。

 

 

「ふぅ……はぁ……はぁ……!?」

 

 

 手に残った感触が、もっと過去へ遡った。

 握った金属バットと、鈍い衝撃。

 それが彼女の耳元で喚く。割れたガラスと、悲鳴となって。

 

 

「……ッ!? ひ、ヒィ!?」

 

 

 玄関から離れて、再びリビングに。

 結局、ここに戻ってしまった。

 

 眼前には鉈と、破壊されたテーブル。

 脱ぎ捨てた、血だらけのワンピース。

 付箋の多い鷹野三四のスクラップ帳。

 

 

 進みたかった自分は、怯えて逃げ帰った。

 なんて馬鹿らしい、なんて体たらく、なんて小心者。

 

 

「………………」

 

 

 今更になって気付いた。

 父親は、どこにいるんだ。

 

 

「………………」

 

 

 そう言えばあの時、父親は二階に律子がいると言っていた。

 

 

 閉鎖された我が家、律子の凶暴化、いなくなった父。

 もしかして父は、律子に殺されたのではと、思い至る。

 

 

「…………嘘」

 

 

 いや、間違いない。なら警察が調査したこの跡はなんだ。

 そう言えば律子の持っていた鉈は、家の物だった。

 それを持って徘徊していた律子。

 

 

 父親は既に、この世にいないのでは。

 

 

 

 彼女はとうとう、守りたかった父を見殺しにした。

 殺人鬼、殺人鬼、殺人鬼、殺人鬼。

 

 

 

 

「なんで……なんで……?」

 

 

 父親に縋り付いていた律子が、なぜ唐突に彼を殺したのか。

 それは停留所で見せたあの、凶暴化が起きたからだろうか。

 

 なぜか。なぜだ。

 

 

 

 無意識に、鷹野のスクラップブックに、手が伸びていた。

 ここに全ての答えがあるような気がして。


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