TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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大宴会

 空は暗がりに染まり始めた頃。

 上田と山田は屋敷内に通され、宴会場へと案内されていた。

 

 

『本日煙草厳禁』

 

「ほん、にち……ケムリクサ……いつく、きん?」

 

 

 貼り出されていた注意書きを読み間違える山田。

 そのまま奥座敷へ通される。

 

 

 

 襖を開くと、座布団に座って並んだ怖い顔の人たちが、一斉にこっちを向く。山田がぼそりと上田に耳打ちした。

 

 

「……ヤバイ意味の宴会ですかね?」

 

「ヒェっ」

 

 

 客人の存在に気付くと、奥にいた茜がスッと手を挙げた。

 

 

 

 

「……話はここまでにしようかね」

 

 

 即座に控えていた使用人たちがテーブルを用意し、畳と座布団だけだった広間は一瞬で宴会場に早変わり。座ったままの者たちは一切動いておらず、そのままテーブルの前に着く形となった。

 とんでもない連携プレイに、山田はただただ驚くばかりだ。

 

 

「園崎すげぇ」

 

「……あの女の方、見覚えが……」

 

「頭首さんの娘さんで、魅音さんと詩音さんのお母さんですよ」

 

「そうだ。確か俺も、屋敷で会ったっけな……良いブローだった」

 

 

 黒服に促され、二人は空いた席に座らされる。

 良く良く見渡してみれば、集会に来ている者の中には堅気っぽい人もいた。

 

 

「私たち以外にも……普通の人がいますね」

 

「ウチが抱えている議員や弁護士ですよ」

 

「おぉ!?」

 

 

 いつの間に後ろに立っていた葛西。胸ポケットには、相変わらずひっきーのストラップがぶら下がっている。

 不意打ちで飛び上がる二人を見て、彼は頭を下げた。

 

 

「失礼しました……上田先生。前は色々と申し訳ありませんでした」

 

「い、いえいえ……まぁ、上手い具合に丸く収まりましたし、恨みっこ無しですよぉ!」

 

「なんかしてたんですか上田さん?」

 

「んまぁ、色々となぁ」

 

 

 続いて二人の前に料理や酒が置かれる。

 酒の肴が入った、こじんまりとした三種盛り。勿論、箸も綺麗に揃えられて置かれた。

 

 用意が全員に行き届くと、茜の隣に座った葛西が仕切る。

 

 

「遠路遥々おこしくださって、感謝申し上げます。慰安として、専属の料理人に造らせた刺身と、各地から取り寄せた名酒を振る舞わせていただきます。是非、堪能していかれてください」

 

 

 刺身と聞いて、がめつい山田の目の色が変わる。

 

 

「やっぱ園崎さん最高っすね!」

 

「ヨダレ拭け」

 

「て言うか、魅音さんがいないですね」

 

「次期頭首といっても、まだ中学生だろ。それにこう言う事務的な話には、経理に精通した担当者が相手した方が良い。無闇にトップが知識もないのにあれこれ指示すれば、かえって不満を呼ぶ」

 

「あ、言ってたら来ましたよ」

 

 

 山田が指差した先、魅音が襖を開いた先から現れた。

 綺麗な着物に身を包み、客人に挨拶している。面白い事にまだ中学生の彼女へ、大人たちは恭しくお辞儀をしていた。既に次期頭首として全員に認知されているようだ。

 

 

「学校ではお転婆娘と思っていたが……こう見ると、なかなか礼節あって様になっているじゃないか」

 

「鬼婆さんに叩き込まれていますからねぇ」

 

 横から声がかかる。山田の隣に座ったのは詩音だ。

 

 

「あ、詩音さん」

 

「あの人ったら、やっぱり村外の人ばっかの会議には出てこないかぁ。村を開くって言う割に、やっぱ根っこは変わらないんですかねぇ〜」

 

 

 この場にいない現頭首に皮肉を溢す。

 

 

「まぁ……鬼婆の悪いところまでオネェは染まっていないですし、園崎はこの先も安泰ですかね」

 

「園崎魅音には色々と助けられたからなぁ。改めてお礼がしたい」

 

「オネェも上田先生にお礼したいって言っていましたよ。沙都子の件は私も感謝しています」

 

 

 沙都子の件だの、山田にとっては全く知らない話題が入る。

 

 

「車の中でも言ってましたね。沙都子さんがどうかしたんですか上田さん?」

 

「屑の叔父に引き取られかけてな。俺がビシッと言って追い返したんだよ!」

 

「どうせ股間見せたんだろ」

 

「おう!?」

 

 

 この場にいる人間は弁護士や議員とあって、育ちが良い。手を合わせてから食事に移る。

 育ちの良さと言う点では上田も負けておらず、手を合わして目の前の食材に感謝をする。

 

 

「この世の全ての食材に感謝を込め」

 

「ひょいぱく」

 

「手を合わせろッ!……なんで俺のを食べる!?」

 

「そっちの方が美味そうだったんで……あんま変わんないなぁ」

 

「このやろぉ……祟られろッ!」

 

「これも食って良いですか?」

 

「あ!? こいつ、俺の三種盛りも食ってやがる!?」

 

 

 バタバタと二人が攻防を繰り広げている最中に、魅音が上田の隣に座る。

 顔が同じ人間に上田と山田は挟まれ、少々異様にも思えた。

 

 

「おまたせ〜。ちょっとゴタゴタしてて」

 

「いえ、構いませんよ。お料理いただけるんですし、文句ありません」

 

「しかしこんな、行政や法律の専門家を集めてどうしたんだ?」

 

 

 上田の質問を受けて「そんなの当たり前でしょ?」と言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

 

「ここに集まった人たちと協力して、ダムの凍結を迫るんだ。ついでに……賠償金も!」

 

「天下の園崎ですもの。怒らせたらどうなるのか示すんですよねぇ」

 

「そうそうそうそう! ふふふ……今に見てなよ、犬養建設大臣!」

 

 

 魅音と詩音は、悪い笑みを浮かべた。

 

 

 凍結や賠償金と言った園崎の訴えは妥当だろう。

 ダム建設の関係者が強盗、殺人、共謀、犯罪教唆、ありったけの犯罪を犯したのだから、選出した政府にも責任はある。

 実際、上田が工事現場を見に行くと、作業員らは完全に引き払っていた。向こうも事件を受けて諦めたのだろう。

 

 

「それでも……大功労者は山田さんに上田先生なんだから! あ。上田先生、お酌させて」

 

「いやいや! そんな、次期頭首にさせる訳にはいかない!」

 

「そうさ魅音。少しは自覚持ちな」

 

 

 魅音が手に取った徳利を横取りし、代わりに上田にお酌をしたのは茜だった。

 

 

「あ、お母さん……」

 

「あんたが良くても、他に示しがつかないだろ……失礼したね」

 

「こここ、これはこれは……!」

 

 

 一度彼女に殴られ、のめされた上田は分かりやすく動揺しながらお猪口を両手で待つ。

 

 

「昨日は本当に申し訳ない。けどウチにもウチの立場があるんで、許して貰えないかい先生?」

 

「はははは、はいはい! ま、まぁ、鍛えてますんで! あのくらい大した事ないですよぉ!」

 

「キョドってんなぁ天然モッコリ学者」

 

「天才物理くんだッ!!」

 

 

 山田のお猪口には、隣にいた詩音がお酌をしてやる。

 

 

「さぁさぁ、山田さんもどうぞ」

 

 

 詩音に並々と注がれてから、山田はゆっくりと酒を飲む。

 

 

「……おっ。これはこれはまた上等なお酒で……」

 

「味が分かるのかい?」

 

「なんか高いお酒ですよね。分かりますよ」

 

 

 分かっていない山田に対し、お酒を飲んで味を確認してから、上田は鼻で笑った。

 

 

「ハッ! 貧乏舌め! これは獺祭ですよね?」

 

「先生、こいつは『梵』だよ。獺祭は知らない酒だねぇ」

 

「…………」

 

 

 上田が酒の種類を外したと知ると、山田は水を得た魚のように煽り出す。

 

 

「ハッ! ざまーみろ味覚音痴!」

 

「歩いている時に後ろから踵踏みまくってやる……」

 

「お前陰湿だな」

 

 

 談笑している内に、満を辞して刺身がやって来た。

 マグロ、カンパチ、イカ、タコと、色とりどりのお造りだ。山田の目が輝く。

 

 

「うひょひょ! 待ってましたぁ!」

 

「見事なお造りだ! 帝国ホテルで食べた物と同レベルかぁ?」

 

「このイサキ美味しいですよ!」

 

「凄い事言ってやる山田。それはイカだ。スプラトゥーン!」

 

「プラトーン?」

 

 

 それからは料理に舌鼓を打ち、酒を飲み、会話を交わし、いつの間にか一時間が経過する。

 最初こそ厳かな雰囲気にあった宴会だが、参加者の酒が進み、酔いが回ると、一気に無礼講で朗らかな空気感となっていた。

 

 

 その証拠に、すっかりベロベロの上田が葛西と肩を組んで飲んでいた。

 

 

「上田先生聞きましたよ! 単身で立ち向かい、群れなす敵を一掃したと!」

 

「アッハッハッハッ!! あんな奴ら、どうって事無かったですよ葛西さん! ベストを尽くせば、無敵になれるッ!」

 

「どうですか上田先生? その武勇伝を含め、村の事を世間に紹介してくださったりは!?」

 

「良いですともッ! そうだなぁ……タイトルは、『U.S.A C'mon baby ヒナミザワ』!」

 

「USAの意味は一体?」

 

Ueda(ウエダ)Sonozaki(ソノザキ)All yeah(オール イエーイ)ッ!」

 

「最高ですよ上田先生!!」

 

 

 出来上がった上田らを、山田は遠くの方より呆れながら眺めていた。

 

 

「なんだよそりゃ……」

 

 

 園崎家の中とあり、不安だったのだろう。とっとと酔い潰れてしまいたかったのか。

 あまり酒が好きではなく、ちょびちょびと飲んでいた山田はまだ余裕があった。元より飲むより食べる方が好きなので、どんどんと刺身を頬張る。

 

 

「おきょきょきょ……みんな酒ばっかだから実質食べ放題だな。お次はハマチ〜」

 

「山田さんったら、それブリですよ?」

 

 

 魅音は酔っぱらった茜に絡まれており、残った山田と詩音で自然と会話をする流れになった。

 

 

「上田先生も楽しんでいらっしゃるようで、良かったです」

 

「ゴチになります! これだけでも三億円取り返した甲斐ありでしたよぉ!」

 

「それにしても葛西ったら……監督からお酒は控えるように言われていたのに」

 

「肝臓潰したらお終いですからねぇ〜……おしまいになる。お、しまいになる……んふふ。懐かしいな」

 

 

 刺身を食べながら、ふと詩音を一瞥する。

 どこか苦しんでいるような、辛そうなような、とにかく思い詰めたような表情をしていた。

 

 

「体調悪いんですか?」

 

「……いえ。そうではないのですが……」

 

「ふぅん」

 

 

 本人が言うなら大丈夫なんだろうと、山田は気にせずに刺身を食べる。奥で仲良くなった弁護士らとダサカッコいいダンスを踊る上田を見ていた時、隣にいた詩音に呼ばれた。

 

 

「……山田さん。少し、良いですか?」

 

「ん? 私?」

 

「廊下に出ましょう」

 

「え? あ、待ってください。この大トロだけ……」

 

「……それ鯛です」

 

 

 詩音に連れられ、広間を出て行く山田。

 その様子を、魅音は確認していた。

 

 

「昔は葛西と他の組のシマに突入してねぇ……その時の暴れっぷりから、『園崎茜は悪魔と相乗りした』って伝説になったモンだよ。あたしはそれを、『ビギンズナイト』って呼んで……」

 

「あ……あの、ごめんね、お母さん。ちょっとお手洗いに……」

 

「なんだい。話はこれからだってのに……」

 

 

 茜の絡み酒から逃避し、魅音も二人の後を追って広間を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は廊下を進み、詩音の案内で別室へ。

 部屋に入った折、視界に飛び込んで来た物に山田は驚きの声をあげた。

 

 

 

 

「ウヌャニュぺェィギュゥリュ星人っ!? 雛見沢に来とったんかワレェ!?」

 

 

 床の間に置いてある不気味な、ミイラっぽい小さな人間の置き物。

 なり損ないのプレデターじみた風貌はそのままだが、雛人形のような着物を着て、ひたいからツノを二本生やしているところが相違点だ。

 

 

「え? 山田さん、今なんて?」

 

「ウヌャニュぺェィギュゥリュ星人!」

 

「はい?」

 

「ウヌャニュぺェィギュゥリュ星人!!」

 

「……聞いても分からない……えっと、これの事ですよね?」

 

 

 詩音は例の小人を抱きかかえて紹介した。

 

 

「ウチの魔除けとして置いている、小鬼人形です」

 

「ウヌャニュぺェィギュゥリュ星人!!」

 

「それ、良く噛まずに言えますね……」

 

「ウヌャニュぺェィ」

 

「ビィークワイエッ!!」

 

 

 

 

 気を取り直して、山田と詩音は向かい合って座る。

 山田は友達との再会を喜び、魔除け小鬼と握手していた。

 

 

「……それで、話って何ですか?」

 

 

 魔除け小鬼を膝に乗せつつ、山田は質問する。

 詩音は神妙な顔つきで、本題を切り出した。

 

 

「……あの。ジオ・ウエキは、鬼隠しについて何か言っていたりしませんか?」

 

 

 彼女の発言を思い返してみるも、関連した事は一度も言っていなかったなと山田は想起する。

 

 

「一言も言っていませんでした……と言っても、彼女が鬼隠しの犯人とは思えないんですよね。今回の一連の事件は彼女らの欲が動機でしたけど、この三年間の鬼隠しはジオ・ウエキにメリットはありませんし」

 

「……鬼隠しの」

 

「え?」

 

「鬼隠しの意義って、何だと思います?」

 

 

 その質問に対して、山田は口籠る。小鬼の手を自分のひたいに付けて、知恵を借りようともしていた。

 

 

「ずっと考えていたんですけど……一年目はダム賛成派だった、沙都子さんの両親。聞いた所によると、旅行先で崖から転落されたとか」

 

「……はい」

 

「これは見方によれば、不幸な事故ですよね」

 

 

 あっさり答えた彼女に詩音は少し驚いたものの、ある程度自身も思っていた事のようで、納得したように頷いた。

 

 

「……確かに。崖から落ちたと言うのは……当時一緒にいた沙都子本人の話です。突き落とされた訳ではなさそう……ですけど」

 

「なら、そうなんですよ、やっぱり。ダム賛成派だった事と、その日が綿流しだった事で拗れていますけど、事故なんですよ」

 

「…………」

 

「その日に死んだ為に、村では『祟りだ』と噂が広まった。ただの事故死が、超常現象の類だと信じられてしまっただけなんです」

 

「……二年目は? その、二年連続で偶然が重なるのは少し考え難いのですが……」

 

 

 梨花の両親の事件だ。父親は心不全で倒れ、母親は行方不明に。

 また上田が富竹から聞いた話によれば、夫の死を祟りだと思い込んだ梨花の母は、鬼ヶ淵沼に身を投げたらしい。

 

 

「梨花さんのお父さんが亡くなった時の状況とかは?」

 

「奉納演舞の後に、村の人々と打ち上げをしていた最中らしいです」

 

「毒を飲まされたのでは?」

 

「監督の話によると……そう言った類のものはお酒からも、また遺体の体内からも検出されたなかったそうで……」

 

「でも正直言いますと、梨花さんの両親を殺害する動機が薄過ぎる気がするんですよね」

 

 

 山田は顔を顰め、考えながら話を続ける。

 

 

「中立派って事は別に、味方でもなければ敵でもない……日和見主義と言えばそうですけど、第一に介入すらしていない人を二人も殺す意味が無いです。そうだとしてもかなり神経質過ぎます……ダム凍結の為に議員や弁護士を抱えていた園崎家がやる意味はありませんよね」

 

「ではなぜ……」

 

「んー……なんで? ウヌャニュぺェィギュゥリュ鬼人」

 

 

 鬼人とオデコをオデコを接触させる山田。そんな事しても天啓はやって来ない。

 仕方なく山田はこの件を保留する事に決めた。

 

 

「二年目はまだ、考えなければいけませんね……でももし反対派の人間が行うにしても、彼らだってオヤシロ様は信じているんですから、古手さんを殺害するのはかなりリスキーかと……だって、オヤシロ様を祀っている神社の神主さんですよ? 殺したら自分が祟られるなって思うハズですし、もしかしたら二年目は村の人間であればあるほど不可能かもしれませんね」

 

「村外の人って事ですか……!?」

 

「それは分かりません。個人的な恨みとかもありますからね……」

 

 

 次に話す事は、三年目だ。

 

 

「三年目は、沙都子さんの叔母とお兄さんでしたっけ?」

 

「…………」

 

「……詩音さん?」

 

 

 ハッと、彼女は顔を上がる。

 

 

「あ……すみません……えと、続けてください」

 

「はぁ……えぇと。叔母さんが撲殺されて、お兄さんが行方不明なんでしたっけ」

 

「はい」

 

「これは意義も全て、一番簡単でしたね」

 

「……え?」

 

 

 一年目、二年目の話の時と比べ、山田の表情には余裕があった。

 詩音は希望をかけて彼女の言葉を待った……が、次の瞬間、凄まじい失望を受ける事となる。

 

 

 

 

 

「お兄さんが叔母さんを殺して、高飛びしたんですよ」

 

 

 

 一瞬、彼女の言葉を受け付けられなかった。

 ぼんやりしている内に、山田は続ける。

 

 

「三年目の意義は、虐待する叔母への恨みですね。これは薄々、分かっていまし」

 

「悟史くんがそんな事するハズないじゃないですかッ!!」

 

 

 気付けば詩音はテーブルを叩きつけ、怒鳴っていた。

 

 

「ほおっ!?」

 

 

 山田は鬼人を盾にする。

 

 

 いつものお淑やかな彼女とは別人のようだ。

 怯む山田の眼前には、鬼のような形相の詩音が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当なの?」

 

 

 梨花は窓辺から月を眺めていた。

 この暗い部屋には彼女の他、既に寝静まった沙都子だけがいる。他に喋れる相手などどこにもいない。

 

 

「……あんたの姿が見られた?……山田に?」

 

 

 しかし梨花はあたかもそこに誰かがいるかのように、独りで喋っていた。それもいつもの天真爛漫とした喋り方ではなく、鋭利で冷たい歳不相応の大人びた口調だった。

 

 

「……姿は現していないのよね?……じゃあやっぱり、向こうから見えたって事……?」

 

 

 夜風がカーテンを捲り、月光が室内に溢れる。暗闇の中にあった寝室は一瞬、淡い光に照らされた。

 風が撫でた髪をそのままに、梨花は考え込むように俯いた。

 

 

「……彼女たちが未来から来た理由かもしれない」

 

 

 月光照る部屋の中へと目を向ける。

 

 

「……園崎屋敷で宴会があるって、魅音が言っていたわね?……多分、山田たちはそこかしら」

 

 

 そして梨花は怒ったように顔を顰めた。

 

 

「つべこべ言わない。早い内に確認はしておいた方が良いじゃない」

 

 

 風が止み、カーテンがまた萎んで月明かりを遮る。

 室内が暗闇に戻る刹那、眠る沙都子のそばに立つ誰かの足を、月光が一瞬照らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の豹変に、山田は友達の鬼人ミイラを盾にするしかなかった。そんな彼女を、詩音は容赦なく責め立てる。

 

 

「確かに悟史くんは叔母に虐げられていましたけどねぇ!? 誰よりも優しい人なんですッ!! 事件当時、みんな悟史くんを疑っていましたよ! 今の山田さんみたいにッ!?」

 

「す、ステイステイ、ステイナイト……」

 

「でも彼じゃないんですッ! 悟史くんは沙都子を大切に思っていた……沙都子を置いてどこか行くような人じゃないッ!! 何も知らない人が、勝手に悟史くんを──」

 

 

 激昂し、興奮状態の詩音。どう宥めの言葉をかけるべきか思い付かず、山田はパニックに陥っていた。

 今にも掴みかかって来そうな剣幕の詩音を止めたのは、二人を追っていた魅音だった。

 

 

「詩音!」

 

 

 襖を開き、魅音は部屋に入る。

 自分の姉が不意にやって来たとあって、詩音の頭は冷えた。

 

 

「……オネェ?」

 

「魅音さん……? ど、どうしてここが……」

 

「二人が出て行くの見たからね。邪魔するつもりはなかったんだけど……」

 

 

 後ろ手に襖を閉め、魅音は詩音の隣に立つ。

 

 

「詩音、落ち着こう?……部屋の外で聞いていたよ……山田さんは知らなかっただけなんだからさ」

 

「……盗み聞きなんて、オネェも趣味が悪いね」

 

「安心して。ここでの事は他言しないから……だからほら、冷静になって」

 

 

 姉に諭され、詩音は下唇を悔しげに噛みながら俯き、やっと座る。

 他人なのに、まるで自分の事のように捉えている辺り、彼女にとって悟史とはどう言う存在なのか山田でも窺い知れた。申し訳なくなり、頭を下げて謝罪する。

 

 

「あ、あのぉ……すみません。悟史さんと言う方を知らずに、犯人扱いして」

 

「山田さんは山田さんなりに考えてくれたんだよね……と言うか、なんでそれ持ってんの? 私の子どもの時のトラウマじゃん」

 

「ウヌャニュぺェィギュゥリュ鬼人!」

 

「……はい?」

 

 

 魅音が詩音のお目付けを兼ねて隣に座る。同時に鬼隠しについて、園崎の立場を知っているであろう彼女を交えて話は続けられた。

 

 

「……去年の事件はね、実は……犯人は分かっているの」

 

「え? そうなんですか?」

 

「と言っても……これが良く分からなくて……それに、ね? 色々と不可解って言うか……」

 

 

 言い淀む魅音に代わり、毅然とした態度で詩音が話す。

 落ち着きは取り戻せたようだが、語気にはまだ怒りが宿っている。

 

 

「叔母を殺したのは、その村外のヤク中です」

 

「そ、そうなんだけど……」

 

「だから悟史くんじゃありません」

 

 

 その主張に対し、魅音はコクリと頷く。

 てっきり未解決事件かと思っていた山田は、小首を傾げる。

 

 

「犯人がいるなら、そう言ってもらえたら良かったじゃないですか」

 

「言ったら言ったで……捕まったのは遠い留置所で、しかも自殺したって話でさ。こっちは顔も名前も知らないから……本当にいたのかどうか」

 

「いたんですよ。そいつが叔母殺しの犯人です」

 

 

 詩音がそう決め付けるものの、山田は懐疑的だ。

 

 

「……なら、なんでその、悟史さんって方はいなくなるんですか?」

 

 

 その正論に、再び詩音はカッとなり睨み付ける。眼光に怯え、また鬼人を盾にする山田。

 そんな彼女に対し、魅音は呆れながら叱責する。

 

 

「詩音いい加減にして!……一応は事実なんだから」

 

「……くっ……!」

 

「……犯人はいたって言っても、山田さんの言った通りに『じゃあなんで消えたのか』って話は堂々巡り……でも詩音も私も、悟史くんはやっていないって信じている。それは悟史くんの事を良く知っている、詩音が一番理解している……ね?」

 

 

 怒りを押し殺すように下唇を噛む詩音。彼女の痛々しいその姿を見て、つい山田は自分を恥じた。

 

 

 状況証拠しかないのに、行方不明と言うだけで他人を疑って良いのか。

 若干思い込みの強い性格だと自覚はしているが、今回ばかりは堪えないと命に関わると山田は反省した。

 

   

 

 

「……とても気弱で、儚くて、ちょっとぼんやりした人でした」

 

 

 途端、悟史について詩音が独白のように話し始めた。

 

 

「でも、叔母から沙都子を庇ったり、その沙都子の為にバイトをしてプレゼントを買おうとしたり……いっつも誰かの心配ばかりで、自分の事は二の次のような、優しい人なんです」

 

「…………」

 

「……悟史くんがいなくなったのはその、沙都子にあげる誕生日プレゼントを買いに行った帰りでした」

 

 

 思い出すだけで悲しくなり、目が潤む詩音。

 強くなっていた語気は次第に弱くなり、か細くなった。

 

 

「……悟史くんが……沙都子を置いて……消えるハズないんです……でもこの一年間……ずっとずっと探して、痛い思いもして……なのに周りはだんだんと、悟史くんを忘れて行って……その癖に疑いの目だけは残っていて……」

 

 

 そんな彼女の姿を見ていると、山田も居た堪れない気持ちに陥る。

 

 

「……これじゃあ、悟史くんが報われないよ……誰かが信じてあげないと……探し続けてあげないと……!」

 

 

 

 

 黙って、詩音の話を聞いていた魅音。

 廊下の方に誰かいないか気を配りながら、とうとう話し出した。

 

 

「……山田さん」

 

「え? なんでしょうか……?」

 

「詩音も聞いていて欲しいけど……確かに今でも、北条家を目の敵にしている人はいる」

 

「…………」

 

「……でも……これ誰かに聞かれたらケジメ案件かなぁ……」

 

 

 自嘲気味に魅音は笑い、ジッと真っ直ぐ、山田と詩音を交互に見やった。

 

 

「……この話をすると、詩音はもっと混乱して、苦しむんじゃないかって思っていた……けど、今朝の圭ちゃん見ていたらさ」

 

「……圭一さん?」

 

「……私ってさ、ただのお節介焼きなだけなんかもってね。大反省大反省」

 

 

 すぐに彼女は表情を引き締め、まずは二人を見やる。

 

 

「……ここでの事は、村の人には言わないでね」

 

 

 そう念を押し、魅音は一年前の事件後の話を始めた。


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