TRICK 時遭し編   作:明暮10番

38 / 103
迷子と清算

 廃墟の中、暗闇の中。少女は一人、怯え続ける。

 

 

「あの本にあった事は……本当なんだ……!」

 

 

 寄生虫が人を狂気に陥らせる。

 信じられなかった鷹野のスクラップブックの内容が、異様で強力な信憑性を帯びさせる。

 

 人を鬼に堕とす寄生虫。これはまさに姉と礼奈と、父親さえ殺そうとした間宮律子だ。

 

 

 

「……首を……」

 

 

 スクラップブックには、もう一つ、重大な項目があった。

 村を離れようとする者を引き戻そうと、寄生虫は宿主に警告を発する。

 

 それが狂気、妄想、錯乱の症状となって現れる。

 

 

 

 その症状が長引けばどうなるのか。

 自らの妄想と、蠢く寄生虫に耐えられなくなり……最後には、どうなる。

 自分で自分を殺すハズだろうとある。

 

 

 

「……掻き毟って……!!」

 

 

 

 傷だらけの首から滴る血を拭いながら、レナは宵闇の中で怯えた。

 自分は無意識に、掻き毟っていたようだ。

 

 

 

 いずれあの時の律子のように、この痒みに耐えきれず、ナイフで首を自ら裂くのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『SPEC 蓋』

 

『乞うご期待』

 

 

「私らで二次創作はぜってぇしねぇかんな」

 

「おい当麻ぁ!」

 

 

 左腕を三角巾で吊った女が書いた書道作品を突き付けて宣言し、隣にいた丸刈りの男がピシャリと叱る。

 

 

 

 

 その声に驚き、ハッと追憶の海から礼奈は現実に引き戻された。

 

 

「…………」

 

 

 不思議な淑女──山田里見と別れてから礼奈は、ぼんやり一人、カフェの野外テラスでお茶をしていた。

 喫茶店の店長になってからは、視察も兼ねたカフェ巡りが趣味になりつつある。

 

 コーヒーは苦い物と思っていた。

 ただ本場ブラジルでは砂糖を加えて飲む物だと知ってから、甘くして良く飲むようになった。

 

 ミルクのまろやかさがどうも受け付けない。黒のまま甘くして、それを飲む。

 

 

 時刻は午後五時。

 今日もまた寒いが、風が弱いので体感としては昨日よりもマシだった。

 

 

「……やっぱり、来なかったなぁ」

 

 

 東京まで行って、数多の事件を解決して来た上田に依頼した礼奈。「作品をありったけ持って行けば話を聞いてくれる」と踏んでいたが、そんな単純な人間ではなかったようだ。

 

 

「……三十五年。もうそんなに」

 

 

 村が災害で無くなって、もうそんなに経った。

 何も分からないまま昭和は終わり、平成を迎え、更にまだ何も分からないまま平成も終わろうとしている。

 

 時間だけが過ぎ、雛見沢村の記憶を拭い消して行く。

 今ではオカルトマニアも興味を無くし、廃墟マニアの界隈でも定番化され飽きられ始めた。

 どんな形であれ、故郷を覚えていて貰えれば真相に──そんな希望さえ砕かれる。

 

 

「………………」

 

 

 

 

 エンジェルモートで言われた、里見の言葉を思い出した。

 

 

「……帰り続けなさい。あなたはまだ、故郷を愛しているハズですよ」

 

 

 この三十五年間、彼女は悩み続けた。

 自分は本当に、村を思う資格はあるのかと。そして自分は、村を、みんなを好きだったのかと。

 

 村を思っていたハズが、いつの間にか自分の為だけになって、そのままみんなを裏切った。

 そんな自分が今更、村の為にと動く事は身勝手ではないか。

 

 

 

 里見の言葉は、一つの道筋だった。

 三十五年もの間、迷い続けた彼女への、労いと励ましにも聞こえた。

 

 

「……寄生虫……」

 

 

 鷹野から「貰った」スクラップブック、あれが全ての引き金。

 あの時の自分はどうかしていたと思っているが、スクラップブックの全てが妄言とは今も思っていない。

 

 妙な確信があった。昔も今も。

 

 宇宙人だとか園崎家の陰謀とかは、間違っていた。

 でも災害なんて嘘っぱちだ。何かがあるんだ。

 

 

 

 必ず、何かがあったんだ。その答えは、あのスクラップブックにある。

 

 

 

 

 

 

 しかしもう、あのスクラップブックはもうない。

 昭和五十八年の夏、自分にとっての運命の日。

 あの日、爆炎の中に消えてしまった。

 

 

 

 一人の「少女」と一緒に。

 

 

 

 

「……そう言えばなんだろ、話って」

 

 

 詩音から受けた呼び出し。

 友達の関係でもあり、オーナーと店長の関係でもあり、互いに村を知る者同士でもある。

 あまり二人で一緒に遊ぶと言った事はしなかったが、詩音はあれからずっと自分を気に掛けてくれた。

 

 

 今更、雛見沢村の話なんてしないだろう。仕事の話だろうか。

 礼奈は甘いまま真っ黒な、コーヒーを啜る。

 

 

 

 

 

 

「やっちゃったっス。飛行機の時間、めちゃくちゃ一時間前でした」

 

「どうすんだお前……このままじゃ野宿だぞ!」

 

「いただきました」

 

「何をだ!」

 

 

 

 口論しながら去り行く謎の二人組を一瞥しながら、今の礼奈は待ち合わせ場所である停留所のベンチで本を読んでいた。

 

 上田のサイン付きの「どんとこい超常現象」。文字も大きく読みやすい為、何気にハマっていた。

 既にカフェにいた時から一時間経過しており、辺りは斜陽の橙色に染まりつつある。

 

 

「………………」

 

 

 冬場は夏よりも、夜が早い。

 その分だけ、懺悔の時間は多くなる。

 

 

 礼奈は冬が嫌いだ。

 

 寒さがまた、夏を愛おしくさせるから。

 

 ずっと亡霊のように佇む思い出が、罪悪感となるから。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 読んでいた本の文字が、辺りが暗くなった事で読み辛くなった。ここで止め時だと悟った礼奈は、パタリと本を閉じる。

 

 

 

 真っ直ぐ、バスストップに付いた時刻表を見た。バスが来るのはずっと、三時間後。

 

 しかし礼奈はバスを待っている訳ではない。スッと、時刻表からその奥の方へ視線を変えた。

 

 

 

 

 街や山を隔てた、ずっとずっと先の方。

 ここをずっと行けば、すっかり風化した故郷「雛見沢村」に辿り着けるハズだ。

 

 今や誰の記憶にも、村の事も災害の事も残っていない。

 ただただ、村の出身者に対する畏れと侮蔑だけが残る。そんなものだ、記憶と言うのは。

 

 

 

 

 

 

 少しして、一台の車がバスストップの前に停まった。

 スピード調整を誤ってしまい、ガツンと衝突。バスストップがパタンと倒れる。

 

 

 

 

 

「あ、やっちゃった」

 

 

 運転席から顔を出したのは、詩音だった。

 詩音は礼奈の存在を確認すると、笑って手を振る。

 

 

「あはは……はろろ〜ん。お待たせしましたね、レナさん」

 

「……詩ぃちゃん」

 

 

 改めて、今や唯一の同郷の友達となってしまった詩音を見やる。

 

 

 顔立ちは彼女の母親に良く似ていて、歳を重ねた今でもとても綺麗だ。

 仕事中の時など目付きは細く凛としており、クールで厳しそうな印象が強い。

 

 

 

 しかし礼奈と会う、つまりプライベートの時は今みたいに、愛嬌のある丸い目になる。

 詩音は昔から穏やかな人だった。それが加齢と共に、大人らしい落ち着きへと変わった。

 

 

 

 彼女は「乗り越えられた人」だ。

 

 今も尚「取り残された側」の自分にとって、目眩くような優しい光。

 

 いつも羨ましく思い、同時に尊敬していた。

 

 

 

 

「レナさん?」

 

 

 ついついまた物思いに耽ってしまった。

 彼女に名前を呼ばれ、ハッと礼奈は気を取り直す。

 

 

「あ……ごめんね。ちょっとボンヤリ……」

 

「そうですか? 疲れているようでしたら、また後日にします?」

 

 

 折角、詩音から食事に誘ってくれたんだ。無碍には出来ないと首を振る。

 

 

「ううん、大丈夫だから……それじゃあ、行こっか」

 

 

 礼奈は助手席に入り、シートベルトを締めた。

 それを確認すると、詩音はニコリと笑って「じゃあ行きますか」と、アクセルを踏む。

 

 

 

 

 

 街の道路を走っている途中、礼奈は詩音に話しかける。

 

 

「珍しいね。こうやって食べに誘ってくれるなんて」

 

「ん?……うーん……そうですね。まぁ、たまには?」

 

 

 少し言いにくそうに詩音は、口をモゴモゴさせた。

 

 

「……ちょっと……話したい事もありましてね」

 

「どうしたの? もしかして、店舗を増やす?」

 

「それも考えていますけどね」

 

 

 詩音には商才があった。

 やはり園崎の家系とも言うべきか、彼女の持つ積極性とカリスマ性には恐れ入る。

 

 

「実はさ」

 

「うん」

 

「……礼奈に電話かける前に、警察の人が来ましてね」

 

「とうとう何かやっちゃった?」

 

「いや、やってませんから……ねぇ。とうとうって、なんです?」

 

「でも警察が来る理由なんて……」

 

「誓って触法行為はやっておりません」

 

「さっきのバスストップ……」

 

「あれは置き場所が悪かったんです」

 

 

 フゥと、一息吐いてから、詩音はハンドルを操りながら訳を話した。

 

 

 

 

「……雛見沢村の事、聞かれて……わざわざ東京から来たんですって」

 

 

 ピクリと、礼奈の身体が跳ねる。

 外の景色に向けられていた彼女の顔が、詩音の方へ。

 

 

「……どうして今になって?」

 

「再調査をするんですって。訳はあまり聞かされなかったですけど」

 

「………」

 

 

 礼奈は、彼女が自分を呼んだ理由を察してしまう。

 

 

「……ただ。思い出話をするだけじゃなさそうだね」

 

「………」

 

 

 詩音は一旦黙り込み、車を次の交差点で曲がらせてから口を開いた。

 

 

「……とりあえず。ご飯、食べてからにしましょうか」

 

「……うん」

 

「……市内の方に、新しいしゃぶしゃぶのお店が出来たって。ちょっと豪勢ですけど、どうです?」

 

「シャブシャブって、詩ぃちゃん駄目だよ。ヤクザでも外道って言われるシノギなんだから」

 

「違いますってのっ!」

 

 

 冗談を言ってから「あはは」と朗らかに笑う礼奈。

 

 

 

 

 その笑顔を見た時、詩音はふと、やめておくべきかと考えが過った。

 このまま何も知らせず、話さず、墓場まで持って行っても良いかもと。

 無理に彼女の笑顔を濁らせる必要はあるのかと。

 知らない方が彼女にとっての、幸せではないのかと。

 

 

 

 

 

 その考えは、釣られて笑う自身の笑顔の下で掻き消した。

 

 

 

 

 

 

 清算しなければ。

 

 

 礼奈の罪を、滅ぼさせる為に。

 

 そして自分が隠し続けてしまった罪を、償う為に。

 

 

 今日、言うしかない。

 

 死んでしまったみんなの為に。

 

 

 

 

 

 話し合わなければ。彼女と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 興宮にあった書道塾に、里見はいた。

 

 

『COCODRILO』

 

『PARADISE・BLOOD』

 

『まどか⭐︎ガイム』

 

『キングスピア』

 

『鬼滅冥人奇譚』

 

『またせて』

 

『ごめんね』

 

 

「そこは申し訳なさそうに書いて。うん、そうそう」

 

 

 彼女は書道家の界隈では、知らない人はいない有名人だった。

 書道塾の塾長から頼まれ、特別に一日教師をしている。

 

 

「山田先生がこんな所に来てくださるとは!」

 

「あんたダリなんだ一体!?」

 

「ダリじゃねぇ山田先生言うたやろがいヌッコロスぞゴラァッ!!……あ、申し訳ありません!」

 

 

 塾長と副塾長がお礼をする。里見は微笑みながら、謙虚に返した。

 

 

「いえいえ。やはり、子供たちに教えるのは楽しい事ですので」

 

「先生も一筆、書かれては?」

 

「教師費合わせて、六十万でお書きします」

 

「ですよねー? プロは値段から違いますねぇー?」

 

 

 里見の為に道具と通帳を用意するべく、その場を離れる塾長と副塾長。

 妙なポーズを決めてから、「スペード」「ダイア」と書かれた巨大な紙を突き破って廊下を駆け抜けて行く。

 

 

「……少しは後押し出来たかな」

 

 

 里見の脳裏にあったのは、どこか表情に影のある女性、礼奈の事だ。

 

 

 敢えて里見は礼奈へ、挑戦をかけるような話をした。

 

 

 

「……答えを『説く』のは簡単だけど、果たしてそれは『解いた』と言えるのか……」

 

 

 書道家らしい、言葉への拘り。「説く」と「解く」の文字を頭の中で書きながら、里見は延々と考える。

 だが礼奈の三十五年を無駄にしない為には、彼女自身が動かないと駄目だ。

 

 

 教室の外を眺める。

 知らない町の風景が広がり、大きな山が塞きとめる。

 その向こうに、旧雛見沢村があるのだろう。

 

 

「……奈緒子もまだ、探しているのね」

 

 

 世界でただ一人の、自分の娘。

 無事を祈り、自分はただ、出来るだけ近くにいるだけ。

 愛娘が、陰謀の中で迷わぬように。

 

 

「先生、準備が出来ました」

 

「硯(スズリ)がボドボドだぁ!!」

 

「だったら新しいのを買ってこいよッ!!……ささ、こちらへ!」

 

 

 半紙と道具の前に座り、里見は袖を片手でずり落ちぬよう掴みながら、墨を擦る。

 その一連の動作一つ一つを、子どもたちと塾長らは固唾を飲んで眺める。

 

 

 

 墨が擦り終わると、筆を持ち、文字を書き始めた。

 里見はにっこり笑うと、子供たちへ視線を向け、話しかける。

 

 

 

 

 

 

「文字には、不思議な力があります」

 

 

 筆の毛先が、半紙の上に乗ると、濃く黒い墨が点となり現れた。

 

 

「書く人の思いが、白と黒の葛藤、渇きと潤い、強さと弱さに現れます。心が乱れれば線がズレたり、力を抜く所を強く書いてしまったり、不本意な場面で掠れてしまったり……書く人の全てが、この一枚の半紙に現れると言っても過言ではありません」

 

 

 点が線となり、複雑に曲がって絡む。

 

 

「恨みを込めるにせよ、親しみを込めるにせよ、文字に感情は隠せませんし、偽る事もありえません」

 

 

 線と線が収束しては、離れる。

 

 

「文字が与える感情、私たちは無意識に感じ取り、時に凄まじい影響を与えます。文字は最も強く、人の心に思いを染み渡らせる力がある……」

 

 

 時に強く、時に柔く、ただの線が意味を成して行く。

 

 

「……だからこそ、有りっ丈の思いを込めて書きなさい」

 

 

 とうとう筆先が、紙から離された。

 刹那彼女は誰にも聞こえないような声で呟いた。

 

 

 

「……頼んだわよ。奈緒子、上田先生……」

 

 

 書き終えた彼女の作品は見事な一文字だった…………が、読めない漢字だった。

 

 

 

 

 

 

 

『焛』

 

「……これは、なんて読むんですか?」

 

「じゅむぜいぃーーーーむッ!!」

 

 

 叫び出した里見に驚き、その場にいた全員がひっくり返る。

 その様を見ながら彼女は、「えへへへへへ!」と変わった笑い声をあげた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。