レナはぼんやりと、割れた窓から覗く空を眺めていた。
恐怖と嫌悪に襲われ、眠ることはできない。目の下には隈ができ、窶れた様子を際立たせている。
「………………」
どうすれば良い。どうなれば良い。
一晩中、それが頭の中を堂々巡り。
白けつつある思考には、一つの決意が揺らめきを見せていた。
「……これしかないか…………」
レナは移動を始めた。
彼女がいた場所は、廃墟……山田が園崎家から貸して貰っていた、あの家だ。
ジオ・ウエキのシンパによって破壊され、現在は取り壊し予定の為、立ち入り禁止状態。
一応は園崎の私有地の為、警察や一般人はまず近付かない。
壊れかけの廃墟の為、好き好んで入る人間はまずいない。
森や山はともかく、こんな瓦礫まみれの薄暗い場所に、入りたがる者はそうそういない。
故に、絶好の隠れ場所となっていた。
しかし、レナはここを捨てるつもりだ。
別の、「もう一つの場所」へ行くつもりだ。
そのつもりだったが、思わぬ番狂わせが起きた。
「あら?」
「ッ!?」
廃墟から出た所で、誰かに出くわした。
レナの顔が蒼白になる。誰かに見つかった事もそうだが、見覚えのある人物だったからだ。
「ここでなにしてるの?」
矢部だった。レナにとっては、自分を追っていた刑事らの仲間。その彼に見つかった。
即座に逃げなければと、小脇に鷹野のスクラップブックを強く抱え、逃走を図ろうとする。
「あ! ねぇ君? ちょっと聞きたいんだけどぉ〜」
だが、またしても、番狂わせ。
「ええと……ツクヨミちゃん……じゃなくて、竜宮レナちゃんって子、知らないかなぁ?」
レナの足が止まる。
驚き顔で、矢部を見つめる。矢部の表情に、嘘や策略の念はなかった。
この人、私の事を覚えていない?
レナは恐る恐る、彼に問いかけた。
「……その人が、どうかしたんですか?」
この人、誰かと間違えているのではと疑い始める。
そんなレナの心境を無視し、矢部は一切の警戒をせず、ベラベラ喋り始める。
「いやね? なんかね? この子、なんか捕まえなきゃ駄目なんだってさ」
「……ッ」
心臓を掴まれた気分になるレナ。
警察は自分を強く、疑っていると確信してしまう。
頭の中で「やっぱり」と「違う」が錯綜する。
「僕にも探してって言われたけどねぇ……僕、ただの時計屋なんだけどねぇ〜?」
「…………」
「どうしたのツクヨミちゃん?」
「……え!? あ、竜宮レナさんですか!? えと……わ、私は見てないです……」
咄嗟に嘘を吐くが、今の矢部は一切も疑わずに、目の前にいる捜索対象に感謝した。
「あ〜、そうなの……じゃあ、仕方ないよね〜?」
「…………」
「じゃあ叔父さん、そろそろ行くからね? あ。あと……時計の針はさ」
目の前にいるレナになぜか何か語り始めようとする、記憶喪失の矢部。
彼の、本物か怪しい髪の毛を見ていたレナだったが、ふと、ある作戦を思いついてしまう。
「あの……」
恐る恐る彼の言葉を遮った。
「どうしたの? ツクヨミちゃん?」
「…………」
レナは考え切った上で、はっきり告げる。
「……お願いです。レナちゃんを、助けて欲しいんです」
外に出た時には、上田は目を覚ましていた。
そして祭具殿前には、もう一人がいた。
「あ、師匠!」
「お待たせしました」
圭一だ。林の中で山田と遭遇した人物とは、彼のことだった。
この時間は学校のハズだと、上田は聞く。
「……少年よ、学校は?」
「え、えぇと……訳あって早退です……」
「そんなことより上田さんに……えと、鷹野さんと富沢さんは」
「富竹です」
「なんで祭具殿に?」
説明は鷹野がしてくれた。
「ちょっとした歴史探索ですわ。祭具殿はオヤシロ様信仰の、正体とルーツが眠っていますので!」
「へぇ」
「山田奈緒子さんでしたね。なかなかこの村、歳の近い女の人が少ないですから……ぜひお友達になりたいです」
「と、友達……!? やった……!」
友達ゼロ人記録を更新し続けてきた彼女にとって、念願の友達だ。
新しい友達の登場に、山田は肩に乗せていた鬼人に紹介してあげる。
「ほら、友達だよ、オニ壱!」
「ハムスターと亀と同格なのか……」
「挨拶して……」
この時はじめて、彼女はオニ壱の首がへし曲がっていると気付く。
「アァーオゥッ!!??」
「それマイコーっすよね、マスター!?」
「オニ壱がぁあ!? オニ壱ぃぃいッ!!??」
狼狽える山田を見て、鷹野は愉快そうに微笑む。
「やっぱり、マジシャンだけあってエンターテイナーですね! 愉快な方で」
「オニ壱ああああああああああ!!!!」
「……これを愉快と捉えるんですか?」
あまりの狼狽えっぷりにドン引きする上田。一方で、鷹野の独特な感性に関心していた。
暴れる山田らの横で、富竹は祭具殿を再施錠する。これで侵入の痕跡は消せたハズだ。
「よし……まぁ、指紋とか採取されなければバレないと思うよ」
「さすがジロ……富竹さんだわ!」
「鷹野さん、そんなに私の前でジロウって言うの嫌ですか?」
後始末も済み、用事がなくなった鷹野と富竹は退散するらしい。
「行きずりで巻き込んでしまった感じですが、色々とお話しできて楽しかったです」
「いえいえ、こちらこそ! あ、そう言えば、入江先生から私の本は受け取りましたか? 昨日、預けたんですが……」
「あら、そうだったのですか? すみません、昨日と今日は非番で、まだ貰っていませんね」
「そうでしたか……まぁ、受け取ったらまた、ご感想をお願いしますねぇ〜」
下心丸出しで握手を求めるが、「では、また」と鷹野にスルーされる。
呆然と神社から出ようとする後ろ姿を眺める横で、富竹が慌てて追いかける。
「富竹さん、羨ましいっすね〜。あんな美人さんをゲットして!」
そんな彼を呼び止めて、茶々を入れる圭一。富竹は恥ずかしそうに頰を掻く。
「は、ははは。ありがとう」
「どう言うところに惹かれたんすか?」
「そうだね……惹かれた、と言うよりも」
少し考え、照れた笑いを見せた。
「……僕が支えてあげたい、って思ったからかな」
富竹を呼ぶ鷹野の声。手を振って応答し、上田に頭を下げてから、彼も神社から出て行く。
二人は階段をくだり、頭が見えなくなった。
「……かぁー! 富竹さん、漢っすねぇ〜! 俺もあんな人になりたいぜ!」
「ジロウはソウルブラザーだが、鷹野さんをゲットした件だけは許さん。爆発しろ!」
「あ、上田先生もマジリスペクトしてます!」
「ついでみたいに言うなッ!」
上田は振り返る。
神社の砂利の上で泳ぐ、山田の姿があった。
「オヨゲルヨッ! オヨゲルヨッ!!」
「……元々パーだった頭がマジにパーになったか」
「師匠、それは新たな鍛錬すか!?」
「少年。君の未来の為にそいつに触れるな」
オニ壱の首は、上田が持っていたセロハンテープで補強してやった。
「ああぁ、良かった、良かった……痛かったろぉ、オニ壱!」
「上田先生のカバンって、何でもあるんすね」
「ハサミとノリは筆箱に入れていたタイプなんだ」
道具を鞄に戻した際、ポロリと何かが落ちたので圭一が拾い上げる。
「あれ。なんか落ちましたよ……こ、これは……!?」
拾い上げた物は、奥アマゾンのピラニア汁精力剤だ。平常心を取り戻した山田はそれを呆れ顔で見ている。
「そう言えば持ってきていたって言ってたな……」
「貧乏で頭がパーのお前には、一生手の届かない代物だぜ!」
「パーなのはお前の髪だろ。この天パっ!」
「うるせぇッ!……梅雨の時期は除湿かけるくらい気にしてんだ」
精力剤を物欲しそうに見る圭一。
「どうした少年。やっぱ男の子なら、気になるかぁ?」
「飲んだらムッシュムラムラが止まらないって、ホントっすか?」
「ムッシュム・ラー村?」
「あぁ! 何かせずには入られない、最強の活力が手に入る!……少年、良かったら分けてやろうか?」
試験管を取り出し、乳白色の液をちびちび注ぐ。
それを見て山田が物申す。
「ビーカーがあるなら、私にも分けてくださいよ!?」
「お前が飲むと手が付けられなくなる。あと、これは『試験管』って言うんだ。小学校の理科で教わらなかったかぁ?」
「梨花さんからは何も……」
「そっちのリカじゃないッ! このツッコミ最初もしたぞ……」
キッチリとコルクで栓をし、圭一に与える。
「い、いいんすか、ビッグボス……!?」
「俺は未来ある若者には、とことん支援を惜しまない!」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「ここぞと言う時に飲むんだ!……あと、避妊はしろよぉ?」
「中学生に渡すのはアウトだろっ!?」
山田の訴えを聞かない振りする。
あらかた話し終え、上田は「ところで」と、圭一がここにいる件について聞き出した。
「どうして少年はここにいるんだ?」
「あー……これ、私から話します?」
「いえ、俺から話しますよ」
本題に入り、凛々しい顔つきになる圭一。
しかしその表情に明確な不安が宿っていると、素人目でも分かった。それほどに彼は、自分の感情に素直だ。
「レナを探したいんです」
上田は怪訝な表情を浮かべる。
「探したいもなにも、園崎家が探しているんだろ?」
「そうなんすけど……俺が言いたいのは、その……」
少しだけ次の言葉を考え、はっきりと告げた。
「……なんでレナが見つからないのか。それが、分かったような気がするんです」
彼の発言は寧ろ、上田を当惑させる。
「どう言うことだ、少年……!?」
「完全に俺の憶測……になるんですけど。レナは、怯えていると思うんです」
「怯えている? 何に?」
「俺、思うんです……レナの奴、もしかしてあの夜、ジオ・ウエキの妹に襲われたんじゃないかって……」
「なんだって?」
レナの父親が重体である事と、間宮姉妹の死は山田も上田も把握済みだ。
その二つこそレナが見つからない原因だと訴え、更に彼は続ける。
「レナ、俺に言ってたんです。自分を連れ出して欲しい、待合室にいる自分をって……だからあの時、あいつ停留所にいたかもしれないんです」
「停留所って……あの姉妹が死んでいた場所でしたっけ……?」
「はい……その時に多分あいつ、襲われたとかで反撃して、そのショックで動転してんじゃないかって……」
「それが原因で彼女が死んだと思って、怖くなって隠れている……と言う事でしょうか?」
可能性はある。
レナが間宮律子に襲われ、抵抗し、逃げられた。
だがその抵抗の際に、律子に何かしらの暴力を加えた。
逃走中のレナが律子の死を又聞きし、自分が殺したのではと怯えて隠れている。
「……確かに、あり得るな」
「だとすれば、レナさんは今頃、精神的にも参っている状態……遅れて自殺だなんてことがあれば最悪ですよ」
山田の心配も、尤もだ。追い詰められた人間が、どのような末路に至るのか──上田と山田は経験上、予想はできる。
圭一は縋るように二人へ頼み込んだ。
「俺、レナを早く見つけないと、ヤバい気がするんです!……それで、実は今朝、レナのいそうな場所を一つ、思い付いたんです!」
「なに?」
そこまで圭一は伝え切ると、改めて二人を交互に見遣る。
「本当は一人で行くつもりだったんすけど、山田さんに会いまして……」
「どうせなら協力しようじゃないですか」
「それもそうだ。大人の存在が、説得力を持たせたりもするから……どの道俺たちも探すつもりだったし」
捜索協力を買って出た二人に安堵し、圭一は頭を下げた。
「……ありがとうございます、上田先生……山田さん」
「良いってこった」
「………………あ、山田って私か。ずっと師匠とか言われると、名前呼ばれたら反応できなくなるな……」
三人は圭一の言う場所に、赴くこととなる。
道中、圭一が言っていたレナのいそうな場所について、上田は本人に尋ねた。
「それでだ、少年。竜宮レナがいる場所ってのは?」
「お師様や上田先生が泊まっていた家っすよ」
「あのボロ家が?」
「暴徒が散々荒らしたせいで、あの家は撤去するみたいっす。レナを探していた時は立ち入り禁止でしたので、俺たちはノーマークだったんです」
「なるほど……そこを見なかったから『村にはいない』と言って、もう雛見沢から出たと思い込んじまったって訳か?」
探してみる価値はあるだろう。圭一も授業を抜け出してまで行こうとしている分、確信はある様子だ。
その上で山田は、圭一へ疑問を告げる。
「思っていたんですけど……なんでレナさん、逃げ隠れしているんでしょうか?」
鼻で笑う上田。
「さっき説明したばかりだろ。はっ! とうとう脳のキャパも落ちたか!」
「おめぇ後で覚えてろよ」
「あの、マイマジェスティ」
「また呼び名増えてるし」
「さっき言った通りだと思います。こう言うと恥ずかしいんすけど……レナの性格は大体把握しているつもりです。親父さんの件とか、一切俺らに相談しなかったし……」
捕まっていた時のレナとの会話を思い出し、やる瀬無さから少しだけ唇を噛む。
「その、なんでも抱え込む奴なんです。だから今回も……」
「……それでも、丸々一日隠れるほどなんでしょうか」
「山田、何が言いたいんだ?」
自分でも考えがまとまっていないようで、難しい顔をして首を傾げる山田。
「そりゃ、レナさんの性格もあると思いますけど……半分、何かの意図があるような……」
「ともあれ、竜宮レナを見つけない事には始まらないだろ。何かあるにしても、彼女一人で何ができるってんだ」
「……そうですよね」
納得しきれていない様子だが、山田はこれ以上の考察をやめる事にした。
夏の暑さが蝉時雨と共に降り注ぐ中で、三人は学校の近くまで来る。
すると、珍妙なものが視界に飛び込んだ。
「…………少年、あれはなんだ?」
「え? いや、分かんないっす……」
「めちゃくちゃ刺さってますね」
三人の前には、チープでスケールの小さな出来の、段ボール製のエッフェル塔があった。
その頂点に突き刺さってクタッとくたびれているものは、同じく段ボールで作ったであろう見覚えのあるキャラクター。
「『おっきー』ですよ上田さん」
「この時代ではまだ『ひっきー』だ」
「なんでエッフェル塔に刺さってんですかね?」
「新宿エンドか?」
シュールなオブジェの下で老夫婦が「困った困った」と、分かりやすく困り果てていた。
「なんか、あからさまに困ってるみたいですけど……」
「話だけでも聞いてみるか。少年、寄っても良いよな?」
「あはは……俺も困っている人は見過ごせないっすからね」
老夫婦に近付き、圭一から話しかけた。
「あのー! どうしたんですかー?」
三人に気付いた老夫婦は、事情を説明してくれる。
「実はのぉ、園崎の人から頼まれてのぉ」
「『ひっくぃーん』の像を作っとったんじゃ」
「ひっくぃーん……?」
独特な抑揚に違和感を覚えつつも、二人の話を聞き続ける。
「綿流しは村外の人も来る」
「村を宣伝する為、マスコット像を作ったんじゃ」
「だが」
「しかし」
「ひっくぃーんが風に飛んで」
「塔に刺さってしまったんじゃ」
「なんで交互に喋るんだ」
山田はツッコミながら、老夫婦の方へ歩み寄る。
近付いてみれば塔はそれなりに高く、上田と同じくらいだ。
「この通りワシも」
「ばーさんも」
「歳が歳なもんで」
「ひっくぃーんを助け出せず」
「困って」
「おったん」
「じゃ」
「どっちかが喋れっ!」
そこでと、老夫婦は上田を指差す。
「……え? 私ですか?」
「そこの、むくつけき男よ」
「む、むく、むくむく?」
なぜか股間を隠す上田。
「どうか、ひっくぃーんを救ってもらえんかの?」
「むくつけき、あんたの背丈なら助けられるからのぉ」
確かに上田の背丈なら、十分に可能だ。
少しだけ迷った後、上田は仕方なく、助けてやる事にした。
「少年と山田は先に行っててくれ」
「良いんですか上田さん?」
「こんくらい、俺のテクニックにかかればすぐに終わる。なんせ俺は学生時代、登山部だったんだ!」
「登山関係ないだろ」
「上田先生すげぇ!」
上田の快諾もあり、山田と圭一は先に行く。
残った上田は上着を脱ぎ、腕をまくり、ひっきーを助け出さんと勇んで進んだ。
「ほぉ〜れ! ひっきー降りてこぉ〜い!」
「気を付けろよぉ。割と強いぞぉ」
「あ、コイツッ!? 抵抗しやがってッ!! 降りてこいッ!! 天守閣ッ!!」
意外と救出は難儀しそうだった。
菊池「台本形式は楽だなッ!!」
大石「あなた、なに言ってんですか……?」
菊池と大石は学校近辺を警護していた。竜宮レナが現れるとしたら、ここが一番可能性があるからだ。
変に生徒や教師たちを驚かせないよう、できるだけ少人数で行動する。その為、矢部に石原、菊池は村に散らばって別行動とさせた。
学校を見渡しながら大石は溜め息を吐く。
「まだ中学生の娘が一人……どこに隠れているんでしょうかねぇ」
「ここまで探しても見つからないのは異常だな……」
「菊池さん。あなたの言う通り、竜宮礼奈は事件に巻き込まれた可能性がありますな」
「くそぅ……僕にこんな、ど田舎走り回らせやがって!」
わざとらしくスーツの襟を整え、菊池は怒り心頭だ。
その間、後ろに控えていた大石は、無線機で誰かと連絡をとっている。
「なにをしているのだね?」
「村外を捜索していた刑事を先ほど、招集したんですよ。ちょっと人手が足りないもんですからねぇ」
「なるほど! 良い采配だッ!! 僕から署長に働きかけ、昇格させてやるぞッ!!」
「もう定年ですからいいですよぉ。そうしてくださるなら、もっと早くあなたとは会いたかったですな……あぁ、来た来た」
こちらの方へ走り寄る、二人の男。菊池の前で立ち止まり、敬礼をした。
「誰だね?」
一人が警察手帳を見せ、自己紹介する。
「警備部、警備企画課の、『
「ライアくんだな」
「対屋です」
もう一人も、自己紹介をする。
「同じく警備企画課の、『
「ガイくんか!」
「甲斐、です。濁点いりません」
自己紹介を終えたところで、大石が二人に指令を与えた。
「お二人さんは、学校近辺の見回りをお願いします。今は授業中ですからなぁ、なるべく目立たないようにしてくださいよぉ」
「俺は警護に当たる」
「この捜索ゲームを面白くしてやるぜ」
「では、お願いしますよぉ?」
二人は警察手帳を構え、変身ポーズを取ってから警護に向かう。
「学校周りは任せて、我々は別の場所を探しましょう」
「殊勝な心がけだな!」
「んふふふ。現場一筋、ウン十年ですからねぇ」
持って来たタオルで汗を拭いながら、大石は先に行く。
不意にその彼を、菊池は呼び止めた。
「大石くん。四年前の事件についてだが」
「…………」
菊池から見えないところで、大石の表情は厳しく歪んだ。
何とか表情だけは取り繕い、若干の微笑みを浮かべて振り返る。
「いきなりなんなんですかぁ、菊池参事官殿ぉ!」
「いま一度、鬼隠しについての君の見解を聞いておきたくてな」
「…………」
自身の手帳を開きながら、菊池は続ける。手帳の表紙には、ゾンビィ一号のシールが貼られていた。
「一九七九年、つまりは今より四年前だな。興宮で、一人の男が殺された。死因は、酒瓶で頭部を叩きつけられた事による衝撃死」
「…………」
「ひと気のない路地裏で発生した為、目撃者はなし。今も犯人は特定されていないそうだな」
「……確か、そうでしたな」
「やけに他人事だなぁ。君の友人だったんだろ?」
参ったな、と言わんばかりに頭を掻く。
夏の暑さも相まって、苛立たしさも強まりつつあった。
「事件が起きたのは秋頃で、事件の内容だけで言えば、目新しさのないような未解決事件……ということもあり」
「鬼隠しからは除外されたんですよねぇ」
菊池の言葉を続ける大石だが、更に菊池はその先を続けた。
「ああ。鬼隠しで、忘れ去られてしまった!」
「……菊池さん、今その話をされてもですねぇ」
「しかし君は、その亡くなった男性の死と鬼隠しは、繋がっていると考えている」
「…………」
「僕も暇していた訳ではない。色々と、興宮署で話は聞いたぞ? 鬼隠しに対する君の入れ込みはおかしい、なんて声もなぁ」
居辛さを覚えて目を逸らす大石だが、菊池はまだまだ饒舌だ。
「大石くんッ!! 我々は、本気で鬼隠しを止めようと思っているッ! この三年間、どうして止められなかったのかを教えてやろうか? それは、君ほどの熱量をもって挑む刑事が少ないからだッ!!」
「……そんなもんですかねぇ」
「実際、署内の人間の大半は、事故や不幸によるものと考えている者が殆どだし、去年の事件は解決済みとも思われている。それでも『否』を突き付ける人間は、君以外にいるのか?」
「何が言いたいんですかねぇ。私しゃ菊池さんと違って大学どころか高校すら怪しいもんで、分かりやすく言ってもらえんと……」
大石の言葉を遮り、菊池はニヤリと笑う。
「私なら可能だ。私なら止められるからだよ」
その自信はどこから来るのかと、勘ぐる大石。
暫し考えた末に、彼は察知した。
「……菊池さん、あんた……」
この男は、自分の知らない情報を知っている。鬼隠しに関わる、何か大きな情報を。
思えば竜宮礼奈の捜索も、妙な入れ込み様だ。何かを知っているのか。
「お互い、疑いっ子無しで行こうじゃあないか」
「………………」
「今年で終わらせるのだよ」
大石はこの、菊池に従うことにした。
その時、二人の更に背後から声がかけられる。
「大石」
大石にとっては聞き覚えがあり、同時に今は会いたくない人物の声。
先に菊池が振り返り、大石は溜め息を吐いてから、振り返った。
立っていた者は、魅音。
いや、魅音だけではない。傍には、黒服が立っていた。
「……魅音さん? 学校の時間じゃないんですか?」
「誰だねこのガキ」
「私のことガキって言った?」
「ちょちょちょちょ菊池さんッ!?!?」
園崎に喧嘩を売ろうとした菊池を、慌てて大石は止める。
「そいつ誰なの? あんたの新しい部下?」
「部下ぁッ!? 寧ろ部下はこっちだッ!! いいかよく聞け!? 僕は東大理三を」
「菊池さんッ!! ちょっと黙っててくださいッ!!」
ヒートアップする菊池を宥める大石。
二人に向かって、魅音の従者である黒服が荒々しく話しかけた。
「おぉ!? なんだべなんだべオミャーらよぉッ!?」
「……なんか、変な訛りの人ですな。名古屋の人で?」
「ただの新人。あんたも黙ってて、カス」
「サー・イエッサーッ!!」
部下を黙らせてから、改めて魅音は話しかける。
「どう言う訳? 警察がウチにカチコミに来ているらしいけど」
大石は固まった。