TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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お待たせしました。


番狂い

 レナはぼんやりと、割れた窓から覗く空を眺めていた。

 恐怖と嫌悪に襲われ、眠ることはできない。目の下には隈ができ、窶れた様子を際立たせている。

 

 

「………………」

 

 

 どうすれば良い。どうなれば良い。

 一晩中、それが頭の中を堂々巡り。

 白けつつある思考には、一つの決意が揺らめきを見せていた。

 

 

 

「……これしかないか…………」

 

 

 

 

 レナは移動を始めた。

 

 

 彼女がいた場所は、廃墟……山田が園崎家から貸して貰っていた、あの家だ。

 ジオ・ウエキのシンパによって破壊され、現在は取り壊し予定の為、立ち入り禁止状態。

 

 

 

 一応は園崎の私有地の為、警察や一般人はまず近付かない。

 壊れかけの廃墟の為、好き好んで入る人間はまずいない。

 森や山はともかく、こんな瓦礫まみれの薄暗い場所に、入りたがる者はそうそういない。

 故に、絶好の隠れ場所となっていた。

 

 

 

 

 しかし、レナはここを捨てるつもりだ。

 別の、「もう一つの場所」へ行くつもりだ。

 

 

 

 

 

 そのつもりだったが、思わぬ番狂わせが起きた。

 

 

「あら?」

 

「ッ!?」

 

 

 廃墟から出た所で、誰かに出くわした。

 レナの顔が蒼白になる。誰かに見つかった事もそうだが、見覚えのある人物だったからだ。

 

 

 

 

 

 

「ここでなにしてるの?」

 

 

 矢部だった。レナにとっては、自分を追っていた刑事らの仲間。その彼に見つかった。

 即座に逃げなければと、小脇に鷹野のスクラップブックを強く抱え、逃走を図ろうとする。

 

 

「あ! ねぇ君? ちょっと聞きたいんだけどぉ〜」

 

 

 

 

 

 だが、またしても、番狂わせ。

 

 

 

 

 

 

「ええと……ツクヨミちゃん……じゃなくて、竜宮レナちゃんって子、知らないかなぁ?」

 

 

 

 

 レナの足が止まる。

 驚き顔で、矢部を見つめる。矢部の表情に、嘘や策略の念はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この人、私の事を覚えていない?

 レナは恐る恐る、彼に問いかけた。

 

 

「……その人が、どうかしたんですか?」

 

 

 この人、誰かと間違えているのではと疑い始める。

 そんなレナの心境を無視し、矢部は一切の警戒をせず、ベラベラ喋り始める。

 

 

 

「いやね? なんかね? この子、なんか捕まえなきゃ駄目なんだってさ」

 

「……ッ」

 

 

 心臓を掴まれた気分になるレナ。

 警察は自分を強く、疑っていると確信してしまう。

 

 頭の中で「やっぱり」と「違う」が錯綜する。

 

 

「僕にも探してって言われたけどねぇ……僕、ただの時計屋なんだけどねぇ〜?」

 

「…………」

 

「どうしたのツクヨミちゃん?」

 

「……え!? あ、竜宮レナさんですか!? えと……わ、私は見てないです……」

 

 

 咄嗟に嘘を吐くが、今の矢部は一切も疑わずに、目の前にいる捜索対象に感謝した。

 

 

「あ〜、そうなの……じゃあ、仕方ないよね〜?」

 

「…………」

 

「じゃあ叔父さん、そろそろ行くからね? あ。あと……時計の針はさ」

 

 

 目の前にいるレナになぜか何か語り始めようとする、記憶喪失の矢部。

 彼の、本物か怪しい髪の毛を見ていたレナだったが、ふと、ある作戦を思いついてしまう。

 

 

「あの……」

 

 

 恐る恐る彼の言葉を遮った。

 

 

「どうしたの? ツクヨミちゃん?」

 

「…………」

 

 

 レナは考え切った上で、はっきり告げる。

 

 

 

 

「……お願いです。レナちゃんを、助けて欲しいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出た時には、上田は目を覚ましていた。

 そして祭具殿前には、もう一人がいた。

 

 

「あ、師匠!」

 

「お待たせしました」

 

 

 圭一だ。林の中で山田と遭遇した人物とは、彼のことだった。

 この時間は学校のハズだと、上田は聞く。

 

 

「……少年よ、学校は?」

 

「え、えぇと……訳あって早退です……」

 

「そんなことより上田さんに……えと、鷹野さんと富沢さんは」

 

「富竹です」

 

「なんで祭具殿に?」

 

 

 説明は鷹野がしてくれた。

 

 

「ちょっとした歴史探索ですわ。祭具殿はオヤシロ様信仰の、正体とルーツが眠っていますので!」

 

「へぇ」

 

「山田奈緒子さんでしたね。なかなかこの村、歳の近い女の人が少ないですから……ぜひお友達になりたいです」

 

「と、友達……!? やった……!」

 

 

 友達ゼロ人記録を更新し続けてきた彼女にとって、念願の友達だ。

 新しい友達の登場に、山田は肩に乗せていた鬼人に紹介してあげる。

 

 

「ほら、友達だよ、オニ壱!」

 

「ハムスターと亀と同格なのか……」

 

「挨拶して……」

 

 

 この時はじめて、彼女はオニ壱の首がへし曲がっていると気付く。

 

 

「アァーオゥッ!!??」

 

「それマイコーっすよね、マスター!?」

 

「オニ壱がぁあ!? オニ壱ぃぃいッ!!??」

 

 

 狼狽える山田を見て、鷹野は愉快そうに微笑む。

 

 

「やっぱり、マジシャンだけあってエンターテイナーですね! 愉快な方で」

 

「オニ壱ああああああああああ!!!!」

 

「……これを愉快と捉えるんですか?」

 

 

 あまりの狼狽えっぷりにドン引きする上田。一方で、鷹野の独特な感性に関心していた。

 

 暴れる山田らの横で、富竹は祭具殿を再施錠する。これで侵入の痕跡は消せたハズだ。

 

 

「よし……まぁ、指紋とか採取されなければバレないと思うよ」

 

「さすがジロ……富竹さんだわ!」

 

「鷹野さん、そんなに私の前でジロウって言うの嫌ですか?」

 

 

 後始末も済み、用事がなくなった鷹野と富竹は退散するらしい。

 

 

「行きずりで巻き込んでしまった感じですが、色々とお話しできて楽しかったです」

 

「いえいえ、こちらこそ! あ、そう言えば、入江先生から私の本は受け取りましたか? 昨日、預けたんですが……」

 

「あら、そうだったのですか? すみません、昨日と今日は非番で、まだ貰っていませんね」

 

「そうでしたか……まぁ、受け取ったらまた、ご感想をお願いしますねぇ〜」

 

 

 下心丸出しで握手を求めるが、「では、また」と鷹野にスルーされる。

 呆然と神社から出ようとする後ろ姿を眺める横で、富竹が慌てて追いかける。

 

 

「富竹さん、羨ましいっすね〜。あんな美人さんをゲットして!」

 

 

 そんな彼を呼び止めて、茶々を入れる圭一。富竹は恥ずかしそうに頰を掻く。

 

 

「は、ははは。ありがとう」

 

「どう言うところに惹かれたんすか?」

 

「そうだね……惹かれた、と言うよりも」

 

 

 少し考え、照れた笑いを見せた。

 

 

 

 

「……僕が支えてあげたい、って思ったからかな」

 

 

 富竹を呼ぶ鷹野の声。手を振って応答し、上田に頭を下げてから、彼も神社から出て行く。

 二人は階段をくだり、頭が見えなくなった。

 

 

「……かぁー! 富竹さん、漢っすねぇ〜! 俺もあんな人になりたいぜ!」

 

「ジロウはソウルブラザーだが、鷹野さんをゲットした件だけは許さん。爆発しろ!」

 

「あ、上田先生もマジリスペクトしてます!」

 

「ついでみたいに言うなッ!」

 

 

 上田は振り返る。

 

 

 

 神社の砂利の上で泳ぐ、山田の姿があった。

 

 

「オヨゲルヨッ! オヨゲルヨッ!!」

 

「……元々パーだった頭がマジにパーになったか」

 

「師匠、それは新たな鍛錬すか!?」

 

「少年。君の未来の為にそいつに触れるな」

 

 

 オニ壱の首は、上田が持っていたセロハンテープで補強してやった。

 

 

「ああぁ、良かった、良かった……痛かったろぉ、オニ壱!」

 

「上田先生のカバンって、何でもあるんすね」

 

「ハサミとノリは筆箱に入れていたタイプなんだ」

 

 

 道具を鞄に戻した際、ポロリと何かが落ちたので圭一が拾い上げる。

 

 

「あれ。なんか落ちましたよ……こ、これは……!?」

 

 

 拾い上げた物は、奥アマゾンのピラニア汁精力剤だ。平常心を取り戻した山田はそれを呆れ顔で見ている。

 

 

「そう言えば持ってきていたって言ってたな……」

 

「貧乏で頭がパーのお前には、一生手の届かない代物だぜ!」

 

「パーなのはお前の髪だろ。この天パっ!」

 

「うるせぇッ!……梅雨の時期は除湿かけるくらい気にしてんだ」

 

 

 精力剤を物欲しそうに見る圭一。

 

 

「どうした少年。やっぱ男の子なら、気になるかぁ?」

 

「飲んだらムッシュムラムラが止まらないって、ホントっすか?」

 

「ムッシュム・ラー村?」

 

「あぁ! 何かせずには入られない、最強の活力が手に入る!……少年、良かったら分けてやろうか?」

 

 

 試験管を取り出し、乳白色の液をちびちび注ぐ。

 それを見て山田が物申す。

 

 

「ビーカーがあるなら、私にも分けてくださいよ!?」

 

「お前が飲むと手が付けられなくなる。あと、これは『試験管』って言うんだ。小学校の理科で教わらなかったかぁ?」

 

「梨花さんからは何も……」

 

「そっちのリカじゃないッ! このツッコミ最初もしたぞ……」

 

 

 キッチリとコルクで栓をし、圭一に与える。

 

 

「い、いいんすか、ビッグボス……!?」

 

「俺は未来ある若者には、とことん支援を惜しまない!」

 

「ありがとうございます、ありがとうございます……!」

 

「ここぞと言う時に飲むんだ!……あと、避妊はしろよぉ?」

 

「中学生に渡すのはアウトだろっ!?」

 

 

 山田の訴えを聞かない振りする。

 あらかた話し終え、上田は「ところで」と、圭一がここにいる件について聞き出した。

 

 

「どうして少年はここにいるんだ?」

 

「あー……これ、私から話します?」

 

「いえ、俺から話しますよ」

 

 

 本題に入り、凛々しい顔つきになる圭一。

 しかしその表情に明確な不安が宿っていると、素人目でも分かった。それほどに彼は、自分の感情に素直だ。

 

 

 

 

「レナを探したいんです」

 

 

 上田は怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「探したいもなにも、園崎家が探しているんだろ?」

 

「そうなんすけど……俺が言いたいのは、その……」

 

 

 少しだけ次の言葉を考え、はっきりと告げた。

 

 

「……なんでレナが見つからないのか。それが、分かったような気がするんです」

 

 

 彼の発言は寧ろ、上田を当惑させる。

 

 

「どう言うことだ、少年……!?」

 

「完全に俺の憶測……になるんですけど。レナは、怯えていると思うんです」

 

「怯えている? 何に?」

 

「俺、思うんです……レナの奴、もしかしてあの夜、ジオ・ウエキの妹に襲われたんじゃないかって……」

 

「なんだって?」

 

 

 レナの父親が重体である事と、間宮姉妹の死は山田も上田も把握済みだ。

 その二つこそレナが見つからない原因だと訴え、更に彼は続ける。

 

 

「レナ、俺に言ってたんです。自分を連れ出して欲しい、待合室にいる自分をって……だからあの時、あいつ停留所にいたかもしれないんです」

 

「停留所って……あの姉妹が死んでいた場所でしたっけ……?」

 

「はい……その時に多分あいつ、襲われたとかで反撃して、そのショックで動転してんじゃないかって……」

 

「それが原因で彼女が死んだと思って、怖くなって隠れている……と言う事でしょうか?」

 

 

 可能性はある。

 レナが間宮律子に襲われ、抵抗し、逃げられた。

 だがその抵抗の際に、律子に何かしらの暴力を加えた。

 逃走中のレナが律子の死を又聞きし、自分が殺したのではと怯えて隠れている。

 

 

「……確かに、あり得るな」

 

「だとすれば、レナさんは今頃、精神的にも参っている状態……遅れて自殺だなんてことがあれば最悪ですよ」

 

 

 山田の心配も、尤もだ。追い詰められた人間が、どのような末路に至るのか──上田と山田は経験上、予想はできる。

 圭一は縋るように二人へ頼み込んだ。

 

 

「俺、レナを早く見つけないと、ヤバい気がするんです!……それで、実は今朝、レナのいそうな場所を一つ、思い付いたんです!」

 

「なに?」

 

 

 そこまで圭一は伝え切ると、改めて二人を交互に見遣る。

 

 

「本当は一人で行くつもりだったんすけど、山田さんに会いまして……」

 

「どうせなら協力しようじゃないですか」

 

「それもそうだ。大人の存在が、説得力を持たせたりもするから……どの道俺たちも探すつもりだったし」

 

 

 捜索協力を買って出た二人に安堵し、圭一は頭を下げた。

 

 

「……ありがとうございます、上田先生……山田さん」

 

「良いってこった」

 

「………………あ、山田って私か。ずっと師匠とか言われると、名前呼ばれたら反応できなくなるな……」

 

 

 

 

 三人は圭一の言う場所に、赴くこととなる。

 道中、圭一が言っていたレナのいそうな場所について、上田は本人に尋ねた。

 

 

「それでだ、少年。竜宮レナがいる場所ってのは?」

 

「お師様や上田先生が泊まっていた家っすよ」

 

「あのボロ家が?」

 

「暴徒が散々荒らしたせいで、あの家は撤去するみたいっす。レナを探していた時は立ち入り禁止でしたので、俺たちはノーマークだったんです」

 

「なるほど……そこを見なかったから『村にはいない』と言って、もう雛見沢から出たと思い込んじまったって訳か?」

 

 

 探してみる価値はあるだろう。圭一も授業を抜け出してまで行こうとしている分、確信はある様子だ。

 その上で山田は、圭一へ疑問を告げる。

 

 

「思っていたんですけど……なんでレナさん、逃げ隠れしているんでしょうか?」

 

 

 鼻で笑う上田。

 

 

「さっき説明したばかりだろ。はっ! とうとう脳のキャパも落ちたか!」

 

「おめぇ後で覚えてろよ」

 

「あの、マイマジェスティ」

 

「また呼び名増えてるし」

 

「さっき言った通りだと思います。こう言うと恥ずかしいんすけど……レナの性格は大体把握しているつもりです。親父さんの件とか、一切俺らに相談しなかったし……」

 

 

 捕まっていた時のレナとの会話を思い出し、やる瀬無さから少しだけ唇を噛む。

 

 

「その、なんでも抱え込む奴なんです。だから今回も……」

 

「……それでも、丸々一日隠れるほどなんでしょうか」

 

「山田、何が言いたいんだ?」

 

 

 自分でも考えがまとまっていないようで、難しい顔をして首を傾げる山田。

 

 

「そりゃ、レナさんの性格もあると思いますけど……半分、何かの意図があるような……」

 

「ともあれ、竜宮レナを見つけない事には始まらないだろ。何かあるにしても、彼女一人で何ができるってんだ」

 

「……そうですよね」

 

 

 納得しきれていない様子だが、山田はこれ以上の考察をやめる事にした。

 

 

 

 夏の暑さが蝉時雨と共に降り注ぐ中で、三人は学校の近くまで来る。

 すると、珍妙なものが視界に飛び込んだ。

 

 

「…………少年、あれはなんだ?」

 

「え? いや、分かんないっす……」

 

「めちゃくちゃ刺さってますね」

 

 

 三人の前には、チープでスケールの小さな出来の、段ボール製のエッフェル塔があった。

 その頂点に突き刺さってクタッとくたびれているものは、同じく段ボールで作ったであろう見覚えのあるキャラクター。

 

 

「『おっきー』ですよ上田さん」

 

「この時代ではまだ『ひっきー』だ」

 

「なんでエッフェル塔に刺さってんですかね?」

 

「新宿エンドか?」

 

 

 シュールなオブジェの下で老夫婦が「困った困った」と、分かりやすく困り果てていた。

 

 

「なんか、あからさまに困ってるみたいですけど……」

 

「話だけでも聞いてみるか。少年、寄っても良いよな?」

 

「あはは……俺も困っている人は見過ごせないっすからね」

 

 

 老夫婦に近付き、圭一から話しかけた。

 

 

「あのー! どうしたんですかー?」

 

 

 三人に気付いた老夫婦は、事情を説明してくれる。

 

 

「実はのぉ、園崎の人から頼まれてのぉ」

 

「『ひっくぃーん』の像を作っとったんじゃ」

 

「ひっくぃーん……?」

 

 

 独特な抑揚に違和感を覚えつつも、二人の話を聞き続ける。

 

 

「綿流しは村外の人も来る」

 

「村を宣伝する為、マスコット像を作ったんじゃ」

 

「だが」

 

「しかし」

 

「ひっくぃーんが風に飛んで」

 

「塔に刺さってしまったんじゃ」

 

「なんで交互に喋るんだ」

 

 

 山田はツッコミながら、老夫婦の方へ歩み寄る。

 近付いてみれば塔はそれなりに高く、上田と同じくらいだ。

 

 

「この通りワシも」

 

「ばーさんも」

 

「歳が歳なもんで」

 

「ひっくぃーんを助け出せず」

 

「困って」

 

「おったん」

 

「じゃ」

 

「どっちかが喋れっ!」

 

 

 そこでと、老夫婦は上田を指差す。

 

 

「……え? 私ですか?」

 

「そこの、むくつけき男よ」

 

「む、むく、むくむく?」

 

 

 なぜか股間を隠す上田。

 

 

「どうか、ひっくぃーんを救ってもらえんかの?」

 

「むくつけき、あんたの背丈なら助けられるからのぉ」

 

 

 確かに上田の背丈なら、十分に可能だ。

 少しだけ迷った後、上田は仕方なく、助けてやる事にした。

 

 

「少年と山田は先に行っててくれ」

 

「良いんですか上田さん?」

 

「こんくらい、俺のテクニックにかかればすぐに終わる。なんせ俺は学生時代、登山部だったんだ!」

 

「登山関係ないだろ」

 

「上田先生すげぇ!」

 

 

 上田の快諾もあり、山田と圭一は先に行く。

 残った上田は上着を脱ぎ、腕をまくり、ひっきーを助け出さんと勇んで進んだ。

 

 

「ほぉ〜れ! ひっきー降りてこぉ〜い!」

 

「気を付けろよぉ。割と強いぞぉ」

 

「あ、コイツッ!? 抵抗しやがってッ!! 降りてこいッ!! 天守閣ッ!!」

 

 

 意外と救出は難儀しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菊池「台本形式は楽だなッ!!」

 

大石「あなた、なに言ってんですか……?」

 

 

 菊池と大石は学校近辺を警護していた。竜宮レナが現れるとしたら、ここが一番可能性があるからだ。

 

 

 変に生徒や教師たちを驚かせないよう、できるだけ少人数で行動する。その為、矢部に石原、菊池は村に散らばって別行動とさせた。

 

 

 学校を見渡しながら大石は溜め息を吐く。

 

 

「まだ中学生の娘が一人……どこに隠れているんでしょうかねぇ」

 

「ここまで探しても見つからないのは異常だな……」

 

「菊池さん。あなたの言う通り、竜宮礼奈は事件に巻き込まれた可能性がありますな」

 

「くそぅ……僕にこんな、ど田舎走り回らせやがって!」

 

 

 わざとらしくスーツの襟を整え、菊池は怒り心頭だ。

 その間、後ろに控えていた大石は、無線機で誰かと連絡をとっている。

 

 

「なにをしているのだね?」

 

「村外を捜索していた刑事を先ほど、招集したんですよ。ちょっと人手が足りないもんですからねぇ」

 

「なるほど! 良い采配だッ!! 僕から署長に働きかけ、昇格させてやるぞッ!!」

 

「もう定年ですからいいですよぉ。そうしてくださるなら、もっと早くあなたとは会いたかったですな……あぁ、来た来た」

 

 

 こちらの方へ走り寄る、二人の男。菊池の前で立ち止まり、敬礼をした。

 

 

「誰だね?」

 

 

 一人が警察手帳を見せ、自己紹介する。

 

 

「警備部、警備企画課の、『対屋 博也(たいや ひろや)』」

 

「ライアくんだな」

 

「対屋です」

 

 

 もう一人も、自己紹介をする。

 

 

「同じく警備企画課の、『甲斐 篤(かい あつし)』です」

 

「ガイくんか!」

 

「甲斐、です。濁点いりません」

 

 

 自己紹介を終えたところで、大石が二人に指令を与えた。

 

 

「お二人さんは、学校近辺の見回りをお願いします。今は授業中ですからなぁ、なるべく目立たないようにしてくださいよぉ」

 

「俺は警護に当たる」

 

「この捜索ゲームを面白くしてやるぜ」

 

「では、お願いしますよぉ?」

 

 

 二人は警察手帳を構え、変身ポーズを取ってから警護に向かう。

 

 

「学校周りは任せて、我々は別の場所を探しましょう」

 

「殊勝な心がけだな!」

 

「んふふふ。現場一筋、ウン十年ですからねぇ」

 

 

 持って来たタオルで汗を拭いながら、大石は先に行く。

 不意にその彼を、菊池は呼び止めた。

 

 

 

「大石くん。四年前の事件についてだが」

 

「…………」

 

 

 菊池から見えないところで、大石の表情は厳しく歪んだ。

 何とか表情だけは取り繕い、若干の微笑みを浮かべて振り返る。

 

 

「いきなりなんなんですかぁ、菊池参事官殿ぉ!」

 

「いま一度、鬼隠しについての君の見解を聞いておきたくてな」

 

「…………」

 

 

 自身の手帳を開きながら、菊池は続ける。手帳の表紙には、ゾンビィ一号のシールが貼られていた。

 

 

「一九七九年、つまりは今より四年前だな。興宮で、一人の男が殺された。死因は、酒瓶で頭部を叩きつけられた事による衝撃死」

 

「…………」

 

「ひと気のない路地裏で発生した為、目撃者はなし。今も犯人は特定されていないそうだな」

 

「……確か、そうでしたな」

 

「やけに他人事だなぁ。君の友人だったんだろ?」

 

 

 参ったな、と言わんばかりに頭を掻く。

 夏の暑さも相まって、苛立たしさも強まりつつあった。

 

 

「事件が起きたのは秋頃で、事件の内容だけで言えば、目新しさのないような未解決事件……ということもあり」

 

「鬼隠しからは除外されたんですよねぇ」

 

 

 菊池の言葉を続ける大石だが、更に菊池はその先を続けた。

 

 

「ああ。鬼隠しで、忘れ去られてしまった!」

 

「……菊池さん、今その話をされてもですねぇ」

 

「しかし君は、その亡くなった男性の死と鬼隠しは、繋がっていると考えている」

 

「…………」

 

「僕も暇していた訳ではない。色々と、興宮署で話は聞いたぞ? 鬼隠しに対する君の入れ込みはおかしい、なんて声もなぁ」

 

 

 居辛さを覚えて目を逸らす大石だが、菊池はまだまだ饒舌だ。

 

 

「大石くんッ!! 我々は、本気で鬼隠しを止めようと思っているッ! この三年間、どうして止められなかったのかを教えてやろうか? それは、君ほどの熱量をもって挑む刑事が少ないからだッ!!」

 

「……そんなもんですかねぇ」

 

「実際、署内の人間の大半は、事故や不幸によるものと考えている者が殆どだし、去年の事件は解決済みとも思われている。それでも『否』を突き付ける人間は、君以外にいるのか?」

 

「何が言いたいんですかねぇ。私しゃ菊池さんと違って大学どころか高校すら怪しいもんで、分かりやすく言ってもらえんと……」

 

 

 大石の言葉を遮り、菊池はニヤリと笑う。

 

 

 

 

「私なら可能だ。私なら止められるからだよ」

 

 

 

 

 その自信はどこから来るのかと、勘ぐる大石。

 暫し考えた末に、彼は察知した。

 

 

「……菊池さん、あんた……」

 

 

 この男は、自分の知らない情報を知っている。鬼隠しに関わる、何か大きな情報を。

 思えば竜宮礼奈の捜索も、妙な入れ込み様だ。何かを知っているのか。

 

 

 

「お互い、疑いっ子無しで行こうじゃあないか」

 

「………………」

 

「今年で終わらせるのだよ」

 

 

 大石はこの、菊池に従うことにした。

 

 

 

 

 

 その時、二人の更に背後から声がかけられる。

 

 

「大石」

 

 

 大石にとっては聞き覚えがあり、同時に今は会いたくない人物の声。

 先に菊池が振り返り、大石は溜め息を吐いてから、振り返った。

 

 

 

 立っていた者は、魅音。

 いや、魅音だけではない。傍には、黒服が立っていた。

 

 

「……魅音さん? 学校の時間じゃないんですか?」

 

「誰だねこのガキ」

 

「私のことガキって言った?」

 

「ちょちょちょちょ菊池さんッ!?!?」

 

 

 園崎に喧嘩を売ろうとした菊池を、慌てて大石は止める。

 

 

「そいつ誰なの? あんたの新しい部下?」

 

「部下ぁッ!? 寧ろ部下はこっちだッ!! いいかよく聞け!? 僕は東大理三を」

 

「菊池さんッ!! ちょっと黙っててくださいッ!!」

 

 

 ヒートアップする菊池を宥める大石。

 二人に向かって、魅音の従者である黒服が荒々しく話しかけた。

 

 

「おぉ!? なんだべなんだべオミャーらよぉッ!?」

 

「……なんか、変な訛りの人ですな。名古屋の人で?」

 

「ただの新人。あんたも黙ってて、カス」

 

「サー・イエッサーッ!!」

 

 

 部下を黙らせてから、改めて魅音は話しかける。

 

 

 

 

 

「どう言う訳? 警察がウチにカチコミに来ているらしいけど」

 

 

 

 大石は固まった。


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